Club Pelican

THEATRE

「危険な関係」
"Les Liaisons Dangereuses"


第二幕(つづき)

ヴァルモンとトゥールヴェル夫人のデュエット。ヴァルモンがトゥールヴェル夫人の両脇を支えて長く引きずる。ほとんど舞台横断。トゥールヴェル夫人役のサラ・ウィルドーは薄手の足袋みたいな布のシューズを履いている。

印象に残ったのは、ヴァルモンがトゥールヴェル夫人と向き合う形で、彼女の腰をつかんで頭上高く持ち上げるところであった。トゥールヴェル夫人がヴァルモンを上から見下ろす形になり、彼女の両腕が、ヴァルモンを優しく包み込むかのように緩く曲げられている。

このデュエットは、ダイナミック且つドラマティックで美しい振りで構成されていた。ヴァルモンが片手でトゥールヴェル夫人の腰を支え、彼女を軸にして回る。トゥールヴェル夫人は片手をヴァルモンの背中に回し、半つま先立ちで片手を伸ばした姿勢。ヴァルモンがトゥールヴェル夫人を頭上に一気に持ち上げ、その瞬間にトゥールヴェル夫人が開脚する。

ジャンプして回転するトゥールヴェル夫人の腰をヴァルモンが空中でキャッチする。これはサイモン兄ちゃんはやらなかった。ヴァルモンがトゥールヴェル夫人を逆さに持って振り回す。トゥールヴェル夫人はヴァルモンの背中をつたい、彼の脚の間から出て、ヴァルモンも跪いて彼女を後ろから抱きしめる。

ヴァルモンがトゥールヴェル夫人を肩の上に載せて回転する。トゥールヴェル夫人は脚をかすかに曲げて伸ばした姿勢。何度か回ると、次に逆方向に回転する。(←真矢みきの特番で流されていた部分。)

ヴァルモンがトゥールヴェル夫人を持ち上げてソファーの上に立たせ、彼女のガウンの紐をほどく。彼女が残りの紐をほどいている間に、ヴァルモンが一人で踊る。手足を真っ直ぐに伸ばしてジャンプし、舞台の右端でゆっくりとピルエット。紐をほどいているトゥールヴェル夫人から観客の目を逸らす効果がある。

トゥールヴェル夫人はガウンを脱ぎ捨て、後ろに放り投げる。彼女は両腕を広げて前に倒れ込む。ヴァルモンがすごいスピードで彼女の足元にスライディングし、彼女の腰をつかんで受け止める。

トゥールヴェル夫人がヴァルモンの肩にすがりついた状態で、ヴァルモンが彼女を振り回す。それから逆方向に回転する瞬間、トゥールヴェル夫人は片脚だけをまっすぐに伸ばす。まっすぐに伸ばされた片脚が円を描き、白いシュミーズの裾が翻る。

ふたりは手を取り合って、交互にピルエットしながら舞台右から左へ移動した後、またふたり一緒に並んで両足を揃えて回転してから、同時に片脚を高く横に上げる。ヴァルモンが舞台右で斜め回転ジャンプ。これもサイモン兄ちゃんはやらなかった。

このデュエットの音楽もとても劇的で迫力があった。踊りもそれに合わせてめまぐるしく振りが変わり、特に2人のタイミングが合わないとかなり危険な、複雑で難しい振りが織り込まれている。だが、難度の高さやアクロバティックな要素を強調する踊りではなかった。かといって、確かにバレエの技がメインの踊りとはいえ、いかにもバレエでござい、という踊りでもなかった。

とにかくドラマティックで、踊りを「見ている」というよりは、ふたりの踊りに引きずり込まれてしまって、あの音楽とあの踊りが合わさった世界に巻き込まれてしまって、圧倒されながら呆然と見つめるばかりであった。

ふたりは床に倒れ込む。ヴァルモンの体の上に乗ったトゥールヴェル夫人が思い切り上半身を反らせる。ふたりが結ばれた瞬間。ふたりはその姿勢でしばらくじっとしている。やがてトゥールヴェル夫人がヴァルモンの顔を両手で包み込む。

ヴァルモンは体を起こし、真剣な表情で、床に横たわったトゥールヴェル夫人の頬から首、体を優しく撫でる。彼は彼女を抱き上げ、穏やかなメロディのヴァイオリンのソロに合わせて、ゆっくりと回転しながら彼女の体をソファーに下ろす。ヴァルモンはベストを脱ぐ。

ふたりは向き合って座る。トゥールヴェル夫人は優しく微笑みながら、首にかけていた黒い紐についた十字架を外し、ヴァルモンの首にかけようとする。ヴァルモンは一瞬ためらって身を引くが、トゥールヴェル夫人の方に頭を傾ける。

トゥールヴェル夫人はヴァルモンの額に自分の額をつけ、十字架をヴァルモンの首にかけてやると、十字架を手にとってそれにキスをする。ヴァルモンも十字架を手にとってそれを見つめ、やがて大事そうにキスをする。

ふたりはお互いの左手首をくっつけて、手のひらをくるくると回す。トゥールヴェル夫人は穏やかな微笑を浮かべて、ヴァルモンの左手を握って自分の肩に回し、続いて右手首も同じように回してヴァルモンの右手を握り、自分の肩に回す。ヴァルモンはぎこちなく彼女を抱きしめる。

これはダンスニーとセシルがやっていた仕草で、ヴァルモンはそれを見て嘲笑していた。だがヴァルモンは、最も素朴な愛情の表現、相手を優しく抱きしめる、ということさえもできなかったのだった。それをトゥールヴェル夫人が彼に教えた。

ヴァルモンはトゥールヴェル夫人を抱きかかえ、ふたりは眠りにつく。ヴァイオリンのソロが最後の音をいつまでも長く引っ張る。拍手防止のためにも、このほうがよい。ここで拍手すると、話の腰を折ることになってしまう。

いきなりギギーッ、ガチャン!という音が響く。奥の窓の向こうの暗闇の中を、黒い衣装に黒い仮面をつけて松明を持った人物が2人、ゆっくりとした足どりで行きかう。やがて、舞台のあちこちから、黒装束に仮面の人物たちが次々と現れる。彼らはそれぞれ不気味な姿勢で舞台上を這い回る。眠っているヴァルモンはうなされ、盛んに首を振る。

2人の人物がヴァルモンの手足をとって、彼を床に引きずりおろす。ヴァルモンは床の上をゆっくりと転がされる。やがて扉が開き、闇の中に真っ赤なドレスのメルトイユ侯爵夫人が姿を現す。

メルトイユ侯爵夫人はヴァルモンに近づくと、手足を大きく振り上げてヴァルモンを威嚇する。ヴァルモンは後ずさりながら、首の十字架を外し、気弱な表情でメルトイユ侯爵夫人にさしだす。

だがメルトイユ侯爵夫人は十字架を手にとると高笑いをし(地声)、十字架を床に叩きつける。ヴァルモンは必死になって十字架を拾い上げ、再びそれを大事そうに首にかける。

その間に、黒装束の人物とメルトイユ侯爵夫人はトゥールヴェル夫人に近づく。メルトイユ侯爵夫人はトゥールヴェル夫人の上に覆いかぶさり、黒装束の人物たちは、トゥールヴェル夫人の両腕をつかんで、どこかへ引きずり込もうとする。

ヴァルモンはトゥールヴェル夫人のところへ駆け寄ろうとするが、黒装束の人物たちに遮られる。ヴァルモンは彼らに目と口を塞がれ、彼らに周りを取り囲まれる。彼らは手をつないで輪をつくり、上半身をのけぞらせて踊るような仕草をする。

ロズモンド夫人の歌声が不気味にこだまする中、ヴァルモンは輪になって踊る黒装束の人物たちの腕に阻まれる。ようやく抜け出したヴァルモンは、トゥールヴェル夫人を引きずり込もうとしていた黒装束の人物たちを追い払う。

黒装束の人物たちは姿を消す。ひとり残ったメルトイユ侯爵夫人は、我を失ったヴァルモンの手を片方ずつ取り、トゥールヴェル夫人の首をつかませる。更にメルトイユ侯爵夫人はヴァルモンの腕を持ち上げる。眠っているトゥールヴェル夫人の上体が、ヴァルモンに首をつかまれたままゆっくりと起こされる。メルトイユ侯爵夫人は邪悪な笑いを浮かべて去る。

ヴァルモンはようやく目覚める。彼の両手がトゥールヴェル夫人の首をつかんで持ち上げている。ヴァルモンは驚愕し、あわてて手を離す。窓の向こうにメルトイユ侯爵夫人の姿が現れる。彼女が手を動かすとヴァルモンはそれに引っ張られる。彼は苦しげな表情で必死にあがくが、まるで操られるかのように、メルトイユ侯爵夫人と同じ動きをしてしまう。

引っ張られるヴァルモンは片脚を高く上げて身をのけぞらせる。またソファーの背に沿って上半身を反らせ、ソファーを支えにして開脚する。クーパー弟、アダムには、ここの開脚はもっと丁寧にやってほしかった。サイモン兄ちゃんはすばらしかった。

トゥールヴェル夫人が目覚める。ヴァルモンは急いでベストを着ると、彼女の手に接吻をしてあわただしく立ち去ろうとする。だがトゥールヴェル夫人はそれに追いすがる。ヴァルモンは彼女を強く抱きしめる。

しかしヴァルモンは窓の向こうにいるメルトイユ侯爵夫人の姿を認めると、トゥールヴェル夫人から無理に身をはがし、恐れおののいて後ずさる。トゥールヴェル夫人が窓の向こうを見やると、そこには暗闇しかない。トゥールヴェル夫人は首を振り、ヴァルモンの背に手を添えて彼を落ち着かせようとする。しかしヴァルモンは上着を拾い上げ、さっさと出て行こうとする。

それでもトゥールヴェル夫人はヴァルモンの背中にすがり、彼のベストを剥ぎ取ろうとする。腕に引っかかったベストを支えにして、ヴァルモンは彼女を背中に抱えてそのまま振り回す。トゥールヴェル夫人は脚を真っ直ぐ伸ばした姿勢。

ヴァルモンのベストを剥ぎ取ったトゥールヴェル夫人は、ソファーに座ってヴァルモンのベストを抱きしめる。大事な人形を取られまいと、怯えながら人形を抱きしめる女の子みたいな表情。本当にかわいそうだった。

ヴァルモンも彼女の腰にすがるようにして彼女を抱きしめる。トゥールヴェル夫人は彼の両手を取って彼女の頭を触らせる。彼女の真剣な心、つまりヴァルモンへの深い愛情を分からせようとしている。

しかし、トゥールヴェル夫人の頭に置かれていたヴァルモンの両手は、なぜか再び彼女の首をつかもうとする。ヴァルモンは恐怖に駆られ、急いで手を離す。

再びメルトイユ侯爵夫人の姿が浮かび上がる。追いすがるトゥールヴェル夫人をヴァルモンは突き飛ばしてしまう。呆然とするトゥールヴェル夫人。窓の向こうにいるメルトイユ侯爵夫人が何かをつかみ上げる仕草をする。ヴァルモンはトゥールヴェル夫人の髪をつかみ上げる。

メルトイユ侯爵夫人は何かを後ろにねじり上げる仕草をする。ヴァルモンはトゥールヴェル夫人の右腕をつかんで後ろにねじり上げる。トゥールヴェル夫人の顔が苦痛に歪む。ヴァルモンの顔も苦痛に歪んでいる。でも自分の動きを止めることができない。

メルトイユ侯爵夫人は続けて何かを床に激しく叩きつける仕草をする。ヴァルモンは、自分が髪をつかんで腕をねじり上げているトゥールヴェル夫人を、床に激しく叩きつけてしまう。メルトイユ侯爵夫人の姿が消える。

ヴァルモンがトゥールヴェル夫人を床に叩きつける仕草は、東京公演の後半期間では床に向けてそっと放り出す仕草に変わった。叩きつけるほうが強烈なインパクトがあったのだが、トゥールヴェル夫人役のキャストがケガをする危険が大きいために変更されたのだろう。

床に叩きつけられたトゥールヴェル夫人は、呆然として身を起こす。その髪は乱れて額にかかり、彼女の表情は徐々にこわばっていく。正気に戻ったヴァルモンはあわてて彼女に近づこうとするが、彼女はヴァルモンを激しく突き飛ばす。彼女は泣きながらヴァルモンを拒否し、駆け去ってしまう。

残されたヴァルモンは自分の頭を両手で抱える。彼は両手を激しく速く回転させて頭をかきむしる。実をいうと、私が非常に感服したのはここの踊り&振付であった。

頭をかきむしる振りがよかった、なんて笑われるかもしれないけど、動作が音楽とバッチリ合っていて、かきむしる緩急のスピード調整もすばらしく、すごい迫力があった。この踊りでヴァルモンの心が完全に混乱しているのがよく分かった。

ヴァルモンは手足を激しく振り回し、窓に向かって両手で何かを振り払うような仕草をする。そのときに「ウアッ!」という激しい唸り声を上げる。

追いつめられたヴァルモンは、絵画の壁に背中をつけ、両手を広げてもたれるようにして立ち尽くす。白いシャツの前のはだけ具合がよかったです。クーパー弟アダムは、最初はこわばった表情で呆然と前を見つめているだけだったが、サイモン兄ちゃんは叫ぶように口を大きく開け、目を閉じて天を仰いでいた。兄ちゃんの公演以降、アダムもサイモン方式を採用した。

ヴァルモンは我に返ると、トゥールヴェル夫人が出て行った方向を見つめる。

舞台が暗転する。絵画の壁の前に窓のセットがスライドしてきて重なり、ヴァルモンの姿を隠しながら、絵画の壁と窓のセットが舞台右脇に収納される。それと同時に奥の窓がすべて開く。最初にトゥールヴェル夫人が出てきた淡い色の背景に、激しい雨が降っている。これは本物の水であった。"Singin' in the Rain"の安っぽい降水装置(スプリンクラー)とはえらく違う。本物の雨みたいだった。

トゥールヴェル夫人がよろけながら駆けてくる。彼女は途中で転んで倒れる。起き上がった彼女は泣きじゃくりながら跪いて十字を切って祈る。ヴァルモンも駆けつけるが、彼女はヴァルモンをはねのける。

ヴァルモンは彼女を持ち上げてリフトして振り回すが、彼女は抵抗して脚を激しくばたつかせる。迫力ある生々しい動きだった。それでも踊りになっている。このリフトは、ふたりが結ばれるシーンでのリフトの形を変えたもの。基本的には同じ振りでも、心情の変化によって振りも変えている。

ひたすらヴァルモンから逃れようとするトゥールヴェル夫人を、ヴァルモンは無理やり抱きすくめる。床に膝をついたトゥールヴェル夫人は、ヴァルモンが腰にさしていた短剣を抜き取り、それをヴァルモンに突きつけて威嚇する。

トゥールヴェル夫人は短剣を見つめ、ふと何かに気づいた様子で短剣を逆さに持つ。それは十字架の形であった。彼女はかざした短剣を見つめたまま、顔をくしゃくしゃにして泣き崩れる。・・・こっちも書いてて涙が出てきちゃった。

彼女は短剣を持ってよろよろと立ち上がり、短剣を自分の腹に突き立てようとする。ヴァルモンは必死にそれを止め、彼女の手を取って短剣を彼の腹に突き刺すように促す。彼女は弱々しく首を振る。

トゥールヴェル夫人はいきなり立ち上がると、舞台の奥に走っていく。ヴァルモンはそれを追いかけるが、彼女は短剣を振り回して回転する。これも不思議と踊りになっている。それから彼女は一気に短剣を自分の腹に突き刺す。

その瞬間、ヴァルモンはまた「ウアッ!」と唸り声を上げる。前のめりになったトゥールヴェル夫人は、両手で腹を押さえながら、外によろめき出て倒れる。雨が彼女の体の上に降りそそぐ。ヴァルモンは床に膝をついて片腕を彼女の方に伸ばす。彼はやがて床に両手をついてがっくりとうなだれる。

舞台中央に窓のセットが出てくる。1脚の椅子が窓の左前にぽつんと置いてある。舞台の左側がぱっと明るくなり、メルトイユ侯爵夫人が袖なしで胸元が大きく開いた赤い下着に白いペチコート、という格好で出てくる。扉の間から男性の裸の腕がにゅっと見える。

彼女は微笑を浮かべ、椅子の上で誰かを招き寄せるかのようなポーズを取る(←これが結構ナイス・ポージング)。扉から上半身裸のダンスニーが姿を現す。

舞台の右側は真っ暗である。ヴァルモンがあの短剣を持って、舞台の奥からよろよろと歩いて出てくる。彼は舞台右端に並んでいる椅子に腰かける。彼はすっかり疲弊しきって、ぐったりと椅子の背にもたれ、顔を上向けたまま動かない。

メルトイユ侯爵夫人はダンスニーの腿に片脚をかけて彼を挑発する。それからメルトイユ侯爵夫人とダンスニーはキスをして絡み合うが、常にメルトイユ侯爵夫人が主導権を握っている。彼女の仕草や行動はヴァルモン、ジェルクール、プレヴァンに対するそれと同じパターンである。

舞台の右側もぼんやりと明るくなる。ヴァルモンは短剣を手にして、それを自分の手首や腹に当てる。しかし彼は短剣を放り投げ、床に力なく座りこむ。いきなり椅子の後ろの扉が開いて、白いネグリジェ姿のセシルがそっと入ってくる。

彼女は無邪気に笑いながらヴァルモンを手で目隠しする。ヴァルモンは驚いて彼女の手をつかむが、セシルだと分かるとぶっきらぼうな態度で彼女を突き放す。しかしセシルはヴァルモンにまとわりつく。セシルがヴァルモンの体に片脚を絡みつかせる様は、今度は逆に、セシルが蛇のようにヴァルモンに絡みついているかのようであった。

ヴァルモンはなげやりな様子で、片脚を上げたセシルの腰を支えて回り、また彼女の両脇を支えて振り回す。セシルはヴァルモンの肩に片膝をひっかけた形で乗る。彼女はそれから逆さまの状態でヴァルモンの体にぶら下がる。これもまた不気味な姿である。ヴァルモンはセシルを高くリフト、その瞬間にセシルが開脚しながら半回転して着地する。

ついにヴァルモンがセシルの上に乗って、次にセシルがヴァルモンの上に乗ってセックスする。舞台の左側では、またも鏡に映したかのように、メルトイユ侯爵夫人がダンスニーの上に乗ってセックスしている。しかしダンスニーがメルトイユ侯爵夫人の上になることはない。メルトイユ侯爵夫人とヴァルモンは、もはや同類の人間ではなくなっている。

ヴァルモンは短剣を再び手に取ると、セシルの手首や首筋に当てる。ヴァルモンは次に自分の腹に短剣を突きたてる仕草をする。セシルは首を振り、ヴァルモンの手から短剣を静かにもぎとると、それを彼から離れた床の上に置く。

こわばっていたヴァルモンの表情がかすかに緩む。彼はセシルを強く抱きしめる。しばらくセシルを抱きしめた後、ヴァルモンはセシルの背を押し、彼女にもう帰るよう促す。セシルは出て行こうとするが、再び椅子に座ったヴァルモンが短剣を手にしているのを目にする。

セシルはヴァルモンの手から短剣を取り上げ、それをヴァルモンのベルトについた柄にきっちりとしまう。セシルの素直な優しさにようやく気づいたヴァルモンは、セシルを真剣な表情で見つめ、彼女を膝の上に乗せて彼女を抱きしめる。

舞台の左側では、メルトイユ侯爵夫人がダンスニーにセックスを求めている。しかしダンスニーは徐々に嫌そうな表情になり、メルトイユ侯爵夫人から身を引き剥がして後ろへ下がる。だがメルトイユ侯爵夫人は離れず、ダンスニーの腰を両脚で挟んだまま引きずられる。すごい光景だ。しかも彼女は平然と微笑を浮かべている。

ダンスニーはやっとのことでメルトイユ侯爵夫人を引き離し、彼女に一礼して辞去しようとする。プロローグでメルトイユ侯爵夫人を捨てたジェルクールと同じ仕草で。しかしメルトイユ侯爵夫人は彼を引き留めて微笑み、彼の顔を片手でつかみながら、もう片手で抱き合っているヴァルモンとセシルをゆっくりと指さす。

それを見たダンスニーは、驚愕して彼らの方へ走り出そうとする。しかしメルトイユ侯爵夫人は微笑を浮かべながら、なおも彼にしがみついて彼の腰を両脚で挟む。その間に、ヴァルモンはセシルを抱き上げると、彼女を床の上に寝かせ、彼女の上に覆いかぶさる。

ダンスニーはようやくメルトイユ侯爵夫人を引き剥がすと、セシルの上に覆いかぶさっているヴァルモンの後ろ襟をつかんで乱暴に引き離す。ヴァルモンはとたんに傲岸不遜な昔の表情に戻る。セシルはダンスニーをなだめようとするが、ダンスニーはヴァルモンに殴りかかる。

ヴァルモンはダンスニーの拳を軽くかわしながら、わざとセシルを抱き寄せて彼女の首筋にキスをしてダンスニーを挑発する。セシルは嫌がってヴァルモンを振り払い、ダンスニーにすがって彼をなだめようとする。

ダンスニーがヴァルモンを辛うじて殴る。ヴァルモンは少しよろめいて口元をぬぐう。メルトイユ侯爵夫人は笑いながらヴァルモンの口元に触れようとするが、ヴァルモンはメルトイユ侯爵夫人の手を振り払う。

ヴァルモンはダンスニーをなだめるセシルをつかまえ、再び彼女にキスしてみせる。ダンスニーは怒り狂ってヴァルモンに殴りかかるが、ヴァルモンはセシルを間に挟んで巧みにそれを避ける。

メルトイユ侯爵夫人がダンスニーに長剣を手渡す。彼はそれを持ってヴァルモンに斬りかかろうとする。セシルはダンスニーの背にしがみつき、必死に止めようとする。ヴァルモンは両腕を広げ、さあどうぞ、という態度でダンスニーを挑発する。メルトイユ侯爵夫人はそれを後ろ目に見て笑いながら姿を消す。

ヴァルモンはダンスニーの剣を余裕たっぷりにかわし、また両腕を広げて、かかってこい、という仕草をする。ダンスニーは必死にヴァルモンに斬りかかるが、かわされてよろめいてしまう。ヴァルモンはダンスニーの長剣を踏みつけてそれを落とさせ、自分も椅子に立てかけてあった長剣を手に取る。

ヴァルモンとダンスニーは剣での闘いになる。ヴァルモンはダンスニーの剣をことごとくはねのけ、ダンスニーの剣をはじき飛ばす。ダンスニーは右側の椅子によろめいて倒れこむ。

後ろにいるセシルを振り返って気味よさげに笑いながら、ヴァルモンはダンスニーに近づいていく。倒れたままのダンスニーは、いきなり椅子を持ち上げてヴァルモンにぶつける。さすがのヴァルモンも顔面を強く打ち、よろけて長剣を落としてしまう。

そのまま床に倒れたヴァルモンにダンスニーは跳びかかろうとするが、ヴァルモンに脚を引っかけられて自分も転倒する。ヴァルモンとダンスニーは上になったり下になったりして、お互いの首を締め上げる。クーパー君の本気で苦しそうな顔はめったに見られないので面白い。

セシルはその間に床に落ちた長剣を拾い上げて背後に隠す。ダンスニーはヴァルモンが腰に帯びていたあの短剣を抜き取り、ヴァルモンを一気に刺そうとする。ヴァルモンはダンスニーの両腕をつかんでそれをくい止める。

ヴァルモンはダンスニーを突き飛ばして起き上がる。ダンスニーはセシルが隠し持っていた長剣を無理に取り上げ、再びヴァルモンに突きつける。ヴァルモンも床に落ちていた長剣を手に取る。

ヴァルモンはダンスニーの剣を払い、逆にダンスニーの体に剣を軽く突きつける。ダンスニーの首や胸から血が流れる。ヴァルモンはダンスニーの剣を簡単にはねかえして奪い取る。しかしヴァルモンはからかうように、奪った長剣をダンスニーに放り投げて返す。

ダンスニーは床に落ちていた短剣も拾い上げ、長剣と短剣を両手に持って滅茶苦茶に振り回す。しかし、ヴァルモンはそれらを簡単にはねのけ、疲れて床に膝をついたダンスニーの短剣と長剣を踏みつけて落とす。そのときのバシ!バシ!という音がタイミングよく、なぜか音楽のように聞こえる。1回目の「バシ!」よりも2回目の「バシ!」が大きめなのが、なお劇的効果倍増である。

ダンスニーは疲れ果ててへたり込む。ヴァルモンは憮然とした表情で立ち去ろうとする。その瞬間、トゥールヴェル夫人とヴァルモンの愛を表す音楽が流れ、後ろの窓の向こうに、黒装束の人物に抱きかかえられたトゥールヴェル夫人の亡骸が映る。ヴァルモンの表情が変わる。彼は首にかけた十字架をつかんでそれにキスをする。(サイモンはここではやっていなかった。その方がいいと思う。)

やがて再び、後ろの窓の向こうにトゥールヴェル夫人の亡骸が映る。ヴァルモンは十字架にキスをすると、長剣を投げ捨て、ダンスニーに向かっていきなり突進する。

ダンスニーは反射的に長剣を突き出す。ヴァルモンはダンスニーの持つ剣先をつかむと、それを一気に自分の腹に突き刺す。ヴァルモンは苦しそうな表情で「ウウッ!」と呻くが、更にまた呻きながら剣を深々と刺す。ヴァルモンはトゥールヴェル夫人と同じ死に方を選んだ。

セシルはダンスニーに駆け寄る。彼女が本気で好きだったのはやっぱりダンスニーだった。

ヴァルモンは左側の椅子にもたれて倒れこむ。彼は力なくダンスニーとセシルを手で呼び寄せる。我に返ったダンスニーとセシルは、あわててヴァルモンの許へ駆け寄って彼を助け起こす。ヴァルモンの腹には血がべっとりとついている。

ヴァルモンは息も絶え絶えになりながら、真っ黒い窓を指さす。ダンスニーとセシルがその方向を見やる。すると、窓の向こうが明るくなり、窓にへばりついて異様な表情で中の様子をのぞいているメルトイユ侯爵夫人の姿が浮き出る。

ヴァルモンの体はやがてがっくりとくずおれる。ダンスニーはセシルを連れて走り去る。

窓のセットがゆっくりと上がる。メルトイユ侯爵夫人は窓に貼りついていた姿勢から、ゆっくりと体を前に折って床に這いつくばる。彼女は顔を上げ、目を見開き、荒い息を吐きながら、左脚の後ろから片手、あるいは両手を出す、といういびつな姿勢でヴァルモンに近づこうとする。

しかし彼女は奇妙な姿勢のまま、後ずさりしたり、横や後ろに転んだりして、なかなかヴァルモンに近づけない。後ずさる、横転、逆転という動きが効果音とピッタリ合っている。

メルトイユ侯爵夫人は四つん這いになって、死んだヴァルモンにささっとすがりつく。彼女はヴァルモンの片手を取って彼を起こそうとし、彼の手をつかんで自分の体に這わせようとする。ヴァルモンの手がだらりと落ちる。メルトイユ侯爵夫人の顔はヴァルモンの血で汚れる。

メルトイユ侯爵夫人は両腕を折り曲げ、その指は麻痺したかのように曲がって硬直している。メルトイユ侯爵夫人は天を仰ぎ、「ウワアーッ!」と絶叫する。彼女は凍りついた表情で、大きく目を見開いてヴァルモンの死体を見つめる。彼女はヴァルモンの腹から流れる血を片手ですくいとると、それを自分の唇に塗る。ある日は唇に塗った後、更にそれを舐めたそうである。

メルトイユ侯爵夫人は荒く息を吐きながら、こわばった表情で、やや顔をうつむかせたまま後ずさる。舞台の奥には、黒い仮面をつけた召使が2人、それから白いマネキンにかぶせられた、黒レースの長い袖飾りがついた、真紅の豪華なドレスと白銀の正装用ウィッグ。

メルトイユ侯爵夫人がその前に立つ。青白いライトがカッと光ると、メルトイユ侯爵夫人は両腕をピンと横に伸ばし、顔を下に向ける。彼女の表情は見えない。

召使がメルトイユ侯爵夫人に、腰のあたりが両横に大きく出っ張った形のスカートを付ける。彼女は後ろをむく。召使たちは、肩部分がふくらんだ裾の長い上衣、黒いレースと黒曜石のブレスレット、同じく黒曜石とレースのチョーカー、と順々に着せていく。彼女が衣装を身につけていくたびに、プロローグで流れた音楽が時間をおいて演奏される。

最後に召使がメルトイユ侯爵夫人の頭に白銀のウィッグをかぶせる。彼女はゆっくりと前を向く。その表情は静かで、ヴァルモンの血が彼女の口紅となって光っている。彼女は両腕を湾曲させ、お辞儀をするときのような姿勢で、ゆっくりと前に歩み出てくる。

舞台奥の窓がすべて上がる。その向こうに、あちこちがひび割れた窓が一つある、茶色のレンガの壁が現れる。その壁には"LIBERTE"と大きくなぐり書きされている。それはまるで血で書かれたように赤く、文字の端から雫が垂れている。それと同時に、黒装束に黒い仮面の例の人物たちが、松明を持って次々と舞台脇から姿を現す。

黒装束の人物たちはメルトイユ侯爵夫人を取り囲むと、次々と松明の炎を消して去っていく。炎が消えるのにしたがって、傲然と立っていたメルトイユ侯爵夫人の姿勢が、がくり、がくりと崩れていく。

最後に残った2人が同時に松明を消す。メルトイユ侯爵夫人の顔がはじめて大きく歪む。しかし彼女は顔を上げたまま、凄絶な目つきで前を見据え、倒れる寸前で踏みとどまる。

メルトイユ侯爵夫人は叫ぶように口を大きく開ける。その顔は日によって違っていて、苦痛に歪んでいるようにみえるときもあれば、強いて嘲笑しているようにみえるときもあった。

背景の壁の中央がゆっくりと上がり、鋭い青白い色のライトが後ろから照射される。メルトイユ侯爵夫人の影だけが浮かび上がり、音楽の終わりと同時に舞台のライトが消える。


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