Club Pelican

THEATRE

「雨に唄えば」
“Singin' in the Rain”


注:このあらすじは、レスター市にあるLeicester Haymarket Theatreで、2004年9月9-12日に私が観た公演に沿っています。もっぱら私個人の記憶に頼っているため、ストーリーの細部、セリフ、シーンや踊りの順番、踊りの振付などを誤って記している可能性があります。


第1幕

レスター市の中心街は、文字どおりCity Centreと呼ばれている。環状線で囲まれたCity Centreは小さく、端から端までほんの20分くらいで横断できるだろう。その小さなCity Centreのそのまた中心に、Haymarket Shopping Centreというわりと大きめのショッピング・モールがある。

その西側の道を挟んだ向かいには、Shires Shopping Centreという更に大きなショッピング・モールがあり、東側の道を挟んだ向かいにも、スーパー・マーケットやブティックが入った大型のビルが立っている。Haymarket Shopping Centreの南側には、レスター市のランドマークというかシンボルらしい、石造りの時計塔( Clock Tower )がある。その周囲には商店や飲食店が立ち並び、このあたり一帯は歩行者天国になっていて、両手にいくつもの買い物袋を提げた人々でいつも大にぎわいだった。

"Singin' In The Rain"が上演されたレスター・ヘイマーケット劇場( Leicester Haymarket Theatre )は、Haymarket Shopping Centreと同じ建物内にある。ショッピング・モールは南北に縦に長い形をしており、北側の建物の2階以上が劇場である。1階には普通にテナントが入っている。建物の屋上はショッピング・モールや劇場を訪れた人々のための駐車場になっているらしい。

ショッピング・モールや駐車場から劇場内へ入れる連絡通路もあるが、ショッピング・モール西側の道路( Belgrave Gate )に面している階段を上ると、そこが劇場専用の玄関である。

劇場の中に入って左に曲がるとすぐにボックス・オフィスがある。ボックス・オフィスの前から更に奥にかけてはずっとロビーになっているが、細長い形をしていて、横幅が狭くて小さい。ロビーのいちばん奥はビュッフェになっている。その廊下みたいなロビーの片側に、"Singin' In The Rain"ロンドン公演( 於Sadler's Wells Theatre )の舞台写真がたくさん飾ってあった。写真の間には、ロンドン公演の新聞レビューなどから抜き出したらしい、評語を大きく打ち出した紙が貼り付けてある。

そのボードの横では"Singin' In The Rain"のグッズを販売していた。グッズといっても、プログラム(2.50ポンド)、A3版のポスター(1ポンド)、CD(今回の公演が依拠した1991年プロダクションの録音版、10ポンド)しかない。

ロビーの真ん中には短い階段がある。階段を上ればホール内への入り口に、下りればトイレに行く。ちなみに女性用のトイレは個室が4つしかなく、しかもうち2つが壊れて水が流れない。公演で水を大量に使うので節水しているのかと思ったが、運わるく壊れたトイレに入った観客が、必死になってレバーをガコンガコンと下げまくるあの空しい音から察するに、タンク内の栓を吊り下げているチェーンかワイヤーが切れてしまっているのだろう。私が通った4日間、修理は行われなかった。

時間どおりに開場したときはいいのだが、開演時間ぎりぎりになっても開場しないときが1、2度もあり、そんなときは短い階段から狭いロビーにわたって、観客たちの長い行列が続いた。階段の手すりからは、開かれた状態のチェック柄の傘が何本も何本も吊り下げられていた。これはアクアスキュータム( Aquascutum )提供の傘だそうである。"Broadway Melody"で、クーパー君が着ていた衣裳と同じチェック柄だった気がする。公演で登場人物が着ていたコート類もアクアスキュータムが提供したらしい。ちなみに舞台用コスメはM・A・C提供だという。

階段部分はふきぬけになっている。踊り場に1階席への入り口が2箇所あり、その入り口の上の壁には、明るいオレンジ色の"Singin' In The Rain"というロゴが貼り付けてあり、万華鏡のような模様の光("You Were Meant For Me"で、ドンが"Colored lights in a garden"と言ったときに点灯されたライトと同じ模様だったような)でライト・アップされていた。

2階席への入り口へは更に階段を上らなければならないが、階段を上りきったところに大きな木製の壁がしつらえてあり、その全面が"Broadway Melody"の扮装をしたアダム・クーパーの大きな写真だった。

チェック柄のスーツに帽子、厚ぶちの丸メガネをかけて、大きく目を見張りながら笑っているクーパー君、いかにも田舎から大都会にやってきてウキウキしているおのぼりさん、といった感じがよく出ている。ちょっと「食いだおれ人形」に似ているけど、でも似合うじゃん。

ホールは小さく、席数は750ほど、2階席までしかない。客席部分は扇形で末広がりになっており、横に広くて奥行きはさほどない。これならたぶんどこの席に当たっても後悔はしないだろう、と思ったが、やはりセンター席がいちばん眺めがよかった。

ステージは舞台中央が客席に向かって凸型に張り出しており、その出っ張った部分にオーケストラ・ピットが埋もれていた。ある日の公演で、2階席の手すりの下にモニターが据えつけられているのに気づいた。画像は白黒でどこを映しているのか分からない。

しばらくして、ハゲ頭の男性の上半身がいきなり映し出された。どっかで見たことがあるし、指揮棒を手にしている。指揮者のジュリアン・ケリー( Julian Kelly )だった。出演者たちが視線を落とさずに音楽に合わせられるよう、確認のために据えつけられたモニターらしい。

開演時間ぎりぎりまで、舞台には凸型をしているステージの輪郭に沿った形をした、ぶ厚くて頑丈そうなシャッターが下ろされている。公演は時間どおりに始まったためしがなく、シャッターが上がってもこれがなかなか始まらない。最低でも5〜10分は必ず遅れていた。

初日はなんと30分も開演が遅れ、ディレクターのPaul Kerrysonとアシスタント・ディレクターの女性(名前ききとれず)が、完全普段着でステージ上に現れ、申し訳なさそうに初日挨拶&言い訳をしていた。というか開演が大幅に遅れたお詫びと言い訳とを、うまく挨拶にもっていった。

曰く、「長くお待たせしてしまってすみません。先週までロンドンで公演をしていて、急いで撤収してここへたくさんのセットや機材を搬入して、うまく進行できるように何度も調整と確認をくりかえしていました。初日っていうのは、とかくすんなりとは事が運ばないものなんです。・・・ところで、今日はこのレスター・ヘイマーケット劇場の、リニューアル・オープンの初日でもあります。このような栄えある日に、私たちの"Singin' In The Rain"をお届けできますことは、誠に喜ばしく・・・(以下略)。」

観客がイエーイ、と歓声を上げる。・・・リニューアル?トイレ、さっそく壊れてたじゃん。客席の椅子も布はすり切れて手すりはさびついているし、メンテナンスやリフォームが行われた形跡はない(舞台設備は一新されたのかもしれないが)。単なるclosureだったのではないか。

開演前に客席を見わたすと、観客は白人ばかりであった。イギリスでは珍しくない(イギリス人化した)インド系の人も、座っているとすごく目立つ。アフリカ系、中近東系、極東アジア系に至ってはほとんどいなかった。全然いなかったか、いても1人か2人くらいであり、小さい劇場なのでいればすぐに分かった。というわけで、私は最初ちょっと緊張した。でも、今まで気にしたことがなかったけど、そういえばロンドンでも、劇場の観客はほとんどが白人であった。

客席が暗くなり、序曲が始まる。序曲は"Singin' In The Rain"、"Good Morning"、"You Are My Lucky Star"、"Make ' Em Laugh"のメドレーである。きっとみんなおなじみの曲なんだろう。観客は早くも手足でリズムをとり始め、小声で歌い始める人さえいた。

序曲の間、ステージの前面に大きなスクリーンが下りてきて、ブルーグレーのモノトーンで "MONUMENTAL PICTURES"、"Premier Tonight … 1927 Don Lockwood Lina Lamont in The Royal Rascal"という文字が映し出される。

スクリーンが上がると、ステージが明るくなる。そこは映画撮影所のスタジオのようである。青空に白い雲のたなびく背景、ベニヤ板に描かれた、いかにも絵という感じのパーム・ツリーが数本置かれている。ステージの天井から中ほどまで、スチール製の足場のような橋がステージを横断して下ろされている。その橋はステージの両端にある、同じくスチール製の頑丈な柱で支えられていた。道具係らしい男性が、大きなモップで床を拭きながら歩いていく。道具係はふとセットを見上げる。

スチール製の橋のセットが、序曲の途中でいきなり動いて上にあがった。昇降可能らしい。"On Your Toes"では、セットはすべて人力で動かしていた(スタッフばかりかキャストも。当然クーパー君もベッドを両手で押して移動させたりして協力)。しかし今回は電動式に進歩した。

序曲の最後で舞台は暗転、天井からネオンの細長い看板が下りてきた。"GRAUMAN'S CHINESE THEATER"。映画の冒頭のシーンと同じだ。序曲が終わるズバリのタイミングで舞台が明るくなる。舞台の中央には映画評論家のDora Bailey(Jeanette Ranger)が、まるでペルシャ皇帝みたいな、ド派手なキンキラドレスを着てマイクの前に立っている。

左にはドンとリナを待ちかまえる大勢(6〜7人)のファンたち、カメラマン2人。冒頭の音楽に合わせて、はしゃぐファンやカメラマンたちが、連続撮影されたスナップ写真のように、一瞬静止しては動き、再び一瞬静止しては動く、という動作をしていた。これは面白かったけど、クーパー君のアイディアなのかしら。

ドーラ役のJeanette Rangerは、背は低そうだが体格のいい人で、アナウンスする声がとにかくビンビンによく響く。観客の注意を舞台に集中させるには充分な、元気な声だった。ドーラが中継をする中、舞台右脇から次々と女優たち、モニュメンタル・ピクチャーズ社長のR.F. Simpson(Peter Forbes)、映画監督のRoscoe Dexter(Claude Close)、そしてドンの親友でムード音楽担当のCosmo Brown(Simon Coulthard)が現れ、ドーラが彼らにコメントを求める。

コズモ役のSimon Coulthardは、"On Your Toes"ロンドン公演でシドニー役をやった人で、女優の1人、ゼルダ役は"On Your Toes"ロンドン・日本公演に参加したJuliet Goughであった。

シンプソンはかなり年の離れた若い妻をともなっていて、妻役のTess Cunninghamは、なんだかアンニュイな雰囲気を漂わせていて印象に残る人であった。デクスターは、服装は映画と同じだが、赤ら顔の太っちょな大男である。

ところで、ここでのデクスターとドーラとの会話で、デクスターがドーラに「最近アンタはどんな調子だい?」てな意味のことを尋ねて(たぶん)、ドーラが"I have three children."って答えて、それにデクスターが"Every time!"と返したら、観客が大爆笑した。この会話はなんでおかしいんでしょう?マジに分かんないので、どなたかご教示お願いいたします。

ドーラはコズモにも「何か言いたいことはある?手短かにね」(←ひどい)と一応コメントを求める。コズモがマイクに向かって話し出した瞬間、青い空の背景の真ん中が、ドアのように二つに開いて、ドン(Adam Cooper)とリナ(Ronni Ancona)が腕を組んで悠然と歩いて出てくる。クーパー君は、白い帽子を深く斜めにかぶってキザな笑いを浮かべ(オエッ)、白いオーバー・コートを着て、腰をコートとお揃いの太いベルトで締めている(マフィア?)。リナは大きな毛皮の襟がついた、ショール型の白いコート。

ファンは一斉に歓声を上げ、ドーラはコズモをどついて追いやり、あわてて二人の登場を中継する。クーパー君がドーラのインタビューに答える合間を縫って、カメラに向かって気取ったポーズをとる姿がおかしい。見た目と実情が全く逆である、というエピソードがこの作品ではたくさん出てくる。ドンは爽やかな笑顔を絶やさず、リナとラブラブに体を密着させたポーズで写真に収まりながら、口では「リナと結婚なんてしません。僕とリナとは単なる良き友人同士です!」と強調する。

そしてドンは華々しいサクセス・ストーリーを得々と語り出し、「威厳を、常に威厳を("Dignity, always dignity")」と人生訓を披露するわけだが、実はセコくてミジメったらしい芸人生活を長く送った後に、スタントマンから今の地位に成り上がったという、ドンの本当の経歴が舞台では紹介されなかった。だから映画を観ていないと(しかもストーリーをしっかり覚えていないと)、ドンの自慢話が全くの大ウソだという可笑しさが分からない。実際にこのシーンで笑っている観客はいなかった。

事前に映画を観ていないとストーリーの面白さが分からない、というのは、舞台化作品としてはどうなんだろう。クーパー君は「映画のマネはしない。自分なりのやり方でやる。映画の再現をするつもりはない」とコメントしている(プログラム)。

演出が行き届かない点については、観客が映画を観ていることを前提にして、観客の方で理解を補ってほしい、でも踊りに関しては、映画とは別個のものとして評価して下さい、っていうのは、少しご都合主義的じゃないのか。演出を担当したのはディレクターのポール・ケリスンで、クーパー君は振付の担当とはいえ、演出と振付の方針は一致していた方がいいと思うんだけど。

ドンのコメントが終わると同時に、舞台が暗転して、右脇に小さな幕の背景が下ろされる。何もない荒野みたいな風景に、線路が一本走っているだけの絵が描かれている。そして赤と黒の下着を着た踊り子が、その前で大きな黒い羽根扇を両手に持って踊り出す。音楽はストリップ・ショーのBGM風。その後にドンとコズモの"Fit As A Fiddle"が始まる。

これが「ドンとコズモが、昔はド田舎の場末のストリップ・バーで芸を披露していた」という、彼らの下積み生活を表現する唯一の演出である。でもこれも映画を観ていたからこそ理解できたことで、映画を観ていなかったら、あまりに唐突すぎてストーリーの展開が分からなかっただろうと思う。

それはさておき、ストリップ・ショーの踊りと"Fit As A Fiddle"の踊りはとてもよかった。美人だけど無愛想な踊り子が、明らかにやる気ゼロで不恰好な踊りを披露する。客席に背を向け、ガニ股になった脚を片方ずつ上げる。全然色っぽくない。最後は体全体を反り返らせた奇妙なポーズで立って静止するが、体がバネのようにいつまでもブラブラ揺れている。顔は一貫して無表情のまま。退場するときに尻を掻くのはやめなさい。踊り子は舞台脇に立てかけてあるボードを裏返して引っ込む。そこには"Lockwood&Brown"(だったかな)の文字。

ハデなチェック柄のお揃いの帽子とスーツ姿、ヴァイオリンと弓を抱えたドンとコズモが、精一杯に明るい固まった笑顔で現れる。さっきのグランド・エントランスのシーンから1分くらいしか経ってないのに、二人ともいつ着がえたの?"Fit As A Fiddle"が始まる。二人はヴァイオリンを弾き、歌いながら激しくタップを踏んで踊る。

歌はきちんとハモってるし、タップを踏みながらお互いの位置にスピーディーに入れ替わる踊りも息が合っているじゃないですか。ヴァイオリンのボウをすばやく振り回しながら踊るところでは、クーパー君の持っているボウが、まるで連続写真のように線を残しながら動いていた。こういうところでも「出る」なあ、と思った。

ドンとコズモは、ボウを剣に見立てて決闘のマネをする。またクーパーが舞台脇にボウを伸ばして引き上げると、ボウの先には黒いヅラが引っかかっている。黒いヅラは宙を舞い、ハゲ頭の支配人(Richard Curto)があわてて舞台に飛び出してくる。リチャード・クルトよ、ここでも出たか。ハゲ芸に更に磨きがかかって、輝きを増してピカピカになった。

床に落ちたヅラを拾おうと、四つん這いになって動く支配人の背にドンとコズモは馬乗りになり、そのまま歌いながら一緒に動く。ようやくヅラを取り戻した支配人は、ヅラを逆向きにかぶり、怒った様子で退場する。

ドンが踊りにジャマなヴァイオリンをまとめて舞台脇に投げ込む。ドンとコズモはひとしきり踊った後、最後のポーズを決める。その二人の足元に向けて、怒りの支配人がヴァイオリンを放り投げて返す。

ある日の公演では、二つのヴァイオリンがクーパー君の体を直撃してしまった。クーパー君、ちょっと顔をしかめたものの、すぐに明るい笑顔に戻ってポーズを決め続けていた。一瞬顔をしかめて舞台脇を睨むのがいつもの演技だったので、あのときも演技だったのか、それとも本気で痛かったのかは分からない。ドンは退場する間際で、客席にワザとらしい笑顔を向けてアラベスクのようなポーズを取る。それをコズモが舞台脇に引きずり込む。

舞台が再び暗くなり、アナウンスをするドーラだけにスポット・ライトが当たる。それからスクリーンが下ろされ、ドンとリナの最新作、"The Royal Rascal"の上映が始まる。

ピアノのソロ音楽が流れる中、ロココ調の扮装をしたドンとリナが、座りながら抱き合っている。画面に映し出されたクーパー君を見た途端、私はぶぶう、と噴き出した。クーパー君は、おデコを出して、ウェーブがかかった黒いロン毛ヅラ(大昔の武田鉄矢がソバージュをかけた感じ)をかぶり、フリルのついた大きな襟のブラウス、胸元には蝶結びにした黒いリボン、更に大きくふくらんだフリル付きスカーフを前に垂らし、幅広の袖で一面に刺繍が施された膝まである長い上着、かぼちゃブルマーみたいな膝丈ズボンに、長い靴下、甲に大きな飾りのついたハイヒールの靴、という扮装。あなた、このロココ調の衣裳が大キライで、ロイヤル・バレエ時代には「眠れる森の美女」や「バレエ・インペリアル」から逃げ回っていたんじゃなかったっけ?

ふたりはウットリした表情で抱き合いながら、愛の言葉を交わすわけだが、リナは明らかに1〜2秒しか口を動かしてないのに、字幕のセリフは5〜6行と異常に長く、スクリーンいっぱいに文字がぎゅうぎゅうにつまっている。リナ役のRonni Anconaは、こうしてみると実はすごい美人なのが分かる。

ふといきなり、Simon Coulthard演じる、いかにもな悪役(黒いつばびろの帽子に黒い衣裳)が画面に映る。クーパー君が、ややっ!?という大げさな表情で手を耳に当てる。字幕「なにやら足音が聞こえるぞ!」 って、すぐそこに立ってるじゃん(笑)。この表情や身振りがおかしかったのか、観客はここで異常に爆笑していた。だがお姫様は言う。字幕「愛しい方、このわたくしの胸の高鳴りが、そんなふうに聞こえるのではありませんの?」

やがてCoulthard率いる悪党どもが現れる。 Coulthardは超おーげさな憎しみに満ちた表情で、口をわなわなと震えさせながら、ふたりを指さして手下に指図する。字幕「やっちまえ!」

クーパー君演ずる主役(フィリップというらしい)は立ち上がって剣を抜く。字幕「○○・ド・ラ・○○(←忘れたがいかにもおフランスな名前)、また会ったな!」 悪党の親分「これが最後の機会じゃい!」 二人は移動しながら激しく戦うが、その背景は布に描かれた絵を人力で回しているのがバレバレで、二人は明らかにその場から一歩も動いていない。背景の布が時々ヨレてたるんでいる。

一方、リナ演ずるお姫様は、別の悪党につかまってしまう。ぐへへへ、とイヤらしく笑う悪党の胸を必死でぽこぽこ叩きながら、リナは片手を高くさし上げ、助けを求めて叫ぶ。字幕「フィリップ!」 ここでも観客はなぜか大ウケしていた。

お姫様の危機に気づいたクーパー君、ふと天井を見上げて、あっ、と何かに気づいた様子で上の方を指さす。すげえワザとらしい。お姫様は悪党を突き飛ばしてなんとか逃れる。次の画面は、シャンデリアにつかまりながら、ぶらーん、とその場に現れるクーパー君の正面姿。その背景も布に描かれたちゃちな広間の絵。お姫様は両手を組んでそれを頼もしげに見つめる。

クーパー君は悪党の前に着地するなり、悪党の顔を正面からボコッと一発殴る。悪党はふ〜、と白目をむいて倒れる。次にフィリップと悪党の親分は、再びぐるぐる回る布の背景をバックに対決、フィリップが見事に勝利する。字幕「「○○・ド・ラ・○○、我々が会うのもこれが最後だ!」 悪党の親分のCoulthardは、うっ、やられた〜、という感じで、ガクガクガク、と体を大きく揺らした後、ドサッ、と倒れて息絶える。

フィリップのもとにお姫様が駆け寄り、ふたりはしっかりと抱き合い、熱い口づけを交わす。キスをするふたりの顔がドアップになって、フィリップとお姫様はカメラ目線でウットリとした顔を正面に向ける。このときのクーパー君の顔が最高に笑えた。顔をやや上向けて、潤んだ瞳で、うう〜ん、と悶えるようなクーパー君の表情に観客は爆笑しまくりで、"The End"という字幕とともに盛大な拍手が起きて歓声が上がった。拍手と喝采の効果音が流されたが、必要なかったと思う。

カーテンの間からドンとリナが挨拶に現れる。クーパー君は黒いタキシード、リナ役のRonni Anconaは膝丈の白いスリップ・ドレス。Ronni Anconaはすごく背が高い。ハイヒールを履いていたけど、180センチ近くありそうだ。ドンは一人で挨拶し、リナがマイクに近づこうとすると、あわててリナをマイクから引き離して自分がしゃべる。リナはドンにジャマされるたびに、横目でドンを睨みつける。リナとドンは舞台脇に退場。

舞台が暗転してまた明るくなると、そこがそのままバックステージ、という設定になっている。シンプソン、デクスター、コズモ、宣伝係のRodが待っている。ロッド役はGreg Picheryで、"On Your Toes"にも出演していたし、今回の"Singin' In The Rain"でもクーパー君とともに振付を担当している。

新作の成功を喜ぶ人々の中で、リナだけは面白くない顔。いきなり大声で叫ぶ。「いったいどういうことよ!アタシは話しちゃいけないの?アタシのファンだっているのに!」 Ronni Anconaはキンキン声の上にすごいガラガラ声で、更にすさまじい大音量。鈴木紗理奈の声をもっと高くしてデカい声にした感じである。しかも語と語との切れ目がなく、しゃべる言葉が全部つながっている。

一同の表情が硬直する。シンプソンやロッドが、宣伝部の方針だとか、ドンの方が経験豊富だからとか、美女はその美しさに合った声を持っていなければならない、とかいろいろ言い訳する中で、リナはキンキンのガラガラのデカ声で怒鳴る。「なんでよお!アタシの話し方のどこが悪いのよ!」 観客は大爆笑。そこが悪いんだってば。そして出ました!リナの決めゼリフ。「アタシがバカだとでもいうの!?("Am I dumb or something?")」

シンプソンやロッドは必死でリナをなだめようとし、ドンは両手を組んでうつむいて黙りこむ中で、コズモだけがやたらとリナにちょっかいをかける。映画でもそうだが、今回の公演ではコズモがリナをからかうセリフが更に多くなっていて、コズモはリナのことを好きだという設定なんじゃないかと思った。

みなは打ち上げパーティーへと出かける。リナは別れ際に、甘ったるい口調のキンキン声で、「バイバイ、ドニー、また後でねえ〜♪」とドンに手を振る。コズモはリナのマネをして、ワザとキンキン声で「バイバイ、リナ、また後でねえ〜♪」と言い、ドンの代わりに手を振り返す。リナの「アタシはドンの婚約者」というカン違い攻撃に辟易していたドンは、皮肉な口調で「ありがとう、コズモ」と礼を言う。

リナ役のRonni Anconaとコズモ役のSimon Coulthardという、すばらしい個性を発揮する役者の中にいると、クーパー君はセリフをともなった演技ではどうしても負けちゃうんだよねえ。コズモにからかわれたリナが、「あ〜ん、ドニー、あなたのフィアンセにこんなひどいことを言うのよお〜」とドンに甘えると、驚いたドンが「フィアンセ!?リナ、雑誌の読みすぎだよ。僕たちの間には、今までも、そしてこれからも、なーんにもないんだよ。あるのは空気だけなんだよ」とリナに言い聞かせるシーンがある。このドンのセリフは、前の大ウソ成功談と同じく、セリフの言い方や演技の仕方によっては、もうちょっと笑えるシーンにできたと思うんだけど、なんかあっさり終わってしまった。

みなが去った後、ドンはコズモに「ちょっと外に出て新鮮な空気を吸いたいから」と言い、自分が着ていた白い帽子と白いカシミアのコートをかぶせ、自分の影武者として先にパーティーに行ってくれるよう頼む。クーパー君が着ていたこの白いコート、絶対に特注だわ。だって、Coulthardが着ると袖が5センチくらいも余るんだもん。ドンは外の通りへと出かけていく。

舞台が暗くなってまた明るくなると、そこは通り。といっても、ベンチがそこかしこに置かれているだけである。人々がひっきりなしに忙しくその間を行きかい、またベンチに座りこんで話しているカップルもいる。ここでBGMとして演奏された音楽は、CDの4番目に入っている"The Royal Rascal/To The Street"で、バックステージのシーンのBGMとして用いられているものだった。急くような曲の感じからいうと、今回のように通りのシーンで使ったほうが雰囲気に合っていると思う。

人々の中に、ベージュのオーバー・コートを着て、濃い栗色の髪をボブ・カットにした若い女性(Josefina Gabrielle)がいる。チリンチリンという音が響くと、彼女はあわてて手を上げながら何かを追いかけて走る。だが追いつかなかったようで、彼女はあきらめたように右側のベンチに座りこむ。

彼女が呼び止めようとしているのは路面電車か何かだろうと思ったが、映画やCDに付いているあらすじから察するに、どうやらトロリー・バスであったらしい(別にどっちでもいいけど)。ベルの音の効果音と追いすがる仕草だけでも、彼女が電車かバスを呼び止めようとしているのは想像がつくんだけど、何かもうちょっと分かりやすい、舞台装置とか効果とか演出とかがあってもよかった気がする。

そこへタキシード姿のドンが歩いてくる。通りを行きかう人々を見て、ドンは襟を立ててうつむき、顔を隠しながら歩く。これは道を歩いているときのクーパー君そのままだわね。帽子かぶって、顔を少しうつむき加減にして早足で歩いて(笑)。しかし、通行人の1人がすぐに気づく。「ドン・ロックウッドじゃないか!?」 大勢の人々があっという間にドンの周りに殺到する。

ドンはあわてて手を振る。「ち、違います、僕は彼じゃありません、よく間違えられるんですよ・・・」と言いながらドンは周囲を見回し、ベンチに座っているボブ・カットの女性に目を止める。ドンはいきなりその女性の隣に座りこみ、彼女の肩に手を回す。「僕は彼女とこれからデートなんです!」

女性はびっくりして身をよじらせるが、ドンは小声で「今は僕に合わせて・・・」と頼む。なおもバタつく彼女をなだめながら、ドンは人々に向かって「僕も映画は大好きですよ!はははっ」とゴマかし笑いをし、じゃ、そーいうことで、と人々を追い払う。人々は訝しげな様子ながらも退散する。映画と展開が違うが、これは今回の公演での新しいアレンジではなく、91年のプロダクションですでにこうなっている。

人々が去った後、女性はようやくドンの腕を振り払う。「あなたの顔はどこかで見たことがあるわ!・・・そう、新聞でよ!(クーパー君、気取った顔になる)・・・あれは誰?(クーパー君、肩をすくめて、さあね、というふうに両手を上げる)・・・ああ、指名手配されているマフィアだったわ!(クーパー君、凶悪そうな顔になる)・・・あなたは犯罪者よ!」

勝手にどんどん進行する彼女の妄想と推理(?)に合わせて顔を作るクーパー君、早口でまくしたてる彼女のセリフとバッチリ合っていて、ここはさりげなく面白かった。

そこに警官が通りかかる。女性は「おまわりさあん!」と助けを求めるが、警官は「やあ、ドン・ロックウッドさんではないですか!」と笑ってドンに話しかける。ドンはベンチの背に片腕をかけて足を高く組み、いかにもスター然とした気取ったポーズをとる。オマエは石田純一か。

ドンは立ち去ろうとする警官に「ありがとう。おやすみ」と礼を言うが、「・・・それから」と再び呼び止める。振り向いた警官に向かって、クーパー君は右手の人差し指を鼻の右側に当ててみせた。警官はニヤリと笑い、うなずいてから去る。コレはなんだ?「この女性とのことは口外しないでくれたまえ」、「分かってますよお」ってことかな?それ以外にありえないよね。でも人差し指を唇に当てるのなら分かるけど、なんで鼻の右側なんだろう?ジェスチャーは難しい。

気まずそうに立ち尽くす女性に、ドンはカッコつけたポーズのまま声をかける。「親切な君の名前を聞いてもいいかな?」 女性は気を取り直した様子で「キャシーよ。キャシー・セルドン」と答え、ドンとキャシーは握手をする。

キャシーはドンに促され、再び彼の隣に腰かける。ドン「びっくりさせてしまって悪かった。僕の熱狂的なファンたちに取り囲まれてしまってね。」 うっ、なんか耳に痛いぞ。キャシー「あれが熱狂的なファンですって?・・・ひどいことをするのね!」 ああっ、グサグサ刺さるわ。すみません、私がそのterribleなadoring fanですう。でも取り囲んだくらいでそんなにterribleか〜?別にまだタキシードを引きちぎってもいないのに〜。

ドンは「ひどいわ!」というキャシーの言葉で、いきなりナンパモードに突入。「ひどい?・・・そう、ひどいよ。人々は、僕たちがゴージャスでロマンティックに過ごしていると思っているけど、でも栄光の陰には苦しみがあるものなんだ。(←これ、コズモのセリフのパクリじゃねえか) 僕たちは孤独なんだ・・・本当に孤独なんだ。」 ドンはキャシーの肩に手を回し、体を近づけ、脚をゆっくりと組んで彼女をキザな顔で見つめる。観客が笑う。

キャシーは自分の肩に回された手を横目でちらりと見やると、さっきドンを犯罪者呼ばわりしたことをあわてて詫び、話をはぐらかそうとする。キャシー「あなたの映画は1回だけ観たことがあるわ。」 ドン「どれ?」 キャシー「え〜っと、こうやってたわ。」 言いながら、キャシーは剣を前に突き出す仕草をする。ドン「決闘?」 キャシー「あっ、そうそう!・・・それから、王女様が出てきたわ・・・彼女は・・・え〜っと?」 ドン「リナ・ラモント?」 キャシー「あっ、そうそう!」

「決闘してた」と「王女様が出てきた」だけじゃ、ドンにもどの映画か分からないよね。なぜかというと・・・キャシー「私、映画は好きじゃないの。だって、どれも同じなんですもの・・・一つを観れば、全部を観たのと同じよ。」 この言葉にドンはカチンとくる。ドンはキャシーの肩から手を放し、そっぽを向いて「あっそう!(“Oh, thank you!”)」とそっけなく言う。

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