Club Pelican

Stories

バーミンガム・ロイヤル・バレエ
「ホブソンズ・チョイス」(“Hobson's Choice”)

(2005年10月12、13、15日、ヒポドローム劇場、バーミンガム)

by あび


第二幕

第一場 ピール公園、日曜の午後
Peel Park, Sanday Afternoon

舞台は公園を取り巻く柵が描かれた内幕が降りていて、めかし込んだ男女が踊りながら次々と通り過ぎてゆく。ここで素敵なのは女性のトウシューズ。青や赤、オレンジなどカラフルなものである。

妹達二人もめかし込んでデートにいそしんでいる。アリスは薄いグリーンを基調にしたドレス、ヴィッキーは少し丈が短めの濃いピンクのストライプ入りのドレスで、各々揃いの帽子を被っている。そこへ黒い上着に茶色のズボンというよそ行き姿のウィルが周りを伺うように回りながら舞台を横切ってゆく。

中流階級の男性の装いと比べて彼のジャケットとズボンの丈は短い。「マイ・フェア・レディ」などでも見られるけれども、本当に階級によって衣装が違うんだなあと納得。そこにヘップワース夫人が二人の子供(セーラーっぽい子供服を着た4歳くらいの男の子とオレンジのワンピースの10歳くらいの女の子)を連れて現れる。「あ、どうも」とびくびくと挨拶するウィルに対して、「あら、靴屋のウサギさんじゃないの」とまたもや「ウサギ」をしてくれる夫人。子供まで笑っているぞ。

入れ替わりにマギーが現れる。彼女はいつものスカートの上に緑の上着を着て、頭にはグレーの帽子を被っている。よそ行きを着ないところが堅実な彼女っぽい。

すると軍隊調のマーチとともに、“Cast out Demon Drink”(訳・悪魔の飲み物=酒を追放しましょう)と書かれた旗を掲げた救世軍の一行が通り過ぎる。男性は紺の軍服に軍帽、女性は同色に赤いラインの入ったドレスにやはり紺のボンネットを被って、生真面目な表情で行進していく。それをやり過ごしようやく出会えた二人、マギーがキスしようとするとやっぱりのけぞって逃げてしまうウィル。

それでも何とか腕を組み、空いたベンチに腰掛ける。そうすると内幕が上がって公園の中になり、そこに集う男女によるワルツが繰り広げられる。(ちなみにこの間、ベンチの二人は全く制止した状態で瞬き以外は動いていない。)

このシーンは映画『メアリー・ポピンズ』の一シーンのようにとても華やか。穏やかな秋の日曜日の昼下がりという空気が出ている。

ほどなくワルツが終わり、妹達+それぞれの彼氏がベンチにやってくる。かしこまって座っている二人を見て当然ながら仰天するアリスとヴィッキー。

ここで男二人が各々の相手を後ろから持ち上げて、女性陣は両足をそろえて伸ばして上半身と足が直角になるようなポーズを取る。手振りとあいまって二人が口々に騒いでいる感じが伝わる。「何でこの二人が一緒にいるのよ!?」 「あたしだって知らないわよ!」と大騒ぎ(声出てないけど)している二人をよそに、「じゃ、そういうことだから」とウィルを引っ張って去ってゆくマギー。

入れ替わりのように「救世軍の踊り」が始まる。なんで救世軍やねんと思われそうだが、この物語の舞台が1880年であり、禁酒を標榜するこのメソジスト系伝道組織が大々的な活動を始めた時期と一致することを考えるとすごく筋が通る。

単なるディベルティスマンというよりこの時代を風刺しているみたいだ。ここの音楽は前半は聖歌調、後半はマーチ調でこれもぴったり合っている。

踊りそのものは前半はリフト中心の緩やかな動き、後半は男性がピルエットを繰り返したり、女性陣がタンバリンを叩いてフェッテやパンシェを繰り返したりとバレエの定石を踏んでいるが、全員妙にかしこまっていてニコリともしない。

女性によるソロ、男性のソロもあるが、その間残りのメンバーは神妙な顔で語り合っている。「私達は崇高な使命を持っているのでございます」という雰囲気が濃厚だ。なにせ先述のワルツの時には、踊っていない人たちに聖書配って話しかけていましたからね。そして市民はそれぞれ救世軍のパフォーマンスを眺めたり聖書を見ながら論じていたり、「厄介なのが来たなあ」という顔をしていたりする。

ついでにワルツの別シーンでは、太鼓やラッパを持って、救世軍自身が音楽を演奏しているように見せていた。当然演奏はオーケストラなんだけど、うまい人たちだと演奏のリズムにぴたりとあった動きをしていた。

まあそんなこんなで一日が終わり、再び柵の前。恋人達がワルツを踊りながら軽やかに帰っていく。マギーと踊りながら現れたウィルは相変わらずへっぴり腰で猫背だが、落ち込みそうな彼に対して、彼女は励ますように微笑んで下手に去ってゆく。一人残ったウィルは上手に歩いてゆくが、困惑しつつも照れ笑いを浮かべていて、まんざらでもないように見える。ちなみにジェームズ・グランディはここで退場の際、手を振っていた。

第二場 ホブソン靴店、月曜の朝

そのまま内幕が引きあがり、場面は翌日のホブソン靴店へ。ヴィッキーとアリスが上手ドアにかがみこんで様子を窺っているのが見える。どうやら二人は父親に姉のことを報告したらしい。ほどなく扉が開いて、落ち着き払ったマギーと怒り狂ったヘンリーが登場。

体をぶるぶる震わして怒る父親に対して、「だってお父さんが結婚相手を見つけるのは無理だって言ったじゃない。だから自分で探したまでよ」と表情を変えないで訴えつつ、近寄ってくる父親に蹴りを入れたり、肘鉄を食らわしたりとなかなかに過激な反撃をする娘。そこへウィルが出勤してくる。こそこそと仕事場に向かおうとするのを遮って、事の次第を問いただすヘンリー。

「お前ウチの娘と結婚するって本当か?あぁ!?」 「…いや、それは娘さんが…勝手に…」と抗弁する(しつこいがマイムと演技によってですよ)ウィル。

だが激昂している親父は聞く耳をもたず、やおら襟首を引っつかみ、もう片方の手で自分のベルトを外す。何をする気だと思ったら、そのベルトをムチ代わりにしてウィルをひっぱたく。

ここはオーケストラがベルトを叩くのに合わせてパチンという音を出す。(しかしある公演ではタイミングが合わず、結局ウィル役の子は余計に殴られていた。)

一回目では踏みとどまっていたウィルだが、二回打たれてブチ切れる。「ああそうですよ!結婚しますよ。こんなことだってしちゃうんだもんねー」とばかりにマギーの肩を掴んで、むむーっとキスする。「やっぱり私の見込んだ通りだわ」と喜んですがりつく娘の姿にさらにキレて、もう一発ベルトを繰り出す親父。

結局ブチ切れまくったウィルはマギーの手を引いて店を飛び出してゆく。でもすぐ転んで我に返る。(笑)

「あぁ、まずいことしちゃったよ。どうしよう!?」としおれる彼をよそに元気なマギー、「大丈夫よ、私達には切り札があるじゃない!」とばかりに、やおらウィルの上着のポケットを探って、意気揚々と例の名刺を取り出す。「これがあれば百人力よ!まあついていらっしゃい。」 「…いや、よくわかんないけど」と去ってゆく二人。再び内幕が降りて街中になり、労働者風の男達がわらわらと集まってくる。

そこへ高揚感漂う音楽とともに、大きな手押し車を運んできた二人が再登場。荷台に積まれているのは、店を開くのに必要な道具一式と“William Mossop Bootmaker”と描かれた真新しい看板。男達にビラを配った後、看板を見つめ「信じられない!」という風な笑顔のウィルと微笑んで強くうなずくマギー、再び退場する。

そこへ不愉快そうに歩いてきた親父に向かって男達はビラを見せる。彼は逆上してビラを破り捨てるが、友達に誘われて結局飲みに向かう。やれやれ。

ここで再び内幕が開かれ、サルフォードの街角が表れる。霧がかった夜。下手にガス灯。後方には倉庫があり”Beenstock & Son Corn House”と書いてある看板が見える。上手にひときわ大きな石造りの穀物貯蔵庫があり、石段が付いている。客席からは見えないが貯蔵庫の上には搬入用の穴が開いているようで、鎖で囲われている。一見スムーズな時間進行だが、プログラムによると、数週間後の夜となっている。

さて、酔っ払った親父と呑み友達登場。音楽も神秘的というか、とてもナイーヴな感じの響きになるのと対照的に、呑んだくれどもはオットセイのように踊っている。両手を両脇でパタパタ振りながら、ぴょこぴょことジャンプして後ずさりしていてとても滑稽。

ひとしきり騒いだ挙句、握手してそれぞれ帰途につく親父達。ヘンリーも戻ろうとするが酔っ払って方向感覚がつかめないのか、ふらふらと石段を登っていく。

「何でこんなところに鎖があるんだよ〜。」 鎖をはずして歩き出すが、すぽっと倉庫に落ち込む。第二幕終了。


第三幕

第一場 ビーンストック穀物倉庫、朝。
Beenstock’s corn warehouse, morning

一夜明けた穀物倉庫の前。上手には人だかりができて穴の周りを取り囲んでいる。と、見物人の中にいたフレッドとアルバートの二人が中央に歩いてくる。要するにヘンリーが落ち込んだのはフレッドの店の倉庫であり、弁護士のアルバートは親父を器物破損で訴える書状を作ってきたのである。

そこへ花束を持ったマギーが下手から歩いてくる。いつもと同じ上着にスカートと帽子だけれど、クタイだけは白いレースの付いたリボンタイになっている。つまり今から結婚しに行くところなのである。すたすたと階段を上って穴を覗き込むが、そのまま二人の下に戻り、書類を確認して去ってゆく。

ややあって貯蔵庫の下に取り付けられた上げ戸が開いて、粉まみれのヘンリーが出てくる。衆人環視の中、アルバートに訴状を渡されてこそこそと退場。

ここで再び内幕が降りる。今度は墓地のある教会で、ウィルとその友達がクロッグ・ダンスを踊りながら表れる。多分バチェラー・パーティ(結婚前夜の男女が独身最後の夜を呑んで騒ぐ慣習。『ハイランド・フリング』第一幕のようなやつです)を終えた後、見送りに来たのだろう。

ここでは花嫁衣裳を着た女装男(ヒゲ、もみ上げ付き)もいたりとコミカルだ。ひとしきり踊った後、友達は退散し、ウィルだけが取り残される。

メランコリーな音楽が流れる中、手持ち無沙汰なウィル、つい目の前のお墓にひざまづいたりしている。ちなみにひざまづくお墓はキャストによって違っていた。

ほどなくマギーが妹達とその彼氏を連れて表れる。やさしげな手つきでウィルのネクタイを直してあげるマギーだが、妹達には「さあ、あんた達、私の夫に挨拶のキスをなさい」と姉の強権を発動している。思いっきり厭そうな顔をする妹二人。とりあえずいやいや挨拶をする。

ヴィッキーは大人しく姉の命令に従うものの、アリスは顔を近づけるだけですぐぷいっとそむけてしまう。とりあえずフレッドとアルバートも握手する。

この後のシーンでも出てくるけど、この二人のウィルに対する態度は妹達のそれとは異なる。フレッドは普通に握手するし、その後もあまり見下すような態度が無くて、わりとフレンドリーだ。アルバートも最初の握手ではヤケクソのように相手をぶんぶん振り回したりと、少し距離があるけど何となく親しみを覚えているようにみえる。とりあえず準備を終えた三組はそれぞれ腕を組み、客席に向けてひざまずく。

照明が暗くなってオルガンの音が鳴り、場面は教会に早代わり。ピンスポットにいるウィルとマギーはそれぞれ時間を置いて神妙さと緊張を混ぜた顔で頷く。これだけなのに本当に二人が牧師の前で宣誓をしているように見える。

そしてお互いを見つめて頷きあった後、指輪交換。でも指輪を忘れたウィルに、介添人役のアルバートがしゃちほこばったカニ歩きで指輪を渡すというシーンもあったりする。場内爆笑。

宣誓を終えて立ち上がった二人がぎこちなくキスしたところでさっと内幕が上がり、舞台は二人が新しく始めた靴屋兼住居に移る。

第二場 オールド・フィールド・ロードのモソップ靴店
Mossop’s boot shop, Oldfield Road

どうやら半地下のお店みたいで天井にパイプが見える。上手に玄関へ通ずる階段と寝室へ通ずる扉があり、その手前にアップライトピアノが置かれている。下手奥には衝立てがありその前にはテーブルと6客の椅子が置かれている。

さて、妹達はブーケをせがむが、マギーが客席に放り投げてしまう。お客さんは大喜び。妹達はすね顔。とりあえず祝杯を挙げようとお茶の支度を始める。マギーが仕切り屋ぶりを発揮して妹達をこきつかっている。(ポワントで回りながら威嚇するような仕草をしていた。)

すると男二人はウィルになにやら耳打ちし始める。これはウィルをはさんで三人が前後にステップを踏みながら交互に耳打ちをするという感じで、いかにも「お前これから苦労するぞー」、「尻にしかれるぞー」と脅しているのがわかる。 

可愛いのがウィルの反応で、とまどったように片手を口に当てて考え込むポーズを取りながらもステップを踏み、足の振り幅が次第に大きくなって、「まあ何とかなるよ〜!」という感じで最後は笑顔でジャンプする。あぁこの子ってつくづく小動物系だ。ジェームズ・グランディは大型犬が入っていたけど。男3人の踊りに妹二人も加わってにぎやかにコーダ。

と、マギーがスプーンでティーカップを叩いてみんなを呼び、とりあえず乾杯となる。アルバートの音頭のもと、皆でお茶を飲みだすが、ふいにヴィッキーが泣き崩れて席を外す。フレッドがハンカチを取り出して慰め、理由を問いただすと「姉さん達は勝手に結婚したからいいわよ、でも私達の結婚はどうなるのよ〜」と訴えておいおい泣き出す。

じゃあ駆け落ちしろよ、と突っ込み入れたいけど、まあ現実は生活もあるし、やっぱりちゃんと認められて結婚したいよね。

そんな彼女を慰めようと、フレッドがピアノを弾くことになる。女性達がピアノの前の椅子に座り、男性二人はその背後に立って聞く態勢をととのえる。意気揚々と始まった曲はベートーヴェンの『月光』。………のよう……なのだが………。

ものすごく下手糞。3音〜2音節ごとに止まっている。愛想笑いしても下手はヘタ。最初は一同頑張って聞こうとしているが余りのヘタクソさに、またもやヴィッキーが泣き出してしまう。慌てて慰めようと立ち上がったフレッドの頭をぽこっと殴ってしかりつけるアルバート。

「ばかかお前?そんなヘタクソなピアノで人を慰めようなんざ、百年早いわ!」 「うっさいなー。そんな事言ったってしょうがないだろう?お前はどうなんだよ!」 「ふっ。じゃあ弾いてみせようか。俺様の腕に驚くなよ〜。」 (中流紳士である二人の言葉が妙に下品なのは気のせいです。)

 気取ってピアノの前に座ったアルバートが素晴らしく滑らかな“Lily of Laguna”を弾いてみせて一同驚嘆。「へっへ〜ん♪」と自慢げに指をふってみせるアルバートと、「けっ」な表情を浮かべるフレッド。

ここでフレッド役の二人は曲を聞きながら異なるアドリブを見せた。マテオ・クレマイヤーは腕を組んで横目でアルバートを見て、「くそーやるなー」という表情を浮かべつつ、足でリズムをとっていた。チー・チャオは同様に腕を組んでむっとした表情で見た後、テーブルに寄りかかり、上に置いてあるケーキを横目で見てつまみ食いをしていた。微妙に性格が違うんですね。

一幕でも感じたことだけれど、ビントリーさん、細かいアドリブなどはダンサーに任せているみたいだ。ちなみに当然のことながらオーケストラが実際のピアノを弾いているのだけれども、このシーン、アルバート役のジョナサン・ペインが特に伴奏にあった弾き方をしていた。

さて先ほどとはうって変わった素晴らしいピアノの音につられて、ウィルが前に飛び出して嬉しそうにステップを踏み出す。妹を慰めていたマギーはそんな彼を諌めようとするが、ウィルに促されてちょっと考えた挙句、自分も一緒になってステップを踏み始める。

このシーンはすごく可愛い。先ほどまでの取り澄ました態度とはうって変わって、スカートを揺すって軽やかに、二人揃っておどけたように踊るのだ。後ろでは妹達が驚いた顔をしている。きっと今までこういう姉の姿を見たことがなかったのだろうなあ。そしてコーダでウィルがマギーの膝にちょこんと頭を乗っけて、彼女はその頭に手を置いて小首を傾げる。いささか分かりづらい表現だが、何となく夫が妻に甘えているようなポーズです。もろにかかあ天下ですね。

ようやく先程までの気まずい空気も消えてきた所で玄関からノックが聞こえる。この状況から考えて誰が来たのかは明白である。とりあえず4人に寝室に引っ込んでもらい、マギーがドアを開ける。因みにウィルもつい逃げ腰になるが、「貴方が逃げてどうするの!席についてなさい」と、やっぱり仕切るマギー。

さて入ってきたのはヘンリー。珍しく酔ってないがかなり憔悴した面持ちになっている。ウィルが立ち上がって握手を求めるが、思い切り無視。そのまま椅子にへたり込む親父は冒頭で受け取った訴状をマギーに見せる。内容をとうに知っている彼女は夫に渡す。ウィルは訴状を読んで驚愕している。

このシーンは個人的に興味深かった。というのも第一幕でヘップワース夫人に名刺を渡されたとき、ウィルはもらったカードの意味がわからず首を傾げるだけだった。チップを渡されてようやく自分が褒められていることを理解していたくらいで、つまり最初の時点で彼は字が読めなかったのだ。

原作ではマギーがウィルに読み書きから直しているシーンがある。だからこのシーンではウィルは訴状を読めるまでに成長したんだなあと、観客は思うことが出来る。

話を戻そう。今も昔も客商売で名誉毀損されたら致命傷である。途方にくれる親父の前に、寝室から訴えた張本人のフレッドと訴状を作ったアルバートが出てくる。娘達も勿論一緒でヘンリーはやっと、事の次第を理解する。「お前らグルだったのかあー!本当に結婚なんてさせないからな!」と顔を真っ赤にして怒る父親にマギーは無表情に訴状をかざす。

「じゃあ、どうするの?醜聞でお店つぶすの?訴えを取り下げて欲しかったらこの子達の結婚を認めるべきよ。」 当然父親に選択の余地は無い。訴状を破り捨てて結婚を認めるが、負け惜しみのように娘達に絶縁を申し渡して去ってゆく。

これで晴れて結婚だ!と浮かれる4人。夜も更けてきたからと帰り支度を始める。ウィルはそんな彼らにお茶でも飲んでもう少し残ってほしいと促す。どうもマギーと二人になるのが少し怖いみたい。するとフレッドがすばやくウィルの脇によると、後片付けを始めたマギーを指し示して耳打ちする。

言葉にするなら以下のようになるだろう。「お前、結婚初夜だろう?新妻を相手にしないでどうするんだよ?まあがんばれ。」 「そんなあ〜。」 やっぱりまだまだ情けないウィル君。

ところでこのシーン、マテオ君はいまいちだった。チー・チャオはメリハリが効いていて、こちらの方が好きだなあ。退場する瞬間も振り返って「さっさとやれ!」と激励(?)していて笑えた。特にロバート・パーカーは超情けない顔が似合うので、二人並ぶとおかしさが倍増だった。漫才コンビのようだ。実はBRBでは漫才ができないと、ダンサーとして生き残れないんです。(うそです。ただ、なぜか演目にこうした漫才シーンが多いように見えるんです。)

さて、客人たちは帰ってしまい明らかに途方にくれているウィル。とりあえず後片付けを手伝う。二人は並んで客席に背を向けてテーブルの食器を片付けるのだが、やがて目が合う。するとウィルが上手に駆けていって、少し哀しそうな顔で両手を広げてマギーを見つめる。

色々な意味が取れるだろうけど、おそらく彼は今の状況に対して申し訳なさを感じているのだろう。それに対する彼女は励ますようににっこり笑って「全てはこれからよ!」と言うように同じしぐさをする。しばし見つめ合い顔を寄せる二人。

おお!と思った瞬間、ウィル君が「いててて」とカラーを気にして背を向けてしまった。やれやれ、まだまだっすわ。

するとマギーが背後からゆっくりと手を差し伸べて、彼の腕を取って伸ばす。アダージオが始まる。一幕と同じ音楽なのだが、二人の心が通い合った今では、ぎこちなさがあっても、かもし出す空気がまるで違う。この二人の関係はどちらかが依存するのでなく、お互いがしっかりと立った上で、足りないところを補っていくというタイプだ。リフトなども緩やかで、受ける印象がすごく暖かい。

と、突然マギーが大口をあけてあくびをする。音楽が静まってマイムでの会話。「そろそろ眠くなってきたわ。」 「そ、そうだねー。夜だしね!(すごく焦ってとりつくろう感じ丸見え)」 「じゃあ寝る支度してくるから。」 そのままスタスタと去ってゆく彼女を見送ったウィル。ややあって戸惑ったように着替え始める。

ベストを脱いで、サスペンダーとネクタイを外して、ズボンを下ろしかけたところで、寝巻きに着替えたマギーがウィルの寝巻きを持ってやってくる。着替え中の女子よろしく「きゃっ!」とポーズを取る旦那を尻目に、さっさと赤の縦ストライプ(青バージョンもあり)の寝巻きを投げて再び寝室へもどる妻。

辺りを気にしながらすっぽりと寝巻きを被ったウィルが、必死で落ち着こうと椅子に腰掛けると、再びマギーが歩いてきて彼の左耳を掴んで引っ張っていく。「寝室はこっちでしょうが!」 「うわわわ、まだ心の準備が〜。」 大笑いとともに内幕が降りる。

第三場 ホブソン靴店、9ヵ月後。
Hobson’s shop, nine months later

さて、ここで舞台は9ヵ月後に移る。墓地と教会。時刻は夜で三日月が空にかかっている。例のオットセイ踊りをしながら飲んだ暮れ達が登場。もちろんヘンリーも混ざっている。ラインダンスまがいの踊りまでしてヘラヘラしていた親父だが、突然うろたえる。なんと友人の一人がピンクのネズミに見えるではありませんか!

はい、アシュトン以来のイングリッシュ・バレエの伝統、かぶり物です(笑)。単に舞台袖に引っ込んでネズミの頭を被ってくるんだけど、これが見えるのはヘンリーだけという設定なので、他はみな普段と同じように振舞う。同じ振りを繰り返しつつ、次第に全員がピンクネズミに見えてしまい、親父は怯えまくって退散。後に残された酔っ払い達はネズミ姿でひとしきり跳ね回って退場する。

そして再び幕が上がり、ホブソンの店。時刻は朝。一幕と同じだが白い布があちこち垂れ下がり、椅子やスタンドがひっくり返って靴が散乱している。下手の椅子に腰掛けたヘンリーが医師の診察を受けている。

医師「はい、両手を前に出してみて下さい。」 親父の手はぶるぶる震えて明らかにアル中の症状が出ている。すると看護婦が奥の部屋から大量の酒瓶を持ってくる。ついでにダメ押しのようにネズミ頭の看護婦も登場(笑)。

酒ビンを全て回収した医師たちが引き上げようとすると、入れ替わりのように証文を手に持った借金取りが登場。ここも一幕の妹達の抗議の踊りと同様、足を後方に上げてジャンプする仕草で、大声で「金返せー!」とがなっている感じを出していた。要するに娘達がいなくなったせいで商売あがったりになり、でも酒を飲み続けて莫大な借金をこさえてしまったわけです。と、医師に呼ばれた娘達夫婦が駆け込んでくる。

真っ先にヴィッキーとアリスが父親に駆けより、事の次第を問いただす。二人とも服装が変わって、すその長いバッスル・スタイルのドレスになっている。あとからアルバートとフレッドが登場。フレッドはベビーカーを押していて、時々中をのぞき込んであやしたりしている(笑)。ほう!?

やや遅れてマギーが医師に付き添って登場。彼女も先程とは打って変わって、上品な紺のドレスに似合いの帽子をかぶっている。最後にウィルが看板を抱えたエプロン姿の職人を連れて現れる。彼の服装はアルバート達とそう変わらない。黒のフロックコートにグレーのズボンでシルクハットを被っている。少し店を見渡してから後方の椅子に座って、周囲のやり取りを静かに聞いている。そしてその後ろでは借金取り達が帳簿を確認したり、靴箱をいじったり、目前のやり取りを見ていたりしている。

さて、父親は許しを請い、借金の返済を肩代わりしてくれないかと頼むが(虫良すぎ)、証文の束を見て仰天する妹達。「子供が生まれたばっかりなのよ!」とベビーカーに駆け寄って抗議するヴィッキーと冷たく肩をそびやかすアリス。それぞれの夫も微妙な表情であさっての方向を向いてしまう。

と、今まで黙って座っていたウィルが立ち上がり、ゆっくりとテーブルに近寄って、証文を確認する。そして何とも言えない、とがめるような表情で4人を見やる。的確な表現が見つからないけれども、単に非難するというより、相手の状況を分かった上でそれでも納得できないという印象だった。

しかし、すぐ表情を改めて少し責めるようにヘンリーを見る。そして先ほどまで自分が腰掛けていた椅子の背をなでて手を払う。(例えて言えば、意地悪な姑がヨメに向かって『セツ子さん何ですの、このゴミは?』と詰め寄るようなものです。もちろんバレエではそこまで意地悪くはない。)

そしてカウンターに散らばる靴を見て再び責める。台詞を当てるとするならば「こんな汚い店じゃあ売れないのも当たり前です。それにこの靴!ひどい出来だ!」といったところか。図星を突かれてぶるぶると怒るヘンリーは抗弁しようとするが、その矢先、ウィルが上着の内ポケットから手形(もしくはお金?サイズが大きいが)を取り出して、借金返済を申し出る。

とたんに相好を崩し、「おぉ〜息子よ〜」と抱きつく超現金な親父。だがそんな彼に向かってウィルはこわばった表情で、片方の人差し指をぴっと突き出し、条件があることを伝える。そして指をパチッと鳴らして待機している職人を呼び出す。

 ここはウィル役のダンサー全員がきちんと指を鳴らしていた(私はできません!)。職人が持ってきた看板を客席に向けて、椅子に立てかける。看板には“Mossop & Hobson”の文字。要するにこのお店を事実上、引き渡すことを要求したわけだ。

当然、親父はキレる。ついでに看板を蹴倒すが、マギーが駆け寄ってきてウィルから手形をひったくり、父親に差し出す。ただ、少し訴えかけるような表情をしていて、二幕の対応と異なる。鉄面皮で一見非情っぽい彼女だけれども、ちゃんと父親に愛情はあるのだ。

しかしウィルは「ここは僕がやるから」とマギーを制して、再び手形を手にヘンリーに迫る。親父に選択の余地は無い。とうとう手形を受け取り、証文と一緒にテーブルに置き、力なく座り込む。

あまりの事態に妹達は抗議しようとするが、マギーはそれを断固として阻止する。怒った妹達はそれぞれの夫を促して出て行くが、この時、夫二人は顔を見合わせたのち、面白そうな表情でウィルを見て、それから出て行く。

借金取りたちも手形を片手に各々引き揚げ、ヘンリーは医師と一緒に奥の部屋に退出する。マギーは父親に付き添うべく上手に向かうがふと振り向き、ウィルと目をあわす。ウィルの方はまだ呆然としているけれども、次第に顔が明るくなってくる。「これは本当なのかな?」とでも問うような夫に向かって、マギーは「そうよ、ついにやったのよ!」とにっこり笑って手を広げ、ドアの向こうに消える。

フルートの旋律だけの中、ウィル一人が残る。彼は目を見開いて店の中をゆっくりと歩き、中央の椅子に再び掲げられた看板を覗き込む。そうして舞台中央に立った彼は少し躊躇したのち、叫ぶ。 “By, Gum!”

さて、私はここで「ロスト・イン・トランスレーション」状態になりました。だって他のお客さんは笑ってるんですもの!

“By Gum”というのは『ジーニアス英和辞典』によると「Godの遠まわし語で軽い宣誓やののしり語」となっている。Oxford英英辞典では「驚きを表す言葉」となっている。要するに喜びと驚きでどう言ったらいいかわからないけど、とにかく喜んでいるということやね。ちなみに原作のウィルの口癖でもある。

そして超蛇足。先述のように今回、3人のダンサーで見たのですが、皆さんちょっと声が弱いです。おしなべて「危険な関係」でのクーパーさんの声量の二分の一くらいでした。ただロバート・パーカー君はきちんと発音する感じで、グランディ君は「バイ」のところを搾り出すように叫んでいた。クリストファー・ラーセンは…少し弱めだったかな?客席が沸きまくっていて聞こえにくかった。

さて舞台に話を戻す。音楽が再び賑やかになってくると同時にヘップワース夫人が来店し、看板を見てお褒めの言葉を授ける。それを謙虚に受け止めて、「いやあ、僕は所詮ウサギですから」と自らウサギの真似をやってみせるウィル。皆ここは寄り目になっていました。寄り目と指パッチンができないとこの役はできないみたいです。ちょっとしたステップを踏んだのち、また内ポケットから手形(紙幣?)を出すとヘップワース夫人に渡す。

「?」となりそうだが、要するに第二幕でお店を開くにあたり、彼女から資金を借りていたんである(プログラムによると100ポンドとなっている)。これで全ての借金を払い終えて無借金経営なわけだ。健全経営は大事ですからね。そしてマギーが戻ってくると、彼女もまた細かいステップを踏んで夫人に挨拶する。そうしているうちにお店にはお客さんがどんどん押し寄せる。

面白いのが、ここで一人ひとりが靴を拾ったり、布を外したり、椅子を直したりと、少しずつお客が通るたびに、お店が綺麗な状態になってゆくのだ。この辺はお客さん+夫婦でくるくる回ってすごく楽しくなってくる。二人ともすっかり店の若主人夫婦と言う感じで、お客さんへの応対も様になっている。

そうこうするうちに一度マギーがカウンターに引っ込み、入れ替わりのようにフレッドとアルバートがやってくる。感心したように店内を眺め、3人で笑いあって男達の踊り。結婚式の踊りと同じフォーメーション。音楽も盛り上がって気持ちの良いジャンプ。見ていて実に気持ちが良い。

すると、ふっと音楽が止み、3人も耳をそばだてる。そうすると…チーンというレジのベルと、引き出しにお金を入れるジャラっという音(笑)。そして音楽が戻り三人が跳ねる。

すると、アリスとヴィッキーがやってきて「何やってるのよ!」と各々の夫を捕まえる。「あちゃー。じゃ、また!」と退散する二人。マギーが例によって回りながらやってきて、「用がないなら、自分の家に帰りなさい」と相変わらずの姉貴風吹かして、妹達は不承不承退散する。でも湿っぽく怒っているのではなく、コミカルにだだをこねているような感じなのであまり気にならない。やがてヘンリーが紅茶カップを持って、ヘップワース夫人と並んでステップを踏んでくる。どうやら禁酒を始めたみたいです(笑)。

しまいには救世軍の一行もやって来てひらひらと踊っている。混雑する店内で靴箱を持って駆け回っていたマギーとウィルだが、舞台中央でぶつかり、いたずらっぽく微笑んだ挙句、箱を袖に放り出し、帽子をかぶってひとまず外に退散する。

音楽もフィナーレっぽいので、ここで勘違いして拍手する人続出だったが、まだ続きます!

二人が腕を組んで前に飛び出すと。内幕が降りて街並みになる。まぶしげに空を見上げ、後方の店を見やると・・・ピッコロの音と一緒に“Mossop&Hobson Shoe Shop, Under New management”と書かれた看板がするすると下りてきて、以前の看板の位置におさまる。

「ここまで来たかあ」と照れたような顔で看板を見上げたウィル、つい頭をかきむしってしまい、シルクハットが落ちる。おやおやという表情でマギーが拾って優しくかぶせてあげる。二人は見つめ合って微笑みあい、しっかりと抱き合ってキスをする。

そしてコーダとともに再び客席に向き直り、笑顔で腕を組み、誇らしげにポーズを取る。幕。


以上が、全三幕、二時間半にわたる「ホブソンズ・チョイス」の内容+個人的感想です。BRBがサドラーズ・ウェルズ・バレエとしてこの作品を初演したとき、かなりの数の批評家が「(振付的には)名作バレエの技を継ぎはぎしただけ」と批判したそうです。

「危険な関係」ロンドン公演の際、チャウさんから「危険な関係」批評の中に「ホブソンズ・チョイス」には及ばないという記述があったということを聞いて、なぜ一見全く異なるテイストの作品が対象とされたのか?と疑問に感じていました。

しかし、初日に見に行った折、この作品が上演されるたびに見に来ているという年配の方から、「この作品は通常のバレエとは異なる“パントマイム”な作品なんだよ」と教わりました。

「危険な関係」上演の際、クーパーさんがことあるごとに「普通のバレエではない、ダンス・アクトだ」と言っていたのを踏まえると、例の比較には一理あると言えます。つまり両方とも「バレエ」という枠組みには収まらない、演劇的なダンス・パフォーマンスだというくくりだったわけですね。

因みに「ホブソンズ・チョイス」の初演は先述どおり89年、しかもコヴェント・ガーデンで行われたそうなので、もしかしたらロイヤル入団前後のクーパーさんは初演キャストで見たのかもしれません。(と、勝手に夢想してます。)

 なお、今回BRBは前シーズンの大量退団のため、ロイヤルのファースト・ソリストのイザベル・マクミーカンがゲスト・アーティストとして召還され、マギー役を務めていました。芸術監督のビントリーは比較的キャスティングに関しては柔軟に対処している方だと思うのですが、この作品のキャスティングに関してはこだわりがあるようです。

 私が感動したのが、マシュー・ボーンの作品のように、ダンサーの表現力だけで話が語られていくとても饒舌な舞台であったことです。

物語バレエというと、どうしても「マノン」とか「うたかたの恋」のようにドラマチックで暗いか、深い意味合いを含んだものという定義に終始していたのですが、「ホブソンズ・チョイス」は全くの喜劇で、見ていて清々しくなります。テクニック満載のアクロバティックな踊りを見せるのでもなく、決して派手な作品ではないけれど見ていて気持ちの良い作品、「ホブソンズ・チョイス」。物語性の強いバレエに興味がある人ならきっと気に入ると思います。

最後になりますが、8月に「危険な関係」を見に行った際、批評について教えていただいただけでなく、この感想を快く拝受してくれたチャウさんに心からのお礼と感謝を送ります。(チャウより:お礼を言わなければならないのは私のほうです。非常に面白い作品を紹介して下さって、本当にどうもありがとうございました!)


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