Club Pelican

THEATRE

「美女と野獣」
"Beauty and the Beast"
振付:デヴィッド・ビントリー(David Bintley)
音楽:グレン・ビュアー(Glenn Buhr)
装置・衣装:フィリップ・プロウズ(Philip Prowse)
照明:マーク・ジョナサン(Mark Jonathan)
初演:2003年12月1日、バーミンガム・ロイヤル・バレエ、バーミンガム・ヒポドローム劇場
(World premiere: 1 December 2003, Birmingham Royal Ballet, Birmingham Hippodrome)


注:このあらすじは、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団が2008年1月8日に東京文化会館で行なった公演に沿っています。登場人物の性格や行動の描写、また作品のストーリーは、公演でのダンサーの演技と踊りを私なりに解釈したものです。また、もっぱら私個人の記憶に頼っているため、シーンや踊りの順番、また踊りの振付などを誤って記している可能性があります。


当日の主なキャスト。ベル:佐久間奈緒;野獣:イアン・マッケイ(Iain Mackey);ベルの父親(商人):デヴィッド・モース(David Morse);フィエール(ベルの姉):ヴィクトリア・マール(Victoria Marr);ヴァニテ(ベルの姉):シルヴィア・ヒメネス(Silvia Jimenez);ムッシュー・コション:ドミニク・アントヌッチ(Dominic Antonucci);

ワイルド・ガール:アンブラ・ヴァッロ(Ambra Vallo);雌狐:平田桃子;カラス:山本康介;木こり:ジョナサン・ペイン(Jonathan Payn);

差し押さえ執行官:ジェームズ・グランディ(James Grundy);収税吏:ジョナサン・ペイン;祖母:マリオン・テイト(Marion Tate)

このうち、佐久間奈緒、イアン・マッケイ、ドミニク・アントヌッチ、アンブラ・ヴァッロはプリンシパル、シルヴィア・ヒメネス、山本康介、ジョナサン・ペイン、ジェームズ・グランディはファースト・ソリスト、ヴィクトリア・マールはソリスト、平田桃子はファースト・アーティストである。

演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、指揮はバリー・ワーズワース(Barry Wordsworth、バーミンガム・ロイヤル・バレエ音楽監督)による。

この作品は全二幕からなり、上演時間は第一幕が約55分、第二幕が約50分である。観客を飽きさせない、また疲れさせないという、いかにも演劇大国のイギリスらしい構成&時間配分である。


プロローグ

ピアノと絃による静かな前奏曲の中、舞台の幕が開く。暗闇の中で、天井まで届く高い本棚が九の字に並んでいるのがぼんやりと浮き出る。本棚の前には大きな脚立が立てかけてあり、白いドレスを着た少女、ベルがその上に立って手を伸ばし、本棚から赤い小さな本を取ろうとしている。

ベルは赤い本を手に取ると、本を開いて楽しそうに読み始める。これから始まる物語が、ベルの読んでいる本の中のものなのか、それとも現実のものなのか、どちらとも判断のつかない洒落た始まり方である。

ベル役の佐久間奈緒は目が大きくぱっちりした顔立ちで、腕や脚が連続写真のようになめらかに美しく動く。いつだったか、彼女が「ジゼル」のタイトルロールを踊ったときにはあまり印象に残らなかったが、今回は動きやポーズのきれいさ、美しさが際立った。

ベルが本を読んでいると、黒いミンクの毛で縁取られた赤い上着を着て鞭を手にした若者が、長い槍を持った黒装束の男たちを引き連れて荒々しいそぶりで現れる。ベルは本から目を上げて驚く。彼らの前に一匹の狐が現れてぴょんぴょんと跳ねる。若者はその狐に狙いを定め、家来たちに槍で突くよう命じる。家来たちが突進する。狐はあわてて逃げるが、そこに長いマントをはおり、杖を持った老人(木こり)が立ちふさがり、狐をマントの内側に隠して庇う。

木こりはマントの中に狐を隠したまま素早く逃げる。が、すぐに再び姿を現わしてマントを広げると、中から人間の少女(ワイルド・ガール)が飛び出す。少女は白い薄い衣装で、髪は短い巻き毛で両側が盛り上がっている。まるで動物の耳のように。家来たちは狐がいきなり人間になったのでたじろぐ。少女は動物のように両の手首を曲げ、両腕を揃えて前に出し、ぴょんぴょん跳んで逃げてしまう。

若者は激怒し、家来たちに木こりを殺せと命じる。家来たちは木こりに槍を突きつけようとするが、木こりは不思議な力でそれを振り払う。そうするうちに、家来たちは、ある者はいきなり耳が動物の耳のようになり、ある者は動物のような長い尻尾が生え、ある者は腕が動物の足のようになってしまう。木こりは最後に長いマントを翻して若者に迫り、若者は木こりに追いつめられて姿を消す。

残忍な若者とその家来たちはこうして動物の姿に変えられてしまう。若者=野獣役のイアン・マッケイの演技が見事で、顎ひげと口ひげのせいもあったと思うが、鋭い目つきで粗暴な表情をしており、ラスト・シーンで野獣が人間の姿に戻った後の表情とはまるで別人であった。

若者たちは狩りをしながら、回転や跳躍を織り込んで踊る。逃げ回る狐役の平田桃子は全身着ぐるみで素顔はまったく見えない。かぶりもので高く細かに跳びながら踊るのだから、さぞ体力が要っただろう。その狐が木こりによって人間の姿に変えられたのがワイルド・ガールである。面白いのは、狐が人間になったからといって、仕草や踊りも人間になるというわけではなく、ワイルド・ガール役のアンブラ・ヴァッロは、常に両腕の肘と手首を曲げて前に揃えて出し、また猫が足で頭を掻くような仕草をする。ポワントで踊るが、その踊りも狐のときとそう変わらない。

第一幕

舞台の中央に白い木目調の幕が下りる。出入り口が両脇にしつらえてある。黒衣の男たちが家具や調度をせっせと運び出している。半開きになったタンスの扉から女物のドレスの裾が飛び出す。差し押さえ執行官は帳簿にせっせと品目を書きつけている。この差し押さえ執行官は書き物をしながら軽く跳んだり、両足でステップを踏んで踊る。

初代「仮面ライダー」に出てくる死神博士みたいな長い白髪の落武者ヘアで、丸メガネをかけて黒いガウンを着た男性がベルの父親である。プログラムによれば、ベルの父親は商人をしていて、持ち船が行方不明になったために借金を返せなくなってしまい、それで家財を差し押さえられている。

プログラムに載っているあらすじは、振付者のビントリーが自ら執筆したものを翻訳したらしい。矛盾した言い方だが、プログラムのあらすじがあまりに詳細なので、これをどーやってバレエで説明するのか楽しみにしていた。だが、このあらすじは、「これを事前に読んで観劇に臨んで下さい」的意味合いのものだったらしく、劇中ではこんな事情は説明されない。いや、説明されるんだけど、プログラムのあらすじを読んでおかないと意味が分からないのである。

次々と運び出されていく家財を目にしてベルの父親は嘆き、ベルはそんな父親にとりすがって慰める。そこへ、淡い黄色いドレスを着て、頭にもでっかい黄色のリボンを着けたベルの姉、フィエール(ヴィクトリア・マール)が現れ、差し押さえの官吏たちが運び出したタンスの中から、自分のドレスを奪還し、ドレスを自分の体に当てて悦に入る。また、淡いピンクのドレスを着て、頭にもでっかいピンクのリボンを着けたベルのもう1人の姉、ヴァニテ(シルヴィア・ヒメネス)が現れ、運び出された家具の中から大きな姿見の鏡を奪還し、自分の姿を映して悦に入る。

ベルの姉役のシルヴィア・ヒメネスは、新国立劇場バレエ団が上演した「カルミナ・ブラーナ」(デヴィッド・ビントリー振付)にゲスト出演し、運命の女神、フォルトゥーナを踊った。あのときはカクテル・ドレスにサングラス、ピン・ヒール姿で、クールでカッコいい女神を踊ったのだが、今回はいかにも意地悪そうな性格の姉の役である。ちなみに、野獣役のイアン・マッケイも、新国立劇場バレエ団の「カルミナ・ブラーナ」にゲストとして出演し、フォルトゥーナと恋に落ちて破滅する神学生3を踊った。で、ヒメネスとマッケイは実生活での夫婦だそうである。

そこへ、金持ち男のムッシュー・コション(ドミニク・アントヌッチ)がいきなり現れる。太っていて(もちろん胴に巻き物をしている)ダサい服装の、みるからに俗物男で、しかも鼻が豚の鼻になっている(←付け鼻)。アントヌッチはプロフィルの写真を見るとかなりイイ男なのでもったいない。「コション(cochon)」とはまんま「豚」を意味し、しかも動物の豚というよりは、食肉としての豚をイメージさせるそうである。ベルの姉たちは途端にコションにすがりついて媚を売る。姉たちは玉の輿を狙っているらしい。

コションはぶ厚い札束を取り出すと差し押さえ執行官に渡す。これで差し押さえをやめさせようというのである。コションが得意満面になっていると、紅い衣装を着た収税吏が一枚の紙を携えてやって来る。ベルの父親の持ち船が発見され、財産が無事だと分かったのだ(これもプログラムのあらすじを読んでおかないと分からない)。父親は勢いづき、差し押さえ執行官からコションの札束を取り上げると、それをそのままコションに突き返す。

差し押さえ執行官たちは家具や調度を元の場所に返して去り、父親はさっそく財産を受け取りに出かけようとする。ベルの姉たちが父親におみやげをねだる。ヴァニテ(シルヴィア・ヒメネス)は両手をドレスの裾あたりでひらひらと上下させる。これはドレスを意味するクラシック・マイムである。フィエール(ヴィクトリア・マール)は頭や首のあたりで両手をひらひらさせる。これは光り物、アクセサリー類を意味するらしい。

ベルは居間に一人取り残される。父親が戻ってきて、ベルに何がほしいか尋ねる。ベルは花を手折るような仕草をし、見えない花の香りを嗅ぐ。ベルがほしいのは花だということは分かる。プログラムによれば、バラの花だそうである。

振付者のビントリーは、クラシック・マイムとそうでないマイム(前知識なしでも理解できるありふれた仕草)を併用している。ベルの父親は出発し、ここで第一場が終わる。

ベルの父親と2人の従者が暗い谷を通りかかる。従者は背中に大きな荷物を背負い、更に大きな黒い木箱を引きずっている。黒い空がいきなり鋭く光り、あたりは激しい嵐となる。突然、尻尾の生えた4匹の黒い獣たちが現れ、ベルの父親たちを惑わすようにまとわりつき、そこらを跳ね回る。彼らは木こりによって動物に変身させられた若者の従者たちのなれの果てである。ベルの父親の従者たちは恐怖のあまり逃げ出し、獣たちは木箱を引きずって持って行ってしまう。

ベルの父親が途方に暮れていると、奥の谷が観音開きの扉のように開く。切り立った黒い崖の表面に重厚な造りの木の扉がある。木の扉がひとりでに開く。ベルの父親は中に入っていく。野獣の城の舞台装置は非常に大がかりなもので、観音開きの扉が何層にもなっていて、開くたびに城の入り口、城の広間、城の部屋というふうに場面が変えられるようになっている。扉は舞台上にいる動物の衣装を着たダンサーたち、もしくはスタッフたちによって開閉される。

装置の両の扉が開かれると、そこは無人の城の部屋である。舞台の右には机が置かれ、机の上にはごちそうや飲み物が用意されている。燭台の蝋燭が勝手に灯る。また舞台の脇から、豪奢な造りの椅子がひとりでにす〜、と動いて現れ、舞台の真ん中で静止する。リモコン操作か!?部屋のドアが開き、ベルの父親がおそるおそる入ってくる。彼は机の上にある食べ物をこわごわ口に入れる。すると、飲み物の入ったポットが空中に浮き上がって傾き、グラスに飲み物を注ぐ。これはどういう仕掛けなのか分からない。

ベルの父親は椅子に腰を下ろして休む。すると、椅子の両の肘掛がいきなり動いて、父親の体を抱え込む。生の人間の腕の動きとしか思えなかったが、あの椅子は中に人間が入っていたのか!?肘掛は一度しか動かなかったので、これもどんな仕掛けなのか不明である。でもさすがはピーター・ライトの後釜、いや後継者のデヴィッド・ビントリー、観客を驚かせ楽しませる術をよく心得ている。ガキども、失礼、お子ちゃまの観客にも好評だろう。

ベルの父親はやがて目を覚ます。すると、何者かに奪われたはずの黒い木箱が椅子の傍に置かれている。彼は木箱を開けて中を確かめる。娘たちへのおみやげである、豪華なドレスや宝石のネックレスが入ったままである。ベルの父親は安堵して謎の城から出る。

城のある黒い谷を後にしようとしたところで、ベルの父親はふと何かに気づいて谷を振り返る。谷には花が咲いている。ベルの父親はベルにバラの花をおみやげに頼まれたことを思い出し、谷に戻って咲いている白いバラの花を手折る。

その瞬間、バラを摘み取ったベルの父親の腕を、毛むくじゃらの獣の手がつかみ、大きな黒い野獣が谷間から姿を現わす。野獣は黒いミンクの縁どりのある赤い上着を着ている。狩りをしていた乱暴な若者は、木こりの魔力によって醜い毛むくじゃらの野獣に姿を変えられていたのだった。

野獣はベルの父親が恩を仇で返した(勝手にバラの花を摘み取った)ことに怒り狂う。柳田國男の「遠野物語」に似たような話があった。「遠野物語」では、男は謎の立派な無人屋敷の物を何ひとつ持ち帰らなかったんだよな。だから、あとで川の上流から漆塗りの美しい器が男の許へ流れてきたのだ。

野獣はベルの父親につかみかかり、盛んに責め立てる。野獣役のイアン・マッケイは顔のほとんどを覆うマスクをかぶり、ほぼ全身をかなりな厚みのある着ぐるみで包んでいる。それでも矢継ぎ早に高々とジャンプし、鋭く回転し、激しい動きで踊るので驚いた。

たかがバラの1本や2本で、どうして野獣はそんなに怒るのか、と最初は思ったけれども、野獣の住む谷には草木がほとんどなくて、それでも黒い岩肌に赤や白のバラの花がぽつぽつと咲いている。野獣はいつのまにか花を愛する優しい心を持つようになったのかもしれないし、荒涼とした場所にある寂しい城での孤独な生活の中では、ぽつりぽつりと咲いているバラの花が、何よりの慰めになっていたのかもしれない。

野獣の家来の動物たちが大きな丸い鏡を持ってくる。野獣はベルの父親を引っつかんで鏡をのぞき込む。すると心配そうな顔をしたベルが彼らの横に現れる。この鏡はベルの家の様子を映し出しているらしい。

野獣は鏡を見終えると、ベルの父親に向かって、償いにあの美しい娘を自分の許に来させるように、と脅す。ここのシーンで、ベルの父親が野獣に向かって、「自分には娘が3人いて、3番目の娘が美しい」といったようなマイム(手で人の形を3つ描き、右手を自分の顔に沿って撫で上げるようにする)をしたように覚えているが自信がない。というより、野獣は鏡で見た美しいベルに一目ぼれした、と簡単に考えたほうがしっくりくる。ベルの父親は恐怖のあまり、娘を野獣の許に来させることを承諾してしまう。第二場が終わる。

再びベルの家を表わす白い壁の幕が下りてくる。ベルの父親が憔悴しきった様子で帰ってくる。ベルの姉たち、フィエールとヴァニテは、さっそく父親が持ち帰った木箱を嬉々として開ける。ところが、ネックレスは黒ずみ、ドレスはカビが生えてボロボロになっていた。姉たちはしばし呆然とした後、すっかりむくれた顔になる。

父親はベルに道中に起きたことを話す。やはり古典のマイムと分かりやすいジェスチャーを織り交ぜたマイムだったが、前のシーンがなければさっぱり意味が分からない。「怪物がいて花を摘んだら怒りまくって(両腕を曲げてぶんぶん振る)、お前を差し出さなければ殺してやる(拳を握った両腕を下げてバッテンを作る)」というマイムをしていた。「白鳥の湖」で、オデットが自分の身の上を語るマイムとよく似ている。

だが、姉たちはベルに同情するどころか、ふたりして「お前が悪い!」と責め立てる。姉役のマールとヒメネスが並んでアラベスクしながら、ベル役の佐久間奈緒に向かって、ビシッ!と何度も指を突きつけながら迫っていく。

ベルは一人で部屋に取り残される。ここでベルがソロを踊ったような気がするが定かでない。が、とにかく、佐久間奈緒の動きとポーズの美しさがまた印象的だった。

ベルのところにワイルド・ガールが現れる。そして突然、ベルの家を表わす幕のてっぺんに止まっていた色んな鳥たちの人形が動き出す。真ん中に止まっていた大きな鷲か鷹がはばたく動きは迫力があった。それと同時に、鳥の顔をかたどったマスクをかぶり、鳥の羽毛のような光沢のある黒衣の衣装のカラス(山本康介)が現れ、部屋の中を縦横無尽に踊って回る。

このカラス役はタフな役で、絶えず回転や跳躍をしてばかりいる。しかもスピードがめっぽう速くて息をつく暇もなさそうだ。フレデリック・アシュトン振付「真夏の夜の夢」のオベロンのソロの踊りによく似ている(パックの踊りにはあまり似ていない)。カラス役の山本康介はスタミナ切れせずによく踊っていた。最後まで顔が見えないのが残念だった(プロフィルの写真はあまり映りがよくない)。

次に女性ダンサーによるカラス美女軍団が現れる。マスクでやはり顔は見えないが、紫と黒のシースルーの衣装はかなりセクシーである。引き続いて、男性のカラスイケメン(かどーかは知らないが)軍団も現れて、カラス軍団による群舞が始まる。

登場人物が現れるたびに踊るというのは、ニネット・ド・ヴァロワ振付「チェックメイト」みたいに意味のない踊りが延々と続くのかな、と一瞬イヤな予感がした。でもそれは杞憂だった。ビントリーは群舞がすばらしい踊りとなるよう、群舞の振付には特に力を入れているというが、カラスの群舞は本当にきれいだった。女性ダンサーたちは腕や脚を美しくゆらめかせ、男性ダンサーたちは力強く、またきれいにジャンプし回転して、更に女性ダンサーたちをサポートする。

群舞には美しいばかりではなくすばらしい意味づけもなされていた。カラスの群舞の上に、いきなり白いドレスのベルが現れたのである。カラスたちは両腕を交互に美しく羽ばたかせている。男性ダンサーたちがベル役の佐久間奈緒を水平に持ち上げ、佐久間奈緒は彼らに持ち上げられたまま、これまた両腕を大きく広げ、脚を美しい形に伸ばしている。時おり、空を斜めに飛ぶように体を傾げられ、また体を反転させられて旋回するようなポーズをとる。ベルはカラスたちによって野獣の城へと向かう。

野獣の城がある黒い谷。ベルがその前にやって来ると、谷が開いて木の扉のある崖が現れる。ベルはおびえた表情で入っていく。また観音開きの装置が開かれると、そこはあっという間に野獣の城の中である。ベルがドアを開けて入ってくる。う〜ん、装置と衣装をデザインしたフィリップ・プロウズは本当にすばらしいわ、と思った。プロフィルにはバーミンガムやグラスゴーで活動していることくらいしか書いていないけど、ロンドンのロイヤル・バレエもプロウズにデザインを依頼してみてはどうだろうか。

ベルは怯えつつも、部屋にある大きな椅子にそっと腰を下ろす。ベルの足元にまたワイルド・ガールがやって来て、ベルに甘えるように身をもたせかける。ベルはワイルド・ガールの顔を手で優しく撫でてやる。ふと、ワイルド・ガールは素早く逃げていってしまう。ベルは不安そうな顔をしながら、両手を組んで必死に祈る。祈るベルの背後に野獣が現れ、椅子の背中越しにベルをのぞき込む。

ベルが野獣に気づく。彼女は驚いて椅子から飛び上がり、床に座り込んでしまう。野獣は大きな長いマントを羽織っている。野獣はマントを脱ぎ捨てる。気色悪い黒ずんだ色の、ごわごわした毛むくじゃらの皮膚がその全身を覆っている。野獣のあまりの醜さに、ベルは思わず目をそむけてしまう。

野獣がベルに近づいて、ベルの顔を手でそっと持ち上げる。ベルは野獣をまっすぐに見つめる。今度は野獣が両手で頭を抱えて飛び退き、ベルに背を向けてうずくまる。ベルの美しさに比べて、自分のこの醜さはどういうことか、と恥じている。野獣役のイアン・マッケイの顔の見えない演技にまたしても感心すると同時に、はじめて野獣をかわいそうだと感じた。

ベルの美しさにあらためて惹きつけられた野獣は、ベルに対して礼儀正しく振る舞おうとする。野獣は椅子に座ったベルの傍に近づく。ベルはおそるおそる野獣の頭を優しく撫でてやる。野獣はベルの手を取って唐突に接吻しようとするが、ここで野獣の性質が出てしまう。

野獣はなんとベルの手をべろべろと舐めるのである。ベルはびっくりして野獣の手を振り払い、再び野獣から逃れる。野獣は自分の野卑な仕草に自分で呆然とする。残酷なことに、野獣の心はいちおう人間なのだが、外見と同様に獣の性質をも併せ持っていて、ふとしたときに獣の仕草が出てしまうらしい。更に残酷なのは、野獣自身がそうした振る舞いを自分で止めることができず、ただこんな屈辱を耐える選択肢しかないことである。

野獣はベルと一緒に踊り始める。ベルはなんとか我慢しているが嫌がっていて、どうしても野獣から顔をそらせて、体をつっぱねてしまう。ここの踊りはとてもきれいだった(ベルにはかわいそうだけど)。ベルが野獣に手を取られてアラベスクをしたり、回転したり、また持ち上げられて振り回されたりと、いたって普通のきれいな踊りだった。

ビントリーのクラシックの振付そのものは意外とピュアで、奇をてらったようなところはない。こういう人が一方では「カルミナ・ブラーナ」みたいな振付をするんだから、しかも、ひょっとしたらマシュー・ボーン以上かもしれない、抜群の音楽性に恵まれた振付をするんだから、実に多才な人だな〜、と思った。

ベルと野獣との踊りでは、イアン・マッケイのリフトやサポートの自然さと巧みさに感心した。ただでさえ重いであろう着ぐるみをまとっていながら、ベル役の佐久間奈緒を、すっ、とさりげなく、力を感じさせずに持ち上げる。ベルを支える動きや振り回す動き、ベルをリフトしたまま別のリフトへ移行するときも、常にスムーズできれいである。

野獣はベルの手を取って自分の胸に当てる。その瞬間、ベルは気を失ってしまう。これはどうしてなのかよく分からなかった。醜い野獣が自分を愛していることに衝撃を受けたのか、それとも野獣が本当は人間であることを知ったからか、はたまた野獣にも心があることを知って驚いたのか。少なくとも、野獣がベルの等身大フィギュアを作っていたことにショックを受けて気絶したのではないことは確かである。野獣は気を失ったベルの体を抱え、椅子の上に優しく下ろしてやる。

ここからが泣けた。野獣は眠っているベルの足元に身を横たえると、背中を丸めて、安心したように自分も寝入る。その姿はまるで、大事な主人を守ろうとする大きな優しい犬のようだ。第一幕が終わる。

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第二幕

野獣の城で舞踏会が開かれる。舞台は薄暗いけれども、3つの大きな鏡が舞台の両脇と奥に置かれ、鏡面がシャンデリアや燭台の灯火を反射して、美しい光を放っている。舞踏会に招かれた「客」たちは金や銀の豪華な衣装に身を包んでいるが、彼らはみな兎、狐、牛、山羊、猪、梟などの動物であり、豪華な衣装の下からは毛むくじゃらの手足がのぞいている。ダンサーたちは顔のほとんどを覆うマスクをかぶっている。

客たちがワルツに乗って一斉に踊りだす。しかし、彼らの踊り方はどこか奇妙である。彼らは各々の動物特有の動きで踊るために、その動きは滑稽でちっとも華麗ではない。プログラムの写真を見て思ったんだけど、これはケネス・マクミラン版「ロミオとジュリエット」のキャピュレット家の舞踏会の群舞をパロったのかも。群舞の配列やポーズがなんか似ている。ビントリーはアシュトンに対しては非常な尊敬の念を持っているらしいが、一方でマクミランに対しては、異常な対抗意識を抱いているらしい。マクミランが群舞をおろそかにしている、という理由で。

奥の大きな扉が開く。扉の向こうに、金色の上着を着た野獣と、金糸や銀糸の刺繍の縫い取りがある、可憐なレースのドレスをまとったベルが、野獣に手を取られて現れる。ベルの表情は落ち着いていて、もはや嫌がったり怯えていたりするようには見えない。

再び客たちは踊り始め、その真ん中で野獣とベルも踊る。ここの野獣とベルとの踊りはとてもきれいな振付だった。この作品で最もすてきな踊りだったと思う。またしてもトリッキーなところが微塵もない、シンプルで美しいクラシックの踊りである。プログラムの写真にも使われているように、ベルが両脚を美しく伸ばして開脚する振りを、左右対称で繰り返す動きが多かった。アラベスクの姿勢から180度近くまで開脚したり、脚を高く上げながら静止したりする。あとは野獣に手を取られて、または腰を支えられてゆっくりと回転し、野獣に持ち上げられて振り回される。

野獣役のイアン・マッケイのサポートやリフトは相変わらずスムーズで、そしてベル役の佐久間奈緒も、手足が連続写真のようなきれいな流線を描いて踊っていた。ベルと野獣はもうすっかり打ち解けた様子で、野獣は常に紳士的な態度で、端正な動きでベルをリードし、ベルも踊りを心から楽しんでいるのが分かる。

プログラムを見ると、どうも野獣がここでソロを踊ったらしい。私はよく覚えていないが。

その間、周囲の客たちも踊り続けているが、動物の性質が打ち勝って、ますます踊りが奇妙な方向に崩れてきている。ステップを正しく踏めず、転んで床にしりもちをついたり、よろけて他の客にぶつかってケンカになったり、舞踏会はまさに喧騒を極めようとしている。

野獣の家来がやって来て、野獣に何かを手渡す。きらきら輝いていて、最初は何だあれ?と思ったが、よく見たら指輪らしかった。野獣はベルの前に片膝を立てて跪き、ベルに向かって指輪を差し出す。ベルに結婚を申し込んだのだ。だがベルは首を振って手で制し、指輪を受け取らない。ベルに結婚を拒否された瞬間、野獣は頭を抱えて左右に大きく振り、天を仰いで吠える(←声は出さない)。野獣の恐ろしい剣幕に、客たちは一人、また一人と広間を出ていってしまう。

ベルは部屋の中でベッドに突っ伏して泣いている。彼女は家が恋しくてならない。そこへ野獣がやって来る。

ベルは野獣に向かって家に帰らせてくれるよう頼む。野獣はベルに背を向けて、しばらく苦渋の表情を浮かべて考えていたが(←マッケイはマスクをかぶっているけど、なぜだかそう見えるんですよ)、ベルのほうに向き直って彼女の願いを聞き入れる。野獣はベルに一輪の白いバラの花を手渡し、(プログラムによれば)バラの花が枯れるまでに再び城に戻ってくるように言う。このへんの過程はマイムで表現していたが、あまりよく分からなかった。

ベルはバラの花を受け取ってうなづき、走って扉から出て行ってしまう。出ていく前に野獣のほうを振り返ったりするかな?と思ったら、振り返らずに一目散に出て行った。野獣はうつむいたままがっくりと肩を落とす。ほんと、野獣役のマッケイはマスクをかぶっているのだけど、何より大事な宝物(ベル)を手放してしまった、野獣の悲しげな表情が見えるみたいなんだよね。取り残された野獣がかわいそうだった。

第二場。白い木目調の幕が下りてきて、場面はベルの家になる。着飾った男女の一団がいるのだが、みな太っていて(←もちろん巻き物と詰め物)、趣味の超悪いダサいドレスやスーツを着て、おてもやんみたいなメイクをしている。その中にはベルの父親、そして祖母がいる。祖母役のマリオン・テイトはバレエ・ミストレスで、ベルの父親役のデヴィッド・モースとは実生活の夫婦であるそうだ。

祖母だけは黒いドレスを着て杖をついている。頑固で偏屈な性格らしく、眉根に皺を寄せ、口をへの字に結んでいて、にこりともしない。その可愛げのないばあさんが杖をつきながらよたよたと歩き、なんだか異様に存在感があった(笑)。「モンティ・パイソン」でパイソンズがよく演じたような、強烈なばあさんである。

一同は並んで踊りだす。ベルの父親は祖母と一緒に踊る。祖母は踊りに追いつけないと、ベルの父親に八つ当たりして、自分よりデカい息子を容赦なく杖でぶったたく。会場から笑い声が漏れる。また、踊っているうちにいつのまにか父親の手に祖母の杖が渡ってしまい、杖がなければ歩けないはずの祖母がスタスタと元気よく歩いていく。観客が爆笑する。祖母は杖がないことに気づいた途端によたよたとおぼつかない足取りになり、ベルの父親から怒った顔で杖を取り戻す。ちょっとしたご愛嬌のシーンだが、こういうばあさんっているよなー、と超笑えた。

豪華な料理と飲み物の並んだテーブルが運ばれてくる。その途端、踊っていた人々は我先にと料理のテーブルに突進し、文字どおりブタのように群れて料理を貪り食う。人間の姿をした人間も実は動物と変わらない、という英国的アイロニーの諧謔である(ホントかよ)。

そこへ、俗物の金持ち男、ムッシュー・コション(ドミニク・アントヌッチ)が現れる。ブタ鼻でデバラのコションは趣味の悪い晴れ着を着ている。どうやらこれは彼の結婚式らしい。ベルの姉、フィエール(ヴィクトリア・マール)が、淡い黄色と白の太い縦ストライプのドレスを着て、頭にはでっかいレースの縁取りつきの帽子をかぶり、嬉々とした様子で現れる。

ほう、コションはフィエールと結婚するのか、と思っていると、ベルのもう片方の姉であるヴァニテ(シルヴィア・ヒメネス)が、淡いピンクと白の太い縦ストライプのドレスを着て、頭にはでかくて籠のような奇妙な形をした、レースのリボン付きの帽子をかぶり、やっぱり嬉々とした様子で現れる。

いったいどっちがコションと結婚するのか!?と思っていると、姉たちはコションをめぐり、激烈な女の争いを繰り広げ始める。姉たちは媚びた笑いを浮かべながら、ぼーっとしているコションの手を引っ張り、自分のほうに引き寄せて一緒に踊る。片方の姉がコションと踊っていると、もう片方の姉が憤然とした顔で、コションを自分のほうに引っ張り、今度は自分がコションと踊る。不毛な争いを延々と続けた末に、姉たちはコションを間に挟んで自分をアピールし、花嫁のブーケの争奪戦を始める。ふざけた踊りなのだが、姉たち(マール、ヒメネス)の踊りやポーズがきれいなのが憎い(表情はおいといて)。

人々がコションに、いいかげんにどちらかを選ぶように迫る。コションはぼーっとした顔でしばらく考える。期待に胸とどす黒い虚栄心をときめかせた姉たちがコションを見つめている。コションは決めた、という表情でうなづく。姉たちは息を呑む。と、コションは料理のテーブルに向かって突進し、料理に食らいつく。姉たちは呆気に取られた後、腕組みをしながらそっぽを向いてムクれる。

そこへ、金糸の刺繍の入った白いレースのショールをはおり、金糸と銀糸で織られたドレスを着たベルが帰ってくる。ベルは結婚式が開かれているのを見て驚くが、最初に目に入ったフィエールが花嫁なのだと思い、姉に抱きついて祝福する。しかしフィエールはムクれている。ベルは、ではヴァニテが花嫁なのだと思い、今度はヴァニテに抱きついて祝福する。しかしヴァニテもムクれた表情。

ベルの父親がベルに駆け寄り、父親とベルは固く抱き合う。2人の姉たちは、ようやくベルの着ている豪華な衣装に気づき、嫉妬心を露わにする。

醜い修羅場と感動的な再会をよそに、ムッシュー・コションはベルの家族たちには目もくれず、一心不乱に料理を貪っている。背中を見せてガツガツと物を食らう様は、名前どおり豚のようである。人々がコションの肩を叩く。すると、振り向いたコションの顔は、いつのまにか豚そのものになっていた(←豚の頭のマスクをかぶっている)。これも英国的アイロニーである(たぶん)。

舞台が暗転し、場面は再び野獣の城の中。暗い音楽が流れる。暗い広間を、野獣の家来たちが、まるで棺のような黒い寝台を担いでやって来る。その上には黒い布に包まれた野獣が横たわっている。ベルが城に戻ってこないために、野獣はすっかり弱って死に瀕しているのである。

野獣はよろよろと起き上がると、ベルが戻ってこないことを嘆くように、激しい動きで踊る。全身気ぐるみを着たイアン・マッケイの踊りのすばらしさにまたもや感嘆した。あんな重い衣装で、よくあれだけ高く跳躍できるものだ。回転も速くて鋭い。

息も絶え絶えな野獣の許に、ワイルド・ガール(アンブラ・ヴァッロ)がやって来る。ワイルド・ガールは野獣が横たわっている寝台の上に飛び乗ると、いとおしそうに野獣を撫でながら、野獣に寄り添って寝る。ワイルド・ガールは、野獣が人間であったときに彼女を殺そうとしたにも関わらず、優しい心の持ち主に変わった野獣を愛するようになっていたのだった。これも心打たれる秀逸な設定である。

ベルが戻ってこないことに絶望した野獣はワイルド・ガールにすがりつき、ワイルド・ガールは野獣をなだめるように一緒に踊る。愛の踊りというよりは、母性愛的な感じのする踊りだった。ワイルド・ガール役のアンブラ・ヴァッロの身体能力の高さに感嘆した。非常に柔軟で、脚はよく上がるし、動きもしなやかで柔らかい。

家来たちがあの不思議な鏡を持ってくる。野獣は鏡をのぞき込む。ベルが現れる。彼女は野獣が手渡した白いバラの花を大事そうに持って、悲しそうな顔で遠くを見つめている。ベルは野獣のことが気にかかっていて、戻りたいと願っている。ベルの背後に、ベルの姉たちが現れる。姉たちは互いに目くばせをすると、ベルに向かって涙を流すマイムをする。両手を顔の前にかざして、指をゆらしながら下げる仕草である。姉たちはウソ泣きで、ベルを野獣の城へ戻すまいとしているのだ。

また、姉たちは今度はベルの父親を連れてやって来る。姉たちはまた目くばせをすると、父親をベルのほうに押し出す。父親は心臓のあたりを手で押さえて苦しそうな顔をする。ベルは父親のことが心配で、野獣の城へ戻りたいものの、そのふんぎりがつかない。姉たちはしてやったりとばかりに意地悪く笑う。

ベルは大事に持っていた白いバラの花をついに手放してしまう。姉たちは床に落ちたバラの花を拾い上げると、憎々しげにバラの花を握りつぶす。バラの花びらが床に落ちる。それを見た野獣は、絶望しきって黒い寝台の上に再び横たわってしまう。

場面は再びベルの家。ベルがたたずんでいると、ワイルド・ガールが飛び込んでくる。ワイルド・ガールはベルをまっすぐに見つめて、自分について来るよう促す。そして、再びカラスたちが現れる。カラスたちはベルとワイルド・ガールの周囲を飛びまわる。ベルはカラスとワイルド・ガールにともなわれて、ついに野獣の城へと向かう。

野獣の城の中。黒い寝台の上に横たわる野獣の体には、頭から黒い布がかぶせられている。野獣はついに死んでしまったのだ。ワイルド・ガールが飛び込んできて、野獣の亡骸にとりすがって泣く。野獣の家来たちが、黒い布を大きく広げながら野獣の体を寝台から下ろし、野獣の体を再び黒い布で包む。

無粋なことを書きますが、野獣の家来たちは、黒い大きな布を野獣の横たわる寝台の前に幕のように広げて、観客から野獣の姿が見えないようにします。その間に、野獣役のマッケイは野獣の着ぐるみを脱いでいるわけです。それから、家来たちはマッケイの姿が見えないように、マッケイの体全体を黒い布で包んで床に横たわらせます。床に野獣が横たわったとき、体の厚みがなくなっているから、あ、もう着ぐるみを脱いだな、と分かるんですね。

ベルが扉を開けて飛び込んでくる。黒い布に包まれた野獣の亡骸を見て、ベルは嘆き悲しみながらその体にすがりつく。ベルにはどうしても野獣の死を受け入れることができず、野獣の体を揺さぶり続ける。すると、あの木こりが姿を現わす。

木こりはマントを翻して両腕を上げる。すると、野獣の亡骸を包んでいる布が動く。布の中から、人間の男性が身を起こして立ち上がる。男性はまぶしそうに手で顔を覆っていたが、やがてその手を下ろす。そこにいたのは、美しい人間の若者だった。若者はベルに気づくと、彼女に優しく微笑みかける。魔法が解けて、野獣は人間の若者の姿に戻ったのである。

イアン・マッケイの表情がすごく良かった。プロローグでの、粗暴で荒々しい表情とは正反対の優しい表情をしていた。プロローグでは逆立っていた眉や目尻が下がって、好感度200%の爽やかな青年になっていた。背が高くて、黒髪で、色が白くて超ハンサム。

ただ、着ぐるみの下の衣装はあれが精一杯なのは分かる。金色の上着に白いシャツまではまだいい。しかし、下が白い膝下タイツで、足が素足というのはいかがなものか。ケネス・マクミラン振付「マノン」第一幕に出てくる、レスコーの友人の乞食の衣装みたい。できれば長いタイツにバレエ・シューズであってほしかった。そのほうが王子様らしいよね。

野獣は人間の姿に戻った。だが、ベルは事情がさっぱりのみこめていない。「醜い野獣が美しい人間の王子様に戻ってめでたしめでたし」で終わらないのが、この作品のすばらしいところである。ベルは若者が野獣だと信じることができず、あたりを走り回って野獣の姿を探し回る。ベルが愛しているのは容姿の美しい人間の若者ではなく、心の優しいあの醜い野獣だ。

若者はベルをなだめ、ベルの手を取って自分の胸に当てさせる。かつて野獣がそうしたように。ベルはようやく、この若者があの野獣であることを理解する。

若者とベルは一緒に踊り始める。しかし、ベルの表情はまだ複雑だ。彼女はまだあの野獣を愛している。目の前にいる若者があの野獣であると頭では分かっていても、彼女はやはり納得がいかないのである。ラスト・シーンの愛のパ・ド・ドゥなのに、複雑そうな顔で踊るヒロインははじめて見た。ベルは若者と踊りながらも、あの野獣の姿をどうしても追い求めてしまい、若者に対して心を許す気になれない。

しかし、若者と踊っているうちに、ベルの表情は次第に変わってくる。このパ・ド・ドゥの振付は、第二幕の冒頭での舞踏会のシーンで、野獣とベルが踊るパ・ド・ドゥの振付と少し似ている。ベルは若者と踊っているうちに、今、自分が踊っているのがあの野獣に他ならないということを確信し始めたのだろう。ベルは最後には嬉しそうな微笑みを浮かべて若者と踊るようになる。

ベル役の佐久間奈緒の表情が、最初は不安そうで、徐々に和らいできて、最後に穏やかな微笑みを浮かべるのが見事だった。少し残念なのは、おそらく若者役が素足であるために、せっかくの大団円のパ・ド・ドゥがいささか物足りない踊りになったことである。若者役のマッケイはベル役の佐久間奈緒の支え役に徹し、しかもあまり大きな動きをしなかった。たぶん素足なので、足を痛めないように、激しい動きをしない振付になっているのだろう。

最後、若者とベルは手をつないで、奥の扉へ向かって歩いていく。扉の向こうには明るい光が満ちている。ふたりは明るい光に照らされながら姿を消す。きっと城の外の暗かった谷も、今は暖かい明るい光が差し込んでいるのだろう。花々が咲いて、緑の木々が繁っているに違いないなあ、と思った。

誰もいなくなったところに木こりが姿を現わす。すると、ワイルド・ガールが、ぴょこん、と木こりの前に飛び出す。ワイルド・ガールは両腕の肘を曲げ、手を猫のように丸めている。ワイルド・ガールは木こりに向かって、「ちょっと、アタシのこの姿はどうしてくれるのよ?」と言いたげな目で見つめる。木こりは「ああ、忘れとった。よし、おいで」というふうにマントを広げる。ワイルド・ガールは木こりのマントの中に飛び込む。

次の瞬間、木こりのマントの中から、狐(平田桃子)が飛び出して、ぴょんぴょん跳ねながら姿を消す。木こりはその姿を見送ると、マントを翻して去っていく。

ストーリー説明の点では、少し舌足らずなところや無理に話を運んだところもあるけれど、舞台装置は凝っているし、衣装は美しいし、またはよく考えられたデザインだし、演出も効果は楽しいし、諷刺も効いているし、特に群舞の振付はよく練られているし、動物たちの踊りは面白いし、主役たちの踊りはシンプルできれいだったし、何よりも観客目線で作品が作られている(飽きさせない、疲れさせない)ので、とても楽しかった。まさにイギリスの演劇的バレエだなあ、という感じの作品だった。

(2008年1月13日)


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