Club Pelican

NOTE 21

Will Tuckett's "The Soldier's Tale"
(13,14 May 2005)

第二部冒頭、アダム・クーパーの兵士は前かがみになって、今にも歩き出すように片足を前に踏み出した姿勢をとり、顔を上げて前を睨みつけている。鋭い目つきと苦しげな表情で、兵士の人格がまたもやすっかり変わってしまったことが分かる。

再び「兵士の行進曲」が演奏され、クーパーは激しい振付の踊りを、舞台をいっぱいに使って踊る。大股で闊歩し、両腕と片脚を一気に振り上げ、ダイナミックなジャンプを繰り返し、最後は回転しながらジャンプして着地し、バルコニーの手すりに背中をつけて荒い息を吐く。

不謹慎だろうけど、回転ジャンプをするときのクーパー君の腰のひねりとのけぞる上半身は、相変わらずすごく色気があって(でもいやらしくない)魅力的だわ〜。

ウィル・ケンプ演ずる語り手のセリフは印象的だ。「彼はひたすら歩く。どこへ?彼の故郷へ?いや違う。彼にも分からない他のどこか、とにかくどこかへ!彼が欲しいものは、彼自身にしか見つけられない。彼だけが、彼の欲しいものを見つけ出すことができる!」

兵士がテーブルについてタバコに火をつけ、語り手が兵士の様子や周りの情景、そして王様の布告を述べている間、舞台左奥では、王女の衣装に着替えたゼナイダ・ヤノウスキーが、バーを両手で持ち、しきりにポワントで立ってウォーミング・アップをしている。演出であると同時に実用を兼ねているのだろう。この公演は舞台と舞台裏の境目がはっきりしない。

赤いシャツに黒い裾長のスーツ、黒い帽子に黒いおかっぱ髪の悪魔(マシュー・ハート)が、再び兵士に近づく。ハートは中腰になって両脚を前後に大きく開き、尺取虫みたいなゆっくりした動きで兵士の後ろから忍び寄り、兵士に気づかれる直前で「人間モード」に切り替え、いきなりすっくと立ち上がる。

悪魔は病気の王女を治すと称して王宮に入り込む方法を兵士に教え、彼に王女を娶るよう唆す。兵士は悪魔に背を向けたまま、眉をひそめてその話を聞いているが、次第に兵士の表情に微かな変化が生じてくる。

彼の眉は徐々に開き、煙草をふかしながら椅子の背に手をかけ、どこかを見つめながら何事かを考えている。クーパー君は「ウマイ話を聞いて心中ひそかにセコイ打算を働かせている」という表情をしていて、今年はなんだか兵士に同情できません。兵士はいきなり立ち上がると悪魔と酒瓶を打ちつけあって乾杯する。「やってやろうじゃないか!」 つくづくバカな奴。

「王宮の行進曲」が威勢よく始まる。兵士はすっかり上機嫌になり、田舎者丸出しの物珍しげな顔で、客席を見上げながら舞台を横断する。途中で小さな舞台の幕が開き、椅子に座った王様(ウィル・ケンプ)と王女(ゼナイダ・ヤノウスキー)が、首を傾け、目を大きく見開いて、大口開けたバカそうな笑顔を浮かべている。待ってました!

王様と王女は汚らしい風体の兵士に、明らかに不審そうな顔を向ける。兵士は自分のなりに気づくと、彼らに背を向け、顔をしかめてびっ、と手鼻をかむと、人差し指で鼻水をぬぐい、その手で髪を整える(去年よりモア汚ねえ)。今年は更に上着の裾とズボンをつかんで、ふんっ、ふんっ!と力いっぱい引っ張ってしわを直していた。これが妙におかしくて、観客は爆笑する。

兵士は王様と王女に向かって、身をかがめて片手をひらりと前に差し出して挨拶する。クーパー君、手をひらひらと回す回数が去年よりも大幅に増加していた。

クーパーとともに、今年はゼナイダ・ヤノウスキーも飛ばしまくりで、奇妙で滑稽な表情と仕草で大いに笑わせてくれた。12日の夜には、クリストファー・ブルースのシリアスな作品を踊る彼女を見たばかりであった。それと比べると、猫背の姿勢に寄り目(できるんですな。私は寄り目ができません)の奇妙な笑顔を浮かべたアホな表情のまま、ポワントで歩いてくる王女と同じダンサーとは思えない。

王様は都合よくがっくりとうなだれた(←仮病)王女の腰を持ってぶんぶん振り回す。ヤノウスキーは振り回されるたびに手足をぶるんぶるんと奇妙に揺らす。兵士は考え込むフリをして、何か閃いたようにニッコリ笑って人差し指をぴっ、と上げる。この表情がまたおかしくて、まさに頭の横ちょに電球がぱっ!と現れた感じである。NHK教育の子ども番組に出てくるお兄さんみたい。

兵士はそれから小さな舞台に上がって、王女の「治療」をする。このシーンは終始「王宮の行進曲」が続く中で行なわれている。去年とほとんど変わりないが、ここからクラシック・バレエのマイムがパロディ化されて用いられる。とはいえ、これはロイヤル・バレエ「真夏の夜の夢」でも行なわれていたことで、別にクラシック・バレエを冒涜しているわけではない。

上記の兵士が王と王女へ挨拶するときの仕草も、クラシック・バレエのマイムを大げさにしたものである。癇癪を起こした王女が兵士につっかかるところでは、王女は地団駄を踏みながら、肘を折った両腕を上下にぶんぶん振り回して、それから兵士に指を突きつけて文句をつける仕草をする。

兵士は逆ギレして王女を平手打ちする。これはもちろんフリだけで、実際に殴っていたわけではない。でもパン、という音はする。ある日に気づいたことには、兵士が王女にビンタを食らわす仕草をする瞬間に、王様役のウィル・ケンプが、客席に背を向けて両手を叩いてビンタ音を出していたのであった。

兵士に平手打ちされた王女がぶたれた頬を押さえ、ニヤ〜ッと兵士に笑いかけるシーンは、去年と同じく観客の爆笑を誘っていた。ニタ〜リ、と不気味に笑うヤノウスキーの表情がとにかく可笑しい。文章では説明できないが、この一連のマイムはすべて「王宮の行進曲」に巧妙に合わせてあって、非常に面白いのである。

舞台写真をいくつか見たが、写真ではキャストたちのメイクがはっきり出ないようだ。王女のヤノウスキーはものすごい厚化粧で、付けまつ毛の上に更にマスカラを一本使い切ったような、バービー人形とマリリン・モンローとクレオパトラを足して割ったような感じである。写真ではそれがうまく出ないみたいで、ヤノウスキーの素顔が分かってしまい、あまりインパクトがない。

王女は両手を胸に当てて大仰に体を揺らし、兵士を気に入ったことを王様に訴える。王様は兵士に迫るが、強烈なキャラクターと口臭の王女様に兵士は及び腰である。

すると王様は手のひらを縦にして頭の上でしきりに動かし(←王冠を表わす)、兵士を睨みつける。しかし兵士は両腕を目にも留まらぬ超高速で何度も何度も何度も交差させては開いて(←嫌だという意味)後ずさる。このマイムは去年はなかったように思う。クーパー君がこの「バッテン」マイムをするのは初めて見た。

翻訳するとこうである。王様「王女ともあろう高貴な女がお前を好きだと言うとるんじゃい!」 兵士「遠慮します遠慮します遠慮します遠慮します遠慮します遠慮します遠慮します!」 その間、王女はぶたれた頬をまだ押さえてウットリした表情を浮かべている。

兵士は王宮を後にするが、王様と王女がにこやかな笑みを浮かべて彼に手を振る。王様に背後から腰を支えられた王女は、兵士に向かってがばっと股を全開し、同時に大きく両腕を開いて抱きしめるような仕草をする。今年も出ました、縁にレースの飾りがついた白いお色気ガーター・ベルト。去年よりもマッチモア下品な王女様に、会場は爆笑の渦に包まれる。

兵士に手を振って投げキッスをしている間に幕が閉じてしまい、退場のタイミングを逃した王女は、ドレスの裾をつまみ、トゥ・シューズの忍び足でこそこそと舞台脇に引っ込む。これも観客には大好評で、ヤノウスキーはコミカルな演技でも笑える。王女は舞台脇のテーブル近くにヤンキー座りをし、酒瓶を持ってラッパ飲みしながら舞台を眺めている。

兵士は晴れ晴れとした表情で、事がうまく運んだことを大はしゃぎで偉そうにしゃべりまくる。すっかり調子に乗った兵士は、語り手と一緒にトランプ占いで結果を知ろうとする。出てくるカードは縁起の良いものばかり。

兵士は顎を撫でながら「これで俺だけの女を手に入れたぞ・・・。俺の女を・・・。しかも王女様だ!」とつぶやく。さっきまでの苦悩はどこへいったのか、兵士は完全にニヤけている。兵士はすごい軽薄なお調子者だという感がいよいよ強くなる。

そこへ、黒スーツにナマズヒゲのイヤミみたいな姿の悪魔が、「ミーのほうが先ざ〜んす」と言いつつ再び現れる。途端に兵士は真っ青になってひよる。語り手は抵抗する気力のない兵士を励まし、賭けトランプをして悪魔からもらったもの(金)をすべて悪魔に返してやれば、悪魔から自由になれると助言する。

兵士はおどおどと悪魔に賭けトランプを申し出る。兵士は負け続け、悪魔は勝つ度に哄笑する。だがそれは悪魔の力を弱める策であった。悪魔は徐々に力が抜けていき、吐きそうな唸り声を上げながら床に倒れる。

語り手は悪魔に酒を飲ませようと言う。去年は兵士自身が飲ませていたが、今年は語り手が悪魔の上に乗っかり、酒瓶を持って悪魔の口にふりかけていた。その後に、兵士はトランプを折って悪魔の口に突っ込む。去年もそうだったが、この演出には、観客は驚きの混じった笑い声を上げていた。ユーモラスとはいえ、やっぱりかなり異様なんでしょうな。悪魔の手がだらんと落ち、悪魔は動かなくなる。

去年の演出で問題なかったように思うが、なぜこういうふうに変えたのだろう。兵士役の動きが急で多すぎて、悪魔役のハートに怪我をさせる危険があったからかもしれない。特に折りたたんだ厚手の紙のトランプを口の中に突っ込むのは、慎重にしないとかなり危ない。

語り手は兵士に「君は自由だ!解放されたんだ!」と叫び、ヴァイオリンを手渡す。 「小さなコンサート」が演奏され、兵士は語り手からヴァイオリンを受け取ると、晴れやかな笑顔でヴァイオリンを弾きながら踊り始める。

しかしそれもつかの間、倒れていた悪魔がよみがえり、口に突っ込まれていたトランプをべっ、と吐き出すと、今年も出た「エクソシスト歩き」(なんとブリッジの姿勢で高速で歩く)で兵士と語り手に迫る。

兵士がヴァイオリンを弾くたびに、悪魔ははじかれたように身を後ろにのけぞらせる。床に倒れてのたうちまわる悪魔の上を、兵士と語り手が交互にジャンプして飛び越えながら悪魔に打撃を与える。去年はハートとケンプのタイミングが少しズレていたが、今年はバッチリ合っていた。

そして今年もまた出た、悪魔の「電流を流されたカエル痙攣」。これも音楽にきちんと合わせてあって面白さ倍増である。観客がクスクスと笑う。

ここであったのかどうかは忘れたが、去年、アダム・クーパーがウィル・ケンプの片腕をつかんだままケンプの体をぶん投げ、ケンプがジャンプする振りはなくなっていた。あれはダイナミックでよかったのに。クーパーが片脚を思い切り前に振り上げて、そのまま半回転ジャンプする振りは健在で、これはいつ見てもすごいなと思う(でもどの場面で出てきたのかは、今年も忘れちゃった)。

激しい動きと踊りで、マシュー・ハートの付け髭は取れそうになってだらんと垂れ下がる。でもこれもアクシデントにはならない。悪魔は変装しているのだし、取れかかった付け髭は、悪魔の劣勢を表す格好のシンボルになる。この舞台では、アクシデントはすべて効果的な演出になってしまう。

悪魔は完全に動かなくなる。兵士は悪魔の両足をつかんで舞台脇に引きずっていく。それから王女に向かって、「私があなたの許へ駆けつけます!私は私を取り戻したのですから!あなたの命をも、私が取り戻してご覧にいれます!」と叫ぶ。

左脇の客席で大股広げて座り込み、酒をラッパのみして飲んだくれていた王女は、あわてて左のバルコニーに駆け上がり、兵士に向かってニッコリと微笑んでみせる。

兵士は王女に近寄るが、王女は途端にキッと兵士を睨みつけ、舞台右脇にある椅子を指さし、そこに座るよう兵士に命令する。兵士は背中を丸めてスゴスゴと椅子に座る。王女は小さな舞台の上に上がって横の柱によりかかり、長い煙管を手に持って笑顔でポーズをとる。

しかしそこでいきなりオーケストラがチューニングを始める。王女はポーズをとっているうちに、徐々に体が柱からずり下がってくる。王女は立ち直して再びポーズをとるが、チューニングはまだまだ続く。

そこで王女はわざと大きく咳払いをする。やっと気づいた指揮者が楽譜台を指揮棒でカチカチカチ、と叩き(←もちろん演出)、チューニングの音が止む。王女はわざとらしい作り笑いでニッコリ微笑む。観客は爆笑。やはりヤノウスキーは、今年は一皮も二皮もむけましたなー。

ゆっくりした「タンゴ」が始まる。コミカルな仕草や振りが随処に取り入れられているために気づきにくいが、実はきちんとしたクラシック・バレエの技術で構成されている。実にゆっくりと回る後ろアティチュードのターンは、まったくブレがなくスピードも一定で、白いドレスの裾が丸くふんわりと翻る。横に上げた脚を振り下ろす動きもなめらかで美しい。

あとヤノウスキーはトゥ・シューズの音が全然しない。5月に観たシルヴィ・ギエムは、すごく大きなポワント音を響かせていてびっくりした。ちなみに吉田都もトゥ・シューズの音がまったく聞こえなかった(「オンディーヌ」)。

ヤノウスキーはかくもすばらしい。なのに。お笑いの振りと仕草が入って観客は笑ってしまう。歯を見せて煙管を銜え、胸をブンブンブンと威勢よく振り、胸の前でぼよんぼよ〜ん、と両手で円を描いて巨乳(微・・・いや美乳だが)を誇示する。

王女はふとキョロキョロと左右を見わたす。彼女は他に誰もいないことを確かめると、ドレスの裾をばっとからげ、白いガーター・ベルトを露わにして、ポワントでつつつ、と兵士に近づく。兵士は思わず手を伸ばす。王女はその手をバチン、と叩いてニンマリする。

「タンゴ」が終わりに近づくと、兵士は再び王女に近寄り、彼女の手を取ってキスをする。王女はしてやったりと高笑いをする。しかし、兵士はなぜか王女の煙管だけを奪い取ると、再び王女から離れてしまう。王女は「チッ」という顔をし、王様になにやらコソコソと耳打ちする。二人で「兵士陥落大作戦」を練っているようだ。

「ワルツ」が始まる。王様と王女は途端にニッコリと笑い、小さな舞台の上で楽しげに踊って兵士に見せる。悪口は言いたくないが、ウィル・ケンプはサポートがあまり上手でない。クラシック・バレエ独特の、サポートやリフトの実際経験がほとんどないのが原因だろう。それでも踊るヤノウスキーを頑張ってサポートしていた。ターンするヤノウスキーの腰を支え、ヤノウスキーは両脚を思い切り振り上げ、ケンプの腰を挟み込んで片手を前に差し出してポーズを決める。

兵士も「ワルツ」の途中から席を立ち、小さな舞台の前で伸びやかに踊り始める。手足を真っ直ぐ伸ばしてゆったりと踊るクーパー君。こんな彼はめったに見られないから嬉しい。 片脚を真横に上げて跳びながらターンし、ぽーんと軽くジャンプして楽しげにステップを踏む。去年あったザンレールは、今年は飛び上がった瞬間に片足を膝のあたりに付けたまま数回転して着地する、という振りに変更されていた。

間を置かずに「ラグタイム」に移る。王様と王女は小さな舞台から下りて、兵士と一緒に踊る。王女と兵士は目を閉じて恥ずかしげな表情を浮かべながらも、両手をお互いの方に向けて近づき、片脚を外側の横90度に曲げて踊り始める。徐々にいい雰囲気になってきたようだ。

それから兵士、王女、王様は入り乱れて踊る。三人が交差するように軽くジャンプしながら舞台を横断する。クーパー君の横向きジャンプは相変わらず姿勢が実にきれい。跳んで着地するまでの線もきれいな弧を描いている。

でもおちゃらけた振付や仕草も忘れない。兵士と王女は右のバルコニーに立ち、王様は左のバルコニーに立って、お互いに手を振り合う。兵士と王女はニッコリ笑い、王様は娘を嫁がせる父の悲哀を漂わせながら、うんうんと頷いて涙ぐむ。

兵士は王様の目を盗んでこっそりと玉座に近づき、引っかけてあった王冠をかぶってヘヘッと笑う。王様に見とがめられるや、兵士はあわてて王冠を脱いで逃走。今年の観客はここで異常に爆笑していた。

「ラグタイム」が最も盛り上がる部分(ドラムが連続して打ち鳴らされる)で、三人は小さな舞台の端にある階段に縦一列に並ぶと、両手と首を激しく左右に振りながら下りてくる。兵士と王女は並んで、フラダンスのような仕草で、互いの両手とお尻をつんつんとくっつけ、恥じらいつつ踊る。観客はもう笑い死に寸前。この一連の踊りや仕草も音楽にきちんと合わせてあるので、ひどく笑えてしまうのである。

最後、三人は再び小さな舞台の上に上がり、クーパーがピルエットするヤノウスキーの腰を支えて回す。そして今度はクーパーがヤノウスキーの体を前に抱え、ヤノウスキーはクーパーの背中に手を回して片手を横に伸ばし、王様のケンプは二人の前に立って両手を広げて決めのポーズ。「ラグタイム」終了。客席から大きな拍手がとぶ。

兵士、王女、王様がわざとらしい笑いを浮かべてポーズを決めていると、どこからともなく大きな叫び声が響いてくる。三人は周囲を見わたす。「悪魔の踊り」の音楽が始まる。すると彼らの足元にある奈落の蓋が開き、真っ赤なシャツを着た悪魔が顔をのぞかせ、凄まじい表情で周囲を睨みつける。

悪魔は奈落から這い上がろうとする。王女が必死でその蓋を閉じようとする。王様はヴァイオリンを探して兵士に手渡す。悪魔は蓋を威勢よくはね上げ、王女は飛ばされて尻餅をつく。悪魔は王様をぶんのめし、兵士を殴りつける。それから兵士、王女、王様VS悪魔のヴァイオリン争奪戦が始まる。

兵士と王女と王様はヴァイオリンをお互いにトスして受け取り、悪魔に奪われまいとする。悪魔は三人の間を走り回る。ヴァイオリンを持った兵士は小さな舞台から飛び降り、続けて悪魔も高くジャンプしながら飛び降りる。マシュー・ハートは実に身軽でしかもバネが強い。

舞台でも三人はヴァイオリンを投げあう。決して受け損なわないのが見事。兵士と王様の間で王女がジュテをする。去年はすごいグラン・ジュテだったが、今年は軽いジュテに変更されていたのがちょっと残念だ。

兵士、王女、王様が横一列に並ぶ。三人は一様に両手を後ろに隠している。悪魔はヴァイオリンを探して一人ずつチェックしていく。悪魔の持ち物検査か。兵士は両手を広げてごまかし笑いをし、王女は首を振りながらとんでもない、という顔をする。持っているのは王様のはずだ。王様の表情がこわばり、悪魔はニヤ〜ッと笑う。

ところが王様の両手にもヴァイオリンはない。悪魔は当てがはずれて首をひねる(←悪魔が首をひねるなよ)。その隙に三人は小さな舞台の上に逃げる。王様はズボンの後ろに突っ込んであったヴァイオリンを抜き取ると、悪魔に向かって「や〜いバカ」というふうに振ってみせる。悪魔は大激怒。

だが万全の攻撃態勢でヴァイオリンを構えた兵士が、悪魔に向かって弦を弾く。悪魔は後ろに身をのけぞらせ、兵士は徐々に悪魔を舞台の隅に追いつめる。王女はこぶしを振って兵士を陰から応援する。悪魔が倒れる。兵士は馬乗りになって悪魔の胸にヴァイオリンの柄を突き刺す。

荘重な調べの「小コラール」が始まる。兵士は悪魔の体を片足で踏みつけたまま胸を張り、天を見上げてほほ笑む。スポット・ライトが兵士を照らしだす。王女は重ねた両手を頬に当て、ウットリとした顔で目を閉じている。

兵士が舞台の真ん中にやって来る。兵士は跪いている王女の頭をぽんぽんと軽く叩くと、両手を腰に当ててまたまた天を見上げて爽やかにほほ笑む。しつこくスポット・ライトがまた兵士を照らしだす。「う〜ん、俺ってヒーロー」ってか。

いつまでもナルっている兵士のズボンを王女が引っ張る。ある日、兵士のクーパー君と王女のヤノウスキーの距離が少し遠くて、クーパーのズボンを引っ張ろうとしたヤノウスキーが危うくズッコケかけた。でも逆に笑える演出となっていた。

やっと気づいたクーパーの兵士が、アラベスクのポーズをとった王女のヤノウスキーを頭上高く持ち上げ、そのまま一回転する。王様、王女、兵士は並んで誇らしげにポーズをとる。

倒れていた悪魔が立ち上がる。悪魔は立ち尽くしたままの兵士からヴァイオリンをもぎとると小さな舞台に上がる。「悪魔の歌」の前奏が始まる。悪魔のハートは前にいる兵士たちを指さしながら、リズムよくセリフを言う。

「王宮の行進曲」、「タンゴ」、「ワルツ」、「ラグタイム」、「小コラール」に至る、このバカバカしいお笑い劇が何なのか、去年はさっぱり分からなかった。ただ大笑いしただけだった。今年は「悪魔の歌」のおかげでなんとなく分かった。「悪魔の歌」に乗せてセリフを言う悪魔が、実に普通でまともにみえたのである。

悪魔は忌々しげに言う。「よくやったもんだ!お前らのお遊びにつきあってやったが、もうそろそろおしまいだ!」 兵士が王女を救い、悪魔に勝ち、王女と結婚する、という兵士の「英雄物語」は実にバカバカしい。トランプの絵柄みたいなあり得ない姿の王様と王女、都合よく現れては兵士に退治される悪魔。兵士の得手勝手な妄想とヒロイズムが充満している。悪魔の言うことはもっともだ。

ふと王様が王冠と飾りのついた上着を脱ぐ。「大コラール」が始まる。今のケンプは王様ではなく語り手に戻っている。彼は立ったままの兵士と王女の間で、「一つの喜びこそすべての喜び、二つを同時に手にすることはできない」としみじみとした口調で語る。兵士と王女は語り手の言葉に合わせて両手をゆっくりと回す。この振付はまだ意味がよく分からない。

我にかえった兵士と王女はしっかりと抱き合う。兵士は「俺の欲しいものは手に入れた」と幸せそうにつぶやく。だが王女は兵士に身の上を尋ね、兵士の故郷に帰ろうと言い出す。ヤノウスキーのセリフ回しも去年に比べると段違いに上達した。

兵士は拒む。すると王女は語り手の後ろに回って彼にもたれかかり、彼のシャツの襟の中に手をさし込んで、さもなければ他の男に走るぞ、と暗に兵士を脅す。王女を失いたくない兵士は身の上を語り、王女の提案に頷いてしまう。

小さな舞台の中央にヴァイオリンが置いてある。ぼんやりとほの暗いスポット・ライトが当てられている。兵士と王女は小さな舞台に上がる。去年は兵士が小さな舞台に足をかけた途端に悪魔が出てきた。でも今年は現れない。あれ?と思っていると、語り手が右のテラスの前を通りかかったところで、「悪魔の凱旋行進曲」とともに、逆立った髪に毛むくじゃらの凄まじい姿の悪魔が現れた。

兵士、王女、語り手はパニックになる。恐ろしい形相の悪魔は語り手をぶっ飛ばし、兵士をさんざんに殴りつける。兵士は小さな舞台から転がり落ちる。王女は小さな舞台の上から兵士を助けるように手を伸ばし、「ジョゼフ!」と叫ぶ。悪魔は王女の背後に忍び寄ると、彼女の腰を後ろからつかんで一気に股間を押し当てる。王女は大きな悲鳴を上げ、兵士は「やめろ!」と絶叫する。

語り手が王女をかばいながら姿を消す。小さな舞台から降り立った悪魔は兵士を蹴っ飛ばし、さんざんに痛めつけた後、仰向けに倒れている兵士の顔の上にかがみ込み、嫌がる兵士の顔に無理やり股間を押しつける。

これについては、私はレイプだろうと受け取り、ざまあみろヴァルモン、因果応報、とつい滅茶苦茶なことを思ってしまった。しかし人によっては印象が異なり、ある人は具体的なレイプというよりは、「辱しめ」の象徴ではないかと言っていた。悪魔は更に兵士の股間をつかんで引きちぎる。クーパー君は去年に負けず劣らず物凄い悲鳴を上げていた。

今年は観客の年齢制限がなかったため、客席には子どももたくさんいた。ガキにこんなものを見せていいのだろうか、と心中ひそかに思ったが、当たり前だがブーイングのようなものは一切起きなかった。終演後、実に人の好さそうな優しい雰囲気のおばあちゃんは、「すごく気に入ったわ!」と笑いながら言っていた。イギリス人はあなどれない。

兵士は悪魔に操られるように小さな舞台に上がり、ぎこちないロボットのような動きで奈落の中に入る。悪魔は絶望した表情の兵士の頭を押さえて一気に突き落とし、哄笑しながらヴァイオリンも奈落の底へ落とす。悪魔は小さな舞台の中央で、咆哮するように口を開いて邪悪な表情を浮かべ、手足を広げて立つ。ドラムの音が止むと同時に幕が下ろされる。

一斉に大きな拍手と喝采が飛ぶ。ライトが点灯されて、4人のキャストが姿を現す。拍手と歓声が大きくなる。4人は客席をしばらく見つめると、やがてクーパー、ハート、ケンプは立ったまま、ヤノウスキーは膝をついてお辞儀をした。

キャストたちは前に出てオーケストラ・ピットに向かって拍手をした。メンバーたちが立ち上がり、指揮者も帽子を振って拍手喝采に応える。指揮者は帽子を逆さに持って客席にさし出し、「どうぞおひねりを」という仕草をした。最後までノリのいい指揮者であった。本当に小銭どころかお札でも入れてやりたい気分だった。

キャストたちも最後まで手を抜かなかった。カーテン・コールは何回も行なわれたが、出てきたヤノウスキーが舞台の真ん中で豪快なグラン・ジュテをしたときがあった。観客は驚きながら拍手喝采する。ヤノウスキーは明らかに王女のキャラクターの表情で、ニッコリと笑いながら手を振っていた。

退場でも必ずお笑いがあった。あるときは兵士のクーパーと語り手のケンプを、悪魔のハートが「エクソシスト歩き」で追いかけ、クーパーとケンプは慌てて逃げていった。またあるときはクーパーとケンプが退場しながら諍いを起こし、クーパーが拳を振り上げながらケンプを追いかけていった。

去年は面白いことは面白いが、何を表現したい作品なのかがよく分からないままに終わった。でも今年はよく分かった(ような気がする)。バカで身勝手な人間が、欲に駆られてやりたい放題のことをした挙句に、すべてを失って破滅する物語であった。単純な話だった。

キャストたちは全体的に去年よりもよくなっていた。演技、セリフ、踊りのすべてがこなれてきて余裕があり、何よりもキャストのそれぞれがとても生き生きとしていて、彼ら自身が自分の役を楽しんでいるのが充分に伝わってきた。

変化が著しかったのはヤノウスキーとクーパーであった。ヤノウスキーは最も生き生きとして見違えるようになった。演技やセリフ回しなどにみられた危うさもまったく消えうせていた。クーパーは兵士という人間を分かりやすく観客に表現してみせた。兵士役はこの作品の軸なので、兵士がしっかりしていないとこの作品は成立できない。

クーパーの兵士は、自分の浅慮や欲のために窮地に追い込まれるその都度、自分が被害者だと本気で思っている人間、欲を満たすとすぐにこれは本当の幸せではない、本当の幸せが他にあるはずだ、と更に別のものが欲しくなる人間、何事も自分に都合よく解釈して、果てに頭の中で妄想物語まで作り上げてしまうような人間だった。今でも、どこにでもいるでしょう、こういう人間は。

ラミュの脚本で、ほとんどが語り手のセリフ中にあった兵士のセリフを、すべて兵士自身に言わせたタケットのアイディアはすばらしい。このおかげで、兵士役が生々しい、また深みのある存在になった。たぶん数ある「兵士の物語」上演の中で、ここまで兵士役に多くのものが要求された上演はないだろうと思う。

この兵士役はクーパーの当たり役になるかもしれない(もうなってるのかも)。たぶんタケット版「兵士の物語」の兵士役は、現状ではクーパーにしか担当できないだろう。今年の公演では、クーパーは意識して去年よりも細かい役作りをしている、と私は確信した。それは見事に舞台に出ていた、と私は彼に伝えたい。

(2005年6月11日)


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