Club Pelican

NOTE

ガイズ・アンド・ドールズ
(“Guys and Dolls”)

(2006年8月16〜19日、ピカデリー・シアター、ロンドン)


(1)

三月に比べて、クーパー君のスカイはどう進歩しているかな〜、と思って、再びロンドンのピカデリー劇場へと出かけた。主役4人、ネイサン、アデレイド、スカイ、サラのうち、七月にネイサンとアデレイド役がキャスト・チェンジされ、ネイサンは有名俳優のパトリック・スウェイジ(Patrick Sweyze)、アデレイドはクレア・スウィーニー(Claire Sweeney)が担当することになった。その他の主だったキャストには特に変更はなく、三月に観たときと同じ面々だった。

クーパー君も見られるばかりか、ハリウッド俳優のパトリック・スウェイジを生で見られるなんて♪と楽しみにしていた。だがスウェイジは休演することが多く、私が観た4回の公演のうち、スウェイジが出演したのはたった1回だった。失望も手伝って、だから甘やかされてワガママになったハリウッド俳優はなっとらん、とちょびっと憤慨もした。

でも考えるに、スウェイジの出演開始が当初の予定より遅れたこと、また彼の出演期間が延長されている(クーパー君の出演期間もそれに付き合って?延長されている)ことから、たぶんスウェイジはケガをしていたのだろう。それで1回出演すると数日休んでまた1回出演、というふうに、ケガをごまかしながら公演をこなしていたのだと思う。

スウェイジはやはり絶大な人気があり、彼が出演した日の終演後はすごかった。ピカデリー劇場の楽屋口から人の波が道路の両脇に沿ってずっと伸びているのだ。私はピカデリー劇場の隣のパブで酒をかっくらっていたので見ていないが、彼が楽屋口から現れたらしい時には、ワーッという大きな歓声が道路のほうから聞こえてきた。

舞台でも、スウェイジが登場した途端に大喝采が湧き起こったので、クーパー君ファンの私は心中おもしろくなかった。でも知名度でいえば、パトリック・スウェイジとアダム・クーパーとでは最初から勝負にならない。これが現実だ。頭では分かっているが、でもやっぱりおもしろくないぞ。ふんっ!

貴重な目撃経験となったパトリック・スウェイジ演ずるネイサン・デトロイトであるが、まず演技が全体的にとてもユーモラスで笑えた。ホット・ボックスでアデレイド率いる踊り子たちのショウが終わった後、ネイサンはアデレイドたちが歌っていた“Bushel and a Peck”を小さな声で歌う。他のネイサン役の人は椅子に座ってつぶやくように歌っていたが、スウェイジは両手をひらひらと大仰に振って踊りながら歌い、観客を爆笑させていた。なるほど、こういう小さなアドリブ一つでも、大きなウケを取れる。さすがはベテラン俳優、と感心した。

というか、スウェイジの演技を見ていると、なぜか「ハイランド・フリング」でのウィル・ケンプの演技を思い出すのだ。よく言えばプロっぽくて、悪く言えば場慣れしていて小器用な、いかにもショウビズ界的な演技、という感じがどうしてもしてしまう。

スウェイジの歌声は、といってもあまり歌わない(“The Oldest Established”、“Adelaide”、“Sue Me”のみ)が、力みがなく自然で素朴な感じであった。「あ〜♪」というつるつるした美声ではないが、とても余裕があってしゃべるように歌う。彼はブロードウェイ出身の俳優だそうで、舞台はもともとお手のものなのである。ちなみにミュージカル版「ガイズ・アンド・ドールズ」のネイサンが、なぜあまり歌わないのかというと、それはブロードウェイでこのミュージカルが初演されたとき、ネイサン役を担当した俳優が音痴だったからだそうである。そもそも、なぜ音痴の俳優に、映画でフランク・シナトラが演じた役をやらせたのかが疑問だが。

スウェイジのネイサンはひょうきんで軽いお調子者という雰囲気で、これがクレア・スウィーニー演ずるアデレイドと合っていた。スウィーニーのアデレイドは、ふんわりしたセミロングの金髪でお色気いっぱいに振る舞い、また明るくユーモアにあふれた性格である。

3月に観たときのネイサン(Neil Morrissey)のキャラはどことなく気弱で情けない感じで、アデレイド(Sally Ann Triplett)も基本的には真面目なしっかり者であった。だが、スウィーニーのアデレイドとスウェイジのネイサンは、とにかく徹底して明るく能天気、ついでに濃密にイチャイチャしまくるカップルである。同じ登場人物でも、演じる人によってこんなにキャラが違くなるのね〜、と新鮮だった。

クレア・スウィーニーはとびきりの美人とは言いがたいが(プログラムのキャスト紹介写真は上手に撮れている)、とにかく表情が豊かで演技もツボをよく心得ており、また優れた歌唱力を持っていて、更にダンスもできる。彼女の演技は面白くてとにかく笑えたし、特に彼女の歌は非常にすばらしくて、声音や歌い方を自由自在に変えながら、豊かな声量で実に巧みに歌っていた。

彼女は背が高くやや大柄で、豊満な体つきをしていて巨乳である。スウィーニーのアデレイドのキャラ作りはそれを生かしたのだろう。“Bushel and a Peck”を歌いながら、手を自分の胸から腰、更にアブない箇所に這わせていって、その途端に「あら、アタシったらはしたない」という顔をして悪戯っぽく笑う。“Take Back Your Mink”で、上半身裸で背を向けてステージの奥に引っ込んでいくシーンなんて、後ろ姿でもムネのふくらみが見えちゃって、それが見事に丸くて大きく、しかもぶるんぶるんと波打っている(シミー〔胸振りダンス〕をしているので)。

“Take Back Your Mink”で、「あなたが私からすべてを取り上げようとしているなんて、まるで悪夢のようだわ!」と歌った後、スウィーニーはストールで身を包んで、猫のような悲鳴を絶え間なく上げ、それから急に甘えた声音で色っぽく“So”とささやき、再び“Take back your mink!Take back your pearls!”と歌う。これもすごく可笑しかった。

サイコロ賭博に夢中のネイサンとアデレイドが大ゲンカになったシーンで、ネイサンはアデレイドをなだめて、「さあ、笑って」と言い、うつむいた彼女の顔を持ち上げる。ところがアデレイドは、頬をふくらませたぶーたれた顔でネイサンを睨みつける。スウィーニーのその表情が可愛くておかしくて、観客は大笑いしていた。

パトリック・スウェイジが休演すると、ネイサン役は本来はベニー役のファースト・キャストであるSebastien Torkia(発音が分からない)が代役を務めた。あまりにスウェイジが休むものだから、ネイサン役としてはSebastien Torkiaのほうが、私にとっては馴染み深くなってしまった。この人もすごい歌唱力の持ち主なので、できればナイスリー役のMartyn Ellisと“Fugue for Tinhorns”や、タイトル・ナンバーである“Guys and Dolls”を歌ってほしかったが仕方がない。

Sebastien Torkiaのネイサンも味があって、気弱でアデレイドには真っ向から逆らえず、のらりくらりと逃げてばかりの、情けないネイサンを演じていた。下水道でのサイコロ賭博が終わって、下水道管から路上に出てくるとき、事情を察してマンホールの上で待ち構えていたアデレイドと顔を合わせた途端、ネイサンは驚いて「あっ!」と叫び、再び下水道管の中に頭を引っ込める。この気弱な仕草が笑えた。でもアデレイドとイチャイチャしているとき、Torkiaがスウィーニーのお尻をやたらと撫で回していたのが気になったが。

パトリック・スウェイジの休演はいつも当日になって発表されたので、「スウェイジ休演」の貼り紙を見た観客たちは残念がっていたが、だからといって会場の熱気が盛り下がることはなかった。結果として、スウェイジがほとんど出なかったことは、私にとってはよかったと思う。スウェイジがいなくても公演は大いに盛り上がったし、カーテン・コールも拍手喝采の嵐だったから、「どーせクーパー君はスウェイジにはかなわないわよ」とイジケないで済んだ。

ちなみにSebastien Torkiaはスカイ役のアンダースタディでもある。よって彼は、ベニー、ネイサン、スカイという、いずれもセリフの多い3役を全部こなすことができるすごい人である。スカイには割と長いダンスのシーンもあるから、彼はダンスも相当にできるはずだ。ウエスト・エンドのミュージカル役者は層が厚いですね。

三月と比べると、パフォーマンスがほとんど変わらない人もいれば、ちょっとした工夫をするようになった人もいて、また大きく変わった人もいる。ナイスリー役のマーティン・エリスは相変わらずの名(迷?)演技と美声で、やはりすばらしいミュージカル役者である。“Fugue for Tinhorns”、“Guys and Dolls”、そしてなんといっても、ラストの“Sit Down You're Rockin' the Boat”は、何度観ても聴いても圧巻である。彼もまた「ガイズ・アンド・ドールズ」の人気を支えている重要なキャストだ。

マーティン・エリスは愛嬌のあるお人好しそうな顔立ちをしていて、体型もぷくぷくしていてかわいい。“Sit Down You're Rockin' the Boat”を歌う前に、ビビリながらこわばった笑いを浮かべるところも見物で、最初は音程をわざと外した弱々しい歌声なのが、途中からいきなり力強い歌声になって会場中にビンビンに響き渡る。

太っちょな体型のせいもあって、さすがに他の役のアンダースタディは割り振られていないが、マーティン・エリスはそのすばらしい歌だけで充分だ。またロンドンに行く機会があったら、すでにクーパー君が出演していないとしても、マーティン・エリスの歌、特に“Sit Down You're Rockin' the Boat”を聴きに行きたいと思っている(と思ったら、九月になってキャスト・チェンジがあり、マーティン・エリスは降板した。残念無念)。

演技にちょっとした工夫を凝らした人には、ブラニガン警部補役のJo Serviがいる。三月の時点ではどちらかというと厳しくてお堅いキャラだったが、今回はユーモアのある演技を織り交ぜていた。勢ぞろいしたギャンブラーたちが、仲間の目印として赤いカーネーションを胸に飾っているのを見咎めたブラニガン警部補がその香りを嗅ぐシーンで、Jo Serviは三月の公演では渋みのある低い声で“Lovely!”と皮肉っぽく言っていたのが、今回はふざけた感じの裏声で「ラブリ〜♪」と言っていて可笑しかった。

また、アデレイドが働いているクラブ、ホット・ボックスのMCを演じているDominic Watsonも、三月より更にお笑い度がパワーアップした。目を大きく見開いた奇妙な表情で、大仰なセリフ回しで早口でまくしたてるので、三月の公演でも、観客は彼が出てくるたびにクスクスと笑っていたのだが、今回は丸メガネをかけ、三月より輪をかけた大げさな口調でアデレイドのショウを紹介するので、観客は大笑いしていた。

ドミニック・ワトソンはナイスリーのアンダースタディでもあって、マーティン・エリスが休演したときにはナイスリー役で出演した。彼もやはり優れた歌唱力を持つ人だが、正直言って、彼のナイスリーはどこか物足りず、ナイスリー役はやっぱりマーティン・エリスがいいな、と思った。

長丁場の公演のせいか、私が観に行った4日間で、キャストの変更がしょっちゅうあった。理由はいつも「体調不良により」で、本当かそれとも単なる休暇なのかは分からない。三月の公演はファースト・キャストの休演がほとんどなかったが、今回はアンダースタディが活躍したため、違うキャストで公演を楽しむことができた。

ただ、ビッグ・ジューリのファースト・キャストであるNick Cavaliereが休演したとき、ハリー役のファースト・キャストであるRobbie Scotcherが、ビッグ・ジューリ役を担当した。驚いたことに、ビッグ・ジューリのアンダースタディは、Robbie ScotcherとTaylor James(ハバナ・ボーイ役のファースト・キャスト)で、これははっきり言ってミスキャストだ。ビッグ・ジューリはやはりNick Cavaliereでないと似合わない。

Robbie ScotcherとTaylor Jamesは、ともに背が高くて大柄なのである。Nick Cavaliereのビッグ・ジューリは、名前(Big Jule)とは裏腹に小柄でコロコロした体型のくせに、カーネーションを弄びながら、マフィアのボス然とした気取った表情で出てくるので、登場しただけで観客の笑いを誘えるのである。

Robbie Scotcherが休演したとき、ハリー役のアンダースタディであるTaylor Jamesがハリー役を担当したが、彼は長いダンスを踊るハバナ・ボーイを演じていることから分かるように、本来はダンス畑の人だと思う。ハリーもセリフが多い役だが、Taylor Jamesのセリフ回しはぎこちなく、ちょっと大根演技であった。

キャストの休演が相次いだのは、三月から連日公演を行なってきて、どのキャストもそろそろ疲れがたまってきていたのだろう。普段は安定した力強い歌声のマーティン・エリスでさえ、時おり歌声がかすれてしまい、サラ・ブラウン役のKelly Priceも音程を外したり、やはり声がかすれた時があった。

私が観た4公演のうち、パトリック・スウェイジ以外にも、マーティン・エリス、Nick Cavaliere、Robbie Scotcher、Taylor James、カートライト将軍役のGaye Brownがちょこちょこと休演し、主だったキャストで生真面目に出演し続けたのは、サラ役のケリー・プライス、アデレイド役のクレア・スウィーニー、そしてスカイ・マスターソン役のアダム・クーパーであった。

三月に比べてパフォーマンスが飛躍的に進歩したのは、これは自信を持って言わせてもらうが、一番はケリー・プライス、二番はアダム・クーパーである。

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(2)

パトリック・スウェイジが舞台上に登場したとき、客席から一斉に拍手喝采が湧き起こったが、クーパー君が登場したときだって、(小さかったけど)拍手が起きたんだもん!折しも時は八月、世界のほとんどの国が夏休み。世界各国からやって来たアダム・クーパー・ファンの仕業だったに違いない。

サラをハバナに連れ出せるかどうか、ネイサンと賭けをする破目になったスカイが、救世軍の教会(といっても、大きな机の前に長椅子がいくつか並べてあるだけ)を訪れる。スカイはサラを口説くために、殊勝な様子で「ここは罪人のための場所ですか?」と言うなり、手で顔を覆ってワザとらしく「おうっおうっおうっ」と泣き崩れ、やがて顔を上げて「僕の心は罪の重さに押しつぶされそうです!」と必死の形相で叫ぶ。観客は大爆笑。クーパー君はお笑いも向いているから、普段のスカイのクールでちょいワルな雰囲気との落差が大きくて余計に笑える。アーバイドに対しては嘆いてみせ、その隙を縫ってサラを下心みえみえな目つきで、上目遣いに盗み見するクーパー君の横顔がこれまた可笑しいの。いかにもちゃっかりしている感じで。

サラとふたりきりになると、スカイは再び変貌。両手をポケットに入れたまま、カッコつけた表情でサラにゆっくりとにじり寄り、彼女をじっと見つめて顔を近づける。こういう女たらしな演技もクーパー君の得意とするところである。でもなんか笑えて、迫るスカイとうろたえて逃げ回るサラの姿に、会場から絶え間なくクスクス笑いが起こっていた。スカイは救世軍の教会がさびれていることを指摘して、サラに自分と一緒にハバナに食事に行くならば、この教会に「罪人1ダース」を連れてこよう、と提案する。

ここのシーンで、サラが驚いて「なぜ私と一緒に食事を?」と尋ねると、スカイは「俺は腹が減っているんだ(“I'm hungry.”)」と答える。クーパー君のこのセリフで観客はやたらと爆笑していたが、これの何がそんなに笑えるのか?こういうときは笑いのツボの違いを実感する。

サラが自分の理想の男性を語る“I'll Know”を歌い出す。途中でスカイが相の手を入れるように歌うが、クーパー君のやや苦手とする低音で占められているにも関わらず、彼は自然につぶやくように歌ってみせた。あら、クーパー君ったら、三月よりも歌が上手になっている。

サラが歌い終えると、今度はスカイが自分の恋について歌い始める。出だしはやはり低音が多いが、やっぱり上手だ。スカイが自分の恋は“chemistry”だと歌うと、サラが“Chemistry?”と聞き返す。スカイは低い声でゆっくりと“Yes, chemistry.”とささやく。このセリフの言い方がカッコよかった。それからは高音の入ったメロディとなるが、クーパー君の、聖歌隊の少年がそのまま大人になったような、この真っ直ぐな歌い方は、もはや彼の持ち味であり、いっそ爽やかでさえある。

スカイとサラが向かい合って“I'll Know”を歌い終えると同時に、スカイはサラを抱きすくめて長〜いキスをする。すると、会場から「ヒュー!」と囃したてる声が盛んに飛んで、これには思わず噴き出してしまった。アダム・クーパーのことを知っている人々なのかそうでないのか、とにかく、「スカイ役のこの俳優は男前だ」という観客の共通認識があってこその現象だったと思われる。

第一幕最大の見せ場はやはり「ハバナ・ダンス」である。クーパー君はこのシーンから黒のダブルのスーツ姿で登場する。前にも書いたような記憶があるが、やっぱり黒のスーツのほうが、彼のすらっとした体型や姿勢の良さが強調されてステキである。特に上着を脱いだときには、クーパー君の首から肩、背中にかけてのラインの端正な美しさに見とれた。ポマードできれいに撫でつけた髪もカッコいい。洗練された大人の男という感じである(バクチ打ちだけど)。

スカイはサラを騙して(?)ラム酒の入ったミルク・カクテルを飲ませる。おいしいと驚嘆するサラは、中に何が入っているのかと尋ねる。スカイはそ知らぬ体を装い、カウンターの横で繰り広げられているダンスに目を移して、さりげなく「バカルディ(ラム酒の銘柄)」とつぶやく。クーパー君の白々しくも気まずそうな表情が笑えた。

音楽が陽気なものになり、すっかり酔っぱらったサラは、カウンター席から下りてフロアで踊り出す。その時にサラは上着を脱いでスカイに投げつける。ケリー・プライスとクーパー君のパートナーシップは強固なものになっていた(笑)。プライスは上着をクーパー君の顔面に投げつけ、上着がクーパー君の頭をすっぽりと覆ってしまう。このスカイのマヌケな姿がすごく可笑しかった。

「ハバナ・ダンス」の音楽は、救世軍が歌っている“Follow the Fold”をラテン音楽風にアレンジしたもので、観客の中には「賛美歌をあんなふうに変えるなんて罪だわ」と言っている人もいた。

サラがフロアで踊っている間、クーパー君はカウンター席に座ったまま、陽気な音楽に合わせてカウンターを両手で叩いてリズムをとっていた。そのときのクーパー君は、楽しそうな笑顔を浮かべた横顔を見せていて、ああ、彼はこの舞台に出ているのが本当に楽しいんだな、と思った。

嬉しかったのは、この「ハバナ・ダンス」のシーンで、クーパー君が踊るシーンが少しばかり増やされていたことである。足元のよろめいたサラをハバナ・ボーイが受け止め、サラは彼にお礼を言ってその頬にキスをする。それを見ていたハバナ・ボーイの恋人、ハバナ・ガールが嫉妬に駆られて大激怒、あてつけにスカイの腕を引き寄せて自分と踊らせる。

ここからクーパー君のダンス力と音楽性の高さが発揮される。ハバナ・ガールにいきなり腕を引っ張られて、スカイが一瞬のけぞるのだが、それがすでに音楽に合っていて、のけぞるタイミングも姿勢も良く、立派な踊りになっているのである。それから間髪いれずにハバナ・ガールの片脚を持ち上げたまま回転する。その回転のキレが良くて、更に速度も一定しており、ハバナ・ガールの回転する脚の高さも水平を保っている。最後にはハバナ・ガールの片脚を肩に引っかけて静止するが、観客はここで驚嘆の声を漏らしていた。

「ハバナ・ダンス」の音楽が途中から“I'll Know”をアレンジしたものに変わる。男女がペアを組み、一斉に踊り始める。このシーンでは、ハバナ・ボーイに容赦なく振り回されて、悲鳴を上げながら必死にしがみつくサラの演技+不恰好な踊りも笑えたが、その横ではクーパー君演ずるスカイがハバナ・ガールと組んで見事に踊っていて、どうしてもそっちに目が行ってしまう。やっぱりクーパー君は、踊っているときの姿勢が断然美しいし(特に背中のライン!)、踊りのキレもいい。

こうして全員で踊ると、クーパー君の踊りの質の高さは突出していて、特にリフトやサポートが見事であった。相手役のハバナ・ガール(Ashley Hale)は背が高くてスタイルが良く、とりわけ脚線美の見事なこと。もちろん踊りも群舞の中ではダントツである。クーパー君は彼女を頭上にまで持ち上げて振り回し、その瞬間に彼女は開脚する。彼女の脚の動きが描く線は美しく、鋭くて流麗である。クーパー君のリフトの巧みさとAshley Haleのダンス能力の高さが組み合わさって、「ハバナ・ダンス」の中では最も優れた踊りとなっていた。

音楽が今度は“Sit Down You're Rockin' the Boat”をアレンジしたものになる。男性は女性と腕を組んで回りながら踊ると、女性の手を取ってその体をくるりと回して移動させ、女性は次の男性と再び腕を組んで踊る。クーパー君は次々と回ってくる女性たちを、余裕たっぷりに迎えて踊り、洗練された仕草で女性ダンサーの手を取って回転させていた。彼の表情もクールでステキだ。

ハバナ・ガールはサラへのあてつけに、スカイを斜めに倒して(クーパー君、マトリックス状態)キスをする。倒されたスカイも、ハバナ・ガールの背中に腕を回していてまんざらでもなさそうだ。クーパー君、あなたはこの舞台1回あたり、いったい何回キスをしているんですか?相手の女優さんたちが実にうらやましいぞ。サラはそれに気づくと、キスしている二人の周囲を回遊して(笑)、訝しげな顔でのぞき込む。キスしているのがスカイとハバナ・ガールだと知ったサラは、ハバナ・ガールをブン殴る。

最後はスカイ、サラ、ハバナ・ボーイ、ハバナ・ガール以外の全員が、舞台の前面に出て一斉に踊る。その後ろではサラとハバナ・ガールが激烈なケンカをしている。ハバナ・ガールに首を締め上げられたケリー・プライスの演技が三月よりも面白くなっており、白目をむいて、更には舌まで出しているのだ。そんなサラのアホ面が群舞の頭上に一瞬のあいだ飛び出て、あの顔が出るたびに観客は大笑いしていた。

ダンサーたちが各々のポーズを取って一斉に床に倒れ、「ハバナ・ダンス」が終わる。観客からはいつも盛大な拍手喝采が送られた。ダンサーたちは、表情は平静だが、胸を大きく上下させていて、観ている側は面白いものの、踊っている側はかなり大変らしいことが窺えた。ぐったりと床に伏せているダンサーたちの中で、スカイとサラだけが立ったままキスをしている。その横で歌手のおばちゃんが、ラテン風“Follow the Fold”を、愛のBGMとしてささやくように歌う。

酔っぱらったままのサラは「ヒッヒッヒッヒッ!」と奇怪な笑い声を上げながら、ガニ股になって舞台奥のバルコニーによじ登って腰かける。脚をおっさんみたいにおっぴろげて、よいしょ、とよじ登る後ろ姿が笑える。いつもの真面目ぶりはどこへやら、スカイに「大丈夫?」と聞かれたサラは、「大丈夫よお!」と笑いながら思い切りスカイをどつく。あまりの勢いによろめくスカイ。ケリー・プライスの酔っ払い演技は三月よりも吉本新喜劇化していて、クーパー君のどつかれて戸惑った表情がナイスであった。

サラはバルコニーの上に立って“If I Were a Bell”を歌う。これも三月とは歌い方が大きく違っている。仕草、声音、こぶしの利かせ方などの歌い方がいっそうユーモラスになっていたが、アレンジをきかせすぎて元のメロディが分からないくらいになってしまっている。私は三月のまだきちんとした歌い方のほうが好きだったなあ。

ここでスカイを演ずるクーパー君の演技に目を向けてみたい。スカイというのは、登場したときにはいくぶん気取ったカッコつけ男だったのが、サラを口説くためにお笑い大ウソ演技も披露する。それに加えて、サラとハバナに出かけたことで彼女に恋してしまうと、スカイはまた別の面、意外と真面目で純情であるところを見せる。

サラは酔っぱらった勢いで、「2、3日の間ここにいましょうよ」と言い出す。もちろんサラはスカイと深い仲になってもいい、というつもりなのだが、サラの言葉を聞いたスカイは、途端に真面目な表情になって「飛行機に遅れてしまう。君をニューヨークに連れ帰らないと」と言う。抗議するサラに、スカイは「いいかい、これは『賭け』だったろう?それはもう済んだんだ」と言い聞かせ、サラを担ぎ上げて無理やり帰途につく。

何が言いたいのかというと、クーパー君はスカイのいろんな面を見事に演じきっていたわけだ。相手が酔っぱらっているからといって、それに乗じて汚い真似はできない、というスカイの生真面目な一面を、いくぶん目を落としたシリアスな表情と冷静な低い声音でよく表現していた。

スカイとサラはニューヨークに帰ってくる。サラはすっかり酔いが冷めて、少し照れくさそうな顔をしている。彼女は時間が明け方に近いことを知ると、冗談まじりに「あなたの(活躍する)時間ね」とスカイに言う。スカイは笑いながらうなづくと、やがてサラを見つめながら“My Time of Day”を歌う。短い曲だけど、私はこの歌がとても好きだ。低音の多い曲だが、今回のクーパー君の歌には低音部に大きな進歩が見られ、この“My Time of Day”もすごくすてきに歌っていた。

それからスカイはふと少年のような表情になる。スカイが今まで決して見せなかった顔である。スカイはサラに、自分の本名はオブダイア(と聞こえた)・マスターソンだ、と告白し、これは誰にも言ったことがなかったけど、と照れながら言う。スカイが初めて女性に真面目に恋して、一生懸命になって自分の本名を明かすのである。クーパー君はまるで好きな女の子に告白する男の子みたいな表情をしていてほほえましかった。

スカイは静かに“I've Never Been in Love Before”を歌い始める。前にも書いたけど、この歌を歌うクーパー君の歌声は、涙が出そうになるほど美しかった。最初はわざと声量を抑えて、ゆっくりとあのきれいなメロディを歌う。この抑えた静かな出だしが実にいいのだ。観客はシーンと静まり返って彼の歌に聞き入っていた。

やがて段々と声量を上げていくんだけど、棒読みみたいに歌うんじゃなくて、緩急や強弱をつけて、表情の変化や手振りもまじえながら自分の気持ちを訴えるように歌う。本当にクーパー君は歌唱力がアップした。こういうのって、レッスンも重要だろうけど、やっぱり実際の場数をこなしてなんぼなのね。途中からサラも歌い始める。ケリー・プライスは透明感のあるきれいな歌声である。

この曲には間奏があって、スカイとサラは間奏に乗って踊る。スカイはサラと手をつないで、はじめはゆっくりしたステップを踏んで踊る。途中でサラは赤いバラの花を口に銜えて、ハバナにいたときのようにふざけて踊ろうとする。スカイはそれを優しく押しとどめ、サラの手を取り、ワルツのように優雅に回りながらサラと踊る。ハバナではハバナ・ボーイに振り回されて悲鳴を上げっぱなしだったサラは、スカイとは自然に踊ることができる。

このようにクーパー君は、歌ばかりでなく演技においても、さりげなく大きな進歩を遂げていたのであった。

これでやっと第一幕が終わり。この感想は2回で書き終えられると思ったが、やっぱり私はクーパー君が大好きなのよ。だから彼のことを語らせたら長いわよ〜ん。続きは第二幕ね。次回こそは終わるかな。

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(3)

第一幕の終わり、スカイ、サラ、夜どおしの布教から帰ってきた救世軍の一行が教会に戻ると、「警察だ〜!」の叫び声とともに見張り役のギャンブラーが教会の中に駆け込んでいく。途端に、教会の中からネイサンをはじめとするギャンブラーたちがわらわらと走り出てきて逃げていく。

夜中に誰もいなかった救世軍の教会で、ネイサンたちが賭場を開いていたことで、サラはスカイが自分たちを騙したと誤解する。アーバイドに夜どおしの布教を勧めたのはスカイだし、サラをハバナに連れ出したのもスカイだったのだから。

サラは激しい調子でスカイを責め、スカイもつい感情的になって、ふたりはケンカになってしまう。サラは「私は教会の女なのよ!」と強い口調で言い放つと、スカイのほうを振り返ることなく教会の中へ入っていく。

私とあなたは違う種類の人間なのだ、とサラにはっきり言われたスカイは、やや険しい表情で帽子をかぶって目元を隠す。背景には白い大きな満月が浮かんでいる。ダーク・スーツを着たスカイのシルエットが月の中に浮かび上がる。

何が言いたいかって、このときのクーパー君の、一見するとクールだけど、好きになった女性に誤解された心中の苦渋を感じさせる、目に辛さを滲ませた表情が良かったのだ。そして、“I've Never Been in Love Before”のメロディが流れる中、幕が両側から閉じられてくる。

幕が下りてくるタイミングを計算したかのように、クーパー君は下りてくる幕の間で、白い大きな月を背景にして帽子を目深にかぶりながら、片手をポケットに突っ込み、顔をややうつむけて立ち尽くす。そこで完全に幕が閉じられる。幕が閉じられる前のスカイの立ち姿のシルエットがとても印象的で、シルエットだけでスカイの辛い心のうちが感じられた。ちなみに、ダーク・スーツを着たクーパー君のスタイルの良さは、シルエットだけを浮かび上がらせることによって、よりいっそう目立ちました。うふ。

第二幕、アデレイドのショウが終わった後、スカイはホット・ボックス(アデレイドの勤めるクラブ)にやって来る。教会を賭場にした件で、ネイサンと話をつけようというのだ。ここでもスカイはダブルのダーク・スーツ姿である。スカイは不機嫌な様子で険しい表情をしている。クーパー君は眉を顰めた厳しい顔つきで、スカイに思わせぶりな態度で話しかけるウェイトレスをまったく相手にせず、ぶっきらぼうな口調で酒を持ってくるよう言いつける。

クーパー君のフキゲン顔がとてもカッコいいと思うのは私だけであろうか。彼は眉の下の彫りが深いので、眉を顰めて鋭い目つきをして、口元をぎゅっと結ぶと、厳しくてちょっと怖い表情ながらも、苦みばしった実に男前な顔になる。

アデレイドはネイサンがまたバクチに出かけたことを知ると、泣き出しそうな顔で「彼は約束したのよ、変わってくれるって!」とスカイに訴える。スカイは、アデレイドのこの言葉を聞いてつい声を荒げる。「『変わる』、『変わる』!?いったい君は男をどう『変えたい』んだ?ネイサンも、もちろん俺のような男も、『変わる』ことなんてできないんだ!」

なんでアデレイドの言葉でスカイがあんなに怒るのか不思議だったけど、スカイはサラにギャンブラーであることをなじられて、はじめてジレンマに陥っていたのね。他のキャストのスカイはまた違った表現になるのかもしれないけど、クーパー君のスカイは、自分がギャンブラーであることに、真剣に苛立っているという感が強かった。言葉を変えていえば、サラのことは愛しているけど、俺がカタギな人間になれるわけがない、という恐れのために、無理に自分を根っからの悪者と決めつけているというか。

「なんで他の男を選ばないんだ?」とアデレイドに尋ねたのは、バクチ打ちの自分はサラに嫌われて当たり前だ、という思いが発した問いだったのかもしれない。アデレイドは答える。「あたしはネイサンを愛しているの。あなたも誰かを愛すればきっと分かるわ。」

途端にスカイの表情が和らぐ。ずっと険しかったクーパー君の顔が緩み、優しいまなざしになって口元に笑みをたたえる。スカイは何も言わないけれど、彼がサラのことを思い浮かべているのがよく分かる。かえすがえすも、クーパー君のこういう微妙だけど雄弁な表情の変化に、もっと気をつけるべきだったわ。スカイはアデレイドの頬に優しくキスをする。不思議そうな顔をするアデレイド。スカイは帽子をかぶってホット・ボックスを後にする。

一方、サラはスカイに騙されたと思い込んでまだ怒っている。だが、叔父のアーバイドは、スカイはサラを騙したのではないと信じていて、また、サラが本心ではスカイを愛していることを知っている。そこにスカイとナイスリーが現れる。

スカイは真面目な表情でサラに近づき、今夜、約束どおりに「罪人1ダース」を連れてくると告げる。激マジな顔で、サラをまっすぐな視線で見つめるクーパー君のスカイ。彼はもう、最初に登場したときの、やたらとカッコつけるだけのギャンブラーではなくなっている。

ナイスリーがスカイを賭場に案内する。「こっちこっち」と言いながら、ナイスリーは舞台左の床にあるマンホールの蓋を開ける。今夜の賭場はなんと下水道で開かれているのだ。観客がドッと笑う。ナイスリーに続いて、スカイもその中に入っていく。

スカイがマンホールの蓋を閉じると同時に、背景の壁が上がって、場面は賭場が開かれている下水道になる。途端に“Luck Be A Lady Tonight”の音楽が威勢よく流れ、大勢のギャンブラーたちが踊り始める(「クラップ・シューターズ・ダンス」)。

振付の印象は前の感想(「名作劇場」)ですでに書いた。でも、やっぱり躍動感に溢れた力強い踊りでカッコいい。一斉に「ハッ!」というかけ声を上げながら、全員で横を向いて両の拳を握りながら、地面を強く踏みしめるようなステップを踏んだり、そのままの姿勢で駆けるように前に出てきて回転したり、両腕を上げながら全員で大きな輪を作って走ったり、これらの荒々しい振りが、“Luck Be A Lady Tonight”の小気味良いメロディとよく合っている。

途中で3人のキャストが、ギャンブラーたちの輪の中心でダイスを振る。3人目はビッグ・ジューリで、これはもう書きましたね。ビッグ・ジューリ役のNick Cavaliereは踊れないらしいから、お尻をふりふり、ストリップ・ダンスのような笑える仕草でダイスを振る。

個人的に面白かったのは、ビッグ・ジューリの前にダイスを振った2人の踊りで、彼らは明らかにダンサーだった。ところが、踊りのバックグラウンドがそれぞれ違っていた。初めにダイスを振ったキャストはコマーシャル・ダンス、次にダイスを振ったキャストはクラシック・バレエがバック・グラウンドだった。ダイスを振るこの2つの踊りの振付は、ともにクラシック・バレエの技術が基本だったが、姿勢とか動き方が違うのでなんとなく区別がついた。

最初のダンサーは片脚だけでぐるぐる回転してジャンプしてそのままスプリットして着地、だったかな?要するにピルエット→ジュテ→スプリット(と言うのか?)するわけだが、動きがバレエ・ダンサーのそれとは違って粗い。

次のダンサーは片脚を後ろにゆっくりと上げていって、ほぼ180度開脚したところでダイスを振る。要するにパンシェするのだが、彼の場合はその脚の開き方とポーズで、すぐにクラシック・バレエが背景だと分かった。なんというか、動きがクネクネむにょ〜ん、としている。

この「クラップ・シューターズ・ダンス」の最後では、また別のダンサーが、フェッテのようなピルエットを延々と続けていた。彼もコマーシャル・ダンスが背景らしかった。このように、ミュージカルに出演しているダンサーたちは、それぞれが異なるダンスのバックグラウンドを持っているのだった。

「クラップ・シューターズ・ダンス」が終わると、観客から一斉に拍手喝采が飛んだ。キャストたちの顔は平静そのものだったが、胸をわずかに上下させていて、本当は疲れて苦しいのだろうな、と察せられた。あれだけ激しい動きの踊りではね。だが、苦しさを決して客には見せないプロ根性。更に彼らの場合は、踊り終わるとすぐに芝居に戻ってセリフを言う。それらの声も実に普通でぜんぜん息苦しそうでない。

ビッグ・ジューリは負けて大損したのが悔しくて、銃でネイサンを脅して再び勝負させる。しかもイカサマのダイスを使って、ネイサンから有り金のすべてを巻き上げてしまう。ブチキレたネイサンはビッグ・ジューリにくってかかる。そのまさに一触即発な場面でスカイが現れる。

スカイは銃を持っているビッグ・ジューリを騙してぶん殴り、見事に一発で気絶させる。観客が「おお!」という笑い声を上げる。カッコいいわクーパー君、じゃなくてスカイ!ちなみに、第一幕でハバナ・ボーイを踊ったテイラー・ジェームズ君の扮するルイが、気絶したビッグ・ジューリを介抱するフリをして、こっそりとビッグ・ジューリのポケットから金を盗み取っていたのには笑いました。

スカイはギャンブラーたちに、前日の夜に彼らが賭場を開いた救世軍の教会の集会に行くよう促すが、もちろん誰もそんなところに行くつもりはない。一時はあきらめたスカイだが、ハリーの「ビッグ・ジューリの魂が救われない」という一言で、彼らの「魂」一つにつき、1,000ドルを賭けようと提案する。スカイが勝てば、ギャンブラーたちは自分の「魂」を差し出す、つまりサラの教会に行かなければならない、というわけだ。

そしてついにスカイ最大の見せ場、“Luck Be A Lady Tonight”が始まる。観ている私も緊張度MAX。クーパー君は舞台の前面に出てきて、腰を落として膝を曲げ、ダイスを持った片手を上げて、もう片手は後ろに下げたポーズを取る。クーパー君に白いスポット・ライトが当てられ、彼は“Luck Be A Lady Tonight”をつぶやくように歌い始める。

またしてもクーパー君の苦手な低音の多い曲である。しかも長くて3分以上もあって、更にこれはスカイがダイスを振る前に幸運の女神に祈る歌だから、クーパー君はこの歌の大部分の時間を、ダイスを持ったまま、大した動きもせずに歌わなくてはならない。つまり余程のパフォーマンスをしないと間が持たないのだ。

この“Luck Be A Lady Tonight”は、三月と比べてクーパー君が最も大きく変化した部分である。まず、歌い方を様々に変えることで長い歌にメリハリをつけていた。あるときはつぶやくように、あるときは大きな声量で歌い、あるときは歌声を長く伸ばし、あるときは短く切り、あるときはこぶしを利かせるなどして、三月の棒読み的な歌い方とはまったく一変した。文句なしにすばらしいとはいえないけれど、本当に非常に大きく進歩したと思う。

それに表情や仕草の演技も豊かになった。歌詞の内容に合わせて、自嘲気味に笑ったり、首を振ったり、力強い目で前を見据えたり、「頼むよ、女神さん!」とばかりに天を仰いだりする。またメロディの切れ目に合わせてポーズも変えた。片手をポケットに突っ込んで立ち、手のひらでダイスを上に投げたり、もてあそんだり、そうかと思うといきなり腰を落として、今にもダイスを投げるような姿勢になる。

途中からギャンブラーたちもスカイの後を追うように歌い、同時に全員がスカイの背後で踊り始める。スカイはギャンブラーたちのほうを振り返ると、つかつかと彼らのところに歩いていく。そして、スカイとギャンブラーたちは両手をポケットに突っ込んで、一斉に前に歩み出てくる。この歩き方が独特で実にカッコよく、腰を落として、膝を曲げて、右斜めに4歩、それから左斜めに4歩、というふうに歩いてくる。

その中では、中央にいるクーパー君の姿勢と歩き方が、最もきれいに決まっていた。まるでヤクザが肩を怒らせているようなポーズなのだが、クーパー君の両肩を上げる角度、上半身を斜めに傾げる角度、肘をわずかに曲げた腕のポーズ、すべてが「そうよ!これがベストな姿勢よ!歩き方よ!」と叫びたい気持ちに駆られるほどカッコよかった。そしてなによりも、ニヒルな笑みを浮かべた、クーパー君のあの表情といったら!プログラムにリハーサル、公演双方での写真が掲載されているのも納得である。

そしてクーパー君は、両腕と全身を上にすっ、と伸ばして身を翻すと、ギャンブラーたちの輪に加わって回り、くるりと体を輪の真ん中にすべりこませる。「ダイスを投げろ!」とギャンブラーたちが声を合わせて歌う中、クーパー君は背後の下水道管の縁にひらりと飛び移り、ギャンブラーたちを見下ろすと、上半身を一気に折り曲げてダイスを投げる。同時に“Luck Be A Lady Tonight”が終わる。下を向いたクーパー君の直線的な眉が目立ち、その目と口元はわずかに笑みを含んでいる。スカイが勝ったのだ。最高!観客は大喝采。

救世軍の教会では、サラ、カートライト将軍、アーバイドたちが「罪人たち」を待ちわびている。サラは彼らは来ないだろうと思い、カートライト将軍に謝罪しかけたところで、ガラの悪いギャンブラーたちが、ガヤガヤと騒ぎながら乱暴に扉を開けて入ってくる。その後ろにはスカイが続く。

スカイはアーバイドに、これで約束は確かに果たしたから、と言うと、サラを真剣な顔で一瞬じっと見つめて、そのまま教会を出て行ってしまう。サラはネイサンから、サラをハバナに連れ出せなかったとスカイが言っていた、と聞かされる。するとサラはアーバイドの元に駆け寄り、その両手を握って嬉しそうに微笑む。アーバイドの言ったとおり、スカイはサラを騙したのではなかった。アーバイドは、ほら、やっぱりそうだったろう?というふうに笑ってうなづく。サラはスカイを追って教会を出ていく。

これでダブルのスーツを着たアダム・クーパーのスカイは見納め。ラスト・シーンは、アデレイドとネイサン、サラとスカイの結婚式である。アデレイドとネイサンがみなの祝福を受けている中、救世軍の一行が、いつものように“Follow the Fold”を歌いながら行進してくる。

その最後尾で大きな太鼓を叩いている男性がいる。その男性は立ち止まると、大きな声で「兄弟たちよ!ギャンブルなどという悪魔の所業に手を染めては決してなりませーん!」と、大真面目な表情で叫ぶ。観客が不審そうな声を上げてガヤガヤしだして、やがて大きな笑い声が客席全体に広がっていく。救世軍の赤い軍服を着て、ギャンブラーたちに説教しているこの男性こそ、あのスカイ・マスターソンだったのだ。

アダム・クーパーがダサい救世軍の軍服を着ている姿なんて、私ははっきりいって見たくなかったが、観客はものすごいウケていた。クーパー君を知らない人でも、イケメンでダブルのスーツをカッコよく着こなしていたスカイ役の俳優が、奇妙な救世軍の格好をして、自分の過去はすっかり忘れたように、太鼓を叩きながら真面目に説教しているのが笑えたのだろう。

スカイはもうすっかり「更正」して、クーパー君の表情も素の彼に近いものになっている。サラに「ねえ、オブダイア」とファースト・ネームで呼ばれ、みんなからドッと笑われて、スカイは照れながらも明るく優しい笑顔を浮かべる。よく考えたら、スカイというのは、歌と踊りに加え、物語が進行していくにつれて、これだけキャラクターが変化してしまう役なのだ。そんな難しい役を見事に演じきったクーパー君はすごい。

最後はアデレイド、ネイサン、サラ、スカイを中心に、全員が“Guys and Dolls”を合唱して終わる。カーテン・コールはいつもすごく盛り上がって、主役の4人には最も大きな拍手と喝采とが送られた。ネイサン役のパトリック・スウェイジが不定期出演なのには最初は失望したが、今となってはあれで良かったのだと思っている。なぜなら、パトリック・スウェイジがいてもいなくても、観客の盛り上がりに影響はなかったからだ。私はそれがとても嬉しかった。

クーパー君は、カーテン・コールのときに彼がいつも見せる、きらきらと力強く輝く瞳で、顔を上げて客席全体を見渡していた。口元はぎゅっと結んでいるが、わずかに笑みが浮かんでいる。彼は明らかに、確かな手応えを感じているに違いなかった。自分のパフォーマンスに自信を持つことができただろう。

年季の入ったプロのミュージカル役者と比べれば、クーパー君はまだまだ能力不足かもしれない。でも、今回の「ガイズ・アンド・ドールズ」で、クーパー君は「アダム・クーパー最高のスカイ」を披露してくれた、と私は自信を持って言うことができる。

(2006年10月25日)


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