Club Pelican

THEATRE

「危険な関係」
"Les Liaisons Dangereuses"


第一幕(つづき)

舞台が明るくなる。深みのある静かな音楽が流れる。ヴァルモンの伯母、ロズモンド夫人の館。背景には柔らかいクリーム色の白い空が広がり、淡い緑の木立がかぶさっている。でもよくみると、古い油彩の風景画みたいに、この背景の表面にはひびが入っている。美しい光景だけど、これはあくまで昔の物語。

その白い背景の真ん中に、黒いヴェールを頭からかぶった喪服姿の女性が、後ろを向いて立っている。トゥールヴェル夫人である。やがて彼女は前を向くなり、かぶっていたヴェールを床に放り投げ、まぶしそうな顔で空を見上げる。

トゥールヴェル夫人は穏やかな表情で、両腕を頭上で交差させ、また両手を胸の上で重ね、あるいは両腕を伸ばし、片脚を前あるいは後ろにゆっくりと高く上げ、緩やかなステップを踏みながら、舞台の上をなだらかに回転して踊る。彼女の動きと同時に、黒いドレスの裾が軽やかに、まんまるく翻る(上の階で観ていた人は、まるで花が咲くようだった、と形容していた)。

遠くから女性の歌声が響く。その歌声が段々に近づいてきて、ロズモンド夫人が登場する。ロズモンド夫人は紅がかった黒いロング・ドレスをまとっている。彼女は床に落ちていたトゥールヴェル夫人のヴェールを拾い上げる。

ロズモンド夫人は、トゥールヴェル夫人に優しく歌いかけながら彼女を抱きしめる。トゥールヴェル夫人も安心しきった表情をみせて、ロズモンド夫人の肩に顔をもたせかける。それからトゥールヴェル夫人は再び軽やかに踊る。

ロズモンド夫人はヴェールをトゥールヴェル夫人の肩にかけてやりながら、他の人々を紹介すると言う。するとトゥールヴェル夫人の顔がいきなり曇り、ヴェールをかぶって(マチコ巻き)戸惑った表情になる。ロズモンド夫人はみな良い人々だと彼女を安心させる。

ヴォランジュ夫人、ジェルクール、セシル、メルトイユ侯爵夫人が談笑しながら入ってくる。メルトイユ侯爵夫人は黒い日傘をさしている。ロズモンド夫人がトゥールヴェル夫人をみなに紹介する。彼らはそれぞれトゥールヴェル夫人に挨拶する。

同じメロディが楽器を変えて繰り返され、ヴォランジュ夫人は優雅に、セシルは無邪気に、ジェルクールは気取ってお辞儀をする。だがメルトイユ侯爵夫人だけは、黒い日傘をさしたまま、トゥールヴェル夫人をじっと見つめる。

音楽が少し不穏なメロディに変わる。ヴァルモンが現れる。衣装は黒いレザーの上着に、赤茶のベスト、茶色のズボンに黒いレザーのロング・ブーツ。もちろん当時こんな衣装があったはずもなく、このへんがレズ・ブラザーストンのデザインの面白いところである。

特に黒レザーのロング・ブーツは、脚の付け根まである長いもので、腰のベルトで留めるようになっている(後で判明)。最初に見たときには、漁師や釣りや魚市場のおっちゃんたちがよく履いている、太もも丈の黒いゴム長靴を連想してしまった(笑)。

ロズモンド夫人がトゥールヴェル夫人にヴァルモンを紹介する。ヴァルモンはロズモンド夫人とトゥールヴェル夫人の手を取って踊るが、いきなりロズモンド夫人の手を取りながら、また彼女の腰にすがって彼女を振り回してふざける。

ロズモンド夫人は愉快そうな笑い声を上げながら彼を叱る。ヴァルモンはこうして無邪気に振舞ってみせることで、トゥールヴェル夫人に良い印象を与えようとする。

右にトゥールヴェル夫人、ロズモンド夫人、ヴァルモンが、左にヴォランジュ夫人、セシル、ジェルクールが3人ずつ手をつないで並び、歩くようなステップを踏んで踊る。メルトイユ侯爵夫人はその後ろ、正面の位置でひとり同じように踊っている。しかし彼女は前を歩く人々の全体を観察している。

ヴァルモンはさっそくトゥールヴェル夫人の顔を撫でてからかう。彼女は驚くが、まだこの時点ではヴァルモンを警戒していない。他の人々は左のテーブルについてお茶を飲み始める。だがトゥールヴェル夫人はひとり離れて、登場したときと同じように伸び伸びとした仕草で踊る。ヴァルモンとメルトイユ侯爵夫人だけがそれを見ている。

トゥールヴェル夫人は踊っていて、ふとヴァルモンの視線に気づく。彼女はとたんに踊りを止めて両手を組んでうつむき、ヴァルモンに軽く会釈して通り過ぎようとする。しかしヴァルモンがトゥールヴェル夫人の行く手をさえぎる。

彼女は戸惑いながら踵を返す。このとき音楽がなんとなく不気味な感じのもの(「エクソシスト」風)に変わる。ヴァルモンが彼女の背後で手をかざす。すると彼女の上半身は、なぜか彼のほうに引き寄せられて反り返る。ハンド・パワーです。(←古いか)

ヴァルモンはトゥールヴェル夫人の周りをゆっくりと動き、彼女を横や下からのぞき込む。ヴァルモンは彼女を背後からゆっくりと持ち上げて斜めに倒す。だが彼の手は彼女の体に触れるようで触れない。彼女は床に降ろされると、いったい何なのか、と不安そうに辺りを見回す。

不気味な音楽が終わり、我に返ったトゥールヴェル夫人の前には平然とした様子のヴァルモンがいる(最初と同じ位置)。ヴァルモンは普通に会釈するが、去ろうとする彼女の顔を撫でたり、首筋や手にキスをしたりして、いつまでも彼女を離さない。

トゥールヴェル夫人が不愉快な表情になると、ヴァルモンは優雅に礼をしながら手をひらりと前に差し出し、彼女に道を譲る。しかし、彼女が通り過ぎようとした瞬間、ヴァルモンは彼女の手をつかんで自分のほうに引き寄せて倒す。

彼女はヴァルモンを睨みつけて身を離すが、ヴァルモンは彼女の手を取って、今度は礼儀正しく接吻する。しかしヴァルモンは彼女の手をつかんで接吻して顔を伏せたまま、もう片方の手で彼女の首や胸や腰に乱暴に触れる。

トゥールヴェル夫人は遂に激怒して走り去ってしまう。驚いてヴァルモンを睨みつけるロズモンド夫人に、ヴァルモンは両腕を広げながら首をかしげてしらばっくれ、ロズモンド夫人の手に接吻しようとする。事の次第を察したロズモンド夫人は、手を翻して彼の接吻を拒否するが、仕方のない子ね、というふうに少し苦笑いをしてヴァルモンを睨む。

その場にメルトイユ侯爵夫人、セシル、ヴァルモンだけが残る。メルトイユ侯爵夫人はセシルの肩を抱えながらヴァルモンに近づき、日傘をヴァルモンの胸につきつけ、先に「仕事」を実行するよう暗に迫る。セシルは何が何だか分からず、メルトイユ侯爵夫人を見上げている。

彼女はセシルを先に出て行かせる。彼女はヴァルモンと踊り、自分の体にヴァルモンの手を当てて契約を再び確認させる。ふたりが踊っている間に舞台が暗くなる。

闇の中を、メルトイユ侯爵夫人がセシルを伴って現れる。セシルは肩にレースのショールをかけている。メルトイユ侯爵夫人がショールをゆっくりと外す。セシルは上にコルセット、下にシュミーズしか着ておらず、その肩と胸元が露わになる。

メルトイユ侯爵夫人はいとおしげに彼女の首筋にキスをしてから去る。セシルは椅子に座るが、落ち着かない様子である。

やがてダンスニーが、赤い紐のついた鍵で右奥の扉を開けて中に入ってくる。ふたりはお互いに駆け寄る。だがダンスニーはセシルの体を指し示し、彼女の下着だけも同然な格好を訝る。セシルはうつむいて恥じらい、彼に背を向ける。ダンスニーは自分の上着を脱いで彼女に着せてやる。

彼らは再びお互いの手を回すようにして片手ずつ握り合うと、今度はしっかりと抱き合う。第二幕ではトゥールヴェル夫人がヴァルモンの手を取って同じ動作をする。そしてハープのような音色の、なんとなく物悲しい感じの音楽にのせて、ダンスニーとセシルが踊り始める。前のデュエットと同じく、クラシック・バレエの色合いが強い。

ふたりで片脚を横に上げながら軽くジャンプ、ダンスニーがセシルを後ろから持ち上げながら前に進む。セシルは最初に持ち上げられたときは低く、次は高く片脚を上げる。それからふたり並んで両脚を斜めにして飛び上がり、その瞬間に両足をすばやく交差させる。

ダンスニーがセシルの片手を取り、セシルは爪先立った片足だけでゆっくりと回り、次に逆方向に加速しながら回り、間をおかずにダンスニーがセシルの体を斜めに倒して抱きしめる。ダンスニーがセシルを低い位置でリフトしたままゆっくりと振り回し、セシルはグラン・ジュテのときのような、緩く開脚した姿勢をとっている。

ダンスニーはセシルを床に座らせると、彼女の膝に自分の頭を乗せる。セシルは穏やかに微笑んでいる。この動作は、第二幕でヴァルモンとメルトイユ侯爵夫人もする。ダンスニーはセシルの手を握って起こし、彼女の唇にキスしようとするが、ふと横を向いてためらい、結局セシルの手に接吻する。

メルトイユ侯爵夫人とヴァルモンが窓の向こうからこれを見ている。セシルとダンスニーの恋の仕草に対して、特にヴァルモンは明らかにバカにした様子で、首を振りながら笑っている。

やがて彼らは扉を開けて姿を現す。メルトイユ侯爵夫人はダンスニーから赤い紐のついた鍵を受け取る。彼女はそのときにダンスニーの顔を撫でる。どうもメルトイユ侯爵夫人はダンスニーを気に入った模様である。

メルトイユ侯爵夫人はセシルを、ヴァルモンはダンスニーを連れて、両脇の扉から出ていく。メルトイユ侯爵夫人とヴァルモンは、扉を閉める直前に首を振ったり両手を広げたりして、ともに呆れたような笑いを浮かべる。まったくお子ちゃまの恋は、というわけだ。でも後で、彼らは最も大事なところで「お子ちゃま」にも遠く及ばないことが露わになる。

舞台が明るくなる。再びロズモンド夫人の館の居間。トゥールヴェル夫人がアンセルム神父の腕を抱えながら、またロズモンド夫人、ヴォランジュ夫人、ジェルクールが集まる。セシルも途中で現れる。

ヴァルモンが遅れてやって来る。神父がヴァルモンに挨拶し、彼の頭の上に手を置く。だがヴァルモンは口元に笑いを浮かべてはいるが、無関心な態度で何となくふてぶてしい。メルトイユ侯爵夫人も姿を現す。セシルが彼女に駆け寄る。

右のソファーに神父を挟んでロズモンド夫人、トゥールヴェル夫人が座っている。ここでいきなり音楽が激しいものに変わる。談笑する人々の間で、ヴァルモンがひとり踊り始める。いよいよ本格的な悪行開始、といったところだろうか。手足を鋭く動かす大きな振りで、バレエの技も多い。

アティチュードで半回転、ジャンプして体を斜めにして両足を打ちつける、片脚を横90度に上げてジャンプして半回転、ゆっくりしたピルエット、速いピルエットから高速シェネで移動など。ここの踊りで、クーパー弟、アダムは最後の詰めが甘くなりがちであった。

たとえば、ピルエットした後にそのまま片脚を後ろに高く伸ばすところで、アダムは足の先を最後まで伸ばしきらず、そのまま次の振りに移った。また片脚を横90度に上げてジャンプして半回転するところでは、半回転もしないうちに横に伸ばした脚を下ろしてしまう。見ているほうは欲求不満だ。

クーパー君は、クラシック・バレエに対して不満を述べたてている一方、モダンやコンテンポラリーに対しては、「自分のバック・グラウンドはバレエだ」とか言って、なんとな〜く優越感を持っているくさい。

しかし、クラシック・バレエの定式化した振りが、多く取り入れられているこの踊りを、モダンやコンテンポラリー作品を上演するランバート・ダンス・カンパニーに所属しているサイモン兄ちゃんは、アダムよりもきっちり丁寧に踊ってみせて、違いをはっきりと見せつけた。そして兄ちゃんが主演した日以降、弟アダムもきっちり丁寧に踊るようになった。

左のテーブルにはヴォランジュ夫人とジェルクールが座っている。ヴァルモンは二人と乾杯し、踊りながら再び右のソファーに近づき、トゥールヴェル夫人の顔をさっと撫でて挑発する。

ヴァルモンの踊りによって示される彼の悪巧みにはまったく気づかず、ロズモンド夫人がずっと歌っている。歌詞は他愛ないものだが、歌そのものは緊迫感あるこの激しい音楽に合っていて面白かった。

トゥールヴェル夫人はヴァルモンの無礼な振る舞いを我慢し、神父とロズモンド夫人を促して左のテーブルに移動する。ヴォランジュ夫人、セシル、ジェルクールは左のソファーに座る。

ジェルクールは例によってセシルにちょっかいをかけ、セシルは嫌そうな顔で必死に防戦する。その隣で、ヴォランジュ夫人はそ知らぬ顔で刺繍をしている。ヴァルモンは踊りながら舞台中を移動し、トゥールヴェル夫人の神父に対する敬愛に満ちた態度に注目する。

途中でダンスニーがセシルへの手紙を持って現れる。ヴァルモンは踊りながらダンスニーの手紙をさっと受け取ると、ヴォランジュ夫人に気づかれないよう、すぐに姿を消すよう手振りでダンスニーに示す。メルトイユ侯爵夫人もダンスニーに近づき、去り際に彼の顔を撫でる。

ヴァルモンはセシルに近づき、手紙をちらつかせて渡そうとする。セシルは手を伸ばすが、その都度ジェルクールやメルトイユ侯爵夫人がヴァルモンの方を向き、彼はあわてて手紙を隠して会釈をする(渡せないフリをしている)。ヴァルモンはソファーの周囲を回りながら、ジェルクール、ヴォランジュ夫人がいるので手紙を渡す機会がない、という風を装う。

突然、ヴァルモンは神父を呼び寄せ、自分がはめていた指輪を抜き取って寄進する。神父はあわてて辞退するが、ヴァルモンは神父の手に指輪を握らせる。神父は感謝してヴァルモンの頭に手を乗せる。

神父はロズモンド夫人とトゥールヴェル夫人のところへ戻ると、ヴァルモンの指輪を見せる。ロズモンド夫人は甥の頬を両手で撫でて褒め、トゥールヴェル夫人も感激してヴァルモンに歩み寄り、彼の手を両手で握って感謝する。ヴァルモンは彼女の手を取って並んで踊る。メルトイユ侯爵夫人がわざとふたりの背後で拍手してそれを止める。トゥールヴェル夫人は恥ずかしがって出ていってしまう。

みなも同時に出ていく。ヴァルモンは未練たっぷりに振り返るセシルに手紙をかざして見せ、両手を広げて、渡すタイミングがないので仕方がない、といった仕草をして右のソファーに座り込む。メルトイユ侯爵夫人がヴァルモンに近づく。彼女はヴァルモンのトゥールヴェル夫人に対する態度が気に入らない。

舞台が暗くなり、メルトイユ侯爵夫人は両手をドレスに激しく叩きつけて(バチッ!というすごい音がする)、苛立った表情でヴァルモンを睨みつけ、ヴァルモンに契約の実行を迫る。彼女は再びヴァルモンの手を自分の胸に当てて報酬を思い出させる。ヴァルモンは床に横になって片脚を上げ、自分の上にいるメルトイユ侯爵夫人を持ち上げる。

ヴァルモンはメルトイユ侯爵夫人を低く持ち上げて振り回す。セシルならダンスニーに体をあずけて振り回されっぱなしだろうが、メルトイユ侯爵夫人は違う。彼女は自分を支えているヴァルモンの両手に、自分の両手を叩きつけて(ここでもすごいバチッ!という音)重ねる。

それからヴァルモンが舞台の右端で、直立したメルトイユ侯爵夫人を持ち上げる。メルトイユ侯爵夫人は両腕を湾曲させた例の姿勢で、正面を向いて勝ち誇った微笑を浮かべている。彼らは胸に手を当て、お互いの口をふさぐ。ヴァルモンはメルトイユ侯爵夫人から赤い紐のついた鍵を受け取る。

彼は手紙と鍵を持って左に歩いていく。左脇のテーブルには燭台が立っていて、二人の黒装束の召使が控えている。音楽がどよ〜ん♪という不気味なものになる。ヴァルモンは前かがみになって両手で頭を抱え、優雅に波打つ長髪のカツラをゆっくりと脱ぐ。下から丸坊主の頭が現れる。

ヴァルモンはカツラを脱ぐと、うつろな目で「ああ、ウザいものをやっと脱げた」という感じで口を開ける。不気味な表情で、どうやらカツラを脱ぐのは、彼にとって本当の自分に戻ることであるらしい。この時点でのヴァルモンの素顔は不気味な悪人である。

次に彼は上着を乱暴に脱ぎ捨てるとゆっくりとベストを脱ぎ、腰のベルトを外す。留められていた黒のロング・ブーツの端がだらん、と垂れ下がる。彼は黒いタイを解いて床に投げ捨て、召使に向かってタイを蹴り上げる。召使はタイをキャッチ。

ヴァルモンは蹴り上げた姿勢から反転して床にうつ伏せになり、片脚を後ろに上げる。召使がそのブーツを引き抜く。彼はそれから横になり、もう片脚を上げてブーツを脱がせる。

彼は黒いシャツの前ボタンを外すと、召使に向かって上半身を折ってシャツを脱がせ、次に茶色のズボンを腿の辺りまで脱ぐと椅子に座り、両脚を揃えて伸ばす。伸ばしたつま先の形がバレエ・ダンサー。召使がズボンを脱がせる。

こうしてヴァルモンはパンツ一丁になるわけだが、この下着が面白い。白で膝丈、腰の前と後ろをバッテンの形をした紐で縛るようになっている。当時はこういうデザインだったんだろうけど、ステテコそっくりで、カトちゃんペッ!って感じ。(←ごめん)

ヴァルモンは黒いビロード地に前ポケットの縁と裏地が紅のガウンをまとう。背中のラインがきれいで、裾が長いために背も余計に高くみえる。彼は手紙をガウンの内ポケットにしまい、片手に赤い紐のついた鍵、もう片手に燭台を持ってどこかに向かう。

ヴァルモンが着替えていたときの背景に用いられていた、舞台中ほどを横にスライドする窓のセットが左から右に動き、ヴァルモンもその前を歩いていく。この窓のセットが右に移動していくと、豪華な天蓋つきの大きなベッドが舞台左奥に置かれているのが見える。ベッドの上ではセシルがぐっすりと寝入っている。

ヴァルモンはスライドする窓のセットにある扉を開け、セシルの部屋に入っていく。後ろ向きになっているので、あの鍵を使って扉を開けたのかどうかは見えなかった。彼はセシルを見つめながらベッドの前を歩き、左脇のテーブルの上にそっと燭台を置く。

彼は天蓋の支柱に片手をかける。同時にハープの弦を一気に横断して弾いたような効果音が響く。クーパー君の手の動きが効果音と見事に連動。彼はセシルを見つめながら、片方の支柱に顔を寄せてそれを舐めあげるような仕草をする。

静かにベッドの横に立ったヴァルモンは、掛け布団をめくってセシルの足元までゆっくりと下げる。ヴァルモンは顔を寄せ、彼女の足元から胸、顔へと、匂いをかいでいく。彼はベッドに上がって枕元に手足を広げて立ち、セシルを見下ろす。クモが巣を張ったように。

彼は片手でゆっくりとセシルの頭を弾く。このときまたハープの弦を一気に横断して弾いたような効果音。クーパー君の手の動きもまたもや見事に連動。セシルは驚いて飛び起きる。

セシルは掛け布団がめくれているのに気づくと、不審そうな表情で布団をかけなおす。彼女が再び枕に頭を埋めようとした瞬間、ヴァルモンが片手で彼女の頭をつかみ、もう片手で彼女の口を塞ぐ。

驚いて目を見開くセシルにヴァルモンは顔を寄せ、ニヤリと笑いながら唇に指を当て、彼女に騒がないように示す。彼が手を離すとセシルはベッドから飛び降り、支柱の傍に立って不安そうにヴァルモンを見つめる。

ヴァルモンもベッドを降りてセシルに近づくと、彼女の腕や首筋に触れる。セシルは驚いて左のテーブルのところまで後ずさる。ヴァルモンはベッドに横たわり、なぜかガウンの裾をめくって、ステテコ(笑)一丁の下半身を丸出しにし、内ポケットからダンスニーの手紙を取り出す。このときまたハープの弦を一気に横断したような効果音。クーパー君の仕草も当然ズバリ連動。彼は音楽はもちろん、効果音も絶対にハズさないのね。

ヴァルモンは手紙を自分の顔に当て、その陰から無感情な目つきでセシルを眺める。彼はベッドから降りてセシルに近づく。彼女は手紙を取ろうとするが、ヴァルモンはそれをかわす。セシルはヴァルモンに追いすがって、何度も彼の手から手紙を奪おうとする。しかしヴァルモンはそれらをことごとく軽くかわす。

ふとヴァルモンはセシルの方に顔を突き出し、指で自分の頬をつついてキスを要求する。セシルは首を振る。ヴァルモンは手紙を懐に入れて立ち去ろうとする。セシルはあわててヴァルモンを引き留める。

彼女は仕方なくヴァルモンの頬にキスをしようとする。しかし、ヴァルモンはいきなり顔をセシルの正面に向けて彼女の唇にキスをし、そのまま彼女を抱きすくめて、更に彼女の体を撫で回す。セシルは必死に抵抗してヴァルモンの手から逃れるが、勢いあまって床に倒れてしまう。彼女の体の前に、ヴァルモンは冷たい表情で手紙を投げ捨てる。

セシルは床に落ちた手紙をあわてて取ろうとする。その間にヴァルモンはセシルのベッドの影に姿を消す。セシルは手紙を拾い上げると辺りをしきりに見回す。ヴァルモンがいないことを確かめたセシルは、ベッドに腰かけて嬉しそうにダンスニーからの手紙を開く。

手紙を読むセシルが座るベッドの天蓋の上に、いなくなったはずのヴァルモンが這いながら姿を現す。彼は天蓋の上で上半身を思い切り反らせると、顔を上げて笑うように口を開け、両腕を片方ずつゆっくりと回す。動物とか爬虫類を想像させる仕草である。

セシルは手紙に夢中で気がつかない。ヴァルモンはセシルの頭上で、ベッドの天蓋の端に渡されているポールを握り、膝を折った姿勢で腕だけでゆっくりと前転する。黒の中に紅が入り混じる、ヴァルモンが着ているガウンの裾が長く垂れ下がってコウモリのようである。

ヴァルモンは天蓋からぶら下がり、片足でセシルの体に触れる。セシルは驚きのあまり手紙を放り出し、あわててベッドから降りる。ヴァルモンは、ベッドの右の支柱に体を蛇のように絡みつかせながら、ゆっくりと床に降り立つ。

ここに至って、セシルはヴァルモンの意図を完全に悟る。彼女は走って逃げようとするが、ヴァルモンにつかまって体を押さえつけられる。ヴァルモンは残酷な笑いを浮かべ、セシルの体を肩の上に持ち上げて振り回す。セシルはヴァルモンの肩にまたがり、開脚しながら下りる。

床に下ろされたセシルはヴァルモンを突き飛ばし、めくれたネグリジェの裾を必死で直す。ヴァルモンは突き飛ばされたまま、動物みたいに四つん這いになって再びセシルに迫る。蜘蛛、コウモリ、蛇、獣、これがヴァルモンの本性である。セシルは床に座り込んだまま後ずさる。

ヴァルモンはセシルに再び飛びかかり、彼女の体を倒して後ろから抱きすくめる。ヴァルモンは彼女の脚を開こうとする。セシルは脚をまっすぐに伸ばした姿勢。

セシルがヴァルモンを蹴っとばす。ヴァルモンは立ち上がると、なぜか急にセシルに背を向けて歩き出す。ここでドラムが大きく何度も打ち鳴らされる。セシルはその隙に部屋の扉へと駆ける。が、扉は固く閉じていて開かない。

ヴァルモンがガウンを脱ぎ捨てる。彼はセシルに赤い紐にぶら下がった鍵を見せて冷たく笑い、鍵を床に投げやる。扉はヴァルモンによって鍵がかけられていた。絶望したセシルはヴァルモンに駆け寄り、哀れみを請うように彼にすがりつき、彼の前に膝を折って座り込む。

だがヴァルモンはセシルの両腕をつかみ、彼女の体を自分の背の上に高々と持ち上げ、また自分の肩に引っかけて、捕らえた獲物を弄ぶかのようにゆっくりと振り回す。この踊りでのセシルは、脚をまっすぐに伸ばして開脚した姿勢で、ヴァルモンに高くリフトされて振り回される、という振りが基本。下りるときにも脚の動く線が鋭くなるよう、脚をぴんと伸ばし、開脚して下りる。

ヴァルモンは床に倒れたセシルに飛びかかり、片脚を高く上げながら彼女と一緒に床の上をごろごろ転がる。彼はついに背後からセシルを抱きすくめ、彼女の両脚を開かせて自分の下半身を押しつけ、また自分の片脚を彼女の片脚に絡めて目的を遂げる。更にヴァルモンはセシルの腕と頭をつかんで自分の下半身に押しつけて笑う。

彼は気を失ったセシルの体を片方の肩からぶら下げ、ベッドの上に投げ下ろす。セシルは気がつくと、必死にヴァルモンから逃れようとする。ヴァルモンはベッドの上に膝をつき、彼女の両足をつかんで、彼女の体を何度も乱暴にひっくり返し、自分の体を重ねる。音楽はいよいよ激しくなり、ドラムが何度も大きく打ち鳴らされる。

奥の窓の向こうに、座りながらその様子を冷然と眺めているメルトイユ侯爵夫人の姿が、ぼんやりと浮かんでいる。

セシルは仰向けになったまま頭がベッドからずり落ちる。ヴァルモンは彼女の体の上にかぶさる。床に下りたヴァルモンは、ベッドからずり落ちたセシルの頭をつかみあげてキスをし、彼女の頭を乱暴に放り投げる。セシルはうつぶせに倒れ伏したまま動かない。

激しい音楽が止み、リードの音だけが高く響き、引きずられるようにして消えていく。ヴァルモンはベッドの横に立ち、窓の向こうにいるメルトイユ侯爵夫人に向かって優雅に一礼する。メルトイユ侯爵夫人は立ち上がって拍手を送る。白い幕がさっと引かれ、第一幕が終了。

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