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Stories 4

ひな的「On Your Toes」の楽しみ方

by ひな


★生オケを堪能する。

「On Your Toes」(以下OYT)が上演されたホールは、テムズ河南岸沿いの「Royal Festibal Hall」です。外観は体育館かと思えるくらい、シンプルなコンクリート造りの建物で、近代的と言えば近代的なんでしょうが、ウェスト・エンドのビクトリア調の華麗な劇場群と比べると、どうにも殺風景な感じです。このホール、名前からもわかるとおり、お芝居やミュージカルを上演するよりも、クラシック等のコンサートをメインに上演しているので、外観が華麗である必要はないのかもしれませんが。

クラシック音楽を上演するホールは、どの国でも、非常に音響にこだわって設計されています。もちろん、Royal Festibal Hallも、特にオーケストラを聴くには、理想的な音響設備が整っています。OYTは小編成とは言え生オケ付の公演ですから、これは期待できます。

オーケストラ・ピットはさすがに狭いものの、楽器はよく考えられた配置がされています。特に打楽器はドラ、ティンパニ、シロフォンなどの大きな楽器もあり、音が前へ響くドラは客席側、音が上に響く楽器は舞台側と、その配置に音楽担当者の音響へのこだわりが感じられます。ただ1つ、非常に残念だったのが、ピアノがアコースティックではなく、キーボードを使っていた事でした。確かにピアノの音は調整が難しい上、非常に場所を取る楽器ですから、使えないのはしょうがないのかもしれませんが、せっかく音響のいいホール。アップライトで充分なので、使ってほしかったと思いました。

さて、実際に公演が始まって、最初の序曲を聴いて、やはりその音響の良さに感動しました。オケ全体の音がきちんと1つのかたまりとして聴こえてきます。上手側、下手側、または前列、後列と、どのシートに座っても、そのシートに近い楽器が突出して聴こえるのではなく、音楽が非常にバランス良く聴こえると思います。これはこうした音響の良いホールの特徴でもありますが、それを活かす編成のバランス、配置のバランス、演奏のバランス、どれも非常にレベルの高いオケだと思いました。特にオーボエは、ズバ抜けて上手い奏者で、オーボエが旋律を奏でる部分では、美しい音と安定した音程で、音楽をより良く聴かせていました。

OYTの公演をこのホールでやると決めたのが誰かはわかりませんが、やはり音楽にこだわりのある方なんでしょう。おかげで、音響の良いホールならではの、質の高い演奏を堪能できました。

★アダムの歌

アダムは歌は本職ではないので、期待よりも好奇心のほうがまさっていた気がします。しかも、予備知識として聴いていたCDのジュニア役の人が、非常にハイレベルな歌唱力の持ち主だったため、「これは素人には無理だ。」と思っていました。

アダムの歌、それは一言で言うならば「地声」です。セリフを言うそのままの声、もっと言ったら、普段しゃべる声そのままの声で歌っている感じです。わかりやすい例を挙げると、アニメ映画などで、吹き替えを俳優さんがやる事がありますが、本職の声優さんに比べると、声の質がまったく違うのがハッキリとわかります。アダムの歌は、この俳優さんに相当するわけです。それは本格的にトレーニングを積んだ歌ではなく、カラオケの十八番のように、何度も繰り返し歌った歌を披露している感じです。

・・・と書いたからと言って、アダムの歌を批判しているつもりはまったくありません。それは、この「素人っぽさ」が、ジュニアという役にとてもピッタリしているからなんです。

ジュニアは、テノールとバリトンの中間という、普通の成人男性がもっとも出しやすい音域で、アダムの音域にも合っています。明るくて、優しくて、ちょっとはにかみ屋で、爽やかな好青年というイメージのジュニアの歌は、やはり素直に爽やかに歌うのが一番です。アダムは、その元々の声質がこのイメージそのままな上、技巧に頼らない分、とても素直に声が出ていて清々しいんです。

特にペギーと「The Heart Is Quicker Than The Eye」を歌うところ。ペギー役のキャサリン・エヴェンズは素晴らしい歌唱力と声量を持った完全なプロで、その存在感と迫力のある歌には圧倒されました。でも、アダムの歌も全く聴き劣りしません。それは、この2人の位置関係、相談する青年と、アドバイスする熟年の成功した女性、という歌の内容に、2人の歌い方や声質がピッタリしているからだと思います。ペギーはそれを歌唱力で表現し、アダムは素直に歌う事で、自然に役の雰囲気が出ている、という違いはありますが。

期待していなかったとは言え、予想以上に良かったアダムの歌でした。でも実は、もうちょっとだけ歌唱力があればな〜と思ったのも事実です。声は爽やかな(私は「お兄さん声」と呼んでいるんですが、池田秀一さんのようなキレイな声です。)とてもいい声をしているので、抑揚やバランスをもう少し練習するだけで、もっともっと良くなると思うんです。この公演をどこまで広げる予定なのかはわかりませんが、もしウェスト・エンドやブロードウェイまで考えているのであれば、本場の耳の肥えた観客に聴かせるには、もう少し頑張る必要がありそうです。

★アダムの踊り

こちらは本職です。めいっぱい期待していました。

ただ、アダムの踊りに関してちょっと興味のあるポイントもありました。リズム感です。

私はアダムは完璧な音感を持ったダンサーだと思っています。クラシック音楽に合わせて踊る場合、この完璧な音感こそがアダムの美しい踊りの本質になるわけです。

しかし、OYTはジャズです。キレイな旋律を持った曲が多いとは言え、やはりリズムは完全なバックビート。作品中にも、クラシックバレエのダンサーが、ジャズの拍子に合わせて踊れない、というシーンが出てきますし、ジャズのリズムに関して、クラシックのシンコペーションとは違う、というちょっとしたジョークになっているセリフもあります。というわけで、クラシック音楽で踊るアダムしか観た事のない私は、アダムのリズム感にとても興味を持っていました。

最初にアダムが踊るのは、フランキーが怒って教室を出て行き、シドニーを家へ帰らせた後、なぜかカバンに隠し持っていたダンスシューズを取り出して、短いフレーズのタップを踏むところです。

最初の登場シーン、ジュニアの15年後の姿として教壇に立つシーンでは、「あれ?思ったより小さい感じ?」と思ったアダムでしたが、踊り始めた途端、突然舞台の上で大きくなったように思えます。長い腕でバランスを上手に取り、小気味良くアクセントのついたタップダンス。やはりアダムは、リズム感も完璧でした。アダムほどのダンサー、そんな事は当たり前だったのでしょうが、やはり実際に目で観て実感できた事が嬉しいです。リズム感もしっかり身に付いている上、あの天性の音感の持ち主ですから、その踊る姿のゴージャスな事!

それでもやはり、アダムはリズムよりも、音楽に乗って踊るタイプのダンサーなんだな〜とも思いました。ミュージカル系のダンサーには、とんでもなくリズム感のいい人がよくいます。まるで筋肉から骨まで、全身のすべてがリズムを感じているような踊り方をする人です。アダムはそういう人に比べると、振付のせいもあるでしょうが、やはりクラシック系のトレーニング、リズムよりも音楽を重視するトレーニングを積んだリズム感だと思います。でも、必要充分なリズム感があり、天性の音感があるからこその、このゴージャスさ。主役を踊れるダンサーというのは、こういうものなのねー、としみじみ思いました。

★アダムの振付

振付は、実は案外、無難だったのではないかと思います。ちょこちょこといろいろな作品をパロったりしながら、マシュー・ボーンの影響(パロディ?)も見え隠れしつつ、安心して観ていられると感じたので、そう思っただけですが。一番面白かったのが、ヴェラ(サラ・ウィルドー)が「ゼノビアの王女」をジュニアの前で踊ってみせるシーン。いきなり目の前に足をあげられたジュニアが、その足を持ってヴェラをさかさまにして振り回す振付です。意表をついていて、思わず笑ってしまいました。このシーンのイメージや、ヴェラとジュニアの関係、その性格も感じられる、面白い振付だと思いました。

あと「10番街の殺人」でのサラ・ウィルドーとのデュエット。これは相当高度なリフトが連続する振付で、少しだけドキドキしました。私のイメージする「リフト」というのは、1回持ち上げたら置いて、また持ち上げて置いて、というものなんですが、このデュエットのリフトときたら、サラを下に下ろさないまま、また次のリフトへ、、、という技も出てきます。そのリフト自体も「一体どこをどうやって持ってるの?」と疑問に思えるくらい複雑なサポートで、それを音楽に合わせて連続させるのですから、素人目にも超絶技巧なのがよくわかりました。

ただ、はたしてこのシーンに、これほどの超絶技巧が必要なのかどうか、ちょっとだけ疑問に思ったのも確かです。技術の見せ場というのは必要なのかもしれませんが、スウィング系で重ったるい感じの音楽には、次から次へと激しく変わる、絢爛豪華なリフトの連続が、いまいちピッタリこない気がしたんです。もっとスッキリと、でも見た目にはカッコイイ振付でいいんじゃないか?と思いました。ここは専門家の意見を聞いてみたい部分です。

★演出・セット・衣装など

絶賛したいのはやまやまですが、これはハッキリ言っていまいちだと思いました。

大金をかけて作られた舞台と比較するべきではありませんが、もうちょっとなんとかならないものかと。

全体的にポップな感じのセットと衣装ですが、あまりにも華やかさに欠けます。主役級のダンサーとシンガーは、その技術で補える部分がありますが、やはり群舞に関しては、セットと衣装でかなり損をしている感じです。日本公演では、もうちょっとお金をかけるなりして、改善してほしい部分の1つです。

同様に、演出もかなり地味です。OYTはミュージカルとしては小品ですし、ド派手な演出は必要ないでしょうが、ストレート・プレイではないのですから、ある程度のエンターテイメント性は必要なのではないでしょうか。

特に「On Your Toes」のシーン。ストーリー的に大きな山場となるはずなのに、どうにも盛り上がりに欠けます。観客が「おぉっ!」と歓声をあげるくらいの演出でもいいんではないかと思いました。

さらに、根本的に問題なのは、歌と踊りを重視した演出なのか、ストーリーを重視した演出なのかが曖昧な点です。歌と踊りを重視した演出にしては、前述したとおりあまりにも地味すぎますし、ストーリーを重視した演出にしては、どこが山場なんだかわからないのでは問題外です。そのため、全体として見ると、曲ごとに演出したものをつなぎ合わせました、という印象になってしまっています。

演出に関しても、かなり改善の余地があると思います。

・・・というわけで、多少アラもあるにはありますが、楽しめる作品である事は間違いありません。何回か公演を重ねるうちに、だんだん良くなっていく過程も楽しめそうです。まずは日本公演。ロンドンとどう違ってくるのか、楽しみです。


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