Club Pelican

NOTE

オズの魔法使い

(2008年8月27〜31日、ロイヤル・フェスティバル・ホール、ロンドン)

会場のロイヤル・フェスティバル・ホールは、2003年夏にアダム・クーパー振付・主演の「オン・ユア・トウズ」が上演された、彼とは縁のある劇場である。その後、長いあいだ改装のために閉鎖されていた。2003年当時と改装を経た今とどう違っているかはよく分からなかった。ただ、2階の中央にあったショップがなくなっており、その位置にボックス・オフィスができていた。1階のテームズ河に面した部分には、改装前はなかったカフェや書店などが新しく入っていたが、1階のウォータールー駅側にあった大きなレストランは、以前と変わりなく営業していた。

ホールに入っても、どこがどう変わったのかは分からなかった。思うに、基本的な構造はそのままにして、古くなった機材やシステムなどを一新した程度じゃないのかな。あとはペンキを塗りなおしたとか、座席のカバーを張り替えたとか、その程度だと思う。あっそうだ、トイレが改善されていた。以前は個室の数が少なくて、いつも行列だったけど、今は充分な数の個室があって、列に並ぶということはほとんどなかった。また、以前はトイレの前に急な階段があったが、今は階段はなくなってフラットになっていた。これは大きな改造だ。

ホールに入ると、前3列(A〜C列)の座席を取り払って、オーケストラ・ピットが設けられていた。開演前になると、4列目(D列)に観客がまったく座っていないことに気がついた。だから、実質的な最前列は5列目(E列)ということになる。2階席を見ると、舞台に最も近い左右のウイング席にも観客がまったく座っていない。これらの席は最初から販売されていなかったらしい。見えにくいからだろう。もっとも、1階席の4列目の席が販売されなかったのは、他にも大きな理由があったことが後で分かった。

観客の中には子どもの姿が多く見受けられた。今は夏休みなのだろうから、昼公演に子どもの観客が多いことは納得できたが、驚いたのは、夜公演も昼公演と同じくらい子どもの観客が多かったことである。夜公演は開演が7時半、終演が10時半前である。夜遅くなる公演に子どもを連れて観に来るというのは、日本人の私にはちょっと理解しがたいことだった。

「オズの魔法使い」のコアなファンというのがいるらしく、主人公のドロシーや西の魔女のコスプレをしている観客がいた。大方は子どもだったが(←親が着させたのだろう)、大人もいた。映画のドロシーみたいな水色のチェックのワンピースを着て、キラキラ光るルビー色の靴を履いている。かなり目立っていた。けっこうな年齢らしい女性で、これにも少し驚いた。

客席はいつも満席だった。ほとんどの新聞や演劇サイトのレビューは、この「オズの魔法使い」を高く評価していなかった。だから客の入りはどうだろうと危ぶんでいた。しかし開演直前になると、1階席はもちろん2階席に至るまで、観客がぎゅうぎゅうに詰まっているのだった。

舞台の幕は開いていた。舞台の中ほどを、舞台の上半分を覆う半円形のスクリーンが横断していた。鉄の枠で縁取られ、鉄の柱で支えられていて、かなり頑丈そうだった。動かせるものではなく、据え付けのセットらしい。スクリーンは3つの部分に分かれていて、左右にはおそらく1930年代の古い新聞広告の絵が描かれていて、中央には“the WIZARD of OZ”と、子どもが書いたようなつたないブロック体の字が映されている。

スクリーンの左右の支柱のあたりには木製の電信柱が3本ずつ立ち、支柱の根元には農作業用の錆びた工具が無造作に置かれている。舞台の上半分はスクリーンのせいで見えないが、スクリーンの下、舞台の下半分の奥には、ガレージのシャッターみたいな素材の半円形の壁が見える。

主なキャスト。ドロシー:ショーン・ブルック(Sian Brooke);ヒッコリー/ブリキの木こり:アダム・クーパー;マーヴェル教授/オズの魔法使い:ロイ・ハッド(Roy Hudd);ミス・グルチ/西の魔女:ジュリー・レグランド(Julie Legrand);ハンク/かかし:ヒルトン・マックレー(Hilton McRae);ジーク/臆病なライオン:ギャリー・ウィルモット(Gary Wilmot);

エムおばさん/北の魔女グリンダ:スザンナ・フェロウズ(Susannah Fellows);ヘンリーおじさん/エメラルド・シティの門衛:ジュリアン・フォーサイス(Julian Forsyth);トド(ドロシーの愛犬):ボビー(Bobby)。


第一幕

前奏曲が始まると、スクリーンに次々と画像が映し出されていった。ほとんどはやはり1930年代の広告やポスターの画像だった。前奏曲が終わりに近づくと、広い空の下に広がる麦畑の画像が映し出された。いきなりドロシー(ショーン・ブルック)が息せき切って駆け込んできた。ブルックはブルネットの髪を二つに結って垂らしており、白いブラウスに水色のチェックのワンピースを着ている。もちろんブルックは成人女性だが、ハスキーな声音とハキハキした物言いで少女のように見える。

ドロシーは自分の愛犬のトドがミス・グルチに叩かれたことに憤っている。ドロシーがふと気づいたように「トド、トド?」と呼ぶと、舞台の脇からトドが勢いよく飛び出してきて、一直線にドロシーの元に駆けてきた。観客が感心したように笑いさざめいた。トド役を演じたボビー君は白いウエスト・ハイランド・テリアで、5歳半だということである。プログラムにも顔写真入りで本名と経歴(笑)が載っている(しかも主役たちの最後に!)。彼は今まで数々のテレビやCMに登場したキャリアを持っており、その業界ではけっこう有名らしい。短い脚でばたばたと走り、短いしっぽをぶりぶりと振る姿が超ラブリー。

舞台上には木製の低い柵のセットがある。半円形をしており、舞台の中央を囲うように置かれている。ドロシーは「エムおばさん!」と叫びながら柵の外側をぐるぐると走り回る。

それとほとんど同時に奥のシャッターの真ん中が開き、ヘンリーおじさん(ジュリアン・フォーサイス)とエムおばさん(スザンナ・フェロウズ)が、ひよこを飼育している箱を持って出てくる。なるほど、あのシャッターは開閉できるわけだ。ドロシーはミス・グルチがトドを叩いたことを必死で訴えるが、忙しい彼らにまったく相手にされない。

エムおばさんは「どこか何の煩わしいこともない場所にでも行けば!」と言い捨てて出て行ってしまう。ひとり取り残されたドロシーは「どこか何の煩わしいこともない場所・・・」とつぶやき、“Over the Rainbow”を歌う。ショーン・ブルックの歌はあまりプロっぽくないというか、素朴で自然な歌声である。ウエストエンドの役者によくみられるような、テクニックを駆使して人工的な艶を作り出した歌声ではない。最初は「この人、あまり歌がうまくないなあ」と思ったが、これくらい純朴な歌い方のほうが、ドロシーという役には合っているのかもしれない。

やがて、シャッターの左側が大きく開いて、ドロシーの家の農場で働いているヒッコリー(アダム・クーパー)、ハンク(ヒルトン・マックレー)、ジーク(ギャリー・ウィルモット)が大きな台車を支えながら出てくる。台車の片輪が外れてしまっているので、彼らはその修理にかかる。

ヒッコリー役のアダム・クーパーは、白い長袖Tシャツにデニムのオーバーオールを着ており、裾を出して腕をまくっている。オーバーオールの着方が変わっていて、腰のベルトを締めて、上身ごろを下に垂らしている。このスタイルが非常にカッコいい。Tシャツの襟ぐりは広く、長い首から肩へのなだらかな線がはっきりと見える。この線がすっきりしてこれまたカッコいい。髪は短く、前髪が跳ね上がっていて、ヒゲはなし。そのへんにいる兄ちゃんという風体だが、顔が小さくて眉がきりっとしていてやっぱりカッコいい。まくった袖から伸びた腕、露わになった太い長い首と鎖骨と肩口、ムンムン漂う男の色気。やっぱり男前だわ。イイ男だわ。惚れ直したわ。

ドロシーは彼らにもミス・グルチとトドの一件を訴える。が、彼らは作業に夢中でドロシーの言うことなんぞ耳にも入っていない。ドロシーは電信柱にのぼって手を振りながら、「ちょっと〜、私の話を聞いてよお〜!」と必死に叫ぶ。

ハンクはドロシーに「頭(brain)を使えよ、頭を(←これが伏線)。ミス・グルチの家の庭に入らなきゃいいのさ」と言ってあしらう。先がぶさぶさになった太い縄をたぐってまとめている(←これも伏線)ジークは、ドロシーに「ミス・グルチを恐れるな。勇気(courage)を持つんだ」(←これも伏線)とぞんざいに言う。

それを見ていたヒッコリーとハンクは、顔を近づけてなにやらヒソヒソと話す。そして悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ヒッコリーはブリキの漏斗を持ち(←これも伏線)、ハンクはかかしの頭を持って(←これも伏線)ジークに近づく。そして、ヒッコリーが漏斗をラッパのように口に当てて「わっ!」と叫ぶと同時に、ハンクはかかしの頭をジークの目の前に突きつける。ジークは驚いて飛び上がる(←これも伏線)。悪戯がうまくいったヒッコリーとハンクは大笑いする。

ヒッコリーは更にブリキのバケツをかかえ、ジークに中の水をぶっかけようとする。ジークはすんでのところでヒッコリーを止める。ヒッコリーはブリキの漏斗を頭にかぶり(←いうまでもないがこれはズバリ伏線)、台車の上で「オレは頑丈だぜ」と言いながら、拳を握った腕を曲げて力こぶを作り、ボディビルでよくあるポージングをする。クーパー君がやるとなんとなく笑える。マシュー・ボーンの「スピットファイアー」みたい。

みながいなくなったところへ、荷台に籠を取り付けた自転車に乗ったミス・グルチ(ジュリー・レグランド)が現れる。レグランドは円形の舞台を器用に自転車をこいで一周する。黒い帽子、黒い上着、黒いロング・スカートと黒ずくめの格好(←これも伏線)。

ミス・グルチはドロシーの犬のトドが自分の脚を咬んだことで、トドを連れて行って処分すると言い、保安官の命令書をヘンリーおじさんとエムおばさんに見せる。ドロシーはトドを抱きしめて泣き叫び、逃げようとするがヒッコリーに止められる。トドはミス・グルチの自転車の荷台の上にある籠の中に入れられる。籠から首だけ出したトドの姿がかわいいだけに哀れで、客席からさっそくミス・グルチに向かって「ブー」という声が飛んだ。

トドが連れて行かれた後、ドロシーは悲しみのあまり、ハンク、ジーク、ヒッコリーにくってかかる。特にトドを抱いて逃げようとしたのを止めたヒッコリーへの怒りが激しく、ドロシーはヒッコリーに向かって、「あんたを憎んでやる!憎んでやる!憎んでやる!」と怒鳴る。ヒッコリーは顔を曇らせ、「そんなふうに言われたら、俺だって心(heart)が傷つくよ」と言い返す(←これも伏線)。それでもドロシーは「そんなことかまわないわ!」と叫ぶ。ハンクとジークがヒッコリーの肩をなだめるように叩き、彼らは去ってしまう。

ところが、しばらくして「ワン!ワン!」と犬の鳴き声が響き、トドがたたたーっとドロシーの元へ駆け戻ってくる。観客がまたしても「おおおっ」と笑いまじりの声を上げる。イギリス人は犬に弱いな。ドロシーは「逃げてきたのね!」と喜ぶが、ミス・グルチが追いかけてくるかもしれないことを心配し、家出を決意する。トドの件で大人たちに不信感を持ってしまったドロシーは、去り際に「もうここへは戻ってこないわ!永遠に!」と叫ぶ。

案の定、ミス・グルチが戻ってくる。ヘンリーおじさんは露骨に嫌そうな顔をしながらドロシーの名を呼ぶが、エムおばさんが「ドロシーがいないわ!写真とクッキーがなくなってる!」と心配そうに言う。ミス・グルチは「あの犬を渡すのが嫌で逃げたんだわ!追いかけてあの犬をつかまえなきゃ」と皮肉たっぷりに言って、再び自転車に乗って去っていく。

舞台の奥のシャッターが開き、同時に舞台が回転し始めた。舞台の真ん中にある円形の床部分が回転するようにできている。1台のオートバイの横に焚き火をして座り、ソーセージを焙っている恰幅の良い男性(ロイ・ハッド)が現れる。オートバイには旗が立ててあり、「マーヴェル教授/ヨーロッパの王侯貴族から絶賛された/あなたの過去と未来を見てもらおう!」と書いてある。

そこへドロシーがトドを連れてやって来る。当てずっぽうだが家出だと事情を察したマーヴェルは、水晶占いをしてやるふりをして、ドロシーの持っていた籠の中の写真を盗み見る。そして、エムおばさんがドロシーを心配するあまりに病気になってしまったと嘘をつく。本気にしたドロシーはあわてて、「私、家に帰らなきゃ」と言って走り去る。マーヴェルはやれやれと一息つくが、そこへ稲妻が光って雷鳴が轟く。湧き起こる暗くどんよりとした雲の画像が上のスクリーンに映る。

激しい風の音が響き、白い煙が立ちこめる。カンテラを持ったヘンリーおじさん、ジーク、ハンクがドロシーとヒッコリーの名を叫びながら現れる。実際には風は吹いていなかったが、ジーク役のギャリー・ウィルモットはどういうふうにしたのか、まるで風で飛ばされたように、かぶっていた帽子をひらりと床に落とし、それを靴で押さえた。ヒッコリーが現れる。このときのクーパー君はTシャツの上にデニムのシャツを引っかけていた。これがまた似合うのよ〜。

みなは「竜巻だ!」と叫んで避難しようとする。だがエムおばさんはドロシーの名を必死で叫び、避難しようとしない。ヒッコリーとヘンリーおじさんがエムおばさんを無理に抱きかかえ、避難小屋の中に引きずり込む。

風に吹かれながらドロシーが帰ってくる。しかしそこには誰もいない。舞台が回転し、ドロシーの部屋のセットが現れる。窓と扉のついた壁の内側にベッドがあるだけの簡素なものである。ドロシーは自分の部屋に入る。窓を激しい勢いで開け閉めして暴風を表現していたのが、申し訳ないけど稚拙で笑ってしまった。風の勢いでドロシーは気絶する。舞台が回転し、ドロシーの部屋のセットが舞台を速いスピードで回る。スクリーンには、子どもが書いたようなぐるぐる模様の竜巻、竜巻の中を飛んでいく家屋や家畜、そしてミス・グルチと魔女の姿がアニメのように映し出される。そして、家のイラストがスクリーンの中をくるくると回り、やがてドシーン!と大きな音が轟く。

音楽が静かで神秘的なものになる。ドロシーはトドを連れてこわごわと外に出る。「トド、ここはもうカンザスじゃないみたい。虹の彼方に来たんだわ。」 すると、なぜか客席の一角にライトが当てられる。観客がざわめく。そこにはいつのまにか、ピンクのドレスを着て、頭に大きな銀色のティアラを載せた美しい女性がいて、客席の通路を歩いて舞台へ向かっていく。それは北の魔女のグリンダ(スザンナ・フェロウズ)で、エムおばさんと二役である。エムおばさんのときは白髪のかつらをつけ、眼鏡をかけていて、声音もまさしく初老の女性という感じだったが、よくここまで見事に化けられるものだ。私は北の魔女が通る通路側に座っていたときに彼女を間近で見たが、本当にきれいだった。

北の魔女は訝しげな表情をしてドロシーを見つめ、「あなたは良い魔女?それとも悪い魔女?」と尋ねる。ドロシー「私は魔女じゃありません。」 北の魔女はトドを指さして尋ねる。「じゃあそれが魔女?」 ドロシーは「これはトドです。私の犬です」と答える。北の魔女は言う。「私はグリンダ、北の魔女なの。」 ドロシーは驚く。「魔女ですって?こんなに美しい魔女は見たことがないわ!」

その途端、「キヒヒヒヒ!」という大勢のかん高い笑い声が響く。驚くドロシーに、北の魔女は「あれはマンチキンたちよ。東の魔女が死んで自由になったので喜んでいるの」と説明する。ドロシーが「東の魔女が死んだ?」と尋ねると、北の魔女は「あそこにいるわ」と言い、銀のステッキでドロシーの家の下を指し示す。いつのまにか、ドロシーの家の下から黒と白の横縞の靴下にルビー色の靴を穿いた両足が突き出ている。その部分の壁だけは布製で、そこから足を出していた。うーむ、ベタだ。

北の魔女は「出ておいでなさい、出ておいでなさい」と歌い始める。スザンナ・フェロウズの歌声はややハスキーながらも、とてもきれいなものだった。小さな家や花の咲いた植木鉢を持ったマンチキンたちが続々と現れる。マンチキン役はほとんどが小学校1年生くらいの子どもである。みな明るいカラフルな色や模様の服を着ていたが、デザインは現代風のカジュアルなもので、ハデだけど普通の子供服という感じの衣装だった。このマンチキン役の子どもたちは、プロの子役たちとロンドンの小学生たちで構成されているという。

まず2人のマンチキンがドロシーに花束を贈ってお礼を言う。節をつけたセリフである。このキャストは日替わりだった。たぶんこの子たちは素人だと思う。子どもたちは指揮者のほうを一生懸命さりげなく見ながら(でもバレバレだったけど)セリフを言っていた。指揮者はタクトを振りながら、同時に口パクで子どもたちにセリフを教えていた。指揮者が一時的にプロンプターの役割も果たしていたわけで、なんだかほほえましかった。マンチキン・ランドの代表2人と検視官1人はプロの子役で、これは明瞭な発声と堂々とした演技からすぐに分かる。

東の魔女が確かに死んだと分かると、マンチキンたちは歓声を上げ、“Ding Dong!The Witch is Dead”を一斉に歌い始める。楽しげな音楽の歌で、観客も手拍子を打っていた。だが、そこにいきなりドン!という爆発音が響く。マンチキンたちとドロシーは逃げ惑う。この爆発音はかなりな大音量で、マジでびっくりして跳び上がってしまう。現れたのは黒いとんがった帽子をかぶり、黒い長いマントとドレスを身に着けた、肌が緑色の西の魔女(ジュリー・レグランド)である。ミス・グルチと二役。観客が一斉に「シーッ」という声を上げる。悪役が登場したときのお約束的反応らしい。

西の魔女は「誰が私の妹を殺したんだい?」と尋ねる。北の魔女は「家の下敷きになったのよ」と冷たく答える。西の魔女は悲鳴を上げて嘆き悲しんでいたかと思うと、次にはイッヒッヒ、とかん高い笑い声を上げて、東の魔女が穿いていたルビーの靴を脱がそうとする。ところが、北の魔女がそ知らぬ体でさりげなく杖を動かすと、東の魔女の両足は壁の中に引っ込んでしまう。「ルビーの靴はどこにいったの!」と叫ぶ西の魔女に、北の魔女は「ドロシーが履いてるわ」と答える。ドロシーが物陰からおずおずと出てくると、その足にはルビーの靴を履いている。物陰に隠れていた間に履き替えたんですな。ドロシーは自分の足元を見て驚く。

西の魔女は猫なで声を出し、ドロシーにルビーの靴をくれるよう頼む。ドロシーはルビーの靴を西の魔女にあげようとするが、北の魔女がそれを止める。「ルビーの靴を彼女に与えてしまうと、魔力が増してしまうのよ。」 ドロシーがわざと家を東の魔女の上に落とし、ルビーの靴を横取りしたと思い込んだ西の魔女は、「いずれこのお返しはさせてもらうよ。お前の犬にもね」と言うと、開いたシャッターの向こうに消える。なんだかなー、魔女が扉から消えるっていうのはなー。魔女らしくドロンと消えてほしいよなー。

ドロシーはカンザスに帰りたいと北の魔女に頼む。しかし北の魔女は、自分にはそれはできないと答え、エメラルド・シティに住むオズの魔法使いに頼んでみるよう勧める。エメラルド・シティに行くには、黄色のレンガの道を行けばよいというのである。北の魔女はルビーの靴を決して脱いではならない、とドロシーに強く言い聞かせて消える。これまた開いたシャッターの隙間に。だから、魔女はドロンと消えてほしいんだよなー。

舞台が回転し、シャッターの向こうから黄色いレンガの道が現れる。これはどういう仕組みなのかしらね。マンチキンたちに見送られ、ドロシーとトドは黄色いレンガの道を歩いていく。マンチキン役の子どもたちが退場していくと、客席から大きな拍手が送られた。

舞台が回転すると、木にくくりつけられたかかし(ヒルトン・マックレー。ハンクと二役)が現れる。同時にサングラスをかけ、黒いタキシードを着て黒いタイツを穿いた男性3人が、両腕を羽ばたかせ、奇声を上げて大笑いしながらやって来る。これはカラスらしい。あまりの騒々しさに観客が爆笑する。カラスたちはかかしをバカにしたように笑うと、植わっているとうもろこしを平気でついばむ。このとうもろこしも、10本くらいしか植わってないんだよね。いかにも作り物っぽい粗雑な細工だし。セットにしてはちょっと寂しい。

そこへドロシーがトドを連れて現れる。道に迷ってしまったのだ。すると、かかしがいきなり「こっちの道だよ」、「あっちの道もいいよ」、「どうせなら両方の道を行くのもいいね!」と話し出す。かかしがしゃべったことにドロシーは仰天する。

かかしは自分の頭には干し草しか詰まっていないので、脳味噌(brain)がほしいと言う。しかしドロシーは「でも、あなたはこうしてしゃべっているじゃない?どうしても必要なの?」と尋ねる。かかしはそれを聞いて「うーん」と考え込み、やがて「確かに、脳味噌がないのに、しゃべりまくるヤツはいるよね」とつぶやく。イギリス人はこういうセリフには食いつきが良い。主に大人の観客が愉快そうな笑い声を立てた。

かかしは自分を木に打ちつけてある釘を抜いてくれるようドロシーに頼む。ドロシーはかかしを木から下ろしてやる。かかしは「やった!自由だ!」と喜ぶ。しかし、かかしは首をかしげ、肩をすくめて腕を曲げ、内股で立っており、足元はおぼつかない。転んでしまうかかしをドロシーがあわてて助け起こす。

ヒルトン・マックレーの声音は、ハンクのときとはまったく違って鼻にかかったものになり、たどたどしい口調でしゃべる。これが妙にカワイイ。

かかしはドロシーに尋ねる。「君は僕が怖い?」 ドロシー「いいえ。全然。」 かかしは台の上に立ち、とうもろこしをついばんでいるカラスたちに向かって、両腕を上げて「ブー!」と怒鳴っておどかす。しかし、カラスたちは振り向いてかかしを一瞥すると、何事もなかったかのように再びとうもろこしをついばむ。かかしはあきらめたように言う。「ほらね、誰も僕のことなんか怖くないんだよ。」

かかしは干し草しか詰まっていない自分の身を嘆き、“If I Only Had a Brain”を歌う。3羽のカラスも一緒に歌い、かかしの横で踊り始める。

バレエを観るようになって役に立った(?)のは、ミュージカル役者の踊りを見て、「あ、この人はバレエがバック・グラウンドだ」、あるいは「この人は『一般教養』程度しかバレエをやってない」と分かるようになったことだ。3羽のカラスのキャストはともにバレエをバック・グラウンドとする役者たちらしく、踊り以前に脚の形でバレバレだった。踊り始めると、両腕を羽ばたかせる動きの柔らかさや、片脚だけで立ったポーズとか、回転の仕方とかでも分かった。コミカルだけどきれいな踊りだった。

ドロシーはかかしにオズの魔法使いのことを話す。かかしは「オズの魔法使いなら僕に頭脳をくれるかな?」と言い、ドロシーに「僕を一緒に連れて行ってくれる?」とおずおずと尋ねる。ドロシーは「もちろん!」と答え、かかしとドロシーは腕を組み、“We're Off to See the Wizard”を歌いながら、黄色いレンガの道をたどってシャッターの向こうに消える。

かかしはドロシーに「おなかがすいてないかい?」と尋ね、「よかったら僕の干草を食べなよ。僕の中にはたくさん干草が詰まっているから」と言って、胸の中から干し草をひとつかみ取り出してドロシーに差し出す。ドロシーは「ありがとう。でも、私は干し草は食べないのよ」と断る。観客がドッと笑った。

舞台が回転し、シャッターの向こうから、背中にリンゴのなった枝をくくりつけ、茶色い帽子をかぶり、茶色いチェックのシャツを着て、茶色のズボンにブーツを穿いた女性3人が現れる。リンゴの木の役らしい。1回目に観たときは「まるで学芸会並みの変装だな」と呆れたが、2回目からは慣れたので気にならなくなった。

ドロシーは「見て!リンゴだわ!」と言い、中の1本に近づいてリンゴをもぎ取ろうとする。その手をリンゴの木がバチンと叩いて払う。「他人の物を勝手に盗ろうとするなんて!」 ドロシーは驚いて「ごめんなさい」と謝る。すると、かかしがドロシーの肩を抱いて「あんなリンゴなんか食べないほうがいいよ」と、わざとリンゴの木たちに聞こえるように言う。

リンゴの木たちはいきり立つ。「『あんなリンゴ』ですって!?」、「どういう意味よ!」 かかしは言う。「別に。ただ、ドロシーは君たちのリンゴについている青虫が嫌いなのさ。」 リンゴの木たちは激怒する。「青虫だなんて、よくも言ったわね!」、「青虫がついているかどうか見なさいよ!」 リンゴの木たちは腰に下げていた袋から、一斉にリンゴをかかしに向かってどんどん投げつける。かかしはドロシーに言う。「ほら、今のうちにリンゴを拾うんだ!」 かかしとドロシーはリンゴを拾いまくり、ドロシーはリンゴをおいしそうにほおばる。

このエピソードで分かるように、かかしは「僕に詰まっているのは干し草ばかりで、頭脳がほしい」と言うものの、実はもう充分に頭が良いのである。「オズの魔法使い」の大きなテーマは、「本当はすでに持っているのに自分で気づいていない」というもので、これから出てくるブリキのきこり、臆病なライオン、そしてドロシー自身もそうなのである。

舞台が回転すると、シャッターの向こうから、今度は全身に銀色の甲冑をまとったような人物が現れる。頭にブリキの漏斗を逆さにかぶり、斧を持った腕を上げて硬直し、体を斜めにして立ったまま微動だにしない。ブリキのきこり(アダム・クーパー。ヒッコリーと二役)である。ドロシーは近づいて「男の人だわ!」と叫ぶ。

いつかの公演で、私はかなり端っこの席に座っていて、そこからはシャッターの後ろで待機しているキャストたちの姿が丸見えだった。他のキャラクターたちがシャッターの陰で、登場寸前まで普通にしていたのに対して、アダム・クーパーはシャッターの陰に現れた瞬間に、片腕を曲げて斜めに立って硬直したポーズをとり、舞台が回転して表に登場するまで、ずっとそのままの姿勢で待機していた。相変わらず生真面目だな〜、と思った。

ドロシーが近づくと、ブリキのきこりは何かフガフガと言う。だが、口がよく開かないためにはっきり聞こえない。何度目かで、ドロシーはやっと「『油さし』って言ってるんだわ!」と聞き取る。ドロシーは赤い油さしを見つけると、「どこにさせばいいの?」と尋ねる。ブリキのきこりはまたもフガフガ言う。今度はかかしが聞き取る。「『口』だ!」 ドロシーとかかしは急いでブリキのきこりの口に油をさす。

ブリキのきこりは口をもごもごと動かしてほぐすと、早口で一気にしゃべり出す。「ああ、ようやくまた話せるようになれた!あ、腕に油をさしてくれる?それと肘もね。」 ドロシーとかかしはせっせとブリキのきこりの体に油をさす。

油のおかげで腕が柔らかくなると、その拍子にブリキのきこりが持っていた斧がすごい勢いで地面に突き刺さる。その斧が地面に突き刺さる動きも、なんというか「アダム・クーパー」だった。観ている側がギョッとするタイミングとスピードのツボを心得ているのよね〜。膝の裏に油をさされて、膝がガクッと崩れるのを、自分で膝頭を手で押さえて直していたのも何気に面白かった。

ブリキのきこりは切々と身の上話を始める。「僕はマンチキンにいる東の魔女が呪いをかけた斧を使ってしまって、その斧で自分の体をバラバラにしちゃったんだ。ブリキ職人がブリキで僕の体をつなぎ合わせてくれたんだけど、彼は心を入れ忘れてしまった。」 ブリキのきこりはドロシーに「僕の胸を叩いてごらん」と言う。ドロシーが叩くと、からら〜ん、という音が響く。かかしは「いい音じゃん!」とホメる。だがブリキのきこりは、「首、首」と言って油をさしてもらうと、さっと横を向いてドロシーとかかしを見つめ、泣き出しそうな顔と声音で「空っぽ、空っぽなんだよ!僕には心がないんだ」と言う。どうやら気が弱くて繊細な性格らしい。

ブリキのきこりは“If I Only Had a Heart”を歌い始める。リンゴの木たちも心なしか色っぽい歌声で一緒に歌う。ブリキのきこりが「僕は嫉妬や愛の感情を抱きたい。僕がバルコニーで静かに歌っていると」と歌うと、リンゴの木たちは「あなたはなぜロミオなの?」と甘くささやくように歌う。

ブリキのきこりもかかしと同じで、本当はもう充分に優しく繊細な心を持っているのだが、本人はそれに気づいていないのである。

それからブリキのきこりは踊り始める。音楽にうまく合わせて脚をだん、だんと踏み鳴らして歩いたかと思うと、次には意外にもクラシック・バレエの動きで踊りだした。バレエの動きを人形のように体を硬直させたまま踊るのである。片脚を上げたままくるりと方向転換し、その片脚を更に高くあげる。ぽーんと軽くジャンプする。片脚を真横に伸ばしたままジャンプして半回転する。

アダム・クーパーは踊りだしたとたん、例によって巨大化した。軽いジャンプが異様に高く見える。途中で斧をお手玉のように空中に放して1回転させてキャッチする芸も披露した。また片脚だけで連続回転する動きでは、最初から軸を斜めにずらして回り、「おっとっと」と声を上げて転びそうになる真似をした。それから両足を揃えてしゃしゃしゃ、と回り、最後にはジャンプしながら回転する動きで舞台を半周する。

ドロシーに爪先に油をさしてもらうと、今度はタップ・ダンスを踊り始めた。あれだけぶ厚い衣装を着ているのに、細かく刻むようなステップを踏み、タップを踏む音も鋭く澄んでいる。途中から音楽が速くなり、それに合わせてブリキのきこりはリンゴの木たちと一緒に、両足を細かく動かしてタップ・ダンスを踊った。

それからドロシーの前にやって来て歌に戻ったが、感心したのは、あれだけ踊った後に歌ったのに、まったく息切れしておらず、全然普通に歌ったことである。以前は踊りと歌とを両立させるのが苦手だったクーパー君が、なんとも成長したものだわ、と意外な嬉しさであった。

歌が終わると、ブリキのきこりはいきなり直立不動のまま前にガーッと倒れる。客席から悲鳴が上がる。しかしクーパー君は、顔が床にぶつかるまさに寸前で、両手をさっと横に出して体を支えた。膝の裏に油をさしてもらったブリキのきこりは、屈伸運動のように脚を曲げてから起き上がると、「まだサビが残っているんだ」と笑いながら言う。

ドロシーはオズの魔法使いのことをブリキのきこりにも話す。「オズの魔法使いだったら、僕に心をくれるだろうか?」 こうしてブリキのきこりもドロシー、かかしと一緒にエメラルド・シティに行くことになる。

すると突然、ドカーン、という大音響が轟く。毎度のことながらすくみ上がるほど凄い音である。スクリーンの端にある小さなベランダに西の魔女が姿を現している。客席からまた「シー」の声が上がる。でもねー、スクリーンに取り付けてある扉を開けて出てくるのよねー。人間臭くていまいち迫力に欠ける。ま、それはともかく、西の魔女は頭脳がほしいかかし、心がほしいブリキのきこりをあざ笑う。

かかしは「僕はお前なんか怖くないぞ!」と言うが、西の魔女は「じゃあこれはどう?」と言うなり、かかしに向かって指先から炎を発する。これはどういうマジックなのかしら。すると、かかしの胸元から白い煙が立ちのぼる。ブリキのきこりがあわてて毛布でかかしの体をくるみ、かかしの胸をぽんぽんと手で叩く。すると煙は消える。タネを明かせば他愛なさそうだけど、この舞台にしては上々のマジックだ。

西の魔女は高笑いをして消える(扉から・・・)。しかしこのことで、ドロシー、かかし、ブリキのきこりは逆に気を強く取り戻す。彼らは“We're Off to See the Wizard”を歌いながら、黄色いレンガの道を歩いていく。

あたりが暗くなり、天井からたくさんの蔓草が下りてきて、カーテンのように舞台を覆う。これはどうやら森のようだ。蔓草の間を、ブリキのきこりを先頭に、かかし、ドロシー、トドが歩いてくる。みな警戒するように足音を忍ばせ、あたりを見回しながらゆっくりと歩いている。ドロシーは言う。「こんなに暗い森にはどんな動物がいるのかしら。」 ブリキのきこりが答える。「たとえば、ライオン、虎、熊とか。」 ドロシー、かかし、ブリキのきこりは声を合わせて「ライオン、虎、熊」と言いながら歩く。

すると突然、蔓草の中から「ウワアアアアアッ!」と大きな声で吼えながらライオン(ギャリー・ウィルモット。ジークと二役)が現れる。ドロシー、かかし、ブリキのきこりはびっくりして散り散りに飛び退く。

ライオンは足踏みして両の拳をパンチのように繰り出しながら、「どいつが俺様の相手になるんだ?どこからでもかかってこい!」と言う。そして片足で立ってパンチを繰り出し、「片足でだって闘えるぞ!」と言い、先がぶさぶさになった自分の長い尻尾の根元をつかみ、尻尾をなわとびのように振り回しながらジャンプする。ギャリー・ウィルモット演ずるライオンのセリフ回しと、「オマエはロッキーか」みたいなボクサー的仕草がすごいおかしくて、客席は爆笑の渦となった。

ライオンはブリキのきこりに近づき、「お前が俺様の相手か?」と挑発する。ブリキのきこりは怯えながらも必死に斧を構える。するとライオンは一瞬ギョッとした顔になって後ずさりするが、ごまかし笑いを浮かべて、今度はドロシーのほうへ歩いていく。ライオンはドロシーが抱いているトドに向かって(笑)「貴様からやっつけてやる!」と脅かす。怒りに駆られたドロシーは、いきなりライオンの鼻を手でべしっと叩く。

するとライオンは一瞬沈黙した後、いきなり「うわあああ〜ん!」と大声で泣き、声にならない声で「ボクの鼻を叩いた〜!」と泣き喚く。これがまるで子ども同士のケンカでいじめられたガキんちょみたいで、観客はまたも大爆笑。ドロシーは「弱い者いじめばかりするからよ!」と怒ったように言う。ライオンはブリキのかかしのところへ行き、「ボク、鼻血出てる?」と子どもっぽい口調で尋ねる。ブリキのきこりは体をかがめてライオンの鼻の中をのぞき込む。

ドロシーは呆れた様子でライオンに言う。「あなたはすばらしく偉大な臆病者だわ!」 ライオンは弱々しい声音で「そう、ボクは臆病者なんだ。自分の眼だって怖いんだ。いつかたまたま水に映った自分の眼を見ちゃったとき、怖くて何週間も眠れなかったんだよお〜!」と言い、ブリキのきこりに泣きつく。ブリキのきこりが「羊を数えれば?」とアドバイスすると、ライオンは「でもボク、羊が怖いんだ!」と言うと、また泣きじゃくる。

ギャリー・ウィルモットは赤ちゃんのように指をしゃぶり、また妙にクネクネしたおネエみたいな仕草をする。しゃべり方も超内気な子どものようで、見ているだけで笑える。ライオンは涙を自分の尻尾でせっせとぬぐいながら、「ボクのお父さんは千仭の高い崖から眼下を睥睨していたんだよ」と自慢する。ドロシーが「じゃああなたもそうすればいいじゃない」と言うと、ライオンは「だってボク、高いところがコワいんだもん!」と叫んで、また大きな声で「うわあああん!」と泣く。観客はもう笑い死に寸前。

ライオンは“If I Only Had a Nerve”を歌い始める。ウィルモットは演技ばかりでなく歌もすばらしい。歌っている途中で、ライオンはいきなりまた「ウワアアアアアッ!」と吼える。ドロシーは飛び退き、かかしはへたり込み、ブリキのきこりは後ろに倒れて、両手と両脚を上げた姿勢で動きが止まる。ライオンも自分の吼えた声にびっくりして、蔓草の陰に走って逃げてしまう。

ライオンはごまかし笑いを浮かべながら出てきて、再び歌い始める。後ろに倒れて両手両脚を上げたままのブリキのきこり、アダム・クーパーは、しばらくその姿勢で微動だにしなかったが、やがて体を木馬のようにゆらゆら揺らして起き上がろうとする。だがブリキのきこりはなかなか起き上がれず、ドロシーが駆け寄って助け起こす。

ドロシーはライオンにオズの魔法使いのことを話す。ライオンは勇気(courage)をもらうため、ドロシーたちと一緒にエメラルド・シティに行くことにする。ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンは腕を組み、“We're Off to See the Wizard”を歌いながら黄色いレンガの道を歩いていく。

スクリーンの端にある扉がまた開いて、西の魔女が出てくる。西の魔女は憎々しい口調で「邪魔してやる。連中に毒を盛ってやるわ。甘い香りの毒をね。何がいいかしら?そう、ポピーの花がいいわ♪」と言うと、手から赤い花をしゅるっと出す。この程度の手品ならアタシもできそうだな。

すると、舞台の奥のシャッターが開いて、ポピーの花たちが美しい声で歌いながら姿を現す。ポピーの花は全員が女性だったが、そのヅラと衣装は、この「オズの魔法使い」で最も理解不能だった。

まずヅラ。黒髪で、前髪を切り揃え、後ろ髪は両耳の下で三つ編みに結って垂らしており、まるで大昔の女学生。衣装もそうで、襟と袖口が白い、前にボタンのついた黒い膝丈のワンピースに、白い足首までの靴下を穿き、黒い靴を履いている。なんでこんなヘンテコな扮装にしたのかよく分からん。それぞれが、先っちょにデカい赤いポピーの花がついた、物干し竿みたいな弾力のある緑の棒を2本ずつ持っている。このポピーの花の小道具も全然キレイじゃない。

簡素な舞台装置、安作りな小道具、バレバレでセコいマジックのほとんどには、2回目の鑑賞からはほとんど慣れたが、このポピーの花だけは、最後の鑑賞まで見ていて恥ずかしくてならなかった。でも、彼女たちの歌声はとてもきれいだった。

ポピーの花たちは舞台の中央で歌いながら、両手に持ったポピーの花がついた棒をゆ〜らゆらと揺らしている。そこへ、ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンがやって来る。ドロシーは「なんてきれいなポピーなのかしら!」と言う。どこがじゃ。4人はポピーの花々に見とれながら、花の間を歩き回る。

そのうちに、ドロシーの様子がおかしくなってくる。ドロシーは「眠くなっちゃった。少し眠るわ」と言い、いきなり床に横たわって眠ってしまう。トド役のボビー君がおりこうさんで、床に横たわったドロシー役のショーン・ブルックに撫でられると、ボビー君もぱたっと床に横たわってじっとしている。ラブリー。

ライオンの様子もおかしくなる。ライオンも眠そうな顔で横たわると、自分の尻尾を枕にして、お行儀よく眠ってしまう。こっちもラブリー。

ブリキのきこりはさっそく泣き出してしまう。ブリキのきこりは「これは悪い魔女の仕業だ!」と言うと、顔を上げて「助けて!助けて!」と叫ぶ。クーパー君の「ヘ〜ルプ!ヘ〜ルプ!」の叫び声が情けなくてかわいかったです。

かかしはブリキのきこりに「そんなふうに叫ぶなよ!」と言うが、いったん沈黙すると、自分も「ヘ〜ルプ!」と大声で叫ぶ。

スクリーンの扉から、北の魔女グリンダが現れる。北の魔女は微笑みながら「助けてあげるわ。さあ」と言って、持っていた銀の杖を一振りする。すると、空から銀色に輝く雪がはらはらと降ってきて、ポピーの花々は途端にうなだれる(←ポピー役のキャストたちは必死にふんばって物干し竿を曲げていた)。

かかしは「雪だ!」と叫んで喜ぶ。だが、ブリキのきこりは無反応で、右腕の肘を曲げて高く上げた姿勢で立ったまま硬直してしまう。雪のせいで体が動かなくなってしまったらしい。やがてドロシー、トド、ライオンは目覚めるが、その間にアダム・クーパー根性の演技。雪が降り出してからドロシーたちが目覚めるまで数分あったのだが、その間、クーパー君は片腕を上げた姿勢のまま、ぜーんぜん動かなかった。腕がぷるぷる痙攣することもなかった。みなさん、右腕を高く上げた姿勢で、何分間そのままでいられるかトライしてみて下さい。クーパー君、隠れた名演でした。

かかしはブリキのきこりにせっせと油をさしてやる。やがてブリキのきこりは元どおりになって動き出し、目覚めたドロシーと抱き合ってキスをする。ポピーの花たちは舞台の両脇に移動して歌い続け、北の魔女も合わせて「木々の中を抜け、闇の中を抜け、光に向かって、さあ、行きなさい」と歌う。北の魔女役のスザンナ・フェロウズの歌声は本当にきれい。

ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンは舞台の中央に立ち、力強くゆっくりと「オズの魔法使いに会いに行こう!」と歌うと、後ろを向いて進んでいく。舞台が暗くなる。観客が大きな拍手を送る。第一幕が終わる。

(2008年9月6日)

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第二幕

第二幕の前奏曲が始まる。いきなり後ろの客席の一角が騒々しくなった。見ると、ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンが客席の通路を歩いて前にやってくるではないか!観客は子どもたちも大人たちもひっくるめて大喜び、多くの観客がドロシーたちに向かって手を振った。キャストたちもそれに応え、客席をまんべんなく眺めては手を振る。キャストたちは通路側の席に座っていた観客たちと握手したり、ハグしたりしてノリノリだった。

クーパー君扮するブリキのきこりはなぜか若い男性客に人気があり(笑)、しょっちゅう若い男性客に手を差し出されては、握手したりハイ・タッチしたりしておりました。ライオン役のギャリー・ウィルモットも大人気、というよりはウィルモット自身がかなりなハイ・テンションで、通路側にハゲた老年男性の観客が座っているのを見つけると、そのハゲ頭に尻尾を載せて髪の毛代わりにしていた。それが見えた周囲の観客たちは大爆笑し、自分のハゲ頭に尻尾を載せられた男性客は苦笑い。

舞台上のスクリーンにはエメラルド・シティの絵が映っている。これがまた小学生低学年が描いたような超稚拙なガタガタな絵で、拍子抜けすると同時にがっかりした。ドロシーが「あれがエメラルド・シティだわ!なんて美しいの!」と言うのを聞いて、またまた心中で「どこがだよ」とツッコんだ。第一幕のポピーの花と並んで、私が最後まで馴染めなかったのが、このエメラルド・シティの絵だった。

舞台の中ほどには緑色のペンキが塗られた木製の壁が置かれている。エメラルド・シティの門扉らしい。街の名前がゴージャスな割には、ずいぶんと粗末でボロいな。まあ、このちゃちなセットにも2回目の鑑賞からは慣れた。

壁には呼び鈴の紐が垂れている。かかしがその紐を引っ張ると、リリリ〜ン、とベルが鳴る。ライオンは壁のすぐ前に立っていたが、ライオンの頭上の壁が四角形にさっと開き、中から門衛(ジュリアン・フォーサイス。ヘンリーおじさんと二役)が顔をのぞかせる。ライオンは驚いてすくみ上がる。門衛は「字が読めないのか!注意書きを見ろ!」と怒鳴る。

だがあたりに注意書きなどはない。ドロシーたちが「何の注意書き?」と声を揃えて聞くと、門衛は「扉に貼ってある・・・」と言いながら扉を見て、注意書きがないことに気づく。門衛は早口で「ちょっと待ってね」と言ってのぞき窓を閉める。すると扉が開いて、中から注意書きの看板が扉にさっと貼られる。注意書きには「ベル故障中。ノックしてね」と書いてある。観客が笑う。

ドロシーは渾身の力を込めてドン、ドン、ドン、とノックする。すると、再びライオンの頭上の壁が四角形にさっと開き、中から門衛が顔をのぞかせる。ライオンはまたもや驚いてすくみ上がり、心臓のあたりを押さえる。

門衛は「何の用だ!?」と横柄な態度で聞く。オズの魔法使いに会いに来た、とドロシーが答えると、門衛は「オズ様に!?そりゃあ無理だ。オズ様に会った者はおらんのだ」と言い放つ。ドロシーは驚いて「なぜ?」と尋ねる。門衛は「それは・・・それはそれはそれはそれはそれは〜」と答えにつまり、「時間の無駄遣いはやめだ!」と言うと、そそくさとのぞき窓を閉めてしまう。

門衛役のジュリアン・フォーサイスは、ヘンリーおじさんのときには朴訥で硬派な農家の男、という雰囲気だったが、門衛のときには完全に別人化していた。鼻にかかったコミカルな声音で早口でしゃべり、陽気なお調子者という感じである。

ドロシーは必死に言う。「北の魔女にここに来るよう言われたんです!」 かかしたちも加勢する。「彼女はルビーの靴を履いているんだぞ!」 またのぞき窓が開き、門衛は「何!?」と言って外を見る。そのとたん、ドロシーの靴が勝手に動き出し、ドロシーは踊るようにくるくると回る。門衛はそれを見て態度をコロッと変える。「なんだ、東の魔女を倒したのはお前だったのか。」 門衛は扉から出てくる。門衛は緑の長い軍服を着ているが、その下には薄緑のチェックのキュートなかぼちゃブルマーを穿いている。門衛は大きな扉を開け、ドロシーたちをエメラルド・シティの中に招き入れる。

壁が二つに分かれると、その奥に大勢のエメラルド・シティの住人たちが現れる。みな緑色を基調にした様々なデザインの衣装を着ている。同時に緑色の旗を持ったキャストが客席の左右の通路を駆けて舞台に上がる。門衛をはじめとするエメラルド・シティの住人たちは“Merry Old Land of Oz”を歌いながら踊り始める。スクリーンには「オズの笑い方」である、「ホッホッホ」とか「チャプチャプチャプ」とか「トゥララ」(たぶん)とかのスペルが映し出されている。

エメラルド・シティの人々役のキャストが数人ずつ出てきて踊る。ドロシーたちの身なりを整える人々らしい。布やら、化粧品やら、ハサミやらを持って踊る。やっぱり、バレエを中心にやってきた人と、コマーシャル・ダンスを中心にやってきた人の区別はつくものだなあ。体の柔らかさとか、回転するときの姿勢や軸足の曲がり具合とかでも分かる。

ドロシーたちはエメラルド・シティの人々に身なりを整えてもらう。ブリキのきこりは全身を布で磨いてもらう。移動式の台の上に立っていたクーパー君は短いタップ・ダンスを踊ってポーズを決めた(台が動いたときにちょっとよろけていたが)。ドロシーは頭に水色のリボンをつけ、それまで二つに結っていた髪をほどき、カールして垂らすというかわいい髪型になった。それ以上にかわいかったのがライオンで、頭のてっぺんに赤いリボンをつけられ、まるでマルチーズみたいになっていた。とってもキュート。

それからエメラルド・シティの人々の群舞が始まった。群舞の中に日本人がいた。Saori Oda(漢字は不明)という人で、プログラムによると、彼女は日本の出身で、6歳からバレエを、13歳から声楽を学んだ。つい最近にUrdang Academyを卒業し、Professional Musical Theatreの学位を取得した。よく分からないのが、プロとしてのデビューはこの「オズの魔法使い」だというのだが、すでに舞台出演のキャリアがあるらしいことだ。イギリスでもあるし、日本では劇団四季の「オペラ座の怪人」に出演したとある。

この群舞は、ミュージカルではよくあるポップな振付だった。セットのせいで狭くなった舞台で列を組んで踊っていた。みな踊りのキレがよく、動きがちゃんと揃っていて、ジャンルの違いはあっても、ダンスを踊れるキャストばかりで固めてあるようだ。中にはガチムチ系の体格のよい女性キャストもいたが、彼女らもちゃんと踊っていた。ちゃんと鍛えてある体であることが分かり、脚なんかもきゅっと引き締まっている。

前出のOdaさんはバレエが相当できる役者さんで、話は前後するけど、エメラルド・シティの人々が出てきた瞬間、Odaさんは見事なグラン・ジュテで舞台に飛び出してきた。その後の踊りでも、脚は高く上がるし、上半身も柔らかくてよく反り返る。群舞の最後では、男性キャストの肩にリフトされながら、片脚を高々と上げた姿勢でポーズを決めた。日本人がこうして海外で活躍するのは嬉しいことだ。しかも、相当な英語力が必要なミュージカル役者として活動しているとはすばらしい。

みんなが楽しげに歌い踊っていると、突然けたたましい音楽が鳴り響いた。西の魔女の音楽だ。スクリーンに黒い影が映り、それが文字を書いていく。ドロシーは驚いて読み上げる。「『降参しろ、ドロシー』!?」 エメラルド・シティの人々はパニックになり、再び現れた緑の木製の壁の前に押し寄せる。みな「オズ様!オズ様!」と叫んでいる。安普請だが、オズの魔法使いの住む城らしい。門衛たちは人々を必死で押しとどめ、「何も心配はいらない、帰れ、帰れ!」と追い返す。

ようやく人々が去って一息ついた門衛は、ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンが残っているのを見て、「帰れ、と言っただろ?」と促す。だが、かかしがドロシーを押し出し、「彼女がドロシーなんだよ」と言う。門衛はそれを聞いて驚き、オズの魔法使いに取り次いでみる、と言って中に入っていく。

ドロシーたちは、これで各々のほしいものがもらえる、と言って喜ぶ。とりわけライオンは大喜びで、“If I Were King of the Forest”を歌う。ライオンは、自分が森の王になったら、すべての動物が自分に従う、と歌い、すべてに必要なのは「勇気(courage)」だと何度も繰り返す。かかしはライオンの肩にショールを王のマントのようにかけ、ブリキのきこりはライオンに斧を渡し、ドロシーは底の破れたバケツを王冠代わりにライオンの頭にかぶせる。

曲自体のよしあしを除けば、ライオン役のギャリー・ウィルモットが歌う“If I Were King of the Forest”は、この舞台で最もすばらしい歌であるに違いない。ウィルモットは非常に優れた歌唱力を持っており、最後の部分なんかまるでオペラ歌手みたいな歌声で、ときには真面目に華麗に、ときにはコミカルに崩して見事に歌い上げた。“If I Were King of the Forest”が終わると、観客から万雷の拍手と「ヒュー!」という喝采が飛んだ。

門衛が扉から出てくる。しかし、「オズ様は『立ち去れ』との仰せだ」と言い、扉を閉めて引っ込んでしまう。ドロシーはへたへたと座り込んで、「もう家に帰れない」と言って泣き出す。かかし、ブリキのきこり、ライオンが必死でドロシーを慰めていると、いつのまにか門衛が扉をそっと開けて、ドロシーが泣いている様子を見ている。門衛はポケットから緑のハンカチ(←エメラルド・シティだからハンカチの色まで徹底している)を取り出すと目頭を押さえ、もらい泣きしながら「泣かないでおくれ。扉を開けてあげるから」と言う。

門衛はドロシーたちをオズの魔法使いの部屋に案内する。舞台上には白い煙が充満し、スクリーンにはこれまた子どもが描いたような、噴火した火山みたいな、あるいはオリンピックの聖火みたいな炎の稚拙な絵が映し出される。これがオズの魔法使いかよ。全然怖くねえ。

ドロシーたちは怖々とオズの魔法使いのいるホールに足を踏み入れる。いきなりライオンが悲鳴を上げる。「誰かが俺の尻尾を引っ張った!」 かかしはライオンが自分で自分の尻尾を持っているのを見て、呆れたように言う。「自分でやったんじゃないか。」 ライオン「あり?そうだった。」

オズの魔法使いの姿は見えず、恐ろしげな声だけが響く。「我こそは偉大にして強力なオズである。お前たちは何者だ?」 ドロシーは怯えながら自己紹介をするが、「黙れ!」と一喝されてしまう。オズの魔法使いは「私は知っている。お前たちのほしいものが何なのかをな。ブリキのきこり!前に出ろ!」と命令する。

舞台の前にスポット・ライトが当たり、ブリキのきこりはガタガタ震えながらそこに立つ。オズの魔法使い「お前は心がほしいのだろう?このカランコロン鳴ってばかりのガラクタ男め!」 クーパー君のブリキのきこりは早口で「はいはいはい、そうですそうですそうです!僕たちは黄色いレンガの道を歩いてきて・・・」と言ったところで、「黙れ!」と怒鳴られる。クーパー君の怯えた顔と焦った早口、また怖いあまりに内股になって立っている姿が笑えた。

オズの魔法使いは次にかかしを呼び出し、「このおがくず男が!」と罵る。最後にライオンが呼ばれる。ガタガタと震えた姿がすごくおかしい。ライオンの震えは徐々に大きくなっていき、オズの魔法使いに「さて!」と言われたとたん、ついに白目をむいてふ〜、と後ろに倒れて気絶する。ライオンにはわるいけど、観客は大爆笑。

ドロシーはライオンの傍に駆け寄ると、オズの魔法使いに向かって叫ぶ。「自分が恥ずかしくないの?あなたの助けを必要としている者をいじめるなんて!」 オズの魔法使いは「うるさい!」と怒鳴る。だが、続けてこう言う。「私はお前たちの願いを叶えてやろう。」 そのとたん、気絶していたライオンが「ホント?」とニッコリ笑って起き上がる。

しかし、オズの魔法使いは「ちょっとしたテスト」をクリアすることを条件にする。その条件を聞いた一同は震え上がる。西の魔女の箒を持って来い、というのである。ブリキのきこりがあわてて言う。「でも、それって、西の魔女を殺さないとできないわけで・・・。」 だがオズの魔法使いは相手にせず、「行け!」と命ずる。一同がなおもためらっていると、「行け!と言っているのだ!」と恐ろしい声で怒鳴る。ドロシーたちは一目散に逃げ出す。

門衛がドロシーたちをエメラルド・シティの外まで見送る。どこから用意してきたのか、ライオンは大きな虫捕り網、かかしはいやに古めかしい木製の短銃を持って武装(?)している。門衛はドロシーたちを励まして送り出す。

舞台が暗くなり、スクリーン上のバルコニーに西の魔女が姿を現す。赤い花を持って花占いをしている。しかしその言葉というのが「彼女を憎む?それとも憎む?」というもので、まったく占いになってない。西の魔女は「彼女を憎む憎む憎む!」とヒステリーを起こしたように叫んで、花びらを乱暴にむしり取ってしまう。「連中がやって来ることはお見通しよ。さて、どう始末してやろうかしら?」

やがて音楽がなにやら恐ろしげな感じの行進曲になり、奇妙な歌声が響いてくる。黒い帽子、黒いコート、黒いズボン、黒いサングラス、黒いスカーフで鼻から下を覆ったウィンキーたちが隊列を組み、黒い棒を持って、手足を一様に上げ下げしながら整然と行進していく。ウィンキーの国は西の魔女に支配され、ウィンキーたちは魔女の手下になっているのだった。

舞台上に西の魔女が現れる。ウィンキーたちが例の奇妙な歌を歌いながら行進してくる。西の魔女の目の前に来ても、ウィンキーたちはそれに気づかず、歌いながら行進するのを止めない。西の魔女は「静かにおし〜〜〜!!!」と金切り声で叫ぶ。ウィンキーたちはやっと止まる。魔女はウィンキーたちに尋ねる。「お前たちは何を歌っているのよ!?」

ウィンキーの1人がスカーフを取って答える。「はっ、これはウィンキーの行進曲で、『フーヒーフー』と歌っております。」 西の魔女「その『フーヒーフー』なんとかは、どういう意味なのよ?」 ウィンキーの1人「はっ、『フーヒーフー』は『フーヒーフー』という意味であります。」 観客が笑い、魔女は諦めたように、「もういいわ、お行き!」と言う。ウィンキーたちは再び「フーヒーフー」と歌いながら行進していく。

西の魔女の部屋のセットが出てくる。ドロシーの部屋のセットとそっくりで、どうやら同じセットを使い回ししているらしい。やっぱり低予算なんだなこの公演は。魔女はベッドに腰かけると、カン高い声で「猿たち!」と呼ぶ。舞台の端にある柱に、ゴリラともチンパンジーともつかない猿たちが数匹ぶら下がっている。この猿たちの着ぐるみはよくできていた。西の魔女は猿たちに、ドロシーと犬(トド)を捕まえてくるよう言いつける。

ドロシーたちは、ついに西の魔女が住む国の境にやって来る。1枚の立て札が立っている。「もし私があなたなら、ここで引き返すけどね」と書いてある。それを見たライオンは速攻「引き返します!」と言って、もと来た道を戻ろうとする。かかしがライオンの尻尾をつかんで止める。

ドロシーたちは恐る恐る先を進む。かかしは「なんだかオバケでも出そうだね」と怯える。だがブリキのきこりは「オバケなんているわけないよ!」と言う。するとその瞬間、ブリキのきこりが、いきなり自分の持っている斧を振り上げ、自分自身を叩き割ろうとする。ブリキは「うわあ!」と悲鳴を上げながら、勝手に動いて自分に襲いかかる(←もちろんクーパー君が自分でやっている)斧から必死で顔をそらす。ブリキのきこりが斧に引きずられて地面に倒れると、かかしが飛びかかって斧を両手で抑える。

その間、ライオンはガタガタと震えながら祈り、「僕はオバケを信じます信じます信じます信じます!」と念仏のように繰り返す。

ブリキのきこりは自分の斧に追われて前に逃げてくる。ここでアダム・クーパー2つ目のソロ。クーパー君は全身を尺取虫のようにくねくねと動かして踊る。両腕を大きく広げ、中腰になって膝を少し曲げ、足も広げて立ちながら、手足がまるで波のようにうねる。一つの動きが体じゅうに次々と伝染していくような踊りである。新体操のボールを用いた演技をイメージするとよい。ボールを手や足に乗っけて移動させていくような感じの動きで、クーパー君のこんな踊りは初めて見た。コミカルだがすばらしい動きで、クーパー君が踊っている最中から笑い声が起き、拍手が沸いた。

それから手に持った斧に引きずられながら、ブリキのきこりは舞台じゅうを駆け回り、斧をドロシー、かかし、ライオンにトスする。みなはそのたびに「ひえっ」というふうに斧を投げ上げてブリキのきこりに返し、ブリキのきこりはまた斧に引きずられて駆け回る。この一連の動きはコミカルな音楽に合わせたもので、最後にライオン役のギャリー・ウィルモットの横に来たクーパー君は、ウィルモットと並んで両腕を広げ、ステップを踏んでは片脚を横に上げてリズミカルに踊った。

最後はブリキのきこりをみなで押さえつけ、ブリキのきこりがいちばん下になり、上にライオン、かかし、ドロシーが重なった土饅頭状態となって終わり。観客が大きな拍手を送る。

だが、彼らの周囲にはいつのまにか、西の魔女がさしむけた猿たちが忍び寄っていた。猿たちは数匹ずつに分かれて、ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンに襲いかかる。ブリキのきこりとライオンは柱に縛りつけられる。かかしはドラム缶の中に押し込まれ、腕や脚(←もちろん作り物)をもぎ取られる。一方、ドロシーは猿たちに抱え上げられ、連れ去られてしまう。

猿たちが去った後、ブリキのきこりは斧で縄を断ち切り、ライオンも爪で縄を引きちぎって自由の身となる。だが、ドラム缶に押し込まれたかかしは頭だけ出し、「腕と脚をもぎ取られたから動けないよ〜」と言って助けを求める。

ブリキのきこりとライオンはもぎ取られたかかしの腕や脚を拾い集め、ドラム缶の中にかかしの腕と脚を突っ込んでくっつけて(笑)やる。かかしはようやく五体満足でドラム缶から抜け出す。誰が見たってバレバレなトリック(?)で、かかしが抜け出した後のドラム缶の中には、作り物のかかしの腕や脚が入っているのが見えた。そのドラム缶をみなが舞台の奥にゴロゴロと押しやると、開いていたシャッターが閉まってドラム缶を隠す。

ところが、いつかの公演で、かかしがドラム缶から出てきた拍子に、ドラム缶の中に押し込んでいた作り物の腕が転がり出てしまった。でもこういうところがさすがというべきか、かかし役のヒルトン・マックレーはそれに気づくと「あっ」と小さく叫び、わざとらしくあわてて片腕を背中に隠した。観客がドッと笑って拍手した。アクシデントを転じて逆にウケを取るという、機転の利いたパフォーマンスに感心。

かかし、ブリキのきこり、ライオンはドロシーを助けることを相談する。だが、ライオンは怖がり、「僕はここに残るよ」と泣きそうになって言う。かかしはライオンをなじるが、ブリキのきこりは「じゃあ君はここに残っていなよ。僕たちは行ってくるから」と静かに言う。

ライオンはかかしとブリキのきこりに背を向けていたが、出かけようとする彼らをちらちらと見て考えた後、「やっぱり僕も行くよ」とつぶやく。かかしは「それでこそ仲間だ!」と喜ぶ。かかしとブリキのきこりはライオンに「君がリーダーだよ」と言う。「僕がリーダー?」とライオンは戸惑うが、やがて気を強く持ち直す。彼らはドロシーを助けに向かう。

魔女の部屋のセットが出てくる。扉が開き、ドロシーが突き飛ばされるようにして入ってくる。西の魔女、トドを抱えた猿が続いて現れる。西の魔女はトドを殺してやるとドロシーを脅す。「どうやって殺そうかしら?目をつぶす?舌を引っこ抜く?」 西の魔女は楽しそうに笑いながら残酷なことを口にする。客席からまた「ブー」の声が上がる。ドロシーは「やめて!トドを返して!」と魔女に懇願する。

魔女はドロシーにルビーの靴を渡すよう要求する。ドロシーが「でも北の魔女が絶対に脱ぐな、って」と言うと、魔女は「さもなきゃ犬を川に投げ込んで溺れさせるよ!」と怒鳴る。ドロシーは「やめて!いいわ、さあ取って」と言ってベッドに座り、ルビーの靴を穿いた両足を魔女に向かって差し出す。西の魔女は笑いながらルビーの靴に触れる。その瞬間、ルビーの靴の先端から、バチバチッという音を立てて大きな火花(←本物)が散る。魔女は悲鳴を上げて靴から手を離す。

猿がふと目を離した瞬間に、トドがたたたーっと逃げ出す。ボビー君はここでも名演技で、短い足をぶりぶりと動かして、一直線に舞台の脇に走っていった。ドロシーは「よかった、トドが逃げられたわ!」と言う。

西の魔女は猿に「追うんだよ!」と命じ、ドロシーに「ルビーの靴を手に入れるのは、お前が死ぬのを待ってからにしよう」と言って、細長い砂時計を逆さまに立てる。「砂がぜんぶ落ちたとき、お前は死ぬんだよ。」 魔女はドロシーを舞台の縁に立たせて下をのぞきこませる。「逃げることはできないよ。下は深い川だからね。」 魔女はそう言うと、ドロシーの背中を押して突き落とすフリをして脅す。ドロシーは悲鳴を上げる。魔女はかん高い声で愉快そうに笑いながら部屋を出ていく。

ドロシーは床に座り込んで泣き出す。すると、どこからかエムおばさんの「ドロシー、どこにいるの?エムおばさんよ!」という声が聞こえてくる。声がだんだん遠ざかる中で、ドロシーは叫ぶ。「エムおばさん、私はここよ!行かないで!戻ってきて!」 その途端、いきなり窓が開いて西の魔女が顔をのぞかせる。西の魔女は裏声を出して「行かないでえ〜!戻ってきてえ〜!」とドロシーの真似をしてからかい、「騒ぐんじゃないよ!」と脅して去る。

一方、かかし、ブリキのきこり、ライオンはドロシー救出に向かっている。そこへ、ワン、ワンと犬の吠え声がする。ライオンは「トドだ!」と言うと、舞台の脇に行ってトドを連れてくる。トドに案内されて、ドロシーが閉じ込められている西の魔女の城に行くという設定らしい(実際には、トドことボビー君はリードでライオン役のウィルモットに連れられているだけだが)。

そこへ、ウィンキーの兵隊たちがあの妙な歌を歌いながら行進してくる。かかしたちは見つからないように身を潜める。兵隊たちが去った後、かかしが名案を思いつく。「あいつらの服をかっぱらって、あの行進に紛れ込んで城に入るんだ。」 かかしとブリキのきこりは相談しあう。

その横に立っていたライオンは、ウィンキーの兵隊3人が自分たちにゆっくりと近づいてきているのに気づく。だが、かかしとブリキのきこりは相談に夢中で気づかない。ライオンはウィンキーたちに向かい、ごまかし笑いを浮かべて手をにぎにぎと振りながら「みんな、みんな」と小声でかかしとブリキのきこりを呼ぶ。それでもかかしとブリキのきこりは気づかない。

ウィンキーの兵隊たちがじりじりと近づいてくる。すぐ近くに迫ったところで、かかしとブリキのきこりは「それで・・・」と言ってやっとライオンのほうを向き、ついでにウィンキーの兵隊たちにも気づく。かかし、ブリキのきこり、ライオンは一瞬沈黙すると、次の瞬間にはだだーっと散り散りに逃げ出す。ウィンキーの兵隊たちは彼らを追う。

かかし、ブリキのきこり、ライオンは舞台の上ばかりか、客席にまで走り下りてきて逃げまくる。このときに彼らが走っていたのが、オーケストラ・ピットと最前列の席の間で、最前列の席のチケットを販売しなかったのは、演出上の理由もあったのだと分かった。ブリキのきこり役のアダム・クーパーは、再び舞台に駆け上がる前に、オーケストラ・ピットの壁の縁をつかんで脚を高く上げ、ウィンキーの兵隊が振り回す棒を避けていた。

かかし、ブリキのきこり、ライオンは三方に分かれて、それぞれが舞台の奥に逃げ込む。舞台は無人になり、「バキッ」、「ボキッ」、「ドカッ」という争う大きな音だけが響く。

しばらくして、ウィンキーの黒い帽子をかぶり、黒いコートを引っかけたかかし、ブリキのきこり、ライオンが現れる。この扮装でいちばん笑えたのが、クーパー君のブリキのきこりで、頭に逆さにかぶった漏斗の先っちょに、帽子が引っかかってぷらんぷらんと揺れている。3人が舞台の中央に横に並んで整列すると、そのあまりに間の抜けた姿に観客が大爆笑した。

ウィンキーの兵隊たちが再び歌を歌いながら行進してくる。かかし、ブリキのきこり、ライオンは敬礼する。そして、ウィンキーの兵隊たちの後尾に紛れ込んで、ウィンキーたちと同じように手足を規則的に振りながら行進していく。・・・のつもりが、ブリキのきこりだけは、ウィンキーたちの真似をして手足を整然と動かそうとするのだが、両手両脚の全部が互いにまったく違った方向を向いている。ここまで手足をちぐはぐに動かすのは逆にかなり難しいと思うぞ。アダム・クーパーの妙な手足の動きを見た観客は大笑いし、おそらく最もウケていた。

再び魔女の部屋のセットが現れる。外の壁の側が客席に向いており、部屋の中の様子は見えない。かかし、ブリキのきこり、ライオンはそっと忍び寄りながら、「あれが魔女の城だ!」と叫ぶ。どこが「城」じゃい、と私は心の中でツッコんだ。おそらく観客の全員がそう思ったに違いない。

セットが回転し、中に閉じ込められているドロシーの姿が見える。ドロシーはベッドに力なくもたれて、“Over the Rainbow”を泣きながら歌っている。いきなり窓が勢いよく全開する。すると、窓の縁にライオン、かかし、ブリキのきこりが顔をのぞかせる。3人の顔だけが窓の縁に並んでいる図が笑える。ドロシーは「助けて!もう少しで砂時計の砂がぜんぶ落ちてしまうの!」と叫ぶ。かかしたちは「よし!」と言うといったん窓を閉める。やがて扉を斧で壊す大きな音がして、扉がバーン、と開き、かかしたちが入ってくる。ドロシーは彼らに抱きつく。窓から入れば手っ取り早かったんじゃ、という疑問はなかったことにしておこう。

しかし、そこへ西の魔女がウィンキーたちを引き連れて現れる。ドロシーたちはウィンキーの兵隊たちに取り押さえられてしまう。西の魔女は「もう少しだったのにしくじったわ。こうなったら、みんなまとめて殺してやろう!」と言って高笑いする。

魔女は「誰が最初かねえ?ライオン、ブリキのきこり、かかし・・・そう、かかしだ!」と叫ぶ。それと同時に、魔女が持っていた箒から白い煙が立ちのぼる。タネを明かせば単純なトリックなのかもしれないけど、この煙のマジックは、何分後に煙が出るとか、どのくらいのあいだ煙が出続けるとか、あらかじめ設定できるものなのかしら?

西の魔女はベッドの上に仁王立ちになり、煙の吹き出ている箒をかかしに向ける。かかしは「ああ!」と怯えてガタガタと震える。ドロシーはそれを見るなり、ウィンキーたちを振り払って、舞台の脇に駆けていく。そして、そこに置いてあったバケツを抱えて戻ってきて、「やめて!」と叫びながらバケツの水を魔女にぶっかける。ちなみにバケツの水は銀色の紙。

すると西の魔女の様子が一変する。魔女は苦しげな表情になり、「ああ、死んでしまうよ!溶けてしまうよ!」と呻くように叫ぶ。魔女の体はだんだんとしぼんでいって、ついには首だけになる。そして最後の呻きとともに魔女の首もしぼんでなくなってしまい、後には魔女のかぶっていた黒い帽子と黒いマントだけが残される。

西の魔女が溶けて死んでしまう仕掛けは実に簡単で、魔女役のキャストがただ単にベッドの中に身を沈みこませるだけである。魔女が死んだ後、ベッドがモコモコと動いている。そのあまりに間抜けな光景に、私はいくらなんでもここまで安っぽい演出はねーだろ、と最初は情けなく思った。他の観客も仕掛けの単純さに笑っていたが、しかしその笑いは決してバカにしたような、茶化したようなものではなかった。更に観客のほとんどが悪い魔女がやっつけられたことに拍手を送り、歓声を上げていた。私はイギリスの観客たちのこの反応を見て、彼らの懐の深さを思い知らされた気がした。舞台の上っ面だけで、「単純」、「ちゃち」と皮肉な目で見ていた私のほうが、実は野暮で無粋な観客だった。

ウィンキーの一人が、杖の先で魔女のマントを確かめるようにすくい上げ、「魔女は死んだ」とつぶやく。次の瞬間、ウィンキーたちは「万歳!我らの新しい女王、ドロシー!」と大声で叫ぶと、ドロシーに向かって跪き、更に五体投地のように床にガバッとうつ伏せになる。うつ伏せに倒れているウィンキーたちの中で、しばらく呆気に取られていたドロシーは、やがて作り笑いを浮かべて「ありがたいお話だけど、私はカンザスに帰らなくちゃいけないの」と言う。観客が笑う。

ドロシーは「魔女の杖を持って帰ってもいい?」と倒れているウィンキーたちに尋ねる。中の一人が顔だけをひょいと上げて、「どうぞ、遠慮なくお持ち帰り下さい」と言うと、再び顔を床にべたっとくっつける。このウィンキーのセリフと仕草に、観客はすごくウケていた。

ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンはウィンキーの国を去る。ウィンキーたちは歓声を上げながら、かぶっていた帽子を一斉に空へ放り投げてキャッチする。スクリーンにも空に向かって投げられたたくさんの帽子の絵が映る。そしてウィンキーたちはスカーフも取って顔をさらけ出し、“Ding Dong!The Witch is Dead”を歌いながら踊り始める。

物語が終盤を迎えたこともあってか、観客はこのとき異様に盛り上がり、ほとんどの観客が手拍子を打っていた。全身と顔を覆う黒装束で分からなかったが、ウィンキー役のキャストには女性もごく少数だがいた。ウィンキーたちは杖を支えにして脚を曲げてジャンプし、その瞬間に両足のかかとを空中で打ちつけた。更に二人一組になって、一人が杖を持って踏ん張り、もう一人がその杖を両手でつかみながら、床と水平にジャンプして体をひねる。このウィンキーの踊りはダイナミックでなかなか見ごたえがあった。

恐ろしげな音楽になり、スクリーンに火山か聖火のような炎の絵が映し出される。ドロシーたちはエメラルド・シティに戻り、オズの魔法使いに会いに来たのだ。オズの魔法使いの声が響く。「我こそは偉大にして強力なオズである。お前たちはなぜ戻って来たのだ?」 ドロシーは西の魔女の箒を差し出す。「私たちは西の魔女を溶かしちゃって、西の魔女の箒を持ってきました。約束を果たして下さい。」 オズの魔法使いは「上々の結果だ!」と褒める。ドロシーはなおも言う。「はい、そのとおりです。約束を果たして下さい。」

だが、オズの魔法使いはなぜか「焦るでない!明日になったらまた来るように」と言う。ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンは一斉に不満の声を上げる。ドロシーは抗議する。「明日ですって?今すぐに約束を守って下さい!」 

そのとき、舞台にはデパートの更衣室みたいな、緑のカーテンに覆われた小さな部屋が現れ、舞台上をぐるぐると回転している。ドロシーたちの抗議に、オズの魔法使いは「黙れ!」と一喝し、「わしに逆らうのか!明日といったら明日なのだ!」と続けたところで、その緑のカーテンの中から「ワン、ワン!」とトドの吠える声が聞こえる。

ドロシーは「トド!?」と言い、不審そうな表情をしながら緑のカーテンをそっと開ける。すると、中には太った初老の男(ロイ・ハッド。マーヴェル教授と二役)が背中を向けて立っていて、その足元にトドがいる。男は気づかずにマイクに向かってしゃべっている。観客がクスクスと笑う。男はカーテンを開けられたことに気づくと、「との、オズの魔法使いの仰せである」とぼそぼそと小声で言い、あわててカーテンを閉める。オズの魔法使いの声が響く。「カーテンの陰にいた男はなんでもない!」 観客が大笑いする。

オズの魔法使いが「我こそは偉大にして強力なオズの・・・」と言いかけたところで、ドロシーは再びカーテンを開ける。すると中の男はあわてふためき、「魔法使い、・・・です」と消え入りそうな声で言う。男はしばらく沈黙するが、やがて観念したように外に出てくる。男は気まずそうな顔で「わしがオズの魔法使いだよ」と白状する。

ドロシー、かかし、ブリキのきこり、ライオンは仰天するが、次には怒り出す。ドロシーは「あなたは悪い人だわ!」と叫ぶ。オズはすまなそうな顔をしながらも、「わしは悪い人間ではないよ。未熟な魔法使いではあるけれどね」と弁解する。かかし、ブリキのきこり、ライオンも次々と叫ぶ。「あんたは嘘つきだ!」 オズは謝る。「そう、わしは嘘つきだ。」 かかしは問いつめる。「ドロシーの家はどうなる?ブリキのきこりの心は?ライオンの勇気は?」 ブリキのきこりとライオンは一緒に叫ぶ。「かかしの頭脳は?」

オズは「まあ、お待ち」と言って、憤懣やるかたない彼らをなだめる。「かかし、君は頭脳がほしいのだったね?でも、どんな小さな生き物にも頭脳があるし、君はわしの大学を卒業した学生と同じくらいの頭脳は持っているよ。だから、君には学位を授与しよう。THDだ。」 オズはかかしに卒業証書を手渡す。かかし「“THD”って?」 オズ「“Doctor of Thinkology”だ。」 するとかかしはいきなり数式を早口で暗唱し始める。観客が「ほおお〜」と感心したように笑いながら拍手する。かかしは喜ぶ。「やった!頭脳を手に入れた!」 かかしは嬉しそうに卒業証書をブリキのきこりに見せる。ブリキのきこりも喜ぶ。

次にオズはライオンを呼ぶ。オズはライオンを諭す。「君は危険を察知して逃れることを臆病だと思っている。だが、それこそが勇気であり、また知恵でもあるんだ。勇敢な君には勲章を授けよう。」 オズはライオンの首に大きな勲章をかけてやる。

最後にオズはブリキのきこりに語りかける。「君に心がないというのなら、それは幸運なことなんだ。心は破れやすいものだし、非実用的でもある。いろいろなことで苦労が絶えない。」 オズがしみじみとした口調で言うと、主に大人の観客がクスクスと笑った。ブリキのきこりは言う。「それでも、僕は心がほしいんです。」 するとオズは「では、君の優しさに応えて、君に記念品をあげよう」と言って、鎖のついた赤いハート型の時計(?)を与える。ブリキのきこりは頭を下げて、それを首にかけてもらう。

オズはブリキのきこりに続けて言う。「覚えておきなさい。心というものは、君がどれほど愛するかではなく、君がどれほど他人から愛されるかで決まるんだよ。」 う〜ん、深いセリフだ。クーパー君は心配ないと思うわ。たくさんの人に愛されていると思うから。

ブリキのきこりはみんなのところにギコギコと走っていって、もらった時計を見せる。ブリキのきこりは嬉しそうに笑って言う。「鼓動が聞こえる!」

かかしがふと気づいて叫ぶ。「そうだ、ドロシーは?」 ブリキのきこり、ライオンも「ドロシーの家はどうなるんだ?」と口々に叫ぶ。

オズは自分がドロシーを連れてカンザスに帰るから心配ないと言う。オズは驚くドロシーに話す。「わしもカンザスの出身なんだ。サーカスで気球ショーをやっていたとき、空高く飛んでいって、とうとうこの国にたどり着いた。この国の人々はわしを『オズ』と呼んで、尊敬してくれるようになったんだ。君はわしと一緒に気球で帰ろう。」

エメラルド・シティの人々が集まってくる。シャッターの奥には気球が見える。といっても、舞台の上半分はスクリーンで覆われているからバルーンは見えない。見えるのは人が乗る箱の部分だけ。オズはドロシーを伴って箱に乗り込むと、エメラルド・シティの人々に別れを告げる。ところが、ドロシーはトドの姿が見えないことに気づき、「トドはどこ?トド!」と呼びながら気球から下りてしまう。オズはあわてて「ドロシー、急ぎなさい!」と言う。

ドロシーは人々の間を縫ってトドを探し回り、エメラルド・シティの人々も協力してトドを探す。たくさんの人々が客席にまで駆け下りてきて探しに来た(笑)。キャストたちは「トド!」と叫びながら、観客に「トドがどこにいるか知りませんか?」と尋ねてまわっていた。すごい演出だな。ちなみに尋ねられた観客は動ずることなく、余裕で答えていた。私は緊張して「『すみません、私は知りません』と言えばいいんだよな」と待ち構えて(←?)いたが、結局は聞かれなかった(残念)。

その間に、オズの乗った気球はゆっくりと上がっていく。気球の箱は少しだけ上昇する仕組みになっているらしい。オズは人々に手を振り、人々も名残惜しげに手を振って見送る。ドロシーはようやくトドを見つけて抱き上げ、「待って!」と叫んで気球に走っていくが、その面前でシャッターが閉じられてしまう。

ドロシーは「もうこれでカンザスに戻れなくなってしまったわ」と泣きそうな声で言う。かかしはドロシーを慰める。「僕たちと一緒にいようよ、ドロシー。」 ブリキのきこりも言う。「僕たちは君に行ってほしくないよ。」 だがドロシーは「でも、私は家に帰りたいの」と言う。

するとシャッターの奥から突然、北の魔女のグリンダが姿を現す。ドロシーはグリンダに助けを求める。しかし北の魔女は微笑みながら言う。「あなたはもう誰かに助けを求めなくてもいいの。あなたは自分の力で家に帰れるのよ。」 ドロシーは驚く。かかしが「前に言うべきだったのに!」と言うと、北の魔女は「彼女には私の言うことが信じられなかったでしょう。それに、彼女は自分自身で学ぶ必要があったのよ」と穏やかな口調で答える。

ドロシーは言う。「もしまた家から出て行きたい衝動に駆られても、私は家から遠く離れないわ。近くにないものは、遠くにもないはずだもの。」 北の魔女は満足そうに頷いて微笑み、「あなたは家に帰ることができるわ」と言う。ドロシー「トドも?」 北の魔女は笑って答える。「トドもよ。」

ドロシーはかかし、ブリキのきこり、ライオンに別れを告げる。ドロシーがブリキのきこりに近づくと、ブリキのきこりは顔をそむけて泣き出してしまう。ドロシーは「泣かないで」と言い、籠の中から赤い油さしを取り出して、「この油さしをあげるから」と言ってブリキのきこりに渡す。油さしを受け取ったブリキのきこりは、「僕には心があるんだ、って分かったよ。僕の心は破けそうになっているから」とつぶやいて姿を消す。ブリキのきこりのこのセリフを聞いて、観客は「おお」と同情するかのような声を上げていた。観客のこの反応は印象的だった。

次にドロシーはライオンに別れを告げる。ライオンは明るい笑みを浮かべてドロシーを抱きしめ、背を向けて去っていく。ところが、ライオンは去り際に、いきなり「うわあああん!」と大きな泣き声を上げる。ライオン役のギャリー・ウィルモットは最後まで笑わせてくれました。観客が今度はドッと笑う。

ドロシーはかかしに近寄って言う。「あなたは私の最初のお友だちですもの。あなたと別れるのがいちばん辛いわ。」 かかしは肩をすくめ、腕を曲げて縮こまらせた姿勢で立っていたが、その両腕をぎこちなく、しかし必死にドロシーの背中に回して抱きしめる。「グッバイ、ドロシー。」 ドロシーもかかしを抱きしめてキスをする。かかしはおぼつかない歩きで去ろうとし、ふと振り返ってドロシーに言う。「僕は君のことを考えるよ。いつも。」 ドロシーとかかしの別れのシーンが最もグッときた。

北の魔女はドロシーに「用意はいい?」と尋ねる。ドロシーは涙をこらえながら無理に笑って頷く。北の魔女「目を閉じて。靴のかかとを3回叩いて、そして言いなさい。『家ほど良いところはない』と。」 ドロシーは舞台の真ん中に立って目を閉じ、靴のかかとを合わせてカチッと叩くと言う。「家ほど良いところはない。」 北の魔女「1回。」 ドロシーはまた靴のかかとを叩く。「家ほど良いところはない。」 北の魔女「2回。」 ドロシーは更に靴のかかとを叩く。「家ほど良いところはない。」 北の魔女は奥に去りながら、「さようなら、ドロシー!」と叫んで姿を消す。

舞台は暗くなり、立ち尽くしているドロシーの影がゆっくりと回転する。やがてその影も見えなくなったころ、ヘンリーおじさんが現れ、闇の中をカンテラをかざしながら「ドロシー!」と何度も叫ぶ。マーヴェル教授もカンテラを持って「お嬢ちゃん!」とドロシーを探している。やがて、舞台の脇に、倒れているドロシーの姿が浮かび上がる。ドロシーは、「家ほど良いところはない」と夢うつつでつぶやき続けている。その声に気づいたヘンリーおじさんとマーヴェル教授は、ついにドロシーを見つける。

ドロシーの部屋のセットが現れる。舞台が明るくなり、ヘンリーおじさんはドロシーを抱きかかえてベッドに寝かせる。マーヴェル教授は心配そうにのぞきこむ。しばらくしてドロシーは目覚める。エムおばさんが現れて、ドロシーの体をキャメルのチェックのショールでくるむ。かかしの体をくるんで火を消し、またライオンの肩にマントのようにかけてやったあのショールである。

やがてジークが現れ、「大丈夫だったか?」と言ってドロシーのベッドに腰かける。間もなく奥からヒッコリーも現れて、窓辺に腕をかけてドロシーの様子を眺めやる。子どもっぽく前髪を立てた短い髪に、直線的な眉もきりりとした、すっきりした男前な素顔になったアダム・クーパーが現れると、なぜか観客が笑いさざめいた。わたくしの推測によれば、必ずや銀粉メイクの弱虫キャラと素顔のカッコよさのギャップに笑ったに違いない。もう一度。うーん、やっぱりイイ男だ。

面白いことがあった。ヒッコリー役のアダム・クーパーが窓辺に現れると、ジーク役のギャリー・ウィルモットが、クーパー君の顎を親指と人差し指で挟むようにして撫でるのである。やるときとやらないときがあったので、演出ではなくアドリブの仕草だと思う。「可愛いヤツめ」という感じのする仕草で、たぶんクーパー君とウィルモットは、オフでもいいお友だちになったのではないだろうか。「ゾロ」のときにはアール・カーペンターと仲が良いようだったし、どうも年上男にも好かれるタイプみたいね、クーパー君って。

そしてハンクも現れる。ドロシーは家に戻ってくるのに大変な思いをした、辛いこともあったけど楽しかった、と必死に話す。ドロシーはヒッコリーに「あなたはこうやって動いてたじゃない?」と言いながら、ベッドの上でギコギコと動いてみせる。不審そうな顔をするヒッコリー。そして次はハンクの懐に手を突っ込もうとして、「干し草は?中に詰まってたでしょ?」と尋ねる。ハンクは「俺の体の中に干し草なんか詰まってないよ!」と言う。ジーク、ヒッコリー、ハンクは、互いに顔を見合わせて怪訝な表情をする。

ドロシーはヘンリーおじさんに「門衛だったわよね」と言う。ヘンリーおじさんは「門衛なんてやったことがない」と答える。ドロシーはマーヴェル教授の顔を見つけると、「オズ!」と呼ぶ。マーヴェル教授は「わしの本名はそうじゃないよ」と否定する。最後にドロシーはエムおばさんに「きれいな魔女になってたでしょ?」と尋ねる。エムおばさんは「悪い夢でも見たのね」と言い、大人たちは顔を見合わせて、「やれやれ」というふうに軽く首を振る。

ドロシーは「夢じゃないわ!現実のことなのよ!誰も信じてくれないの!?」とムキになって叫ぶ。エムおばさんはドロシーをなだめるように、「もちろん信じるわよ」と言ってドロシーの肩を優しくかき抱く。ドロシーはトドがいないことに気づく。「トド、トドは!?」と叫ぶドロシーに、ヒッコリーは「ここにいるよ」と言い、トドを抱き上げて窓越しにドロシーのベッドの上に置く。ドロシーは「トド!」と言って抱きしめる。

ドロシーはエムおばさんに向かって言う。「ここには私の家があって、みんながいる。私はみんなが大好きよ。もう遠くにはいかないわ。家ほど良いところはないんだもの!」 ドロシーとエムおばさんは抱き合う。みんながそれを微笑みながら見つめている。舞台が暗くなる。

カーテン・コールでは、まずエメラルド・シティの人々の姿のアンサンブルが現れた。この中には第一幕でカラスとリンゴの木、第二幕でウィンキーと猿を担当したキャストたちも含まれている。観客は歓声を上げて、彼らにも大きな拍手を送った。そして、ヘンリーおじさんとエメラルド・シティの門衛役のジュリアン・フォーサイス、マーヴェル教授とオズの魔法使い役のロイ・ハッドが現れてお辞儀をした。観客は再び大きな歓声を上げて拍手をする。

次はミス・グルチと西の魔女役のジュリー・レグランドが一人で現れた。観客は一斉に大きな「ブー」という声を上げた。レグランドは嬉しそうにニヤリ、と笑って片膝を折ってお辞儀をした。最後まで憎々しい魔女だった。エムおばさんと北の魔女グリンダ役のスザンナ・フェロウズも一人で現れた。観客は再び拍手と喝采を送る。

ハンクとかかし役のヒルトン・マックレー、ヒッコリーとブリキのきこり役のアダム・クーパー、ジークと臆病なライオン役のギャリー・ウィルモットが、互いに肩をがっしりと組みながら3人で出てきた。歓声がいっそう大きくなった。マックレー、クーパー、ウィルモットは舞台の全面で整列し、一人ずつ前に一歩出てお辞儀をした。クーパー君への拍手と喝采がいちばん大きかった、と言いたいところだけど、3人の中ではウィルモットに一段と大きな歓声が飛んでいた。でも、マックレーやクーパー君にも本当に大きな拍手と喝采が送られていた。それにしても、クーパー君の顔の小さいことよ。首の長いことよ。

最後にドロシー役のショーン・ブルックが出てきた。観客が「ヒュー!」と喝采を飛ばし、主人公に対するにふさわしい盛大な拍手を送る。キャストたちは手をつなぎ、一列になって何度もお辞儀をした。オーケストラが再び演奏を始めた。“Merry Old Land of Oz”である。キャストたち全員が歌いながら踊る。観客は手拍子を打って盛り上げる。歌が終わると、キャストたちはまた一列になった。

そこへ、キャストの一人にリードで連れられて、トド役のボビー君が現れた。たぶんドロシー役のショーン・ブルックに対してよりも大きな歓声と、「おお」という笑いまじりの声が上がり、続いてやはり最も大きな拍手の音が湧き起こった。ボビー君はまったくたじろがなかったどころか、むしろ客席におしりを向け、しっぽをぷりぷりと振りながら、ドロシー役のショーン・ブルックの足元でくんくん、と床のにおいを嗅いでいた。

キャストたちは最後にゆっくりとお辞儀をすると、それぞれが舞台の四方に散って退場していった。クーパー君はドロシー役のショーン・ブルックの背中を抱え、二人で何事か話しながら舞台の奥に向かっていき、シャッターの陰に姿を消した。

確かにセットやマジックは安作りな舞台だった。けれども、この「オズの魔法使い」の内容はおもしろいばかりでなく意外に深い含蓄があり、印象に残る、考えさせられるセリフがたくさんあった。そして、少数で編成されたキャストたちはいずれも実力派ぞろいだった。犬のトドに至るまで(笑)。

観劇後、なんとなく腑に落ちないモヤモヤ感の残る舞台というのはあるものだが、この「オズの魔法使い」は、観た後に暖かくほのぼのとした、またウキウキと楽しい気持ちになった。終演後、多くの観客が、大人たちも子どもたちも含めて、歌を口ずさみながら帰っていった。

私も会場のロイヤル・フェスティバル・ホールを出て、すぐ前のテームズ河にかかる歩道橋を渡りながら、恥ずかしいので心の中で「ホッホッホ、ハッハッハ、カプオブトララ〜ス♪」と歌って帰った。

(2008年9月10日)

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