Club Pelican

NOTE 27

「危険な関係」ロンドン公演 (1)

(2005年8月10-14日)

新聞ではボロクソにけなしているレビューばっかりを読んで、しかし実際に観た人々からはいずれも非常に盛況であったと聞かされて、なんか複雑な気分で会場のサドラーズ・ウェルズ劇場に赴いた。でも実際に観た人々の言葉が正しいのだろうと確信してもいた。果たして開演50分前にして、サドラーズ・ウェルズ劇場のロビーの中はもちろん外にまで、観客があふれかえってプログラムを脇に抱え、飲み物を手にしてにぎやかに談笑していた。

ロビーの中に入ると人で向こうが見えない。「ソリー」とか「エクスキューズミー」とかひっきりなしに言いながら人の波をかきわけ、ボックス・オフィスのカウンターまで行った。そこにも人が並んでいる。スタッフが更に奥から出てきて席につく。バウチャーとクレジット・カードを見せてチケットを受け取った。

開演まで時間があるので飲み物を買って飲んだ。場所を探すのが一苦労なのも嬉しい。観客の人々を眺める。男性、女性、お年寄り、年配の人、若い人、子どもと、客層は幅広い。髪型や服装でだいたいどんな階層の人々か見当がついた。上品で小粋な服装と雰囲気。やや手ごわい観客たちだろう。あ、そういえばある日の公演でウィル・ケンプの姿を見かけた。

観客たちの言葉に耳を傾けてみる。英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、いろんな言語が聞こえてくる。休憩時間にも終演後にも感じたことには、フランス語を話す人が特に多かったようだ。フランスからわざわざやって来たのか、それともイギリスに住んでいるフランス人かは不明。

プログラムは4ポンド(約850円)であった。配役、シーンの簡単な説明、あらすじ紹介、キャストのプロフィール、アダム・クーパーとレズ・ブラザーストンのインタビューが載っている。他にグッズは一切なし。欲がないというべきか、やる気がないというべきか。

他にアダム・クーパーの公式サイトを紹介するブースがあった。何か売ってるのかと思って見たら、公式サイトで掲載・販売しているクーパーの写真を貼りまくっているだけであった。これははっきりいって失策だと思う。プライドの高い観客の密かな失笑を買ったことだろう。批評家はこんなところも気に入らなかったに違いない。

これでは「危険な関係」が、単なる「アダム・クーパー・オン・ステージ」であるという印象を与えてしまう。「危険な関係」を作品として見てほしいのなら、あんなブースは必要なかった。それでもブースを設置するのなら、クーパーのピンナップではなく、すべてのキャストが平等に写っている「危険な関係」の公演写真を貼りだすべきであったと思う。公式サイトの宣伝をしたいのなら、プログラムにURLを掲載するだけで充分ではないか。

フリーのリーフレットが欲しかったが、見つからなかった。でも最終日の前日にプログラムは売り切れ、リーフレットに配役表、クーパーとブラザーストンのインタビューが両面コピーされた紙を挟んで、ホッチキスで留めたものが無料で配布された。それでリーフレットも手に入れることができた。最終日にはリーフレットも底をついたらしく、コピーのみが配布された。

もともと印刷が少部数だったのかもしれないが、どのみちサドラーズ・ウェルズ側の予想を超える売れ行きだったのだろう。リーフレットもプログラムも、きれいさっぱり消化したはずである。これも嬉しいことである。

サドラーズ・ウェルズ劇場は席数1500くらいらしい。私が観に行った公演は、毎回ともほぼ満席であった。開演前、何度もベルが鳴らされて、まだ外にいる観客に席につくよう促す。席についた観客はまだにぎやかにしゃべっている。そこへ突然、あの「ギギーッ、ガチャン!」という大きく鋭い音が響いて、客席のライトが一気に落とされて真っ暗になった。観客は一瞬にして静まり返る。

白い幕を黒装束の人物たちがゆっくりと開いていく。松明や蝋燭の明かりが、開きかけた白い幕の向こうで瞬いている。黒装束の男女が、舞台の真ん中で両腕をゆっくりと広げて抱き合う。燭台を手にした人物が、舞台の真正面に燭台を置く。その瞬間に大きな音楽が響いた。

ソファーに座っていた人物(メルトイユ夫人)がマントを脱ぐ。両腕を広げながらゆっくりと下に降ろして腰に当てるが、腕や手の動きが日本公演よりもなめらかで翻るような仕草になった。続いてマネキンに手をかけて立っていた人物(ヴァルモン子爵)がマントを脱ぐ。やはり手のひらをくるくると回すような動きになっている。サラ・バロン(メルトイユ夫人)の動きにはメリハリがあり、一方クーパー君は優雅である。

メルトイユ夫人、ヴァルモン、黒装束の人物たちが入り乱れて踊るシーンで、メルトイユ夫人が輪の真ん中で一瞬立ち止まって正面を見据える。日本公演でも同じだったかどうかは忘れたが、このときのバロンには思わず目が釘付けになった。彼女にはやはり圧倒的な存在感があり、この姿によって、メルトイユ夫人が「危険な関係」の主人公なのだとあらためて感じさせられた。メルトイユ夫人がアダム・クーパー、サラ・ウィルドー夫妻の「添え物」にならないですんだのは、バロンのこの強い個性によるところが大きい。

メルトイユ夫人とジェルクールとのいきさつが説明されるところは、振付が大いに変わっていた。日本公演では、メルトイユ夫人がジェルクールの腕をねじり上げたり、彼の体の上をまたいだりとあからさまに乱暴な仕草が多かったが、今回はほとんど踊りで説明されていた。

ジェルクールがメルトイユ夫人の腰を支えてゆっくりと振り回し、メルトイユ夫人は上半身を大きく後ろに反らしながら腕を伸ばす。またメルトイユ夫人はジェルクールの肩に腕を回し、片脚を前に上げて体を斜めに倒す。彼女はジェルクールに支えられながら、顔ともう片方の腕を隣に立っているヴァルモンに向け、彼の顔を微笑みながら撫でる。日本公演でみられた、メルトイユ夫人のジェルクールに対するSMチックな仕草はなくなり、妖艶で美しい踊りになっていた。

舞台がぱっと明るくなる瞬間、裏の顔(?)から表の顔になるときのメルトイユ夫人の動きはけっこう難しそうだ。特に両腕を広げて一瞬びくっと動かすところが。ジャストのタイミングで、暗かった舞台がいきなり明るくなる。同じ動きでも、動き方によって感動したり、見惚れたり、笑えたり、気に入らなかったりする、ということが、この舞台では目立った。バロンは「さあ、やったるわ!」という感じで時に大仰だったが、ヨランダ・ヨーク・エドジェルは自然で優雅、しかもタイミングがツボにはまっていた。

メルトイユ夫人がヴォランジュ夫人とカード遊びをするシーンでは、メルトイユ夫人のいかさまに観客の間から笑いが起こっていた。メルトイユ夫人は奥の窓を手で示して、ヴォランジュ夫人の注意を反らした隙に、ヴォランジュ夫人のカードをひっくり返してのぞく。また胸元から隠しカードを取り出す。外人にはこれがすごく笑えるらしい。

セシルが登場するシーンも変更されていた。ヴォランジュ夫人がセシルをメルトイユ夫人に紹介すると、メルトイユ夫人は立ち上がってセシルをしげしげと眺め、微笑みながら頷いてみせる。セシルを一目で気に入ったらしい。またメルトイユ夫人がそっとセシルの部屋の鍵を彼女に渡すという演出になっていた。セシルは鍵を持ってこっそり部屋から出て行こうとする。

セシルは母親を見つめたまま、片足のポワントで立ってゆっくりと回転しながら遠ざかるが、最後に片脚を大きく振り上げ、円を描くように回転させていたのがなぜかよかった。メルトイユ夫人とヴォランジュ夫人の間に座らされたセシルが、ダダをこねるように体を揺らしたり、母親に向かって舌を出すところでも笑いが起きていた。が、セシルが椅子からほとんどずり落ちかける仕草がなくなったのは残念だ。

ジェルクールが登場するシーンでは、すでにジェルクールが現れるときの勿体ぶった音楽と、気取ったジェルクールの姿だけで観客は笑っていた。セシルがジェルクールと踊らされるところも、動こうとしないセシル、自分についてこないセシルをちらっと見るときのジェルクールの表情が笑える。特にバーネビ・イングラムのジェルクールにはみな大笑いしていた。片方の眉毛だけをぐんにゃりと上げ、「ん〜?」という感じで横目でセシルを見る。だが踊りはリチャード・クルトのほうが丁寧できれいである。

ジェルクールは嫌がるセシルを見て、「初々しくってええのお〜」とスケベでご満悦な表情を浮かべる。そのジェルクールが婚約者だとメルトイユ夫人はセシルに教える。ここはメルトイユ夫人がジェルクールを示し、それからセシルの左手の薬指を指す、という単純で分かりやすい仕草に変更された。セシルは激しく首を振って嫌がる。日本公演よりもすっきりした。

それからヴァルモンの登場である。ヴァルモンがセシルに挨拶すると、ヴォランジュ夫人が血相を変えて二人の間に割って入る。その間、メルトイユ夫人はジェルクールの手から結婚書類を取り上げ、それを読みながらジェルクールを嘲笑し、ジェルクールは気まずい表情で書類を取り返す。

メルトイユ夫人のオレンジ色のドレスは日本公演とは違うもので、上衣からオーバースカートに続く前身ごろの縁取りの刺繍がより豪華なものになり、またスカートが本当にオーバースカートとアンダースカートの2枚重ねになっていた。表地の色はともにオレンジ、裏地は黒で、よって彼女が回転したり脚を高く上げたりすると、オーバースカートの裾が鋭く翻り、瞬間にオレンジと黒の色彩が交差してとても美しかった。

ここではヴァルモンとメルトイユ夫人が手をつないで踊る。ふたりとも脚をかなり高く上げてから一気に振り下ろすという動きがあって、ズボンを穿いたクーパー君の動きはダイナミックだったが、足元まであるロングスカートを穿いたバロンの動きも、それに負けずに印象的だった。脚そのものというより、質感を持って翻るドレスの裾がとにかくカッコいい。

セシルたちが庭に出た後、メルトイユ夫人は途端に自分の首を押さえて苦しげな表情に変わる。彼女が手を顔に当ててゆっくりと下げると、その目つきは静かな怒りに満ちている。それでも彼女は両腕を湾曲させた人形のような姿勢で歩き、なんとか威厳を保とうとする(これは日本公演にはなかった動き)。

しかしバシ!という効果音とともにその姿勢が崩れ、動きが一気に激しい鋭いものに変わり、大きな憎しみを爆発させたような振りの踊りになる。ここの効果音に合わせるのは難しいらしいが、ヨランダ・ヨーク・エドジェルはまったく外さなかった。

ダンスニーとセシルが出会って恋に落ちるシーンのデュエットは、振付に問題があるのか、デミアン・ジャクソン(ダンスニー役)のサポート能力に問題があるのか、多少もたついたところがあった。特にダンスニーがセシルの両脇を抱えて前に引きずるところ。ダンスニーがセシルを一気に持ち上げ、セシルがその瞬間に空中でアラベスクで静止するところも、持ち上げるのが遅れて音楽に合わない時があった。ジャクソンは長身のイケメンだし、ソロで踊るときは実にきれいでカッコいいのだが。

ヴァルモンはセシルの部屋の鍵をダンスニーに渡してしまう。日本公演では、それを見咎めたメルトイユ夫人とヴァルモンが口論になっていた。今回はここも踊りに変わり、メルトイユ夫人がヴァルモンに詰め寄り、お互いの胸に手を当てて支えながら、片脚を交互に後ろに上げて舞台の脇に移動していく。そしてヴァルモンがメルトイユ夫人を高く持ち上げ、メルトイユ夫人は両脚を大きく上げて着地する。

彼らの表情も日本公演とは少し変わっていて、ヴァルモンはちょっと話をややこしくしてやったんだ、と薄く笑っている。メルトイユ夫人も、じゃあみてらっしゃい、といった余裕のある表情で、ヴォランジュ夫人に近づいていく。彼女らは手をつないで踊るが、ここも二人が同時に大きく高く脚を振り上げる振付になっていた。ロングスカートで脚を上げるとなぜか非常に印象的なので、二人並んでやられると尚更である。

メルトイユ夫人とヴァルモンがヴォランジュ夫人の注意を反らしているうちに、ダンスニーとセシルはキスをする。メルトイユ夫人はヴォランジュ夫人に向かって、指の先を唇に当ててぱっと離す。「キス」を表すマイムで、さっきの「結婚」といい、クーパー君も意地を張るのは止めたらしい。そうそう、クラシカル・マイムでもまだ有用なら使えばいいのだ。

ヴォランジュ夫人はダンスニーを追い出し、セシルを平手で打つ。それからセシルのソロになる。振りは日本公演と同じだが、その後に母親のヴォランジュ夫人が加わっての踊りが付け加えられていた。これはなかなか面白かった。

二人は両腕を絡ませて立ち、セシルはそれを離そうと踏ん張って、その状態で回る。またヴォランジュ夫人はセシルを羽交い絞めにして抱きしめ、娘を宥めようとする。だがセシルはその腕を振り払うようにして、手足を激しく動かして広げ、ヴォランジュ夫人に辛うじて手を取られながら、ポワントで鋭く速くアラベスクをする。

メルトイユ夫人がセシルを宥める。ダンスニーのことは、彼が残していった青い表紙の楽譜で示される。メルトイユ夫人はセシルに楽譜を手渡し、セシルは楽譜を背中に隠し持ったまま、母親と和解したふりをする。

トゥールヴェル夫人が登場して踊るソロは、サラ・ウィルドーのあまりなすばらしさに呆然とした。振付はそんなに変わっていないと思うが、手足や体の動きが全然ちがう。うまく表現できる言葉が見つからない。しなやかで緩急をつけた動きで、どうやったらこんなバッチリなタイミングで、こんな不思議な動きができるのか。まるで彼女の体や踊りが「ダンサーの体」とか「ダンサーの踊り」とかいうレベルではなく、何か全く別の生き物みたいなのである。

特に両腕を複雑に絡ませながら伸ばし、そうして僅かに速さを増しながら何度も回転し、また立ち止まって目を閉じ、片手で顔を覆ってから下ろすときの腕の動きや表情が、多くの人が言っているようにとても雄弁で、まさにトゥールヴェル夫人の心情そのものであった。自由に生きたいと願う心、しかし道徳心との間で煩悶している葛藤、すべてがあの踊りで表現されていた。あんなふうに踊れるものなんだな、と感嘆した。

そこへヴァルモンの叔母、ロズモンド夫人が現れる。床に落ちた黒いヴェールを拾い上げてトゥールヴェル夫人の肩にかけてやる。それからここで変更があり、ロズモンド夫人とトゥールヴェル夫人は一緒に手を取ってゆったりと踊り、温かな雰囲気の中で抱き合う。

そこへメルトイユ夫人、ジェルクール、ヴォランジュ夫人、セシルがやって来る。日本公演ではなかったが、原作どおり、ヴォランジュ夫人とトゥールヴェル夫人は知り合いなので、真っ先に近寄って親しげに挨拶する。それからヴォランジュ夫人がセシル、ジェルクール、メルトイユ夫人を紹介する。メルトイユ夫人はお辞儀もせずにトゥールヴェル夫人を凝視する。メルトイユ夫人はトゥールヴェル夫人を最初から嫌っている。これも原作どおり。

不穏な音楽が流れて、黒レザーの上着とロング・ブーツに身を包んだヴァルモンが現れる。ここでも変更があった。ヴァルモンはトゥールヴェル夫人を見つめ、意味ありげな視線で彼女の手に接吻する。それからロズモンド夫人の腰をつかんでぐるぐる回してふざけるが、ここでヴォランジュ夫人がトゥールヴェル夫人に耳打ちし、トゥールヴェル夫人は途端に不安そうな表情になる。

とかく近づこうとするヴァルモンを、トゥールヴェル夫人はなんとか避けようとする。事情を察したヴァルモンは、ロズモンド夫人とトゥールヴェル夫人の周囲を踊る振りをして、彼女らの背後でヴォランジュ夫人と向き合い、彼女を睨みつける。原作では、ヴォランジュ夫人がトゥールヴェル夫人に対して、ヴァルモンは極悪人だから気をつけろ、と警告する。ヴァルモンはそれを知り、ヴォランジュ夫人をひどく恨むのである。

ヴァルモンはさっそくトゥールヴェル夫人の髪を撫でてからかうが、それを見咎めたロズモンド夫人にヴァルモンは後ろから抱きつき、何度もキスをしてからかう。ロズモンド夫人は「仕方がないわね、でも我が甥ながらほんとにイイオトコだものね」という表情で、ヴァルモンを許してしまう。このロズモンド夫人の照れたような表情も観客の笑いを誘っていた。

更にヴァルモンは悪戯っぽい態度でトゥールヴェル夫人の背後に忍び寄ると、彼女が肩にかけていた黒いヴェールを取り上げてひらひらと振り回す。このシーンでは、ある日の公演でアクシデントがあった。トゥールヴェル夫人が最初に登場したとき、ウィルドーはヴェールを脱ごうとしたが、それがかつらに引っかかって取れなくなってしまった。彼女は髪にヴェールを引っかけたまま踊り続けた。

こういうときの対処は見事なもので、その後、ロズモンド夫人がさりげなくヴェールを外そうとしたが取れない。それから更にヴォランジュ夫人が外そうとした。それでも外れない。複雑に引っかかってしまっているらしい。どう処理するのかとワクワク(?)しながら見ていたら、結局、クーパー君が上記のシーンを利用してウィルドーの後ろに回りこみ、やっとのことでヴェールを外したのである。

お茶を飲む人々の横で再び踊り始めたトゥールヴェル夫人は、ヴァルモンの視線に気づいて踊りを止める。それからヴァルモンの「ハンド・パワー」でトゥールヴェル夫人は彼と踊る。振付は同じだが、日本公演と比べると、トゥールヴェル夫人の表情が大きく違っている。

ヴァルモンと踊っている間、トゥールヴェル夫人は始終陶然とした官能的な表情を浮かべている。よって、これはヴァルモンがトゥールヴェル夫人を誘惑しているのではなく、ヴァルモンにこうされたい、というトゥールヴェル夫人自身の漠然とした願望を表しているのではないか、彼女は最初からヴァルモンに惹かれていたのではないか、ということが分かる。

我に返ったトゥールヴェル夫人は、自分の顔に触れようとするヴァルモンの手を激しく振り払う。だがヴァルモンは彼女を通す振りをして、後ろから彼女の片手をつかんで引き倒し、更に彼女の手から腕、首筋へとキスをしていく。私はこの改変は気に入らない。日本公演のように、トゥールヴェル夫人の手に接吻して顔を伏せたまま、もう片方の手でトゥールヴェル夫人の体をまさぐっていくほうが不気味でよかった。

怒って走り去ったトゥールヴェル夫人を追いかけようとしたヴァルモンは、メルトイユ夫人に遮られる。メルトイユ夫人は片手でセシルの肩を抱え、もう片手に持った黒い日傘でヴァルモンの胸を叩く。ここでまたメルトイユ夫人は激しい仕草で踊り、ヴァルモンを手でどつく。

メルトイユ夫人が天を仰ぐように上半身を反らし、両腕を広げて片脚を上げる仕草は、プログラムの最初に見開き2ページで大きく掲載されている(プログラムに載っている写真はすべて日本公演のものである)。それから彼女は両手でドレスを叩き、苛立ったような目つきでヴァルモンを睨みつける。

舞台が暗くなって、メルトイユ夫人はヴァルモンと再びエロティックな踊りを踊る。広告でおなじみの「メルトイユ夫人とヴァルモンの鯉のぼり」バランスもここで出てくる。ヴァルモンは徐々に本気でメルトイユ夫人に引きつけられていくが、メルトイユ夫人はそんな彼の顔を押さえてじらす。ヴァルモンが段々とその気になってくるのが、今回は表情ではっきり示されていてよかった。それからヴァルモンが直立したメルトイユ夫人を高く持ち上げて、見事メルトイユ夫人の「勝利」に終わる。

ここのメルトイユ夫人の踊りは、サラ・バロンとヨランダ・ヨーク・エドジェルではかなり違っている。決まった振付さえ守れば、踊り方については各人の表現に任せてあるようだ。バロンは表情も動きもはっきりしていて激しい。大きく腕を振り上げてドレスを音を立てて叩いたり、自分の腰を支えて回るヴァルモンの手を上からバチンと叩いたりする。

ヨランダさんは決して音を立てなかった。表情も動きもおとなしい。ヨランダさんの踊りはなめらかで優雅である。腕はよくしなるし、体の動きも柔らかい。彼女は鼻筋のとおった高貴な顔立ちをした美人で、まるでエリザベスI世のようである(←ロンドンだから)。ヨランダさんは表情をあまり変えない。でも表情は静かなのに目つきがすごい。

無表情で、口元に微かな笑いを浮かべ、ちらり、と目をやる。それが冷たいのなんの。感情を爆発させるときも、表情は動かさないまま、黒目だけをぎろりと動かして実に凄まじい目つきをする。「まあ、このわたくしの言うことがきけませんの?」という感じである。優雅で上品で冷たくて怖い。

セシルとダンスニーが夜に清らかな逢引をする。私の大好きなシーンである。やっぱりここのデュエットは美しい。音楽もきれいで物悲しくてよい。セシルとダンスニーが向き合い、片腕を伸ばして握りあったまま同時にアラベスクをする。暗闇の中に、手をつないだふたりの長い手足が白くひらりと翻る。

ダンスニーがセシルを後ろから持ち上げて、セシルが片脚をゆっくりと上げる。ふたりは向かい合い、手のひらをくるくると動かして抱き合う。音楽が静かに盛り上がると、ふたりは並んで同時に片脚を横にひらり、と高く上げる。あと、ふたり並んで軽くジャンプし、2回連続して両脚を交差させるところ、これは音楽とバッチリ合っていて、私のいちばん好きな振りである。どの振りもとてもきれい。

アンセルム神父を招いてみなが一堂に会する場面で、ヴァルモンは悪巧みを始動させる。これは彼の顔つきが今までとはがらりと変わり、激しい緊迫感のある音楽とともに、踊りも激しく急なものになることで示される。頭の悪い批評家が、クーパーの衣装と踊りだけを見て、安易にボーンの「スワンレイク」と結びつけてけなしたのは実に残念なことである。

人々はヴァルモンの悪巧みには気づいていない。彼は人々が見ているところでは礼儀正しい表情と振る舞いをするが、人々が見ていないところでは、鋭い目つきで周囲を観察し、また標的を見据える。

ヴァルモンは人々の間をうまく立ち回って、セシルにダンスニーからの手紙をちらつかせ、トゥールヴェル夫人が座っているソファーの背の後ろから背中合わせにもたれかかり、首と肩を機械的にぐりんと動かして彼女を見つめる。こういう動きひとつとっても、音楽やタイミングのツボにズバリはまっている。さりげないけど、クーパー君のすごいところはこういうところである。

ここでは片脚を軸にしてゆっくりと回転したり、両足を揃えて素早く回転しながら移動したり、高くジャンプした瞬間に両足を打ち付けたり、片脚を横90度以上に上げてジャンプして半回転し、上げた片脚をそのまま後ろにぐっと伸ばしたり、ダイナミックな踊りが多い。日本公演では、やる気あんのかコラ、というときもあった。でもサイモン兄ちゃんに触発されたのか、今回の公演ではきっちり丁寧に決めていた。

この場面のクライマックス、舞台の前面で人々がそれぞれ談笑している後ろで、ヴァルモンとメルトイユ夫人は痛快そうな表情で一緒に踊る。セシルとダンスニーが美しいゆっくりした動きで、お互いの手を絡ませて握り合ったのと同じ動きを、ヴァルモンとメルトイユ夫人もする。しかし彼らの場合は、お互いの手を絡ませて激しく振りまわし、まるで互いに主導権を争っているようである。

ヴァルモンはセシルに手紙を渡すチャンスがない、というフリをする。未練たっぷりに後ろを振り返るセシルに対して、ヴァルモンは爪先だって手紙を高く差し上げ、「おーい、これどうする?」というふうに、何食わぬ顔でひらひらと振ってみせる。クーパー君のこの仕草にも観客は笑っていた。

アンセルム神父と人々が登場する場面から、居間にヴァルモンとメルトイユ夫人が残るまでのこの一連のシーンは、テンポが速くて緊迫感の漂う一つの音楽の中ですべて展開される。音楽とともにこのシーンがズバリ終わった瞬間、客席から拍手が飛んだ。

次はヴァルモンのお着替えシーンである。実を言えば、私はここのシーンはあまり好きでない。アイディアはすばらしいと思う。でもロン毛のかつらを脱ぐシーンはもっとゆっくり時間を取ってもいい。これがヴァルモンが表の顔をかなぐり捨てる象徴なのだから。

また、ヴァルモンが衣装を次々と脱ぎ捨てて、ステテコ風パンツ一丁になる過程でも、ヴァルモンが窮屈な衣装を脱ぎ捨てて、本性をむき出しにしていく面をもっと強調したほうがよかったと思う。たとえば衣装をもっと複雑なデザインにして、貴族というものはこんな鎧みたいな衣装を身に着けていたものなのか、と観客が驚くようにするとか。

ガラス窓の装置が移動すると、その奥にはセシルが眠っている天蓋つきのベッドが置かれている。ここで流れる静かな効果音には、毎度のことながら緊張する。燭台を持ったクーパー君は無表情で、冷酷な目つきをしている。

ヴァルモンがベッドの天蓋を支えている支柱に手をかけるとき、黒い長いガウンの裾も支柱に絡まって垂れ下がる。これは毎回そうだったから、偶然ではなくわざとやっている。クーパー君、こんなとこまで計算づくでやっているらしい。どうやったらできるのか注意深く見ていたが、どうしても自然に絡まっているようにしかみえなかった。

目覚めたセシルにダンスニーからの手紙をちらつかせながら、交換条件にセシルにキスをさせて抱きすくめ、身をよじって抵抗するセシルの体を回転させて床に放り出す。女性ダンサーを抱きかかえたまま、その体を目にも留まらぬ速さでぐるぐるっと空中回転させるのは、「マイヤリング」でもあった。これもどうすればできるのか不思議だ。

ベッドの上に腰かけ、ダンスニーからの手紙を夢中になって読むセシルの頭上から、ヴァルモンはベッドの支柱をつたって床に降り立つ。細かいけど、クーパー君の支柱のつたい方がより蛇みたいになっていた。天蓋からぶら下がると、支柱に体を絡みつかせるようにしてぐるりと一周する。この動きは、木に絡みついた蛇がイヴに禁断の木の実を差し出す絵画のモティーフを彷彿とさせる(←ナショナル・ギャラリーに行った影響)。

ヴァルモンが逃げるセシルの腕をつかむと、セシルは一気にヴァルモンの肩の上に乗り、それから開いた脚をぴんと伸ばして下りる。ヴァルモンがセシルの腰をつかんで持ち上げ、セシルはその瞬間に両脚を閉じて思いっきり前へ上げる。日本公演時よりクーパー君とディクソンのタイミングは合っていて、というより全く完璧であった。

ヴァルモンは床を這って逃れようとするセシルからわざと手を離し、残酷に笑いながら見下ろす。これは原作のヴァルモンの手紙にそういう記述がある。細かいですな。クーパー君、ガウンを脱ぎ捨てるために歩きながら、顔を上げて声を出さずに高笑いをする。これがなんとも迫力がある。

かがんでセシルににじり寄るところも、相変わらず音楽に合っていて緊迫感がある。日本公演では、セシルはヴァルモンの前に跪いて絶望していたが、今回のセシルはなかなか強い。セシルはヴァルモンの前に立ち、舞台脇を指さして彼に出ていくよう必死に命ずる。

今回の公演で最も大きく変更されたのはセシルのキャラクターであった。というよりはセシルが変貌していく伏線と過程が増補されていた。セシルはヴァルモンに抱きすくめられているうちに、ふと表情が変わって、一瞬うっとりとした顔になる。そして、ヴァルモンの肩に自ら両腕を回す。だが実際に行為に及ぶと、やはり嫌がって必死に逃れようとする。

この間、パ・ド・ドゥの息が完璧に合っている。危険で複雑なリフトの連続。だがもたつきや間が一切ない。それらが間をおかずに次々と展開されるため、すごい迫力で圧倒されて目が離せない。ヘレン・ディクソンの脚のポーズや動きが鋭角的で緊張感が倍増する。

日本公演であった「マノン」を彷彿とさせる振りがなくなっていた。ヴァルモンがセシルの頭をつかんで、自分の股間に押し当てる振りである。ここまで明らかな模倣はいかがなものか、と思っていたので、なくなってくれてよかった。

ヴァルモンはセシルをベッドの上に放り投げる。実際にスプリングのあるベッドらしくて、クーパー君、毎回思いっきりディクソンを放り投げていた。ベッドの上で、ヴァルモンは激しく大きなドラムの音に合わせて、セシルの体を乱暴にひっくり返す。でもただひっくり返したり折りたたんだり(?)するだけではなくて、セシルの両足首を握って持ち上げ、足の間に顔を挟むとセシルの足にほおずりして、スケベな・・・・・・いえ、官能的な表情をしていた。

事が終わって、ヴァルモンはベッドの上にうずくまるセシルの頭を持ち上げてキスをする。今回は髪を引っつかんで持ち上げる、という乱暴な所作ではなく、顎をつかんで持ち上げていた(←鬼畜度は同じか)。セシルも失神しておらず、ベッドの上に呆然と座り込んでうつむいている。

途中、奥の窓の向こうに座って、無表情にこの様子を眺めているメルトイユ夫人の姿がぼうっと浮かび出る。いつ見ても恐ろしい。タイミングが完璧に合った、また音楽と見事に連動した息もつかせぬクーパーとディクソンの激しいパ・ド・ドゥが終わる。ヴァルモンが窓の向こうにいるメルトイユ夫人にお辞儀をし、メルトイユ夫人は立ち上がって拍手をする。

この問題のシーンを最後に第一幕が終了する。さてこっちの観客はどう出るか。幕が引かれきらないうちに、観客が大きく拍手しだした。ブラボー・コールも飛び始める。近くのおっさんが「ブラヴォ、ブラヴォ」と叫びながら手を叩いている。幕が閉じても、観客はしばらく拍手を止めなかった。

休憩時間に入り、席を立つ観客の列の中で、「すばらしい」、「おもしろい」、「美しい」という声が多く聞こえてきた。もっとも、チャウさんは複雑で難しい文は聞き取れないし、またクーパー君に関しては褒め言葉しか聞かないことにしているので、これは多分に欲目によって捻じ曲げられた、不完全な記憶である。

それにしても、やっぱり日本の観客とは受け止め方が違うらしい。日本人はこんな残酷なシーンに拍手していいのか、とためらってしまう。こっちの観客は、たぶん舞台は舞台、と割り切っているのだろう。

(2005年8月23日)

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