Club Pelican

THEATRE

「兵士の物語」
“The Soldier's Tale”(“L'histoire du Soldat”)
Direction and Choreography: Will Tuckett


第1部(つづき)

立ち尽くす兵士(Adam Cooper)に、老人の姿をした悪魔(Matthew Hart)が杖をつきながら近づく。気づいた兵士はあわてて長い銃を構え、銃口を悪魔に向ける。「この野郎!この野郎!」 何度もカチカチと薬莢を出しながら悪魔に銃をつきつけるが、悪魔は平然としてまったく動じない。銃を向けている兵士の方が、徐々におびえた表情で後ずさり始める。悪魔「お前は何をするつもりなのかね?」 兵士はなおも「この野郎!」と悪魔を罵るが、その語尾は震え、顔はほとんど泣き出しそうになっている。

悪魔は木の杖を兵士の胸元に突きつけ、横柄な口調で言う。「もっと礼儀正しい態度をとったらどうだい。お行儀よくしなさい。分かったか?」 兵士は震えながら銃を下ろす。悪魔「よろしい!さて、お前はこれからどうするつもりなのかね?」 悪魔は兵士の顔をのぞきこんでせせら笑う。「ど・う・す・る・つ・も・り・な・の・か・ね?」 兵士はうなだれたまま返す言葉がない。

悪魔「忘れてしまったのかね?あの本はどこだ?」 兵士は小さな、消え入りそうな声で、かろうじて答える。「・・・背嚢の中に。」 悪魔「持っているのならいいじゃないか。」 悪魔は兵士の周りを傲然と歩き回る。「さて!お前は兵隊だったな。兵隊らしいところを見せてもらおうか。」 悪魔は厳しい口調で、早口で命令する。軍隊の上官のように。「気をつけ!」

とたんに兵士は肩をすくませて直立不動の姿勢をとる。悪魔「止まれ!よし!隊列から離れろ!銃は向こうに置いてこい!」 兵士は言われるままに銃を小さな舞台に立てかける。悪魔「隊列に戻れ!走るんだ!休め!そのままだ!動くな!整列!」 悪魔は木の杖を振り回して兵士に指図し、杖で床を突いては鋭い大きな音を立てる。兵士は悪魔に命令されるたびに、びくっと肩を震わせ、怯えたように目をつぶり、ぎこちない動作で、あわてて気をつけをし、横を向き、片手を額にかざして敬礼をする。

はっきりいってこのシーンだけは、なかばマジでマシュー・ハートにハラが立った(笑)。コイツ、このわたくしの愛しいクーパー君をイジメるなんて、舞台に上がってブン殴ってやろうか、と思ったくらい。ネチネチと兵士をいたぶるハートの悪魔が憎らしかったんだけど、それよりも、クーパー君のおどおどびくびくした表情や身振りが、見ていてとても痛々しかったのよ〜。

う〜む、クーパー君がかわいそうだったというよりは、兵士がかわいそうだったのね。軍隊の調練って、まさに「イジメ」そのものに他ならないことがよく分かった。ところで、なんでここで悪魔が兵士を調練しなくちゃいけないんだろう?なんでこういう展開になるんだろう?見ようによってはユーモラスなシーンであった。実際に笑っている観客もいたし。「兵士の物語」の脚本は、このように不可解な箇所や展開が実に多い。

でもこれは、現代風にいうなら、「フラッシュ・バック」とか、あるいは「反復強迫」とかいうやつだと思う。「兵士の物語」のもとになった民話は、脱走兵の話だったそうだ。ラミュ(Charles-Ferdinand Ramuz)の脚本にはそう書かれてはいないが、しかし兵士のジョゼフは軍を脱走したと解釈してみると、奇妙なセリフやストーリー展開もなんとなくしっくりくるし、この第1部冒頭の「兵士の行進曲」で、クーパーの兵士が、ユーモラスだがしかし軍隊生活や戦闘を表現した踊りを踊っていたことも納得できる。

兵士のジョゼフは、字が読めず、素朴で浅はかで、ヴァイオリンを弾くことだけをこの上ない楽しみとする、田舎出身の青年であった(もちろんお高い演奏家などではなく、村の祭りなんかで弾いてたんだろう)。そんな優しい青年が徴兵される。彼は軍隊での厳しい生活や激しい戦闘を経験する。そしてどうなったか。

彼は「休暇」で故郷に帰ることになった。でもそれはたぶん休暇ではなかったのだろう。まあ、休暇に乗じてそのまま軍隊に戻らなかったのかもしれないが。「恥ずべき脱走兵」だから、故郷の村人たちも彼の母親も、彼と関わり合いになるのを恐れ、彼を無視し、彼を避け、「生きた死人」として見捨てた(大体、村人全員が揃って兵士を幽霊だと思いこむ方が不自然で、いくらド田舎でも一人くらいは、戦死の誤報を疑う者がいたっていいはずだ)。婚約者は別の男と結婚してしまった。しかし、兵士にはそれが理解できない。彼は、自分が「悪魔に時間を盗まれた」と考える。

この作品が製作された1915-18年は、ちょうど第1次世界大戦の時期と重なる。この作品の題材や製作当時の時代背景を考えると、作曲を担当したストラヴィンスキーと原脚本を執筆したラミュは、この作品では戦争を主題のひとつとしていたことは間違いないと思う(もうひとつの主題は、19世紀末から当時まで続いていた異常な投機熱の風潮だろう。「兵士の物語」初演の10年後に例の「世界恐慌」が始まる)。

軍隊生活と逃亡していた数年の間に、兵士の心の中では何が起きていたのだろうか。それを考えると、この作品の全編を通じて、明らかに同じキャラクターが、兵士、悪魔、語り手、王女の4人の登場人物に散らばって出てくるのが納得できる。また「兵士の物語」のポスターやプログラムに用いられた、Johan Perssonによるイメージ写真で、兵士と悪魔の顔が半分ずつ重なって、ひとつの顔を形作っているのは、「悪魔」とは他ならぬ兵士自身であることを示している。この作品の題名が「兵士の物語」なのは、なるほど当然の命名だろう。

軍隊での苛酷な調練の記憶は、兵士の頭の中にしっかり根を張っている。悪魔は「軍帽を脱げ!」と言いつつ、兵士の頭から軍帽をはぎとって床に投げ捨てる。クーパー君の髪は全体的に短く、ある日は真ん中から、ある日は七三に分けてなでつけていた。耳の上までを刈り上げ、もみあげは剃り落としている。20世紀初頭から第2次世界大戦にかけての、欧米の軍隊における兵隊の髪型である。

悪魔はなおも命じる。「上着を脱げ!列から外れてはならん!後で別の上着をやろう。」 兵士はボタンを外して軍服を脱ぎ捨てる。クーパー君は、七分袖、丸首の白い棉シャツを着ていた。ズボンは腰の上まであり、サスペンダーで吊り上げてあった。これもやはり20世紀初頭の兵隊の服装っぽい。やっぱりブラザーストン(Lez Brotherston)のデザインの基本的な年代設定は、「兵士の物語」が初演された当時(1918年)のようである。兵士の棉シャツは黒く汚れ、ズボンはヨレヨレ。

悪魔「列から外れてはならん!まだ始まったばかりだぞ!まだ終わってない!動くな!本はどこへやった?」 ハートの悪魔は、兵士に号令をかけながら木の杖を激しく振り回したり、床に突いたりするが、その杖が公演4日目になって、先端がパキッと折れてしまった。木の皮一枚でようやくつながっていてプラプラ揺れている。いつ完全に切れて落ちるかと少しハラハラした。またその翌日の公演最終日には、修理したらしいのが(それとも予備の新品?)、またも先端が割れて破片が床に落ちてしまった。

兵士は気をつけの姿勢のまま、自分の斜め後ろを指さし、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、再び「背嚢・・・」と言いかける。悪魔は声音をやわらげる。「ああ、そうそう、さっきわしに言ったのだったな。よし、本を取って来い。」 兵士は小さな舞台の下に置いてある背嚢のところへ行き、その中から悪魔にもらった緑色の厚い本を抜き取る。

本を手に持って戻ってきた兵士を、悪魔はまた怒鳴りつける。「大事にしろ!」 言うなり、悪魔は本の背を、兵士の腹に突き刺すように乱暴に押しつける。兵士は思わず背中を丸めてうめき声をあげ、本を両腕の中に抱きかかえる。悪魔はまたゆっくりとした口調で、念を押すように兵士の耳元で叫ぶ。「この本は、何百万だぞ、なんびゃくまん!」

そして悪魔は兵士から遠ざかりながら、ヴァイオリンを取り出して兵士に見せつけ、ニヤリと笑う。「いいかね、これはわしのもの、それはお前のもの、これぞ公平というものじゃないか。」

再び「パストラール」。元恋人(Zenaida Yanowsky)が再び兵士の背後に歩み寄る。彼女は最初と同じく、左腕を伸ばして手をひらひらと動かし、右脚を根元から上げて真っ直ぐに伸ばす。またもや耳にくっつきそう。それからヤノウスキーは軸足をかすかに動かしながら斜めを向き、上げた右脚を、膝をわずかに曲げた状態で前に差し出し、今度は足首から先をくるくると動かす。

元恋人は兵士に段々と近づき、穏やかな表情で兵士を背後から抱きしめようとする。しかし、兵士は険しい表情で舞台の右端に立ち、彼女に背を向けて本を読み続ける。兵士を抱きしめようとした彼女の両腕はむなしく空を切る。元恋人は、泣き声を上げながら走り去る。「パストラール」終わり。兵士は、あくまで自分の意志で、再び大事なものを失った。

語り手「彼は本を手にとって読み始めた。書いてあることはすべて、カネ、カネ、カネ!」 ケンプが「マニマニマニ!」とユーモラスな言い方をしたので、観客は笑っていたが、私も別の理由で笑った。なんかリアリティがあったんで。ところで話は変わるが、クーパー君サイン入り写真の売れゆきはどうなんだろう。とても心配だ。語り手「彼は本に書いてあるとおり商売の下準備をすることにし、まずは行商人、それから卸問屋になった。」

クーパーは小さな舞台に駆け上ると、シルクハットをかぶりながら、語り手とともに舞台の中央で客席に背中を向けて立つ。打楽器がけたたましく鳴らされる。兵士と語り手にスポット・ライトが当たり、ドラムの音が止むと同時に、二人はばっ、と正面を向く。

兵士と語り手が一緒に叫ぶ。「お客様!いらっしゃいませ!あらゆる色の布が揃っております!」 それから語り手と兵士は交互に商品の売り口上を述べる。かなりの早口。息継ぎのタイミングをとるのが大変だったろう。「黒、藍色、淡い青、紺色、パステル・ブルー、スカイ・ブルー、ベージュ、濃いベージュ、淡いベージュ、暗めのグレー、普通のグレー、薄いグレー、シルバー・グレー・・・」 二人は同時に声を合わせて叫ぶ。「そしてヴァイオレット!」

それからまた交互に「赤褐色、褐色、栗色、茶色、カーキ、生成りのリネンもたくさん、柄物の木綿、フランス産の縮緬、絹、サテン、しかも戦争前のお値段でのご奉仕です!」 実際には、このシーンの最後で語り手と兵士が、これはいくら、いや、いくらだ、と、値段のやりとりをしていたような気がするのですが、忘れちゃいました。

再びドラムがだだだだだ、と鳴らされる。語り手「最初は行商人、次は卸問屋、それからは、品物は必要なくなった。どうすればカネが儲かるか、彼はすべて知っていたから。物事は自分の思ったとおりに進む。なぜなら他の連中は当て推量するしかないが、俺は『知っている』からだ(12歳以下のよい子のみなさんへ:これは最初に商売をして小金を稼いだ後、それを元手に株の売買をして大儲けした、ということだよ。悪魔の本には未来の株価の変動が書いてあったので、兵士のお兄さんは大儲けができたんだよ)。」

語り手は続けて言う。「これはただの本じゃない。尽きることのない宝のタンスだ。ページをめくるだけで、ほらこのとおり!望むものはなんでも、欲しいものはなんでも、人生で最良のものはなんでも、必要なものはなんでもすべて手にはいる。」

これは悪魔が兵士に言った言葉だった。同じ言葉を、今度は語り手が兵士に代わって語る。語り手は、最初は兵士を「彼」と呼び、途中から「俺」と言い始める。この語り手は、いったい『誰』なのか。

語り手は小さな舞台の上から、兵士に同意を求めるように語りかける。「生きているうちに、さっさとつかめるだけつかみ取ってしまおう。いずれお前は死んでしまうだろう。お前はただの人間に過ぎないのだから。そう、お前の言うとおりだ。なぜなら、結局、俺たちはみんな死んでしまうんだ。まずはこれ、次はあれ、俺はただ言いさえすればいいんだ。これもあれも、そして他の全部も、と。俺にはありあまる金があるんだから。すべては俺のものだ!」

まただ。「俺にはありあまる金がある。すべては俺のものだ」? これは誰の言葉なのか?語り手は誰のことを言っているのか?まぎれもない兵士自身の心だ。しかし、これは悪魔が言ってもおかしくない言葉である。「これはただの本じゃない。尽きることのない宝のタンスだ」というさっきの言葉は、まさに悪魔が兵士に語った言葉だった。だとしたら、兵士は悪魔に『騙された』のだろうか? いったい、これらの言葉は誰のものなのか?悪魔?語り手?それとも兵士?

小さな舞台の下でそれを聞いていたクーパーの兵士は、ふと訝しげな顔をしてつぶやく。「すべて?」 彼は沈黙する。やがて首を振る。「・・・何もない。すべてない。何もないじゃないか。何でも持っているのは、何も持っていないということだ。欲しいものは何でも、いつでも、すべての富が手にはいる。でも何の意味もない。内側は空っぽだ。偽りのもの、死んだも同然のもの、中身のないもの、空虚なもの。」

語り手は嘆息する。「ああ、お前が以前に持っていたものは、真実の、すばらしいもの!それはみんなが持っているものだ。でも、お前はもう失ってしまった。本当に大事なものを!」 語り手の言葉の内容は、前に言っていたことと矛盾している。語り手の言葉は、兵士の矛盾する心そのものである。

「小川のほとりの音楽」が流れる。兵士が昔、ヴァイオリンで楽しげに弾いていた曲である。語り手「かつてお前がそうしていたように、草の上に寝ころぶと、草の手ざわり、草の感触の、なんと心地よいことか。それは何の代価も要らず、みんなが手に入れられるもの。そうしたものだけに真の意味があり、そうしたものだけが真実なのだ。それは世の中のすべての人々が持っている・・・ただお前だけを除いては。」

語り手「土曜日の夕方、週末の村の情景を眺めやると、村人たちが手にジョウロを持って庭仕事をしている。小さな女の子たちが遊んでいる。日干しレンガの壁の傍を通ったり、草むらに座ったり、グラスに飲み物を注いで乾杯したり、みんなの顔には笑顔が絶えない。」 「小川のほとりの音楽」が静かに途絶える。

兵士「中身のあるもの、それこそが持つに値するものだ。彼らは何も持っていない。何も持っていないから、何でも持っている。俺は何でも持っている。何でも持っているから、何にも持っていない。何ひとつ、何ひとつとして。・・・悪魔!・・・悪魔め!よくも俺を騙してくれたな!」

クーパーは本を手に取ると床に置き、しゃがみこんで猛烈な勢いでページをめくる。「どうすればいいか、この本に書いているはずだ!本!本!答えてくれ!教えてくれ!みんなは幸福だ。俺はどうすればいいんだ?お前は知っているはずだ!知っているはずだ!教えてくれ!答えてくれ!昔みたいに、何も持たないためには、俺はどうすればいいんだ?」

語り手「そこへ電話がかかってきた。」 ケンプは受話器を持ち上げて耳に当てる仕草をし、高いキンキン声で言う。「もしもし?・・・だんな様、最新の口座残高に関してですが・・・」 兵士は本から目を離さず答える。「後だ!」 語り手「電話が鳴る。」 兵士「後だ、後だ!・・・本、本、教えてくれ。昔みたいになるにはどうすればいいんだ?」

書いてあるはずがない。クーパーは本を床に置いたまま、ふらりと立ち上がる。兵士は無表情につぶやく。「俺はご立派な人物で、人々の羨望の的だ。だが本当は、俺の内側は死んでいて、他のみんなとは違っている。俺は確かに金持ちだが、でも生きている死人なんだ。」

そこで小さな舞台の幕が上がる。そこには小間物売りの老婆の姿になった悪魔がいる。ハイ・カラーで肩口と腰の後ろが大きくふくらんだ、19世紀末風デザインの黒いドレスを着て、黒い婦人用の帽子をかぶり、あごの下でリボンを結んでいる。小さな丸メガネをかけ、足は赤紫と黒の横縞の靴下に、甲に大きな留め金がついた黒い短いブーツを履き、天蓋付きの黒い乳母車を押している。黒い乳母車にはネックレスなどの装飾品がジャラジャラと吊り下げられている。

ハートの悪魔の老婆は(←くどい)かぼそいウラ声で兵士に話しかける。「入ってもかまいませんか?」 兵士「何だ?」 悪魔「ちょっとお話があって・・・どうかお許し下さいませ。」 兵士は老婆をロクに見もせずに手を振って、入れ、という仕草をする。

老婆はヨタヨタと乳母車を押しながら、小さな舞台の階段を下りようとする。語り手がそれを手伝う。老婆の乳母車は階段を下りるたびにガッシャン、ガッシャンとうるさい音を立て、語り手は顔をしかめる。で、こういうささやかなボケ(?)でも、向こうの観客は気軽に大笑いする。

ハートは尻を突き出し、内股で小走りにチョコチョコと歩く。老婆は「だんな様、何か床に落ちていますよ・・・本が」と言い、あの本を拾い上げる。兵士は本を受け取ると、そのまま小さな舞台の上に置く。兵士「で、何の用だ?」

老婆は兵士の機嫌をうかがうように言う。「ええと、その、だんな様、お目にかけたい品々がございますのよ。みんな珍しい、良い品ばかりで・・・。」 兵士は老婆に背を向け、すげなく答える。「いらないよ。ご苦労さん。」

「だんな様、どうかお憐れみ下さって・・・。」 老婆は兵士の目の前に回りこむと、ハンカチを取り出して目に当て、ワザとらしく「おうっおうっおうっ」とむせび泣く。クーパーは、困ったな、という顔をして、面倒くさそうにポケットから札束を取り出し、その何枚かを老婆に「ほら!」と無造作に差し出す。だが老婆はそれを一瞥するや、キッとした表情になる。

「だんな様、見くびらないで下さいな!代価には必ず品物があるのですわ。商売には決まりごとがございます。商品はそこに置いてあります。どうかご覧になって下さいまし。」 老婆はジャラジャラと光り物が吊り下がった乳母車のところへ戻り、兵士をそこへ来るよう促す。兵士は仕方なく乳母車の前に立つ。

老婆は、年寄りの割にものすごい勢いで次々と品物を取り出し、兵士に見せる。「指輪、時計、ネックレス、ペン!」 老婆はいきなり鋭い手つきで兵士の目の前にペンを突きつける。兵士はうわっ、身をのけぞらせ、飛び散るインク(?)を避ける。(ペンと聞こえたんだけど、もしかしたらピンかもしれない。)

兵士は相手にしてられん、というふうに首を振って老婆から離れる。すると老婆は兵士の前に歩いてきて、ドレスの裾をゆっくりとまくり上げ、ペチコートのレースを見せて、背中越しに兵士に流し目をくれて色っぽく(笑)言う。「レースは〜?」 老婆の色仕掛けに観客が笑う。

兵士は呆れた表情をして、また老婆から遠ざかる。老婆「ご入り用でない?ご遠慮なくおっしゃって。ええ、ええ、まだ独り身でいらっしゃるのね。人生にも商売にも決まりごとはございます。」 兵士は痛いところを突かれた表情をして、更に老婆から背を向けて離れる。

老婆は小走りで乳母車を押しながら兵士を追いかける。「お守りのメダルは?」 乳母車がガッシャン、とクーパーの背中に激突。クーパーは前につんのめる。観客は大笑い。どつき系ギャグ。兵士は首を振る。悪魔はまたその後を追いかける。「ご入り用でない?じゃあ、小さな手鏡は?」 再びクーパーの背中に乳母車がガッシャン、と激突。クーパーは再び前につんのめる。だから、この程度のお笑いで、向こうの観客は大爆笑するんだよな〜。

老婆が「これもご入り用でない?それでは・・・」と言い、また乳母車が兵士に激突しそうになったところで、クーパーはさっと振り向き、乳母車を両手でがっ、と押さえる。もちろん、観客はこれだけで大笑いするワケだ。老婆は平然として言う。「額縁つきの美しい似顔絵は?」

兵士は顔を上げ、似顔絵にようやく興味を示す。老婆は「ようやくお気に召しましたかしら?」と言い、少しじらした後に兵士に似顔絵を手渡す。彼の昔の恋人の似顔絵だ。兵士はかすかに微笑みながら似顔絵を見つめていたが、ふと曇った表情になり、似顔絵を乳母車の中に戻す。悪魔は驚いたような声を出す。「まあ、これもご入り用でない?これまでも!?」

そう、これらはみな、兵士が昔、背嚢の中に大事に持っていた品々である。悪魔は兵士の幸せだった過去を、次々と取り出して見せて、兵士はそれをいらない、と言っているわけだ。兵士は「昔みたいになるには、俺はどうすればいいんだ?」とか言っときながら、その「昔」には、現実には興味を示さなくなっている。毒のあるシリアスな内容を、単純なお笑いをまじえて展開していく。イギリス人は素朴なのかひねくれてるのか、よく分かりません。たぶん両方でしょう。

ここで老婆は悪魔の邪悪な表情をのぞかせる。老婆は乳母車の中からゆっくりとヴァイオリンを取り出す。「小さなヴァイオリンはいかが?」 悪魔は言いながら、乳母車を足で後ろにガン、と乱暴に蹴りやる。ちょうど後ろにいた語り手のケンプを乳母車が直撃し、ケンプは超痛そうな表情。観客は爆笑。

兵士はとたんに顔色を変え、急き込んで「いくらだ?」と尋ねながら、悪魔に詰め寄る。悪魔は兵士に背を向けたままニヤリと笑う。「いくらか、ですって?まあそうお急ぎにならず。まずお弾きになってみてはいかが?・・・そのあと、お値段については、あらためてお話しいたしましょう。」 悪魔はヴァイオリンを兵士に手渡す。

兵士は興奮した表情でヴァイオリンを受け取る。老婆は再びジャラジャラ鳴る乳母車を押しながら、小走りでお尻を振り振り舞台右袖に消えていく。最終日、床に落ちたままだった、悪魔の木の杖の破片を、ハートはあらまあ、という表情でさりげなく拾い上げ、乳母車の中に放り込んで退場した。絶妙なアドリブと処理に、木の破片が(ダンサーには危ないと思うので)ずっと気になっていた観客から拍手が起こる。

兵士はヴァイオリンを取り戻した。「小川のほとりの音楽」。兵士は前と同じように、嬉しそうな様子でヴァイオリンを持って踊る。ここで再び、兵士がヴァイオリンの柄を太腿で挟んで両手を広げ、ニッコリと笑うポーズがあった。

ところが、兵士が踊っていると、持っていたヴァイオリンがいきなり勝手に動き出し、兵士はそれに引っぱられる。またヴァイオリンがとつぜん重くなり、兵士はヴァイオリンを持っていられない。かと思うと、ヴァイオリンは、今度は兵士の顔に襲いかかってくる。兵士は片方の手で必死にそれを押しとどめる。ヴァイオリンがいきなりひとりでに動き出したり、重くなったり、兵士を攻撃したりして、それに振り回されるクーパー君の動きは、本当にヴァイオリンが生きているみたいだった。「小川のほとりの音楽」終わり。

兵士は気味悪がり、ヴァイオリンを語り手に向かって放り投げる。語り手はヴァイオリンをキャッチしてつくづく眺める。ヴァイオリンはピクリとも動かない。語り手は、別におかしなところはないよ、という仕草をする。兵士は再びヴァイオリンを受け取る。

兵士はオーケストラ・ピットの前に立ち、ヴァイオリンをかまえると、右手をゆっくりと大きく振り上げ、弦をはじく。またもやクーパー君の腕の動きがきれい。ところが、ヴァイオリンの音が鳴らない。

彼は愕然とし、ヴァイオリンをまたもや語り手に放り投げる。語り手は片手にヴァイオリンを、もう片手に本を持って兵士に示す。どちらかを選べ、というのである。ふたつを都合よく同時に所有することはできない。悪魔のさっきのセリフは象徴的だ。「代価は必ず品物と交換するのですわ。商売には決まりごとがございます。」

兵士はつかつかと語り手に近寄ると、本をつかみとる。語り手は驚いた表情をする。が、兵士は本のページを必死になってビリビリに破り捨てる。本を破り捨てた兵士は、安心した表情でヴァイオリンを受け取り、またヴァイオリンをかまえ、弦を右手でゆっくりとはじこうとする。今度こそ鳴るはずだ。しかし。それでもヴァイオリンは鳴らない。

呆然とする兵士。またしても悪魔に弄ばれたのである。ヴァイオリンが鳴らない理由は、第2部で語り手によって明らかにされる。やがて兵士は凍りついた表情のまま、首をゆっくりと振りながら、小さな声で「違う・・・」とつぶやく。それから彼は更に激昂して「違う!」と絶叫し、ヴァイオリンを舞台の奥に向かって投げやる。舞台のライトが落とされ、「兵士の物語」第1部が終わる。

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