Club Pelican

Stories 19

バーミンガム・ロイヤル・バレエ
「ソリテイル/チェックメイト/ザ・レディ・アンド・ザ・フール」

(2005年10月5、8日、ヒポドローム劇場、バーミンガム)

by あび


「Solitaire/Checkmate/The Lady and the Fool」を見てきました。最初はなぜこの取り合わせ?と思ったのですが、(1) 三つともイングリッシュ・バレエ初期の作品、 (2) 人生と人間関係を扱った作品、というテーマに沿っているみたいです。また、新作発表と同時に、サドラーズ・ウェルズ時代のレパートリーを復刻するというカンパニーの方針のひとつにも沿っていると言えましょう。

初日の水曜日、座席は一階が7割くらいの入りで私の後ろの席はかなり空いていて、開演後、後列に座っていた何人かが、前方に「移動」してました。私自身、下手に座っていたのですが、さりげなく同じ列の真ん中に場所移動した一人です。おかげでよく見渡せました。ははは。

さて、作品ですが、「チェックメイト」に関してはやや古臭さを感じたものの、3つとも魅力のある、良い舞台でした。

「ソリテイル」は本当に印象的な作品ですね。見終わった後に主旋律を口ずさんでしまいました。 「一人遊び」という副題も考えさせられます。曖昧な手の動きやうつむいた首、私の見た少女はひどく孤独で不安定な存在でした。ひと時共にステップを踏んでいても、また去っていく周囲の人間達は彼女の幻影なのでしょうか?過去の思い出なのでしょうか?観客の中にも終演後に「あれはどういう意味なんだろう?」とたずねあっている人たちがいました。

今回はダブルキャストで、私の見た回では、2回とも佐久間奈緒が少女、ポルカの少女がアンブラ・ヴァッロ(Ambra Vallo、プリンシパル。プログラムの紹介写真が少し笑えるポーズをとっています。サイトの紹介写真や本人はもっとチャーミングなんですが・・・)で、ソロの男性がチー・チャオ(Chi Cao、プリンシパル。この人も紹介写真は笑えます)、山本康介、スティーブン・モンティス(Stephan Monteith)という組み合わせでした。

ヒロインを演じた佐久間奈緒はおそらく上野水香と同年代です。ローザンヌを経て、ロイヤルのアッパー・スクールから、95年BRBに入団して、2002年にプリンシパルに昇格しています。彼女はとにかく表情や手振りが印象的で、楽しげに踊りながらもどこか不安げな様子、粋なポルカの少女にどつかれて少しすねる様子など、些細なことに一喜一憂する少女の不安定さや孤独が滲み出ていました。

技術的にも安定していて(といっても素人目にみても、アラベスクで垂直に立っていた、踊りがきれいだったということですよ)、とてもよいダンサーです。目指せ吉田都!でもまだBRBにいてほしいです。^_^;

「チェックメイト」はデヴィッド・ビントリー自らがRed Kingを演じていました。彼は中々に役者です。赤の女王に手を引かれて表れる登場の瞬間からヨボヨボの老人で、先行き不安そうだなと思っ ていたら最後にやられてしまうんですね!何となく納得してしまいました。イギリス的な皮肉の効いた作品だと思います。一度情けをかけられた黒の女王が、容赦なく赤の王を倒してしまうラストは少し怖いです。

欠点を挙げるとするならば、それは上演時間。46分という時間は、その半分の時間できっちりとまとめた「ソリテイル」のあとで見ると、どうにも長いです。なんせ2回目に見に行った際、前列のお客さん、何人か途中で寝てましたからね。ただ、BRBの看板プリンシパル、ロバート・パーカーが踊る赤のナイトはとても雄雄しく格好よかったです。黒の女王に誘惑されて、懐柔されていくのを背中で表現していました。

蛇足ですが、このロバート君もプログラムの紹介写真が笑えます。本人は童顔の美青年なのに・・・。さらに蛇足、終演後、前方の男性客が一言「おい、黒の王はどこにいたんだ?」 確かに、歩兵、城、ナイトは出ていても黒には王様が不在なのがこの作品の謎。プログラムによると、振り付けしたニネット・ド・ヴァロアはチェスについての知識が皆無だったからとされていますが、きっと黒の女王に暗殺されてしまったんですよ、と心中で答えてしまったのは私です。

「The Lady and the Fool」(日本語で訳せば、「淑女と道化」でしょうか?)はジョン・クランコの54年の作品で、ストーリー仕立ての一幕ものです。

ストーリーとしては、ムーン・ドッグ(Moon Dog)とブート・フェイス(Boot Face)という二人の道化が、仮面の美女カプリチョーザ(Caplicciosa)の計らいで、とある舞踏会に招き入れられた所から始まります。ちなみにムーン・ドッグは背の高い若者風、ブート・フェイスは背の低い少年といった外見です。貧しいながらもお互い助け合って生きている兄弟のような二人組です。

ベンチで震えていた二人はやさしい態度で接してくれたカプリチョーザに芸を披露します。ここではなぜか「二人羽織」を見せたりと、かなりコミカルで、受けてました。

ここまで舞台は3分の2ほど街頭をイメージした黒い幕で覆われており、ライトが切り替わるとそこは屋敷の中に早代わり。ボーン版「白鳥の湖」のスワンク・バーを髣髴とさせるドレープのついたカーテンをバックに、中央奥から左右に伸びた階段が設けられていて、広間になっています。

舞踏会では、夫探しに精を出す若い女性やカップルが見栄を張るように踊っています。中でも、3人の男性(チー・チャオ、スティーブン・モンティス、ジェイムズ・グランディ)はそれぞれ、勇猛、高貴な身分、富を誇っており、女性達の注目の的です。3人の男性の踊りはそれぞれ性格付けがされていて、実に偉そう。「富豪」な男性のジェイムズ・グランディなんて思わず「〜ザマス」とかいいそうなもったいぶり方で笑えます。

と、袖からピンクのバラが一輪投げ入れられますが、客たちはそれに気づこうともせず、社交活動に躍起です。

また今回新演出という衣装も非常に可愛らしく、舞踏会の男性はまず黒のタキシード(足は黒タイツ)、女性達は薄いブルーのフープスカートの上にパステルカラーの膨らんだドレスを着ています。そしてハズバンド・ハンター(Husband Hunter)とされる女性2人は、ひときわ派手な濃いピンクのドレスでお互い喧嘩しながら男性を物色中。彼らにちょっかいを出しつつ偉そうな3人の男性は、それぞれ緑の軍服、薄い青の礼服、金色に紫の裏地のロングコートに金のふちなし帽子というわかりやすい衣装。

そこへ黒いドレスにピンクのショールを羽織ったカプリチョーザが道化2人を連れて現れます。と、道化2人はバラを見つけて奪い合いになります。背の低いブート・フェイスがムーン・ドッグを持ち上げたり、それに対してムーン・ドッグが弟分を踏みつけちゃったりとコミカルな喧嘩の果て、二人は仲直りして、ムーン・ドッグの提案でバラを解体して、花びらを仲良く分け合います。

ちなみにムーン・ドッグの衣装は黒のレザー調ベストに膝丈のタイツ。ブート・フェイスの衣装は白の七分袖シャツにサスペンダーで止めたぶかぶかズボンという出で立ちです。

さて、二人の様子を見ていたカプリチョーザはムーン・ドッグに興味を引かれたようですが、客たちによって引き離されてしまいます。面白いのが、ここでの彼女は割とあっさりと気持ちを切り替えたように、ほかの男性たちと踊るんです。そして例の3人の男性はそれぞれ求愛します。このシーンは「眠れる森の美女」のローズ・アダージオのようでした。また3人は踊りながら彼女のつけている仮面を外そうとしますが、いくら外してもまた新たな仮面が現れるのに嫌気がさし、彼女を置いて舞台中央の扉から出て行ってしまいます。

一人になったカプリチョーザは、自分で仮面を剥ぎ取り鎮痛な表情を浮かべます。虚飾の下にある彼女は孤独で愛を探しているのですが、方法がわからず苦悩しているのです。

その様子をひそかに見ていたムーン・ドッグは彼女を慰めようとします。物陰から現れた彼を見て仰天したカプリチョーザは再び仮面を付けて逃げようとしますが、何度かの足掻きの後ようやく素顔で道化と向き合い、二人は恋に落ちます。

しかし、そんな二人に邪魔が入ります。先ほどの3人とほかの客達が、仮面を外したカプリチョーザを取り囲んで再び祭り上げようとするのです。いったんは引き離されたかのように思えた矢先、カプリチョーザは堂々とムーン・ドッグへの愛を公にします。

道化に恋する女なんて!と周囲は急に冷淡になり、再び彼女を置き去りにしますが、彼女は肩で息をしながらも安らかな表情を浮かべています。きちんと自分の本心と向き合った彼女は開放されたように、ムーン・ドッグと愛を語り合います。そして二人は手を取り合って去っていきます。

影で隠れていたブート・フェイスは置き去りにされてさびしく立ち尽くしてしまいますが、まもなく引き返した二人に呼ばれ、ほっとした表情で追いかけていったところで物語は幕を閉じます。

「美女と野獣」などにも通じそうな「真実の愛とは何か」をテーマにした作品のようですが、「ソリテイル」と並べて見ると、「本当の愛を手に入れるには自分に正直にあれ」という、当たり前でも中々実行しにくいことを語っているのではないかな?と思えてきました。(「チェックメイト」は・・・まあ人生はきついぞ、という意味かな?とも・・・苦しい解釈だなあ。とりあえず脇に置いておきましょう。)

この話では、今度「カルミナ・ブラーナ」で来日する(チャウ注:新国立劇場バレエ、2005年10月-11月)イアン・マッケイがムーン・ドッグ、山本康介がブート・フェイスで、カプリチョーザはエリーシャ・ウィリスでした。彼女もとっても素敵なダンサーですが、とにかくこの演目、男性がやたらと目立つ演目で、多分私の顔はにやけていたと思います。ははは。

ミーハーと化してますが、イアン・マッケイは本当に絵になるダンサーです。背も高く均整のとれた体つきでお茶目な演技もサマになります。ジョナサン・コープからエキゾチックさを除いて若さとさわやかさを足した感じ、と勝手に思っているのですが、本当に彼の「カルミナ・ブラーナ」が見たいです。

おそらく彼は「愛欲におぼれる第三の神学生」を演ずると思うのですが、ええ体してますよー。楽しみにしていてください。因みに水曜日、前の席のおばさん二人連れも、イアン君が登場するたびにオペラ・グラスを取り出して見ていました。

今回の公演で思ったのが、このカンパニーは男性ダンサーがとても良いということです。ロイヤルの男性ダンサーについてはあまりわかっていないのですが、今回のBRB公演、男性陣はいずれもすばらしく、印象的でした。とにかくアーティスト、ファースト・アーティストの子も皆素敵です。なんだかジャニーズかヨン様を追いかける姐さん方のような心境ですが、目の保養になりました。

また、今回、ドミニク・アントヌッチを除く3人の男性プリンシパル(ロバート・パーカー、チー・チャオ、イアン・マッケイ)を見ることができましたが、3人とも個性も持つ印象的な踊りでした。

ソリストでも、山本康介がコメディアンぶりを発揮して場内を沸かせていました。でも彼を見て思ったのは、王子役を踊るダンサーとキャラクターはやっぱり違うのかな?ということでした。今回山本君は「ソリテイル」と「レディ・アンド・ザ・フール」の二本に出ていたわけですが、両作品で山本くんはチー・チャオと並んでいるシーンがよくありました。

で、二人ともアジア人ですから体型も比較的似ているわけで、つい目で追ってしまったんですね。二人とも高度なテクニックを持っていると評されているのですが、なんとなく見比べてしまいました。

チーさんに関しては先述のように紹介写真が笑える(サイトにも載ってます)というのと、北京出身で佐久間奈緒さんと同時期にロイヤルのアッパー・スクールに編入、ついでに入団とプリンシパル昇格も同時期だということしか知らなかったのですが、踊りが端正で、特に足裁きやターンが綺麗な人、そして「勇猛」を誇りながら浮気者な男をコミカルに好演して、うけてました。

顔立ちもすっきりとしていて、アルブレヒトやロミオが似合いそうです。ちなみに以前、ソリスト時代のインタビューを発見したのですが、この人、「『白毛女』みたいな共産党礼賛バレエを踊るより『ジゼル』とかを踊りたいからイギリスに残った」というような発言をしていて、なるほどねえ、と思ったり。

対して山本くんは、端正というよりコミカル。まあ役柄もあるのでしょうが、やんちゃ小僧のようで王子は似合わなさそうです(失礼な表現ですみません。でもとても魅力はあるんですよ!)。少し熊哲っぽいですね。ただ、山本氏、まだ22歳くらいらしいのでこれからもがんばってほしいです。

そして現在、ファースト・アーティストでアーツ・エデュケーショナル・スクール出身の(つまりクーパーさんの後輩です) タイロン・シングルトンも黒のナイトや「ソリテイル」の群舞など要所で光っていて、彼も良いところまでいくのでは、と楽しみにしています。

あとは彼らがロイヤルの人買い(*^_^*)にさらわれてしまわないよう祈るばかりです、っていうのは余計なお世話でしょうか?

座席数に余裕がありそうで心配していた土曜日マチネも、当日券で来るのか二階席も中々の入り具合で、水曜日の入りに、本当に大丈夫かBRB?と妙に心配になっていたので、少し安心しました。次週はビントリーの傑作とされる「ホブソンズ・チョイス」が上演されます。ビデオで見て非常に気に入った作品なので楽しみです。


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