Club Pelican

THEATRE

「雨に唄えば」
“Singin' in the Rain”


第1幕(つづき)

キャシーはかまわず続ける。「映画の登場人物って、みんなバカみたい。いつもお決まりのポーズをとっているだけ。」 彼女は大げさな身振りと表情で、驚いた顔、悲しい顔、悶えた顔を次々と作ってみせる。「こんな感じよ。」 Gabrielleのこの「無声映画俳優のモノマネ」にも観客は大笑い。

ドンは激昂する。「それじゃあ、僕は俳優じゃないっていうのか?スクリーンでの演技は、演技じゃないと?」 キャシーは「まさかそんな・・・」とためらうようなそぶりをみせるが、次には「そのとおりよ」とあっさり肯定。すっかり天狗になっていたドンを、あっけらかんとした態度で容赦なく全否定するキャシー。いいぞいいぞ(笑)。「演技っていうのは、美しいセリフ、すばらしい言葉がともなってこそのものよ。舞台演劇こそが本物よ。シェイクスピア、イプセン・・・。」

ドンが反撃に出る。「じゃあ僕を見下す君は何様だっていうんだ?」 キャシーはぐっとつまる。「・・・私は・・・女優よ!舞台の!」 ドンはニヤリと笑う。「へえ、舞台女優様か。ぜひ君のすばらしい舞台を拝見したいものだね!」 キャシー「・・・今はまだだけど、私はじきにニューヨークに行くのよ!」 ドン「じゃあじきにニューヨーク中に君の名が轟くわけだな。」

ドンはベンチから立ち上がり、天を仰いで舞台俳優のように叫ぶ。「キャシー・セルドンのジュリエット!キャシー・セルドンのマクベス夫人、キャシー・セルドンのリア王!・・・はヒゲを付けなきゃね!」 キャシーはついにキレる。「何よ!あんたなんか、ただスクリーンに映っているだけの幻じゃない!血なんか通ってない、生きてもいない幻よ!」

ドンはふとまたナンパモードに戻り、キャシーの耳元に口を近づけて「ほう?」と囁く。ほら、私はこの作品のこういうところがイヤなんですよ。生意気な女はセクハラで黙らせろってか。キャシーは叫ぶ。「やめてよ!私に近づかないで!」 ドン「僕は幻だよ?血が通っていない、生きてもいないんだよ?気にすることはないじゃないか。」

キャシーはドンを怒鳴りつける。「スターだからって偉そうに!女はみんなチヤホヤしてくれる、なんてカン違いしないで!私に触らないでちょうだい!」 人々がまた通りを行きかい始める。

顔をそむけて座ったままのキャシーの後ろに立ったドンは、ベンチの背に手をかけ、ひらりとベンチを乗り越える。すごく小さなことだけど、このベンチを乗り越える動きが、とても優雅できれいだったのよ。すごくゆっくりで決して音を立てない。

こういうことで感動するのは、下らないことかしらね。さっきのヴァイオリンのボウを振り回す仕草もそうだったけど、クーパー君の手足の動きや身のこなしは、他の出演者とは根本的に違う(クーパー君が他の出演者たちよりもすばらしい、という意味ではないから誤解しないでね)。踊ると魅力的で目を奪われてしまう人はたくさんいるけど、踊りじゃない動きや仕草でも、こんなに魅力的で目を奪われてしまう人は少ないと思う。クーパー君は、仕草や身のこなしそのものが、すでに踊りのよう。

"You Stepped Out Of A Dream"の前奏が始まる。クーパー君は、ベンチの背に手をかけてかがんだ姿勢で、Josefina Gabrielleを見つめながら歌い始める。「君は夢の中から姿を現した。君はあまりに美しかった。君のような瞳、君のような唇、君のような微笑みがあったなんて。君は雲の中から姿を現した。僕は君を雲間からはるか遠くに連れ出したい。そして君は来てくれるだろうか?夢の中から僕の心の中へと。」

クーパー君が歌い出すと同時に、後ろを行きかっていた人々が、男女一組で踊り始める。それぞれが全部違う振付で、客席目線の踊りはまったくない。お互いに見つめあって、手をつないで楽しそうに笑いながら、ゆっくりとしたステップを踏んだり、女性が男性に抱きつくと、男性は女性を高く持ち上げていとおしげに見つめたり、去ろうとする女性の手を男性がつかんで引き止め、女性は切なそうな表情で男性とそのままターンして踊ったり、開脚した女性の腰を男性がつかんでゆっくりと回転したり、抱き合って踊りながらキスをしたり。

通りを行きかう人々は、みな地味でくすんだ色合いのコートに帽子という衣裳だった。最初観たときには、もっと衣裳を明るい色のものにすればいいのに、と思った。地味な帽子やコートじゃなくて、タキシードやドレスにすればもっと華やかな踊りになるのに、と。私は全くアホちんですねえ。ふつうの通行人が、みんなタキシードやハデなドレスを着て道を歩いているワケがないのに。

ドンがキャシーに恋心を抱いたことを示す歌を歌っているのに合わせて、後ろでいろんな恋人たちが、それぞれの恋物語をくりひろげている、という演出と振付らしい。衣裳が地味なのもワザとだろう。

とてもすてきなアイディアだったけど、でも踊りはちょっとバラバラな感じもした。群舞をすべて異なるものにして、しかも全体としては均整がとれているようにバランスよく配置する、という点では今ひとつだった。

それに地味な背景に地味な衣裳で踊られると、ダンサーたちの動きを視覚的に捉えにくい。群舞は形を変えるきれいな線の模様がいっぱいあって、それが全体として大きな模様を形作っているみたいに見えるでしょ?その輪郭自体が見づらかった。

でも雰囲気はすごくよかったし、踊りもぜんぜん違う動きを詰め込むんじゃなくて、基本的には同じような動きをアレンジしたものだったから、とても自然で音楽にも溶け込んでいた。それにシーンと歌と踊りのテーマが同じっていうのはいいことだよね。

後ろで群舞がそれぞれに異なる踊りを踊っている間、キャシーはドンを無視して立ち去ろうとする。しかし、その先々にドンが回りこんで、人差し指を立てて横に振り「行っちゃダメだよ」とふざけたり、スタスタと歩いていくキャシーの腰を、さっと後ろからつかんで持ち上げたりする。キャシーはそのまま空中でスタスタと歩き続ける。これは笑った。

ドンはキャシーの手をとり、ワルツのように無理やり踊り始める。キャシーは引きずられるようにして踊るが、舞台のちょうど中央まで来たところで、ドンの手を振り払う。

そしたら、手を振り払われたクーパー君、そのまま回転して群舞の中央の位置にすんなりと収まり、それと同時に、"You Stepped Out Of A Dream"のダンス部分の音楽(これはCDにはなし。歌と同じメロディーをつけ加えたもの)の始まりとバッチリのタイミングで、群舞と一斉に同じ踊りを始めたではありませんか!

何にそんなに感心したのかというと、クーパー君が群舞の真ん中に収まってから、群舞全体が同じ踊りを始めるまで、まったく間がなかったんである。クーパー君はキャシー役のGabrielleに払いのけられて1回転して、そのまま群舞の中央に自然に入り込み、間を置かずに全員が同じ踊りにすんなりと移行した。分かりにくい説明でごめんなさい。

なんか、クーパー君がスピーディーに進行する音楽と群舞とに、いとも簡単に、自然に入り込んで踊り始めた瞬間、少しギョッとしたんです。彼が入り込んだのと同時に、それまであちこちで違う踊りをしていた群舞が、いつのまにか等間隔の位置に移動して前を向いており、クーパー君とともに同じ踊りを踊り出す。そしたら、いきなり群舞がグワッと大きくなった。

ここでの群舞は、両手を大きく広げ、ゆったりとした大きめのステップを踏んだり、片足を軽く上げてゆっくりと回転したりするもの。あいかわらず音楽のタイプとタイミングだけは絶対に外さない振付です。踊るクーパー君の表情がまたカッコいい。カッコいいけど、気取ってニヤけたドンの顔とは違うんですね。

Gabrielleのキャシーは客席に背を向けたまま、彼らの前に立ち尽くしている。ここでは、群舞は通りすがりの人々ではなく、クーパー君もドンではない、と分かる。全員が前を向いているけど、でもそれは客席目線ではなく、全員がキャシーを見つめている。

彼女の前に新しい何かがあって、彼女はそれに圧倒されて呆然と見つめている感じ。クーパー君を含めた群舞自体が、キャシーの運命がこれから劇的に変わることの予兆になっている。狙ったのかどうかは分からないけど、そういう効果を生んでいた。で、私はこのあたりから、クーパー君の振付力はレベルアップしたんじゃないか、と思い始めたわけ。

クーパー君の歌は、ハラハラするときもあったけど、でも自分の能力相応の歌い方をしていた。彼の歌唱力は、素人が聴いても明らかにまだ不充分だと分かる。でも、彼は上手に聞こえるような、こざかしいトリックを用いた歌い方は決してしなかったし、ワザとらしくカッコつけた歌い方もしなかった。きちんとまっとうに歌っていた。今の段階ではこれで充分。私はファンですから、私が好きならいいのです。・・・でも、最後に両手を広げて天を仰いで目を見張って、「イントゥマイハ〜〜〜〜〜〜〜ッ♪(In to my heart.)」の大絶叫はちょっと恥ずかしかった。

ドンはなおもキャシーと話そうとするが、再び目ざといファンたちに見つかる。ファンたちにもみくちゃにされ、ドンはタキシードの袖を破かれてしまう。肩口の上の部分がマジック・テープか何かでくっついていて、それを外すようになっているらしい。

袖を破くのは女性キャストの担当で、ある日の公演ではタイミングが合わずに破れなかった。それでもたじろがずに、破かれたような演技で通したクーパー君は偉い。ところでさ、私、ドンをもみくちゃにするファンの役としてエキストラ出演したいな。この役なら迫真の演技ができる自信あるよ。演技じゃなくって本気になるけど。

ドンは「ひと休みぐらいさせてくれよ!("Give me a break!")」と叫び、ファンに追われながらほうほうの体で逃げ出す。ちょっと胸が痛む。これはアダム・クーパーの魂の叫びかもしれぬ。

再び、チリンチリンとベルを鳴らしながらトロリー・バスが通りかかり、キャシーはあわてて手を上げて走り去る。舞台は暗転。

スポット・ライトが当たり、白いコートと帽子姿のドンが舞台に現れる。シンプソンとデクスターが途中でドンを出迎えるが、ドンがばっと帽子を脱ぐと、それはドンから影武者を頼まれたコズモだった。3人は笑いながら舞台を横切る。

舞台が明るくなると、映画のパーティー・シーンで流れていたのと同じタンゴが演奏される。CDでは"Temptation Tango"と書いてある。なんで"Temptation"なんだろう。何本もの白い柱のセットが下ろされている。まだ誰もいない。すると、ちゃっちゃちゃ、ちゃっちゃちゃ、というあの前奏とともに、舞台右脇から、組んだ手を真っ直ぐに伸ばし、ゆっくりとタンゴを踊る人々の列が現れる。

みんな顔は無表情、上半身はまったく動かさず、足だけを超スローテンポでがく、がく、がく、と前に踏み出しながら、一列になって舞台中央まで進んでくる。これが妙に無機質で笑える。全員が舞台に勢ぞろいすると、今度はみなが正面を向いて、アップテンポなステップを踏んで、やや激しい動きのタンゴを踊る。タンゴって、無表情で踊らないといけない踊りなの?

タンゴが終わると、客たちは一斉におしゃべりを始める。シンプソンは若い妻(Tess Cunningham)を置き去りにして、他の客たちと談笑する。妻は寂しそうな顔をしながら、ひとりで所在なげに歩き回る。舞台の奥の方から、白いピアノに座ったリナが運ばれてくる。リナは男性たちに囲まれて上機嫌な様子。そこへドンがようやく到着する。

後は映画と同じ展開だけど、あの「トーキング・ピクチャー」のサンプル上映で、スクリーンに登場した人は、誰か有名な俳優さんなんだろうか?ちょっとハゲてた、50歳代くらいの男性。映画では、あの役は名脇役といわれていた有名な老俳優さんが特別出演したそうだけど、今回も特別ゲストだったのだろうか。プログラム見てるんだけど、書いてないみたい。

リナ(Ronni Ancona)がドンの姿を見つけて駆け寄り、例のキンキンのガラガラのデカ声で甘える。「ドニ〜、どこへ行っていたのよう〜。アタシ、ひとりぼっちだったのよ〜。」(←さっき男どもにチヤホヤされて浮かれていたのは誰だ) リナの声が響いたとたん、ドンはやれやれ、というふうに手を額に当てて目を閉じる。観客は大笑い。

シンプソンがドンとリナのための「スペシャル・ケーキ」を運ばせる。ケーキを運ぶボーイは、古代エジプト風の衣裳を着ている。ケーキはデカくて、何層かのスポンジの上になぜかピラミッドが乗っかっている。ピラミッドの周りのスポンジには、ラクダとかスフィンクスとかのミニチュアが飾られている。でも、「スペシャル・ケーキ」にしてはちょっと寂しいデコレーションだなあ。まるで小学生の図画工作・・・いや、ごめんなさい、もっとこう、クリームやフルーツの飾りとか、色とりどりのローソクとかさ。

いきなりピラミッドがパカッと開いて、中から女性が飛び出す。それはキャシーであった。キャシーは白いヘルメットのような帽子に、光沢のあるブルーのワンピースを着ている。ノースリーブで胸元は大きくV字型に開いており、スカートは両脇にスリットが入った超ミニ。胸の下と腰のあたりに銀色の線がそれぞれ2本入っている。

ドンは愉快そうに叫ぶ。「なんだ、エセル・バリモア(有名な俳優だそう)じゃないか!」 キャシーはドンを見て、あちゃ〜、と超気まずそうな顔。ドンはピラミッド型ケーキから下りる彼女に手を貸そうとするが、「結構よ!」と払いのけられる。"All I Do Is Dream Of You"の前奏が流れる。キャシーはそれに合わせ、腰に両手を当てながら、歩くようなステップでにこやかに踊る。Josefina Gabrielleはすごくスタイルがいい。

ドンは彼女につきまとって話しかける。「今夜はどんなすばらしい舞台を見せてくれるのかな?ハムレット?それともロミオとジュリエット?」 キャシーはドンを無視し、作り笑いを浮かべて踊り続けるが、ここぞとばかりにイヤミ言いまくりのドンを時おり睨みつける。ドン「恥ずかしがらないで!君は最高にすばらしいジュリエットだよ!」

すると、両脇からキャシーと同じ格好をした踊り子たちが、きゃあ〜っ、と嬌声を上げながら一斉に舞台に現れる。キャシーは「失礼!」と言って彼女たちの列に加わる。踊り子たちは横一列に並んで"All I Do Is Dream Of You"を歌いながら踊る。

なんかこの歌もねー、ワザとこんな黄色い声で歌わなきゃならなくて・・・。踊りは映画とほとんど変わりません。振付は違うのかもしれないけど、雰囲気は同じです。女の子らしい、かわいらしい踊りです。はい。おしまい。でもみんなスタイル超いいなあ。

最後にキャシーが両脚を揃えて回転しながら舞台左に移動する。止まったところでドンがいきなり彼女を抱きかかえる。キャシーは悲鳴を上げる。ドン「すばらしかった!君がどこに住んでいるかも分かったから、君の家まで送ってあげよう!」 ドンは横にあるピラミッド型ケーキを指さす。観客がゲラゲラ笑う。

そこへリナが登場。キンキンのガラガラのデカ声で叫ぶ。「この女はなによ!」 ドンはおどけて答える。「我々から遥か離れた高みにおられるお方だよ。舞台女優様だ。映画から学ぶことなんて、何ひとつないそうだよ。」 キャシーは憤然として言う。「いいえ!一つだけ学んだことがあるわ!」 キャシーは、ピラミッド型ケーキのスポンジ部分に置いてあった小さいケーキを手に取ると、それをドンの顔めがけてぶつけようとする。

だがドンはさっと身をかわす。ケーキはドンの向こうにいたリナの顔面をべちゃっ、と直撃する。勢いよく飛び散るクリーム。会場は爆笑の渦。まさか本当にぶつけるとは。しかもけっこう力入ってるし。時々クーパー君のタキシードにもクリームが付着していた。

顔が「山海塾」か「八つ墓村」の佐清状態になったリナは、「ア゛ーッ!!」という悲鳴を上げる。このときのクーパー君、毎回マジに噴き出しそうになっていたように見えた。「ぷぷっ、リ、リナ、ぷっ、ご、ごめん、彼女は僕を狙ったんだよ」と、うわずった声でつっかえながらセリフを言っていて、おかげでこっちも余計におかしかった。

リナは真っ白い顔で「殺してやるー!!」とキャシーに襲いかかるが、ドンがそれを笑いながら必死に止める。コズモはお気楽に声をかける。「リナ、今まででいちばん美しいよ!」 なおも暴れるリナに、ドンは強い口調で言う。「リナ、威厳だ!君の威厳を忘れるな!」

その言葉に、リナの動きがピタッと止まる。リナは誇り高く(なりようがないが)顔を上げ、「私の威厳!」と叫んで周囲を見渡す。なりゆきを見守っていた人々は、噴き出すのをガマンしながらリナを見つめている。リナは顔に付いたクリーム(メレンゲかヘア・ムースみたいな質感ぽい)をぬぐって床に払い落とすと、傲然と歩いて立ち去る。

このリナの「私の威厳!」シーンは、たぶん笑いを狙った演出だと思うんだけど、正直そんなに面白くは感じなかった。それ以前に、どういう意味なのか自体、最初はよく分からなかった。なんか妙に長く間が空いて。地元の観客も、どう反応したらいいのか判断がつきかねたようで、笑っている人と笑っていない人がいた。

ようやくリナをなだめたドンは、キャシーがいないことに気づく。ドンはキャシーを探そうと走り出そうとするが、あきらめて立ち止まる。ドンはポケットに手を突っ込んで首を振る。調子に乗ってキャシーをイジメすぎたわね〜。自業自得よ。

誰もいなくなった広間で、ドンは再び"You Stepped Out Of A Dream"を口ずさむ。「・・・君のような瞳、君のような唇、君のような微笑み・・・。」 ドンは何か意に決した様子で、その場から走り去る。

モニュメンタル・ピクチャーズの撮影スタジオ。エンパイア・ステート・ビルディングらしいミニチュア模型、古代エジプトの神殿風建物のセット、大きなトラのぬいぐるみなどが置いてあり、その間を撮影機材、セット、小道具、衣裳を運ぶスタッフ、また俳優たちが慌しく行きかう。左端にピアノが置いてあり、コズモが座っている。そこへドンが台本を片手にやって来る。

このシーンでのクーパー君の衣装は、袖をまくった白いワイシャツにネクタイ、袖なしのカーディガン、グレーのズボン、白地にかかと部分とつま先がキャメル色のサドル・シューズみたいな靴で、特に袖なしのカーディガンが、ちょっと珍しいおしゃれなデザインのものであった。

身ごろがだぼっとしており、布地は生成りの白のニット、襟は深いV字型で、前開きで小さなボタンが並んでいる。襟口、ボタンを合わせる縁の部分から裾までにずっと紺色の線が入っていて、両のポケットの口も同じ紺色の線で縁どられていた。

クーパー君が着ていたこれらの紳士服の中には、サドラーズ・ウェルズ公演の写真とは違っているものがあった。公演用に特別にしつらえた衣装ではなく、そのへんの店で普通に売っているものをそのまま着用したのかもしれない。私はこの袖なしカーディガンがお気に入りだったが、日によっては着ていないときもあった。

このレスター・ヘイマーケット劇場にはエアコンがないらしく、観客たちは異常に暑がっていた(私は暑いとは全く感じなかった。日本人とイギリス人は寒暑の感覚が異なるらしい)。じっと観ているほうでさえ暑いのだから、まして出演者たちはもっと暑かっただろう。クーパー君も暑がって着なかったのかもしれない。ちなみにカーディガンを着ていないときに分かったのですが、サスペンダーも付けておりました(細かくてすみません)。

ついでに、プログラムの写真でキャストが着ている衣装は、実際の公演とは全然違っている(ノリは同じだけど)。キャシー役のJosefina Gabrielleは髪型やメイクに至るまで全く違う。リナ役のRonni Anconaの雰囲気もかなり異なっている。

ドンはコズモに次回作が決まったことを知らせる。題名は"Dueling Cavalier"。コズモはドンに時代設定を尋ねる。ドン「フランス革命ものだよ。」 コズモはふざけてストーリーを推測してみせる。「分かった!君は貴族、ヒロインは平民、ふたりは恋に落ち、そしてまた波乱万丈・・・」と言いながら、"Royal Rascal"の決闘シーンの音楽を弾いてみせる。

コズモは何の気なしに、「映画はみんな同じ、一つを観れば、全部を観たのと同じこと」と口にする。ドンは驚く。「それ、キャシーが言ったセリフと同じだ!」 コズモは呆れた顔で言う。「まだあの子のことを気にしているのかい?もう何週間も前のことじゃないか?」 ドンは「彼女のことが頭から離れないんだ」とコズモに打ち明ける。キャシーに話題が及んだとたん、みるみるうちに落ち込んでしまったドン。コズモは彼を励ます。

"Make 'Em Laugh"。コズモ役のSimon Coulthardは若々しい爽やかな声音で、しかも声量が非常に豊かである。やはり私好みのまっすぐな歌い方で、妙なクセをつけたりしていない。"Make 'Em Laugh"は、絶えず激しいアクションを展開しながら歌わなくてはならない曲だが、Coulthardは本当にすばらしかった。今回のコズモ役で、ようやく彼が本来持っていた能力をフルに発揮できたという感じだった。

「みんなを笑わせてやれ!("Make 'em laugh!")」と元気よく歌いながら、Coulthardは道具係が押す籠のキャリーの上に飛び乗り、また衣装をずらりと吊り下げた棚の上に乗っかってサーフィン、衣装の間から顔をのぞかせる。道具係はドンに向かって、コズモはどうしちゃったんだい?という訝しげな表情を浮かべ、ドンも肩をすくめて、さあね、と両手を広げる。

コズモは壁紙を刷毛で威勢よく何度も塗りたくり、更にその壁紙を引っつかんでたなびかせ、脚立の最上段に飛び乗って座る。大暴れ(?)の途中で、コズモはドンが座っていた椅子を押して舞台脇に追いやる。クーパー君は椅子に座ったまま、バイバイ、と手を振りながら去っていく(仕草がかわいい)。

コズモはお高くとまった雰囲気の女優のお尻を棒でつっついてからかい、衣装棚にかけてあった金髪のカツラをかぶり、エンパイア・ステート・ビルディングにしがみついていたキング・コングの着ぐるみ(中に人が入っていたかも)を引っ張ってきて、キング・コングを自分に抱きつかせて悲鳴を上げる。ちなみにキング・コングは1933年作だそう。「広辞苑」に載ってた。

舞台の一方では、古代エジプトの神殿風建物の間で、エジプト風の衣装を着た俳優が、う〜ん、と両の柱を両手で支えて踏ん張る演技をしている。柱を崩そうとしているようだ。何の映画のパロディかは不明。コズモはその俳優の背に乗っかる。俳優は重さに耐えられず、地面に顔からべちゃっと倒れる。コズモは同じように両の柱を支えて踏ん張る。が、次の瞬間にはあっさりと神殿を崩してしまい、ほら、ホントは発泡スチロール製のちゃちいセットなんですよ、と観客に向かってニッコリと笑う。

コズモは、今度はトラのぬいぐるみとくんずほぐれつし、いかにも襲われているように激しく格闘する。が、またすぐに、これもニセモノだよ〜ん、という顔をして、片手でトラのぬいぐるみを遠くにぶん投げる。コズモが床から起き上がった瞬間、2人の道具係が壁のセットを抱えながらコズモの後ろを通りかかる。

道具係は壁のセットを誤ってコズモの頭上に落としてしまう。コズモの頭が壁をぶち抜き(←お約束)、コズモは壁から首だけを出した格好のまま道具係を睨みつける。頭を打ったコズモはフラフラになりながら、なおも「笑わせてやれ!笑わせてやれ!笑わせてやれ!」と歌いながら、最後はピアノの後ろにバッタリと倒れこむ。あれほど激しく動きながらも、Coulthardの元気な歌声は最後まで衰えることなく、最後の高音大音響伸ばしも見事にキマる。終わったとたん、観客が一斉に大歓声を上げる。

モニュメンタル・ピクチャーズの次回作、"The Dueling Cavalier"の撮影スタジオ。監督のデクスターをはじめとする撮影スタッフ、ムード音楽担当のコズモが居並んでいる。セットは、後ろに白い大理石でできたロココ調デザインのテラス、両側に階段がついている。その前にはこれまた白い大理石ロココ調デザインのベンチ。映画と同じ。

赤ら顔で大男のデクスターは苛立ったように叫ぶ。「リナはどうした!」 すると、デクスターの隣に並んでいる3人のアシスタントが、次々と舞台左脇を向いて叫ぶ。「リナはどうした!」 「リナはどうした!」 「リナはどうした!」 伝言ゲームか。

舞台左脇から、マリー・アントワネットみたいな高々としたヅラを着け、豪華な純白のドレスをまとったリナがしずしずと現れる。それを見た3人のアシスタントは、今度は右を向いて次々に叫ぶ。「ミス・ラモントの準備ができました!」 「ミス・ラモントの準備ができました!」 「ミス・ラモントの準備ができました!」 デクスター「言わんでも見りゃあ分かるわい!」

リナはベンチに優雅な仕草で腰かけ、メイクアップ係が鏡をかざして化粧直しをする。華やかに装ったリナの美しい紅い唇から、キンキンのガラガラの大声が飛び出す。「なんなのよ!この超バカみたいなクソ重いカツラは!」

メイクアップ係がリナの機嫌をとる。「ラモントさん、ホクロも美しく仕上がりましたわ。」  だがリナは鏡を見て吐き捨てる。「まるでビョーキみたいだわ!」 「ビューティ・マーク」って、最初は何のことか分からなかった。後で辞典を引いたら、「つけぼくろ」のことだそうだ。このすぐ後にメイクアップしたドンも出てくるんだけど、ドンも黒々とつけぼくろを描いている。無声映画の時代劇では、登場人物は必ずつけぼくろを描いていたのだろうか?

デクスターがまた怒鳴る。「ドンはどうした!」 すると、デクスターの隣に並んでいる3人のアシスタントも、また次々と舞台左脇を向いて叫ぶ。「ドンはどうした!」 「ドンはどうした!」 「ドンはどうした!」 それと間を置かずに、舞台右脇から、衣裳を身につけたドンがさっと姿を現して勢いよく叫ぶ。「ドン・ロックウッドの準備ができました!」

3人のアシスタントは気づかずにつられて次々に叫ぶ。「ドン・ロックウッドの準備ができました!」 「ドン・ロックウッドの準備ができました!」 「ドン・ロックウッドの準備ができました!」 デクスターは耳をふさいで「言わんでも見りゃあ分かる・・・」とまた怒鳴りかけるが、ドンに気づくとあわてて「やあ、ドン!」と愛想よくなる。デクスターはガタイのいい大男で表向きは威勢がいいが、実は強きを助け弱きをくじく性格で、あからさまなゴマすり男である。

"Dueling Cavalier"の衣裳を着て出てきたクーパー君に、観客は大爆笑。両耳の上に横ロールが三つずつ付いて、蝶結びにした黒いビロードのリボンで後ろの髪を束ねたモーツァルトみたいな銀髪ヅラ、例によってフリル付き襟のブラウス、ヒラヒラしたスカーフ、白銀色の刺繍入りの長い上着、上着の袖口からは細かいレースが長〜く垂れ、膝丈のズボンに真っ白いタイツ地の長い靴下、同じく白いハイ・ヒールの靴。更に。顔にはおしろいをはたき、クチビルには真っ赤な口紅までさしている!私は再びぶぶぶ〜っ、と噴き出す。そして口元には、リナと同じくやっぱり黒々としたつけぼくろ。

しかしだ。ふつうの人がこんな衣裳とメーキャップで舞台に出てきたら、ただ単に大笑いして終わりだろうが、アダム・クーパーの恐るべき点は、このロココ調の衣裳とメーキャップが大マジメに似合っているところである。確かに笑えるんだけど、同時にすごくカッコいい。不思議なことに、いよいよ背が高く大きく見える(白っぽい衣裳だからか)。

更に、スタイルと姿勢の良さが一段と際立つのだ!なんでこんなヅラと衣裳のクーパー君をカッコいいと思ってしまうのだろう。タイツ地の靴下のせいではっきりと目立つ、脛骨のくぼみの線にゾクゾクくる。長いレースの袖口からのぞく手の甲の筋が美しい。それにシラウオのよーな長い指がまた。

冒頭の無声映画"The Royal Rascal"でもそうだったけど、普段は"dislike"とか"hate"とまで言って、ロイヤル・バレエでも必死に避けていたという「奇妙で悪趣味な」ロココ調の扮装を、なんでこの作品ではここまで徹底してやるのよ(笑)。白いファンデーションは完全に厚塗りだし、真っ赤な口紅もわざと濃く塗ってある。

しかもクーパー君、ツケボクロの位置が公演ごとに大きく移動していた。あるときは口元、またあるときは頬、というふうに。そういえばメル・ブルックス監督の「ロビン・フッド」でも、そういうギャグがあったなあ。悪代官の家来「殿、ホクロの位置がいつもと違いますぞ!」 悪代官「えっ?(あわててホクロを付け直す)」 「ツケボクロの位置が違う」はお約束ギャグなのか。

リナはドンに、踊り子のキャシーをクビにするよう仕向けたことを小気味よさげに話す。ドンは「何だと?」と言い、怒りの表情でリナに詰め寄ろうとするが、デクスターに遮られてしまう。「いいか、ドン、君は彼女に恋をする。彼女の心を開くんだ。」 ドンは渋々ながら位置に付き、「撮影開始!」の声がかかる。

コズモがピアノでロマンティックな音楽を弾き始める。リナはベンチに座っている。デクスター「入って!」 ドンがテラスの上に現れる。デクスター「彼女を見つける!」 ドンはリナを見るなり、おおっ、と大げさに両腕を広げ、右手に持っていた杖(?)を横に大きく放り投げる。待機していたアシスタントがその杖をキャッチ。

デクスター「彼女に近づく!」 ドンはテラスの階段を駆け下りると、両手を日本の幽霊みたいにだらんと前に下げ、ふよん、ふよん、ふよん、とスキップしながら、リナの後ろにこっそりと近づく。月面歩行みたい。クーパー君のこの動きが異常に観客にウケる。ドンはリナの背後から両手を回し、目隠しするマネをする(手が目に当たってない)。

ドンはリナの隣に座り、彼女をいとおしげに見つめながらつぶやく。「このヘビ女!かわいそうなあの子をクビにさせたなんて!」 リナは恥じらうような表情で目をそむける。「アタシが直に手を下せるものなら、クビだけじゃ済まなかったわよ!」 ドンはリナの腕をとって優しく微笑む。「なぜそんなひどいことをしたんだ?」 リナはドンを情熱的な目で見つめる。「あなた、あの子のことが好きだったんでしょう?アタシ知ってたんだから。」

ドンは立ち上がって天を仰ぐ。「君がこんな性格極悪女だったとは!」 そしてリナの前にひざまずく。「断言しよう、僕はあの子のことを、こうやって君のことを憎悪している半分も嫌いじゃないよ。(←ワザと紛らわしい言い方をしているらしい)」 クーパー君は、ビミョーに口の端を歪ませた皮肉な笑いを浮かべ、ねちっこいイヤミな口調。

リナは胸を押さえて悶える。「ああ、この身を砕かれる思いだわ!」 ドンはリナの腕を手で丹念にさすりながら言う。「じゃあ骨のカケラまでまんべんなく粉々にしてやるよ!」 ドンとリナの表情とセリフは完全にちぐはぐで、観客は彼らがセリフを言うたびに大笑いしていた。

デクスターが指示を出す。「キスだ!」 コズモの弾くムード音楽が、徐々に劇的に高まっていく。デクスターが矢継ぎ早に「キス!キス!キス!」と叫ぶのに合わせて、ドンはリナの腕に何度もキスをする。デクスター「キス!」 ドンは最後にリナの唇にむむむ〜っと情熱的に口づける。デクスター「カット!いいぞ!」

ドンは「カット!」の言葉と同時に速攻リナから身を離し、彼女に背を向けて忌々しそうに口をぬぐう。リナは懲りずにドンに甘えた口調で話しかける。「やっぱりアタシのことが好きなのね!あんなキスをしてくるなんて!」 ドンはムッとした様子で言い返す。「偉大な役者は、タランチュラとだってキスをするものなんだ!」 リナ「おバカさん、照れちゃってえ!」  ドンはすかさずアシスタントに向かって叫ぶ。「タランチュラを持ってきてくれ!」 小道具とかで置いてあるのか、タランチュラ。

ドンとリナの言い争いが激化しかけたところで、デクスターが「愛の語らいはそこまで!」と止めに入る。そこへ社長のシンプソンが突然やって来る。「撮影は中止だ!」 スタジオは騒然となり、ドンも含めてスタッフ一同が集まる。が、リナだけは、われ関せずといった平気な顔で、鏡を見ながらおしろいをはたいている。

ワーナー社が製作したトーキー"Jazz Singer"が大当たりして、他の映画会社も次々とトーキーの製作にとりかかり始めた。もはや無声映画は時代の趨勢に遅れたものとなったのである。シンプソンは打開策を発表する。「"Dueling Cavalier"はトーキーに変更だ!話題作になるぞ!リナ・ラモントとドン・ロックウッドがしゃべるんだからな!」

ドンは困惑して言う。「でも、僕たちはトーキーについて何ひとつ知らないんですよ!?」 だがシンプソンはあっけらかんと言ってのける。「なんでもないさ、ただセリフがくっつくだけだ。今までどおり演技しながら、しゃべればいいのさ!」 そんないいかげんなことでいいのか。シンプソンはかなりアバウトな性格で、第二幕でも映画会社の社長としてあるまじき爆弾発言をする。

ひとり舞台の端っこで化粧直しをしていたリナが、ふと顔を上げる。彼女はキンキンのガラガラのデカ声で、決然とした力強い口調で宣言する。「もちろん、しゃべるわよ!みんな、がんばりましょうね!」 瞬間、一同はシーンと静まりかえり、一斉にリナを見やる。彼らを待ち受ける厳しい現実。シンプソン、ドン、デクスター、コズモ、ロッドは顔を硬直させ、観客が大笑いする中、舞台が暗転する。

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