Club Pelican

THEATRE

「雨に唄えば」
“Singin' in the Rain”


第二幕(つづき)

シンプソン社長の部屋。シンプソン、デクスター、コズモの3人が足早に入ってくる。シンプソンが提案する。「ミュージカル映画となると、最新のジャズ・ナンバーを入れなきゃならん。」 コズモももちろんそのつもりである。

しかしデクスターが叫ぶ。「それじゃあ、ストーリーはどうなるんです!?」 ここでシンプソンはとんでもない大暴言を発する。「ストーリー!?そんなものはどうでもいい!ミュージカル映画なんだから!(Story?! Who cares?! It's a musical picture!)」

シンプソンのこのセリフに、観客は「うわっはっはっはー!!!」と大笑い、会場中が爆笑の渦に包まれる。今まさにミュージカルに出演している側がこんなセリフをぶっ放し、ミュージカルを観ている側もこんな失礼な(笑)セリフに平気で大笑いするのである。これがもし日本なら、笑っていいのかどうか少しためらわれるところだろう。

コズモがアイディアを出す。「大丈夫、最新の流行曲でもダンスでも無理なく入れられますよ。ストーリーはこうです。騎士は決闘して負傷し、気を失います。その間に彼の魂は未来へと飛ぶんです。そこは現代のニューヨーク!」

そんな無理矢理な展開があっていいのか、と神経質なわたくしはつい思ってしまう。でも、これは映画でコズモが説明する展開とちょうど逆になっているんですね。映画の方も無理矢理さでは五十歩百歩だった。「ニューヨークに出てきた新米のタップ・ダンサーが、タイム・トリップして革命時代のフランスに行く」というんだから。こういうところも、ちょっと皮肉っぽい遊びごころがあってよい。

コズモがストーリーを説明している間に舞台が暗くなり、舞台いっぱいに大きい、テレビのモニターみたいな白い枠が下りてくる。その前にいるコズモにスポット・ライトが当たる。コズモは暗い画面を手で指し示す。「想像して下さい。こんなふうになるんです!」

ピアノ・ソロの"Broadway Melody"の音楽とともに、コズモがゆっくりと歌い出す。「ブロードウェイにしかめっ面は禁物、ブロードウェイでは無粋なこと。暗い顔なんてブロードウェイの流儀じゃない。ブロードウェイにはいつでも笑顔が満ちている。」 第二幕の見どころ、"Broadway Melody Ballet"が始まる。

Simon Coulthardの爽やかでまっすぐな声音は実に耳に心地よい。特に"They are out of style!"の"style"で声を長く伸ばすところ。オーケストラの伴奏が途中から加わる。コズモが「これがブロードウェイ・メロディだ!」と歌ったところで、暗い舞台の背景に、窓の灯りが明るく瞬く、ニューヨークの切り立つような高層ビル群が浮かび上がる。

やがてそのビル群が天井へ上がると、今度はブロードウェイの色とりどりなネオンの看板がたくさん下りてくる。そしてガーシュウィンかバーンスタイン風の"The Street"の音楽が始まる。同時に舞台の上をたくさんの人々が行きかう。いろんな人種、服装、職業の人々。

上品なコートを着た紳士、小さな犬を連れた身なりのよい女性、帽子を深くかぶり、縦縞のダブルのダーク・スーツというお約束な格好をしたギャング、布教でもしているのか、お祈りしながら歩き回る黒衣のシスター、警官、水兵、はしゃいでいる色鮮やかなドレス姿の若い女性たち。

舞台の奥から、手に皮のトランクを提げた、いかにも田舎から出てきたばかりといった風情の若い男性が現れる。ドン演ずる新米ダンサーである。クーパー君は黄色っぽい色の、派手でダサいチェック柄の帽子をかぶり、お揃いの柄の上着にズボン、上着の下にはつやのある明るい黄色のベストを着て、襟元には水色の蝶ネクタイを結び、厚ぶちの大きな丸メガネをかけている。

帽子の下に髪の毛をすっかり隠し、厚ぶちの丸メガネをかけたその顔は、映画「ゴースト・バスターズ」シリーズのリック・モラニスにそっくりだが、やはり大阪を象徴する「食いだおれ人形」をも彷彿とさせる。憧れのアダム様がこんな超ダサい格好をして出てきても、全く違和感を覚えなくなった自分がちょっと悲しい。

新米ダンサーの青年はキョロキョロと周りを見わたしながら、ぎこちない仕草で大股で歩き回り、通りを行きかう人々に気安く声をかける。いきなり2人の黒衣のシスターたちが彼の前に立ちふさがり、彼に向かって十字を切りはじめる。彼は「宗教は間に合ってます」というゴマかし笑いを浮かべて彼女たちから離れる。

やがて彼は上品な身なりの婦人が連れている小さな犬に目を止め、笑いながらかがんで犬の頭を撫でようとする。しかし犬に噛み付かれてしまい、彼は顔をしかめて、いたた、と指を振る。次に彼は縦縞のダーク・スーツのマフィアの肩を叩いてしまう。マフィアは懐から銃を取り出して彼に突きつける。彼は驚いて両手を上げ、あわてて逃げ出す。

驚く間もなく、彼はカラフルなドレスを着た若い女の子たちに見とれてしまう。だが声をかけようと近づいたとたん、女の子たちは彼のダサい格好を指さして大笑い。彼は失敬な!とイジケた顔で背を向ける(映画と同じ)。水兵たちが通りかかると、彼は水兵たちに向かって軍隊式の敬礼をする。

突然、彼は通行人の肩を叩いては「踊らなくちゃ!("Gotta dance!")」と歌い、その都度短いステップを踏んで踊る。細かい振りは覚えていないが、短いわりにはずいぶんと丁寧な振付で、しなやかに優雅に踊っていた印象がある。

やがて通行人たちも一斉に"Gotta dance!"と歌い、彼とともに踊りだす。クーパー君が"Broadway Rhythm"を歌い始める。低音から始まるのでやや辛そうだったが、CDで歌っている人も辛そうだ。とても難しい歌なのだろう。

"That Broadway rhythm."という歌詞では、濁音(といっていいのか?)の"th"を低音で長く伸ばして歌わなくてはならない。クーパー君、ここが特に難しそうだったが、それ以外の部分は大丈夫だった。

たぶんこのシーンのどこかで、クーパー君と2人の水兵(うち1人はSimon Archer)が一緒に踊った。3人で舞台の前面に走り出てきて、なにかバレエの技をやった。なんだったかな。ジャンプとバランスを組み合わせたもので、バレエ作品ではよく見られるお約束的な技だったように覚えている。

それからクーパー君が2人の水兵に高く持ち上げられて、ぶーん、と大きく開脚する動きが面白かった。「マイヤリング」で、ミッツィ・カスパールが2人のハンガリー将校に持ち上げられながら、片足を何度も高く上げながら開脚する。あの振りとよく似ている。

ふと音楽がやむ。"Green Dress Dance"が静かに始まる。黒衣のシスター2人が、両手を祈るように組みながらしずしずと前に進み出てくる。するとシスターたちの全身を覆っていたヴェールと黒衣が、いきなり真ん中からぱっかりと割れる。

大きなヴェールとぶかぶかした黒衣の中から、黒髪のボブカットでセクシー下着姿の美女が現れる。(観客たちは「オッホホホ」と笑っていたが、私としては、この陳腐な演出に「チャウさんの2004年度ゴールデン・ラズベリー賞」を進呈したい。)

新米ダンサーがあんぐりと口を開けて驚いているうちに、舞台はたちまちナイト・クラブに早変わり。紫やピンクといった薄暗いネオンの光が舞台をほのかに照らし、天井からあのスチール製の橋が降下してきて、その下に同じ銀色のスチール製ポールが何本も取り付けられる。

一様に黒髪のボブ・カットで、色違いで同じデザインの下着姿の女性たちがポール・ダンスをし、また男性客たちと組んで踊っている。舞台の左側に丸テーブルと椅子が一組だけ置かれている。ダンサーの青年は女性たちに促されてテーブルに座り、酒を飲まされる。青年は酔って気が大きくなった模様である。帽子と上着を脱ぎ、メガネも外した青年に、緑の下着姿の女性(おそらくHelen Dixon)が近づく。2人は一緒に踊り始める。

クーパー君とヘレン・ディクソンの踊りは、雰囲気や振付は"On Your Toes"の"Slaughter On Tenth Avenue"と似ているが、無意味に危険でアクロバティックすぎる振りがなくなった。後ろで他のダンサーたちも、彼らと同じ振りで踊らなければならないせいもあるだろう。

この踊りの中では、ディクソンがグラン・ジュテで跳んだ瞬間、クーパー君がそれを受け止め、そのまま彼女の体をぐるんと背中に回して乗っけて静止、それからディクソンが逆さになりながらクーパー君の足をつたってゆっくりと床に下りる、という振付が面白かった。

ディクソンのジュテも両脚が横一文字で美しかったし、クーパー君がジュテの姿勢のままの彼女の体を受け止めるタイミングもバッチリで、もちろんヨロヨロもガクガクもしていなかった。ガッチリ、ビシッ!という感じ。ふと、後ろで同じ振りを踊っているダンサーたちが目に入ったけど、タイミングが微妙にズレたりヨロけたりして、何とかこなしているといった感じのペアが多かった。

それから色違いの下着を着た女性たちが、次々と入れ替わってはダンサーの青年と踊り、入れ替わった女性ダンサーたちは、また別の男性客たちと組んで踊る。とにかく人々がめまぐるしく交差しながら踊っている。

ところで不安になった。前に書いた水兵2人とクーパー君との踊りは、このシーンの最中にあったのかもしれない。なんかそっちの可能性のほうが強い気がしてきたな・・・。もしそうだったならごめん。チャウさん、海馬の調子が最近よくないんです。

やがてダンサーの青年は再びテーブルにつき、女性を膝の上に乗っけてイチャついている。"Green Dress Dance"の音楽が止む。次に"Blues Dance"が始まる。この音楽は映画にはないもの。映画でのワルツ風音楽はこの舞台では使われない。

この"Blues Dance"ではクーパー君は踊らない。彼は舞台左脇のテーブルに座ったままで、ここはアンサンブル、つまり群舞の見せ場になる。舞台の前面とスチール製の橋の上に女性アンサンブル、舞台後方に男性アンサンブルが並んで踊っていた。

"Blues Dance"が始まってアンサンブルが踊りだした途端、私はゾッとしました。後ろで踊っている男性アンサンブルの踊りが実に美しかったのである。動きがとてもしなやかで、全員がアダム・クーパー化したかのようであった。音楽に合わせて、四肢を柔らかくしならせてゆっくりと踊る振付だった。また群舞の配置もきれいであった。

クーパー君の振付には、クーパー君自身が踊っている場合を除いて見とれたことなどなかった。クーパー君が踊っていないクーパー君の振付に思わず気を取られたということに、私は非常に驚いた。かくして、クーパー君の振付力は着実にアップしているという思いが、いよいよ強まったのである。

さて、ロクに金も払わずに女性とイチャイチャしていたダンサーの青年は、ナイト・クラブのボス(Richard Curto)の怒りを買う(おそらくそういうストーリーだと思うが、やや分かりにくい)。青年は何とかその場をごまかそうとするが、ボスの指図で店の用心棒や、なぜか水兵たちまでに寄ってたかってボコボコにされる。

青年はついに気を失って倒れてしまう。ナイト・クラブの人々が青年を取り巻き、無表情に見下ろすうちに舞台が暗転する。ちなみにクーパー君が倒れる位置は舞台の右前面。

今度は一転して舞台が明るくなる。スチール製の橋も、ダンス用のポールも、テーブルもなくなり、ナイト・クラブの人々もいなくなっている。白いライトに、背景も白い壁で、舞台上には何の装置もない。その上に青年はまだ倒れ伏している。これは気を失った青年の頭の中の風景らしい。

"Blues Dance"の音楽が止んでいって、徐々に穏やかな優しいメロディに変わっていく。そして"Veil Dance"の音楽が始まる。これは"You Are My Lucky Star"をアレンジしたもの。映画での"Crazy Veil"の音楽は使用されない。

映画"Singin' in the Rain"の音楽は、ところどころ使用が禁じられているという。映画と舞台とで音楽が異なっていれば、おそらくそれが使用禁止になっている部分である。"Broadway Melody Ballet"の中では、ワルツ風の音楽と"Crazy Veil"が使用できないことになっているのだろう。

"Veil Dance"のゆっくりした前奏とともに、舞台左奥から1人の女性ダンサーが、顔を上向け片腕を上げた姿勢で、トゥ・シューズを履き、ポワントでパドブレをしながら姿を現した。髪は濃い茶色のボブ・カット、ストラップで膝丈の白い薄いワンピースを着ている。

えええ〜〜〜っ!?と仰天した。なんとキャシー役のJosefina Gabrielleではないか!

Gabrielleはバレエもできる人だったのだ。映画の"Broadway Melody Ballet"で、"Green Dress Dance"と"Crazy Veil"でジーン・ケリーと踊るのは、シド・チャリスである。彼女によれば、"Crazy Veil"、つまり"Veil Dance"で現れる女性は、ダンサーの青年の幻想なのだそうだ。

だから、ドン演ずるダンサーの青年の幻想にキャシーが現れるのは、確かに筋が通っている。でもよく考えると、"Dancing Cavalier"でドンの相手役をしているのはリナなのだから、リナが現れるほうが理に適っているのでは、とも思われる。でもあまり深く考えないようにね。ドンが好きなのはキャシーなんだから、このほうがいいのっ!

じゃあなんで映画では、キャシー・セルドン役のデビー・レイノルズが"Green Dress Dance"と"Crazy Veil"で踊らなかったのかというと、彼女はバレエが踊れなかったからだそうである(シド・チャリスはレイノルズのことをけっこうボロクソに言っている)。

クーパー君が倒れているのは舞台の右側で、Gabrielleは舞台の左奥から、ずーっとパドブレでクーパー君に近づいていく。まず感心したのが、Gabrielleさん、ポワントでパドブレしてるのに、ほとんど音がしないのである。耳を澄ませるとかろうじて微かに聞こえるくらい。

女性が近づくと、青年はようやく目を覚まして起き上がる。この"Veil Dance"の振付は、完全にクラシック・バレエの動きだけで構成されていた。"You Are My Lucky Star"のメロディに、純度100%クラシック・バレエのステップやムーヴメント。まるでパ・ド・ドゥのアダージョ部分みたいであった。

ふたりで並んで四肢を伸ばして軽くジャンプとか、クーパー君がアラベスクをしたGabrielleを頭上高く持ち上げて、そのままゆっくりと下に降ろすとか、ポワントのまま身を反らせたGabrielleの腰を、クーパー君がつかんで後ろに倒し、抱きしめて顔をつけるとか。

あとはクーパー君が両腕を広げ、体を斜めにして跳び上がり、空中で両足を打ちつけるのが、高くてゆったりとしていて実にきれいだった。

クーパー君がアラベスクの姿勢をしたGabrielleの手を支えてパッと離す。ここでもGabrielleさんすごかったです。アラベスクの姿勢で1秒以上キープしていた。まったくグラつきません。またその姿勢の美しいこと。歌も歌う、セリフもしゃべる、演技もする、バレエも(「素養」以上のレベルで)できる、こういう人材がイギリスにはまだいるんですね。

この作品でのクーパー君の振付が、常にバレエをベースにしているのはもう明らかだった。これが振付に全体的な統一感をもたらし、自然でなめらかであることに繋がった。でも"Veil Dance"だけは、前後の振付とは明らかに異なっていた。

なんでクーパー君は、"Veil Dance"をこういうふうに振り付けることにしたんだろう。ワザとには違いないけれど、どんな意図があったのかな。想像をたくましくするなら、たぶんこの作品を観に訪れるであろう観客層と関係があるのかもしれない。うまく観客に伝わったかどうかは分からないけれど。

あと、これだけは確かだと思う。クーパー君はバレエが本当に好きなのだ。

最後、また眠るように床に倒れこんだ青年の背後から、Gabrielleが出てきたときと同じパドブレで、後ろ向きに舞台の左奥に消えていく。

目が覚めた青年は、呆然とした表情で立ち上がる。"Broadway Rhythm"のメロディがゆっくりと流れる。突然、背景の白い壁が真ん中から観音開きのドアのように大きく開く。その中から、チェックのスーツに帽子、丸い厚ぶちのメガネ、皮のトランクという、都会に出てきたばかりの青年とそっくりな格好をした男性(Simon Coulthard)が現れる。

かつてのダンサーの青年とそっくりな男性は、歩き方もそっくりに大股で闊歩しながら、"Gotta dance!"と無邪気な声で歌う。昔の自分を目の当たりにした青年は、ようやく元気を取り戻して"Gotta dance, gotta dance!"と大きくゆっくりと歌う。よし、クーパー君、完璧にキめたわ!

次の瞬間、流れるようなブラスの"Broadway Rhythm"のメロディが、堰を切ったかのように一気に奏でられる。それと同時に、クーパー君とSimon Coulthardが並んで舞台の奥から走り出してきて、両腕を広げ、膝を折り曲げた姿勢で、舞台の前面で思いっきりジャンプする。

クーパー君とCoulthardは基本的に同じポーズでジャンプするのだが、跳び方や姿勢が微妙に異なっているのが面白い。Coulthardはぴょーん、と元気よく直線的に跳び上がり、クーパー君はふわっ、と跳んで空中で体が弓なりに反り返っている。

やがて冒頭の"The Street"の場面で道を行きかっていた人々が再び現れる。黒衣のシスターたちもいる。クーパー君とCoulthardを中心に、全員が同じ踊りを踊ってフィナーレである。

フィナーレの踊りは「ミュージカル的」な振付であったが、しかし"On Your Toes"にあったような、使い古されたお約束的な動きを継ぎはぎした感じがまったくなく流麗、しかもリンクが自然で無理がなかった。

それでも音楽が速く動きも速いせいかダンサーには難しいようで、ピルエットでダンサーの1人が転倒してしまった。それでも笑顔を絶やさず(エライ!)起き上がって踊り続けていたので、ケガはしなかったようである。見ているほうには容易そうに思えても、やはり踊るほうは大変なのである。好き勝手に言いたい放題でごめんなさい(これからも言うけど)。

最後にみんなが"That's the Broadway melody!"と合唱し、両腕を広げたポーズをとって終わる。観客が一斉に拍手喝采する。

"Broadway Melody"が終わると、ポーズをとったまま静止している人々の中から、Simon Coulthardだけが前に歩み出る。再びあのモニターみたいな白い枠が下りてくる。シンプソンとデクスターがまた姿を現す。枠の外側に残ったコズモは、モニターの中を示しながら彼らに言う。「とまあ、こんな感じになるわけです。」 枠の内側のライトが消える。

シンプソンは感嘆した口調で「すばらしい!」と大絶賛。コズモは満足気に笑う。シンプソンは去りかけてふと振り返り、また口を開く。「よし、これで万全だな!ところで、・・・・・・もう一度説明してくれないかね?」 おっさん全然分かってなかったらしい。コズモはその場でひっくり返る。

とうとう"Dancing Cavalier"の公開初日である。シンプソンの社長室。タキシードを着たシンプソンとデクスターが入ってくる。2人は上機嫌な様子でシャンパンの栓を抜き乾杯する。

そこへ、宣伝係のロッド(Greg Pichery)が息せき切って入ってくる。彼は手に新聞を握りしめている。シンプソン「何かあったのか?」

シンプソンはロッドが持っていた新聞を読む。「なんだって・・・『シンプソン社長が絶賛!リナ・ラモントの天賦の美声!』、『リナ・ラモント、類いなきミュージカルの才能!』だと!?」 ロッドはシンプソンを詰問する。「なぜこんなことを言っちゃったんです!?」 シンプソン「ちがう、私は知らんぞ!言ってない!」

ロッドは叫ぶ。「これじゃあ、キャシー・セルドンの宣伝が打てません!いったいどうしたらいいんです!?」 その瞬間、例のカン高いデカ声が響く。「どうする必要もないわ!」

膝丈でノースリーブのピンクのドレスに身を包み、羽飾りの付いた小さな帽子をかぶったリナが、自信満々な態度で現れる。「何もしなくていいわ!なーんにも!」

シンプソンがリナを問いつめる。「君の仕業か?」 リナは平然と言ってのける。「新聞においしいネタを提供してあげただけよ。」 シンプソンはロッドに指示する。「新聞社に電話して記事を訂正させる。」

ロッドが受話器を差し出す。リナはバカにしたように笑う。「それは賢いやり方じゃないわね。」 シンプソンが怒鳴る。「私のやることに口出しするな!」 リナも負けていない。やはり出た、リナの決めゼリフ3発目。「アタシを何だと思っているのよ!バカかなにかとでも!?(What do you think I am, dumb or something?!)

リナはカバンから古びた書類を取り出し、「アタシにはこの契約書があるのよ!」とシンプソンに突きつける。自分には宣伝の文句を決定する権利があり、映画会社は自分のキャリアを傷つけるような宣伝はできず、キャシーの名前を映画のクレジットに出したらシンプソンを告訴する、とリナは彼を脅す。

映画のセリフを覚えられないリナが、自分に都合のいい契約書の条項だけは、スラスラと詰まることなく早口で一気に暗誦してみせる。「そこに書いてあるわよ。『契約書、1925年6月8日、第34条第1項、本契約において甲は』 ・・・・・・これ、アタシのことよお〜。」

シンプソンは観念する。「君の勝ちだ、リナ」とあきらめたように言い、ロッドにキャシーの名前をクレジットから削除するように指示する。リナはシンプソンの机の上に腰かけ、シャンパンをグラスに注ぎながら言う。「それからもう一つあるのよ。」

シンプソン「何だね!社名を『リナ・ラモント映画』にでもしろというのかね!」 リナはせせら笑う。「まあ、おバカさん!彼女(キャシー)がもし今度の映画でうまくやり遂げたとして・・・。」 シンプソン「それで?("So?")」 リナはデカ声で繰り返す。「それで?("So?")・・・・・・今後もずっとアタシの声を担当してもらうっていうのはどう?」 リナのリベンジはこれだったのである。なかなかの知能犯だ。

シンプソンが激怒する。「何だって!?キャシーの将来を台無しにするつもりなのか!?この人でなし!」 「人、ですって!?("People?!")」 リナはあざ笑いながら繰り返す。「人!?("People?!")」 Ronni Anconaがかすれたデカ声で"People?!"と言うと、観客はその都度すごいウケていた。

リナは新聞を手に取る。「アタシは『人』じゃなくってよ。・・・え〜っと?」 リナは新聞の見出しを探し当て、ところどころつまりながら棒読みする。「アタシは『映画界に燦然と輝くスター』よ!ここに書いてあるわよ。」 シンプソンは困り果てて頭を振る。

"Dancing Cavalier"公開日。ラスト・シーン。白いスクリーンに、ロココ調衣装のクーパー君が目を閉じて倒れているのが映し出される。ぶ厚いドレスを着たリナが駆け寄って嘆く。「ああ、ピエール、ピエール、ケガをしているのね。何とか言ってちょうだい、ピエール!」 ピエールはむくっと起き上がり、「イヴォンヌ、僕を許してくれるかい?(←何を?)」と唐突に尋ねる。

するとイヴォンヌは「イエス、アイ・キャ〜ン、アイ・キャ〜〜〜ン♪」(←だから何を?)といきなりソプラノで歌いだす。それからピエールとイヴォンヌは"Would You"を一緒に歌う。機械的なリズムで何度も正面を向いてカメラ目線になるのがわざとらしい。

映画が終わる。幕が引かれ、その間からドンとリナが出てくる。シンプソン、ロッド、デクスター、コズモ、そしてキャシーが大喜びで出迎える。だが、リナが今後もキャシーに自分の声の吹き替えを担当させると宣言したため、リナとドンは大ゲンカになる。リナ「アタシはこんなにカネを稼げるのよ!」 ドン「キャシーの将来を台無しにするくらいなら、僕が会社を辞める!」 リナ「辞めればいいわよ!アタシはね、サルと組んだって大もうけできるんだから!」

客席の様子を見た宣伝係のロッドが、「早くスピーチを!」とせかす。それを聞いたリナは「スピーチ?今度こそ私がスピーチするわ!」と叫んで出て行こうとする。宣伝係のロッドや監督のデクスターが慌てて止める。が、ドンはしばらく考えてから頷く。「うん、今日はリナの晴れ舞台なのだから、リナに挨拶させるべきだ。」 みなが驚く中、ドンはこっそりとコズモとシンプソンを呼び寄せ、ヒソヒソと何事かを相談する。するとコズモやシンプソンまでも、一転してうんうんと頷きながら同意する。リナは喜び勇んで出ていく。

ここから薄い幕を挟んで、ステージの表、ステージの裏と場面転換がなされる。リナが幕の後ろに姿を消すと同時に舞台が暗くなり、ドンたちも舞台脇に消える。舞台の中央にスポット・ライトが当たるとリナが出てくる。つまりさっきまでそこはステージ裏という設定だったのが、今度はステージの表になっている、という演出である。

リナはにこやかな笑みを浮かべて挨拶する。「この映画が、みなさまのつまらない生活の小さな楽しみとなることができれば、これに勝る光栄はありません!」 リナ役のRonni Anconaが毒のある笑顔で、「つまらない(humdrum)」という単語をわざと強調してゆっくりと読んだので、観客は大爆笑。

2階の客席に待機していたスタッフ2〜3名が叫ぶ。「リナ、声が違うぞ!」、「歌声を聞かせてくれよ!」 リナは蒼白になり、ごまかし笑いを浮かべながら幕の後ろに引っ込む。そこでまた舞台のライトが一瞬消え、リナが幕の前に出てくる。ドンたちも現れる。まぎらわしいが、そこは再びステージ裏という設定になっている。

リナは「どうしよう、どうしよう!?」とすっかり取り乱している。シンプソンが何食わぬ顔で言う。「キャシーに代わりに歌わせればいいんだ。」 リナは「映画と同じに口パクしてればいいのね?」と安堵するが、キャシーは「私は歌いません!」と強い調子で拒否する。

だがドンが声を荒げて言う。「キャシー、歌うんだ!契約があるんだぞ!」 シンプソンも同調する。「そうとも、契約がな!」 キャシーは悔しそうに唇を噛む。ここでちょっと疑問。なんでドンは、前もってキャシーに「謀略」の内容を教えなかったんだろう。そうしたらキャシーは(後で誤解が解けるとはいえ)屈辱的な思いはしないで済んだのに。

キャシーは声を震わせる。「いいわ、歌います。でも、ドン、私は今後二度とあなたには会わないわ!映画でも現実生活でも!」 彼女は涙をこらえながら出ていく。ドンはあわてて彼女の後を追おうとするが、コズモがドンの肩を押さえて止める。リナは気味よさげに「会社は辞める、女には逃げられる、散々ね♪」とドンに皮肉を言う。

リナは再び幕の後ろに入っていく。ライトが消えてドンたちも引っ込む。スポットライトが当たり、リナがまた幕の前に出てくる。幕の後ろも明るくなり、マイクの前に立って待機しているキャシーが見える。この幕を隔てた前後が、何度もステージ表、ステージ裏へとくるくる転換される演出はあまりにせわしくて、見ていてちょっとウザかった。

リナがマイクの前に立つ。ここで指揮者のジュリアン・ケリーが「特別出演」した。ケリーはリナに「ミス・ラモント、何をお歌いになるんですか?」と尋ねる。リナは微笑んだまま表情がこわばり、さりげなくすすす、と後ずさりしてキャシーのほうに頭を傾ける。もちろんキャシーの姿は観客から丸見えで、客席から笑いが漏れる。キャシーは小声で"Singin' In The Rain."とささやく。リナはデカ声で「シンギンインザレイン!」と叫ぶ。

ところが、指揮者のケリーはなおもリナに尋ねる。「何調です?("What key?")」 リナの顔がまたしてもこわばる。リナは再び後ろにあとずさり、キャシーのほうに耳を寄せる。キャシー「エー・フラット("A flat.")」 リナは自信満々に叫ぶ。「アー・フレット!」 観客が大爆笑する。リナは指揮者の質問もキャシーの答えも意味を理解していなかったのだ。

リナが口パクで"Singin' In The Rain"を調子よく(?)歌い始める。いつのまにか舞台の脇にドン、コズモ、シンプソンが佇んでいる。彼らはやがて天井から垂れ下がっているロープを握ると、一緒になってそれを引っ張る。同時にリナの背後の幕がささーっと開く。

幕が引かれて、後ろで歌っているキャシーの姿が露わになる。リナは気づかず能天気に口パクしているが、キャシーはうろたえ、しきりに左右を見わたしながら歌い続ける。コズモがキャシーにゆっくりと近づき、唇に指を当てて彼女に目くばせする。コズモはそっとマイクの前に立ち、後を継いで歌い始める。

リナの口パクに合わせて、男の野太い歌声が響き渡る。リナの口とコズモの歌声がバッチリ合っていたので、知っていたこととはいえやっぱり笑ってしまった。リナが愕然として後ろを振り向くと、マイクの前にいるのは悦に入った様子のコズモ。

リナはあわてふためいて走り去ってしまう。コズモがその後を追う。キャシーは呆然としていたが、やがて泣きそうな顔で舞台から駆け下りると、なんと客席の通路をそのまま走ってきた。キャシーが駆け上がる通路の両脇は、もちろん一般の観客である。初日の公演、私はたまたま通路側の席に座っていた。キャシー役のGabrielleが淡いオレンジ色のドレスの裾を翻らせながら、すぐ横の通路を走ってきてびっくりした。

ドンが舞台上に現れて叫ぶ。「みなさん、彼女を止めて下さい!彼女こそが本当のスターなんです!キャシー・セルドンです!」 チャウさんここでパニックに陥る。確か映画では、観客がキャシーの前に立ちふさがって止めていたよな。スタッフが付近に仕込まれている気配はない。じゃあ、通路側の観客がキャシーを止めないといけないのかな???でもどうすりゃいーんだ?さすが劇場文化に慣れているイギリス人は、こういうのは平気で協力できるのか?でも私はシャイなジャパニーズ、ああ、キャシーがもうすぐ私の横を通過してしまう・・・・・・

と勝手に焦っていたら、キャシーはちょうど私の横で自然に立ち止まった。でもこれはこれで焦った。衣装を着けたキャストがすぐ目の前に立っている!ほんとにすぐ横に。舞台上ではクーパー君が"You Are My Lucky Star"を歌い始めていたが、せっかくの貴重な機会なので、衣装やメイクをしげしげと観察する。Gabrielleさんは身長は160センチちょっと、そんなに背が高くはない。やっぱりダンサーは細いねえ。これはシフォンのドレスだ。ラメが入って光るようになっている。

驚いたのは、彼女がすごいナチュラル・メイクだったことである。このまま街を歩いても不自然ではない。ほんのちょっとアイ・メイクに気合の入った姉ちゃんくらいである。この程度の軽いメイクで舞台に立って、かつきちんと映えるのか、と感心した。

ドン役のクーパー君が立ちつくすキャシーのほうに手を差し伸べ、、アカペラで静かにゆっくりと"You Are My Lucky Star"を歌う。私が観た公演では1回だけ音程が少しズレた。途中でキャシーが後を引き取って歌い始め、再び舞台に上る。オーケストラの伴奏が入る。ドンとキャシーは手をつないで見つめあい、一緒に"You Are My Lucky Star"を歌う。

舞台が暗くなる。白いスクリーンが舞台の中央に下りてくる。ドンとキャシーはその前に立つ。見つめあうドンとキャシーの顔のアップがスクリーンに映る。スクリーンの中のドンとキャシー、そして現実のドンとキャシーは同時に抱き合ってキスをする。その途中で、スクリーンの中のドンとキャシーが正面を向き、スクリーンの前にいるドンとキャシーを見下ろして微笑む。最後に"Singin' In The Rain"のメロディが入った"You Are My Lucky Star"の音楽が流れ、終幕である。

カーテン・コールは、最初は普通に行なわれた。カーテン・コール用の音楽が流れる中、キャストたちが順番に出てきて、最後は全員でお辞儀をする。でも、その更に後にお楽しみが残されていた。他のキャストはみな退場したのに、なぜかクーパー君だけがひとり残る。すると、音楽がいきなり"Broadway Melody"になり、クーパー君が歌い始めた。

それが今度は"Singin' In The Rain"に変わり、なんとキャスト全員がコートを着て傘を差しながら再び出てきた。同時に、天井のいたるところから水が勢いよく降り注ぎ始める。観客たちは大喜びで歓声を上げ、再び大きな拍手が起きる。雨が降りしきる中、キャストたちは全員で"Singin' In The Rain"を歌い、終わりに傘を持った片手を上げる。

キャストたちは再び徐々に退場していき、最後にドン、キャシー、コズモ、リナの4人だけが残る。彼らは腕を組み、くるりと後ろを向くと、"Singin' In The Rain"の音楽に合わせてスキップをしながら舞台の奥に姿を消した。ちょうどポスターの写真を裏から見たみたいに。この終わり方はほほえましいし、リナを仲間はずれにしていないのでよい。この公演のいいところの一つは、リナをただのイジワル女で終わらせなかったところである。

この公演はあるレビューで「この"Singin' In The Rain"の欠点は、singとrainだ」と愉快なダメ出しをされたそうである。うまい!そのとおり、クーパー君は明らかに歌唱力不足だった。観客をヒヤヒヤさせるような歌はいけません。そして、雨というよりは防火用・農業用スプリンクラーと言ったほうが正確な、あのお粗末な降水装置。

どちらが金がかかっているのかは知らないが、全体的な印象は「『オン・ユア・トウズ』と五十歩百歩な安作り舞台」である。カネをかければいいってもんじゃないかもしれないが、でもミュージカルの場合、カネをかけないと基本的にいい舞台は作れない。しかも"Singin' In The Rain"なんだから。舞台美術を豪華にするのが必須条件である。

これを書いている今は、この"Singin' In The Rain"観劇からちょうど1年経った2005年9月末。つい先月、私はロンドンで「メアリ・ポピンズ」を観た。そしてあらためて実感した。ミュージカルは、舞台美術にカネをかければかけるほどよい、と。舞台美術でその作品の価値がほぼ決まるといっていい。

歌唱力を比べると、クーパー君とコズモ役のSimon Coulthardの差は歴然としていた。Coulthardはプロのミュージカル俳優である。歌唱力が安定していて力強く、声量もあって声がよく伸びる。しかもそれを踊りながら平気でやってのける。"On Your Toes"ロンドン公演でペギー役を担当したKathryn Evansを思い出した。クーパー君については、あの歌唱力で"Singin' In The Rain"にチャレンジしたのは、はっきり言って時期尚早であったと思う。これからもミュージカルに出演するつもりなら、引き続きボイス・トレーニングに励んで下さい。

でもでも!私はクーパー君の振付が、"On Your Toes"に比べて進歩しているのを目にしてすごく嬉しかった。私はクーパー君が"On Your Toes"の振付で賞を獲得したのはいまだに納得いかない。だが、"Singin' In The Rain"でノミネートされたのは当然だと思う。こっちの振付のほうが断然よいのだから。

最後に"Singin' In The Rain"の感想を書いたのはもう半年も前なので、以下、重複する記述もかなりあるかと思いますが、何卒ご容赦下さい。

踊りは丁寧に構成され、コピペ的な印象がなくなった。悪目立ちするハデな振りもなくなり、無理がなくスムーズで自然である。"Singin' In The Rain"は一貫してバレエの動きをベースにしている。かといって「バレエでございますのよ」という振付では決してなく、すっきりしたきれいな動きで、それがミュージカル風の振付に融けこんでいる(ただ"Broadway Melody"の最後、クーパー君とガブリエルは100%クラシック・バレエのパ・ド・ドゥを踊る。あそこだけなぜ純バレエにしたのか尋ねてみたいところだ)。

"On Your Toes"では、いろんなタイプのダンスの動きを取り入れすぎた。今回の"Singin' In The Rain"では、クーパー君のベースであるバレエから離れなかった。これが振付に統一性をもたらしたのである。振付家を目指すクーパー君の成長を目の当たりにできて、心からよかったと思った。

あくる2005年の初め、クーパー君が"Singin' In The Rain"の後に担当した"Grand Hotel"の振付がオリヴィエ賞にノミネートされたという(もちろん受賞はしなかった)。私はいかなる権威ある賞も所詮は出来レースだと思っている。しかも私は"Grand Hotel"を観ていない。だが"Singin' In The Rain"の振付を見ていたので、"Grand Hotel"がノミネートされたと聞いて、さもありなん、と頷いたことであった。

(2005年9月21日)

このページのトップにもどる