Club Pelican

THEATRE

「オン・ユア・トウズ」
(“On Your Toes”, Music by Richard Rodgers , Lyrics by Lorenz Hart ,
Book by Rodgers & Hart and George Abbott)


第1幕(つづき)

〔第4場〕 舞台が再び明るくなると、そこはロシア・バレエ団のプリマであるヴェラ・バロノヴァの寝室。左にベッド、右には天井まで届く高さの靴棚が3つもあり、そのいずれにも靴がズラリと並べられている。イメルダも真っ青。

しかし、この靴棚と靴は実物ではなく、板に描かれたものである。この絵がいかにも安作りな感じで実はちょっとイヤだった。この公演では、見た目にも安っぽい作りで低予算くさい舞台装置がときおり気になった。低予算でもかまわないから、安普請で大がかりなセットを無理に作るよりは、簡素でもしっかりした作りのセットでまとめればいいのに、と思った。現に、第2幕の“Slaughter On Tenth Avenue”では、簡素な舞台装置とライティングだけで、あんなにも気だるく退廃した酒場の雰囲気を効果的に出せていたのだから。

ヴェラのベッドの横にも靴が散乱している。こちらはもちろん本物。ヴェラはベッドの上で新聞を大きく広げて読んでいる。彼女の姿は広げられた新聞の後ろにすっぽりと隠れてしまって見えない。やがて新聞の上に、ヴェラの右足、ついで左足が、にょっ、にょっ、と現れた。ふたつの足はそのままにょろにょろにょろ、と足首の回転ストレッチをする。とても印象的な登場シーンだったけど(笑)、ウィルドーは新聞の後ろでどういう姿勢をしていたのだろう。

いきなり、「きゃああああ〜!!!」とヴェラ(Sarah Wildor)は大きな悲鳴を上げながら、広げた新聞をベッドの上にがばっ、と押し付ける。ウィルドーは淡い紫のシルクのナイトキャップにガウン姿。ヴェラは叫ぶ。「信じられない!これは彼だわ!なんて事なの!」彼女の恋人、コンスタンティン浮気現場の写真が掲載されていたのである。

電話のベルが鳴る。メイド(Juliet Gough)が電話と受話器を持ってくる。「奥様!」ヴェラ「何よ!」メイド「お電話です・・・モロシンさんから。」ヴェラはメイドがさし出している受話器に顔を突き出して叫ぶ。「いいえ!彼のはずがないわ!向こうへ持って行っちゃってよ!そんな男は私の人生からは消え去ったの!今日も、明日も、・・・そして永遠に!」

受話器の向こうのモロシンもなにか怒鳴り返したらしい。メイドは顔をしかめて受話器を置く。激怒したヴェラはなおもメイドに言い付ける。「いいこと、彼におっしゃい、今後、私の傍には絶対に近寄らないようにって!今日も、明日も、そして永遠に!」

ヴェラの興奮は収まらず、いきなりベッドの上に置きっぱなしにしていたバレエ・シューズを両手に持ってメイドに突きつける。「それにこの靴!手入れをしてくれるように頼んだじゃない!」八つ当たり。明らかに分かりやすいワガママな気まぐれ女である。ヴェラはメイドに「あなたは私の靴なんて大事にしてくれないのねー!!」と叫びながら、その大事にしなければならないらしい靴を、ドアに向かって力いっぱいブン投げる。

ちょうどドアが開いて、靴の片方がドアの向こうに飛んでいく。ペギー(Kathryn Evans)が入ってくる。ペギー「ごきげんよう。なにかあったの?」ヴェラ「なんだと思う?」ペギーは床に散乱する靴を眺めながら言う。「靴屋を開くことにしたとか?」

ヴェラ「新聞を読んだ?コンスタンティンが、こーんなにオッパイのデカい(身振りつき)アバズレと浮気したの。なんて事。私と彼はずっとうまくやっていたのよ。・・・2ヶ月間だけど。ああ、許さない、許さないわ!絶対に!絶対に〜!!!」ヴェラは大絶叫すると、息絶えたかのようにベッドにバッタリと倒れこむ。しかし次の瞬間にはむくり、と起き上がり、何事もなかったかのような顔で平然とペギーに尋ねる。「いま何時かしら?」

ペギー「お客さまがいらっしゃる頃よ。」ヴェラは身を乗り出す。「男?」ペギー「そうよ。」ヴェラはOK、とばかりにペギーを指さし、念を押すように言う。「今日は彼にとってラッキーな日だわ。彼は私の恋人になるのよ。彼は私の復讐よ。コンスタンティンは悶え苦しむに違いないわ。コンスタンティンは私たち二人を殺すかもしれない・・・(一瞬うっとりと妄想モードに入るが、徐々に怒りが再発してきた様子)・・・あのクソ野郎(さのばびっち)!!」ペギーがまあまあ、とその肩を叩く。

ヴェラ「お客さまはどんな人?」ペギー「音楽教授よ。」ヴェラ「教授?私、教授とはお付き合いしたことがないわ。」ペギー「彼はジャズ・バレエの音楽を持ち込んでくれるのよ。」ヴェラ「ジャズ?ペギー、それはクレイジーな考えね。まあ私はなんでも踊れるわよ・・・(ガウンの裾をまくり上げてセクシーなポーズをとり)たとえばストリップ・ガ〜ル!とか。でもセルゲイはどう思うかしら。彼はきっとうんとは言わないわよ。」ペギー「まずはあなたが気に入る事が肝要よ。」

ヴェラはふと足元に別のバレエ・シューズがほうりっ放しなのを見つける。「・・・ああ、またこの靴!」ヴェラがその靴を苛立たしげに両手に持ったところで、部屋のドアが開く。ヴェラはキッとドアを睨みつけて「コンスタンティンが来たの?」と言い、またもや靴をドアに向かって投げつけようとする。

が、入ってきたのはセルゲイ・アレクサンドロヴィチ(Russell Dixon)であった。セルゲイが「愛しい人、ごきげんよう!」と挨拶しながらヴェラに近づくと、ヴェラは「まあ、セルゲイ、ごきげんよう」と態度を豹変させ、靴を持ったまま両手をセルゲイの首に回して抱きつき、彼の後ろで靴を片付けていたメイドの手元に向かって靴をバン、と叩きつける。

セルゲイは床に散乱したヴェラの靴につまずく。「おっと、こんなところに靴がたくさん?」ヴェラはメイドを叱りつける。「1足出してくれるように言ってあったじゃない!私の足は2本しかないのに、一度にこんなに履けないわよ!」これはもちろんヴェラがあれでもない、これでもない、と散らかしたのに決まっている。メイドはヴェラのワガママにとうとうマジギレし、抱えていたヴェラの靴を放り投げ、腰に手を当てて開き直る。「どれをでしたかしら?」ヴェラはまたコロリと態度を変え、とたんに上機嫌になる。「あ〜ら、私はどれでもよかったのよ。あなたがよく知っているでしょ。・・・1分で戻ってくるわ。」ヴェラは服を着替えるためいったん退場。

ヴェラは癇癪を起こしてはヒステリックに叫んでばかりいる女で、後のコンスタンティンとのやりとりでも、叫んでいるか皮肉を言っているかのどちらかである(ジュニアを誘惑するシーンでは色っぽい話し方をするが)。ウィルドーは、ヴェラの高慢で誇り高い(性格はともかく)惚れ惚れするような美女ぶり、極端に急激な感情の変化に合わせてくるくる変わる表情の豊かさ、いかにもワガママで気まぐれな女性らしい急き立てるような早口、そしてとても色っぽくしなやかな踊りで、このヴェラという超ワガママだけど憎めないキャラクターを魅力たっぷりに演じていた。

ヴェラが去った後、ペギーはさっそくセルゲイに話を切り出す。ペギー「セルゲイ、すっばらしいアイディアがあるのよ!あなたが気に入るかどうかわからないけど、ジャズ・バレエよ!」セルゲイ「ジャズだって?僕はよく聴いたことがないな。ロシア・バレエはそんなものを踊ることはできないよ!ロシア・バレエには伝統があるんだからね。」ペギー「そんなこと関係ないわよ!バレエでも革命を起こしたいとは思わないの?」セルゲイ「革命なんて、僕はまだ認めちゃいないんだ。」

ここでペギーとセルゲイによる“Too Good For The Average Man”が歌われるはずだった。でも、私が観た公演ではカットされていた。プログラムの曲目には書いてあるので不思議だったが、公演第2週目まではきちんと歌われていたそうだ。実際にご覧になったいおさんによると、「“Too Good For The Average Man”のときは、ロシア正教会のような丸屋根の建物が左半分の背景に白いシルエットになっており、二人の掛け合いはとても落ち着いたもので、セルゲイは『ああ、昔はよかったなぁ〜』とノスタルジックにため息をつくような感じで歌ってました。

ペギーは、そんなセルゲイに同情しながらも、『時代は変わっていくのよ』と諭すように、励ますように、ちょっとユーモラスにちゃかすように、温かく歌っていました。本当に、ゆったりとした曲で、前後にある現在を力いっぱい生きている若者たちのエネルギーが横溢するナンバーとは明らかに趣が違っていて、そこだけ異質な世界になるという雰囲気でした。これはこれで、なかなか味わい深いシーンだったのですが、全体の流れという点から見ると、ここは階段の踊り場のようなところで、展開のスピードが減殺されてしまうという大きな弱点でもありました。だから、このシーンを全部カットしたことで、展開はすっきりしただろうなぁ、と思います。」ということである。

セルゲイとペギーが押し問答をしていると、蛍光ペンみたいなハデな水色のスリップ・ドレスと帽子に着替えたヴェラが入ってきて、舞台左のピアノに上半身をもたせかけポーズを取る。セルゲイはあわててお愛想を口にする。「ああ、なんて美しいんだ!」ヴェラは臆面もなく言う。「当然よ。ドレス・アップしたのよ。私の教授のために。(すでに所有形)」

そこへコンスタンティン・モロシン(Irek Mukhamedov)が入ってくる。ムハメドフは黒いシャツに黒いズボン。髪は素のまま。ヴェラが怒った調子で叫ぶ。「コンスタンティン!」コンスタンティンはからかうような笑いを浮かべて言う。「お〜や、彼女はヤキモチを焼いているのかな〜?僕はここにいちゃいけないのかな〜?」ヴェラは平静を装ってワザと愛想よく答える。「あら、もちろんここにいらして結構よ。私の部屋はサポート要員の方をいつでも歓迎しますわ。」コンスタンティンはちょっとムッとする。「サポート要員だと?・・・そう、確かに僕は君をサポートしているよ。君のパンツだってね!(ヴェラのおしりをパン、と手で叩く)」

ヴェラはとたんに怒りを爆発させて早口でまくしたてる。「私だってあなたのバレエ・シューズが2インチ(注:1インチは約2.5センチ)底が厚いのを知っているのよ!2インチも身長をごまかしてるクセに!」秘密をバクロされたコンスタンティンはウッ、と言葉につまる。ヴェラはコンスタンティンの股間から足元までを、ワザとじいい〜っと見てから吐き捨てる。「どこでもよ!2インチごまかし男!」

コンスタンティン「なんだって!僕はね、3つの国でロメオって呼ばれているんだぞ!」ヴェラ「ロメオですって?よく言うわ!」見かねたセルゲイが止めに入る。「まあまあ、やめないか2人とも。」 ペギー「教授がいらしたわよ。」

ジュニア(Adam Cooper)がメイドに案内されて入ってくる。クーパーはさっきと同じチェックのスーツに、アイボリー色の上着を重ねている。ペギーはジュニアをみなに紹介する。ペギー「教授、こちらは偉大なるヴェラ・バロノヴァ。」ヴェラは婉然と微笑み、接吻を許そうと優雅に手をさしだす。ジュニアは彼女につかつかと近寄ると、その手をつかんでぶんぶんぶんぶん、と握手する。ヴェラの体もぶんぶんぶんぶん、と揺れる。ここはすごくおかしくて笑った。特にウィルドーが、揺れるときに「んぶっんぶっんぶっ」とビミョーに面白い声を出していたのが。

ペギー「こちらは偉大なるコンスタンティン・モロシン。」ジュニアはコンスタンティンに近寄って握手しようと手をさし出す。が、コンスタンティンはにこりともせず、わざと両手を背中に回して握手を拒否する。ジュニアは気弱な笑いを浮かべて引き下がる。ペギーが最後にセルゲイを紹介する。とーぜんジュニアの方から近寄ってきて握手を求めるもの、と思っているセルゲイは、顔を上げふんぞりかえってそれを待っている。ところがジュニアはニコニコと笑ったまま一歩も動かない。セルゲイは仕方なく自分の方からジュニアに歩み寄って握手を交わす。いいオヤジである。

ヴェラは魅惑的な微笑を浮かべながらジュニアに話しかける。「教授ですもの、きっとゴ〜ジャス!なお名前をお持ちなのでしょうね。」 ジュニア「・・・(小さな声で)ジュニアです。」 コンスタンティン「ぶぶっ。」 ヴェラ「・・・・・・。ジュニア!な〜んて美しい名前なの!(←無理矢理)」 コンスタンティン「以前にジュニアって名前の犬を飼っていたことがあるよ。」

ペギーがみなをせきたてる。「さあ、ヴェラと教授を二人きりにしてさしあげて。今回の企画について存分に話し合って頂きましょう。」コンスタンティンはドアから出る寸前、ヴェラをからかって言う。「やーい、ヤキモチ焼き〜!!!」 ヴェラはまた大爆発、ベッドの上に仁王立ちになって枕をドアに投げつけ、「このウソツキ、バカヤロー(ばすたーど)!!!」と絶叫する。

あ然としてそれを見ているジュニアに気づくと、ヴェラはあわててしなを作ってニッコリと微笑み、ワザとらしい笑い声をあげる。「・・・おっほほほほ、彼ったら変ですわね!あなたのようなハンサムな方がいるから嫉妬しているのよ。」ヴェラはベッドの端に腰かけ、自分の隣を手で叩き、いかにもミエミエな態度でジュニアを促す。「お座りになって。」

しかし察しの悪いジュニアは気づかず、ヴェラから遥かに遠く離れたところにある椅子に腰かける。ジュニアが「音楽を持ってきたんですよ」とカバンから楽譜を取り出すと、ヴェラは「もっと近くにお座りになって。私は部屋の中で叫びながら会話するつもりはありませんのよ」と言い、再びジュニアに自分の隣に座るよう促す。

ジュニアはようやくヴェラの横に腰かけるが、間に約30センチの距離を保っている。ヴェラは自分からぐっとジュニアの方に身を寄せて座り、楽譜をロクに見もしないで言う。「ああ、すばらしいのが分かりますわ。あなたはきっと天才ですわね。」ジュニア「違います、これは僕が書いたんじゃありません。僕はプロデュースだけで。」ヴェラ「まあそう。でもこの私のために?」ジュニア(ビミョーに目をそらして)「・・・ええ、まあ、そうです。シドニー・コーンが作ったんです。」

自分にしか興味のないヴェラはいきなり態度を激変させる。「シドニー・コーン?誰よ、それ?そのシドニー・コーンなんかどうでもいいわ。シドニー・コーンの話はやめにしましょう。(ジュニアの手から楽譜を奪い取って後ろへ放り投げる)私の話をするわ。・・・私の心の中には小さな女の子がいますの。(←・・・・・・)私は10歳のときにバレエ学校に入って、他のことなんて何も知らずにきたんですのよ。」ジュニア「分かります。僕も音楽以外のことは考えられません。(←大ウソ)」ヴェラ「いまに音楽以外のこともお考えになれますわ。」

ヴェラはジュニアのフトモモの内側を手でなでる。「あなたは情熱をお感じになったことがある?」ジュニアは目をそらしながら、わざと足を組んでヴェラの手から逃れる。「いやまあそれはテキトーに・・・。」ヴェラはいきなりベッドに仰向けになり、自分の胸を手で押さえて言う。「あなたも私と同じ。あなたはご自分の感情をひた隠しにしているんですわ。」観客がドッと笑う。ヴェラ、アナタが感情をひた隠しにしているんだったら、この世の中に感情を露わにしている人なんて誰もいないでしょう・・・。

いきなりヴェラはジュニアに尋ねる。「バレエはお好き?」 ジュニア「も、もちろんです。」 ヴェラ「どの作品?」 ジュニア「え〜っと、『白鳥の湖』!」 ヴェラ「なぜ?」 ジュニア(小声で)「それしか観たことがないんです。」 ヴェラ「私たちのバレエをご覧になりたいと思わない?(腕でポーズをとりながら)私は『王女ゼノビア』を来週踊りますの!あなた、私たちと一緒に踊りたいとお思いになりません?(ジュニアのフトモモを手でさすりながら)・・・この強靭な脚、あなたはダンサーになれますわ(だってダンサーだもん)。いいえ、私のパートナーにだってなれますわ!」 ジュニア「パートナー!?無理ですよ、バレエなんて、僕はなにひとつ習ったことがありませんから。」

ヴェラはベッドの上で立ち上がり、ジュニアを手でさし招く。「私についていらして。・・・私を抱きかかえて。」ジュニアはヴェラをあわてて抱き上げ、よろけながら彼女の体をぶんぶんと回す。ヴェラ「初めてにしてはなかなか筋がよろしいですわ。」

オーケストラが「王女ゼノビア」のメロディを奏ではじめ、ヴェラはジュニアの顔に手を添えて、色っぽい口調で語る。「『王女ゼノビア』では、王女は愛を求めていますの。王女は彼を欲するの。お分かりになる?」 言いながらヴェラはジュニアの体の前に回りこみ、自分の体をピタリと彼の体に重ね合わせる。ヴェラはジュニアの両手を取り、自分の胸から腰をなぞらせて「私を持ち上げて」とささやく。ジュニアはヴェラの腰を抱えてぎこちなく持ち上げる。ヴェラは大げさに叫ぶ。「ああ、高い、高いわ!!」その声に励まされたジュニアは、彼女の体を更に高く持ち上げる。ヴェラはまた大げさに叫ぶ。「ああ、高い、高いわっ!!」

ジュニアの手から降りたヴェラはベッドに腰かけ、上目遣いの挑発的な視線で、スカートをフトモモの上までまくりあげて言う。「今度は他のモノを見せてさしあげるわ。」

おおっと、と観客もジュニアも思ったところで、ヴェラは突然ベッドから立ち上がって走り出し、舞台右でアラベスクのポーズをとって脚を上げると、ワザとらしい大きな悲鳴を上げる。「ああーっ、倒れてしまうわ!」

ジュニアはあわてて走り寄って彼女の腰を支える。が、ヴェラはすぐに身を翻すと、反対側に走っていって同じポーズをとり、片脚をいっそう高く上げる。ジュニアはまた走っていってその腰を支える。片脚を高く上げたままのヴェラをジュニアが支え、ふたりはその姿勢でしばらく静止する。ジュニアのすぐ目の前にはヴェラの魅惑的な白いふくらはぎ。何を思ったか、ジュニアはいきなりヴェラの両脚を抱えると、彼女の体を逆さに持ち上げて振り回す。ヴェラは「おおお〜っ!!」と楽しそうな悲鳴を上げる。

ヴェラは息を弾ませながらジュニアに尋ねる。「どんな気持ち?」ジュニアもやはり息を弾ませながら答える。「イイ気持ちです。」ジュニアがさらに片手でヴェラの腰を抱えて持ち上げると、ヴェラは「私を振り回して!」と叫ぶ。ジュニアはヴェラをぶんぶん振り回し、ヴェラは振り回されながら叫ぶ。「もっと速くもっと速くもっと速くもっと速く!!」ベッドのところまで来たとき、ヴェラは「止めて!止めて!」と言い、ベッドの上にぐったりと仰向けに身を横たえる。

ジュニアはメガネをばっ、と外して床に放り投げる。彼の目はギラつき、すでに完全にケダモノの顔。次の瞬間、ジュニアはスカイダイビングの姿勢でヴェラの体の上へと勢いよくダイブ。会場は一斉に爆笑&拍手の嵐。ヴェラの「おお〜っ♪」という嬉しそうな悲鳴を残し、舞台のライトが消える。

〔第5場〕シドニーがピアノでフランキーが新たに作曲した“On Your Toes”を弾いている。弾き終わると、シドニーはフランキーに尋ねる。「君はこの曲を教授に見せたのかい?」フランキー「いいえ、まだよ。」シドニー「彼はきっと気に入るよ。」フランキーは沈んだ表情で答える。「でも、彼は最近忙しいんだもの・・・。」

そこへジュニアが興奮した様子で駆け込んでくる。ジュニアはふたりに「おい、このステップを見てくれ!」と言うなり、腕を上げながらぎこちない動きでどしん、どしん、とステップを踏み、空中に飛び上がって両脚をばちん、と打ちつける。明らかにド下手。シドニーとフランキーは呆れた顔でそれを見つめる。

ジュニアはおかまいなしにまくしたてる。「僕はロシア・バレエ団と踊るんだ!(ヴェラと同じようにポーズを取って)『王女ゼノビア』を!来週の公演に出させてもらえることになった。これは『4人の奴隷の踊り』のステップなんだ。」シドニーとフランキーは相変わらず無言で白けた表情のまま。冷たい空気が流れる中、ジュニアだけがまだはしゃぎ続けている。「ペギー・ポーターフィールドが、僕を舞台に出してくれるって。ステージ・マネジャーも僕の踊りを見て完璧だ、とホめてくれたんだよ!」

フランキーが悩んでいることを知っているシドニーは、ひとりではしゃいでいるジュニアの肩を叩きながら諭すように言う。「完璧、ですって?あなたも僕と同じように、初心者でしょ?」ジュニア、学生に諌められてどうするんだ。

シドニーが去ったあと、フランキーは硬い表情のままピアノの前に座っている。ジュニアはその背後でまだ能天気に言ってのける。「いい展開になっただろう?」フランキーは振り向きもせず、ぶっきらぼうな口調で答える。「私に聞いてるの?」ジュニアはようやくフランキーが不機嫌なことに気づく。ニブイ奴。「・・・?そうだよ。」フランキーは堰を切ったようにジュニアを問い詰める。「あなたは音楽教授でしょう?どうして自分の職分に似つかわしくないことをするの?」イタイところを指摘されたジュニアは、ポケットに両手を突っ込んで目を伏せる。

フランキーはジュニアに追いすがる。「でも誤解しないで、ジュニア。私は嫉妬しているんじゃないわ。ただあなたのことが心配なのよ。」ジュニアは必死に弁解する。「フランキー、僕は君のことを愛しているよ。僕はただロシア・バレエ団に興味があるんだ。」だがフランキーは容赦なくズバリ言い当てる。「あなたが興味を持っているのは、B(Ballet)とそれからV(Vera)でしょ?・・・舞台に出たりしてどうするの?あなたのことが理解できないわ!」

ジュニアはつぶやく。「僕も自分自身が理解できない。(←開き直るんじゃねえ)・・・でも、フランキー、僕は君に嘘はつかないよ。なんでも正直に言うよ。」フランキーの態度が少し和らぐ。ジュニアはとつぜん言い出す。「そうだ、どこか遠くに行こう。・・・パリとか。」フランキーは首を振りながら優しく「いいえ」と言い、ジュニアを見つめたまま“There’s A Small Hotel”を歌いはじめる。

フランキー役のAnna-Jane Caseyはピュアで透きとおった感じの高い歌声。フランキーとジュニアは白いグランド・ピアノの椅子や、またピアノの上に寄り添って座りながら一緒に歌う。「窓の向こうには教会の塔が見える」という歌詞の部分では、ふたりで遠くを眺めやる仕草をしたり、フランキーが「壁にはシカの頭が飾られていてあなたの目を楽しませる」と歌うと、ピアノの上に座ったクーパー君、足をプラプラさせながら両手の指を広げて頭にくっつけ、いたずらっぽく笑いながらシカのマネをしたりする。かわいい。

それからダンスの部分に入る。ここもタップではなく普通の踊り(だから「普通の踊り」ってなんだよ)。ふたりが抱き合っていると、舞台左脇からにゅっと手が伸びてきて白い旅行トランクが差し出される。ジュニアはそれを受け取ると、フランキーと手をつないで踊り始める。今でも印象に残っているのは、ジュニアとフランキーがふたり同時に後ろ向きに軽くジャンプしたとき、クーパー君の動きや姿勢がとてもきれいだったこと、ジュニアがフランキーの片手を握り、フランキーは体を斜めにして、爪先立った片足を軸にし、もう片足は後ろに上げた状態で、ジュニアがフランキーをぐるぐると回していた動きなど。あと、ジュニアがフランキーを抱えたまま、自分の体の前でフランキーをくるりと前転させる動き、あれもキレイだったけど、ここであったんだっけ?それとも“It’s Got To Be Love”であったんだっけ?忘れました。

それから舞台奥の階段に、白い帽子に白い制服という、ホテルのボーイやメイド風の衣装を着たダンサーたちがいきなり現れる。ジュニアやフランキーが歌うのに合わせて、彼らは舞台中央で次々と踊る。でもあんまりよく覚えてない。覚えているのは、女性ダンサー3人がいかにもかわいらしい振付の踊りを踊っていたのと、男性ダンサーが白いカートに女性ダンサーを載せて次々と出てきたことくらい。最後にジュニアとフランキーが「一緒に小さな貝殻の中に閉じこもろう」と歌いながら、ふたりは白いグランド・ピアノの中に入ってフタを閉めようとし、それをホテルのボーイやメイド風ダンサーたちが押して運び、舞台から消えていく。

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