Club Pelican

THEATRE

「オン・ユア・トウズ」
(“On Your Toes”, Music by Richard Rodgers , Lyrics by Lorenz Hart ,
Book by Rodgers & Hart and George Abbott)


第2幕

〔第5場〕 あのマフィアたちがコンスタンティンを待っている。やがてコンスタンティンが息せき切ってやってくる。「金だ。いい方法がある。バレエの最後で、あいつは銃で自殺して、舞台中央前面で倒れる。そのときに大音響の音楽が鳴る。君は最前列の席に座って、その音に紛れてあいつを銃で殺す。それからそっと外へ抜け出せばいい。」 マフィア「捕まりやしないか?」 コンスタンティン「みんな舞台に注意を向けている。誰も君に気づくことはない。」 マフィア「だがリスクは大きいな。」 コンスタンティン「君がやりたくないのなら、俺が自分でやる。」 コンスタンティンが去った後、マフィアたちは顔を見合わせてニヤッと笑う。「オイシイ話だぜ。」

ところが、フランキーがその密談を立ち聞きしていたのだった。ショックを受けたフランキーは通りかかった楽屋口番に言う。 「ああ、誰か話のできる人はいないかしら?」 楽屋口番「そりゃ無理ですね。みんな興奮状態ですから、人の生死に関わるような話でもない限り、誰も聞きやしませんよ。」 フランキー「人の生死に関わる話なのよ。一緒に来て!」 ふたりは急いでどこかへ駆けていく。

舞台のライトが落とされ、やがて舞台中央にスポット・ライトが当たる。セルゲイがカーテンの陰から現れ、舞台挨拶をする。「観客のみなさん、我がロシア・バレエ団は、みなさんのために『白鳥の湖』や『王女ゼノビア』を上演してまいりました。本日は、若き作曲家、シドニー・コーン氏作曲によるジャズ・バレエ、題して『10番街の殺人』を上演いたします!」ライトが再び消える。

幕が上がる。だが舞台はまだ暗い。“Slaughter On Tenth Avenue”の音楽(Royal Festival Hallの“ON YOUR TOES”ミニサイトのトップページで流れていたヤツね)が始まると、舞台のライトがいきなり点灯される。そこは禁酒法施行下にあるニューヨークのナイトクラブ。ブルー・グレーの背景に青白いライティング、かすかにスモークが焚かれている。ネオン・ライトでふちどられた細長いステージが、舞台右やや奥から中央前よりへと伸びていて、舞台左奥には鉄製の階段。客やバーテンダー、ウェイトレスたちはみな赤い衣装を着ている。靴はすべて普通のシューズ。

舞台のライトが点灯されると同時に、早いテンポの曲に合わせて客やバーテンダー、ウェイトレスたちがふたり一組で踊りだす。やがて音楽の進行とともに、舞台のあちらこちらで違った踊りが繰り広げられる。ウェイトレス2人は網タイツを穿いたセクシーな脚を高く上げ、スケベな客を挑発したかと思うと、一転してその客をぶちのめしてガッツポーズをする。プラチナ・ブロンドのウィッグにオフ・ショルダーのドレスを着たおカマ(Matthew Malthouse)が、男性客と抱き合ってうっとりと踊っている。バーテンダー(Ewan Wardrop)は銀色のトレイを片手に捧げ持ち、禁止されている酒を慌ただしく客たちに運ぶ。Wardropの衣装がかっこよかった。赤いシャツの上にチョッキを着て、ズボンにレストランのボーイさん風の前掛けをしていた。彼は本当に美男だ。客のカップルがイチャイチャと踊り、鼻の下を伸ばした男性客たちがウェイトレスの尻を追いかけ回す。ちなみにスケベな客役ではRichard Curtoが大熱演、観客のウケをとっていた。あと、Mike Denmanは連続バク転の上に宙返りをしたり、ステージに駆け上がって180度開脚でジャンプしながら飛び降りたりと10.00満点の見事な演技でした。

そこへ細長いステージの上を、ビッグ・ボス(またしてもGreg Pichery)と、その後に続いて、白い帽子に濃いシルバー・グレーのラメの長いガウンをはおった、ヴェラ演ずるストリップ・ガール(Sarah Wildor)が、奥から歩み出てくる。

と、1人の客(Simon Coulthard)がステージに駆け上がり、ストリップ・ガールにいきなり背後から抱きつく。彼女は嫌がってその客から身をよじって逃れる。バーテンダーが彼をステージから引きずりおろし、怒ったビッグ・ボスは銃を取り出してその客を射殺する。音楽が一瞬とだえる。女性客がキャーッ、と大きな悲鳴をあげ、階段を一気に駆け上がって逃げていく。客の死体はバーテンダーたちによってさっさと片付けられ、その後は何事もなかったかのように、ストリップ・ガールがステージの上で踊り始める。

ゆっくりとした音楽に合わせて、ストリップ・ガールが身をくねらせながら踊り、ガウンを焦らすように肩からずり下ろし、やがて脱ぎ捨てる。ガウンの下は白いワンピースの下着。ちなみにこの細長いステージは、高さは1メートル30センチほどもあったんじゃないかと思うが、しかし幅は寝台車のベッドがやや広くなった程度に狭いもので、ウィルドーは(そして後にはクーパーも)この上で片脚を高く上げたり、回転しながら移動したりするときには、かなり慎重にやっているようだった。

ストリップ・ガールが男たちの方へ胸を突き出すような仕草をすると、彼らは次々と彼女の胸の間にチップをねじり込む。やがて男たちが彼女をステージから抱え下ろし、彼女は男たちを翻弄するかのように挑発的な身振りで踊り、客から次々とチップを巻き上げていく(ここでチップを取り上げていく動作が音楽に合っていてよかったす)。彼女はもらったチップを数えるが、そのチップはすべてビッグ・ボスに取り上げられてしまう。なーにが「ビッグ・ボス」だ。ただのヒモじゃねえかよ。

そこへ、階段の上に1人の男が姿を現す。黒い帽子を深々とかぶり、黒い上着に黒いズボン、黒い靴。ジュニア演ずるダンサーの男(Adam Cooper)である。ポケットに両手をつっこんだまま、ゆっくりと階段を降りてくる彼に、目ざといウェイトレスたちがさっそく近寄り、彼がくわえた煙草に火をつける(このシーンの写真もあちこちに載っている)。彼はそのままカウンター席に座ると、煙草をくゆらしながら男たちと一緒に踊るストリップ・ガールを見つめている。

客の1人がビッグ・ボスに金を握らせながら耳打ちすると、ビッグ・ボスはストリップ・ガールをその客のテーブルにつくよう命令する。彼女は不承不承それに従い、その客の膝の上に座って男の口説き文句を聞いている。

ダンサーの男がそこへ近寄っていき、ストリップ・ガールをその客から引き離して彼女の手を取り、一緒に踊り始める。しかし、すぐにビッグ・ボスが割り込んできて金を要求する。ストリップ・ガールも「そうよ、おカネを先に払いなさいよ」という風に手を差し出す。が、ダンサーの男は彼女が売春婦だと知ると、呆れた顔でなんだそういうことか、と目を伏せて小馬鹿にしたような笑いを浮かべ、彼女を無視してその場から離れる。ストリップ・ガールはムッとした表情をするが、そのまま彼の後ろ姿を目で追い続ける。

ストリップ・ガールが男たちに持ち上げられながら踊っているシーンは、非常になまめかしかった。男たちに抱えあげられたストリップ・ガールが、空中で両脚を前後180度に伸ばして広げたまま、ゆっくりと1回転するところや、男たちが両腕を真っ直ぐに伸ばして、仰向けになって横たわった状態のストリップ・ガールを、上へ抱え上げているシーンでは、ウィルドーの体の姿勢が実に美しい。

ストリップ・ガールは再びステージに上がって踊り始める。身をよじらせ、脚を上げ、胸を客の男たちの方に突き出す。客の男たちはステージの上に身を乗り出すようにして彼女の周りに群がる。ふと、あのダンサーの男が他の客たちをさえぎり、彼女をステージから優しく抱きかかえて下ろす。

ダンサーの男とストリップ・ガールが再びふたりで踊り始める。ここの踊りでは、たとえばクーパーがウィルドーを右腕で持ち上げると、そのまま彼女の体を背中でぐるりと1回転させて左腕で下ろすなど複雑なリフトが多かった。ダンサーの男とストリップ・ガールは見つめあい、ふたりの間には濃密な雰囲気が漂い始めている。最後にダンサーの男は彼女を再び抱き上げると、カウンターの椅子に座り、彼女を自分の膝の上にのせて優しく抱きしめる。彼女は男の胸に顔を埋めている。クーパーがウィルドーを抱きかかえながら、自分の座っている椅子をゆっくりと回し、椅子が正面を向いて止まったところで音楽もちょうど終わり。いいねえ。

が、ストリップ・ガールは、ビッグ・ボスが自分たちを険悪な目つきで見つめていることに気づき、あわててダンサーの男から身を離す。ビッグ・ボスは彼女の腕を乱暴につかんで押しやり、口答えする彼女を殴ろうと手を振り上げる。その腕をダンサーの男がつかんで止める。

突然、切り裂くような警笛が響いて、3人の赤い制服を着た警官たち(Gabrielle Noble,Simon Coulthard,Mike Denman)が階段の上に現れる。抜き打ち査察にやってきたのである。クラブにいた人々は慌てふためき、バーテンダーは酒ビンやグラスを急いで隠してコーヒー・カップとソーサーにすりかえ、客やウェイトレスたちは、いきなり本を開いて読書したり、あるいは談笑しているだけといったフリを装う。また、あわてたおカマが焦って動いた拍子に、そのヅラが頭から浮き上がってしまい(笑)、てっきり女だと思ってそのおカマとキスまでしてしまった男が、「オマエ、オトコだったのかあ〜」とばかりに、わなわなと震える手でそのおカマを指差し、それを「ようやく気づいたのかよ」とEwan Wardropのバーテンダーがせせら笑う。ビッグ・ボスやストリップ・ガールは急いで姿を消し、ダンサーの男も帽子をかぶるといったんその場から出て行く。

警官たちはコーヒー・カップを手にとってその香りを確かめたり、怪しげな商売をしていないかとウェイトレスたちのボディ・チェックをしたりする。男の警官(Mike Denman)はセクシーなウェイトレス(Juliet Gough)にニヤつき、わざと彼女の胸やフトモモに触るようにボディ・チェックをして、彼女にビンタを食らう。女性警官(Gabrielle Noble)に指図される男性警官役のCoulthardとDenmanは、あわて者の上にお調子者という設定らしく、とてもユーモラスかつアクロバット的な動きを披露していた。たとえばCoulthardの背中にDenmanがやはり背中から乗り上げてそのまま脚を広げて1回転したり、CoulthardとDenmanが同時に横っ飛びにジャンプして空中で片腕を組み合ったり。Denmanは特にアクロバットか体操みたいな動きが多い。

警官たちが去っていくと、クラブの人々は再び酒を持ち出し、もとの喧騒を取り戻す。ストリップ・ガールとボスも再び姿を現す。彼女はラベンダー色の帽子と、同色の膝丈のスリップ・ドレスという普段着に着がえて現れ、ウェイトレスたちとおしゃべりをする。

1人の客(Richard Curto)が、なかばズボンを下ろした姿で、1人のウェイトレスの後を追い回している。そのウェイトレスは、数枚のお札を握りしめた片手を、彼に見せびらかすようにして駆けぬけていく。ズボンを膝までずり下ろした客は舞台を右往左往していたが、いつまでも女を追いまわす彼に激怒したビッグ・ボスに銃を向けられ、あわててズボンの前を押さえて逃げ出す。Richard Curtoさん(ファンが多いらしい)、スケベな客をノリノリに熱演してました。

やがてあのダンサーの男も戻ってくる。クーパー君、この再登場では帽子と上着を脱いで、上は黒いタンクトップ1枚。鎖骨のくぼみと二の腕の筋肉が、スポット・ライトの下でくっきりと浮き上がって見える。・・・また鼻血が噴出しそうだ。彼は舞台左端の椅子に座り、前かがみになって両手を膝の上で組み、やや顔をうつむけて何か考え込んでいる。彼がうつむくと、あの形よい眉毛の鋭角的なラインがなおさら目立つ。

「王女ゼノビア」のときは笑ってばかりで気づかなかったけど、クーパー君はやっぱり激ヤセしたわね。筋肉と骨と皮だけになってしまっている。去年の「オネ−ギン」の頃(2002年夏)以上に痩せたかも。今回の“On Your Toes”公演は、期間はほぼ1ヶ月間、毎週月〜土、木・土は1日2公演(Two a day for Keith ♪)で1週間計8公演、キャスト・チェンジはなし(2週目の3日間だけムハメドフが他の仕事の都合で出演せず)、という過激なスケジュールであった。

プレビューから本公演2週目にわたって公演を観た方の話では、クーパー君は最初の10日間でみるみるうちに痩せていき、形相がほぼ一変してしまったということである。私が観たのは3週目の公演だった。ステージではそんなことはまったく感じさせなかったが、オフ・ステージでのクーパー君は、頬はゲッソリと痩せこけ、眼は落ち窪んでしまっていて、痛々しいほどのひどいやつれようであった。

“Slaughter On Tenth Avenue”のストーリーに戻る。ビッグ・ボスが再び現れ、いいか、浮わついたことするんじゃねえぞ、と脅すような態度でストリップ・ガールに念を押して席をはずす。ストリップ・ガールは客席に背を向けた状態で、カウンター席にひとり腰かける。いつのまにかみなの姿も消え、そこはストリップ・ガールとダンサーの男のふたりきりになる。

ダンサーの男はストリップ・ガールを見つめている。やがて、あのダイナミックな音楽が始まる。クーパーが椅子からさっと立ち上がる。その動きが音楽に合っていて実にかっこいい。彼はゆっくりと舞台中央まで歩み出て、踊りながらストリップ・ガールに近づいていく。

ここでの踊りでは、両腕を横に水平に、あるいは斜めに真っ直ぐ伸ばしたまま回転していた動きがとても印象に残っている。腕を直線的な姿勢に保ったままキレよくスピーディーに動く。あとはストリップ・ガールに向かって、いきなり両膝をがくっと折って上半身を反りかえさせたり、ステージに飛び上がって寝転んだまま、脚だけを動かして彼女に近づいていったり、それからまたステージからジャンプして降りたり。音楽がとてもゴージャスなので、振りもそれに合わせたのか、非常にダイナミックな大きなものだった。

ついにストリップ・ガールも一緒に踊り始める。印象に残っているのは、複雑なリフト、さきほどもあった「背中回し」や、クーパーが両手でウィルドーを高々と持ち上げると、その手をいきなりパッと離して、落ちるウィルドーの両腕の脇を、クーパーが両の二の腕だけで受け止め、その瞬間、ウィルドーは着地と同時に両腕と両脚を広げてポーズを取るものや、あとはふたりが並んで同時に左脚を根元から大きく1回転させたりとか、ふたりがそれぞれ舞台の両端から舞台中央へと駆けていって、クーパーがジャンプしたウィルドーを、そのまま空中でつかんで持ち上げたりとか。音楽が盛り上がるにつれて、ふたりの踊りもよりドラマティックなものになっていった。最後には、ウィルドーの後ろにクーパーが立って体を重ねあわせ、音楽のテンポが徐々に速くなるのに合わせて、二人は重なり合った体をセクシーに揺り動かす(きゃ〜)。

いつのまにか舞台右手からビッグ・ボスが現れて、ふたりを憎々しげに見つめていた。ストリップ・ガールは驚いてダンサーの男から離れると、これは違うのよ、と弁解するようにダンサーの男を後ろに庇いながら舞台左へと後ずさる。しかしビッグ・ボスは懐に手を入れて銃を取り出す。ダンサーの男が今度は彼女の前に回り込み、片手を挙げてそれを止めようとする。

ボスがダンサーの男に向かって銃の引き金を引こうとする。ストリップ・ガールはとっさにダンサーの男を庇い、身代わりに銃弾を浴びる。彼女はダンサーの男にぐったりと身をもたせかけ、やがてその腕がだらん、と力なく垂れ下がる。彼女の体はそのままずり下がってダンサーの男の足元に倒れる。ダンサーの男はこわばった表情で彼女の横にかがみ込み、彼女の腕から脚にかけてを両手でいとおしそうになでる。クーパー君はこのシーンで、倒れたウィルドーのスカートが、あまりに上までずり上がっているときには、このなでる仕草を利用してスカートの裾を下げてやっていた。あいかわらず舞台上でもマメな男である。

ビッグ・ボスは銃を持ったままストリップ・ガールの死体に近づくと、そのむごたらしい有様に思わず口を押さえて目をそむける。ダンサーの男はその背後からビッグ・ボスに襲いかかり、銃を奪い取って彼を殴り倒すと、ためらわず引き金を引いて撃ち殺す。

ダンサーの男は呆然とした様子で、再びストリップ・ガールの死体に近寄る。彼は沈痛な表情で彼女の体を引き起こし、そのぐったりした体を支え、彼女の死体とゆっくりと踊る(ここで83年版CDジャケットの裏にあった、Lara Teeter演ずるジュニアがNatalia Makarova演ずるヴェラの死体を支えているポーズの写真、それを鏡映しにしただけの同じポーズが再現されていた)。死体と踊る、といっても、グロな振付は一切なく、ただダンサーの男がストリップ・ガールの体を自分と向かい合わせに、そして背中合わせに支えながらゆっくりと回る、というもの。彼はやがて彼女の体を抱きあげ、ステージの上に横たえる。

それから彼はビッグ・ボスの死体を憎々しげに蹴やると、絶望した様子でその横にうずくまる。舞台のライトが落とされる。やがて、階段の上がぼうっと明るく照らし出され、あのラベンダー色の帽子にスリップ・ドレス姿のストリップ・ガールが現れる。階段上のストリップ・ガールは、身をくねらせながらスカートの裾を片手でずり上げ、もう片手でダンサーの男をさしまねく。

すると、今度はステージの上に横たえたストリップ・ガールの死体の後ろから、もう1人のストリップ・ガールが突然がばっ、と起き上がる(音楽にうまく合わせてある)。これには思わず、ひえっ、と驚きました。いつのまに。このシーンは最優秀演出賞。

更に舞台の右や左から、ストリップ・ガールの幻影が次々と現れ、男は幻影と踊っては、そんなはずはない、というように彼女たちから身を離し、頭を両手で抱え込む。その周りをストリップ・ガールの幻影たちが取り囲んで踊る(ブキミというか滑稽というか)。やがて幻影たちは消える。

とうとう“Slaughter On Tenth Avenue”の最終シーン、混乱したダンサーの男のソロ。ここの踊りは回転や跳躍をスキマなく詰め込んだもので、私はクーパー君がこんなに鋭くて高さのある「斜め回転ジャンプ」をしたのを初めて見た。“ON YOUR TOES”ではやるのに、どうして他の作品ではやらないのか、本当に不思議だ。なんというか、クーパー君、やろうと思えばできるんじゃないの?私がクーパーに関して最も不可解なのは、この点である。他の作品では、できるのに敢えてやらないのか(作品や役柄についての解釈や主義とかで)、それとも何かの理由でどうしてもできないのか(精神的なストレスやプレッシャーとかで)、いったいなぜなのか分からない。

また脱線しちゃった。ジュニアが混乱したダンサーの男のソロを踊って、やや激しいステップで足をだ、だん、と踏み鳴らしたところで、おカマ役のダンサーが急に現れる。おカマ役のダンサーはぎこちない笑いを浮かべながらジュニアに近づき、彼に1枚のメモを渡す。台本にはなかった彼の登場に、ジュニアは不審そうな表情でそれを受け取る。

読み終わったジュニアの顔色がさっと変わる。もちろんそこには、“Slaughter On Tenth Avenue”の最後の瞬間に、ジュニアを狙撃しようとしている人間が客席に紛れ込んでいる、ということが書かれていたのである。ジュニアは驚愕しておカマ役のダンサーを見るが、おカマ役はやはりぎこちなく微笑みながら、両脚で小さくステップを踏み、ジュニアに踊り続けるように身振りで示す。

ジュニアは左側の客席を見わたすと、確かにメモに当てはまる人間がいるのに気づき、慌てて反対側の舞台脇に逃げ込もうとする。しかしセルゲイがそこにいて、引っ込もうとするジュニアを両手で押しとどめる仕草をする。

もはや踊り続けるしかない。覚悟を決めたジュニアはソロの最後を踊る。跳躍や回転を次々とこなして、最後に両脚を揃えたまま床の上を回転すると、ビッグ・ボスの死体の脇に倒れこみ、そこに転がっている銃を持って自分のこめかみに当てる。ダンサーの男が銃で自殺して幕、という段取りである。

オーケストラが最後のメロディーを大音響で奏でる。客席の一部にスポット・ライトが当てられる。殺し屋が懐から銃を取り出しながら立ち上がり、腕を上げて銃口をジュニアに向ける。この殺し屋役、私が観たこの週の前半数日はギャング役のダンサーが担当していたが、後半はなんとコンスタンティン役のムハメドフが担当していた!!客席にいつのまにか座ってた。そういえば、ギャングに向かって「君がやりたくないのなら俺が自分でやってやる!」と言うセリフがあった。隣や前後の席の観客は、さぞびっくりしたことだろう。終幕後にムハメドフが座っていた席を見たら、「この席はキャストのために確保されています」とかいう貼り紙がしてあった(そうしないと観客が勝手に席を移動して座り込んでしまうため)。

ジュニアは自分に銃を向けるコンスタンティンを見つけると、あわてて銃を投げ捨てて立ち上がり、指揮者に「Again,again!」と急いで指図する。立ち上がったムハメドフ、「アイヤ〜ヤ〜!」と悔しそうな声を上げて座る。

また同じ踊り。音楽が終わりかけるとムハメドフが再び立ち上がり、また銃を取り出してジュニアに狙いを定める。ジュニアもまた立ち上がって指揮者に「Again,again!」と指図する。ムハメドフ、「アイヤヤ〜!」とため息をついてまた座る。ムハメドフは演技も実に達者。お茶目さんである。

また同じ踊り。音楽が終わろうとしてコンスタンティンがまたまた立ち上がる。ジュニア、目を閉じて天を仰ぎながら、タンクトップを脱ぎ捨てて絶叫する。「One more time!!!」もうヤケクソである。

また同じ踊り。ジュニアはヘトヘト。もう後がない。音楽が終わりかけたところで、客席でとつぜん騒ぎが起きる。怒号が飛びかい、警官が何か叫びながらコンスタンティンを取り押さえ、コンスタンティンは警官に両脇をつかまれ引っ立てられていく。ジュニアはそれを見ると「Yes!!」とガッツポーズ、ようやく銃をこめかみに当て、引き金を引いて無事にめでたく自殺を遂げ、舞台の床に倒れる。ライトが消えて“Slaughter On Tenth Avenue”が終わる。

再びライトが点灯され、ジュニアやヴェラが起き上がり、セルゲイもやってきてジュニアをねぎらう。セルゲイがジュニアとヴェラの手を取って振り上げ、客席に向かって歓声を上げる。観客も大歓声でそれに応える。それにしても、セルゲイ、見れば見るほど岡田真澄に似ている・・・。

フランキーやペギーも現れる。舞台真ん中でジュニアとフランキー、右側でセルゲイとペギーが抱き合う。左側には手錠をかけられ、警官に両脇をかかえられたコンスタンティンがやってくる。コンスタンティンは手錠をかけられた両手首を、「やれやれ、逮捕されちゃったよ」というふうにヴェラに見せる。ヴェラは両手を上げてあらまあ、という表情をするが、次の瞬間にはコンスタンティンの首に固くすがりついて彼にキスをする。フィナーレの音楽が流れる中、抱き合っている3組のカップルにスポット・ライトが当てられ、やがて舞台のライトが落とされて、“ON YOUR TOES”の本当の幕が下りた。

カーテン・コール。最初に出演者一同、次に群舞、準主役、主役全員、女性主役陣、男性主役陣、再び主役全員、そして最後にあらためて出演者全員が、手をつなぎながら前に出て一斉にお辞儀をする。それから今度は出演者一同が、指揮者をはじめとするオーケストラに向かって拍手、観客もオーケストラに拍手、そしてカーテン・コール用の音楽が始まる(ジュニアが踊りを3回くりかえした部分の音楽)。音楽が流れる中で、出演者一同が観客に手を振りながら舞台左脇へ退場していく。ある日のカーテン・コールでは、終演後もいちゃついているウィルドーとムハメドフに、クーパーがムッとした顔で近づき、ふたりを引き離そうとしながら退場していった(これはもちろんカーテン・コール用の演出・・・だと思う)。

これでカーテン・コールはあっさりおしまい。音楽が終わって幕が下ろされる。公演が終了した。観客は最後にいっそう大きな拍手を送り終わると、次々と席から立ち上がって出口に向かう。指揮者のJulian Kellyが、オケピットからさっ、と足早に出ていった。入ってきたときと同じように。オーケストラの団員たちも雑談を交わしながら片づけを始める。観劇後の余韻も何もあったもんじゃない。こっちはわざわざ日本から来たんだから、もっとねっとりと劇的にして下さいよ(笑)。まあいいか。彼らキャスト、オーケストラ、スタッフにとっては仕事、私ら観客にとっては娯楽。何も肩ひじ張る必要はないんだろう。気楽に楽しんで、終わったらさっさと帰る。こういうあっけないのも、またクールでよいものだと思った。


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