Club Pelican

BIOGRAPHY

6. マシュー・ボーン「白鳥の湖」 (2)

1995年の春、AMPは「白鳥の湖」の公演資金をかき集めるため、ガラ・コンサートを行ない、出資者を募った。そしてめでたくパトロンをゲットできたのだが、同時にマシュー・ボーン自身も、個人資産をかなりつぎ込み、公演実現に尽力したんだそうだ。お役所や大企業が、どしどしスポンサーになってくれる現在とは、えらい違いですな。

クーパーもこのガラ・コンサートに参加し、サン=サーンスの「白鳥」に合わせて、ボーンが特別に振り付けてくれたソロと、そしてAMPのダンサーたち、ベン・ライトやスコット・アンブラーとともに「スピットファイア」を踊った。・・・・・・・・・・ちょっと待て。サン=サーンスはともかく、「スピットファイア」を踊った?・・・・・・「スピットファイア」って、あの「スピットファイア」?・・・・・・・・・・・・イヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!いやああああああああっ!!お願い、やめてええええええええええええっ!!わたしの清らかなアダム君を、汚さないでええええええええっ!!かわいそうなアダム君!!ボーン、アンタはオニや〜(号泣)。アダムのブ××フ姿なんてええええっ!!・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(しばし気絶)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(ややあって蘇生)色はもちろん白だろう。・・・・・・じゃなくて、それから、「白鳥の湖」リハーサルが本格的に進められた。

バレエ、またダンスのリハーサルって、どんなふうに進めていくのが普通なのか、どういうやり方だと「独特」なのか、私は経験したことがないので分からない。だけど、クーパー君にとっては、ボーンとの仕事の過程は、彼に大きな衝撃と、そして大きな変化とをもたらした。

ボーンはダンサーたちに、自分の役柄の参考になりそうな、文献や映像などの資料を見せたり、または自分で調べさせて、具体的なイメージや解釈を構築させていくという。演出や振付も、あらかじめボーンが決めたものを再現させるのではなく、リハーサルの現場で、ダンサーたちと話し合い、試行錯誤を重ねながら決めていくそうである。その様子は、1997年に初演された、「シンデレラ」の製作過程を追ったテレビ・ドキュメンタリーでも、垣間見ることができる。

クーパー君は本格的なリハーサルに入る前から、ボーン、スコット・アンブラー、エタ・マーフィット(この二人はボーンの重要な振付助手も兼ねている)らと一緒に、いろいろな資料を検討し、白鳥のイメージや動きについて打ち合わせていた。また、リハーサルへの下準備として、例の「白鳥」の姿での、様々なポーズを試験的に写真に撮っている。ボーンが言うには、ヴァーツラフ・ニジンスキーの写真のイメージを参考にしたという。

ところが、いざリハーサルを始めると、クーパー君は「白鳥」にうまくアプローチすることが、なかなかできなかったらしい。ボーンはダンサーの悪口はぜーったいに言わないが、その言葉の端々から察するに、クーパー君、どうも最初はぎこちなかったようである。

たとえば、上記のガラ・コンサートでボーンが振り付けて、クーパー君に踊らせた、サン=サーンスの「白鳥」ソロは、ボーンとクーパーの、初めての本格的な仕事として、重要な意味を持つそうだ。でも作品としては、ボーン自身も満足できない出来で、後の「白鳥の湖」の振付とは、似ても似つかないものだという。ボーンが言うには「瀕死の、もしくは病気の白鳥」になってしまったんだと。「僕は、アダムがどうしたいのか、最初は分からなかった。だから、僕はそのソロを全部振り付けてから、アダムに手取り足取り教えた。アダムは難しく感じたようで、僕に『やれやれ、僕がやるよりあなたの方がかっこいいですよ』とこぼしたことがある。」アダム君、白鳥役を引き受けたものの、さてお前はどういうことをやりたいのか、などと、逆に尋ねられるとは、予期していなかったのである。最初はさぞ戸惑っただろう。

それとは対称的に、AMPに早くから参加し、ボーンのやり方に慣れていたダンサーたちは、積極的に自分の役にアプローチしていった。王子役のベン・ライトとスコット・アンブラーは、それぞれが資料をかき集めてイメージをふくらませ、自分なりの王子のキャラクターを作り上げていった。この二人は、王子役に関しては、かなり確固とした自分の意見や解釈を持っていて、王子の人間像はお互いにやや異なるという。

初演時、クーパーとダブルキャストで白鳥を踊った、デイヴィッド・ヒューズというダンサーもそうであった。ヒューズは白鳥の役作りや振付に多大な貢献をした。ボーンは言う。「ヒューズのために言っておくけれど(この人は後に不本意な結果になったため)、リハーサル段階では、ヒューズの方がより動物的で、そして動きも身体全体をすみずみまで使い切っていた。彼の方がより説得力があった。そしてこれは、アダムの白鳥への取りくみ方に影響を与えた。」第二幕、王子と白鳥のデュエットの一部は、このヒューズと、彼とパートナーを組んだベン・ライトの二人によって、作り上げられたものだという。

ただ、私はクーパー君のファンなので彼を庇いたい。たぶん彼は、自分が演ずる白鳥のキャラクター設定から振付に至るまで、ボーンが全面的に指示してくる、と思っていたんじゃなかろうか。なぜなら、彼はそれまで、そういったやり方しか知らなかったからである。ダンサーは振付家の命令にひたすら従う、ロイヤルではそれが普通だったんだろう。

現に、クーパー君は当時のインタビューで、ボーンのやり方についてこう言っている。「僕が仕事している振付家のほとんどは、スタジオに入ってくる前から、どういう踊りにしたいのか、はっきり決めている。だからダンサーたちは、振付を習い覚えて、振付家はそれにうなずく。なぜなら、バレエでは、いつでも言われたことをやるだけだから。」

もうちょっと詳しく説明してください。ロイヤル退団後のインタビュー。「大きかったのは、僕にもたらされた大量の新しい情報だった。僕はそれまで、あんなに多くのやるべきことを、与えられた経験はなかった。たとえばマクミランのような、振付を提供する人々との仕事でも、ダンサーはいずれにせよ、ひたすらそれらの振付に取りくむだけだ。それらの振付が、ダンサーにとって正しく表現できたように感じられると、振付家はそのことに満足する。それは、そのダンサーが自分自身のステップを創り出さなければならない、とか、自分の役の人間像を深めていくことについて、そのダンサーがどういう考えを持っているのかを、マシューと議論しなければならない、ということとは違っている。」

「それ(ボーンのようなやり方)は一個のダンサーにとっては、大きな自由だ。自分がその始まりから、創造のただ中にいるのだという感覚をもたらしてくれる。」

私はクーパーの最大の武器は、優れた適応力と、凄まじいばかりの吸収力、そして応用力だと思っている。こういうタイプは、うかつに刺激を与えると、後にとんでもないバケモノになることがある。クーパー君は、やがてボーンを感嘆させるような演出上のアイディアを、次々と出すようになり、振付の面でもボーンの相談を受けたり、一部を任されたりするまでになる。

クーパー君のアイディアは、ボーンの「白鳥」ではお馴染みのシーンとなって残っている。第二幕、白鳥と王子とのデュエットは、時間的に長いものなので、ボーンは振付に苦心した。「僕は確かに、アダムを振付に参加させることで助けられた。なぜなら彼には非常な音楽性があるし、また彼は、この種の音楽に合わせて動くことに慣れていたから。」第三幕でも、クーパー君は、鞭を取り出してピシパシ打つとか、親指を灰皿に差し入れて、自分の額に黒い線をなぞるとか、とても重要で象徴的な演出を考え出した。また、ボーンは女王役のフィオナ・チャドウィックとクーパー君に、二人のデュエット部分の振付を任せ、コーダの最後での「連続4回テーブル渡り跳び」も、二人にやり方を考えてもらった(ボーンは、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが、同じ踊りをしていたのを観て、自分の作品で再現したかったのだという。ただし、この動きは実現が難しいんだって)。

第四幕でも、王子から引き離された白鳥が、王子の許へ行こうとして、ベッドから下へダイブし、白鳥たちの群れに受け止められて、再び引き離される場面がある。ここは伝統版「白鳥の湖」では、ずばりオデット姫が自ら死を選ぶシーンになんだそうだ(面倒なので確かめてないです。みなさん各自ご確認下さい)。これもクーパー君の提案で、明らかに、彼は伝統版から思いついたんだろう。「正直言うと、ちょっと懐疑的だったんだよ。最初はちょっとお約束すぎないかな〜、と思ったんだけど。・・・これは、アダムが第一幕のリハーサルを見学していた間、頭に浮かんだアイディアの一つで、彼はこれをやってみたかったらしい。僕はそれが実際にはえらく効果的なのが分かったので、このシーンを残すことにした。」

秋の公演日が徐々に近づき、ボーンの「白鳥の湖」は、マスコミの注目を集めるようになった。なにか新しい公演が始まる直前になると、新聞にその公演についての紹介やインタビュー記事などが、多く掲載される。取材と銘打って、実は広告や宣伝の効用を果たしているのは、日本のマスコミとおんなじである。ボーンの「白鳥の湖」初演前にも、あちこちにボーンへのインタビューが載っている。後でボーンが言うには、マスコミがどういう扱いをしてくれるかは、公演の成否にとって、とても重要な要素らしい。ただ、ボーンがマスコミ対策として最も力を注いだのは、やはり、興味本位な茶化しや決めつけを、極力避けることであった。案の定、取材記者(または批評家)が最も関心を寄せ、しつこく問いただしているのは、白鳥を男が演じて王子と踊るという点であった。そこからゲイの物語だろう、という論法でたたみかけるのである。ボーンはこうした執拗な引っかけに、実に辛抱強く丁寧に、何度も何度も、これは心理劇なのだという説明を繰り返している。

クーパーがその場に居合わせて、一生懸命反論することもあった。「クーパーもこのインタビューに参加した。彼よりも年長で、ずっと弁の立つボーンが許した場合に限り、言葉を挟んできた(←記者がクーパーの口出しを、分をわきまえないこと、と思っていることが窺える)。我々は王子の想像の産物として現れる白鳥から議論を始めた。・・・『本質的には』クーパーは言う。『王子には父親の存在が欠けていて、だから白鳥がそういう存在になるんだ。』」

父の愛情に飢えた王子を、白鳥が父親代わりになって優しく包んでやる、か。確かにそうなんだろうけど。映像版でのあなたの白鳥は、まさに父性的な雰囲気を漂わせていますからね。でも、おねーさん、あなたみたいな若い人が、「父親の愛の欠如が・・・」とか言ってるのを読むと、ほほえましくてつい笑っちゃうのよ。あなたはすごーく両親から大事にしてもらった人だ、というのが窺われるだけに。あなたはとてもいいお父さんになるだろうなあ。

ちなみにクーパー君はこの時、まだやっと24歳になったばかりである。まだコドモだし、有名紙の取材なんて、ロクに受けたこともなかっただろう。現在ではかなりインタビュー慣れしたのか、インタビュアーにイヤな質問をされても、無難に受け流したり、時には煙に巻く余裕さえも見せている。でもこの時はまだ口下手だったのよねえ。かーいいんだから。

それでも危険はまだまだ大きかった。ボーンは初演直前のインタビューの最後を、こう締めくくった。「もし初日にすべてがうまくいったなら、宝くじに当たったのと同じくらい、幸運なことだろう。」

(2002年10月10日)

この続きを読む


このページのトップにもどる