Club Pelican

THEATRE

「オン・ユア・トウズ」
(“On Your Toes”, Music by Richard Rodgers , Lyrics by Lorenz Hart ,
Book by Rodgers & Hart and George Abbott)


第2幕

〔第1場〕 「王女ゼノビア」はコミック・バレエとしてマスコミや批評家の大絶賛を受ける。パトロンのペギーもまんざらではない様子。しかしセルゲイは、「王女ゼノビア」公演がジュニアのせいで大失敗した、と怒りが消えない。そんな中で、“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”公演に向けてのオーディションが始まった。セルゲイはいよいよ気乗りがしなくなった上に、「王女ゼノビア」をぶちこわしにした、まさにその張本人であるジュニアと協力しなければならないことが我慢ならない。ジュニアはセルゲイとの間に流れる気まずい雰囲気に途方に暮れる。しかしジュニアがもっと頭を悩ませていたのは、自分がフランキーよりもヴェラに心を奪われてしまっていることだった。

悩むジュニアに、ペギーがアドバイスをする(“THE HEART IS QUICKER THAN THE EYE”、VS-14/54-7/83-8)。

ペギー「母は私に言ったわ。『愛とやらのおかげで、私はひどい目にあってきた。私はおまえより長く生きているけれど、おまえよりものを知っているわけじゃない。なぜ彼は彼女を愛するのか、なぜ彼女は彼を愛するのか、そんなことは尋ねるだけムダよ。心はまなざしよりも速く反応するのだから。フェア・プレーなんて愛には役立たずよ。心変わりしたとたん、愛は憎しみにも変わってしまう!心はまなざしよりも先に動くのだから』と。愛のせいであなたは殺されてしまうかもしれないわよ、ジュニア、あっという間にね。それは標的を見つけるでしょう、坊や、あなたが標的なのよ。」

「12月に私の母はちょっと酔っぱらっちゃって、次の9月には私が生まれたというわけ。私は数年経って思い出したのだけれど、私が麻疹にかかったとき、母は一晩中寝ずに看病してくれた。かっこいい男と一緒にイチャイチャしながらね。」 ジュニア「ああ、なんてことだ!」 ペギー「私たちはよく旅をするけど、いつも行くところは同じリノ。彼女はそこですぐに再婚相手を見つけるの。しょせん長くは保たないのだけど、彼女はそんなこと考えもしないわ。4番目の結婚相手はミュージシャンで、ステキに、情熱的に歌うことができた。女をナンパするような、ああいう男の母親は、意外と保守的で礼儀にうるさいものよ。でもその息子はそうじゃなかったの。彼も他の3人と同じように私の母から離れていった。」

ジュニア「僕の母は『生涯かけて善良でありなさい』と言った。いい言葉だったけど、母はこれは言ってくれなかった。心はまなざしよりも先に動くものだ、ということを。母は僕に、本能のおもむくままにしてはならない、と警告したけど、それでも僕はしくじった。男なんて弱いもんだ。心はまなざしよりも先に動くものだ。母はまた言った。『恋は一度に、ジュニア、一人の女性だけをご覧なさい』と。でも僕は二度も、二人の女性と続けざまに恋に落ちてしまった。情熱のいいおもちゃになっている、これは僕のことだ。なんてことだ。でも、少なくとも、僕はまったくケモノ同然だ。心はまなざしよりも先に動く。」

ジュニアはなおも落ち込んだまま。「つまりは、人生ってこんなもんか。」 ペギー「そんなもんよ。」 ジュニア「どっちの道を行くべきか・・・そもそも、どっちの道がどっちなんだ?」 ペギー「私がさっき言ったじゃない。」 二人「心はまなざしよりも先に動く。」

ペギー「母は『男と一緒に酒なんか飲んではいけないよ』と私に言い聞かせた。だから、私はいまだにレモネードしか口にできないのよ(男ができないのよ)。」 ジュニア「心はウイスキーよりも先に動く(だいじょうぶ)!」

一方フランキーも、ジュニアが自分よりもヴェラに心惹かれていることを悟る。彼女は悲しみながらも、それをそのままに受け入れる決意をする(“GLAD TO BE UNHAPPY”、VS-15/54-9/83-9)。「自分を見て。もしあなたにユーモアのセンスがあるのなら、あなたはこんなこと笑い飛ばすでしょうね。あなたはまだロマンスはひたすらステキなものだと信じているの?これはあまりにもひどい打撃で、あなたの顔からは明るい笑顔が失われてしまったわ。私の気持ちは乱れに乱れていて、ただ呆然となすすべもなく、こうして哀しげにつぶやくだけ。」

「愚かな人は怖いもの知らずよ。だから私は不幸なのがとても嬉しいの。私は勝てない。でも私は、不幸であることがこれ以上にないほど嬉しいの。報われない恋はつらいわ。実際、私はひどく打ちのめされてしまったわ。でも私の大好きな人のためなら、悲しいのも喜びだわ。親からはぐれた子羊のように、私は不幸だわ。でも、ああ、嬉しいのよ。」

〔第2場〕 ペギーは“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”の上演に積極的である。ペギーはジュニアとロシア・バレエ団を和解させるため、セルゲイをはじめとする団員たちを連れ、ジュニアの大学の音楽クラスを訪問することにする。が、実はセルゲイは、これを機会に“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”の上演をきっぱりと断るつもりだった。

ところが、ペギーはもしセルゲイが“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”を上演しないならば、ロシア・バレエ団への後援をうち切るつもりだと宣言する。

ジュニアとクラスの学生たちは、セルゲイや団員たちに、学生みんなの思いを伝えるために作った“QUIET NIGHT”(VS-16/54-8/83-10)を合唱する。

「詩人ホラティウスは夜を賛美した。彼はその詩の中で、いつも夜を美しく描写した。ホラティウスはラテン語でこう述べていた。『あなたの逢瀬を昼の光の下にさらしてはいけない。夜のとばりが下りるまで待つのだ。あなたのすばらしい恋人のために!』と。静かな夜、あたりは穏やかでかぐわしい香りが漂っている。静かな夜、物音ひとつしない、でも私たちの心臓は一緒に鼓動している。あなたには私の思いがすべて聞こえるでしょう。あなたには私の胸がときめいているのが見えるでしょう。小さな声でささやいて下さい。でもいやだとは言わないで下さい。こんなにも静かな夜なのだから!」

学生たちの気持ちを理解したセルゲイは、“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”の上演をついに確約する。ジュニアはフランキーが新しく作ったタップ・ダンス曲“ON YOUR TOES”(VS-17,17A/54-10/83-11)を紹介する。フランキーと学生たちは、クラシック・バレエしか知らないロシア人ダンサーたちのために、タップの踊り方のコツを教えながらみんなで踊ってみせる。

ふと余談だが、ミュージカルとは多くがそういうものなのかもしれないけど、この「オン・ユア・トウズ」という作品では、劇中劇が多いせいもあるだろうが、オーケストラはただ単に歌や踊りの伴奏だけを受け持っているのではなく、作品の「登場人物」としての役割も担っているようだ。特に作品名ともなっている、この“ON YOUR TOES”という曲や、最後の“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”では、舞台上の出演者たちと、オーケストラの指揮者や演奏家たちとのかけ合いが見られるはずである。

ジュニアがキューを出す。「最初にピアノの連弾、それからソロ・トランペット、それにパーカッションが静かに入る。次に弦楽器がメロディーを奏でて、ゆっくりと木管楽器。そして、さあ、全オーケストラ!」 “ON YOUR TOES”の音楽が大きく、元気よく響きだしたところで、ジュニアは叫ぶ。「次は歌だ!」

フランキーが歌う。「樹のてっぺんに実っている、あのおいしそうなリンゴをご覧なさい。高いところにあればあるほど甘い。果実をつみ取るときには足元にご用心(チャウ注:on your toes、用心することと、つま先立って踊ることとをかけている?)!屋根の上にある、あのきれいなペントハウスをご覧なさい。高ければ高いほど家賃もお高い。大金を手にしたときには、足元を崩さないようにご用心!人類は雲の上にだってよじのぼる。エア・メールを届けるために。踊る人々はあのすばらしい男性を見上げている。フレッド・アステアのような男性(メール)を!踊る人々の輪の中心にいる、あのステキな女性をご覧なさい。風は自由気ままに吹いていくもの。さあ、みんな、自分の足で(on your toes)思いっきり跳び上がるがいいわ。自分の足で!」

「Remember the youth‘mid snow and ice, Who bore the banner with the strange device:“Excelsior!”(チャウ注:『より高く』。ニューヨーク州のスローガンなんだそう)なんて、こんなモットーは、リッチモンド・ヒルやニュー・ロシェル、チェルシーやサットンに住んでいる人々にはピッタリね。競争に勝つためには高いところへ登らないといけないのよ。」

フランキーと学生たちは歌いながらタップで踊る。それを見ていたロシア・バレエ団のダンサーたちも徐々に浮かれ出し、ついには学生たちの輪に加わって、一緒に歌いながら楽しげに踊り出す。「Then, my boy, You'd better hop up on your toes, up on your toes!」

第1幕では、タップ・ダンスやジャズ・ダンスと、クラシック・バレエとがそれぞれ個別に展開されていくのだが、第2幕のこのシーンに至って、両者のダンス形式が、同じ舞台で相互に入り乱れて展開される。ここは楽しみなシーンである。

〔第3場〕 “SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”のリハーサルが本格的に始まる。主役の二人、ナイトクラブのダンサー役はヴェラ、彼女に恋するタップ・ダンサー役はコンスタンティンである。ヴェラの実生活での恋人でもあるコンスタンティンは、ヴェラの心がジュニアに傾いていることに、メラメラと嫉妬の炎を燃やしている。

さらにそのうえ、コンスタンティンは“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”で要求されている、オフ・ビートのステップとジャズのリズムに乗るコツがつかめず、苛立ちのあまり癇癪を起こす。言い争いがつかみ合いの大ゲンカになり、ついに警官が駆けつける騒ぎに発展してしまう。ジュニアはその場を取り繕うため、これは「乱闘シーンのリハーサル」だと警官にウソをつき、即興で踊ってみせる。お堅い音楽教授であるはずのジュニアの見事な踊りに、みなは呆然とするばかり。セルゲイは驚嘆し、即座にジュニアをコンスタンティンの代わりに主役に抜擢する。

〔第4場〕 元ドサ回り芸人のジュニアが、ロシア・バレエ団の誇り高きプリンシパル・ダンサーである自分から、恋人のヴェラを奪った上に、さらに初日の主役の地位まで奪い取った!二重にプライドを傷つけられたコンスタンティンは激怒し、ギャンブル仲間である知り合いのギャングにジュニア殺しを依頼する。公演当日、コンスタンティンは最前列中央のチケットを殺し屋に渡し、“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”のフィナーレで、シンバルが打ち鳴らされた時の大音響に紛れて、ジュニアを射殺するよう指図する。その密談を、偶然通りかかった舞台係が立ち聞きする。舞台係は急いでフランキーに知らせに走る。

今度の舞台ではペギーによる“YOU TOOK ADVANTAGE OF ME”(54-11)が歌われることになっている。これは83年版では省略されたらしく、83年プロダクション録音版にもヴォーカル・スコアにも収録されていない。この“YOU TOOK ADVANTAGE OF ME”は、もともと“ON YOUR TOES”の曲ではなく、同じくRodgers & Hartの“PRESENT ARMS”という作品から挿入された曲らしい。ペギーのこの歌は特に聴きどころ。相当高いレベルの歌唱力が必要な歌だと思う。

初日公演の開演直前、セルゲイは楽屋口にひとり佇み、物思いに耽っている。セルゲイはジュニアの学生たちが、自分たち団員のために唱ってくれた“QUIET NIGHT”をくり返し唱う(“QUIET NIGHT-REPRISE”、VS-20/83-12)。

ペギーがそこへやって来る。「まあ、私たち、栄光に満ちた入場を果たしませんこと?」 セルゲイは言う。「ペギー、僕は楽屋口の守衛になりたいと思っていたんだよ。・・・いや、僕は僕が何者でもなかったころ、僕がどんなに幸せだったか思い出していたんだ。僕が世界でなにも持っていなかった、緑の田舎の子どもだったころ・・・。野心と頭いっぱいに溢れていたバカげた夢のほかには、何も持っちゃいなかった。」 セルゲイはつぶやく。「ペギー、“夜”を聞こう。」 かすかに“QUIET NIGHT”の歌が流れてくる。

〔第5場〕 ジュニア殺しの陰謀を知らされたフランキーは愕然とする。しかし、ロシア・バレエ団公演“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”(VS-21/54-12/83-13)の幕はとうに上がってしまっていた。

舞台はニューヨークのナイトクラブ。一人のストリップ・ダンサー(ヴェラ)が踊っている。彼女はクラブのオーナーであり、またマフィアの親分でもある“ビッグ・ボス”のお気に入り。他の男が彼女に手を出そうとするものなら、即座にボスに殺されてしまう。しかし彼女はあるタップ・ダンサーの男(ジュニア)と舞台上で一緒に踊ることになる。ふたりは踊るうちに濃密な雰囲気となり、怒ったボスがふたりをひきはがす。

その後、カウンターにひとり座る彼女の前に、あのタップ・ダンサーの男が現れる。彼は彼女を見つめ、一気に酒をあおると、彼女をひきよせて情熱的な口づけをする。ふたりが一緒に踊っているところに、ボスが入ってくる。ボスは銃を取り出して、憎い恋がたきの男に狙いを定める。彼女は彼に走り寄って彼をかばい、身代わりとなって命を落とす。

ボスは男につかみかかり格闘になる。男はボスから銃を奪い取って引き金を引く。ボスを殺した男は銃を取り落とすと、彼女の遺体をかき抱きつつ、そのぐったりした体と一緒に踊る。やがて彼女の体をクラブのステージの上に横たえると、彼はゆっくりと身を起こす。

そして最終シーンのソロの踊りにさしかかったとき、バーテンダー役のダンサーが、台本にはなかったのに突如現れる。バーテンダーはトレイを捧げ持ち、ジュニアにトレイの上にあるメモを受けとるように合図する。ジュニアはそのメモを読む。最前列中央の席に座っている男が、バレエのクライマックスでシンバルがうち鳴らされた瞬間に、ジュニアを狙撃しようとしているというのだ。フランキーは警察に通報する一方、機転をきかせて舞台上のジュニアにも知らせたのである。ジュニアは踊りながらさりげなく客席を眺め、確かにその殺し屋の男がいることを確認する。

もう少しで音楽は終わってしまう。殺し屋の男は銃の狙いを定めながら立ち上がろうとする。ジュニアはオーケストラの指揮者に合図を送り、バレエの最後の部分をもう一度くり返す。殺し屋は再び座席に腰を下ろす。こうして音楽が終わりかけるたびに、殺し屋は銃を持った腕を上げようとし、ジュニアは指揮者に合図して同じ部分をもう一度踊る。3回目になったころには、ジュニアは疲れ切って息も絶え絶えである。しかし踊りを止めたらシンバルが鳴ってしまう。ジュニアが指揮者に「もう一度!」と合図したところで、ようやく駆けつけた警官の声が響く。「殺し屋は逮捕しました!」 ジュニアはカーテンに倒れかかる。

バレエ“SLAUGHTER ON TENTH AVENUE”公演は大成功を収める。ジュニアのフランキーへの愛は揺るぎないものとなり、ペギーとセルゲイもなにやらいい雰囲気である。コンスタンティンは殺人教唆で逮捕されるが、ヴェラは卑劣な手段で人の命を狙ったかつての恋人を、軽蔑のまなざしで見やるのみであった。彼女は成功を収めた若き作曲家、シドニー・コーンに意味ありげな熱い視線を送る。その公演にはジュニアの父フィルと母リルもやって来ていた。両親は、息子が一度はそこから遠ざかった舞台へ、堂々たる復帰を果たしたのを感慨深げに見守っている。そして幕が下りる。

(2003年7月24日)


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