Club Pelican

THEATRE

「白鳥の湖」
(マシュー・ボーン版)
(Matthew Bourne's Swan Lake)


第一幕

〈王子の寝室〉小さな子どもの王子が、大きなベッドの上で眠っている。突然、頭上の窓の外に、大きな白鳥の姿が白く浮かび、眠る王子を覗き込む。王子は恐怖に飛び起きる。母親の女王が部屋に入ってくる。冷静な表情で、王子の額に形ばかり手をやると、抱っこしてほしくて手を伸ばす小さな息子を制し、部屋を出ていく。王子はベッドの端に寂しそうにうずくまる。

朝になる。たくさんの侍従や女官が王子の部屋に一列縦隊を組んで入ってきて、手取り足取り王子の世話をする。次はつるっぱげの秘書官が、王子に王族の立ち居振る舞いを叩き込む。

女王と王子は、公式訪問や記念除幕式、宮殿のバルコニーで、群衆に手を振り、おきまりの笑顔で応える。王子が少しでもうろたえたり、気が途切れたりすると、途端に女王と秘書官の厳しい叱責が飛ぶ。

群衆に手を振りながら王子は大人になる。真面目でおとなしく無表情、母親である女王に逆らえない。

〈宮殿の広間〉女王は息子の面前で、はばかることなく若い愛人たちと戯れている。その少女のようなはしゃぎようから、彼女の表面的な女王然とした重々しい態度とは裏腹に、彼女自身がまだ精神的に未成熟であることが分かる。

王子は宮殿で美しい若い女性と知り合う。屈託のない笑顔、生き生きとした魅力に溢れている。王子は彼女と恋に落ちる。が、実は彼女は秘書官の差し金で、王子にわざと近づいたのである。

王子は女王に彼女を紹介する。彼女は女王に馴れ馴れしいやり方で挨拶する。どうやら王族に対する作法を知らない階層のようである。王子は彼女を王室一家のバレエ鑑賞に連れていくことにするが、女王は彼女の出自に不満そうである。彼女は女王に対して、自分の若さと美しさを誇示するかのように挑戦的な態度を示し、女王は嫉妬心からの反感を露わにする。

〈オペラハウス〉一同はバレエ「蛾の娘」を鑑賞する。このバレエは、いかにも古典バレエにありそうな話を徹底的にパロっている。場面は森。背景にはお城。悪趣味なデザイン、ド派手な色彩の衣装をまとった蛾の侍女たちと、真っ白い衣装を着た蛾の姫君、緑色の半ズボンに白いタイツを穿き、黒々としたもみあげとヒゲをたくわえた小男の木こり、蛾の姫と木こりの恋を意味もなく邪魔する木の妖怪が登場し、古典バレエの振り付けを大げさ且つ奇妙に誇張した踊りを踊る。

ガールフレンドは、おかしい場面に笑ったり、見せ場に立ち上がって拍手したり、音楽に手拍子を打ったり、皆にお菓子を配ったりする。彼女の「無教養」な行動に、女王はいちいち目をつり上げ、イラつき、呆れてみせる。王子は母親の価値観に同化しているため、同じく彼女に失望した態度を示す。

彼女は自分の行動の何がいけないのか分からないが、王子が自分を嫌い始めていることを察する。彼女は自分のバッグを一階席に落としてしまい、あわてて拾いに降りていく。女王は激怒して退席し、ガールフレンドもそのまま姿を消す。

〈王子の部屋〉すっかり疲れ果てた王子は、鏡の前で軍服を脱ぎながら酒をあおる。女王が現れる。意気消沈した息子の姿に、ついその手を彼の肩に置く。珍しく母親に触れてもらえた王子は、それをきっかけに母親に抱きつこうとする。女王は途端に恐怖に駆られ、慌てて押しとどめる。出ていこうとする母親を、王子は力ずくで引き戻し、躍起になって母親の腰にしがみつき、そのお腹に顔を埋める。女王は遂にパニックを起こす。自分の息子が怖いらしい。

〈酒場〉王子はお忍びである酒場を訪れる。ガールフレンドはそこに出入りしているらしく、彼女を探そうというのである。なぜか秘書官も変装して店に来ているが、ヅラが横ちょにズレている。ケンカに巻き込まれた王子は、暴れている姿を秘書官が呼んでおいたカメラマンに隠し撮りされ、ついには店から叩き出される。

〈酒場の外〉王子は路上に倒れ込む。ケンカ相手の酔客からはケリを入れられるわ、女の子たちには笑われるわ、散々である。しまいには、ヅラを脱ぎ捨てた秘書官が、ガールフレンドに札束を握らせているのを見た王子は、彼女が金で雇われて自分に近づいたことを悟ってショックを受ける。しかし、王子は気づいていないようだが、ガールフレンドはもらった大金を、そのままそっくり傍にいた少年(子供の頃の王子役、ガキのオートグラフ・コレクター役としても出演)にくれてやる。彼女は浮かない顔をしている。王子のことが気にかかっているのである。

呆然とする王子の脳裏に、白鳥たちの姿が浮かんでくる。王子は白鳥たちのいるところで自殺することを決意する。


第二幕

〈ある公園の池辺〉王子は帽子とコートとを脱ぎ、ゴミ箱から紙切れを探し出して、簡単に遺書を走り書きする。遺書を目立つところに貼り付けた王子は、目を閉じ、両手を広げるようにして、身を投じようと池に近づく。

突然、一羽の大きな白鳥が、王子の目の前に飛び出してくる。王子は驚いて地面に坐り込み、その白鳥に見とれる。伝統版では、ここで王子が出会うのは、とーぜんたおやかなオデット姫である。オデット姫は王子に気づいてびっくりし、「あらいや〜ん」と怯えて逃げようとするが、ボーン版の白鳥はむさ苦しい(特にワキ毛と胸毛が。よくみるとヘソ毛も)男で、めっぽう気が強い。

白鳥は人の気配に気付くと、自分に触れようと手を伸ばした王子を「なんやワレ」と睨みつけ、翼を大きく広げ、嘴で攻撃する姿勢を示して威嚇し、王子の前から飛び去る。

白鳥の後を追ってきた王子の前に、白鳥たちの群れが現れる。ここは細かくみてくと面白い。バランスを崩して転びかけてるヤツもいるし、ビミョーにポージングしてるヤツもいる。ボディビルの大会じゃないんだから。その中にあの白鳥の姿を見つけた王子は、何とかそれに触ろうとするが、逃げられてしまう。白鳥たちは見知らぬ人間である王子を警戒し、「いてまえー!!」と全員で王子をボコろうと襲いかかる。王子は頭を両手で抱えてうずくまる。

そこへあの白鳥が現れ、観念してうずくまる王子の頭を、両の翼でそっと撫でる。白鳥は少し警戒しながらも王子と戯れ、自分の体に触れさせ、自分からも王子に体をもたせかけ、顔をすりつける。王子は白鳥に子どものようにしがみつき、目を閉じて顔を埋める。白鳥は王子に抱かれるままである。母親とは違い、白鳥は王子を拒否しない。王子は元気を取り戻す。

この場面での王子はとても痛々しい。王子は白鳥の後をとにかく追い回し、触ろうとする。警戒して逃げようとする白鳥をむりやり押さえつけて撫でたりする。これは子どもが動物に対してよくやる。この王子は図体はデカいが、頭の中はまるきり子どもなのである。

また、ここでは男性同士のリフトが取り入れられる。ボーンの回想によれば、クーパー君は最初、リフトされることをとても怖がっており、男の自分の体重を支えきれるはずがない、と思っていたそうだ。同時に、白鳥の翼のイメージを保つため、王子をリフトするとき手を使ってはならず、王子をどうやってリフトするか悩んだという。結果はご覧の通り、腕をピンと伸ばして二の腕で王子の両の脇を支えて持ち上げる、しがみついた王子を首にぶら下げるという、いかにも筋肉痛な方法を採ったのである。

ボーンが振付に最も苦労したのは、この王子と白鳥のデュエットだったそうだ。一つには、アダージョの振付に不慣れだったため、もう一つには、エログロな要素を微塵も漂わせないようにするため。ただ、個人差があるとは思うが、私は最初は恥ずかしくて観られなかった。クーパー君も、慣れないうちは、どうしても白鳥は男だ、と思ってしまうだろうが、一旦その様式に慣れてしまえば、後は大丈夫だと語っていた。今は果たしてその通りになった。


第三幕

〈舞踏会の会場〉王室主催のパーティーが開かれる。各国の王女たちが次々と到着する。シックでエレガントなドレスに身を包み、いずれもすばらしい美人ばかりである。その中にあのガールフレンドの姿も見える。

女王が王子に伴われて現れる。ガールフレンドは、女王に正しい作法で挨拶するが無視される。王子は気が進まないが王女たちと踊る。ガールフレンドは王子と仲直りしようと近寄るが、王子は彼女をはねつける。

宴たけなわのところへ、いきなり、バルコニーから、黒ずくめの服装をした青年が、客たちの前に悠然と降り立つ。ガムをくちゃくちゃ噛みながら、傲岸不遜な態度で客たちを睨めまわす。王子は青年の顔があの白鳥と瓜二つなのに気づいて愕然とする。

青年は秘書官の知り合いらしい。みながこの黒衣の青年を注視する中、彼は女王にゆっくりと近寄り、儀礼的な接吻を許した女王の手をつかむと、その腕を下から上へと舐め上げる。女王は思わず狼狽して顔を背ける。青年は次に王女たち一人一人に近づき、誘惑する。女王は彼のことが気にかかる。

一方、王子は黒衣の青年から目を離さない。その視線は、ほとんど怒りに満ちている。白鳥に裏切られたように感じているのである。

青年も王子の敵意のこもった視線に気づき、二人の間には一触即発の険悪な雰囲気が漂い始める。そこに女王が青年を踊りに誘う。

王子がこわばった表情で見つめる中、黒衣の青年は焦らすように逃げる女王を追いかけ、女王を抱きしめては口づける。王子の怒りが爆発し、王子は二人の間に割って入る。青年は平然として今度は王子と踊り、親しげな態度を見せては急に突き放すことを繰り返し、王子を翻弄する。そして青年は、親指を灰皿に差し入れ、煙草の灰で自分の額に、白鳥の顔にあるのと同じ黒い線を書き入れて王子に見せつけ(このシーンは圧巻である)、白鳥の羽ばたきを真似てみせる。動揺する王子を嘲笑を浮かべて眺め、青年は王子の前から消える。

王子は混乱しながらも、何とか平静さを保とうと必死である。そこへ、女王と青年とが、親しげな様子で腕を組んで入ってくる。自分を愛してくれた白鳥と、自分の恋い焦がれる母親とが、自分の目の前で抱きあう。パーティーの客たちも王子の心を読んでいて、王子の陰口を言っては忍び笑いをしている。王子にはもう現実と妄想との区別が付かない。最後には全員が、王子を取り囲んで嘲笑を浴びせる。王子はその場から逃げ出す。

青年は女王を引き寄せて情熱的な口づけをする。その後ろから、髪を乱し、歪んでこわばった表情の王子が、震えながら二人に近づく。

王子は青年の肩に手をかけ、女王から乱暴に引き離す。青年は激怒するが、王子はすがるような表情で、青年の顔や首に両手で愛おしげに触れる。青年は嫌悪感を露わにして王子を突き放す。王子をなだめようと近づいた女王を、王子は指さして罵る。女王は怒って王子を打擲する。

王子は懐から銃を取り出し、母親に銃口を向ける。客たちが逃げまどう中、青年は王子の前に立ちふさがり、説得して銃を取り上げようとする。

突然、ガールフレンドが青年を突き飛ばし、王子に抱きつく。その瞬間銃声が響き、彼女は背中に銃弾を受け、王子とともに倒れる。秘書官が王子を体よく銃殺しようとし、それに気づいた彼女は咄嗟に王子を庇ったのである。彼女は王子のことを本当に好きになっていたのだ。

呆然として起き上がった王子の手から、青年が銃をもぎ取る。王子は助けを求めるように青年にしがみつき、その腹に顔を埋めようとする。かつて母親に対してしたように。青年は王子を引き離し、憎々しげに銃の柄で王子を殴りつける。王子はその場から連れ出される。青年は彼にすがって泣く女王の頭を優しく撫でながら、秘書官と顔を見合わせて哄笑する。

ブラック・レザーのアンサンブル、というファッションの「黒鳥」で、クーパー君は一躍、イギリスの男女双方にとってのセクシー大魔王になってしまった。あのへろへろ〜んとした御当人を思い浮かべると大笑いだが。クーパー君は、自分にそういう要素があると思ったことがなかったので、たいそう居心地が悪かったそうである。ボーンが言うには、クーパー君が踊っている時の、あのセクシーでエロティックな雰囲気は、本人がわざと意識的にやってるものではないそうだ。

公演が終わると、クーパー君の楽屋には、多くの人が訪れた。それらの人々は例外なく、クーパー君がホントに「黒鳥」みたいな男性だろうと期待してやって来た(期待するかフツー?)。そして、実際のクーパー君に対面してすぐ、ありありと失望の色を浮かべるか、驚きのあまり呆然として声も出ないかして、すごすごと帰っていったという(ボーン氏証言)。

このような場面が展開されたと考えられる。・・・クーパー君の楽屋を訪れたある観客(勝負心アリの巨乳セクシー美女)「今夜のアナタはとってもス・テ・キでしたわ♪ウフ♪」クーパー君(タバコを急いで消しながら)「ぷは〜(タバコの煙をハナと口から同時に吐く)。あー、そうッスか?どもありがと〜。がっはっはっ!ウチのネコは超カワイイんだよ〜ん」美女「・・・・・・(黙って楽屋を出ていく)。」

ただ謎もある。女王の腕を舐め上げた「黒鳥」が、いきなり乗馬用のムチを取り出し、ピシピシと自分の掌に打ちつけて鳴らすSチックなシーンがある。あのムチはなんとクーパー君の提案だそーだ。

ボーン曰く、「すばらしいアイディアだ。あれで黒鳥が場を支配してしまったということを、観客に一瞬で分からせることができる(ひざまずいて足をお舐め!ってか)。・・・だけど、僕にはさっぱり分からないのが、アダムはあんなことを、一体どこから思いついたのかということだ。」クーパー君もなかなか奥の深い人間らしい。奥が深いといえば、昔、友人が持っていたエロビデオで「奥は細道」というのがあり、大いにウケた。他に「奥ヒダ慕情」というのもあって・・・すみません。

ボーンがクーパー君の最もすばらしいアイディアの一つ、とほめているのが、黒鳥が自分の額に、白鳥と同じ黒い線を親指で書き入れるシーンである。「ああすることで、彼は王子にこう言っているんだ。『そう、僕はあの白鳥なんだよ』と。」これは私がいちばん好きなシーンだったので、とても驚いた。本当に一体どうすれば、こんなアイディアを思いつくものなのか?


第四幕

〈王子の寝室〉王子はベッドの上でうなされ続けている。王子の目が覚めたところへ、女王がやってくる。その表情は冷たく、感情がないかのようである。幼い頃と同じように、王子はベッドの端に腰掛け、自分に背を向ける母親の肩に、そっと手で触れようとする。

ドアが開き、秘書官そっくりな医師と女王そっくりな看護婦がぞろぞろと入ってくる。王子にとって、もはや他者はすべて母親か秘書官にみえる。彼らは王子を抑制し、ロボトミー(?)手術を施す。

おとなしくベッドに横たわる王子の周りに、白鳥たちが次々と姿を見せては消えていく。王子は意識を取り戻すが、自分の手足の動きを制御できない。王子は床に落ちてのたうちまわる。そこへ、ベッドの下からあの白鳥が現れる。

怯えて後ずさる王子を怖がらせないように、白鳥はゆっくりとベッドの上で羽ばたき、自分であることを知らせる。ようやくあの白鳥だと気づいた王子は、ベッドをよじ登って白鳥の体にしがみつく。白鳥は王子を羽で優しく包み込む。

突然、仲間の白鳥たちが、一羽、また一羽と現れる。王子と白鳥を睨みつけ、凶悪な表情でにじり寄り、翼を不気味に動かしている。

白鳥の群れは王子をあの白鳥から引き離すと、群れへの闖入者であるこの人間を攻撃する。あの白鳥は力を振り絞って王子を群れから救いだす。白鳥はまるで人間のように、王子の背中に両腕を回し、しっかりと抱きしめる。

群れの秩序を逸脱し破壊した者は、攻撃と排除の対象である。白鳥の群れは、今度はあの白鳥に一斉に襲いかかる。白鳥は群れによってつつき殺され、跡形もなく喰い尽くされてしまう。掟を破った仲間を殺し、群れの秩序を回復した白鳥たちは、整然と並んで羽ばたき、飛び去っていく。

王子はとぼとぼと歩いてベッドによじ登り、あの白鳥が殺された辺りに力なく坐り込むと、白鳥の痕跡を探すかのように、両手でシーツを愛おしそうにつかむ。震えながら泣く王子の体が、突然ベッドの上にうつぶせに倒れて動かなくなる。

異変に気づいた女王が部屋に飛び込んでくる。女王はあわてて王子を抱き起こすが、王子は悲しそうな顔で死んでいた。母親は息子をはじめて力一杯抱きしめ、激しく嗚咽する。

その頭上の窓の外には、あの白鳥が女王と同じ姿勢で、子どもの姿の王子を抱きかかえているのが見える。眠る王子のあどけない顔に、白鳥はそっと自分の頬を寄せる。

(2002年4月28日)

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