Club Pelican

NOTE 12

「危険な関係」特番メモ(つづき)

真矢みきがドアを開ける。カメラが、肩から腕、胸とズボン部分に白線が入った紺色スウェットの上下を着たアダム・クーパーの後ろ姿を映しだす。傍にはヨランダ・ヨーク・エドジェル(ヴォランジュ夫人役)、ヘレン・ディクソン(セシル・ヴォランジュ役)が立っていて、何かを相談している様子。

クーパー君は誰かが入ってきたのに気づいて後ろを振り向く。ちょっと苛立っているような表情をしているが、何事もなかったかのようにキャストたちと再び相談を続ける。クーパー君もヨランダさんも顎に手を当てて考え込んでいる。難しい問題なのかな。

リハーサルのときって、プロのダンサーたちはどんな服装をしているのか、これはめったに見られないから面白い。ヨランダ・ヨーク・エドジェルは水色のTシャツにバレエ・レッスン用の白いロング・スカート。この水色のTシャツの背中には、でっかく「4」と白い背番号が入っている。ヨランダさん〜。

ヘレン・ディクソンは、上はボルドー色のバレエのレッスン着で、下も同じくバレエ・レッスン用の白いロング・スカート。スカートの下は黒い厚手のタイツ。

ディクソンの着ているレッスン着はどこかで見たような・・・そうだ、ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンス監修の"Mime Matters"で、模範演技をしていた女性ダンサーたちが着ていたのと同じだ。今、ロンドンの女性ダンサーたちの間で大人気!なのか。

次にヘレン・ディクソンとデミアン・ジャクソン(ダンスニー役)、ナターシャ・ダトン(セシル役セカンド・キャスト)とダニエル・デヴィッドソン(ダンスニー役セカンド・キャスト)によるリハーサル。セシルとダンスニーが夜にこっそりと会うシーンの踊りである。

デミアン・ジャクソンは淡いグレーのTシャツにお揃いのスウェット・パンツ。ダニエル・デヴィッドソンはモス・グリーンのタンクトップに、下はグレーの膝下丈のスウェット・パンツ、更にその下に黒いぴったりしたタイツかズボンを穿いているみたい。

ナターシャ・ダトンは真紅の長袖のバレエのレッスン着の上に黒の短めのカーディガン、下はバレエ・レッスン用の白いロング・スカート、スカートの下にはやはり黒いスウェット・パンツを穿いている。

女性ダンサーたちが穿いている白いロング・スカートには、すべてクリノリンが入っていてふくらみを持たせてある。リハーサルからすでにロココ・モード。

リハーサル開始。カメラはヘレン・ディクソンをズーム・アップして映す。不安げな表情で椅子に座っていたディクソンは、ふと何かに気づいて後ろを向く。彼女は近づいてくるデミアン・ジャクソンに嬉しげに駆け寄ると、ふと照れた表情で身を離し、彼に背を向けたまま明るい笑顔を浮かべる。

デミアン・ジャクソンは不審そうに彼女の体を手で上下に指し示す(セシルはコルセットにシュミーズだけの姿、という設定なので)。とたんにヘレン・ディクソンは、恥ずかしそうに肩をすくめてデミアン・ジャクソンに背を向ける。

ジャクソンは彼女に自分の上着をかけてやる動作をする。こうやってずっとアップで見ていると、やっぱりヘレン・ディクソンは表情がすごく細やかで自然である。

二組のキャストが斜めに平行して同時に踊っている。クーパー君はバーの下にしゃがんで座り、顎に手を当てながらその様子を真剣なまなざしでじっと見つめている。セシルとダンスニーのデュエットが終わると、クーパー君は立ち上がってうなずきながら、"Good, good! Very nice! OK!"と言ってキャストたちに近づく。

でも顔は笑ってない。なにか注文があるようだ。クーパー君はヘレン・ディクソンに対して「こうするときに、もしできるならこうして」と言い、音楽を口ずさみながら両腕を螺旋のような円形にしてゆっくりとピルエットをし、次に逆方向に加速しながらピルエットする。

カメラマン、なんでクーパー君がピルエットするこの姿をハズしやがった?画面の端に見えるクーパー君の腕が回る速度で、彼がすごいピルエットやってるのは分かるでしょ〜?それを真矢みきの指摘であわてて映したって遅いよ。ほら、終わっちゃったじゃん。

これはセシルがダンスニーに手を取られてピルエットし、次に逆方向にピルエットして倒れ、ダンスニーの腕に支えられるところのようだ。クーパー君は何度も「止まらないで」と言っている。

最初のゆっくりしたピルエットから、次の逆方向への加速しながらのピルエットに移るとき、また加速しながらのピルエットからそのまま後ろに倒れ込むときに、一瞬の間が空いてしまうことを注意しているらしい。ヘレン・ディクソンとデミアン・ジャクソンも各々の意見を言っている。

実際の舞台を観て、間を空けないのは難しいことらしいのが分かった。多くの場合うまくいかず、見た目的にも時間的にもたるみが出ていたから。でもスムーズにいくと確かにすごく美しかった。ファースト・キャストであるヘレン・ディクソンとデミアン・ジャクソンが出演した公演で、1度か2度だけ目にすることができた。

真矢みきはゆっくりとピルエットするクーパー君を見て、「見て!腕がしなやか」と小声で言う。更にクーパー君が間をおかずに、ピルエット→逆方向加速ピルエットをすると、「うわ〜。すごい、ぜんぜん違う。あのアダムの脚と腕が。彼女(ヘレン・ディクソン)見てると幸せになるね。こっちが」と感嘆。

真矢みきのアップ。「もう、すごい人って、なんか何秒で分かるよね。何秒間で分かるよね、って言ったら変だけど、そのときにすごい、もう、エネルギーの強さをすっごい感じるから。本物だなあ!っていう。今ちょっとなんか、感動と軽い嫉妬があるね。」(←やっぱり気が強い)

リハーサルが終わり、真矢みきとクーパー君のご対面である。クーパー君はインタビューを申し込まれ、真顔なのに声だけは異常に明るく"Yes!"と言いながら真矢みきのほうに近づいてくる。やがて顔には愛想笑いが浮かぶ。でもまだ目は笑っていません。彼が張りつめた気持ちを切り替え、リラックスしようとしていることが分かります。

挨拶を終えた後、真矢みきとクーパー君は同じソファーに座って向かい合う。クーパー君は黒の袖なしTシャツ姿で二の腕むき出し(サービス・ショット?)。ああ、あの筋肉を手でじっくりなぞりたいものだわ。

真矢みき「あの、あたしは、今日はじめてアダムさんを肉眼で見て、もっと緊張すると思ったんですけど、緊張そんなにしてないのね。なぜかっていうと、すり減るほどあなたのビデオを観てたからと、それからいま会って、あなたがとてもフランクなことだと思うんです。」

クーパー君は時に微笑んでうなずきながら、真矢みきをじっと見つめて話を聞いている。たとえ日本語でも相手の目を見つめて話を聞く姿勢をとる。う〜ん、いいヤツ。

「(日本語字幕、以下同じ)リハーサルの時は皆がリラックスできる環境を作ることを心がけています。経験上、集中力は保ちながら同時にリラックスした方が、僕にとっても、他のダンサーたちにとっても、最もよい結果が出ると思います。("Yes, I try, in rehearsal, to make everybody feel very comfortable. I think people work better, if they've been concentrated, but relaxed at same time. So I try and encourage that in rehearsal, because I think that where you get best result, for me and for all the other dancers.")」

真矢みき「私は宝塚というカンパニーにいて、それで男役をやっていて、6年前まで私は男だったの。」 スタッフらしき人々が爆笑する声が聞こえる。クーパーは真顔で"Wow!"と一言。その反応にまたスタッフたちは爆笑。クーパー「男には見えないですよ。("You do not look a man!")」

真矢みき「ずっと男性の役をやっていて、やっぱりクセのある、個性ある"悪"とか、悪なんだけど魅了してしまう、っていうほうに深みがあると思っていったのもあるんですけど。」 このへんで「危険な関係」プロローグの緊迫感ある音楽が流れてくる。これはナイス編集。

クーパー「そのような"悪"の部分を人は皆持っていると思います。普段それは心の奥深くにあって表に出すことは許されていない。社会が許さなかったり、両親がそれを許すような育て方をしてこなかった。 ("I think, those sorts of characteristics, they are in all of us. And usually, something that is in very deep, you never allowed to come out, because society doesn't allow it to come out, or you've been brought up by your parent who never allowed you to act like that.")」

「だから"悪"を演じるには、自分の中からそれを見つけ出さなくてはなりません。日常では許されない悪の部分を表現することは、とても楽しく興味深いものです。("Because when you act in that part, you have to find something within yourself, bring that out, it's good fun, but also is quite interesting to see what you go inside you and you never allowed to concern all of us.")」

真矢みきは「うん、うん、うん。またステキな言葉を聞いてしまった」と答える。しかしクーパー君はもうすっかり気安い笑顔になっているのに、真矢みきはしきりに何度も座りなおし、明らかに落ち着かない様子である。

真矢みきはまた座りなおす。「『危険な関係』のこの役には、どこにいちばん魅力を感じていたんですか?」

クーパー「初めて観たときに興味を持ったのは、僕が演じているヴァルモンの役でした。彼はとても興味深い性格で、手段を選ばず何でも手に入れてしまう。しかし今までに経験したことがないような、女性に対する愛や情熱を知り、最終的には全く変わってしまうのです。("I think, originally when I saw it, it was the character of Valmont, the one that I'm playing, that attracted me to it. He seems such a really interesting character, and whatever, he gets a way with anything. But ultimately he completely changes and finds something that he has never felt before, which is love or passion for women, and eventually he is done for.")」

インタビューでは常にとつとつと話すクーパー君、今回は珍しく段々と興に乗ってきた模様で、やはりたどたどしいが早口になって一方的にしゃべりまくる。

真矢みきは笑って相づちを打ちながら聞いているが、しょっちゅう座りなおし、目をこすって眠そうな目をしている(ようにみえる)。たとえ疲れているとしても、インタビューしている側がこういう態度になるのはいけません。

「そこには2つの世界があります。片方はすごく優雅で上品、もう一方では毎晩ベッドルームの中で、対極にある企みが繰り広げられている。いろいろな意味でとても興味深い時代です。登場人物の性格や人間関係、時代背景が演じる上でとても面白いのです。("It's like these two worlds are here. There's the one, there's the world which is the outside world, everybody is very elegant and well behaved, and in the other side which is behind, the bedroom door's every night, so it's the very interesting period in history, but also characters and their relationships are great, are really good to work on.")」

真矢みき「大切にしている言葉というか、好きな言葉は何ですか?」 クーパー君は黙る。表情はすっかり穏やかになったが目は真剣そのもの。アップになって右目の下の青アザが目立つ。こんなふうに斜めの角度から映すと、彼の直線的な眉毛がいちばんカッコよくみえるのよね。

クーパー君はしばらくから考えて答える。「恐れない。それが僕のモットーです。("I think 'fearless', 'no fear' is my motto really.")」 おや、「威厳を、常に威厳を("Dignity, always dignity.")」じゃないの(笑)?

クーパー君は説明する。「もしリスクを負うことを恐がりすぎると、何も得ることができずに、いつも安全なところに居ることになる。僕は同じことを繰り返すよりも、常に新しいことに挑戦していきたいのです。リスクを負う方がやりがいがあると思っています。("If you fear too much, taking risks, then you do nothing but get ******, you are always placed safe. I do not like to repeat myself too much, I wanna, you know, take on new challenges, you know, risky things tend to be more exciting than safe things.")」

真矢みき「じゃあその言葉、大切に、私も頑張っていきたいと思います。」 通訳の言葉を聞いたクーパー君、明るく「ハハハハ」と笑って礼を言う。

それからクーパー君とサラ・ウィルドーが、ヴァルモンとトゥールヴェル夫人のデュエットを、真矢みきの目の前で踊ってくれることになる。サラ・ウィルドーは、上は黒の長袖のセーター、下はレッスン用の白いロング・スカート、スカートの下はやっぱり黒の厚手のタイツかスウェット・パンツ。

第二幕、トゥールヴェル夫人が自分の部屋で悩んでソファーに座り込んだ後、トライアングルみたいな音だけがチン、チン、チン、と鳴り、人の気配に気づいたトゥールヴェル夫人が部屋の扉を開けると、ヴァルモンが無理やり入ってくるところから。

踊りの全部を見せないように、途切れ途切れに編集してあるからよく分からん(でも音楽にはよく合わせてある)。踊りはあまり変わらないように思うけど、部屋に押し入ってきたヴァルモンに対するトゥールヴェル夫人の反応が、実際の舞台とはかなりちがう。

舞台では、トゥールヴェル夫人は最初、泣きそうになりながらヴァルモンを激しく拒む。このリハーサルでは、トゥールヴェル夫人はヴァルモンを前にして、意外と冷静に思い悩んでいる。ヴァルモンを受け入れる気持ちは固まっているが、でも・・・という感じ。

あと、実際の公演ではヴァイオリンのソロで演奏されていたメロディが、ずっとエレクトーンみたいな音になっている。ヴァイオリンでよかった。

真矢みき「舞台やブラウン管を通して、すばらしい方っていうのはどうやって作られているんだろう、ということが私は見たくて、このロンドンまでやって来て、で、思ったことは、・・・ やっぱり、極めてる人って、とってもフランク。大変フランクで、そして、ユーモアのセンスとか、人への気遣いもきちんとあって、でもいちばんにやはり、真髄のところにしっかりと、誠実さが、もうお会いしてすぐに分かって、伝わってきました。」

「やっぱり自分のやりたいものっていうヴィジョンが、あの、はっきりではなくても、うっすらでも、輪郭を取ろうとしている態勢っていうのが、もうロイヤル・バレエ団も卒業して、独立して、いま新しく始めたアダムさん。点点点点ぐらいのものを線にして、線のものを立体化して。あたしも、点点点から始まって、やはりこう、3Dの感覚で、とても立体感のある夢をもっていきたいなって。」

「なんか『夢』っていわれたら、みんな、ああ、今すぐ言えないからダメだ、って思っちゃいがちですけど、いや、彼らってやっぱり点点点から始まってるっていう。ただそれをあきらめずに、一つずつ線にしてったっていうことなんだな、っていうシンプルな考えが、ああ、やはり間違ってないんだ、と思って。それがすごく収穫ですね。」

そうなのよ。真矢みきのこのコメントはすばらしい。クーパー君がやっていることって、時としてバラバラで行き当たりばったりにみえるけど、結局は後に全部つながっていて、結実しているのよ。

ダンスの舞台ばかりではなくて、テレビドラマ、映画、ミュージカル、いろんなことをやって、その経験がちゃんと次に生かされているの。「兵士の物語」(ウィリアム・タケット振付)もそうだし、今回の「危険な関係」もそう。私は真矢みきのこのコメントに感動して、「特番実況中継」を書こうと決めたんです。

ショパンのノクターンとともにエンド・クレジット。クレジットが流れている間、「危険な関係」のリハーサル写真が次々と映し出される。ノクターンの調べに乗って、余韻を残しつつ番組が終わった。

・・・と思いきや、ナレーションを担当したTBSアナウンサー、安東弘樹がいきなり画面に出てくる。あのねー、今どき、シャツの前ボタンを3個も4個も外して胸はだけるの、やめてくれない?鳥越俊太郎だって1個だけ(2個?)なんだから。

「いやー、アダム・クーパー、すばらしいですね。人間の肉体というものはこうも饒舌なものなんですね。私も言葉をなりわいにはしてるんですが、どちらかというと、肉体の表現の方に興味があるので、より感服しました。」 これはギャグか?笑えねえ寒いギャグはウザいのよ。こんなだから、後輩の安住アナに先越されるわけよね〜。


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