Club Pelican

THEATRE

「兵士の物語」
“The Soldier's Tale”(“L'histoire du Soldat”)
Direction and Choreography: Will Tuckett


今回の公演には休憩時間がない。第1部と第2部が続けて上演される。舞台が暗い間に、スタッフが出てきて兵士が引きちぎった本の紙くずやごみを片づけ、小道具を移動させる。間奏曲として「パストラール」が演奏される。やがて音楽が止む。


第2部

兵士のクーパーが舞台の中央に、語り手のケンプは奥の小さな舞台の上、ちょうど兵士の真後ろの位置に立つ。クーパーは体をかがめ、片足を前に踏み出し、左腕をだらりと下げ、右腕は肘を曲げて後ろに上げた、今にも歩き出しそうな姿勢をとる。クーパーは再び軍服の上着を着ているが、前ボタンはとめていない。体をかがめているので、軍服の上着の裾がだらんと前に下がっている。なんかクーパーの静止したこのポーズがすごくかっこよかった。

「兵士の行進曲」。音楽とともに舞台が明るくなる。クーパーは顔を上げ、上目づかいで前を睨みつけている。Johan Persson撮影の「兵士の物語」写真で、恐ろしい目つきをしたクーパー扮する兵士のショットがあるけど、それと同じ表情である。第1部での始終気弱な、優柔不断な顔の兵士とはまるで別人。兵士は険しい表情をしてあちこちを睨みつけ、大またで足踏みをし、自暴自棄になったように激しい動きで舞台の上を闊歩する。

語り手のケンプが叫ぶ。「暑くて埃っぽい道を、すべてを失った男が歩いていく!休むことなく歩き続け、長い長い道のりを歩いてきた!山を越え谷を越えて、彼は歩き続ける。彼はどこへ行くのだろうか?誰も知る者はない!」

途中でいったん音楽が止む。クーパー、動きを止める。語り手「彼自身ですら知らない。知っているのは、とにかく行かなければならない、ということ。どこか他の場所へ・・・なぜなら、彼はもはや今までのままではいられないから。彼が所有していた、すばらしい財産を持ち出すことなく、彼はそれらをことごとく擲って、誰にもなんの言葉も残さずに逃げ出した。そしてすべては元のとおり。彼が背嚢を背負っていないことを除いては!」

再び続きの音楽が始まる。今までよりも激しく強く演奏される。とたんにクーパーの踊りも、ジャンプと回転が多く組み込まれた、より激しい動きになり、クーパーは右脚を高く上げ、左脚を後ろに曲げた状態でジャンプしてその場で回転したり(これは初めて見た。すごかった)、客席に向かって両脚を振り上げてジャンプし、くるりと回転したりする。こういう激しい動きを、縦2メートル、横10メートルという狭い空間でやっていた。しかもすぐ目の前でやられたのですごい迫力がある。思わず息を呑んで見入ってしまった。

これらはいずれもしなやかでゆっくりとした(バレエ独特の一定速度を保った)動きだったが、同時に鋭くダイナミックでもあり、絶望した兵士の荒んだ心情をそのまま表現したような、凄まじい踊りだった。「兵士の行進曲」は全部で3回くり返されるが、振付が異なると、こんなにも曲の印象までが違ってしまう、というより、同じ曲が違った効果を生み出すものか。

語り手「彼は家路を急いでいるのだろうか?彼が以前にたどった道を?故郷?いいや!そこはもはや彼の故郷ではない。彼は他の道をたどる。もう決して寄り道などしない。一日中、ひたすら前へ前へと歩き続けた!」

クーパーは舞台の中央から左へと、くるりと回転しながらジャンプする。着地したところはズバリ左のテラス前で、クーパーが着地と同時にテラスの柵に背をつけて止まったところで、ちょうど音楽も終わる。兵士は何かに追いつめられたかのように、両腕を広げて柵にくっつけ、目を大きく見開いたまま荒い息を吐く。

語り手「さて、彼は知らない土地、辺境にある村にやって来た。宿屋がある。寄ってみようか?そうしよう。彼は宿屋に入り、酒を注文した。」 その言葉と同時に、クーパーは舞台の右に置いてある丸テーブルにつく。

クーパーの兵士は硬い表情のまま、テーブルの上に置いてあったグラスを口に運ぶ。語り手「彼は酒を流し込む。そう、それで?これからどうしよう?」 語り手は椅子に座っている兵士の背後にやって来る。語り手は椅子の背に手をかけ、もう片手を客席に向かって差し出す。

語り手「それから彼はなんとなく目を上げる。窓の方を見やると、真っ白いモスリンのカーテンが紅い紐にかけられている。」 風が静かに吹いている効果音が流れる。語り手「純白のカーテン、そのすきまから窓の向こうの景色が目に入る。木の葉が風に揺れている。何事だろう?急に外が騒がしくなった。」 兵士も語り手とともに客席の方を見やる。しかし兵士は依然として、眉根に皺を寄せた、こわばった表情のまま。

語り手「太鼓が打ち鳴らされた。その国の王女、王様の大事な一人娘が、病で床に伏せっているのだ。王女は眠らず、話さず、ものを食べない。というわけで、王様はこう宣言した。」 語り手のケンプは右側のテラスに立ち、胸を張った、ふんぞり返った姿勢で重々しく言う。「なんびとであろうと、王女の病気を治した男と、王女は結婚するであろう!」 兵士はうつむき、何事かを考えこんでいる。

そこに、両手に酒瓶を持った、ハートの悪魔の男(←だからくどいんだってば)が近づく。悪魔は黒いシルクハットをかぶり、黒い裾長のスーツに真っ赤なシャツを着て、黒い紐タイを蝶結びにしている。顔ははねあがった黒い眉に中国の皇帝みたいなナマズヒゲ。あっ、そっくりなキャラクターを思い出した。「おそ松くん」のイヤミをイメージすればいいんだ。・・・そういえば服装も似ているざんす。美術のレズ・ブラザーストン(Lez Brotherston)、まさか「おそ松くん」を参考にしたざんすか?

悪魔は酒瓶を兵士のテーブルの前にがたん、と置く。見上げる兵士に、悪魔は帽子を取って挨拶する。「やあ、君!」 観客が笑う。なんで?ここでのマシュー・ハートの声は、鼻にかかった高めの声音で、「モンティ・パイソン」に出演していた当時のテリー・ギリアムみたいな(←分かんねーよ)、なんかイヤラシイ感じの話し方であった。気取った声音や口調が面白いのか?

悪魔「といっても、我々は会ったことはないがね。でも私も兵隊だったんだよ。だから、我々は戦友ということになるわけだ。私は君がやって来て、ひとりで座っているのをずっと見ていたんだ。それで、声をかけてみようかと。」 だが兵士は無表情のまま。

悪魔の男は冷たい目つきで、兵士の背後から彼にささやきかける。「一見して君がふさぎこんでいると分かったよ。でも、どうかね?あれはウマイ話じゃないか?なにせ王女さまときたもんだ!考えてみろよ。君にはちょうどいい話だよ。」 悪魔は笑う。「僕かい?僕は運の悪いことに、もう結婚しているんでね。」 なんでこのセリフで観客が笑うのかな〜。兵士にとってはイヤミなセリフだから?

だが兵士は腑に落ちない顔。悪魔は兵士を見下ろしてなおも言う。「大丈夫、こう言えばいいんだ。私は軍医なんです、と。王女が治ろうが治るまいがどうでもいい。とにかくやってみる価値はあるよ。」 兵士はわずかに表情を動かし、手を顎に当てる。徐々にその気になってきた模様である。

やがて兵士は、悪魔の男がテーブルに置いた酒瓶を手に取って立ち上がり、悪魔の男と酒瓶をカチン、と当てて乾杯し、一気に飲み干す。つくづく学習能力のない男である。

語り手「そうだ!そのとおりだ!戦友よ、ウマイ話をありがとう!彼は立ち上がると、あっという間にそこを出て行った。彼は王宮の門までやって来た。衛兵が尋ねる。お前はどこへ行こうというのか?俺がどこへ行くのかって?王様のところへだ!」

「王様の行進曲」が始まる。兵士は明るい笑顔を浮かべ、目を見張って客席を眺め渡しながら、舞台の左右を行き来し、豪華な宮殿の中を歩き回る仕草をする。悪魔の男は舞台左脇のテーブルに歩いていき、そこに座っている観客たちに向かって、乾杯、というふうに酒瓶を軽く掲げる。

小さな舞台の幕が上がる。中央に王様(King、Will Kemp)、その左に王女(Princess、Zenaida Yanowsky)が座っている。彼らは顔を斜めに傾げ、口をあんぐりと開けた奇妙な表情で笑っている。観客はその姿だけで大爆笑。

ヤノウスキーの王女は、いかにも〜なタテロールの金髪にティアラをつけ、「ベルサイユのばら」のマリー・アントワネットか、「エースをねらえ!」のお蝶夫人かといったところである。純白の膝下丈のドレスを見につけ、白い手袋に宝石のブレスレットをはめている。靴は白のトゥ・シューズ。

そのせいで超ハデなメイクがひときわ目立つ。アイライナーをクレオパトラ並に塗りたくって目尻をとんがらせ、更にまばたきするたびにバサバサ音がしそうなぶ厚いつけまつ毛、真っ赤な口紅、ほっぺたにも頬紅を濃く塗っている。バービー人形をおてもやんにした感じで、もはや素顔の片鱗も見えない厚化粧。更にドガの最も有名な「踊り子」みたいに、不気味な表情で超バカそうな笑いを浮かべている。はっきりいってブサイク(素顔のヤノウスキーはもちろんとても端正な顔立ちをした美しい人である)。

王様のケンプは、カボチャみたいな形の王冠をかぶり、肩に金飾りがついた黒い裾長の上着を着て、エリザベス女王が戴冠式で身に着けていたような、でっかい首飾りをつけている。王様もこれまた超バカそうな表情で、目と口を大きく開けたまま硬直した笑いを浮かべている。

王様と王女は椅子から立ち上がる。王様は両手を腰に当て、プリエ(笑)の姿勢から伸び上がるようにして、「何者じゃおまえは、ん〜?」と値踏みするような目つきで兵士をジロジロと見る。王女も王様の背後から「ナニよコイツ?」とフシンそうな表情で兵士を見つめる。王女は性格も悪そうだ。

兵士はあわてて上着のボタンをとめ、鼻水を指でぬぐい(←きたね〜)、髪の毛を(鼻水のついた)手で整えると、二人に向かって右手を上げ、その手をおーげさに何回もぐるぐるぐると振り回してお辞儀をする。さすがはロイヤル・バレエの元プリンシパルだけあって、アダム・クーパーのこのテのお辞儀は、身のこなしが本格的でとても優雅である。笑えるけど。

王女は王様に対して、コイツ、どこの馬の骨か分かったもんじゃないわよ、というふうにイヤそーな身振りをする。だが王様は王女の首根っこをつまみあげ、前に押し出す。王女の病気を治してほしいと称し、実は王女の花ムコ様募集だったらしい。王女のヤノウスキーは、寄り目のアホっぽい表情で猫背になり両腕をだらりと下げ(首をつままれた猫みたいな感じ)、ポワントでつつつ、と前に歩み出てくる。ケンプの王様がその頭をぐっと押さえると、ヤノウスキーはポワントからかかとをつけて立つ。

王様は王女に、ほら、病気のフリをせんかい、と促す。と、王女は王様にいきなり弱々しくもたれかかり、更に上半身をがくっと前に折って両腕をだら〜んと下げ、王様に支えられる。王様はそんな王女の体を左右にブンブン振り回し、このとおりムスメが病気でのう、とごまかし笑いを浮かべて兵士にアピールする。

兵士は小さな舞台に上がり、両腕を広げて、王女を促して一緒にはー、はー、はー、と深呼吸する。それからハイ、口を開けてー、と王女の口の中を見ようとする。王女はがばっと大口開ける。と、王女は口臭女だったようだ。兵士はうわっ、という表情で顔を背け、手で王女のアゴを押し上げて口を閉じさせる。

兵士は王女の背中をぽんぽんと叩く。王女はケホケホケホ、と咳をする。兵士のワケの分からない「治療」に、王女はとうとうカンシャクを起こし、両腕をぶんぶん上下に振ってわめきちらす。兵士は王女にビンタを一発食らわせる(もちろんフリだけね)。

王女は殴られた頬を両手で押さえ、背を向けてうつむく。しかし、まもなく顔を上げた王女は、頬を押さえたまま兵士に向かってニタ〜ッとブキミに笑いかける。生まれて初めて自分を殴った男にホレてしまったらしい。王様が、ワシの大事なムスメにナニすんじゃい、と兵士につめよるかたわら、王女はウットリとした表情で、まだ殴られた頬を押さえている。はっきりいってヘンタイです。

兵士もこんなヘンな女はちょっと・・・、という表情で、作り笑いを浮かべて退散し、下の舞台に下りる。が、兵士が舞台の右に歩くと、王様と王女も小さな舞台の上をコソコソと歩いて移動し、兵士の後をつける。兵士が振り向くその都度、王様と王女は愛想笑いを浮かべて兵士に手を振り、更に王様が王女の腰を支え、王女が兵士に向かって両脚を全開する(でーっ)。そのフトモモには白レースのガーター・ベルト。お姫様がガーター・ベルトかい。王女は兵士に投げキッスをする。

「王様の行進曲」が終わりにさしかかり、王様は舞台の奥に引っ込み、小さな舞台の幕が下りる。しつこく兵士に手を振っていた王女は、自分も退場しようとするが幕にさえぎられる。王女は仕方なく左側のテーブルのところに行き、椅子に大股広げて座り込む。この「王様の行進曲」の間、観客はずっと大笑い。ヤノウスキーがこんなに演技上手で、しかもこんなにコメディのセンスがあるとは思わなかった。

実はこの「王様の行進曲」は間を空けて2回くり返されたのですが、上の記述はその2回のシーンがごっちゃになってしまっています。覚えていたつもりが忘れてしまいました。ただ、椅子に座った王様と王女がアホ面をして笑っているシーンが2回あったように覚えているだけです。

ほとんどの「兵士の物語」録音版では、「王様の行進曲」は1回のみの演奏になっているが、本来は2回くり返されていたようである。ストラヴィンスキー、ラミュとともに「兵士の物語」初演(1918年)に携わった、エルネスト・アンセルメ指揮(Ernest Ansermet)の録音版(1952年、CLAVES社、CD50-8918)では「王様の行進曲」は2回あり、間に悪魔の長いセリフが入っている。ということは、ハートの悪魔がここで出てきてセリフを言ったはずだが、そうだったかどうか、記憶が定かでない。

クーパーの兵士は晴れやかな笑顔を浮かべ、舞台の中央に立って叫ぶ。「軍楽隊に演奏の号令が下され、王様みずからがわざわざ俺を出迎えてくれた!王様は言った。『お前は医者か?』 俺は答えた。『はい、軍医です!』 『いろんな手を尽くしたんだが、みなダメでのう。』 『いいえ、わたくしには、とっておきの治療法がございます!』 『よろしい!では娘を診察してくれ。』 事はうまく運んだぞ!戦友の言葉は本当だった。とりあえずここまでは順調だ。考えてもみろよ・・・一緒にいてくれる女ができるんだ・・・ずっと長い間、俺はひとりでいたんだから!」

語り手も興奮した様子で言う。「トランプで占ってみよう!どういう結果になるかな?」 兵士はうなずき、語り手とともに丸テーブルと椅子を舞台の右前方に持ち出す。語り手がトランプをテーブルの上に並べる。兵士はその中から一枚を抜き取る。語り手「どうだ?」 兵士「ハートの7!」

兵士は再び一枚を抜き取る。語り手「どうだ?」 兵士「ハートの10!」 また一枚を抜き取る。語り手「どうだ?」 兵士は叫ぶ。「ハートの女王!みんなハートだ、切り札ばっかり!本当だ、俺にはできるぞ!俺は自分の妻を持てるんだ!俺だけの!しかも王女様ときたもんだ!」 兵士は嬉しそうな笑顔を浮かべて天を仰ぐ。

舞台の右手奥から、ヴァイオリンを手に持った悪魔が現れる。帽子と上着は脱ぎ、真っ赤なシャツが燃えるよう。黒髪のヅラはオールバックだった。ここはイヤミとはちょっとチガウね。悪魔は兵士を冷たく見つめ、不遜な口調で兵士の背後から言い放つ。「君よりも私のほうに勝ち目があるな。」

その言葉を聞いた途端、兵士はぎくりとして表情を曇らせる。彼は怯えたような顔になって体を硬直させ、その場に立ちつくす。悪魔は悠然とした足取りで兵士の前にやってくると、ヴァイオリンを肩にかけ、兵士に向かってわざと見せつける。

悪魔「お前はすべてを台無しにした愚か者だ。カネを手に入れ、名誉だって手に入れた。それなのに気まぐれを起こして、その結果どうなるかも考えられない。それでどうなった?みんな失った。哀れな奴だ。」 キツイっすね〜。だって、そのとおりですもん。兵士は何でも悪魔のせいにしているけど、結局のところは、みんな「兵士の選択」でこうなったんだから。

この作品は当時の時事ネタを寓話化したものだ(と思う)けど、現代人の私が勝手に解釈したのは、目先の利益に釣られて、何も考えずに物事をやってしまい、後でそれがうまくいかなくなると、他人とか運命とかのせいにするヒトの悲しい性っていうか、そういうのも描いているということだった。私自身が、都合の悪いことは何でも他人のせいにする性格だから、これはけっこう耳にイタい。

兵士は押し黙ったまま悪魔の言葉を聞いている。悪魔はトランプが散らばる机の前に立ち、トランプを拾い上げる。「ハートの7、ハートの10、ハートの女王!思ったんだろう、こりゃ幸先がいい、と。どうだい?まだそう信じているのかね?」

悪魔は再びヴァイオリンをもてあそびながら、舞台をゆっくりと歩き回る。やがて舞台の中央に立ちどまると、悪魔は言う。「『とっておきの治療法』を持っているのは俺だ。これは俺のものだ。」

後ろに立ちつくした兵士は、うなだれたままつぶやく。「奴が言っているのは本当のことだ。俺は奴にはかなわない。奴はうまくやってのけるだろう。奴は治療法を持っている。俺には何もない、何もないんだから。」

語り手のケンプが両手を広げ、兵士を励ます。「しっかりしろ!奴を倒すんだ!」 だが兵士は首を振って力なく言う。「・・・奴は人間じゃない。俺にはできない。」

語り手はなおも言う。「できるとも!できるとも!つまりはこういうことだ。奴が君を支配できているのは、君がまだ奴のカネを持っているからだ。そいつをすべて捨ててしまうんだ。そうすれば君は救われる。さあ、やるんだ。奴をトランプのゲームに誘い込め。カネを賭けて奴を勝たせるんだ。」

やがて兵士は顔を上げる。彼は思い切ったように、ぎこちないが明るい口調で悪魔に切り出す。「ゲームをしないか?カネはある。」 悪魔は不審そうに答える。「何だと?」 兵士は無理に笑って言う。「ゲームをしよう、と言ったんだ。」 悪魔はせせら笑う。「ほう?私はかまわないがね。」

語り手が兵士に耳打ちする。「奴が勝つだろう。奴はとにかく勝つのが好きだから。君は負けるだろう。それはすなわち奴の負けなんだ。」 兵士「札、金貨もある。」 悪魔「よろしい!」 悪魔が右の席に、兵士が左の席に座り、悪魔と兵士は向かい合って丸テーブルにつく。語り手がテーブルの後ろに立ってカードを混ぜる。

兵士は悪魔に言う。「いくら賭ける?」 悪魔「1ペンスだ。」 兵士「1ポンドだ!ここは大きくいこう。」 悪魔は驚く。「お前がそう言うんなら・・・でも気をつけろ。本もない、ヴァイオリンもない、もう小銭しか残ってないんだからな!」

兵士、続いて悪魔が、勢いよく一枚のカードを選んで前に差し出す。それから語り手がもう一枚のカードをめくって両者に見せる。悪魔はヴァイオリンを抱えて高笑いする。「勝った!お前は完全にもう終わりだぞ!一文無しだ!そうなったらどうするんだね?」

ここで用いていたトランプは、普通のトランプの6倍はある大きなサイズのものであった。それを直径が50センチほどしかない、小さな丸テーブルの上で、クーパー、ハート、ケンプが、がっ、がっ、がっ、とすごい勢いで差し出すものだから、カードがバサバサと床に落ちていた。

間をおかずに、両者は再びそれぞれのカードを差し出す。語り手がもう一枚カードをめくる。悪魔は椅子の上でひっくり返って笑い、それから兵士の方に身を乗り出す。悪魔は口を突き出して言う。「俺の勝ち!お前はまたひもじい思いをするんだぞ!ひ・も・じ・い、んだぞ!」

兵士はかまわずゲームを続ける。悪魔が勝つ。「そら見たことか!お前はボロ負けだ!裸足でさ迷うことになるぞ!」 語り手は兵士に叫ぶ。「5ポンド賭けろ!」 兵士は悪魔に叫ぶ。「5ポンド賭ける!」 上機嫌で高笑いしていた悪魔は、なぜか急にゴホゴホと咳き込む。「お、お前は、頭がおかしくなったのか?」

やはり悪魔が勝つ。悪魔は笑おうとするが咳がひどくなり、声はしわがれ、徐々に体がぐったりとしてくる。語り手が兵士にまた叫ぶ。「10ポンド賭けろ!」 兵士も叫ぶ。「10ポンド賭ける!」 悪魔は机に突っ伏しそうになり、息苦しそうに呻く。「・・・ゆっくり、ゆっくりといこう、そう急かさないでくれ・・・。」 またもや悪魔の勝ち。だが喜ぶ悪魔の声には力がない。「・・・か、勝った、勝ったぞ・・・。」

語り手がすかさず叫ぶ。「有り金ぜんぶ!」 兵士はポケットからあるだけの小銭を取り出して机の上にガチャン、と置いて叫ぶ。「有り金ぜんぶ!」 悪魔はなんとかカードを差し出す。兵士もカードを差し出す。悪魔は自分のカードを見るなり、椅子からよろよろと立ち上がり、カードを高くかざして力のない声でひゃっひゃっひゃっ、と笑う。「・・・スペードのエース!スペードの・・・エース!お前のは?」 兵士は落ち着いた口調で答える。「ダイヤの7。」

語り手がカードをめくって見せる。「ハートの女王!」 悪魔はヴァイオリンを抱えたまま、よろめきながら笑う。「・・・また、俺だ・・・また、俺の勝ち・・・。」 悪魔は立っていられなくなる。語り手と兵士は顔を見合わせて、やったぞ、という表情。語り手「見ろ、見ろ、奴は倒れるぞ!」

悪魔が膝をついてうずくまったところで、兵士が悪魔の後ろにそっと回り、悪魔が脇に挟んでいたヴァイオリンをさっと取り上げて語り手に預ける。悪魔はついに床にばったりと倒れこみ、ゼイゼイと息を吐いている。

語り手は兵士に促す。「さあ、奴に酒を飲ませるんだ!さぞ元気が出るだろうよ。奴に言ってやれ。『君の健康を祝して!』と。」 兵士は酒が入っている、銀色の平べったいボトルをつかむと、その蓋を開けながら悪魔に近づく。「さあ、飲めよ。さぞ元気が出るだろう。一気にいけ。君の健康を祝して!」 悪魔は床を這いずさって、それから必死に逃れようとする。「い、いや、やめてくれ・・・ひ、ひどいじゃないか・・・」

悪魔が舞台の右端まで這っていったところで、兵士は悪魔の体の上に馬乗りになり、銀色のボトルを傾けて、酒を悪魔の口の中に注ぎ込む。酒がなくなった後も、兵士はボトルをぶんぶん振って、最後の一滴まで悪魔の口にふりかける。

酒が完全になくなった後、兵士は床に落ちていた一枚のカードを鷲づかみにすると、最後のとどめのように、悪魔の口の中にがっと突っ込む。これは初日にはなかったし、ラミュの原脚本にもこんなト書きはない。意外に暴力的で残酷な動作で、効果的な演出ではあるが、12歳以下の子どもには見せないほうがいいと思った。悪魔はカードを銜えたまま動かなくなる。

兵士はゆっくりと立ち上がると、嬉しそうに叫ぶ。「これで俺は自由だ!自由になれた!」 語り手は兵士にヴァイオリンを手渡す。「悪魔は倒れた。さあ、君のものを取り返せ!」 兵士は晴れ晴れとした表情で舞台の中央に立つ。そしてヴァイオリンを構えると、右手を大きく振り上げて弦をはじく。

「小さなコンサート」が始まる。生き生きとした弦の音が力強く響きわたる。兵士のヴァイオリンは再び鳴った。ところが、舞台の右端に倒れていた悪魔が、再びもぞもぞと動き始める。悪魔は銜えさせられていたカードをべっ、と吐き出す。

ここからがすごかった。悪魔役のハートは、仰向けに倒れた姿勢からブリッジをし、それからなんとブリッジをしたまま、音楽に合わせてのさのさのさ、と舞台中央まで歩いて(?)出てきたのである。

タケット、これはぜーったいにパロッたに違いない。映画「エクソシスト」の「クモ歩き」シーンだ。ほら、悪魔に憑りつかれた少女が、ブリッジ(あれはブリッジというのか?)をしながら、階段をバタバタと駆け下りてくるやつ。観客は驚きの入り混じった笑い声を上げる。あはは、まさかロイヤル・オペラ・ハウスでこんな振付が出るとはね(笑)。

悪魔は兵士と語り手のところまでやってくると、今度はゴロン、ゴロン、と何度も床の上を転がる。語り手のケンプがその都度、体を反転させながら、ハートの体をまたぐようにジャンプする。ハートが床の上を転がるタイミングに合わせて、ケンプはジャンプしなければならない。これは観てる方は簡単に思えるが、やってる方には難しいようだった。タイミングを外すとケンプがハートを踏んづけてしまいかねないから、ケンプは慎重に足元を見ながらやっていた。

それからたぶんここであったんだと思うけど(かなり怪しい)、舞台の右でクーパーがケンプの片手か腕を握ったまま、ケンプの体を勢いをつけて投げ、ケンプがジャンプながら半回転して、片足は後ろに振り上げ、もう片足で着地するという振りがあった。

「マイヤリング」第1幕のラスト、ルドルフがシュテファニーに暴力を振るう凄まじい踊りがあるでしょ。そこで逆向きだけどそっくりな振りがある。手をつないだままだから、二人のタイミングが合わないとかなり危険な振りだと思っていた。それから「マノン」第1幕の最後、レスコーがデ・グリューを脅すシーンでも似たような振りがあって、男ふたりでやるという点ではこっちの感じに近かった。

兵士はヴァイオリンをかざし、悪魔に向かって弦をはじく。兵士が弦をはじく度に、悪魔は殴られたように大きく身をのけぞらせる。何度もはね返された悪魔は、再び床に仰向けに倒れこむ。ところで、みなさんがもし「兵士の物語」を聴いておられるのなら、この「小さなコンサート」を聴いてみて下さい。最後の方で、「兵士の行進曲」と同じメロディが出てくる。

ハートはこのメロディに合わせて、最初は横向きに、次は客席に足を向けて、胴体と手足を大きくビクつかせて痙攣していた。特に腹が床からビクンビクンと浮き上がり、これがまたグロくて滑稽だった。

悪魔はやがて動かなくなる。兵士は悪魔の両足を持ち、舞台奥まで引きずっていく。それまで左のテーブルで酒をラッパ飲みし、観客のテーブルに置いてあった酒にまで手を出して、だらしない姿勢で飲んだくれていた王女は、左のテラスに立つ。

兵士は王女に向かって叫ぶ。「姫君、今こそ申し上げます!あなたは救われます!私がもうじき駆けつけます!なぜなら、私にはなんでもできるのですから!私がもうじきあなたのところへ参ります!なぜなら、私は再び自分を取り戻したのですから!私は自分の生命を取り戻したのですから!私はあなたの生命も取り戻してみせましょう!」 王女は手すりにもたれ、ニコニコ笑って兵士を見つめている。

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