Club Pelican

THEATRE

「オン・ユア・トウズ」
(“On Your Toes”, Music by Richard Rodgers , Lyrics by Lorenz Hart ,
Book by Rodgers & Hart and George Abbott)


注:このあらすじは、2003年8月にロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホール( Royal Festival Hall )で観た“On Your Toes”公演をもとに再構成したものです。もっぱら記憶に頼って書いているため、忘れたところや間違いやカン違いが多々あると思われます。その点はどうかご容赦下さいませ。セリフの聴きとりや意味に関しては、ひなさんに大変なご協力を頂きました。また、演出の変更部分について、いおさんがお知らせ下さいました。どうもありがとうございました。それから歌詞の内容については、旧版とダブるので省きました。


ロイヤル・フェスティバル・ホール(Royal Festival Hall)はSouth Bank と呼ばれる地域の一画にある。ホール入り口はテームズ河に沿った遊歩道に面しており、河を隔てた真向かいはEmbankment駅、そこからやや離れた左側には、あの有名なブロンズ色の国会議事堂が聳え立っている(その後ろにはWestminster Abbeyが隠れている)。

Royal Festival Hallのテームズ河に向かってすぐ右隣には、Queen Elizabeth HallとPurcell Room、Hayward Galleryがあり、さらにWaterloo Roadのガード下にはNational Film Theatre、そのガード下をくぐるとRoyal National Theatreがある(そのまま川に沿って東に行くとGlobe Theatreがある)。

左隣には鉄道のHungerford Bridgeと歩行者専用橋のGolden Jubilee Foot Bridgeが通り、鉄道のガード下を抜けるとWaterloo駅、Shell Centre(シェル石油のビル)、County Hall(旧市庁舎)、そしてこれまた超有名なLondon Eye(大観覧車)がある。

Royal Festival Hallは思ったより大きな劇場であった。そう古い建造というわけでもないのか、コンクリートの白い外壁に大きなガラス窓が一列に連なる近代的な外観をしている。劇場は2層になっていて、1階は誰でも無料で自由に観られる小さなオープン・ステージになっていて、周囲に折りたたみ椅子が並べられている。階段を上がった2階が本格的なコンサート・ホールである。

だから劇場の中へは自由に出入りできる。とうぜん階段を上ればそこにはホールへの入り口がある。それぞれの入り口には係員が数人いて観客の案内をしていた。が、彼らはチケットのチェックをしているのではなく、「2列目の通路を真っ直ぐ降りていって・・・」という具合に、その観客の席への行き方を説明しているのであった。係員にチケットを見せずにホールの中に入っても、特に呼び止められるということもなかった。というわけで、チケットのチェックは事実上なかったといってよい。これではチケットを持たない人だって簡単に入れそうだが、トラブルが発生したら、そのときになって対応すればいいという考えなのか、なんだか警戒感なしのお気楽な雰囲気であった。

ホールの中も、Royal Opera Houseなどのように、天井やバルコニー席に金のレリーフ装飾が施されているとか、金刺繍の入ったぶ厚い真紅のカーテン、といった豪華な作りではなく、日本の○○市民文化会館とか○○区民ホールとかと大差ない、実に簡素なものであった。

私はいつものクセで開演15分前にはもう自分の席に座っていた。観客の姿はまばらで空席が多く、ひょっとしてチケットの売れ行きがあまりよくないのかと不安になった。しかし後で分かったことだが、ほとんどの観客は、開演直前ギリギリになんないと席に着かないのである。そのため、まだ席に着いていない観客のために、開演直前にはくりかえし場内アナウンスが行われていた。「開演まであと5分です。」「開演まであと3分です。」・・・

開演時間の7時30分が近づく。オーケストラの団員も全員が位置に着き、コンサート・マスターがチューニングを始める。チューニングが終わったころには、ほとんどの観客が席に着いていた。フタを開けてみれば、ほぼ満席であった。指揮者がやってくるのを待つばかりとなったオーケストラの団員たちは、怪訝そうな、驚いたような、または呆れたような表情で客席を見上げていた。要するに、訝しいほど大盛況ということなんだろう。

観客には年配の人々が目立ったが、もちろん中年の人も、若い人も、子どももいた。また男性客も女性客も自然な比率でいた。これは去年行ったRoyal Opera Houseでもそうだった。私を含め、東洋人の姿もちらほらとみえる。午前にチケットを受け取りに行ったとき、ボックス・オフィスの人に「日本人客は多いんですか」と聞いてみたら、「ええ、日本の方も多くいらっしゃいますよ」と答えていた。この公演は特にそうだろう。

プログラムを読んでいると、会場アナウンスがあった。なんかフレンドリーな口調の中年男性の声(Royal Opera Houseでの慇懃無礼な口調の女性のアナウンスが思い出された。クールでかっこいい声だったが)。「開演に先立ちまして、みなさまにお知らせいたします。携帯電話の電源はお切りください。また、カメラ、オーディオ、ビデオカメラ機器の使用は、固く禁じられておりますことをご留意ください。」ざわついていた会場が静まりかえる。客席のライトが消えて暗くなった。

舞台向かって左の入り口から、スキンヘッドで背の高い痩せた男性が、颯爽と歩いて現れる。黒いシャツに黒いズボン、タイはなし(よくみたらオーケストラの団員もみなそうだった)。これが指揮者(Julian Kelly)だった。客席から拍手が起きる。指揮者は客席に向かってさっと一礼すると、オーケストラ・ピットに入って指揮台に立った。前3列中央の席が最初から販売されていなかったのは、指揮者の頭が視界をさえぎってしまう、という理由からだった、と後で人からまた聞きした。

舞台の幕は最初から上がっていた。ダーク・バイオレットの壁だけの背景に、淡い青白いライティング。奥の壁の左側には出入り口が開いていて、そこから真紅のカーペットが舞台中央に向かって斜めに敷かれている。

いきなり、舞台奥の壁に白くスライド文字が映し出される。「ロシア・バレエは、1936年にアメリカにやって来た。」文字が消えた後、奥の壁の入り口から、ふと一人の女性が姿を現した。スポット・ライトが当たる。黒い布で頭をすっぽりと覆い、額の右横でその布を絞って胸元に長く垂らしている。黒いショール風の上着をまとい、その裾からは白い脚が伸び、黒いピンヒールのサンダルを履いている。ヴェラ・バロノヴァ(Vera Baronova)役のサラ・ウィルドー(Sarah Wildor)である。

くっきりと濃く描いた眉に、少々濃い目にふった頬紅、真っ赤な口紅のウィルドーは、無愛想な表情で、悠然とカーペットの上を歩いてくる。それと同時に舞台天井からバレエのレッスン用バーが降りてくる。ウィルドーは舞台前面まで来て立ち止まると、客席を無表情に眺めわたし、そしてショール風の上着を脱いで床に放り投げた。下は黒いベルベット地に、袖の部分が黒レースになっているレオタード。

ウィルドーはバーに手をかけると、ゆっくりとした動作で腕と足を伸ばし、アラベスクのポーズをとる。それと同時に指揮者が両手を静かに挙げ、序曲が始まった。

ウィルドーは上体を下げながら、後ろに伸ばした脚をさらに高く挙げていく。両脚がほぼ180度まで開いたところで、身を翻して今度はバーに片脚をかけ、上体を後ろに反らせて腕を伸ばす。そこへ、舞台奥の入り口から黒いTシャツに黒いズボンの男が現れる。コンスタンティン・モロシン(Konstantine Morrosine)役のイレク・ムハメドフ(Irek Mukhamedov)。コンスタンティンとヴェラはバーの横で何度も抱き合い、熱いキスをする。

そこへ、ロシア・バレエ団のメンバーたちが次々と入ってきて、バー・レッスンを始める。コンスタンティンは彼らを指導し、ヴェラは舞台左で煙草をふかしながら、余裕たっぷりに腕だけを時おり音楽に合わせて伸ばす。その間も、ふたりは意味ありげに見つめあっている。

団員たちがいなくなると、ふたりは再び抱き合って口づけを交わす。そこで舞台天井から垂れ幕が下がってくる。キリル文字と英語で「セルゲイ・アレクサンドロヴィチ主催、ヴェラ・バロノヴァの『王女ゼノビア』、メトロポリタン劇場で来週開演!」と書かれている。二人はそれを誇らしげに見上げる。

ヴェラは婉然と微笑みながらコンスタンティンから離れる。そこへ、ノースリーブで胸元の大きく開いたドレスを着た一人の美女がコンスタンティンに近寄ろうとする。遠ざかりつつあるヴェラがふと振り向いたので、コンスタンティンはあわてて美女に隠れるよう身振りで示す。ヴェラが去ったあと、彼はその美女と激しく抱き合い、彼女のフトモモや尻を撫で回す。その姿をゴシップ紙の記者が激写する。

コンスタンティンたちがいなくなった後、Russell Dixon演ずる団長セルゲイ・アレクサンドロヴィチ(Sergei Alexandrovitch)が現れる。シルクハット、黒いマントつきの外套にステッキという出で立ち、太っちょの体、ヒゲの形など、明らかにディアギレフをそのまましき写しにした外見。なんとなく岡田真澄にも似ている。ロシア・バレエ団のパトロンであるペギー・ポーターフィールド(Peggy Porterfield)も現れる。ペギー役はKathryn Evansで、この公演では唯一の、本物の一流ミュージカル女優だろうと思う。

再びロシア・バレエ団の団員たちが舞台に現れ、それぞれが一斉にジャンプやターンをしながら舞台を横切っていく。序曲は“THERE’S A SMALL HOTEL”、“IT’S GOT TO BE LOVE”、“ON YOUR TOES”のモティーフを変化させながら継ぎ合わせたもので、もちろんクラシックではなくジャズっぽい音楽である。が、前のバー・レッスンでの、そしてここでのバレエ団員たちの動きは、ともに分かりやすく典型的で基本的なバレエ技術のみで構成されているものの、そのすべてがこの序曲のジャズ風音楽にうまく合うよう振付けられている(これは第2幕の“ON YOUR TOES”でも同じ)。

やがてペギー、セルゲイ、ヴェラ、コンスタンティン、団員たちが勢ぞろいし、集合写真のフラッシュが焚かれたところで序曲が終わる。


第1幕

〔第1場〕 カーテンが下ろされ、再びスライドが映し出される。「これより15年前。」それからまたなんか映していたが、でもなんて書いてあったか忘れた。“Fally”なんたらとか地名が書いてあったような気がするんだけど・・・。そして舞台両袖から、頭とおしりに大きな羽根飾り、スパンコールやビーズのたくさんついたハイレグ衣装にハイヒールを履いた案内嬢2人が、それぞれ小さな看板を持って出てくる。1枚は「ORPHEUM(だったかな?)THEATER」、もう1枚は「THE DOLANS」。

スポット・ライトが当たり、最初にGreg Pichery演ずるフィル・ドーラン2世(Phil Dolan II)、次にGabrielle Noble演ずる妻のリル・ドーラン(Lil Dolan)、最後に遅れてMatthew Malthouse(美少年だ)演ずる息子のフィル・ドーラン3世、通称ジュニア(Phil Dolan III、“Junior”)が、右手を振りながら、貼り付けたような営業用スマイルを浮かべて舞台に登場する。3人は白い帽子、白いシャツにネクタイ、白と紫の縦ストライプの上着に、ジュニア父とジュニアは白いズボンと靴、ジュニア母は白いスカート、その下にはカボチャみたいな形の膝丈の白いペチコート、白いブーツという衣装。

3人は“Two A Day For Keith”を歌いながらタップを踊る。両腕をぶんぶん振りながら体を激しく動かし、途中ポーズを決めては「ハッ」とか大げさなかけ声を上げたり、ジュニアが「そして僕は芸人の家に生まれた」と歌いながら、スカートをたくしあげた母リルの両脚の間から頭をのぞかせたり、ちょっと下品でいかにも大衆芸人といった感じの、大仰で芝居がかった踊りになっている。カーテン・コールでは、ジュニアがわざとズボンを足元までずり下げ、下はパンツ一丁の姿になって観客のウケを取る(後への伏線!?)。

もちろんこの程度のボケで現代の観客が笑うワケはないので、ここで観客の笑い声の効果音が入る。昔の娯楽・お笑い番組によくあった、ワザとらしい「観客の笑い声の効果音」である。でもビミョーに寒さが強まったような気がした。「昔のお笑い番組にはつきものだった観客の笑い声の効果音のパロディです」という感じが、もっとはっきりと出れば寒くならないと思う。ここの演出はもう少し工夫した方がいいかも(ナマイキ言ってすみません)。

〔第2場〕 舞台の右側には楽屋がしつらえてあり、メーキャップ用のテーブル、椅子、衣装架けなどが置かれている。興行を終えたドーラン一家がカーテンの後ろに回りこむと、出たところがそのままその楽屋になっている。

さきほどの舞台用スマイルとはうってかわって、父のフィルと母のリルはとたんに無愛想な顔つきになって椅子にどっかりと座る。支配人「ジュニア、今日もよかったぞ!」ジュニア「当然さ!」支配人「ジュニア、おめかししてどっか行くのかい?」ジュニア「あっついデートだよ。」支配人「ドーランさん、またお願いしますよ。」パパ「ジュニア、おまえも立派なドーラン・ファミリーの一員になったな!」ママ「いいえ、ジュニアはドーラン・ファミリーで一生を終えたりしないわ、ジュニアは学校へ行くのよ!」パパ、ジュニア「学校へ行く!?」パパ「俺の父、フィル・ドーラン1世は学校へは行かなかった。この俺、フィル・ドーラン2世も学校へは行かなかった。なのに、ジュニア、フィル・ドーラン3世が学校へ行くなんてありえるか!」

そこへショー・ガールの衣装を着たお色気たっぷりの女の子が現れ、ジュニアの胸を指でつん、とつついて甘ったるい声で言う。「ジュニア、お出かけできるう〜?」ジュニアはニヤつきながら答える。「・・・もちろんだよ〜。」女の子は自分を凝視するフィルとリルに気づくと、アラ失礼、という感じで腰を振り振り去っていく。

パパ「ありゃあ誰だ?」ママ「ローラよ。次席女優の。アクロバット・ダンスをやってるわ。」パパはジュニアに激怒する。「ドーラン家は一流の芸人一家なんだぞ!それが次席女優なんぞとつきあいやがって!」ヤケクソになったパパはついに言ってしまう。「おまえのママの言うことは正しい。おまえは学校へ行け!」ジュニアはもちろんママも「ええっ!?」と驚く。パパ「おまえの15年後がどんなものか言ってやる。うるさい教室で、しみったれたセコい音楽の先生になっているだろうよ!」

パパのセリフと同時に、後ろの紗幕の向こうがぼうっと明るくなり、舞台のやや左に音楽教師となった15年後のジュニア(Adam Cooper)の姿が浮き出てくる。ジュニア役のクーパー君は、髪をきっちりとなでつけ、厚ぶちのメガネをかけて、白いYシャツにネクタイ、ベージュと淡いグリーンの細かいチェック模様のチョッキにズボン、という衣装で教卓の前に立っている。

〔第3場〕 紗幕が上がると、そこはジュニアが教える音楽のクラス。舞台左端にはピアノ、中央やや左寄りに(ごめんね神経質で)ジュニアが立ち、舞台右には学生たちが座っている。が、学生たちは教師のジュニアにはおかまいなく騒ぎっぱなし、それに合わせてオーケストラが音程を滅茶苦茶にハズした短い間奏曲を奏でる。学生たちは授業が始まっても、一向におしゃべりを止める気配がない。ジュニアは手をパン、パン、と叩いて彼らを静かにさせる。クーパー君、スーツがよく似合ってます。相変わらずスタイル抜群です。

さあクーパー君のセリフ。どきどき。「今日は19世紀の作曲家について勉強しましょう。彼らはそれぞれの民族音楽を昇華させた曲を作りました。」・・・アラ、イイ声してるわ。よく透るし。もっとカン高くてロンドンナマってて素人くさいかと思ってたら・・・。これなら心配の必要はなさそうだ(←余計なお世話)。ジュニアは続ける。「シューマン、リスト、ショパン、フランツ・・・」学生のマッコール(Mike Denman)がワザと寝たフリをしてみせる。ジュニアはその耳元で大声で言う。「シューベルト!」

それからジュニアは作曲が上手にできた学生の名前を挙げる。「ミス・フランキー・フレインは歌を作りました。メロディはすばらしいです。」学生たちがはやし立て、フランキー(Anna-Jane Casey)は嬉しそうな顔で立ち上がり、ふざけてみんなにお辞儀をする。が、ジュニアは続けて言う。「でも、歌詞をもう少し熟考する必要があります。」フランキーは途端に面白くない顔。ジュニア「シドニー・コーンはジャズのバレエ音楽を作りました。非常に満足のいく出来です。シドニーは放課後も残るように。さて、これからいくつか基本的な事項について質問します。」

ジュニアが“Questions And Answers”(“The Three B’s”)の出だしを歌い始める。さあクーパー君の歌声です。どきどきどきどき。「♪これは誰によって作曲されましたか♪」・・・ああ、よかった、まあ上手だし若々しい感じの美声。さすがは歌唱力検定試験8級取得者(いったいイギリスにはどれだけの種類の資格や学位があるのか)。ジュニアはダンスがメインの役なのだから、これだけ歌えりゃ充分だ。でもクーパー君は実際、とても魅力的な声をしているよ。声音が柔らかくて、セリフと同じようによく透る。ちゃんとトレーニングされている声です。

ジュニアは学生たちに次々と質問していく。学生が返すのはワケのわかんない答えばかりで、他の学生たちがそれを囃したてる。ジュニアは皮肉を言ったりため息をついたり眉をひそめたり。でも学生には懲りた様子がまったくない。学生たちはジュニアの説明を反復する形で合唱する。歌いながら一列ずつ交互に立ち上がったり、座ったり、椅子の上に飛び乗ったりして踊る。ジュニアはこの時点ではまだ踊らず、手を振って学生の歌を指揮しているだけである。でも手の振り方がなんとなくバレエくさい。

学生たちは次に舞台中央に出て作曲家の名前を連呼しながら踊る。ここで舞台左の壁から、それぞれ“Bach”、“Beethoven”、“Brahms”と横に大書された縦長の白い壁が、いきなりばた、ばた、ばた、と学生たちの歌に合わせて現れる。この演出についてははっきり言わせてもらいたい。寒い。あまりに昔くさくてダサい。やめてほしい。

ここの学生たちの踊りはタップ・ダンスではない。この公演に参加しているダンサーたちは、1人が複数の役をかけもちしている(当たり前のことだろうけど)。プログラムの経歴を読む限り、彼らはミュージカルの訓練を主に受けてきたダンサーと、バレエの訓練を主に受けてきたダンサーとにおおむね分かれるようである。ここにいる学生役の半分は、後でロシア・バレエ団の団員役としても出てくる。彼らはバレエの訓練を専門に受けてきて、タップ・ダンスの訓練は受けていない(であろう)ダンサーたちである。また、こうしたバレエの訓練を主に受けてきたダンサーたちが実際に歌っていたかどうかは不明である。いちおう口は歌詞に合わせて開いていた。

学生たちのはしゃぎぶりは次第に大混乱の様相を呈してくる。このクラスは完全に学級崩壊している。ジュニアはこらえきれずに「静かにしろー!!!」と怒鳴り、学生たちはとりあえず神妙な態度で整然と椅子に座りなおす。が、次の瞬間、学生たちは授業プリントを手で丸めると、笑いながらジュニアに向かって一斉に投げつける。これはもはや学級崩壊どころか、教師に対する暴力の域にまで達している。

ジュニアは学生が投げ捨てたプリントをやれやれ、というように拾い集める。歌が終わると同時に、学生たちは何事もなかったかのようにお行儀よく席に着く。ジュニアが「それでは終わりのベルが鳴るまで・・・」と言いかけたところでベルが鳴る。学生たちはとたんに歓声を上げて我先にとドアから出て行く。お調子者のマッコールはおちゃらけて言う。「先生、またお会いするのが待ち遠しいで〜っす!」

ちなみにこのマッコール役のMike Denmanはバレエも含めた踊りでの大事な役を多く任されていて、セリフもしゃべるし、演技というか顔の表情の作り方もすばらしい。経歴をみると、彼はバレエにもミュージカルにも数多く出演している。上記2種類のダンサー:バレエを主とするダンサー群、ミュージカルを主とするダンサー群、それに加えて、彼のように必ずしもどちらかを専門とするわけではない、両方に対応できるダンサー群も存在するらしい。

ジュニア「シドニー、君の音楽の最後の部分を仕上げよう。」シドニー(Simon Coulthard)は自信たっぷりに答える。「もうカンペキですよ!僕の頭の中にバッチリ入ってます!」ジュニアは彼の後ろ襟をつまみ上げ、引っ張るようにピアノの前に連れていく。「楽譜に書いてくれないと、僕の頭の中には入らないんだがね。」

ふと、ジュニアはフランキーがふてくされた様子なのに気づく。「ミス・フレイン、どうかしたのか?」フランキー「もう結構ですわ。私の曲なんて、先生はどうせお気に召さないでしょうから!」ジュニア「君は本当の気持ちを言っていないね。」フランキー「もちろん、言っていませんわ!先生は私の音楽は熟考を要するっておっしゃったんですもの。私はただ、君の音楽はすばらしい、って、先生に言ってほしかっただけなのに!」ジュニア「君の音楽は確かにすばらしい。それ以上も以下もないと思うよ。」

シドニーがピアノで自作の曲を弾いている。そのメロディを聴いたジュニアは、ふとシドニーの方に気を取られてしまう。「いいね、シドニー、完璧だよ!」(結果的に)無視されたフランキーは怒って、バン、とドアを乱暴に閉めて出ていく。

ジュニアはあわてて彼女を呼び止めるが、後の祭り。「ああ、しまった!彼女を傷つけてしまった。・・・シドニー、家に帰ってその音楽にもっと手を加えなさい。」帰りかけたシドニーは言う。「先生、僕、この音楽に『10番街の殺人』って題名を付けました。」意外な題名に、ジュニアは「完璧だ!」と感嘆する。シドニー「とーぜんですよ!・・・先生、僕の名前は、100年後にもまだ残っていますかね?」ジュニア「君がまだ生きていればね!」

シドニーが出て行った後、ジュニアは教室に一人残り、先ほどシドニーがピアノで弾いていた「10番街の殺人」のメロディを、再び何とはなしにゆっくりと弾いてみる。ふと、ジュニアは辺りをそっと見回して誰もいないのを確かめると、カバンからタップ・シューズを嬉しそうな顔で取り出し、ピアノの椅子に座って、今まで履いていた靴を脱ぎ、タップ・シューズに履き替える。

いよいよクーパーが踊るぞ・・・。が、彼がタップ・シューズをまだ履き終えていないうちに、オーケストラは無慈悲にも“Slaughter On Tenth Avenue”のメロディを奏で始めた。これじゃクーパー君の踊りが音楽に間に合わないんじゃないか、とヒヤヒヤした。マシュー・ボーンの「白鳥の湖」で、王子が遺書をメモして湖に飛び込もうとするシーンで、とっとと書き終われよ、白鳥と鉢合わせするのに間に合わないだろが、と他人事ながら毎度心配したのが思い出される。

ところが、クーパー君は平然とした様子で、かけていた厚ぶちメガネを外してチョッキのポケットに差し込みながら、ゆっくりと舞台中央まで歩み出た。メガネを外したクーパー君の素顔・・・顔を心もちうつむきかげんにして、直線的な眉がいっそう形よくみえる。・・・か、かっこいい・・・。あいかわらずなんて男前なんだ・・・うっとり。そしてオーケストラの奏でる音楽を口ずさみながら(この仕草がまた様になっている)、彼はタップを踏み始めた。

これが、クーパー君がこの作品で踊る最初のシーンである。彼が踊りだしたまさにその瞬間、舞台の雰囲気が一変した。周りの空気が急にびしっと引き締まり、よく漫画とかで集中線とかいう技法があるけれど、まさにあんな感じで、踊っているクーパーの姿だけが、舞台上で浮き上がったように絶対的にクリアーになった。こちらの注意が有無を言わさず彼だけに集中する。やはり踊る姿はぜんぜん違うわ。

彼のタップ・ダンスは初めて目にしたが、素人目にもほんの一瞬で、彼が非常に優れた技量を持っていることがすぐに分かった。この作品全体を通じて、時に他のダンサーたちのタップ・ダンスが、体を大きく上下させて床をただ乱暴に踏み鳴らしているだけ、という感があるのに対して、クーパーの上半身はほとんど動かず、両脚の動きもぜんぜん激しくない。見た目はとても静かなんだけど、でもクーパーのステップは、実はとても細かくて、タップを踏む音は鋭く澄んでいて耳に心地よく、かつ力強くて大きいため、それはオーケストラの音の壁を突き抜けて、客席にまっすぐ届いてきた。

クーパー君は明らかに音楽に間に合わなかったものの(わざとなのかもしれない)、いとも簡単に音楽に追いつき、余裕たっぷりにステップを踏んでいる。踊りにノってきたジュニアは、振りが徐々に大きくなる。そしてジャンプしながら回転し、後ろ向きに着地したところで、いつのまにか教室に戻ってきていたフランキーと鉢合わせする。ジュニアは驚いて「うわっ!?ミス・フレイン、なんで戻ってきたんだ?」と叫び、踊りを止めてあわててメガネをかけなおし、両手を前に組んで態度を取りつくろう。

フランキー「私はさっきの失礼をお詫びしたくて・・・先生、本物のダンサーなんじゃない!?そうでしょう!?」ジュニア「ミス・フレイン、これは秘密だよ!」フランキー「なぜ?」ジュニア「僕の教授歴にキズがつく。」フランキー「先生はあのドーラン!?ドーランなの!?」なんかちょっと無理のある展開だな〜。ジュニアはなんとなく自慢げな笑いを浮かべて答える。「三世代続いたダンサー一家のね。下層階級の職業さ。でも、母方は三世代続いた音楽教師一家なんだ。僕は母方の道で生きていく事にしたんだ。少しはマシなね。」さっきまで嬉しそうに踊ってたクセに。

ジュニアはフランキーに打ち明ける。「シドニーの音楽には振付と踊りが必要だ。たとえば、ロシア・バレエ団みたいな。」フランキー「ロシア・バレエ団に話を持ち込めばいいわ。」ジュニア「無理だよ、彼らが聞き入れるはずがない。」フランキー「ロシア・バレエ団のパトロンのペギー・ポーターフィールドは、いつでも斬新なアイデアを探しているわ。」ジュニア「君はペギー・ポーターフィールドと知り合いなのか?」フランキー「ええ、私のおじの友人です。」ジュニア「ミス・フレイン、君はすばらしいよ!(←超現金)」フランキー「よくおっしゃるわ!・・・先生、こういう時は、私のことはフランキーと呼んで。」ジュニア「いいよ。じゃあ僕のこともジュニアと呼んで。」

フランキーはカバンから楽譜を取り出して言う。「私が作った歌なんですけど、だいぶ手直ししてきたんです。交換条件よ。私はあなたにペギー・ポーターフィールドを紹介する。あなたは私の歌を聴く。」ジュニアは笑って言う。「いいよ。」

フランキーは楽譜を指し示しながら“It’s Got To Be Love”を歌いだす。この“It’s Got To Be Love”を聴いて、観客はゲラゲラ笑っていた(やっぱりネイティヴはいきなりでも聞き取れるんだよね・・・当たり前だけど)。私は予習をしながらなんだか妙な歌詞だな、と思っていたのだが、つまりフランキーは作詞におかしな語彙を使う、というキャラ設定だったのである。ジュニアはフランキーのヘンな歌詞に時おり眉をひそめたり笑ったり。やがて自分もフランキー作による歌詞を歌わされる。ジュニアは歌いながらも、なんでこんなミもフタもない言葉や表現を!?という顔をする。この顔がまたおかしい。

フランキーが歌の途中で「じゃあ、先生、どんなふうに踊って下さるのかしら?」といたずらっぽく言うと、ジュニアは仕方がない、というように微笑み、またメガネを外してタップで踊り始める。公演のポスターにあった、クーパーが膝を曲げながら靴の先っちょだけで立っているポーズは、実際にあった。ここでの踊りにこのポーズがあった。ちゃんとぴしっ、と静止してキマってた。なるほど、これなら写真に撮れそうだ。あのポスターは合成写真とかCGとかじゃなかったんだな。・・・よく思い出したら、彼の「ザ・ストレンジャー」姿での写真にも同じようなポーズがあった。しかもその写真では、あの黒い衣装の長い裾が大きく翻っていた。どういう動きをした瞬間に撮影したのだろう。

ジュニアとフランキーが踊っているのを、ドアの隙間からクラスメートたちがのぞき見ている。見られていることに気づいたふたりは照れて身を離し、ジュニアはまたあわてて態度をとりつくろう。そこからジュニアとクラスメートたち全員の群舞になる。ここはタップではなく、普通のダンス(「普通のダンス」ってなんだ!?)。途中、全員が一斉に左脚を思いっきり上げるシーンがあるんだけど、クーパー君がここまで高く脚を上げるのは初めて見た。それに、なんかとても生き生きとして踊っている。こんなに楽しそうに踊る彼も初めて見た。最後は学生たちがジュニアとフランキーを立ったままの姿勢で持ち上げ、ふたりがキスをして終わり。

舞台が暗くなり、フランキーとジュニアが抱き合ってキスをしている。その向こうからペギー・ポーターフィールド(Kathryn Evans)がやってくる。フランキーが彼女に駆け寄り、ジュニアを紹介する。ジュニアとペギーは握手して挨拶し、ジュニアはさっそくペギーにシドニーの楽譜を見せる。

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