Club Pelican

London Diary 2005

2005年5月14日

この日は「兵士の物語」を昼公演と夜公演と両方観る。昼公演は2時半から。午前からお昼にかけて若干時間がある。美術館や博物館などの屋内観光は冬でもできる。せっかく春の暖かい季節(12、3℃くらいしかないけど)に来たのだから、外に出て自然や動物と触れ合うことにする。そう、セント・ジェームズ・パークへGO!

駅構内の売店で鳥やリスにあげるためのパン(プレーン)とナッツ(無塩)を買った。あとヘンなものが売っていたのでそれも買った。ヴォルビックのミネラル・ウォーターで、「レモン・テイスト」、「ストロベリー・テイスト」なる種類があったのである。面白半分に「ストロベリー・テイスト」を買って飲んでみた。見た目は無色透明の水だが、味は完璧にイチゴ・ジュースだった。

セント・ジェームズ・パークへ、と思ったが、そういえばそろそろ「チェインジング・ホースガーズ・セレモニー」が始まるはずだ(11時半)。あそこは「チェインジング・ガーズ・セレモニー」よりも見物客が圧倒的に少ないから、ついでに見ておこう。

やっぱり見物客が全然少ない。向こうのバッキンガム宮殿は、いまごろ黒山の人だかりだろうに。ちょっと気の毒になる。でもおかげで場所を移動しまくることができる。騎兵がやって来た。相変わらずカッコいいな。馬が。艶のある見事な毛並み、スタイルのよい体。それに比べて、肝心の騎兵はなんでこんなにデブなチビばかりなんだろう。もっとイケメンの騎兵を採用すれば、見物客だって集まるのに。軍服はこっちの方が断然カッコいいんだから。

思い出す。3年前にこのセレモニーを見物したとき、後ろに家族で旅行に来たらしいアメリカ人一家がいた。20歳くらいの息子が牡馬を見て言った。「あの馬より、オレのモノのほうがもっとロングでビッグだぜ。」 すると母親らしい中年の女性が言った。「あんたのモノなんかがかなうわけないでしょ。あれはイギリスの血統の良い名馬なんだからね!」

はるばるロンドンまでやって来て、なんでバカアメリカ人一家の下ネタジョークを聞かねばならないのか、と無常感に襲われたものだった。が、今ではいい思い出だ。

その後やっと公園に入った。それにしても寒い。鳥たちもかがんで羽毛をふくらませている。花壇に植えられた花には、なんか萎れてしまっているのが多い。あまりに寒いのでイチゴ水はやめて熱いコーヒーを買って飲んだ。

時季が時季だけにヒナ鳥が多い。かわいいでちゅ。

パンをちぎって投げてやると、口コミでどんどん他の水鳥たちやカラスが集ってくる。なんとなく王様気分になれる。やはり強い個体がエサをキャッチしがちなので、離れたところにいる弱い個体に集中してパンを投げてやる。投げてやるばかりではなく、手から直に食べるか試してみた。直に食べた。警戒心がまったくないらしい、こいつらは。

ただし、水鳥のくちばしの縁には歯のような尖ったものがある。危ないのでパンを銜えられると同時に手を放した。リスは水鳥と比べると遭遇率は低い。しかしいったん遭遇してエサをやると、やはり口コミで仲間が集ってくる。またしても王様気分だ。ナッツを渡すと小さな手で受け取り、両手で挟んでコリコリと食べる。おおかわいい。

ご存知のように、水鳥たちにエサをやってはいけない決まりになっている。でも守ってる人なんか誰もいません。職員が注意しているところも見たことがない。だからこんな落書きをされる。

あ、そうだ。バッキンガム宮殿の「チェインジング・ガーズ・セレモニー」だけど、どうせ宮殿の前庭には入れないし、儀式は人が多くてロクに見えないし、後は行進していく衛兵を眺めるだけだから、あんまり苦労する甲斐がない。

それよりも、セント・ジェームズ・パーク北辺の道路で、儀式が終わって行進していく衛兵たちを眺めたほうがいいと思う。特に軍楽隊の音楽は、儀式や儀式が終わった直後の音楽とは違って、イギリス民族音楽っぽい曲を演奏するから面白い。

寒い中で自然と触れ合ったあと、またレスター・スクエアへ。また中華街に行って昼ごはんを食べる。ワンタンメンを食べたけど、なんだこの噛み切れない麺は。スープとワンタンは美味だったけど。これならワンタンとチャーハンとかにすればよかったなー。

あっという間に2時10分を過ぎたので、ロング・エーカーに出てダッシュで北上、コヴェント・ガーデンへ行く。なんとか5分前にロイヤル・オペラ・ハウスに到着する。リンバリー・スタジオに入ってダッシュで化粧直し、トイレを済ませる。

あのなー、夜公演もあって大変なのは分かるけど、チケット代は同じなんだから、昼公演だからって手を抜くな!はっきり言わせてもらいますが、バレバレです。クーパー君は特にはっきり分かる。私はこれでもファンです。見逃しませんよ。

無理しないようにバランスを取るのは大事なことだけど、一回しか観ない観客が、なんだ、クーパーの踊りなんてあんなもんか、っていう感想を抱いて帰ることになったら、長い目で見てあなたのためにはならないんだよ。

この公演で、私の隣りには80歳くらいの小柄なおばあちゃんが座っていた。ニコニコ笑いながらしきりに話しかけてくる。とても優しい、温和なおばあちゃんだった。この「兵士の物語」を観るのははじめてで、リハーサルの風景を見て面白そうだと思い、チケットを取ったのだという。住んでいるのは郊外で、「トレイン」でやって来た。

おばあちゃんは、夫は亡くなったし、もうこの年なので仕事をする必要もない。時間があるから思いきり自分の好きなことをやるのよ、と言っていた。終演後、おばあちゃんは別れ際に、「あなたと会えて嬉しかった。いい旅をね」と言ってくれた。私はおばあちゃんの手を握って、「どうかお元気で」と言うのが精一杯だった。

終演後、別の知人と合流する。その人も昼公演の出来には少し不満げな様子であった。夜公演まで4時間弱、コヴェント・ガーデン周辺をしばらくウロウロする。マーケットの中に日本でも支店を出している化粧品店があった。品薄で日本では販売が中止された品物が置いてあったのでまとめ買いした。嬉しい。

同じくマーケットの中にあるイタリアン・レストランに入って早めの夕食をとった。「危険な関係」日本公演の様子などを話したり、お互いの近況を話したり、そして私の個人的な愚痴を長々と聞いてもらった。4月にひどく落ち込む出来事があり、4月中はなかなかそのショックから立ち直れずにいたのだった。このときもまだ引きずっていたので、偶然だが今回のロンドン行きはそれの気晴らしにもなった。

直視したくない現実があって、それをごまかして希望を持ち続けて頑張ってきたのに、結局は何の役にも立たないどころか、思いもよらない形で裏切られることになった。どんなに努力しても報われないことがある。私にはどうすることもできない、責任の取りようもない理由で。たとえば私が女だから。どんなに表面的にはリベラルを気取っていようが、これが日本の社会の現実であり限界なのだった。

努力を放棄しようとは思わない。偏見は彼らの問題であり、私の問題ではない。私は自分に課せられた責任と義務を果たし、後は私のやりたいことをやるだけだ。受け入れられようと必死になって頑張ってきたが、それは間違いだった。最初からそんな可能性はなかったのだから。でも復讐しようとか、見返してやろうとか、そんな動機で自分の行動を決めてはならない。今になってやっと、こんなふうに気持ち上の整理がつくようになった。

ロンドンで多く目につくのは、イタリアン・レストランまたはイタリアン・カフェ、そしてインディアン・キュイジーヌである。ピザ、ラザニア、パスタがイギリス人は大好きらしい。特にピザとラザニアは、もはやイギリス人の常食ではないかと思われる。

ソースが濃いので、肉の入ったピザやラザニアは重すぎる。しかも量が多い。入った店にはベジタリアン用のピザやラザニアが置いてあった。イギリスの濃い食事にげんなりした人は、ベジタリアン用の料理を食べるとよいと思う。サラダも頼んだが、その野菜ときたら、水気が失われてしんなりしており、ところどころ変色もしている。常温で保管したのか、イギリス人は新鮮な野菜には興味がないのか、と思った。

さて「兵士の物語」最終公演である。クーパー君の動きは昼公演とは見違えるようだった。動きに鋭いキレがありながらもしなやかで、丁寧できちんとした踊り、これぞクーパー君の真骨頂である。昼公演には少々失望したが、夜公演ではこれが本当のアダム・クーパーよ!と唸らせるすばらしさであった。最後の公演だけあって、キャストたちは思い切り生き生き伸び伸びと踊り演じていた。

観客も大いに盛り上がる。カーテン・コールでは、キャストたちは最後までサービス精神を発揮し、即興とアドリブをきかせて観客を楽しませてくれた。キャストたちの精神状況は、観客に即効で伝わる。キャストたちが自分の役柄を楽しんでいる気持ちは、そのまま観客に伝染した。一緒に観た上記の知人も、同じ感想を持ったようだった。

これは営業妨害になるかもしれないが、同じ日に行なわれる昼公演と夜公演で同じキャストが出演する場合、昼公演を観るのはなるべく避けたほうがいい、というのが私の個人的な意見である。

終演後、少しだけクーパー君と話をすることができた。彼は元気そうで機嫌もよく、相変わらず親切であった。一緒に観た人が、去年と比べて格段に良くなった、という感想を率直に話していた。私もまったく同感だったので、演技やセリフが去年よりもすごく良くなった、となんとか伝えた。彼は真面目な顔で頷きながら聞いてくれた。

ゼナイダ・ヤノウスキーは気さくで明るい人であった。王女の踊りや演技がすごく面白かった、ということを話すと、毎日一生懸命練習したのよ、と身振り手振りを交えて笑いながら言っていた。

マシュー・ハートも親切な人であった。彼は優しくて思いやりのある人だと思うけれども、同時にどことなくストイックで近寄りがたい雰囲気もある。愛想はいいが、やや気難しい面もある人だろう。

10時過ぎに宿に戻った。明日は帰国だ。最後の夜だから、ということを言い訳に、またもや雑貨店で夜食を買ってしまった。部屋で感慨に耽りながら食いまくる。サンドウィッチの具は"crayfish"であった。「泥魚」?でも見た目はカニカマみたいだった。

食べたら味も食感もエビに近かった。でも"prawn"(←やはりサンドウィッチの具でよくある)とどう違うんだろう?それで辞書を引いたら、"crayfish"はザリガニであった。イギリス人もザリガニを食べるのか。シャワーを浴び、テレビを観ながら寝た。


2005年5月15日

今日は日曜日である。飛行機の出発時間は2時だったが、宿は10時にチェック・アウトしなければならない。ヒースロー・エクスプレスだと15分で空港に着いてしまう。そこでピカデリー・ラインに乗ってのんびりと空港に行くことにした。地下鉄とはいえ、ほとんどは地上を走る。特に郊外はそうである。車窓からの風景を楽しむことができる。

この日は快晴であった。風は冷たいが日ざしは暖かい。やわらかい日ざしの中で草木の葉が風に揺れ、地に映る影もまた揺れている。葉の間から日の光が射しこんでキラキラと光る。青い空と明るい日ざしの中に緑色の草地が広がっている。日曜日は人影もまばらで、車窓から見える街並みには人の姿がほとんど見られない。なんと穏やかな風景なのだろう。

ヒースロー空港に着く。チェックインしてからさっさと出国ゲートを通過して、ターミナル内をぶらぶらした。お昼過ぎになって、ターミナル内のパブで昼食をとった。名前は忘れたが黒ビールとフィッシュ・アンド・チップスである。今回は食べてなかったから。相変わらず出発ゲートはなかなか決まらない。離陸40分前にゲートが決まった。やや遠かったので早めに行った。

日本への帰国便での機内放送は、面白い映画が目白押しであった。まず「オペラ座の怪人」があった。これは話題になっていたからいちばんに観た。話題になっていたというのは、複数の人からファントム役がよくない、と聞かされていたのである。

偶然に「ロック調で歌うファントムがどうも・・・」とみんな言っていた。ファントム役の人の歌声を聴いて、このことを言っていたのか、と分かった。最後の音をきちんと伸ばさず、唸るような感じで声を消してしまうクセがある。舞台のファントムは、完全にオペラチックに、テノールだかバリトンだかで歌うそうである。

映画だけでも、この作品がとても優れているのは充分に分かった。ホントにオペラみたいに作ってある。これはぜひ舞台のほうも観てみたい。でもストーリーはかなり無茶というか、笑えるポイントも多い。

ファントムは顔半分がぐちゃぐちゃにつぶれていて、少年時代に見世物小屋で虐げられていた。彼は自分をいじめる調教師(?)を絞め殺し、偶然それを見ていた少女(マダム・ジュリー)に助けられ、オペラ座にかくまわれる。

彼は以来オペラ座の地下にある洞窟に隠れ住み、そこで作曲や恋するクリスティーンの等身大フィギュア作りに励む。フィギュアには花嫁衣裳が着せてある。洞窟内は暗いので、何百本ものろうそくを灯さなければならない。毎日さぞや手間と時間がかかったことだろう。ちなみにファントムが住んでいる洞窟に至るには、延々と続く地下水脈をボートで渡らなければならない。

ファントムは天井からマダム・ジュリーの目の前に手紙を落とすという方法で、クリスティーンを主役に抜擢するよう要求する。蝋で封印がしてあり、その形はドクロである。また愛するクリスティーンには、黒いリボンが結んである一輪の赤いバラを、常に彼女に気づかれないようそっと贈る。この映画は、「オペラ座の電車男」という題名にしたほうがよかったのではないか。

このファントムは明らかに40過ぎの中年オヤジである。もちろん「彼女いない歴=年齢」だろう。それが自分の娘ほども若いぴちぴちうれうれなクリスティーンに対して、オタクかストーカー的なアプローチをするのだから気味が悪い。しかも好きな言葉は「呪う(curse)」だし、大道具係を子どもの頃に会得した縄技で絞め殺してしまう。最悪だ。

案の定、クリスティーンは若くてイケメンの伯爵に恋してしまう。ファントムは逆ギレして伯爵と決闘する。天才的作曲家、歌手、演奏家、そしてマジシャン(←?)だから、さぞ強いだろうと思いきや、これがあっさりと伯爵にボコボコにされて負けてしまう。

ヤケになったファントムは、オペラ座に放火して観客や歌手たちを巻き込んだ無理心中を図る。ちなみに、ファントムの部屋にはオペラ座のミニチュア模型もある。最後は自分を選ばないと伯爵を絞め殺してやる(←あくまで縄にこだわる)、とクリスティーンを脅す。

クリスティーンは追いつめられたファントムに同情し、彼を抱きしめてキスをする。とたんにファントムは優しい心を取り戻し、クリスティーンと伯爵を逃がしてやる。クリスティーンと伯爵は結婚して長く添い遂げ、めでたしめでたしである。

後は何の映画を観たのか忘れたが、レイ・チャールズの伝記映画も観た。これはけっこう重かった。子どもの頃に兄と遊んでいたとき、兄は不慮の事故で死んでしまい、レイは母親から責められる。また、眼病に罹って失明したレイを母親は受け入れることができない。その記憶が以後のレイをずっと苦しめることになる。

レイ・チャールズはミュージシャンとして着実に成功していき、結婚もして子どもも生まれ、幸せな生活を営んでいく。しかし、ミュージシャン、夫、父としての仕事を着実に果たす一方で、彼はドラッグ中毒になり、浮気を繰り返すのである。ドラッグによる幻覚の中で、子ども時代の記憶がよみがえり、彼はそれから逃れるために更にドラッグに走る。

妻から説得されたレイは、ようやく薬物更正施設に入院する。彼はそこで自分をずっと苦しめ続けてきた過去、子ども時代の辛い記憶と直面する。禁断症状とあいまって、地獄のような苦しみを味わった後に、レイは退院する。

目の見えないレイ・チャールズが、女性の手首に触れることで彼女の美醜を判断するというシーンがある。これは実話なのかな?面白い方法だ。

映画ばかり観ていて、帰りの飛行機の中では結局一睡もしなかった。その代わり、成田エクスプレスの中で爆睡した。東京も青空で天気が良かった。いい日よりだ、ロンドンに負けないな、と思った。

この日の夜、体重を量ってみたら、3キロ増えていた。ロンドンでの夜食癖が早くも効果を発揮したのだ。明日からダイエットを始めることを固く決意した。


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