Club Pelican

NOTE

新国立劇場バレエ 「シンデレラ」

(2006年12月17、19日、新国立劇場オペラ劇場)

(1)

「シンデレラ(Cinderella)」、振付はフレデリック・アシュトン(Frederick Ashton)により、音楽はプロコフィエフの同名曲を用いている(一部削除)。編曲(第一幕:仙女のソロ)はジョン・ランチベリー(John Lanchbery)による。この作品は1948年、サドラーズ・ウェルズ・バレエ(現ロイヤル・バレエ)によって初演された。この作品はイギリスで最初に作られた全幕バレエであるという。

主なキャスト。シンデレラ:アリーナ・コジョカル(Alina Cojocaru);王子:フェデリコ・ボネッリ(Federico Bonelli);義理の姉たち:マシモ・アクリ(Massimo Acri)、篠原聖一;父親:石井四郎;仙女:湯川麻美子;春の精:西山裕子;夏の精:西川貴子;秋の精:高橋有里;冬の精:寺島ひろみ;

道化:グリゴリー・バリノフ(17日、Grigory Barinov)、八幡顕光(19日);ナポレオン:八幡顕光(17日)、伊藤隆仁(19日);ウェリントン:市川透;王子の友人:陳秀介、冨川祐樹、江本拓、中村誠(17日)、マイレン・トレウバエフ(Maylen Tleubaev、19日)。

演奏は東京フィルハーモニー交響楽団、指揮はエマニュエル・プラッソン(Emmanuel Plasson)。

前奏曲の途中で幕が上がる。紗幕の向こうは薄暗く、舞台の中央には父親と義理の姉たちが椅子に座り、姉たちは舞踏会用のショールの刺繍をしている。舞台右の暖炉の前にはシンデレラが横顔を見せて座っており、暖炉の炎をぼんやりと見つめている。前奏曲が終わるまで、彼らは映像のストップ・モーションのように身動きひとつしない。

やがて前奏曲が終わると、音楽は途端にせわしい感じのものになる。同時に舞台が明るくなり、姉たちが大仰な身振りで動き出し、シンデレラも姉たちの様子を見やりながら、暖炉の火をいけたり、また食器や家具を拭いたり、はたきをかけたりして、せっせと家事に精を出す。

アリーナ・コジョカルの第一印象は「なんだ、ふつうの女の子じゃん」というものだった。もちろん灰色で裾がボロボロに裂けたドレスに、同じく灰色のスカーフで頭を巻いている、という地味な扮装のせいもあるが、非常に小柄でとびぬけてスタイルがいいというわけでもなく、顔立ちはかわいらしいが、特に華やかで近寄りがたい美人というわけでもない。でも、小さくてかわいらしくて、そのへんにいそうな女の子といった彼女の風貌はいかにもシンデレラという感じで、自然に役に融け込んでいた。

義理の姉たちは派手な柄のドレスを身につけてナイトキャップをかぶり、顔にピエロみたいな奇妙なメイクを施している。上の姉を演じるマシモ・アクリは大柄な体格で、先の折れ曲がった付け鼻をつけ、ふんぞりかえった態度で乱暴に振舞う。下の姉を演じる篠原聖一は、アクリよりも細身で小柄な体格で、気の弱そうな泣き眉を描いており、上の姉には今ひとつ逆らえない感じである。

その姉たちに更に逆らえないのがシンデレラの父親(石井四郎)である。父親は気も腕力も強そうな義理の姉たちの言いなりになってしまっており、シンデレラのことを顧みる余裕がない。シンデレラがこんな境遇に陥ったのは、姉たちの力が強すぎたために、気の弱い父親はやがて姉たちと同化してしまって、シンデレラを冷遇するようになったのだろうな、と思った(私、真面目に論じてます)。

姉たちはやがて1枚のショールを取り合って大ゲンカになる。父親が仲裁に入るが、騒ぎはますます大きくなる。すったもんだするうちに、上の姉の首にショールが巻きついてしまう。首を締め上げられて白目をむくマシモ・アクリの表情が笑えた。

下の姉が上の姉に謝り、姉たちはあっさりと仲直りして踊る。滑稽な動きの踊りだが、でも腕の動きとか脚の伸ばし方が妙にきれいで、わざとド下手に踊っても、マシモ・アクリも篠原聖一も、動きはやっぱりバレエ・ダンサーのそれだった。

姉たちと父親が部屋から出ていくと、シンデレラは暖炉の横に無造作に立てかけられていた、古ぼけた肖像画を手にとって眺める。シンデレラの死んだ母親である。シンデレラは母親の肖像画を暖炉の上に立てかけると、蝋燭に火を灯してその前に置く。

シンデレラはひとりで踊り出す。ポワントで立ち、片脚を前に伸ばしてステップを踏んだり、片脚を思い切り根元から上げて一回転させたり、またアティチュードの姿勢で回転したりする。小柄にも関わらず、コジョカルの脚はよく上がり、その動きはダイナミックである。ふと、シンデレラは姉たちが裂いてしまったショールを手に取ると、それを自分の肩にかけて鏡の前に立ってお辞儀をしてみせる。自分も舞踏会に行きたいのだ。

だがそこへ下の姉が入ってくる。シンデレラはあわててショールを暖炉の傍に隠し、雑巾を持って床掃除をしているフリをする。姉が出ていくと、シンデレラは懐かしむように微笑みながら、母親の肖像画を見つめる。だがふと悲しげな表情になったかと思うと、両手で顔を覆って泣く。肩をすくめてうつむいて泣くコジョカルがこれまた痛々しい。

父親が部屋に入ってきて、泣いているシンデレラを見つける。父親は泣いているシンデレラの肩に手を置こうとするが、ふと思いとどまったようにその手を引っ込める。どうして慰めてやらないのかしら、と不思議に思ったが、すでに自分の娘をこんな境遇に陥らせておいて、今さら慰めるなんて、という罪の意識でためらったのかもしれない(私、真面目に論じてます)。

だがシンデレラは父親に気づくと、父親に駆け寄って抱きつく。こんな目に遭っていても、シンデレラは父親のことを愛しているのだ。健気だ。父親はシンデレラに促されて亡き妻の肖像画を見つめ、やっとシンデレラを深く抱きしめる。

そこへ義理の姉たちが入ってくる。父親とシンデレラが抱き合っているのを見つけた上の姉は、キーッという感じで目をむいて怒り、駆け寄って父親とシンデレラを乱暴に引き離す。姉たちは父親に詰め寄るが、シンデレラはその前に立ちふさがって父親を庇う。

突然、黒いマントを頭からかぶった物乞いの老婆がヨロヨロと歩いて入ってくる。上の姉は物乞いの老婆に向かって片手を振り上げて、出て行け、という仕草をするが(ここでマシモ・アクリは激しい吐息を出して迫力を出していた)、老婆は逆に鋭い勢いで手をさし出す。何かくれ、というマイムであると同時に、姉を威嚇しているのである。姉は怖がって下の姉とともにすくみ上がる。

この老婆の正体は仙女である。ここで流れる音楽は、後に仙女が登場するときの音楽と同じである。「やるなあ」と思った。この音楽に合わせて、姉たちが老婆の正体を知らないにも関わらず、なにか不思議な威圧感を覚えて老婆を恐れて遠ざかる、という演技をすることで、この老婆がただ者でないことを示している。

シンデレラは父親にせがんで、父親にお金を老婆に渡させようとする。しかし父親は姉たちに阻まれてしまう。シンデレラは暖炉のそばに置いてあったパンを老婆にさし出し、老婆の前にひざまづいてお辞儀をする。が、どうみても硬くなった美味しくなさそうなパンで、ひょっとしたら、あれがシンデレラの食事なのかなあ。仙女は、粗末だが自分の食事さえも与えよう、というシンデレラの優しさに感じ入ったのだろうか。

仕立て屋、洋服屋、靴屋、床屋、宝石屋たちが続々とやって来る。父親と姉たちがお城の舞踏会に行くために呼んだのである。ここで姉たちは正装用ウィッグをかぶるためにナイトキャップを脱ぐ。そしたらなんと、姉たちはほとんど髪の毛のないまだらハゲだったのだ。ナイトキャップをかぶる意味がないだろが。しかもそのウィッグが奇妙な形をしていて(←お約束)、まるで中国の天女みたいに、輪のような髷が二つ、高々と頭のてっぺんにくっついている。

上の姉は暴君ぶりを発揮し、下の姉の帽子が気に入ると無理やり奪い取って交換してしまう。また、長い真珠のネックレスを首に引っかけ、「おっしゃあ!」と体を激しく動かして、ネックレスをフラフープの要領でぶんぶんと振り回す。客席から大きな笑い声が起きた。

そしてダンス教師とヴァイオリン弾き2人が現れ、姉たちのダンスの特訓が始まる。ダンス教師役の吉本泰久は、登場するなりゆっくりしたきれいなピルエットを決めていた(その後は姉たちのせいで散々だったが・・・)。

ヴァイオリン弾き2名は、やはり本物のオーケストラの団員さんだと思う。このとき、指揮者のプラッソンは明らかに彼らに向かって指揮棒を振っていたから。彼らは18世紀風の衣装を着てかつらをかぶっていた。姉たちはダンス教師が踏むステップを必死に真似するが、てんで乱暴で不恰好。

シンデレラは父親の傍に立って、姉たちのダンス・レッスンの様子を眺めながら、自分もそっと同じステップで踊ってみる。シンデレラのほうがよほど上手である。父親はシンデレラに肩を貸して、シンデレラが踊る様子を優しい表情で見つめている。一方、小柄なダンス教師は巨大な姉たちに引きずられるようにして踊って疲れ果て、首を振りながらハンカチを取り出して額の汗をぬぐう。

用意のできた姉たちと父親は舞踏会へと出発する。シンデレラもそれを追いかけようとするが、父親にほとんど突き飛ばされるようにして阻まれる。この父親はシンデレラに優しいのか冷たいのかよく分からない。まあ、姉たちの前では姉たちに引きずられてシンデレラに冷たく当たり、姉たちのいないところではシンデレラに優しい、という両極端な態度をみせる人なのかもしれない。

シンデレラはひとり取り残され、悲しげな表情になって立ちつくす。シンデレラは仕方なく箒を持って掃除をするが、ふと箒の柄に両手の甲を当て、その上に顎をのせて夢見るような表情で微笑む(←これがすごいかわいい)。ここからようやくコジョカルの踊りがまともに見られる。コジョカルはさっき姉たちが父親に習っていたステップで踊り出す。

このステップがさっそくアシュトンらしいトリッキーなステップで、ポワントで立つと両足を小刻みに動かして足首を曲げる、という振りを左右交互に繰り返す。あんなふうに足首を極端に曲げる動きは珍しいと思う。

ふと、シンデレラは舞台の中央に立ち、両手で姉たちのぶっくらしたドレスの形を描くと、いきなり後ろを向いてガニ股で踊り出す。ふざけて姉たちの不恰好な踊りの真似をしているのである。観客がドッと笑う。ショボい仕返しだが、アシュトンが設定したシンデレラのキャラクターはけっこうたくましい。

コジョカルは軽々と、しかも基本的には非常に小刻みで複雑なステップをリズムよく踊り、また片脚を後ろに高く上げたままゆっくりと一回転する。その回転はとても安定している。でも、ちょっとトゥ・シューズの音が大きくて耳障りだな、と思った。シンデレラは姉たちが刺繍していたショールを箒に巻きつけ、箒を人間の男性に見立てて踊る。

シンデレラは両足を揃えて回転しながら移動し、片足ポワントで立ったまま、もう片脚を後ろに振り上げる。途中で片脚を耳の横まで振り上げる動きもあり、ここでもコジョカルの意外とダイナミックで鋭い動きに驚いた。最後はジャンプを連続して繰り返す。

だが箒はしょせん箒で、バッタリと倒れてしまう。悲しげな顔で立ちつくすシンデレラ。そこで、舞台の奥にあの物乞いの老婆がマントを引きずって歩いて来るのが見える。物乞いの老婆が家の戸口にさしかかる。しかし、家の戸口から姿を現わしたのは、白い美しい衣装を身にまとい、髪に銀の飾りをつけた仙女(湯川麻美子)だった。個人的には、物乞いの老婆が仙女に変わる瞬間をもっと効果的に見せたほうがいいのではないか、と思った。変わるタイミングが早すぎた気がした。

仙女は先端に星のついた白い細い棒を手に持ち、ポワントで立った両足を小刻みに動かしながらシンデレラの前に現れる。シンデレラもまた仙女と同じように、ポワントで立った両足を小刻みに動かしながら、舞台上をゆらめくように移動する。さて、同じステップをコジョカルと仙女役の湯川麻美子が踊るわけだが、両人の違いはなんだったかというと、コジョカルのほうが両足の動きがより小刻みで、両足の間隔、つまり歩幅も小さかった(そのぶん細かく両足を動かしているわけ)。

コジョカルは、この時点ではもうほとんどトゥ・シューズの音を立てなくなっていた。湯川麻美子があまりに静かに踊るので反省したのかと思ったが、今になって考えるに、わざとだったのかもしれない。仙女に出会う前のシンデレラは、いくら上手だとしても足音を響かせた荒っぽい踊りしかできない。でも仙女に出会ったことで、シンデレラの何かが変わる。それが、トゥ・シューズの音が消えることで示されていたりして(ホントかよ)。

あと思ったのが、コジョカルはゲストとしては適任だな、ということ。背丈も体型も日本人ダンサーとさほど変わらないから、浮かないのである。これがスヴェトラーナ・ザハロワだったりしてごらん。よくいえば主役らしく目立つだろうけど、わるくいえば浮きまくりよ。

仙女はシンデレラに舞踏会へ行きたいかと尋ねる。シンデレラはもちろんうなづく。でもその服装で?仙女は尋ねる。シンデレラは悲しそうな顔をする。仙女はそれをきれいなドレスに変えてあげる、と言う。もちろんこれらはすべてマイムで語られる。

仙女はシンデレラに自分の杖を預けてソロを踊る。この踊りはプロコフィエフの原曲にはなく、プログラムによれば、アシュトンが初演の指揮を務めたジョン・ランチベリーに、仙女のソロのための音楽の選別を依頼し、ランチベリーはプロコフィエフのピアノ曲「束の間の幻想」から曲を選んで、それをプロコフィエフ風にオーケストレイトした。私が感じたことには、この仙女のソロの振付はあまりよくないのではないかと思う。振付にメリハリがなく、音楽ともあまり合っていない。

仙女は四季の精の踊りを次々とシンデレラに見せる。ここでは春、夏、秋、冬の精が出てくるその都度、背景の紗幕が上がって、それぞれの季節をうかがわせる風景が描かれた幕の前に四季の精が佇んでいる。彼女らの登場の仕方は非常に絵画的だ。アルフォンス・ミュシャの絵の真似でもしたのかな。

四季の精は仙女と色違いの衣装を身にまとっている。レースの短い袖がついた、胸下から膝丈のスカートになっているドレスで、髪には季節に応じた花や金銀の飾りをつけている。衣装の色は、春の精は淡い緑、夏の精は明るい黄色、秋の精はオレンジ、冬の精は淡い青である。なぜかそれぞれが小姓を2人ずつ連れている。

音楽は、春の精の踊りは軽快で弾むような、夏の精の踊りはけだるい雰囲気のゆったりした、秋の精の踊りは木枯らしが吹くようなせわしない、冬の精の踊りは静かで落ち着いたメロディで、振付もそれぞれの音楽のイメージに合わせてあった。これらの曲を聴くと、プロコフィエフが四季にどんなイメージを抱いていたのかが窺われて面白い。

だから春と秋の踊りは大変で、複雑なステップを速いテンポの音楽に合わせて踊らなければならない。アシュトンの振付の特徴というのは、上半身はそう動かさないし、腕の動きも緩やかなのだが、その代わりに脚、特に足や爪先の動きが忙しくて複雑なことである。だから春の精を踊った西山裕子と秋の精を踊った高橋有里は、さぞ大変だったろうと思う。

私が気に入ったのは夏の精の踊りと冬の精の踊りである。音楽がゆっくりなので振付もゆったりしており、美しいポーズでのバランスを長く保つ動きが多い。だが夏の踊りはやはり足を細かく動かす振りが多い。夏の精の腕の動きも面白くて、夏の精を踊った西川貴子は、腕をやんわりと曲げて額に当て、さも暑くて気だるくてたまらない、という表情をする。

私が最も見とれたのは冬の精を踊った寺島ひろみだった。冬の精の踊りは振付もすばらしい。手足はあまり曲げずに、やや直線的に伸ばしたポーズで踊る。軽く跳ねて片足で着地したあと、そのままもう片脚を後ろに伸ばす。床と手足が平行になったアラベスク、片脚を真横にすっと伸ばす動きも、冬の突き刺すような寒さをイメージさせる。寺島ひろみはこれらの振りを、安定したキレのよい動きで踊った。

仙女はシンデレラに舞踏会に行かせてあげる、とマイムで示す。ただし、と仙女は、舞台奥にいつのまにか現れた時計台を指し示して、自分のこめかみを手で軽く叩く。よく覚えておきなさい、という意味である。「時計の情景」の音楽が鳴り響く。12時になるまでに帰らなくてはならない。12時が過ぎたらすべての魔法が解けてしまう。シンデレラはうなづくと舞台脇に駆け去っていく。

「ワルツ」が始まる。星の精たちが音楽に合わせて、交互に身を伏せたり起き上がったりして踊る。彼女たちの動きは整然と揃っていて、まるで正確に時を刻む時計の針のようだった。なんてすばらしい。これは、まさにアシュトンが望んだとおりの踊りではないだろうか。あらためて新国立劇場バレエの群舞がいかにすばらしいかを見せつけられた。

途中で四季の精、そして仙女も加わって踊る。四季の精と仙女が並んで同じ振りで踊るところも圧巻だった。速いテンポの音楽に合わせて、複雑なステップとポーズを速いスピードで次々と展開していく。腕はすっきりと伸び、脚や爪先はせわしなく、しかしキレよく動く。

「ワルツ」の終わりで、大きな銀の馬車(人力だけど)がいきなり舞台の袖から現れる。本物の車輪がついている。中には白いドレスと金の紗のマントを身にまとった、輝くばかりに美しいシンデレラが乗っている。シンデレラは嬉しそうに微笑み、銀の馬車はお城へと向かって駆けていく。ここで第一幕が終わる。


(2)

第二幕はお城の舞踏会。招待客の人々が続々と集まる。この招待客たちには「デビュタント」だの、「エスコート」だの、「ソルジャーガール」だの、「騎兵」だの、細かく役名が付いているんだけど、私には誰が誰だか分かりませんでした。だから、ひとくくりに招待客である貴族さまたち、と言っておこう。

男性も女性も18世紀末のロココ風衣装を着ていて、みなかつらをかぶっていた。だが、真正ロココ風衣装+ヅラではなかった。これらの衣装やヅラが、ロイヤル・バレエからレンタルされたものなのかどうかは知らないが、とにかく日本人が身につけても自然な感じになるような、現代風にアレンジされたデザインだった。ヅラは横ロールじゃなかったし。

17日に道化を踊ったグリゴリー・バリノフが大変にすばらしかった。道化は両脚をV字型に開いて、また両脚を菱形のポーズにして、あるいは後ろ向きにジャンプする。両足を揃えて回転しながら跳んだり、ゆっくりと片脚だけで回転する。

バリノフ君の動きは柔らかくしなやかで、軽く弾むような感じである。回転はゆっくりと一定のスピードを保ち、軸がブレることもないし、足元がガタつくこともない。跳躍も余裕があって着地もスムーズである。道化なので振付はかなりトリッキーなのだが、バリノフは余裕綽々で踊っている。19日に道化を踊った八幡顕光もすばらしかったが、しなやかさと軽さという点で、私はやはりバリノフ道化のほうに軍配を上げたい。

招待客の人々が踊っていると、舞台の奥にシンデレラの父親、義理の姉たちが姿を現わす。上の姉はギラギラしたオレンジ色のド派手な柄のドレスを着て、バカでかい(半径1メートルくらいはありそう)上に、端っこがショッキング・ピンクに染められた白い羽根扇を持っている。羽根の間から頭をくぐらせるようにして顔をのぞかせているマシモ・アクリの姿が笑える。下の姉は大きなフード付きのピンクのドレスを着ていて、フードが大きすぎて顔全体を覆ってしまい、前が見えない。道化をはじめとして、招待客の人々は物珍しげに彼らを見やる。

招待客の中にはなぜかナポレオンとウェリントンもいる。ワーテルローで戦った(もしくはこれから戦う予定の)はずの両者が、なぜ一緒にお城の舞踏会に招かれているのかは謎だが、これはアシュトンのお遊びなので気にしないこと。更に、ナポレオンがチビ、ウェリントンが長身のイケメンというのも、イギリス人アシュトンのユーモアが入っていて笑える。更に、ナポレオンもウェリントンも、肖像画(もしくは銅像)そのままのポーズを決して崩さないのもおかしい。

義理の姉たちはさっそく、長身でハンサムなウェリントンに目を付ける。ウェリントンは市川透が演じていた。市川透は赤い軍服を着て茶色のヅラをかぶり、一見すると男前だが、決して肖像画風な無表情とポーズを変えない。彼は以前に観た「白鳥の湖」でロットバルトを踊っていた人だな。はじめて素顔(に極めて近い顔)を見たよ。

ナポレオンは背が低くて黒髪である。青い軍服を着て黒い帽子(例の三角形の形のヤツね)をかぶり、右手を懐に入れた有名なポーズを取っている。姉たちはチビのナポレオンには興味がなく、必死でお互いを出し抜きあって、ウェリントンとお近づきになろうとする。姉たち、ナポレオン、ウェリントンは一緒に踊る。

下の姉は必死で習った踊りを踊ろうとするが、途中でステップを忘れてしまい、その度に上の姉に助けを求める。上の姉は苛立った表情でステップを(乱暴に)踏んでみせる。上の姉も下の姉もウェリントンとばかり踊りたがり、ナポレオンが自分の相手になると面白くない。上の姉がナポレオンと腕を組んで踊ると、姉のほうが背が高いのでナポレオンは姉の腕にぶら下がることとなってしまう。

途中でウェリントンが上の姉を肩の上に持ち上げて座らせるリフトがあった。マシモ・アクリはデカいのに、よくやれたな市川透。上の姉にどつかれて、下の姉は仕方なくナポレオンと踊る。ナポレオンもなんとか下の姉を横向きに抱えて決めのポーズを取る。しかし下の姉はナポレオンの腕から降りるときに、ついナポレオンの頭に手を置いてしまう。すると、ナポレオンの黒髪がすっぽりと脱げ落ち、下からつんつるてんのハゲ頭が現れる(ナポレオン=ハゲ説は存在する)。

ナポレオンは最初、ヅラが脱げ落ちたのに気が付かない。だが、すました顔で床に目を落とし、自分のヅラが落ちていることを発見すると、目を見開いて真っ青になる。ナポレオンはあわててヅラをかぶりなおすが、ヅラがズレてしまう。この一連のリアクションのナイスさでは、ナポレオンを踊った八幡顕光(17日)、伊藤隆仁(19日)ともに甲乙つけ難い。

ロイヤル・バレエ日本公演で観た「シンデレラ」では、更にウェリントンもまだらハゲだった、というオチがついていた。現在の英仏関係に配慮した改変か。アシュトンの時代はまだ容赦がなかったんだな。なにせ戦後まもなくの作品だから、(本当はドイツが悪いんだが)恨みもまだ深かったんだろう。フランスではアシュトン版「シンデレラ」は上演できないかも。

王子の友人たち(陳秀介、冨川祐樹、江本拓、中村誠〔17日〕、マイレン・トレウバエフ〔19日〕)が現れる。いずれも長身でイケメン風。彼らは舞台の前面に出てきて、主にジャンプと回転系の技で構成された短い踊りを踊る。最後は片膝ついてキメのポーズ。

そして、とうとう王子が舞台の奥から現れる。ようやくフェデリコ・ボネッリの登場である。・・・あり、王子登場の踊りの振付が違う。斜めにジャンプして両足を打ちつけるんじゃなかったっけ?イワン・プトロフの王子はそうしていたが。ボネッリは、細かい振りは忘れたが、後ろ向きにジャンプして、両足を揃えて跳んで回転し、最後は片脚だけで回転していた気がする。なんか地味な登場の仕方だな。

17日のボネッリは調子がよくなく、回転していて足元がグラついたりしていた。が、最終出演日である19日はとても安定していて、脚を真横に伸ばした大きな回転なども終始安定していた。ゆったりとした上品で優雅な仕草で丁寧に踊る「ロイヤル・スタイル」も復活していた。

突然、道化が新たな招待客の到着を告げる。招待客たちは一斉に両手を広げて「誰だろう?」という仕草をする。だが王子は腕を伸ばして差し出し、「お通しするように」と言いつける。音楽が静かなものになる。星の精たち、続いて四季の精たちが現れる。四季の精たちは膝丈スカートの衣装から、短いスカートのチュチュに着替えている(色合いは同じ)。

そして、舞台奥の階段の上に、透けた淡い虹色のマントの裾を長く引き、下に純白のチュチュをまとったシンデレラが現れる。道化と王子の友人たちが迎えに出て、シンデレラの手を取る。シンデレラはゆっくりと歩いている。それもそのはず、シンデレラはポワントで歩いていたのだ。王子はシンデレラの美しさに打たれ、思わず階段を駆け上って、自らがシンデレラの手を取る。

コジョカルはボネッリに片手を取られながら、ポワントでゆっくりと階段を下りる。だが、その顔は真っ直ぐに前を見つめていて、足元に目を落とすことはない。コジョカルは顔を上げて前を見つめたままである。彼女の表情を見てはっとした。コジョカルは目を潤ませ、今にも泣き出しそうな、嬉しそうな顔をしていた。憧れの舞踏会に来られたシンデレラが純粋に感動しているのがありありと伝わってきた。

舞台の前面まで歩いてくると、感動した面持ちで前を見つめていたシンデレラは、ようやく自分が王子に手を取られていることに気づき、あわてて膝を折ってお辞儀をする。王子はあらためて彼女の美しさに見とれる。

星の精たちが「グランド・ワルツ」を踊り始める。踊る精たちの中で、王子はシンデレラを追いかけるが、シンデレラは精たちの間を縫って、王子を焦らすように逃げてしまう。王子はシンデレラをなんとか引き止めると一緒に踊る。しかしシンデレラは王子とほんの少し踊ると姿を消す。

こうして星の精たちが踊る中で、王子とシンデレラは、交差するたびに踊ってはまた離れる、ということを繰り返す。途中から星の精たちに混じって、四季の精と王子の友人たちも加わって「グランド・ワルツ」を踊る。王子はシンデレラを肩の上に持ち上げ、左右を向いてゆっくりと揺らす。その周りを星の精たちと四季の精たちが囲んで祝福する。

シンデレラの踊り。細かい足さばきによると爪先を小刻みに動かすステップ、左右両方向へのアティチュードでの回転、アラベスクでのキープなど、コジョカルはひとつひとつの振りをキレよく正確に踊っていた。特に彼女のアラベスクを観た途端、ああ、ロイヤル・バレエだなあ、と思った。身体を前斜めに突き立てるようにして立ち、手足は直線的に伸ばす。ビシッ、とした印象のポーズである。

最後、コジョカルは物凄い速さで、片足で回転しては両足で回転しながら舞台を一周し、次にはなんと、更に速度を増しながら、軽い半回転ジャンプを織り込んで、両足で回転しながら舞台を再び一周した。ここまでやられては文句も出ない。コジョカルのソロが終わった途端、大きな拍手とブラボー・コールの嵐となった。

王子の踊り。17日のボネッリは調子が悪く、ジャンプは重たくて高さが出ず、着地はグラつき、回転はバランスを崩して足元が揺れるなど不安定だった。だが19日は復調して、コジョカルほどすばらしくはなかったが、ひとつひとつの振りを堂々とした態度で丁寧に踊っていた。

王子とシンデレラが平べったい籠を持った小姓を間に挟んで階段を下りてくる。この小姓は子どもさんで、顔を金粉で金ピカに塗りたくられており、ターバンを巻いてオリエンタルな衣装を着ている。王子は籠の中から大きなオレンジを手に取ると、それをシンデレラに手渡す。プログラムによると、オレンジはこの国では珍しい果物なのだそうだ。

その様をシンデレラの義理の姉たちが羨ましそうに見つめている。シンデレラはそれに気づくと、籠に盛られていた大きなオレンジを下の姉に惜しげもなく渡す。いつのまにか招待客たちも集まってきており、よく見ると彼らの全員がオレンジを手にしている。このためだけに、これだけ大量の作り物のオレンジを用意したのかあ。王子は上の姉にもオレンジを渡す。

しかし、上の姉は下の姉が手にしているオレンジのほうが大きいのを見ると、それを強奪して自分が持っていた小さなオレンジと無理やり交換する。上の姉と下の姉は大小2つのオレンジをお手玉のようにお互いに投げあうと腕を組んで横に並び、脚を前に大きく蹴り上げてハードル越えのようなステップを踏んで「オレンジの踊り」を踊る。

物足りなかったのは、オレンジを落とさないように慎重に済ませたために、お手玉の高さが足りなかったことと、マシモ・アクリと篠原聖一のステップがあまり合っていなくて、更に脚の上がり具合も足りなくて、飛び跳ねるような音楽に負けてしまっていたことである。まあ、よっぽどの芸達者でないと、この踊りでウケをとるのは難しいのかもしれない。

王子は再び姿を消したシンデレラを探して、招待客たちに尋ねてまわる。だが誰も知らないという仕草をするばかり。だが、悄然とする王子の後ろからシンデレラが姿を現わす。いつしか誰もいなくなった広間で、王子とシンデレラはパ・ド・ドゥを踊る。

17日はボネッリのサポートやリフトがあまりうまくいっていなかったが、19日はボネッリとコジョカルのタイミングがあってすばらしいパ・ド・ドゥとなった。ゆっくりした音楽に合わせた振付で、アダージョにはありがちな振付だったが、特にバレリーナの脚のポーズの美しさを強調した振りが印象的だった。ボネッリがコジョカルを高く持ち上げると、コジョカルは両脚を緩やかに開いて爪先を打ちつけたり、両脚を外側に折り曲げて爪先を交差させて平べったい菱型を形作ったり、また両脚を上下に重ね合わせて真っ直ぐ前に伸ばしたり。

ロイヤル・バレエ独特の鋭角的なアラベスクも再びこのパ・ド・ドゥで目にすることができた。ボネッリがコジョカルの腰を支えてスピーディーに回して止めると、コジョカルはそのタイミングを逃さずに、アラベスクをキレよくビシッと何度も決めていく。またボネッリに手を取られた状態で、コジョカルは片脚を軸にしてもう片脚を後ろに伸ばし、180度以上も開脚した。

あとは、王子がシンデレラの腰を支えようと伸ばした手からすり抜けて、シンデレラが王子の周りを両足を揃えて回転しながら一周する。ここは音楽と踊りのイメージがバッチリと合っていてすばらしかった。最後はシンデレラが王子に支えられながら、体を前後に重ねたポーズで静止した。ボネッリとコジョカルの手足が互いに絶妙な角度で伸びていて美しい。客席から大きな拍手と喝采が飛んだ。

再び「ワルツ」が始まる。シンデレラと王子はすっかり踊りに夢中になって、お互いの腰に手をまわしてくるくると回る。音楽が徐々に高まっていき、最高に達したその瞬間、突然「時計の情景」の音楽が流れ、時計の鐘の音が大きく響きわたる。シンデレラはそれを聞くとうろたえた表情になり、あわてて王子から身を離す。12時をさした大きな時計の絵が描かれた紗幕が下りてくる。

シンデレラは人々にぶつかりながら逃げ惑うが、舞台奥の中央でその姿がふっと消える。すると、代わりに灰色のボロボロのドレスを身につけた少女が、階段を駆け上がっていく。少女は履いていた靴の片方が脱げてしまう。が、拾うに拾えず、元の姿に戻ったシンデレラはそのまま走り去っていってしまう。

王子はその少女、シンデレラの後を追いかけて階段を上り、シンデレラの履いていた靴の片方を見つけて拾い上げる。王子は片手を高々とさし上げて、絶対にあの美しい少女を見つけてみせると誓う。第二幕が終わる。

ちなみに、こんなことを書くのは我ながら無粋だと思うのですが、それでもやっぱり気になります。白いチュチュを着たシンデレラと、灰色のボロボロドレスを着たシンデレラ(を演ずる別のダンサー)は、どうやって一瞬の間に入れ替わるのか?これはですね、舞台は招待客でごったがえしているのですが、長いロングドレスを着ている女性ダンサーの一群がドレスの裾を手でつまんで広げ、舞台の奥が見えないように遮りながら、左右からやって来ます。

その陰に隠れて、灰色のボロボロドレスを着たシンデレラ役のダンサーが、こっそりと舞台左袖から舞台中央に移動してきます。左右の女性ダンサーたちの列が重なった瞬間に、白いチュチュを着たシンデレラは、やはり群舞の女性ダンサーが広げたドレスの陰を、身を伏せて一気に走り抜け、舞台右袖に消えるわけです。そのときには、灰色のボロボロドレスを着たシンデレラ役のダンサーが階段を駆け上がっているので、観客の注意はそちらに向きます。だから一瞬で衣装が変わったように見えるわけです。


(3)

第三幕。舞台前面には時計の幕が下ろされたまま。その前を、灰色のボロボロドレスを着たシンデレラ(これは本物のコジョカル)が、あわてて逃げていく。その後には招待客たちがケンカしたり、イチャイチャしたりと、色んな人間模様(?)を見せながら帰途につき、また義理の姉たちがウェリントン、ナポレオンとちゃっかり腕を組んで、また道化が脚を前に思いっきり蹴り上げながら走っていって、最後には黒いマントを肩にかけた王子がシンデレラの後を追う。

やがて幕が上がる。そこはシンデレラの家。シンデレラは暖炉の前で、低い椅子にもたれて座り込んで眠っている。やがて目覚めたシンデレラは、不思議そうに辺りを見わたす。お城の舞踏会に行った、あれは夢だったのだろうか?

シンデレラはお城の舞踏会を思い出し、仙女が現れたときと同じく、両足を細かく交差させながら舞台を移動する。そして夢の余韻を楽しむ感じで微笑みながら箒を持ち、お城で踊ったのと同じ踊りを踊ってみる。コジョカルは第二幕でのソロと同じように、爪先を細かく動かすステップを踏み、両足を揃えて回転しながら速いスピードで舞台を一周する。灰色のドレスの裾がひらひらと翻り、すごい迫力がある。

だがシンデレラは舞台の端まで来ると、いきなりバッタリと倒れて泣き伏す。あれは一時の夢、もう二度と叶うことはない。シンデレラはドレスのポケットを探り、片方しかないガラスの靴をしみじみと眺める。

そこへ義理の姉たちが浮かれて帰ってくる。シンデレラはあわててガラスの靴をポケットにねじ込むと、いそいそと家事をする。姉たちは舞踏会の様子をシンデレラに得意げに語る。シンデレラは何も知らないような顔をして姉たちの話を聞く。

シンデレラが手伝って、姉たちは堅苦しいドレスを脱いで下着姿になる。この下着姿がまた笑える。派手な色合いのコルセットをつけて、ちょうちんブルマーみたいなペチコートを穿いている。下の姉は更にクリノリン(ドレスにふくらみをもたせる骨組み)をつけており、それがまた奇妙でおかしい。

そこに、父親があわてふためいた様子で入ってくる。父親は頭の上に片手で王冠の形をかたち作り、王子がやって来たと娘たちに告げる。義理の姉たちはあわててドレスにまた着替えなおそうとするが、互いのドレスを間違えて着てしまい、特に上の姉は体がデカすぎて下の妹のドレスが入らず、体をねじ込もうと悪戦苦闘する。取り違えに気づいた姉たちはようやく自分のドレスに体を入れるが、背中のボタンを留めないうちに王子たちが来てしまう。

王子は道化や家来たちを引き連れている。ボネッリは姿を現わすと、堂々とした態度で大きなジャンプを決め、更に片脚をさっと上げて何回もゆっくりと回転した後、両足を前後に交差させた状態で美しく止まる。ボネッリ、最後の最後でやっと王子らしく決めてくれたわ。

王子の登場に義理の姉たちはすっかり浮き足立つ。上の姉は王子に手に接吻されると、ドレスの背中の留め金が外れているのを忘れて、両手を頬に当ててきゃっきゃっ、と喜ぶ(念を押しておくが彼女たちの役は男性ダンサーが演じている)。と、ドレスがすとん、と床に落ちて下着が丸見えになる。王子は汚いものを見てしまった、という嫌そうな表情で(笑)目をそむける。上の姉はあわててドレスを拾い上げて再び身につける。

王子はガラスの靴の片方を出して、舞踏会でこの靴を履いていた美しい女性を探していることを告げる。姉たちは次々とそれは自分だと言い張り、さっそくその靴を履いてみることにする。道化が脚の低いソファーを持ち出して、最初に下の姉に靴を履かせる。だが爪先が辛うじて入るだけである。下の姉は踏ん張って必死で足をねじ込もうとする。王子はもうよい、という仕草で、次に上の姉に靴を履かせる。シンデレラは部屋の隅に立ってその様子を黙って見つめている。

上の姉は道化が差し出したソファーを足でバン、と踏みつけて床に置く。道化はその勢いでずっこける。小さなガラスの靴は姉のデカ足にももちろん合わない。しかし上の姉はガラスの靴に爪先を突っ込み、爪先をソファーに打ち付けて無理やり入れようとする。あまりに凄まじい勢いにソファーがガタガタと大きな音を立てる。この演技が音楽と合っていて余計におかしい。

王子は止めようとするが、上の姉はごまかし笑いを浮かべながら「ちょっと待って」と手で制し、やがて左右の者に脇を支えさせて、無理やり爪先を突っ込んだガラスの靴で歩いてみせる。

そこではじめて、シンデレラは歩み出ると、ポケットからもう片方のガラスの靴を取り出して王子の目の前の床に置く。呆然とする義理の姉たち。王子は上の姉の足からガラスの靴を脱がせようとするが、力任せに足をねじ込んだせいでなかなか脱げない。王子は何度も踏ん張った末にようやく上の姉から靴を奪い返す。必死に靴を脱がせようとするボネッリの演技に観客は大笑い。

王子はシンデレラの顔をしみじみと見つめると、シンデレラの頬を軽く撫で、半ば確信したような表情でシンデレラにガラスの靴を履かせる。シンデレラの足はガラスの靴の中にすんなりと収まる。ガラスの靴を履いて立ち上がったシンデレラと王子は手を取り合って見つめあう。

義理の姉たちはそれを見て意気消沈する。しかし、諦めがついたのか、義理の姉たちは次々とシンデレラと抱擁を交わしてシンデレラを祝福する。ロイヤル・バレエの公演では、姉たちは諦めた様子で肩を落とし、静かに姿を消すだけであった。だから今回のこの演出は、義理の姉たちとシンデレラとの仲も良くなったことが分かって、とてもよかったと思う。

19日はちょっと感動的だった。自分に駆け寄ったアリーナ・コジョカルを、上の姉を演じたマシモ・アクリはがっしりと抱きしめて上に持ち上げ、彼女を床に下ろすとコジョカルの頬にキスをした。コジョカルは次に下の姉を演じた篠原聖一に駆け寄り、篠原聖一もコジョカルと深々と抱き合うと、彼らはお互いの両頬にキスをした。17日の演技とは明らかに感情の込め方が違っていた。互いに思わず感極まったのだろう。

それでもがっくりと肩を落とす下の姉を、道化がここぞとばかりにからかってバカにする。その後ろから上の姉が近づき、道化をどついて追い払うと、下の姉を庇って去っていく。上の姉は暴君ではあるが、結局は妹思いの性格なのであった。

部屋にはシンデレラと王子だけが残され、ふたりは手を取り合って見つめあう。そんな二人の前に、突然仙女が現れる。仙女にお辞儀をするシンデレラと王子。仙女は微笑みながらふたりを見つめる。

舞台が真っ暗になる。すると、舞台の奥に星の精たちが手に持った灯りが次々とともっていく。そして舞台の濃紺の背景が一面の星空となり、星々の光がまたたく。あまりに美しい光景で、美しい音楽と相まって、思わず涙が出そうになった。

舞台が再び明るくなると、そこには星の精たちと四季の精たちが佇んでいる。そして仙女が現れると、杖でさし招く仕草をする。すると、結婚式のケープをまとった王子とシンデレラが両脇から姿を現わす。シンデレラはケープの下に白いチュチュを着てティアラを付けている。

仙女の前で、王子とシンデレラは互いにひざまづいてお辞儀をする。仙女はふたりを祝福する。小姓たちが王子とシンデレラのケープを取り外し、王子とシンデレラは一緒に踊る。ボネッリは頭上高くコジョカルを持ち上げると、そのまま奥の階段を下りて舞台の前面まで来て、そこでようやくコジョカルを床に下ろす。ボネッリの腕はグラつかないし、コジョカルのポーズも崩れない。

あとは、回転するコジョカルの腰をボネッリが支えたり、またボネッリがアティチュードの姿勢で静止したコジョカルの手を離し、コジョカルがバランスを保ったり、コジョカルが片足ポワントで立ったまま、もう片脚を様々な形に変えて、最後はほとんど180度も開いたアラベスクをしたりする。だが最後、シンデレラと王子はふと踊るのを止め、お互いに手を取って幸せそうに見つめあう。

仙女、四季の精、王子の友人たち、星の精たちが見守る中、王子とシンデレラは寄り添って舞台の奥に歩いて行く。ふたりは奥の階段を上がる。天からは金の粉か降ってきらきらと輝いている。王子とシンデレラはその下で互いに身を寄せ合う。幕が下りる。

(2006年12月22日)


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