Club Pelican

THEATRE

「コッペリア」
"Coppelia"
音楽:レオ・ドリーブ(Leo Delibes)
原振付:マリウス・プティパ(Marius Petipa)、エンリコ・チェケッティ(Enrico Cecchetti)
改訂振付:ピーター・ライト(Peter Wright)
演出:ピーター・ライト
装置・衣装:ピーター・ファーマー(Peter Farmer)
照明:ピーター・ティーゲン(Peter Teigen)
初演:1995年3月3日、バーミンガム・ロイヤル・バレエ、バーミンガム・ヒポドローム劇場
(World premiere: 3 March 1995, Birmingham Royal Ballet, Birmingham Hippodrome)


注:このあらすじは、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団が2008年1月14、17日に東京のゆうぽうとホールで行なった公演に沿っています。登場人物の性格や行動の描写、また作品のストーリーは、公演でのダンサーの演技と踊りを私なりに解釈したものです。また、もっぱら私個人の記憶に頼っているため、シーンや踊りの順番、また踊りの振付などを誤って記している可能性があります。


当日の主なキャスト。スワニルダ:吉田都;フランツ:イアン・マッケイ(Iain Mackay);コッペリウス博士:デヴィッド・モース(David Morse、14日)、ジョナサン・ペイン(Jonathan Payn、17日);

スワニルダの友人:ナターシャ・オウトレッド(Natasha Oughtred)、ヴィクトリア・マール(Victoria Marr、14日)、アンジェラ・ポール(Angela Paul、17日)ジャオ・レイ(Lei Zhao)、平田桃子、アランチャ・バゼルガ(Arancha Baselga)、ジェンナ・ロバーツ(Jenna Roberts);

市長:ジョナサン・ペイン(14日)、デヴィッド・モース(17日);宿屋の主人:クリストファー・ラーセン(Christopher Larsen);コッペリア:ソニア・アギラー(Sonia Aguilar);

ジプシー:シルヴィア・ヒメネス(Silvia Jimenez、14日)、ヴィクトリア・マール(17日);マズルカ、チャルダッシュ:サマラ・ダウンズ(Samara Downs)、アニーク・ソーブロイ(Anniek Soobroy)、ジェームズ・グランディ(James Grundy)、スティーヴン・モンティース(Steven Monteith);

東洋の人形:ローラ=ジェーン・ギブソン(Laura-Jane Gibson);スペインの人形:キャリー・ロバーツ(Callie Roberts);スコットランドの人形:厚地康雄;兵士の人形:オリヴァー・テイル(Oliver Till)、クリストファー・ロジャーズ=ウィルソン(Christopher Rodgers-Wilson);

公爵:トム・ロジャース(Tom Rogers、14日)、スティーヴン・モンティース(17日);暁:キャロル=アン・ミラー(Carol-Anne Millar、14日)、アンジェラ・ポール(17日);祈り:シルヴィア・ヒメネス(14日)、ジェンナ・ロバーツ(17日);

仕事:キャリー・ロバーツ、クリステン・マギャリティ(Kristen McGarrity)、アニーク・ソーブロイ、アランチャ・バゼルガ、セリーヌ・ギッテンス(Celine Gittens)、ディアンヌ・グレイ(Dianne Gray、14日)、マリオン・レイナー(Marion Rainer、17日)、サマラ・ダウンズ、ローラ=ジェーン・ギブソン;

婚約:平田桃子(14日)、ジョナサン・カグイオア(Jonathan Caguioa、14日)、ナターシャ・オウトレッド(17日)、ファーガス・キャンベル(Feargus Campbell、17日);

戦い(14日):山本康介、ファーガス・キャンベル、アーロン・ロビソン(Aaron Robison)、ヴァレンティン・オロヴャニコフ(Valentin Olovyannikov)、ロバート・グラヴノー(Robert Gravenor)、マティアス・ディングマン(Mathias Dingman)、ジェームズ・バートン(James Barton)、キット・ホルダー(Kit Holder)、リチャード・スミス(Richard Smith)。

戦い(17日):アレクサンダー・キャンベル、トム・ロジャース、アーロン・ロビソン、厚地康雄、ロバート・グラヴノー、マティアス・ディングマン、ジョナサン・カグイオア、ナサナエル・スケルトン(Nathanael Skelton)、リチャード・スミス;

平和:吉田都、イアン・マッケイ。

演奏は東京ニューシティ管弦楽団、指揮は14日がポール・マーフィー(Paul Murphy、バーミンガム・ロイヤル・バレエ首席指揮者)、17日がフィリップ・エリス(Philip Ellis、バーミンガム・ロイヤル・バレエ指揮者)による。

この作品は全三幕からなり、上演時間は第一幕が約40分、第二幕が約30分、第三幕が約40分である。

なお、ピーター・ライトによる振付箇所は、第一幕の「マズルカ」、第三幕の「時の踊り」、「戦い」、「平和」(スワニルダとフランツのパ・ド・ドゥ)のうちフランツのソロ、「フィナーレ」である。


第一幕

前奏曲が静かに始まる。前奏曲は途中から勢いのよい「マズルカ」に変わる。幕が上がる。舞台の前面にカーテンが下りている。その表面には何重もの絞られたカーテンの下に、ピエロの人形が目を閉じて座っている絵が描いてあり、中央に“Coppelia”と書かれている。

前奏曲が終わりかけると、そのカーテンの奥が透けて見えてくる。カーテンじゃなくて紗幕だったのだ。なぜか「ほ〜」と感心した。カーテンがゆっくりと上がる。

夜明け。舞台の右には木造の2階建ての家が1軒、左にも同じような造りの家が2軒立っている。左の奥の家は宿屋である。主人らしい男性(クリストファー・ラーセン)があくびをしながら玄関から出てきて、店を開く準備をし始める。すると、右の家のベランダに白髪の老人、コッペリウス博士(デヴィッド・モース/ジョナサン・ペイン)が姿を現わし、宿屋の主人と挨拶を交わす。

老人はやがて車椅子を押し出してきてベランダに置く。車椅子の上には水色のドレスを着た美しい少女、コッペリア(ソニア・アギラー)が座っている。少女は身動きもせず、目を落として一心不乱に本を読んでいる。

音楽がワルツになる。それと同時に、左の前の家のベランダにスワニルダ(吉田都)が姿を現わす。ワルツが始まると同時にスワニルダが現れる、というのが、なんだかすごく合っていてよかった。それに、スワニルダ役の吉田都は天真爛漫な明るい表情を浮かべていて、レモン色のドレスに白いエプロンをかけている。爽やかな音楽にスワルニダの爽やかな雰囲気がなおさら合っていた。スワニルダは背伸びをすると、向かいの家のベランダに少女が座っているのに気づき、少女に向かって大きく手を振る。

だが少女は本に目を落としたまま、スワニルダに目もくれない。スワニルダは驚いて階下へと駆け下りていく。

家から出てきたスワニルダは向かいの家の真下に行き、あらためて少女に向かって丁寧にお辞儀をする。しかし少女はやはり身じろぎもしない。不審に思ったスワニルダは踊って少女の気を引こうとし、ヤケになって何度も何度も少女にお辞儀をするが、それでも少女はまったく反応しない。スワニルダはついに怒って(拳を握った片腕を上に突き出す)自分の家に帰っていく。

コッペリウス博士が家から出てくる。今の様子を見ていたらしい。コッペリウス博士はスワニルダの家を指さすと、スワニルダが何度もお辞儀をする真似をして愉快そうに笑い、両手で人の形をかたちづくると、両腕を曲げたまま体を前後に揺らす。コッペリアは実は人形なのである。このマイムを言葉にすると、「あの小娘(スワニルダ)、何度もお辞儀をして笑えるのう、ふぉっふぉっふぉっ。コッペリアは人形ぢゃというのに」となるだろう。

フランツ(イアン・マッケイ)が現れる。イアン・マッケイは背が高くて脚が長くてスタイルがよく、黒髪に白い肌の爽やか系イケメンである。白いシャツに濃い緑のベストを着て、緑のタイツとブーツを履いている。この衣装がよく似合う。フランツはスワニルダの家に投げキッスをしようとしてふと振り返る。すると、コッペリウス博士の家のベランダにいる美しい少女、コッペリアにすっかり目が釘付けになってしまう。

フランツはコッペリアに向かってお辞儀をするのだが、そのお辞儀というのが、頭を下げて手を横に広げながら、片方の膝を大げさにぶん、と後ろに蹴り上げるように曲げる。もちろんコッペリアは身動き一つしない。フランツは考え込み、コッペリアを手で指し示すと、両手を本の代わりにして読む真似をする。「彼女は本に夢中で僕に気づかないみたいだ」ということだろう。

いつのまにかコッペリウス博士がコッペリアの背後にいて、なにやらぜんまいを回すような仕草をして消える。フランツが再びコッペリアのほうを見やると、コッペリアはぎぎぎ〜、という動きで、右手を上げてフランツに投げキッスをする。フランツは能天気に大喜びして、コッペリアに投げキッスを返す。だが、その様子をスワニルダが自分の家のベランダから目撃していたのだった。スワニルダの表情が凍りつき、彼女はいったん部屋の中に消える。

フランツはやれ嬉しや、とばかりに正面を向き、コッペリアのほうを手で指し示して、投げキッスの仕草を繰り返す。「僕が彼女に投げキッスをしたら、彼女も僕にキスを返してくれた!ようし、もう一度アタックだ!」 勢い込んだフランツは振り返り、熱烈なキスをぶちゅぶちゅぶちゅ、とコッペリアに向かって投げる。ところが、そこにはもうコッペリアの姿はなく、代わりにいたのはじじいのコッペリウス博士だった。フランツは「おえっぷ」という表情で口をぬぐう。

だが現金男のフランツは、即座に今度はスワルニダの家のほうを振り返り、再びベランダに現れたスワルニダに投げキッスをする。ところが、スワルニダもなぜか本を手にして読んでいるフリをしている。あてつけにわざとコッペリアの真似をしているのである。スワニルダは冷たい作り笑いを浮かべながら、フランツに投げキッスを返すと、次の瞬間には鬼の形相になって、本をフランツに向かってものすごい勢いでブン投げる。本はフランツの脳天を見事に直撃する。これはすごいウケた。

スワニルダが家から出てくる。フランツは両手で本を形作ると、それをブン投げる仕草をする。「本を投げつけるなんてひどいじゃないかあ〜。」 スワニルダはコッペリアの家を指し示し、投げキッスをする仕草をする。「なにさ、コッペリアに投げキッスをしてたくせに!」

だがホスト系男のフランツは、イジけて背を向けるスワニルダを抱きしめようとする。スワニルダはその度にフランツから離れるが、このふたりにはこんなことは日常茶飯事なのか、フランツががっしりとスワニルダを抱きしめると同時に、スワニルダも「んもう、仕方がないわねえ」と悪戯っぽく微笑み、フランツに身を持たせかける。

そこへ、スワニルダの友人たち、村人たちが現れる。スワニルダの友人たちは、スワニルダと同じようなデザインの、白いエプロンつきの淡い黄色のドレスを着ている。村人たちは、男女ともに濃いモス・グリーンと紅のマントつきの衣装で、色合いが非常に美しかった。前奏曲で演奏された「マズルカ」が再び始まり、村人たちが一斉に踊り始める。

プログラムによれば、この「マズルカ」はピーター・ライトの改訂振付らしい。手を打ったり、何度も大きな靴音を立てたりして拍子をとるのが印象的でカッコよかった。スワルニダは頭に東欧風デザインのリボンをつけ、フランツとともに混じって踊る。

また、このライト版では第一幕でフランツのソロがある。たぶん「マズルカ」の前後で踊ったと思う。回転や跳躍で構成された、男性のソロにはよくある振付である。いまだに謎なのだが、フランツ役のイアン・マッケイの踊りはかなり不安定だった。イギリスのバレエ団の男性ダンサーならまあこんなもんかな、という程度のレベルではなかった。14日はまだよかったのだが、17日は非常に危うくて、両足を揃えて縦に跳んで回転する技の着地は乱れて足が横に瞬間移動し、大きな跳躍と回転を組み合わせた技では、着地するときにバランスを大きく崩して床に手をついてしまった。

マッケイは、「美女と野獣」ではソロの踊りも非常にすばらしかったので、「コッペリア」ではなぜあんなに不安定になってしまったのか、非常に理解に苦しむ。もっとも、マッケイは「美女と野獣」、「コッペリア」で毎回といっていいほど主役を踊ったので、ごまかしのきかない古典作品である「コッペリア」でついに息切れしてしまったのかもしれない。

フランツがなんと女性たちの肩を抱いてちょっかいをかけ出したのを見て、スワニルダは再びムクれてしまい、肩を怒らせ、拳を握った両腕を下にぐっと伸ばして、とぼとぼと友人たちのところに歩いていく。吉田都のこの格好と歩き方がすごく笑えた。

そこに、市長(ジョナサン・ペイン/デヴィッド・モース)がなにやら1枚の紙を持って現れる。その紙にはなんか字が書いてあった(読めなかった)。市長はフランツとスワニルダを交互に手で指し示し、両手で自分の胸を押さえる。「フランツ、スワニルダ、君たちは相思相愛の仲だったよね。」 プログラムと市長のマイムによれば、公爵が村の教会に新しい鐘を寄贈し、それを記念して公爵の館で村人を招いて舞踏会を催すことになった。ついでに結婚する村人のカップルをお祝いしよう、ということらしい。

だがスワニルダは、片手でフランツと自分を指して両手で胸を押さえるが、次には両腕をバッテンの形に交差させてから開く。「フランツと私が愛しあっているなんて、そんなことはありませんわ。」 浮気性のフランツにすっかりムクれてしまっている。市長は困り果てた表情をする。

そこで、コッペリウス博士の家から、なにやらカン、カン、と金属を叩くような音が響いてくる。村人たちは何事か、と恐ろしげな表情でコッペリウス博士の家を見上げる。正体不明の金属音が響いた後、いきなりボン!という爆発音とともにコッペリウス博士の家の2階から火花と白煙が上がる。村人たちは頭を抱えてすくみあがる。スワニルダは思わずフランツにしがみつき、フランツはしっかり(ちゃっかり)とスワニルダを抱きしめる。

村人たちは恐る恐る顔を上げる。コッペリウス博士の家からは、あとは何の物音もしない。市長はコッペリウス博士の家を手で示し、人差し指を突き立てると、杖をついてよろよろと歩くような仕草をし、左手の手のひらを拳でポン、ポン、と叩く。「あのコッペリウスは独り者で年寄りで、いつも何か得体の知れない物を作っているんだよ。」 スワニルダが後に続いて、コッペリウス博士の家を手で示し、人差し指を突き立てると、こめかみを指で叩き、その手をくるくると回す。「あのコッペリウス博士は独りで暮らしているうちに、頭がおかしくなっちゃったのよ!」 村人がドッと笑う。ついでに観客もドッと笑う。

市長はとうもろこしの穂(らしい。プログラムによると。ススキにしか見えなかったが)を取り出してスワニルダに手渡す。またまたプログラムによると、とうもろこしの粒が入っているかどうかで、フランツの愛が本物であるかどうかを占ってはどうか、と提案しているそうだ。ここからスワニルダとフランツの「とうもろこしのパ・ド・ドゥ」(←勝手に命名)が始まる。

スワニルダはフランツに支えられて踊りながら、とうもろこしの穂を揺らして音を聞く。でも分からない。スワニルダはまた友人たちにも音を聞かせる。でも友人たちも首を振るばかり。吉田都の切なげな表情と、ロイヤル・バレエらしい鋭角的なアラベスク、ゆっくりした脚や足の動き、超スローだけど安定している回転がきれいだった。マッケイの丁寧なサポートも見事。

とうもろこしの粒が入っていない、と思い込んだスワニルダは、とうとう両手で顔を覆って泣き出し、走り去ってしまう。フランツは心配そうな顔でとうもろこしの穂を揺らして耳を近づける。フランツの顔がパッと明るくなり、笑いながらスワニルダの後を追いかける。フランツは浮気者だけど、本当は優しい心根を持つことを感じさせる。イアン・マッケイの笑顔がよかった。

スワニルダと友人たちの踊りが始まる。途中でスワニルダのソロが入る。すごかったのが、吉田都が爪先立った片脚で立ったまま、上半身だけを思いっきり横に倒す動きだった。スピーディーで、しかもほんとにガクッ!と90度近く(←あくまでそういう印象)まで横に曲がる。「眠れる森の美女」に似たような振りがあったと思うが、「コッペリア」の場合は支えなしで片脚の爪先立ちでやるのだからすごい。あと、「ジゼル」でアルブレヒトがやるような、斜め跳びして両足を小刻みに打ちつけながら移動する動きが細緻で、また片脚の膝をゆるやかに曲げて爪先立ちをしながらぽんぽんと跳び、1回転する動きが落ち着いていて(軸足がズレない)、ともに印象的だった。

スワニルダの友人たちでは、ジャオ・レイとジェンナ・ロバーツの踊りがしなやかで美しかった。両人とも脚がすっ、と高く上がって、伸ばした脚の形が弓なりになっていて、腕や脚の動きも柔らかかった。

気の多いフランツはまた浮気心を起こす。いつのまにか超美人のジプシー女(シルヴィア・ヒメネス/ヴィクトリア・マール)が現れて、フランツは彼女にすっかりのぼせ上がっていたのだった。本当に救いようのない男である。ジプシーの女はえんじ色と渋いモス・グリーンのドレスを着ている。イチャつくフランツとジプシー女を見て、スワニルダはたまらず自分の家に駆け込んでしまう。友人たちが扉を叩いてスワニルダを呼び戻そうとする。

フランツ、ジプシーの女、村人たちが「チャルダッシュ」を踊り始める。やっぱり大きな靴音で拍子をとっていたのと、特に最後のほうで、踊りが踊りだけに両足の動きが複雑で忙しいのが印象的だった。ジプシーの女を踊ったシルヴィア・ヒメネスとヴィクトリア・マールでは、ヒメネスのほうが衣装や雰囲気がよく似合っていて、色っぽくてカッコよかった。

フランツ役のマッケイは「マズルカ」、ソロ、「とうもろこしのパ・ド・ドゥ」(←勝手に命名。念のため)、そしてこの「チャルダッシュ」と大忙しである。踊りの振りのタイプにもよるのだろうけど、「マズルカ」や「チャルダッシュ」では、マッケイはきちんと踊っていて、足の動きもきちんとしていたし音楽に乗っていた。「とうもろこしのパ・ド・ドゥ」での吉田都のサポートも自然で上手なのに、ソロで踊るときになると、どうしてあんなに不安定なのだろう。

スワニルダはようやく家から出てくる。すっかりおかんむりの彼女は、フランツとイチャイチャしているジプシー女をフランツから引き剥がして突き飛ばす。

日が落ちようとしている。スワニルダとフランツはようやく仲直りし、別れを惜しんで何度も抱き合う。友人たちがスワニルダのスカートを引っ張り、家に帰るよう催促する。村人たちも去り、スワニルダとフランツは投げキッスを交わして別れる。スワニルダが家の中に消えた瞬間、フランツはコッペリアの家のほうを振り返って投げキッスをし、楽しげに大きくジャンプして去る。

暗くなって誰もいなくなった広場に、色褪せて形の崩れたみずぼらしいフロック・コートと帽子に身を包んだコッペリウス博士が家から出てくる。コッペリウス博士は右手を広げ、親指を口につけてあおるような仕草をする。夜に一杯やろうというつもりらしい。そこへ、村人の男たち数人が出てきて、コッペリウス博士を取り囲む。

男たちは片方の手のひらに数本の指を軽く叩きつけ、親指を口につけて飲み干すような仕草をする。「カネを寄こせ。俺たちも一杯やりたいんだよ」という意味らしい。男たちはコッペリウスを寄ってたかってボコボコにし、コッペリウス博士はオヤジ狩りに遭ってしまう。

だが、そこへ宿屋の主人が出てきて、棒で男たちを殴って追い払う。すんでのところでコッペリウスは助けられるが、よろめいた拍子にコートから家の鍵が落ちてしまう。コッペリウスは気づかず、宿屋の主人に付き添われて宿屋に入っていく。

スワニルダと友人たちが現れる。プログラムによると、新しい鐘が届く祭りの飾りつけに現れたらしい。スワニルダは友人たちに飾りをつける場所をあちらこちらと指示する。ふと、彼女は地面に鍵が落ちているのを見つけて拾い上げる。

スワニルダは手を叩いて友人たちを呼び集める。彼女はコッペリウス博士の家を指さし、みんなでコッペリウス博士の家に忍び込もうと提案する。スワニルダが鍵をコッペリウス博士の家の扉にさし込むと扉が開く。スワニルダたちは手をつないで数珠繋ぎになりながら(←これがすごくかわいい)、忍び足でコッペリウス博士の家に入っていく。最後の一人が、コッペリウス博士の家に入る寸前に怯えた表情で十字を切る。観客が笑う。

すると、フランツがでっかいハシゴを持って現れる。フランツもコッペリウス博士の家に忍び込もうという算段らしい。しかもハシゴということは、最初から直球でコッペリア狙いであることは明白だ。夜這いを仕掛けようとするとはけしからん野郎である。

フランツ役のマッケイがハシゴを持って現れると、観客が大爆笑した。ハンサムなマッケイがこーいうマヌケなことをすると妙に笑えるのである。マッケイ演ずるフランツは、左右を用心深く見ながらいったん姿を消す。

すっかりできあがったコッペリウス博士が宿屋から出てくる。コッペリウス博士はポケットを探り、はじめて家の鍵がないことに気づいて懐を探りまくる。だが、コッペリウス博士は自分の家の2階に明かりが灯っているのを見て、誰かが自分の家に忍び込んだことを察する。彼は憤然とした顔ながらも、やはり忍び足で静かに家に入っていく。

そこへまたでっかいハシゴを持ったフランツがやって来る。フランツは用心深く辺りを見わたし、ハシゴをコッペリウス博士の家のベランダにかける。彼はあらためて周囲を見わたして、誰も来ないことを確かめると、ハシゴをのぼっていく。幕が下りる。

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第二幕

コッペリウス博士の家の2階。奥には窓があり、外のベランダの柵が見える。スワニルダと友人たちが数珠繋ぎで(←何度も言うがこの行列が超かわいい)ゆっくりと部屋に入ってくる。中は暗く、スワニルダの友人の一人が明かりをつける。すると、机の上には様々な実験道具、部屋の中にはいろんな扮装をした人形があちこちに置いてある。

スワニルダと友人たちは部屋じゅうを探検して回る。部屋の左にはカーテンで閉ざされた小部屋がある。スワニルダは手を打って友人たちを集め、自分を指で示し、次に小部屋を指さす。自分があの小部屋を見てくる、というのである。

スワニルダは自信満々な態度で、ゆっくりと床を踏みしめながら小部屋へと歩いていくが、最初は力強い足取りで前進していたのが、徐々に力強い足取りで後退する。客席から笑いが起きる。友人の一人がスワニルダの背中を両手で押して止め、無理やりにスワニルダを小部屋のほうへ突き飛ばす。スワニルダはカーテンを開いた瞬間、飛び退いて友人たちのところへ逃げてくる。彼女は顔を両手で覆って身を伏せる。友人がスワニルダのスカートをめくると、スワニルダの両脚はガタガタと震えている。またまた客席から笑い声が起きる。友人はスワニルダの両脚をスカートごと抱えて、彼女の震えを止めようとする。

カーテンの奥では、水色のドレスを着たコッペリアが車椅子に座って本を読んでいる。スワニルダは友人たちにお願いされて恐る恐るコッペリアに近づき、コッペリアの前でお辞儀をする。友人たちも続いてお辞儀をする。だがコッペリアは何の反応も示さない。スワニルダたちは何度も何度もお辞儀をするが、コッペリアは無反応のまま。

不審に思ったスワニルダは、コッペリアに近づいては彼女の様子を細かく観察し、友人たちに報告する。第一の報告。スワニルダは両手を使って本を読む仕草をする。曰く、「彼女は本を読み続けている。」 第二の報告。スワニルダは両手を開き、手首を自分の目のあたりに当てて、両手をまつ毛のように目の上にかぶせる。曰く、「彼女は(本を読んでいるのに)目を閉じている。」

友人の一人がコッペリアを指さして自分のスカートをささっとめくる。コッペリアのスカートをめくってやれば、自分たちを無視できないだろう、というのである。スワニルダはコッペリアを指さして自分のスカートをささっとめくって復誦(?)するが、ぶんぶんと首を振る。曰く、「あの子のスカートをめくるなんて、そんなことはできないわ。」 しかし、友人たちは一斉にコッペリアを指さし、何度も自分たちのスカートをささっとめくって催促する。

「そんなことはダメよ」と厳粛な顔で拒否していたスワニルダだが、いきなりニヤリ、と意地悪な笑顔を浮かべる。吉田都の表情の変化が見事で、あと吉田都の意地悪そうな笑顔を見て、ああ、ロイヤル・バレエ仕込みの演技だな〜、と思った。こういうところはさすがだ。スワニルダは嬉々としてコッペリアに近づき、コッペリアのスカートをめくる。スワニルダたちは一斉に顔を覆って見ないようにする。

それでもコッペリアは身動き一つしない。スワニルダはまたコッペリアのスカートをめくる。コッペリアはやはり反応しない。スワニルダは今度はつかつかとコッペリアに近づき、コッペリアの顔をしげしげと見つめる。そしてスワニルダがコッペリアの胸に顔を当てた瞬間、スワニルダは何かに気づいて、愉快そうに大笑いする。

スワニルダは友人たちの前で、コッペリアを指さし、自分の胸に手を当てると、両腕を交差させて開く。そして両手で人の形を描き、体を硬直させ、肘を曲げて体を前後に揺らす。つまり、「コッペリアには心臓がないわ。あれは人形だったのよ!」というわけだ。友人たちも大笑いする。スワニルダはフランツがコッペリアにしていた大仰なお辞儀や投げキッスの真似をして、「バッカみたい」と笑う。

友人の一人が部屋の隅にあった大きな木箱に手をかけると、木箱のフタが開き、中から東洋の人形(ローラ=ジェーン・ギブソン)が飛び出して鉄琴を奏でる。スワニルダたちは仰天するが、人形だと分かって更なる悪戯を思いつく。スワニルダは友人たちに人形のすべてのぜんまいを巻くよう促す。

スペインの人形(キャリー・ロバーツ)、スコットランドの人形(厚地康雄)、兵士の人形(オリヴァー・テイル、クリストファー・ロジャーズ=ウィルソン)たちが一斉に踊りだす。スペインの人形はスペイン風の長いドレスを着て、頭には大きな飾り櫛を挿して扇を手にしている。スコットランドの人形はチェック柄のキルトの衣装を着ていて、兵士の人形は全身を鎧で覆い、大きな刀剣を手にして互いに斬りつけあう。人形役のダンサーたちはみなマスクをかぶっている。踊りはガクガクした機械的な動きで、本当に人形みたいで面白かった。

スワニルダたちは人形の真似をして一緒に踊る(どうして両手の人差し指を立てるのがお約束なのだろう)。そこへコッペリウス博士が入ってきて、スワニルダたちをどやしつける。スワニルダたちは部屋の中を逃げ惑い、少女たちはコッペリウスに追い立てられて次々と退散する。

少女たちを追い出したコッペリウスは、コートと帽子を壁にかけて一息つく。だが、今度は窓辺にハシゴがかかり、誰かがのぼってくる。コッペリウスは静かに待ちかまえる。怪しい人影はコッペリアの夜這いに来たフランツだった。フランツは窓を開けて、そろりそろりと忍び足で部屋の中に入ってくる。フランツの後ろにコッペリウスが迫る。

フランツは人の気配に気づいて後ろを振り返るが、コッペリウスはその度に体を固まらせて人形の真似をする。フランツは安心してコッペリアを探そうとする。その瞬間、気配を消していたコッペリウスはフランツの襟首をつかみ、フランツの尻を引っぱたく。逃げようとするフランツの尻をコッペリウスは叩きまくり、フランツは引っぱたかれるたびに飛び上がる。このシーンは本当に叩いていて、ペシ!という威勢のいい音が響いていた。マッケイは痛かったろうな〜。

コッペリウスはフランツにつかみかかろうとし、フランツはひたすら逃げ回る。逃げ場に窮したフランツは、最後にコッペリウスの股の間をくぐって逃げようとする。おわぁお!というなんともいえない表情をするコッペリウス。これには観客も大爆笑だった。

フランツはなんとかコッペリウスをなだめようとする。コッペリウスはフランツを指さすと、両腕を伸ばして後ろから前に動かし、両脇のポケットをまさぐる仕草をして両腕を広げる。「お前は窓から入ってくるとは、盗みが目的なのだろう?どうだ?」 フランツはあわてて自分を手で指し示し、両腕を伸ばして後ろから前に動かして、それから自分の両目を交互に指さし、片手で自分の顔の輪郭をぐるりとなぞるように動かして、最後に自分の胸を両手で押さえる。「僕が窓から入ってきたのは、見たんです、美しい女性を。僕は恋してしまったんです。」

コッペリウスは不審な顔をしていたが、やがてニヤリと笑って自分のこめかみを指で叩く。フランツがコッペリアを人間だとカン違いしていることに気づき、あるマル秘作戦を思いついたのである。

コッペリウスはフランツ、そして自分を指し示して、拳を握った両腕を上げてぶんぶん振り、それから両腕を交差させて開く。「わしと君との間には敵意はない、ということだな。」 フランツも同じ動作を繰り返す。コッペリウスは再びフランツ、そして自分を指し示して、握手をしようとフランツに手を差し出す。フランツはコッペリウスと握手をするが、コッペリウスの力が強いらしく、あわてて手を放して、痛そうに手を振る。今度はフランツが同じ動作をしてコッペリウスに握手を申し出るが、痛いのはイヤなのでちょっと握手しただけで手を放す。

フランツはコッペリウスに尋ねる。「僕はあなたのことを怪しい魔術師(これは意味不明)だと思っていたんですが。」 フランツは自分を指し示し、こめかみを軽く叩いて、両手の指を1本立てて折り曲げ、角のように額の上にかざす。コッペリウスは自分を指し示し、両手の指を1本ずつ立てて折り曲げ、角のように額の上にかざしてから、両腕を交差させて開く。「わしが魔術師だなんて、そんなことはないよ。」

コッペリウスはフランツに向かって、両手を広げて親指を口元につけて飲み干す仕草をする。フランツはお辞儀をして同意する。コッペリウスは更に瓶を脚で挟んで栓を抜き、瓶の口から漂う香りを楽しむ仕草をする。酒を飲もうじゃないか、新しい瓶を開けよう、香りもいいぞ〜、というのである。フランツは再度お辞儀をして同意する。

コッペリウスが酒の準備をしている間、フランツはコッペリアの姿を探して部屋の中をうろうろと歩き回る。フランツの注意がそれているのをいいことに、コッペリウスは酒瓶に小瓶に入った何かの薬を入れる。コッペリウスは酒瓶をよく振って混ぜると、瓶の口に鼻を近づけて香りを嗅ぐ。14日にコッペリウスを演じたデヴィッド・モースの演技が笑えた。コッペリウスは怪しい薬を混ぜた酒の匂いを嗅ぐと、あまりの刺激臭に顔を速攻上げて目を回す。

コッペリウスはグラスをフランツに渡し、フランツと自分のグラスに酒を注いで乾杯する。コッペリウスは飲むフリをして、グラスの中身を後ろに飛ばす。フランツは一気飲みするが、あまりの刺激臭に顔をしかめる。フランツは2杯目もイヤイヤ飲み干す。すると、フランツは徐々に朦朧としてきたようで、体がフラつき始める。

フランツはついに倒れ、コッペリウスはフランツの体を肩にしょって椅子に座らせる。フランツは机の上に突っ伏して、すっかり意識不明である。刺激臭を生じさせた液体は眠り薬だったらしい。マッケイは細身とはいえ大柄なのに、ジョナサン・ペインはともかく(←若い)、デヴィッド・モースがよく肩に担げたものだ。モースの生年は不明だが、おそらく50代後半〜60代前半くらいだろう。

コッペリウスはカーテンのかかった小部屋に入ると、中からコッペリアを車椅子に乗せたまま運んでくる。このコッペリアはスワニルダが入れ替わったのである。白いフリルでいっぱいの水色のドレスの裾が、椅子の背の前に花のように広がってきれいだった。コッペリウスはふと気づいて、コッペリアの読んでいる本を取り上げて逆さに持たせる。スワニルダはあわてたあまりに本を逆さに持ってしまったらしい。カーテンの奥であたふたしていたであろうスワニルダの様子が察せられる。

コッペリウス博士は暗い金色の怪しげな(ついでに大仰な)マントをはおり、小さな本を片手に持つ。コッペリウスは本を読みながら、片手をフランツに向けてゆ〜らゆらさせては、コッペリアのほうに風を送るような仕草をする。フランツの生体エネルギーをコッペリアに移しかえようとしているのである。が、なんだかうまくいかないらしく、何度も何度も何度も腕をゆ〜らゆらさせたあと、コッペリウスは疲れ果ててしまい、手を胸に当ててゼイゼイと息を吐く。頼りない魔術師である。

コンパクト版の魔術書では効き目がないのか、コッペリウスは今度は床に置いてあった大きな精装本の魔術書を開く。コッペリウスは熱心にページをめくって字をなぞり、「生体エネルギーを移しかえる方法」を確認する。そして両腕をフランツの前にかざすと大きく打ち振って、フランツの生体エネルギーをコッペリアに注ぎ込む(つもりになっている)。するとついに彼の魔術が効果を発揮する(かのように思い込んでいる)。

椅子に座っていたコッペリアの足が動く。コッペリアは、カクカク、という動きで立ち上がる。これが、よく舞台写真に用いられている有名なシーンですね〜。コッペリアに化けたスワニルダは、両腕を内側にゆるく曲げて前に出し、上半身をやや前に傾けた状態で立つ。呆然とするコッペリウス博士の前で、コッペリアはギクシャクとした動きで手足を上げ下げする。この間、吉田都は目を大きく見開いたまま、一度もまばたきしなかった。プロはすごいな。ちょっと発見。アイ・メイクが第一幕よりも濃くなっている気がする。人形らしく、目を大きく見せるためだろう。

コッペリウス博士も、コッペリアがまばたきしないことが気になるらしい。コッペリウス博士はフランツの顔のあたりに手をかざすと、目の生体エネルギーをコッペリアに移す。すると、コッペリアはぱち、ぱち、ぱちぱちぱち、とリズムよくまばたきする。このまばたきが音楽に合っていてすごくおかしかった。

コッペリウス博士は、今度はコッペリアの腕がうまく動かないことが気になるらしい。彼はフランツの肩に手をかざすと、肩の関節の生体エネルギーをコッペリアに移す。すると、コッペリアはカク、カク、カクカクカク、と両肩を大きく上下させる。これも音楽に合わせて動かしている。

コッペリウス博士は次にフランツの足の生体エネルギーをコッペリアに移そうとする。スワニルダは自分の足元にかがんだコッペリウス博士の背中をボコボコ殴る。あり?という顔でコッペリウスが上を向くと、コッペリアは相変わらず無表情のまま、両腕を曲げたあのポーズをとっている。コッペリアはやがて大きく手足を上げて歩き始める。

だが、コッペリアはまだ腰に力が入らないらしく、コッペリウス博士の前で上半身がガクッと前に折れてしまい、博士の目の前にお尻を突き出したはしたないポーズになる。観客はこの間ずっと笑いっぱなしである。コッペリアはそれからギクシャクとした動きで踊り始める。コッペリウス博士は、コッペリアの体がガクッとくず折れるたびに、あわててコッペリアを支えて立たせる。

このシーンでの吉田都の踊りは、手足のポーズや動きが本当にマネキンか機械人形のようですばらしかった。私は今、ロイヤル・バレエの映像版(ニネット・ド・ヴァロワ版)を観ながら書いているけど、この映像版でスワニルダを踊っているリアン・ベンジャミンより、吉田都の踊りのほうが断然いい。ベンジャミンの動きにはまだ「人間度」が強いが、吉田都の動きは「人形度」100%だった。スワニルダはコッペリアに化けて踊りながら、踊りに見せかけてコッペリウス博士をぶん殴り、隙を見つけては薬で眠っているフランツを起こそうと彼に近づく。

コッペリアは踊りを止め、再び硬直したポーズをとって立つ。コッペリウス博士はまだ不満げである。彼はコッペリアの胸元を見やると、自分の胸を押さえる。コッペリアに足りないのは「心」だ、というのだ。コッペリウス博士はフランツの胸のあたりに手をかざし、コッペリアに「心」を移しかえる。

ここで美しい音楽が流れ、同時に硬直していたコッペリアの体から力が抜けて、コッペリアは優しい表情になり、柔らかい仕草(バレリーナの仕草)で動き出す。コッペリアは自分の両腕に交互に触れると、コッペリウス博士に向かって優雅にお辞儀をする。嬉しくてたまらないコッペリウス博士は、手鏡を取ってコッペリアに手渡す。「お前がどんなに美しいか、この鏡で見てごらん。」

コッペリアは鏡をのぞきこんで自分の顔を見つめる。コッペリウス博士にとって、念願だった可憐な娘が誕生したはずなのだが、この娘は可憐なことは可憐だが、どーも態度がふてぶてしい。コッペリアは鏡を片手にしゃなりしゃなりと歩き、自慢げな顔つきになって、色っぽい手つきで自分の髪をさかんに直す。おまけに、コッペリアは「心」を持ったとたんに好奇心旺盛になったのか、他の人形やフランツを揺り動かす。コッペリウス博士はそれをあわてて遮り、手を打って叱るが、この新しい娘は反抗心も旺盛で、逆に手を打ち返してコッペリウス博士に毒づく。

おかしな考えかもしれないけど、私はこの一連のシーンを見て、ああ、子育てって大変なんだな、と思った。コッペリアはスワニルダが化けたものだけれども、コッペリアに振り回されて疲労困憊するコッペリウス博士を見ていたら、世の親御さんたちもみなこうだった(もしくはこうである最中)のだろうな、となぜか感じたのだった。

コッペリアは他の人形たちを指さして両腕を広げる。「あの人たちは何なの?」 コッペリウスは人形たちを指さし、両手で人の形を描くと、自分を指し示して、手のひらをこぶしでトントン叩く。「あれらはみな人形で、わしが作ったんだよ。」 コッペリアは博士を指し示し、同じ仕草を繰り返す。「あの人たちはみな人形で、あなたが作ったのね。」 スワニルダは知っていることをわざと尋ねている。吉田都の悪戯っぽい表情が笑えた。じゃあ、という感じでコッペリアはフランツを指さす。「あの人は?」 コッペリウスはやはり同じ仕草をして、フランツも自分が作った人形だ、とウソをつく。

コッペリウス博士は話題をそらそうと、コッペリアに踊らないかと持ちかける。コッペリアはスペインの人形から大きな飾り櫛を取って自分の頭に挿し、扇を持って踊り始める。それが終わると、コッペリウス博士はスコットランドの人形からチェック柄のたすきを取って、コッペリアの肩にかける。コッペリアはスコットランド風(?)の音楽に乗って踊り始める。

スコットランドの踊りでは、吉田都の足の動きが速くて細かくて非常に印象に残った。最後のほうなんて、「ラ・バヤデール」の仏像みたいなポーズで、両足を左右対称に細かく、しかも超ハイ・スピードで動かし続けていた。吉田都がKバレエ・カンパニーの「白鳥の湖」にオデット役として出演したときには、もう足が細かく動かなくなってきているのかなあ、と思ったが、まだ彼女の「足力」と「爪先力」は健在のようだ。

コッペリアは踊り終えると再び悪さを始める。なんと、窓からベランダに出て、外の人々に手を振っているではないか。コッペリウス博士はあわててコッペリアを引っ込めて、外の人々を追い払うような仕草をする。だがコッペリアは悪戯をやめない。今度は博士の大事な精装本の魔術書をビリビリと破いてしまう。それに飽きるとまた他の人形を動かして回り、ついにはフランツに近づいて彼を揺り起こそうとする。

コッペリウス博士はコッペリアの体を横に抱えて引き離す。吉田都は横抱えにされて、マネキンみたいに直立不動のポーズをとっていた。体がブラブラしないので感心した。傍目には面白おかしいシーンだけど、かなり大変なはずでしょう?このポーズは。

それでもスワニルダは全然懲りてない。最後のとどめとばかりに、スワニルダは他の人形たちのぜんまいを回して踊りださせる。東洋の人形が鉄琴を叩き、兵士の人形たちは剣を交わし、スペインの人形とスコットランドの人形はくるくると踊り始める。博士が人形たちを止めようとオロオロしている間に、スワニルダはフランツを叩き起こし、フランツはようやく目覚めて体を起こす。

スワニルダはカーテンの奥の小部屋に入って車椅子を引き出してくる。車椅子の上には、ドレスをひんむかれ、首が折れた人形のコッペリアが、椅子から落ちかかった無残な姿で座っている。コッペリウス博士はその姿を見て頭を抱え、スワニルダとフランツは手に手を取り合って博士の家から駆け去っていく。

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第三幕

村の教会に新しい鐘を寄進した公爵の館で舞踏会が開かれる。時間は夜で、場所は公爵の館の前庭らしい。舞台の奥には公爵の豪壮な館があり(←幕)、何本もの白い石柱の間から明るい光が漏れている。

村の人々が続々と集まってくる。若者たちがリボン、花、ランプで飾られた木造の車を引き回してくる。車の上には公爵から寄進された金と銀の大きな鐘が載っている。晴れ着に身を包んだスワニルダとフランツも現れる。フランツは純白の衣装、スワニルダは淡い金色のドレスを着ている。最後に公爵が側近と市長をともない、鷹揚とした足取りでやって来る。スワニルダ、フランツをはじめとする村の人々は一斉にお辞儀をする。

公爵は結婚予定のカップルたちに、茶色の布袋に入った祝儀を手渡す。スワニルダとフランツが公爵から祝儀を渡されたところで、カンカンに怒った様子のコッペリウス博士が現れる。博士はスワニルダが博士の大事な人形、コッペリアを壊してしまったことを怒っている。

スワニルダは申し訳なさそうな表情になり、償いに祝儀の布袋をコッペリウス博士に渡そうとする。だが、公爵と市長がコッペリウス博士をなだめ、博士にも祝儀を渡す。博士はまだ納得がいかないようだが、祝儀だけはしっかりと受け取る。鐘が舞台の奥の真ん中に置かれる。「鐘の儀式」が始まる。

長い直毛の白髪で長い白い髭をたくわえ、白い長いローブのような衣装を着た老人が現れて、鐘の前に座を占める。この仙人みたいな老人は謎の存在で、役名がなんなのかいまだに分からない。

時の踊りが始まる。白に淡いピンク色を刷いたドレスを着た12人のダンサーによって踊られる。もちろん時の踊りだから12人なのである。この踊りでは、音楽が盛り上がる部分で、ダンサーたちが文字どおり、時計回りに円を描きながら回っていくところが、音楽のイメージにも踊りのテーマにも合っていて非常によかったしきれいだった。

「暁」の踊りが始まる。これは女性ダンサー1人によって踊られる。14日はキャロル=アン・ミラーが、17日はアンジェラ・ポールが踊った。淡いピンクのドレスを着て、頭には朝日の光を表わす剣山みたいなティアラをつけている。この踊りにはあまり強い印象が残っていないが、いかにもヴァリエーションでよく踊られるような、オーソドックスなクラシックの振りだった。

次は「祈り」の踊りである。14日はシルヴィア・ヒメネスが、17日はジェンナ・ロバーツが踊った。薄い水色のドレスを着て、ヘア・キャップのような布の帽子をかぶっている。ゆっくりした踊りで、「ジゼル」第二幕のように、アラベスクのまま静止したり、アラベスクのまま脚を更に上げていったりする振りが非常に多く、時おり両手を合わせては祈る仕草をする。難しい振付だと思う。ヒメネスは少し不安定で、ロバーツのほうは、やはりアラベスクでの静止やゆっくりした回転には苦労していたようだったけど、全体的な動きは非常にしなやかでよかった。

手に金色の鎌を持った女性たちが次々と現れて、軽快な音楽に乗って「仕事」の踊りが始まる。女性たちは長めのドレスにやはりヘア・キャップのような布の帽子をかぶっている。彼女たちは鎌を振り上げながら、やや勢いのよいステップを踏み、列をなして交差して踊る。

一組のカップルが出てきて「婚約」の踊りを踊り始める。14日は平田桃子とジョナサン・カグイオア、17日はナターシャ・オウトレッドとファーガス・キャンベルが踊った。彼らは終始お互いを見つめあい、ラブラブな雰囲気いっぱいに、腕と腕を組みながら飛び跳ねるように踊る。腕を絡ませたままジャンプして位置を入れ替えたり、回ったりする振りが多かった。

音楽が勇ましいものとなり、男性ダンサーたちがたくさん出てきて、「闘い」の踊りが始まる。男性たちは白と水色の衣装を着てブーツを履き、頭には帽子をかぶっている。この「闘い」の踊りの衣装はカッコよかった。

この踊りはジャンプや回転などのマッチョな男性技がてんこもりで、これまたカッコよい。中心となるダンサー1人と群舞によって踊られる。中心となって踊ったダンサーでは、17日のアレクサンダー・キャンベルよりも、14日の山本康介が断然すばらしかった。こう言っちゃなんだけど、主役のイアン・マッケイよりも技術ははるかにすばらしい。

山本康介は「美女と野獣」でカラスを踊り、そのときもすごかった。この「闘い」の踊りでも、難しくて複雑なジャンプや回転だらけの振付を、山本君はほぼノーミスで踊りきった。踊りが終わった途端、客席から盛大な拍手が湧き起こった。山本君に送られたものであることは言うまでもない。

山本君は踊り方、手足の動き方が、日本人男性の多くのバレエ・ダンサーとはかなり異なる気がした。まるで欧米人のような踊り方をするのである。柔らかくて、ぽーん、ぽーん、と弾むような感じで踊る。

次は「平和」の踊り、つまりスワニルダとフランツのグラン・パ・ド・ドゥとなる。アダージョ、ヴァリエーション、コーダでの吉田都の踊りには絶句した。アダージョでは、フランツ役のイアン・マッケイに手を取られながら、非常にゆっくりしたスピードで回転する。非常にゆっくりなスピードなのに、まったく軸がブレない。マッケイに腰を支えられての回転でも、グラつくことは決してない。吉田都のあの超スローな回転は、どういう力の入れ方をすればあんなことが可能なのか、まったく不思議だ。しかも音楽の終わりには、きちんと顔と体が正面を向いている。

スワニルダのヴァリエーションが始まると、会場は一気に緊張感で張りつめた。みな吉田都の踊りを注視している。吉田都は足音を立てずにゆっくりと踊っていった。彼女は音楽に常にバッチリ合わせて見得を切り、片脚で回転しながら舞台を一周したあと、爪先立ちのままの両足を揃えて静止し、ゆるやかに広げた両腕を上げて決めのポーズを取った。たいていのダンサーはここで足元が崩れてしまう。ところが、吉田都は爪先立った両足も体も微動だにしない。

コーダでは、14日と17日とでは振りが異なる部分があった。14日はアラベスクの姿勢のまま、爪先立った片脚だけでぽんぽん跳びながら後ろに移動していったが、途中でバランスを崩してスピードがやや加速したように見えた。17日の公演では、この部分の振りが変更されていた。

ただ、両脚を曲げながら軽く回転ジャンプし、それからグラン・フェッテをして更に数回転するところはすごかった。吉田都は、ゆっくりな振りでも速い振りでも、勢い任せ、感性任せに踊るのではなく、隅々まで、最後まで気を抜かずに、力を抜かずにきっちりとコントロールしているように思えた。それがあの丁寧さや繊細さや安定性につながっているのだろう。

フランツ役のイアン・マッケイは、第一幕での踊りが14日、17日ともに不安定で、特に17日は観ているこちらが顔を覆いたくなるほどだった。よって、フランツのヴァリエーションでは、せめて最後くらいは頑張れ、スコットランド男の意地を見せてくれ、と思った。心配しどおしだったけれど、マッケイはなんとか無難に踊りきった。ただ、コーダで回転ジャンプをしながら舞台を一周するところで、前に出した脚は上がっているべきなのに下がっており、よって脚は開いていなかったし、ジャンプの高さもなかった。

しかし、マッケイのサポートやリフトはすばらしかった。いくら吉田都が優れた技量をもって踊っても、マッケイがまずいパートナリングをすれば、吉田都の踊りにも乱れが出たはずである。ところが、そういうことが一切なかった。上にも書いた、吉田都が非常にゆっくりしたスピードで回転するところで、マッケイは彼女の手を取っていたが、吉田都がバランスを崩すということはなかった。ろくろ回しも上手で、回転している吉田都の体の軸が斜めになることもなかった。頭上に持ち上げるところで少しぎこちなかったくらいである。

最後のギャロップでは、今まで踊った村人たちが再び集まってきて賑やかに踊る。人々は列を組み、楽しげに踊りながら舞台から去っていく。

人々がみな去ってしまったあと、人形のコッペリアを載せた車椅子を引いたコッペリウス博士が現れる。コッペリアはスワニルダに壊されて、首をがっくりと傾け、椅子から今にもズリ落ちそうな姿勢で座っている。コッペリウス博士は、コッペリアが座っている車椅子に背を向けて、肩を落としてとぼとぼと遠ざかる。

すると、コッペリアの体が動き始め、やがてゆっくりと立ち上がる。コッペリアは自分の両腕を交互に触って、人間になった感触に戸惑うかのような表情をする。立ち上がったコッペリアに気づいて、コッペリウス博士は仰天する。あわてて駆け寄ったコッペリウス博士に向かって、コッペリアは優雅にお辞儀をする。

そして、コッペリウス博士とコッペリアは腕を組んで嬉しそうに笑い、村人たちと同じように、楽しげに踊りながら姿を消す。

このラストというか、エピローグはとても心温まるものだった。コッペリアはおとなしい女の子ではなく、スワニルダのように陽気で明るい女の子で、コッペリウス博士はそんな娘の気まぐれに振り回されながらも、これからを楽しく暮らしていくのだろう、と思えて嬉しかった。

第三幕の各種の踊りで分かったことには、バーミンガム・ロイヤル・バレエは、ロンドンのロイヤル・バレエには及ばないカンパニーである。ソロを踊ったダンサーの中で、特にこの人はすばらしい、と思えたダンサーはそんなに(山本康介を除いて)いなかったし、群舞も1人だけ列からはみ出してるし、曲がってるし、左右対称じゃないし、間隔が不揃いだし、第三幕に関しては、ロンドンのロイヤル・バレエの映像版(前述)のほうが、う〜ん、やっぱり腐っても英国ロイヤル・バレエだな、と思った。

しかし、レパートリーにバーミンガム・ロイヤル・バレエでしか観られないという作品が多いのは強みだし、あとはなんというか、妙にうちとけたフレンドリーな雰囲気が舞台から漂ってくるのも、ほのぼのしていてよい。格式ばらず、肩の力を抜いて、気楽に楽しむということができる。批評めいた姿勢で観るのはかえって無粋である。まさにイギリスの演劇文化の良さを受け継いでいるバレエ団だな、という感じがした。

今回はなんと13年ぶりの日本公演ということだ。独自の、しかも優れた作品をレパートリーにたくさん持っているのだから、もっと来日して面白い作品をどんどん紹介してほしい。

(2008年1月24日)


余談

書こうかどうか迷ったのだけど、記録として書いておくことにした。17日の公演のカーテン・コールで、招待席に座っていた観客の中に、拍手していない人が1人いた。私は招待席の後ろの席に座っていたので見えたのだ。写真で顔を見たことがあったので、その人が誰なのかはすぐに分かった。その人は、客席のライトが点灯されるとやっと拍手し始めた。

拍手するに値しない舞台だった、と思ったのなら拍手しないのは自由だが、だったら途中から拍手するなどという中途半端なことはやめたほうがよい。いさぎよくない。それに、たとえ舞台の出来が気に入らなかったとしても、その人の立場からみれば、大人の判断で先頭を切って拍手するべきであった、と私は思う。


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