Club Pelican

THEATRE

「危険な関係」
"Les Liaisons Dangereuses"


第二幕

静かな音楽が流れ、白い幕が音を立てて開く。舞台には夕暮れのような薄暗い明かりがぼんやりと射している。舞台の左右に、椅子が客席に背を向けた状態で4脚ずつ、その向こうにハープシコードが置かれている。

左側の椅子の前にヴァルモン、メルトイユ侯爵夫人、ヴォランジュ夫人、ジェルクール、ロズモンド夫人が集まり、立って談笑している。暗いオレンジ色の鏡の部屋の中で、音もなく笑いあっている人々。それはなんだか不思議な光景で、時間が歪んで昔の世界に入り込んでしまったかのような感覚を観ている側に与える。

ヴァルモンの衣装は、青紫の生地に襟口、裾、袖口に凝った花模様の刺繍が入った上衣、白いベスト、白いズボン、黒レザーのブーツ、白いシャツとタイ。髪は黒いリボンで後ろで結んでいる。

やがて照明が明るくなる。遅れてやって来たトゥールヴェル夫人が小走りに現れる。左側の椅子のいちばん左に腰かけようとするが、ヴァルモンに促されて左から2番目の椅子に座る。ヴァルモンは彼女の隣に座り、メルトイユ侯爵夫人がヴァルモンの隣、いちばん右の椅子に座る。

右側に並べられた椅子では、いちばん左の椅子にジェルクール、その隣にヴォランジュ夫人が座る。ロズモンド夫人がハープシコードを弾きながらアリアを歌い始める。

歌が始まる。途中でヴァルモンとメルトイユ侯爵夫人、ジェルクールとヴォランジュ夫人が同時に顔を寄せてヒソヒソ話をし、またみなが同時に腰を持ち上げて椅子に座りなおす。

この、みなが一斉に椅子に座りなおしたり、脚を組み替えたりといった動きは、妙に音楽に合っている上に、ちょうど鏡に映したかのように左右対称になっていて、すごく面白かった。以下も同じ。

みなが同時にぐるんと首を振る、という動きも何度か繰り返される。動きを止めると、メルトイユ侯爵夫人とジェルクール、ヴァルモンとヴォランジュ夫人、メルトイユ侯爵夫人とヴォランジュ夫人、ヴァルモンとジェルクール、ヴァルモンとトゥールヴェル夫人というように、関連する人物同士の目が合う形になる。

そのときの彼らの表情が面白い。メルトイユ侯爵夫人はジェルクールを睨みつけ、ヴァルモンはヴォランジュ夫人に優しげに笑いかけ、メルトイユ侯爵夫人とヴォランジュ夫人はうわべだけの親密そうな笑顔を浮かべ、ヴァルモンとジェルクールは形式的に会釈し、隣り合ったヴァルモンと間近に顔をあわせたトゥールヴェル夫人はうつむく。

途中でセシルがおずおずと入ってくる。彼女は打ちひしがれたみじめな表情をしている。メルトイユ侯爵夫人が何食わぬ顔で立ち上がり、笑顔を浮かべて彼女を迎える。セシルはメルトイユ侯爵夫人にすがりつこうとする。しかしヴァルモンがセシルに向かって、赤い紐にぶら下がった鍵をちらつかせるのに気づくと、鍵を奪い取って右側の椅子に走り去る。

ヴォランジュ夫人はセシルをジェルクールの隣に座らせ、自分はセシルの隣に座る。ヴァルモンはセシルに向かって平然と手を振ってみせる。セシルはうつむき、肩をすくめている。メルトイユ侯爵夫人がいちばん左の椅子に座る。

ジェルクールがセシルの、ヴァルモンがトゥールヴェル夫人の座っている椅子の背に同時に手をかける。またも左右対称になっている。メルトイユ侯爵夫人はムッとした顔で立ち上がり、ヴァルモンの手を振り払う。クーパー君の振り払われた手の動きがゆっくりとしてきれい。ヴァルモンはいちばん左の椅子に移動。

プレヴァンが入ってくる。プレヴァンはオフホワイトの生地に花模様の刺繍が入った上着、同色のベスト、ズボン。メルトイユ侯爵夫人が立ち上がり、微笑を浮かべて彼を出迎える。メルトイユ侯爵夫人はわざとヴァルモンの目の前で立ち止まり、プレヴァンの手への接吻を受けてヴァルモンを見て微笑む。

メルトイユ侯爵夫人はいちばん右、プレヴァンはその隣に腰を下ろす。メルトイユ侯爵夫人がプレヴァンの座っている椅子の背に手をかけようとする。今度はヴァルモンがムッとした顔で立ち上がり、彼女の手をそっと振り払う。

しかし、メルトイユ侯爵夫人は振り払われた手をそのままプレヴァンにさし出し、プレヴァンの接吻を受ける。ヴァルモンは無表情だが面白くない顔。メルトイユ侯爵夫人は微笑みながら、自分の椅子に戻るヴァルモンに目をやる。

しつこく自分にかまってくるジェルクールに、セシルは耐えきれずに椅子から立ち上がる。ヴォランジュ夫人は娘のただならぬ様子を察し、自分がジェルクールの隣に座って、セシルをジェルクールから離す。

みなが同時に上半身を前や後ろに倒し、再びお互いを見つめあう。プレヴァンとヴァルモンは、目が合うとライバル心を押し隠して、慇懃無礼に会釈する。だがセシルだけは、肩をすくめてうつむいたまま、微動だにしない。

こうしてロズモンド夫人による静かなアリアが歌われる中、登場人物たちは客席に背を向けて座ったまま顔や手だけを動かし、これだけで彼らの複雑な関係が示される。ロズモンド夫人のアリアが終わると、みなは何事もなかったかのように拍手する。

ハープシコードから立ち上がったロズモンド夫人はみなで踊ろうと誘う。男性たちが椅子を片づける。自分も椅子を持ち上げようとしたトゥールヴェル夫人を手で制し、ヴァルモンは椅子を両手に抱えて部屋の隅に置く。

舞台が更に暗いオレンジ色の照明になり、古風だがなんとなく不気味な雰囲気の漂う音楽が始まる。踊りも古風な振付で、彼らは両腕を湾曲させた姿勢で人形のように一礼すると、右と左に分かれて向かい合って踊る。

人物が重なって見えなくなることのないように、両者の間隔は舞台奥にいくほど狭くなっている。サイモン兄ちゃんのプレヴァンが舞台前面の位置をキープ。片膝を折り曲げて、片腕を後ろにさっとまっすぐに伸ばし、体を横向きにしたときの姿勢がとてもきれいだった。女性陣がドレスの裾を両手で持ち上げるのも面白い。途中、手を打ったり、足で舞台の床をドン、と踏み鳴らしたりする。音楽に合っていてとても効果的。

彼らはそれから2人一組になって踊る。メルトイユ侯爵夫人はプレヴァン、ヴァルモンはヴォランジュ夫人、セシルはジェルクール、トゥールヴェル夫人はロズモンド夫人と主に組む。

やがて中央でヴァルモンとトゥールヴェル夫人が一緒に組んで踊る。ヴァルモンはここでは無礼な振る舞いはしない。そこにメルトイユ侯爵夫人も加わる。彼女は踊りながら、ヴァルモンとトゥールヴェル夫人を注視している。

セシルはジェルクールと踊るが、耐えられなくなって両手で顔を覆って逃げ出す。メルトイユ侯爵夫人がセシルに駆け寄り、両腕を広げる仕草をして理由を尋ねる。セシルは泣きそうな表情でヴァルモンを指さし、事情を打ち明ける。しかしメルトイユ侯爵夫人は、セシルの手を急いで下げさせる。

メルトイユ侯爵夫人はジェルクールとヴァルモンを交互に指し示し、両手を広げる。どちらがマシか、というのである。セシルは激しく首を振って駆け出す。メルトイユ侯爵夫人はそれを追い、セシルから鍵を受け取るとヴァルモンを指さす。セシルはヴァルモンと組んで踊るが、とても辛そうな表情。

踊りが終わり、一同はまた左右に分かれ、今度は斜めに並んで一礼する。踊りの音楽が終わると、たりりん♪という怪しげな短いメロディが流れる。これは陰謀とか隠し事とか嘘とか、不穏な事を暗示するときに用いられる。前の踊りの最中にもこれが出てきていた。

メルトイユ侯爵夫人がセシルの背を押す。セシルはヴァルモンの手を引っ張って部屋の隅に呼び寄せ、ヴァルモンと目を合わさず、嫌そうな表情で鍵を彼に差し出す。ヴァルモンは鍵を受け取り、鍵でセシルの顔を撫でる。彼女は泣きそうな表情になって逃げ出す。

ヴァルモンを除き、一同はその場から去る。去ろうとしていたロズモンド夫人とトゥールヴェル夫人はセシルの異変に気づき、両側からセシルの肩を抱きかかえる。

だがヴァルモンはトゥールヴェル夫人だけを引き留め、椅子を持ってきて彼女を座らせる。彼女は何事かと戸惑った表情をする。ヴァルモンは懐から手紙を取り出して彼女に渡そうとするが、ためらう風を装って彼女に背を向ける。

ヴァルモンは彼女に背を向けたまま一瞬ニヤリと笑う。クーパー弟、アダムのここの表情が非常に邪悪でよかった。歯を見せてニィィィ〜ッと笑ったかと思うと、次には真剣な顔になって振り返り、手紙を広げて彼女に読ませる。

それからヴァルモンはトゥールヴェル夫人の両手を取って自分の頭を触らせる。自分の心をご覧になって下さい、嘘偽りはありません、という仕草である。でもヴァルモンはカツラをかぶっている。第一幕の最後で示されたように、ロン毛ヅラはヴァルモンの表向きの姿の象徴である。カツラの頭を触らせる仕草によって、ヴァルモンがこの時点ではまだ嘘をついていることが分かる。

ヴァルモンは必死にすがるような顔つきで、大げさに両腕を広げては手を組んで彼女に懇願するような動きで踊る。彼はしまいには床にひざまずき、頭を深々と垂れて座り込む(もちろん大ウソ演技)。真面目に驚いたトゥールヴェル夫人はヴァルモンに駆け寄り、彼を立ち上がらせようとする。

自分に近づいたトゥールヴェル夫人をヴァルモンは抱きしめるが、彼女はあわててそれを振り払う。彼は自分を避けようとするトゥールヴェル夫人をさえぎり、トゥールヴェル夫人はその度に身をよじって抵抗する。しかし次第に彼女の態度が変わってくる。

ヴァルモンがトゥールヴェル夫人の腰をつかんで持ち上げると、トゥールヴェル夫人の体は思い切りエビ反り状態になる。トゥールヴェル夫人はどうしたらいいか迷った様子で、片手を額にかざしながら、よろめくように早足で後ずさる。ヴァルモンはそれを追いかけ、彼女が後ろに倒れる瞬間にその腰を支える。絶妙なタイミング。

トゥールヴェル夫人はついに、自分からヴァルモンに駆け寄って、背中合わせながらも彼と腕を組み合わせ、また片手でヴァルモンの顔を撫でる。このへんで、「ヴァルモンとトゥールヴェル夫人の愛のテーマ」(笑)が流れる。

ヴァルモンはトゥールヴェル夫人の腰にすがりつき、彼女の体に顔をくっつける。彼女は戸惑いながらも突き放すことができない。ヴァルモンはそれに気づくと、顔をくっつけたまま上目づかいに彼女を見てニヤリと笑う。クーパー君のこの表情は超絶悪人だった。

ついにヴァルモンとトゥールヴェル夫人は重なって床に倒れ込む。トゥールヴェル夫人はヴァルモンの背中に両手を回し、彼を強く抱きしめようとする。しかし、ここでヴァルモンの表情がいきなり変わる。

彼は呆然とした顔でトゥールヴェル夫人を見つめながら体を起こし、彼女から離れる。彼は凝然と立ち尽くしたままどこかを見つめている。立ち上がったトゥールヴェル夫人が心配してヴァルモンに近づく。

ヴァルモンは彼女を抱きしめてキスしようとするが、いきなり彼女の体の後ろに回りこむ。ヴァルモンはこわばった表情のまま、トゥールヴェル夫人を背後からゆっくりと抱きしめ、その髪にそっとキスをしてから手を離す。思いもしなかったヴァルモンの優しい仕草に、トゥールヴェル夫人はそのまま床にくず折れる。

その様子をメルトイユ侯爵夫人が窓の向こうから鋭い目つきで見つめている。

ヴァルモンはロズモンド夫人を呼ぶ。駆けつけたロズモンド夫人は床に座り込んでいるトゥールヴェル夫人を見て、「彼女に何をしたの?この悪魔!」とヴァルモンを罵る。トゥールヴェル夫人はあわてて立ち上がり、涙を手で拭いて髪やドレスを整える。ヴァルモンはその場から駆け去る。

アダム・クーパーがロズモンド夫人を呼んだセリフは、「Madame!」説と「Ma tante!(おば上!)」説とがある(ともに複数の方からご教示頂きました)。アダムのこのおフランス語には笑い出しそうになったが、彼はマイクなしでもあれだけの大きな声を出せることが、このセリフで分かった。さすがは元聖歌隊、歌唱能力検定8級、ミュージカル出演経験者だ。サイモン兄ちゃんは、すみません、完全素人でした。

トゥールヴェル夫人は両手で胸を押さえ、ロズモンド夫人の手を取って自分の胸に当てさせ、自分がヴァルモンに恋してしまったことを訴える。だがロズモンド夫人はその手を振り払って諌め、外を指さして、トゥールヴェル夫人にこの屋敷を離れるように勧める。

それでもトゥールヴェル夫人は両手を頭上で複雑に交差させ、激しく、でもなめらかに振り回し、体を回転させてヴァルモンへの愛を訴える。ヴァルモンが左端の窓の向こうからその様子を見守っている。右端には依然としてメルトイユ侯爵夫人がいる。

トゥールヴェル夫人は椅子に駆け寄り、ロズモンド夫人にヴァルモンからの手紙を見せる。だがロズモンド夫人はそれを背後に回して静かに握りつぶし、トゥールヴェル夫人に優しく別れを告げる。トゥールヴェル夫人もそれを聞き入れ、ロズモンド夫人を抱きしめてその場を去る。ロズモンド夫人は首を振り、手で十字を切りながら退場する。

ヴァルモンとメルトイユ侯爵夫人がのぞき見ていた窓が開き、彼らが左右から姿を現す。舞台が暗くなる。メルトイユ侯爵夫人は、トゥールヴェル夫人を追いかけようとするヴァルモンの行く手をさえぎる。メルトイユ侯爵夫人はヴァルモンの手を取って自分の体に這わせようとするが、ヴァルモンはそれを振り払って彼女に背を向ける。

ヴァルモンに迫るメルトイユ侯爵夫人と、それを振り払おうとするヴァルモンとの間で諍いが起きる。ヴァルモンがメルトイユ侯爵夫人の腰を片手でつかんでリフトして半回転、次にメルトイユ侯爵夫人がヴァルモンの腰を片手でつかんでリフトして半回転。女が男を片手でリフトしたのは初めて見た。

再びヴァルモンがメルトイユ侯爵夫人の腰を片手でつかんでリフトして半回転するが、ヴァルモンは彼女を振り払うつもりで、そのまま彼女の体を床に叩きつけてしまう。

メルトイユ侯爵夫人は背を向けて床に倒れる。ヴァルモンはあわてて彼女に近寄る。やがて振り向いたメルトイユ侯爵夫人は、ヴァルモンを上目遣いに睨みつける。彼らは動物が闘うときに発する威嚇の声のように、「ハッ」、「ハッ」と大きく息を吐きながら床の上を這いまわる。

メルトイユ侯爵夫人は四つん這いのままヴァルモンに迫り、ヴァルモンも四つん這いのまま後ずさる。ヴァルモンと同様、メルトイユ侯爵夫人の本性も爬虫類や獣の類だった。

ヴァルモンはメルトイユ侯爵夫人の膝に頭を載せて彼女をなだめようとする。これはダンスニーとセシルが前にやっていた動作である。必死にダンスニーの真似をするヴァルモンの姿がみじめだ。しかしメルトイユ侯爵夫人はそれを振り払って立ち上がり、倒れたヴァルモンを睨みつけ、すごい剣幕で彼に唾を吐きかけ、足早に出ていく。

ヴァルモンも立ち上がり、メルトイユ侯爵夫人が出て行った方の左と、トゥールヴェル夫人が出て行った方の右を交互に見やる。やがて彼は何かを決心した様子で右へ駆けていく。

明るい音楽が流れる。舞台の左側が明るくなり、白い幕が引かれるとそこにはソファーがおかれ、楽譜を抱えたダンスニーが緊張した面持ちでソファーの左端に座っている。やがて左側の扉が開き、プレヴァンが姿を現す。

プレヴァンはソファーの右端に座り、ダンスニーと軽く会釈しあう。事情を察した彼らは、そっぽを向きながらも横目でお互いをちらちらと見やる。プレヴァンはやや横柄な態度で構えている。

真っ赤なドレスに着替えたメルトイユ侯爵夫人が、華やかな笑顔を浮かべて現れる。すかさずプレヴァンが駆け寄り、彼女の手に熱い接吻をする。メルトイユ侯爵夫人とプレヴァンはイチャイチャしながら並んで踊る。手をつないだ同じ振りの踊り。

手をつないだ同じ振りの踊りは、メルトイユ侯爵夫人とヴォランジュ夫人、メルトイユ侯爵夫人とヴァルモンが前にやった。この踊りを入れるタイミングはいつも絶妙だ。基本的には同じ音楽が流れている中で、まさにツボな部分にこの踊りを入れる。クーパー君は作曲者のフィリップ・フィーニーとこんな細かいことまで打ち合わせているのか。

ダンスニーは決まり悪そうに立ち上がって辞去しようとする。メルトイユ侯爵夫人がダンスニーに笑いかけてそれを引き留める。プレヴァンとメルトイユ侯爵夫人は一緒にソファーに倒れ込む。メルトイユ侯爵夫人はプレヴァンの膝の上からダンスニーとプレヴァンの間に座り、両腕を広げて二人をソファーの背に押さえつける。

プレヴァンとダンスニーがメルトイユ侯爵夫人を支えて持ち上げる。メルトイユ侯爵夫人は上がった瞬間に両脚を交互に高く上げる。ちらりと見えたパンツが当時のデザインだった。股ぐりの浅い白いショーツ。ヴァルモンのステテコ風パンツといい、細かいぜ、レズ・ブラザーストン。そのままメルトイユ侯爵夫人は二人に低くリフトされて引きずられる(正確には引きずらせる)。

メルトイユ侯爵夫人がプレヴァンに耳打ちし、扉を指さして出ていくように促す。しかし彼女は艶っぽい微笑を浮かべている。追い出されるプレヴァンも、なぜか嬉しそうな表情でうなずきながら出ていく。メルトイユ侯爵夫人はダンスニーの顔を、悪戯っぽい微笑を浮かべて撫で、彼にも出て行かせる。

音楽が静かなものになり、ソプラノの独唱が入る(歌詞はない)。メルトイユ侯爵夫人はソファーの上に座り、両手で自分の体を上から下に撫でる。彼女は自分のセクシュアリティに何ら恥じるところがない。それから彼女は紅いドレスの上衣の留めボタンを外す。それと同時にプレヴァンがニヤけた顔で再び入ってくる。

メルトイユ侯爵夫人はシュミーズの裾をゆっくりとまくりあげ、白いふくらはぎをプレヴァンに見せつける。プレヴァンはメルトイユ侯爵夫人の足元に跪き、彼女の脚を撫で上げようとする。メルトイユ侯爵夫人はその手をバチンと叩いて止めてニッと笑うと、そのままプレヴァンの上着を脱がせる。

プレヴァンはメルトイユ侯爵夫人に転がされるようにしてベストも剥ぎ取られる。彼はメルトイユ侯爵夫人の赤い上衣を途中まで引き下ろすと、それを支えにしながら、彼女を斜めに倒してキスをする。

メルトイユ侯爵夫人はプレヴァンの白いタイを解く。彼女は解いたタイをプレヴァンの頭に巻きつけて口に銜えさせ、犬の引き綱を引くようにタイをたぐりよせ、彼をソファーの方へと引き寄せる。プレヴァンは犬のように四つん這いになって彼女に近づく。メルトイユ侯爵夫人は左に座ったプレヴァンのシャツの前ボタンとズボンの留め具を荒々しく外し、彼の上に覆いかぶさる。二人は情熱的なキスをする。

ところが次の瞬間、メルトイユ侯爵夫人がいきなり顔を上げ、外へ向かって大声で叫ぶ。このセリフにも「arretez!(やめて!)」説と「A l'aide!(助けて!)」説とがある(これも複数の方よりご教示頂きました)。サラ・バロンの声量もすごい。彼女はプレヴァンを力任せに引き寄せて、今度は自分がプレヴァンの体の下になり、更に悲鳴を上げる。

驚いたプレヴァンは反射的にメルトイユ侯爵夫人の口を塞ぐ。まさにバッド・タイミングで、そこへヴォランジュ夫人とセシルが駆けつける。ヴォランジュ夫人はプレヴァンをメルトイユ侯爵夫人から引き剥がし、クッションで彼を散々に殴りつける。笑えた。

その間にメルトイユ侯爵夫人はセシルに耳打ちして事の真相を教える。それを聞いたセシルは愉快そうな表情を浮かべ、彼女たちはこっそりと笑いあう。メルトイユ侯爵夫人は悲しげな顔でプレヴァンを指さし、彼が自分に乱暴を働こうとしたとヴォランジュ夫人に訴える。

しかしプレヴァンはメルトイユ侯爵夫人を指さし、彼女が自分を誘ったんだ、という仕草をする。メルトイユ侯爵夫人は、私が誘ったですって!?というふうに自分の胸を押さえると、額に手を当てて大げさに目を回してソファーに倒れこみ、気絶しそうなフリをする。ここのサラ・バロンの表情が大爆笑モノ。

プレヴァンがメルトイユ侯爵夫人に詰め寄るたびに、セシルがメルトイユ侯爵夫人を庇い、ヴォランジュ夫人が彼と口論している間に、セシルとメルトイユ侯爵夫人は二人でクスクス笑っている。ヴォランジュ夫人がメルトイユ侯爵夫人を慰めると、メルトイユ侯爵夫人はとたんに悲しげでショックを受けた表情になり、ぱたぱたと顔を手で扇ぐ。

ヴォランジュ夫人に追われ、プレヴァンはほうほうの体で服をまとめて出て行く。それをメルトイユ侯爵夫人が手を振って(笑)見送る。セシルと二人で残ったメルトイユ侯爵夫人は、ケラケラと笑い声を上げる。本物の笑い声の次に、録音してエコーさせた笑い声につなげている。

右の扉からダンスニーが姿を現す。メルトイユ侯爵夫人はセシルの背を押して彼の許へ行くよう促す。セシルは笑顔を浮かべてダンスニーに駆け寄る。セシルとダンスニーは一緒に右扉から姿を消す。メルトイユ侯爵夫人も左扉から姿を消す。

今になって考えるに、メルトイユ侯爵夫人がプレヴァンを罠にかけて大恥をかかせたことをセシルが愉快がって笑い、またセシルが何の躊躇もなくダンスニーに駆け寄る、というこのシーンで、セシルの「変貌」が示されているのだろう。それが、セシルがヴァルモンとの関係を楽しむようになっているラスト・シーンにつながるのかもしれない。でもやっぱり舌足らずだと思う。

白い幕が開くと、舞台右の半ば奥に大きな壁がある。2人の人物が顔を寄せている絵になっている。その壁の扉が開き、白いシュミーズの上に黒の透ける布地に金銀の刺繍が入ったガウンをまとい、髪をほどいたトゥールヴェル夫人が現れる。彼女は扉を後ろ手に閉めると、そのまま絵画にもたれて苦しげな表情をする。

トゥールヴェル夫人は両手で自分の肩を抱くが、やがて彼女の片手が彼女の体を這い回り始める。彼女は動揺し、その手を激しく叩いて押さえる。しかし、彼女の両手はコントロールを失ったかのように頭上で複雑に交差し、再び彼女の片手が彼女の体を這い回ろうとする。彼女は一層ヒステリックになってその手を叩く。彼女は自分の両腕に引きずられるようにして、大きく脚を上げて踊る。

彼女は床にうつぶせに倒れ込むと上半身だけを起こして体を反らせ、それから膝をかかえて床にうずくまる。トゥールヴェル夫人は純情無垢な聖女さまではなく、性欲がある普通の女なのである。だが彼女はメルトイユ侯爵夫人とは違い、自分のセクシュアリティに罪悪感を抱いている。彼女は両手を合わせて祈るような仕草をしかけるが、自分にはその資格がない、という表情になり、途中で止めてしまう。

トゥールヴェル夫人はさまようかのように部屋の隅から隅へと駆け回る。最後に彼女はソファーにすわりこみ、ソファーの背にすがるようにして顔を埋めてうずくまる。

窓の向こうに、黒レザーの上着を肩に引っかけ、ボルドーのベストに白いシャツ、茶色のズボン姿のヴァルモンがやって来るのが見える。彼はカツラをかぶっておらず、険しい表情をしている。

音楽が止む。チン、チン、という何かの楽器の音だけが、ゆっくりとした間を置いて鳴らされる。トゥールヴェル夫人は人の気配を察してソファーから立ち上がる。彼女は扉を開ける。扉の向こうにヴァルモンの姿が見え、その瞬間に音楽が響いて、打楽器がドーン、と大きく打ち鳴らされる。

トゥールヴェル夫人はあわてて扉を閉めようとする。しかしヴァルモンは片腕を扉の間に差し挟んで閉めさせない。扉の間から、ヴァルモンの白いシャツの片腕がにゅっと見えている。ヴァルモンは荒々しい素振りで部屋の中に入ってくる。

ヴァルモンは扉をバン、と乱暴に閉め、黒レザーの上衣をドサッ、と床に投げ捨てる。この2つの大きな音が、前の打楽器の音に続く効果音になっている。アダム・クーパー、効果音まで自分で作る。

自分に近づくヴァルモンをトゥールヴェル夫人は両手で何度も押しのけ、ソファーを回りこむように彼から逃げて顔をそむける。ヴァルモンは彼女の両手を取り、彼女に背を向けた姿勢で、カツラをつけていない自分の頭を後ろから触らせる。今のヴァルモンのトゥールヴェル夫人への感情は、本当の愛情である。

トゥールヴェル夫人は泣きそうな表情になりながらも、ヴァルモンに抱きしめられるとその手を振りほどき、また彼を突き飛ばす。彼女はソファーに倒れ込むように座り、扉を指さしてヴァルモンに出ていくように示し、ソファーの上にうつ伏せになって泣きじゃくる。ヴァルモンは表情を変えないままつかつかと扉の方へ歩いていく。

だが去ろうとするヴァルモンを見たトゥールヴェル夫人は、いきなりソファーから立ち上がり、駆けていってヴァルモンの背中にもたれるように抱きついて目を閉じる。ふたりはそのままの姿勢でしばらく動かない。

トゥールヴェル夫人がヴァルモンの背中からずり落ちる。しゃがみこんだ彼女をヴァルモンは真剣な表情でゆっくりと抱き起こし、ふたりは固く抱き合って口づけを交わす。

ここでヴァイオリンのソロが入る。ヴァルモンとトゥールヴェル夫人との愛を示すメロディ。トゥールヴェル夫人が初めて登場するシーンでも流れていた。彼女は最初からヴァルモンのことが好きだったんだなあ。

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