Club Pelican

Swan Lake in Tokyo 3

2003年3月14日(夜公演)

主要キャスト。白鳥/黒鳥:ジーザス・パスター、王子:トム・ワード、女王:エマ・スピアーズ、執事:スティーヴ・カーカム、ガールフレンド:フィオナ=マリー・チヴァース。

執事役のスティーヴ・カーカム、眼鏡をかけた顔はまったくの無表情だが、それがかえって不気味。執事の存在が映像版よりもはっきりしていると前に書いたけど、執事が影の黒幕、というよりは一種の狂言回しのような役割を担っているように思う。第三幕、客たちが王子を取り囲んで嘲笑を浴びせるシーンでは、執事は嘲笑の輪には加わらず、客たちからやや離れた位置に立って、一人だけ観客の方に顔を向ける。そして無表情に「さあ、ご覧のとおり」とばかりに両手をこころもち広げ、のたうつ王子を指し示す。

リチャード・クルトの執事はゲーハーだし、それに映像版に共通する滑稽味もあってそれなりによかったが、カーカムの執事は氷のような冷たさと不気味さがある。執事はガールフレンドを射殺し、ホールから連れ出されていく王子を冷静な表情で眺めつつ、悲嘆にくれる女王を抱いて慰める黒鳥の青年と顔を見合わせてかすかにほほえみ、手に持ったグラスを高く掲げて飲み干す。ちょっと(というか相当)かっこいいかも。

第一幕、女王とガールフレンドは、お互いに対する敵意をバンバンに燃やしながら睨み合う。彼女たちの肩に、士官と王子が同時にストールをかけ、王室一家はバレエ鑑賞に出かけていく。彼らは舞台奥へと消えていって、そこでいったん幕が下ろされる。舞台袖から3人の士官と執事とが現れ、次に王子に手を取られた女王、そしてガールフレンドがにこやかな笑みを浮かべながら登場し、彼らが舞台右のロイヤル・ボックスに着席してから幕が上がり、劇中バレエ「蛾の姫」が始まる。これがいつもの進行である。

今回も幕が下ろされて舞台がいったん暗くなり、右側に劇場のバルコニー席が運ばれてくるのがかすかに見える。そしてスポット・ライトが点灯されて士官と執事とが現れたちょうどその時、舞台右からいきなり「ガターン!!バキバキッ!!」と、何か堅くて大きいものが倒れて壊れた音がした。舞台装置かなにかだろう。瞬間、ライトが消え、舞台に出てきていた執事役のカーカムは、まったく表情ひとつ変えず(こういうトラブルが起きたときの冷静な対処には感心する)、3人の士官役のダンサーを促して再び舞台袖に消えていった。舞台の右奥から、男性がなにやら指示しているような大声が聞こえてくる。

音楽は鳴っているのに、王室一家とガールフレンドは現れない。さらに舞台のいちばん外側の幕が下ろされ、舞台のライトが完全に消された。そして客席のライトが一斉に点灯される。観客たちが大きくざわめいた。中には「え?第一幕はまさかこれで終わり?」と不思議がる人も。しばらくして場内アナウンス。「テクニカル・プログラムの事情により、再開までいましばらくお待ち下さいませ。」舞台装置か機材かがやっぱり壊れたらしい。でもスペアくらいは用意しているはずだ。「生もの」の舞台には、往々にしてこんなこともあるだろう。

10分くらいして、「まもなく『劇場』のシーンより再開いたします」というアナウンスがある。観客の間から笑い声とともに拍手が起きる。日本の観客たちは実に寛容だ。が、「最初からやりなおしてよ。つながりっていうものもあるし」と言う声も聞こえた。んな無茶な。

東京公演はいちおう今日が最終日。衣装についてちびっと書いておきませう。映像版と特に違うのは、第三幕での女性たちの衣装である。まずガールフレンドは、ノースリーブで光沢のあるタフタ生地、上から下の裾にかけて、黄色からブルーグレーへと色がグラデーションになっているドレスで、手袋はない。女王のドレスも変更されている。デザインは基本的には同じだが、色はやや暗めの紫で、胸元とスカートの裾全体に、同色のラメのビーズで刺繍が施されているもの。ドレスの裾からのぞくアンダースカート(映像版ではゴールドのラメ生地)は、更に濃い紺色になっている。

・・・今、TBSの「ブロード・キャスター」で、この「白鳥の湖」の映像が出たよ。ほんの10秒くらいだろうけど、でも全部が第二幕で白鳥を踊るクーパーだった。いつテレビカメラが入ってたの?気が付かなかった。王子の前に飛び出してきて、顔をびくっとあげるとこも流した。うおう、なんて鋭い目つきなの。なんて美しくて長い腕なの。こんなことされると、またクーパー君への恋心が刺激されるじゃないかよ〜〜〜。嬉しいけど、でも辛いよう(泣)。

スペイン王女のドレスも映像版とはまるきり違っている。色はチャコール・グレー、大きく胸元まで開いた丸首の、長袖のドレスで、スカートの裾には、鋭い扇形をしたグレーのラメ生地のパッチがいくつも入っている。ああ、スペインで思い出した。「スペインの踊り」に出てくる男性ダンサーの衣装も違う。白いシャツに腰まである黒いズボン、シャツの上には紅いボレロ(?)を着ている。ついでにいうと、「スペインの踊り」の振付も映像版とはかなり異なっている。ワタクシ的には今の振付の方が好きである。更についでにいうと、本日の「スペインの踊り」、男性たちが途中であげる「オ・レ!!」というかけ声、なぜか全員が裏声で「ア・レ!!」と叫んでいた。女性のドレスは総じて色がみな似たようなものになっていて、第三幕で舞台にドレスをまとった女性たちが居並んでいても、なんだか全体的に暗くて華やかな感じがあまりない。わざとなのかもしれないけど。

ジーザス・パスターの白鳥/黒鳥はもう何度か観たから、だんだんとこれはこれで定着してきた。でも、私の心の中には難攻不落の「アダム要塞」(その他、ザ・タワー・オブ・アダム、アダム・パレス、アダム・コート、アダム・ストリート、アダム・スクエア、アダム・パーク、セントラル・オブ・アダム、アダム・ミュージアム等、呼び名はなんでも可)が築き上げられている。何度かジーザスの白鳥を観れば、要塞とまではいかなくても、せめて「ジーザス君の小部屋」か「ジーザス君コーナー」くらいは、この小さな心の片隅にできるかと思ったが、どうも無理らしい。

でも最終日くらいはちゃんとホメよう。ジーザス君がすばらしいのは、体が柔らかいこと、動きがゆっくりでしなやかなこと。脚は高く美しく上がるし、両脚は全開するし、体を反らしながら腕を伸ばして跳び上がったとき、片足のかかとが頭にくっつくし、両手を股の間から後ろにくぐらせて頭をつかんだりする。最後のはウソです。ごめんなさい。

さて終幕だ。やれやれ、疲れた。でもとても楽しかった。終演後、帰りにオーチャードの搬入口の前を通りかかった。大きな2トントラックが搬入口に横付けされ、作業員の兄ちゃんたちがなにやら打ち合わせしていた。さっそく舞台装置を運び出すのかな?高速道路を通って大阪に運ぶのかなあ、などと思いながら通り過ぎた。ちょっと「宴のあと」な気分になったけど、でもダンサーの人たちは本当によくやったと思う。

公演2週目後半から3週目までは連日休みなしで、驚いたことに、日によっては1日2公演ぶっつづけで白鳥/黒鳥を踊ったジーザス・パスター、そしてほぼ全員が毎公演に出演して踊ったであろう群舞のダンサーたち、これが彼らの仕事だから、と片づけるのは簡単だけど、素人目にみても超多忙な公演スケジュールを、本当によく最後までやり遂げられたものだ。ダンサーのみなさん、まだ日本での公演は続きますが、とりあえずご苦労さまでした。短いオフでしょうが、ゆっくり休んで下さい。

このページのトップにもどる

2003年3月11日(夜公演)

主要キャスト。白鳥/黒鳥:ジーザス・パスター、王子:トム・ワード、女王:マーガリート・ポーター、執事:スティーヴ・カーカム、ガールフレンド:トレイシー・ブラッドリー。

まさかまだやるとは思わなかったでしょ。私もです。クーパー君の出演が一段落ついたところでやめようかな〜、とも思ったけど、なんとなくね。今までで書き忘れたこともあるし。

王子役はトム・ワード。なんだちゃんと日本に来てたんだ、と思ってしまって悪かった。でも私が観にいった日には、なぜか当たらなかったのだ。顔はわが愛しのハーヴェイ・カイテルおじさまにちょっと似てる(かも)。第二幕が終わった休憩時間には「バカボンのパパみたい」などという意見も聞こえてきたが、これこれ、そんなことを言ってはいけないよ。ぶぶっ。

ていうかマジで、この人踊りがすごいよかったっすよ。背はそんなに高い方じゃないと思うんだけど、踊りがなんだか大きいの。第二幕の王子のソロや、あとダントツによかったのが、第二幕でのアダージョ、白鳥とのデュエットのシーン。動きが軽くて、ホントに跳びはねてるみたいでとてもきれいだった。たぶんね、私はクーパー君が出ると、正直言って彼しか目に入らない。だからクーパー君が出ない日は、王子役にもやっと少しは注意を向けることができる。今回の公演の王子役、私はこれで3人観たけど、全員ともに踊りはすごくいいんだと思う。私があまり注意していないだけで。それに映像版のスコット・アンブラーがあまりにも強烈だから、今回の王子役の3人を自分の中に印象づけるのは、本当に大変だった。どうしてもアンブラーのような王子を期待してしまって、違う、王子はそうじゃない、とか思ってしまう。

トム・ワードの王子については、ソロや、あるいはデュエットでも別個に踊るときはすばらしかったんだけど、誰かと組んで踊るとき、たとえば女王、白鳥、黒鳥の青年と絡んで踊るときは、ちょっとぎこちないというか、タイミングが合ってなくて、音楽からずれてたり、お見合いしたり、相手がいつもの動きを省略したり、或いは変えたり、というところがいくつかあった。もっとも、これは慣れ不慣れの問題だろうし、無理に危険なことをやるよりは、安全策をとった方が正しい選択なのは分かる。でもトム・ワード、そんなに控えめにしてないで、どんどん舞台に出た方がいいと思う(私が行った日に限って出てないだけかもしれないけど)。

今日のファン・ダンサーとスペイン王女、私のお気に入りのあの彼女だった。パンフレットの写真から判断するに、ピア・ドライヴァー(Pia Driver)というダンサーなのかなあ?もしくはルース・モス(Ruth Moss)だと思うんだけど・・・。ところでね、第三幕の「スペインの踊り」のところで、映像版にはないんだけど、ダンサーたちが「オ・レ!!」っていうかけ声を一斉にあげるの、聞いててちょっと恥ずかしい。いくらスペインだからって、安易に「オ・レ!!」はねーだろ。

白鳥/黒鳥の青年役はジーザス・パスター。彼一人に負担が集中してしまっている状況だというのに、一生懸命に踊ってくれている。第三幕、疲れのみえる群舞のダンサーたちを、さりげなく励ましつつ踊っているのがよく分かった。責任感が強い、そして忍耐強くてタフな、すばらしいダンサーだ。今回の公演を実質的に成り立たせているのは、このパスターである。もちろん、クーパー君も当初の予想に反して、意外とたくさん踊って頑張ってくれた。でも、いちばんの功労者はパスター。これだけは疑いようのない事実だ。

でも、私はやっぱりアダム・クーパーのファンだ。私にとっての白鳥/黒鳥は、クーパーしかいないの。公平な意見を言わなくちゃ、客観的に見なくちゃ、って頑張ったけど、でも、今日の公演を観ながら、どうしても気持ち的に「首のすげ替え」をしてしまって、クーパーの踊りをずっと思い出していた。クーパーは、私の中ではやはり絶対的存在なんです。

自分の好きなダンサーと競合する相手は許せないから、どうしても批判的に見てしまう。なんでそういちいち正面向くの!?とか、なんでそういちいちポーズ決めるの!?とか、しょうもないことで。同じことをクーパーがやったら、たぶん何とも思わないどころか、「きゃ〜っ、アダム様おステキ〜」とホメまくりでしょうに。この感情的な前提だけは、乗り越えられそうもない。ごめんなさい。

早く日本に戻ってきてほしい。クーパー君の白鳥を、黒鳥の青年をまた観たいよう。というわけで、「クーパー君を定期的に思い出そうキャンペーン」の一環として、今までの感想で書き忘れたことをひとつ。つまんないことだけど、でももしあなたがクーパー君のファンなら、ちょっとは嬉しいはずである。彼の顔の舞台用メイクについてなんだけど、白鳥のときね、体と顔と髪を真っ白に塗りたくって額に黒い線という例の白鳥メイクの他に、映像版ではそうみえないんだけど、眉毛にアイブロウ引いてて、それから目元にも黒いペンシル入れてる。ほら、あのたぶん眼を目立たせるための舞台用アイメイクね。

クーパー君は白鳥のとき、それで眼を大きく見開いた表情を時折するから、なおさら野生の動物みたい。特に第二幕、舞台奥から現れた白鳥が、ジャンプしながら舞台前方に出てきて静止して、それから毛づくろいらしき動作をするでしょ。それから人(王子)の気配に気づいて顔を上げるとこがあるよね。あそこでクーパー君、音楽とズバリのタイミングで(ああ、音楽のポインターがあればいいのに!)、うつむいた顔をいきなりびくっと上向ける。そのときの顔が、目をかっと見開いて、まるで鷹の眼のように鋭いまなざしなのよ〜。

それから第三幕の「黒鳥のパ・ド・ドゥ」のコーダの群舞ね、男性の振りが映像版とは変わっているって書いたと思うけど、変わっているのは男性の踊りの最初の方です。黒鳥の青年が眺めている前で女王や王女たちが踊って、それから女性陣が引っ込んで、あの華やかな音楽が響いて、男性陣が両腕を顔と胸の前にかざしたポーズで奥から前にでてくるでしょ?それから女性陣が再び舞台中央に出てくる間の、男性の踊りの振りがかなり違う。脚を大きく動かして、動き自体はさほどハデではないけれど、男性の脚の力強さ、ダイナミックな動きを強調したもの。

「マノン」第二幕のレスコーの酔っぱらい踊りみたいな、右足を軸にして、左足を前から後ろへと大きくキックする動きをゆっくりにしたやつとか、片脚をあげて顎と上半身を後ろに反りかえらせるのとか(「カー・マン」のパンフレットに同じポーズの写真がある)とか、舞台に背を向けて、片方の脚を軸にして、もう片方の脚を高くあげて体全体を旋回させるとか。最初に観たときは、なんかおとなしくなっちゃったな、と思ったけど、クーパーがこれをやると、長い手足がなおさら強調されるし、それに彼の動きはなによりも美しいんです。動きに緩急のメリハリがあるしね。

もうすでに公演の感想じゃなくなっちゃったな。いーのだ、もういいコぶるのはやめじゃい。クーパー君、カムバーック!!

このページのトップにもどる