Club Pelican

THEATRE

「オン・ユア・トウズ」
(“On Your Toes”, Music by Richard Rodgers , Lyrics by Lorenz Hart ,
Book by Rodgers & Hart and George Abbott)


第2幕

〔第1場〕セルゲイ、ペギー、ヴェラ、コンスタンティンが舞台右で椅子に座り、シドニーがピアノで弾く“Slaughter On Tenth Avenue”を聴いている。セルゲイはなんとなく渋い顔。ヴェラは今日もまた一段とゴージャスな衣装をまとっている。黒いベルベット地に黒いスパンコール、ビーズの飾り、刺繍入りの長袖のドレスにお揃いの帽子、首には純白の羽根でできた、ふんわりしたマフラーをかけ(これが黒地のドレスにすごく映えて、まるで当時のハリウッド女優みたい)、黒いハイヒールを履いて悠然と脚を組んでいる。コンスタンティンは黒いシャツにズボンで、顔を伏せて腕を組み、眉根にしわを寄せていかにも面白くないといった表情。

ピアノを弾くシドニーの横にはジュニアがいて楽譜をめくってやっている。シドニーが“Slaughter On Tenth Avenue”を弾き終わると、ジュニアはよくやった、と満足げに笑ってシドニーの肩を叩く。ペギー、ヴェラ、コンスタンティンはセルゲイの方を一斉に見やる。セルゲイはしばらく沈黙した後、ようやく顔を上げてつぶやく。「実に・・・・・・興味深い。」

ジュニアはわが意を得たりとばかりにセルゲイに近寄る。「そうでしょう。」セルゲイは続ける。「音楽はとてもいい。とても独創的だ。・・・でもね。」セルゲイは言いながらジュニアににじり寄る。「君を見るとね、僕のまぶたの裏にね、一枚の絵が浮かんで来るんだよ・・・・・・青い顔に、真っ白な体、すっぱだかの、ある男の姿が!」

ジュニアは決まりの悪そうな表情で徐々に後ずさり、またピアノの後ろに引っ込んでしまう。セルゲイは更に激昂して叫ぶ。「彼は野蛮なヤツだ!」ペギーがなだめる。「セルゲイ、あれは幸運なハプニングだったわ。チケットの売れ行きを御覧なさいな。あれでロシア・バレエ団にユーモアのセンスがあることが実証されたのよ。タナボタよ。」

コンスタンティンがいきなり立ち上がる。「彼らは僕の踊りを観に来るんだ。」するとヴェラも立ち上がってコンスタンティンに反論する。「いいえ、彼らは私の踊りを観に来るのよ!彼らに尋ねてみるといいわ!」ふたりは椅子にどっかりと座り、フン、とお互いにそっぽを向く。

シドニーがおずおずと申し出る。「僕、しゃべってもいいでしょうか?」セルゲイは素人の若造がナニを、と睨みつける。ペギーがとりなす。「セルゲイ、若い人に話をさせてあげなさいよ。」シドニーはセルゲイを説得しようと、がんばって自分の曲について説明する。しかしセルゲイはとりつくしまがない。彼はシドニーを怒鳴りつける。「君は作曲家でもないだろう?偉大な作曲家とはクラシック音楽の作曲家だ。(ジュニアの方を見て)そうだろう?」 ジュニアはうなずく。「ええ。」 セルゲイ「そらみろ。」 が、ジュニア「でも、いいえ、でもあります。」 セルゲイ「何だって?」ジュニア「音楽とはあらゆるジャンルを含むものです。ジャズはすばらしい音楽です。個性があります。この音楽には振付家が必要なんです。」

コンスタンティンがこの言葉に噛みつく。「へえっ!?振付家!?彼は音楽教師なのに、今度は振付家だっていうのか?」観客はこのセリフにドッと笑う。後でも出てくるが、“振付家”アダム・クーパー自身を皮肉るギャグである。やっぱりイギリスには自虐的ギャグの伝統があるのか。

コンスタンティンは怒った様子で椅子を投げ飛ばし、前に出てきてワザとぶきっちょにツイストを踊るマネをしながら言う。「ジャズなんて、騒がしいだけの音楽だ。ブー、ブー、ブー、っていう!」

ヴェラが「いいえ!」と言いながら、またいきなり立ち上がる。彼女はゆっくりとした口調でコンスタンティンに皮肉を言う。「私は、踊ることがで・き・る、わ。あなたには、で・き・な・い、でしょうけど!」

コンスタンティンとヴェラは「できる!」「できない!」とガキみたいな不毛な言い合いを続けた挙句、また椅子にどっかりと座ろうとする。が、椅子を投げ飛ばしたことを忘れていたコンスタンティンは、座ろうとして「わああっ」とズッコケる。お約束のギャグだけど笑っちゃうんだよな。

セルゲイ「私はコンスタンティンに賛成だ。ロシア・バレエ団はジャズなんぞ踊ることはできない!」コンスタンティン「そのとおり!」ヴェラはセルゲイに「なんですって!?」とくってかかる。「この企画は、私はステキだと思うわ!エキサイティングで、スリリングで!」

コンスタンティン、ヴェラ、ジュニア、シドニー、ペギーが一斉に喧々諤々の議論(口論)をおっぱじめる。セルゲイはみなに「静かにしろ!」と怒鳴り、あらたまった態度で言う。セルゲイ「いろんな意見を聞かせてくれてありがとう。さて、私は決断を下さなくてはならない。(一同、首をのりだしてセルゲイに注目)・・・でも、それは今じゃないけどねっ。(一同、ガックリ) ペギー、それじゃランチに行くとしよう。」言いながらセルゲイはむ〜、む〜、む〜、とペギーの手にキスをする。ペギーは呆れた表情でそれを受ける。

セルゲイが去った後、コンスタンティンはヴェラに近づく。「ヴェラ、説明させてくれ。」ヴェラ「説明ですって?私とヨリを戻したいってのならおかど違いよ。」コンスタンティンは機嫌をとるような笑いを浮かべながら言う。「僕はただ説明したいだけだよ。」ヴェラ「分かってるわよ。あの女はヤルタから来たいとこなんでしょう?いとこのフトモモを撫でまくるってわけ?」コンスタンティン「彼女はただの友だちだよ。」ヴェラ「あんたみたいなヤツを『節操なし』っていうのよ!」が、コンスタンティンはその単語が聞き取れないらしい。ヴェラは更に罵る。「あなた、アメリカの言葉も分からないのね!節操なし!節操なし!節操なし!それにウソツキよ!ウソツキ!ウソツキ!ウソツキ!」ヴェラはぷんすかぷん、と去っていく。

ヴェラを言いくるめることに失敗したコンスタンティンは、その様子を見ていたジュニアに気づいてバツの悪そうな表情をすると、乱暴に言い放つ。「僕はジャズなんて絶対に踊らないからな!(またワザと不恰好にツイストを踊るマネをして)ブー、ブー、ブー、なんて!ジャズなんて下らん!下層階級のための音楽だ!」捨てゼリフを残し、コンスタンティンはドカドカと足を踏み鳴らしながらその場を立ち去る。

ジュニアはペギーにつぶやく。「複雑な性格を持った人々ですね。あなたも大変だ。」ペギー「あんなのは日常茶飯事よ。」ジュニア「昨日、ヴェラは僕に自分のすべてを話してくれたんです。」ペギー「ヴェラは誰にでも自分の半生を話すのよ。」ペギーにはジュニアがヴェラと関係を持ったことなど、すでにお見通しなのである。ジュニアはあわてて否定してみせる。「ミス・ポーターフィールド、僕はバレエについての話をしているんですよ!」ペギー「そうでしょうとも。ヴェラのバレエのね。」ジュニア「・・・・・・」

弁解してもムダだと悟ったジュニアは、あらたまった態度でペギーに尋ねる。「ミス・ポーターフィールド、質問があるんです。・・・善良な男たるもの、同時に二人の女性を愛することは許されるんでしょうか?」ペギー「至極結構なことじゃなあ〜い?」Kathryn Evansはセリフの言い方ひとつで観客を爆笑させる。ペギー「私の母は、私に人生のあらゆる面についての話をしてくれたわ。」ジュニアが身を乗り出す。「こういう場合についても?ぜひそれを聞かせて下さい。」

Evansが椅子に座ったまま、ふつうに話をしているかのような軽い調子で、“The Heart Is Quicker Than The Eye”を歌いだす。しかし彼女が歌いだしたとたん、その口からは、ビンビンに響く豊かで力強い歌声が飛び出してきた。本物のプロだ。他の人(もちろんクーパーも含めて)とは歌唱力のレベルが全然違う。それだけじゃなくて、この圧倒的な余裕、貫禄、迫力、存在感。この“ON YOUR TOES”公演に、Evansを引き込むことができたのは大きかった。Evansのアクの強い演技で、ペギーの存在ががっしりしたものになったし、それに歌の面での見せ場は、ほとんどこの人で保っていたようなものだから。

歌の中間からセリフを交えてダンスが始まる。ペギーとジュニアがふたりで腕を組みながらタンゴのような踊り。クーパー君はホントに面白い。踊りに入ったとたん、雰囲気ががらっと変わるんだもん。背筋がびしっと伸びてね。ジュニア「ポーターフィールドさん、よいアドヴァイスをありがとうございます。」ペギー「どういたしまして。」ジュニア(ボソッと)「でも、あまり役立ちそうにありません。」ペギー(笑いながら)「役立つだろうなんて、最初から思ってなかったわよ。」

ここの振付はかなり印象に残っている。タンゴ風の踊りにダイナミックなリフトが取り入れられていた。それにセリフに合わせた動きもよくて、特にクーパーがEvansの手を取りながら「いったいどちらの道がどちらなのか?」と言うと、彼女の体をくるりと回して手を離す。Evansは回転してから両手を腰に当てたポーズで正面を向いてピタリと止まり、「それこそ、私がさっき言ったことなのよ!」というキメのセリフ。かっこよかったす。

“The Heart Is Quicker Than The Eye”の振付自体もよかったけど、やはりダンサー2人の能力(というか存在感)が釣り合っていたことは大きかったと思う。このEvansはダンスもすごくて(彼女が踊るシーンがもっとあればよかったのに)、また、特に踊っている最中には、絶対的な存在感を発揮して他のダンサーたちを喰ってしまうクーパーと踊っていても、彼女はプロフェッショナルな安定性、メリハリのある動き、ド迫力、そして貫禄とで、クーパーに一歩も引けをとらなかったのである。そう派手な歌でも踊りでもなかったけど、これは終わるとブラボー・コールが出ていました(6割、いや、7割、ひょっとして8割はEvansに対してだろう)。

歌が終わると、フランキーが入ってくる。話題が話題だっただけに、ジュニアはちょっとアセる。「フランキー、ここにいたのか。」外套をまとってステッキを持ったセルゲイも入ってくる。「さあ、みんなでランチに行くとしよう。」フランキー「あら、約束があったなんて。なぜ言ってくれなかったの?ジュニア。」ジュニア「いや僕たちは2人でランチに行こう。」ジュニアは言いながらフランキーと抱き合ってキスをする。

そこへ、例の黒ベルベットのドレスに白い羽根マフラーというゴージャス衣装のヴェラが入ってくる。ジュニアはあわててフランキーから離れるが、ヴェラの冷たい視線と無表情は、今のはバッチリ見させてもらったわよ、ということを物語っている。真っ青になりながらこわばった笑いを浮かべているジュニアを挟んで、ヴェラとフランキーが向かい合う。

ヴェラは、なによこのダサい女、とばかりに、フランキーを頭から爪先までじと〜っと睨め回した後、鼻にかかった高慢な声音で、ワザとゆっくり「ごきげんよう」と言う。フランキーは地味な花模様のワンピースに暗い色の上着。フランキーは自分の服がどうかしたのか、と訝しげに見てから「?・・・ごきげんよう」と挨拶する。

ヴェラは沈黙したままジュニアを睨みつけると、指でジュニアの胸をつん、とつついて自分の後についてくるよう示し、不機嫌な様子でハイヒールのかかとを鳴らしながら足早に去る。ジュニアはフランキーに「あ、彼女に僕はランチに行けないって言ってくるから」と言い、あわててヴェラの後を追う。

フランキーがペギーに「ミス・ポーターフィールド、今回はジュニアを手助けしてくださって、本当に感謝申し上げま・・・」と言いかけたところで、舞台裏からヴェラの叫び声が聞こえてくる。「だめ、だめ!このヴェラ・バロノヴァにそんなことするなんて許されないわ!ありえないわ!」そしてビンタ音が2発。フランキーは硬直し、ペギーは目を閉じてやれやれ、という表情。

ペギーは「説明を要する複雑な事態が起きたみたいね」とフランキーに言い、頬を押さえて戻ってきたジュニアに、いたずらっぽく目くばせして去る。ジュニアは「フランキー、ちょっとしたことが起きてね・・・」と笑ってごまかそうとする。が、事の次第を察したフランキーは、あきらめたような、悲しそうな微笑を浮かべて言う。「いいの。分かってるわ。」

フランキーの意外な反応に、ジュニアは「分かってる?」と訝しげな様子で言い、弁解するように話す。「これからバレエ団の人々と昼食をとりながら、今回のバレエについて話し合いをすることになったんだ。僕は行きたくないんだけど、シドニーのためだからね。」フランキー「いいのよ。いってらっしゃい。さあ。」ひとり残ったフランキーは“Glad To Be Unhappy”を歌う。ここはダンスなしで、フランキーが舞台中央にひとり立ち尽くして歌う。

〔第2場〕ジュニアの音楽教室。これからセルゲイやロシア・バレエ団の団員たちが、ジュニアのクラスを訪問してくることになっている。ジュニアとペギーのふたりが入ってくる。ジュニアはなにやら大きな額縁のようなものを抱えている。教室の隅にはフランクリン・ルーズヴェルト大統領(?)の大きな肖像写真が立てかけられている。ジュニアはルーズヴェルト大統領の肖像写真を降ろすと、手に持っていた額縁を代わりに据える。それはなんとニコライ2世の肖像写真であった。セルゲイへのゴマすり作戦である。

ジュニアはそれを見つめながら言う。「アレクサンドロヴィチ氏は、うんと言うでしょうか?」ペギー「心配ないわ。彼は天才で、完璧にイカれているけど。」やって来ていたセルゲイが、ふたりの後ろから顔をのぞかせる。「それは誰のことかね?」ペギーは笑って言う。「あなたのことよ。時間どおりね。」セルゲイ「いつもだよ。」

セルゲイはニコライ2世の肖像写真に気づく。彼はとたんにハッとした顔でシルクハットを脱ぎ、厳粛な面持ちで肖像写真の前に立つと、直立不動の姿勢で両のかかとをカッ、と鳴らして敬礼する。

セルゲイは外套を脱ぎながら言う。「素晴らしい学校だ。生徒は正しい教育を受けている。」 お、これはうまくいったか?とペギーとジュニアは一瞬明るい顔。しかし、セルゲイは決然として言ってのける。「でも、僕は今日はっきりと決断を下しに来たんだ。ロシア・バレエ団は、ジャズを踊ることはできない!」

ジュニアはありありと失望の色を浮かべる。が、ペギーは表情を変えず、あらたまった口調で言う。「セルゲイ、お話があるのよ。」セルゲイ「何を話すというんだね?」ペギーは「ジュニア、ちょっと外してくれる?」とジュニアを教室からいったん出て行かせる。セルゲイ「何を頼まれてもムダだよ。」ペギーはいつにない厳しい態度で言う。「セルゲイ、私はお願いするんじゃないわ。私が話したいのは、ビジネスよ。」

セルゲイは「ビジネスも結構、金を稼ぐのも結構、でも、ロシア・バレエ団は伝統芸術を愛する」とかたくなな態度を崩さない。しかしペギーは冷静な表情で続ける。「私は今までロシア・バレエ団のために100万ドル近くも費やしてきたわ。」とたんに、セルゲイはあわててペギーに近寄り、その手を握りしめる。「ペギー、君にはどんなに感謝しても足りないよ!」が、ペギーは厳然と言い放つ。「でも、私は資金をあなたのバレエ団から引き上げるわ・・・次のプロジェクトが“Slaughter On Tenth Avenue”でない限り!」セルゲイは「ペギー!そんな事を君の口から聞きたくない!」と叫び、ペギーに追いすがる。しかしペギーはそれを無視する。

そこへジュニアがドアから顔をのぞかせる。「入ってもいいでしょうか?」ジュニアは学生たちと、そしてロシア・バレエ団の団員たちを部屋の中に迎え入れる。学生たちは普段着、ロシア・バレエ団の団員たちはレッスン着を着ている。ジュニア「ミス・ポーターフィールド、どうか席にお着き下さい。アレクサンドロヴィチ氏も。」ジュニアは学生たちに紹介する。「本日、私たちはお客さまをお迎えしました。ロシア・バレエ団のリーダー、セルゲイ・アレクサンドロヴィチ氏、そして、ロシア・バレエ団のみなさんです。」学生たちが拍手でそれに応える。ジュニアは続けて言う。「これからシドニー・コーンが作った新曲をみなで歌います。『静かな夜』です。」

まずシドニーが立ち上がって“Quiet Night”を歌う。シドニー役のSimon Coulthardは優しい柔らかい歌声。やがて学生たちも一緒に合唱する。気を取り直したフランキーも入ってきて、ジュニアに笑いかけながら彼に寄り添う。ここで意外なことが起きる。なんとロシア・バレエ団の団員たちも、学生たちに加わって“Quiet Night ”を歌い始めたのだ。セルゲイは驚く。ロシア・バレエ団の団員たちも、“Slaughter On Tenth Avenue”の上演を望んでいることにセルゲイは気づく。

歌が終わる。セルゲイはしばらく沈黙した後、感極まったように言う。「・・・すばらしい歌だ。すばらしい音楽だ。私は約束する。この歌のことは絶対に忘れないよ。・・・私はこの場を借りて重要な発表をしたい。わがロシア・バレエ団の次の演目は、“Slaughter On Tenth Avenue”だ!」みなは歓声を上げ、互いに抱き合って喜ぶ。ペギーは興奮して叫ぶ。「大成功するに違いないわ!嵐のようなカーテン・コール!」セルゲイはジュニアだけに向かってそっとイヤミを言う。「キャット・コール(寒い拍手)かもしれないがね!」 オヤジ、最後の強がり。ペギーは学生たちに促す。「さあ、それじゃあ踊り方を見せてさしあげて。」

ジュニアが「最初は2台のピアノ」、「次はソロ・トランペットがそっと入る」、「打楽器は柔らかく」などと合図をするたびに、学生たちは舞台右奥の椅子に座って両脚でリズムを取りながら、やがて順番に立ち上がってその楽器を演奏する真似をする。そしてジュニアが「それでは歌!」と言うと、前に立ったフランキーが“On Your Toes”を歌いだし、次に学生全員が舞台中央に出てきて一緒に歌いながらタップを踊る。

「踊る人々よ、あのすばらしい男性をご覧なさい、・・・アステアのような男性を!」という歌詞まで来たとき、舞台天井右から垂れ幕が下がってくる。そこにはトップ・ハットをかぶったフレッド・アステアの顔写真。

次にロシア・バレエ団の団員たちが舞台中央に出てきて、同じ音楽に合わせてクラシック・バレエのムーヴメントやステップを披露する。すると今度は左側の天井から垂れ幕が下がってくる。そこにはレーニンの顔写真。

そこで全員がいったん舞台から退場し、ジュニアとフランキーが、ふたりで軽快かつやや動きの激しいタップを踊る。ひょっとしたら男性と女性の体力差というだけの理由かもしれないけど、クーパーはひとりでタップを踊っているときと、フランキーと一緒にタップを踊っているときとの差がちょっと激しかったように思う。フランキーに合わせて力を落としているというか、手加減しているようにみえた。踊りの迫力や魅力が半減してしまうように感じられて、そこが少し気になった。

次に真っ白いトップ・ハット、真っ白い燕尾服に真っ白いタップ・シューズを履いた男子学生(たぶんGreg Pichery)と、金髪のウィッグ、明るい水色のフレアー・スカートのドレスにハイヒールという出で立ちの女子学生(Gabrielle Nobleか?)が、二人でタップを踊る。服装的にいってフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのコンビを真似たものだろう。

すると今度は真っ赤なブラウスに真っ赤なタイツ、真っ赤なバレエ・シューズというロシア・バレエ団の男性ダンサー(Richard Curto)と、同じく真っ赤で胸元に旧ソ連邦国旗のあの金色のマークが入った(笑)チュチュを着たバレリーナ(たぶんKathryn Dunn)が二人で入ってきて、簡単で短いクラシック・バレエのパ・ド・ドゥを踊る。

次には学生全員が出てきて、男子学生は白いトップ・ハットに燕尾服、女子学生は金色のウィッグに水色のドレスという同じ服装で、二人一組でタップ・ダンスを踊り、彼らがひっこむと、変わって今度はロシア・バレエ団の全員が出てきて、やはりあの真っ赤な(バレリーナは胸元に旧ソ連国旗マークがついた)衣装を着て、二人一組でバレエを踊る。

そして学生たちとバレエ団団員たちが舞台上に勢ぞろいし、学生たちはタップ・ダンス、団員たちはクラシック・バレエを一斉に踊る。彼らは時には混在し、時には分かれて、学生がタップの見せ場を披露すると、今度は団員がバレエの跳躍や回転を披露する。そして、学生たちが中央に集まり、激しいタップ・ダンスを踊っているその周りをとり囲んで、バレエ団団員たちがクラシック・バレエのジャンプやターンを繰り返しながら回る。

最後では、学生と団員たちは同じ振付の踊りを一緒に踊り始める。もちろんタップ・ダンスでもなくクラシック・バレエでもない。バレリーナたちもトゥではなくなっている。またこのときには、先ほどまでのように、学生同士、団員同士で組むのではなく、タップ・ダンサー(学生たち)とバレエ・ダンサー(団員たち)がペアを組む。男子学生が女性団員と、女子学生が男性団員と組になって一緒に踊っている。

“On Your Toes”はもちろんジャズ風の音楽であり、この同じ音楽に合わせて、最初はタップ・ダンスとクラシック・バレエ(またしても分かりやすいお約束のポーズやムーヴメント、ステップのみで構成されている)とがお互いに別個に踊られていたのが、両者が徐々に混在、融合していって、最後にはそのどちらでもない踊りに変化していき、タップ・ダンスとクラシック・バレエとの区別がなくなる、という流れになっている。こういう展開は、特にバレエの芸術的至高性にこだわる人はつい失笑しちゃうかもしれない。それにそんないかにもなクサい話は苦手だ、という人もいるだろうし。

でもこの“On Your Toes”の踊りは、もちろんタップ・ダンスとクラシック・バレエとを一緒くたにしてみたらどうなるか、という遊びごころがメインなんだろが、それに加えて、作品が作られた1930年代当時と、それから半世紀以上にもわたって続いた、東西の政治的隔絶と対立という背景にも影響されたものだったことには違いない(ただ単に1930年代当時は、ソ連〔ロシア?〕とアメリカの人々は、市民レベルではお互いのことをほとんど知らなかった、ということを示しているだけかもしれないけど)。

まあそんな芸術的にも政治的にもパシフィックな意義を無理に強調しなくても、この“On Your Toes”の音楽は陽気でノリやすいものだし、タップ・ダンスとクラシック・バレエとの対比と融合が、踊りの順番や振付などの構成によって明瞭に説明されていて、この踊りが表現したい内容がはっきり示されており、観ていて本当に興味深かったし、なによりも単純に楽しかった。観客のノリもよくて、手や足でリズムをとっている人が実に多かった。私もやった。日本では恥ずかしくてやれないよ。本当にこの“On Your Toes”は楽しくて、クーパー君には悪いけど、“On Your Toes”の方が、もしかしたら“Slaughter On Tenth Avenue”よりも観客の喝采を浴びていたかもしれない。

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