Club Pelican

THEATRE

アラジン

(2008年11月21日、新国立劇場オペラパレス)


注:このあらすじは、新国立劇場バレエ団が2008年11月21日に新国立劇場オペラハウスで行なった公演に沿っています。登場人物の性格や行動の描写、また作品のストーリーは、公演でのダンサーの演技と踊りを私なりに解釈したものです。また、もっぱら私個人の記憶に頼っているため、シーンや踊りの順番、また踊りの振付などを誤って記している可能性があります。


アダム・クーパーが出演した「オズの魔法使い」(8月末)以降、気持ち的にはおよそ3ヶ月ぶりの舞台鑑賞である。この3ヶ月間、9月に東京バレエ団の『ジゼル』を観たのだが、そのときは心がまだ『オズの魔法使い』の世界から戻ってきておらず、あまり興に乗れなかった。それから2ヶ月間は本当に何の舞台も観ていない。『オズの魔法使い』の余韻にまだ浸っていたい、という気持ちもあったし、また、ただ単に「反射的に観なければと思って」とか、「後学のために観ておこう」とかいう理由でバレエ公演を観るのはやめにして、これからは「本当に観たい」バレエ公演だけ観ることにしよう、と考え直したからだった。

こうして3ヶ月間も「オズの魔法使い」の余韻にたっぷり浸った後、久しぶりに観ることになったのは、新国立劇場バレエ団の『アラジン』だった。『カルミナ・ブラーナ』や『美女と野獣』を振り付けたデヴィッド・ビントリーの新作で、2ヶ月ぶりのバレエ鑑賞復活第一弾としては、演目チョイス的にわるくない。

『アラジン(Aladdin)』、振付はデヴィッド・ビントリー(David Bintley)により、音楽はカール・デイヴィス(Carl Davis)の同名のバレエ曲を用いている。舞台装置はディック・バード(Dick Bird)、衣装はスー・ブレイン(Sue Blane)、照明はマーク・ジョナサン(Mark Jonathan)による。この作品は新国立劇場バレエ団のために創作された。今回が世界初演である。

主なキャスト。アラジン:山本隆之;プリンセス:本島美和;魔術師マグリブ人:マイレン・トレウバエフ;ランプの精ジーン:吉本泰久;

アラジンの母:難波美保;サルタン(プリンセスの父):イルギス・ガリムーリン;アラジンの友人:江本拓、グリゴリー・バリノフ;踊り子:西川貴子、厚木三杏;

オニキスとパール:高橋有里、さいとう美帆、遠藤睦子、江本拓、グリゴリー・バリノフ、佐々木淳史;ゴールドとシルバー:川村真樹、丸尾孝子、貝川鐵夫、市川透;サファイア:湯川麻美子;ルビー:厚木三杏、陳秀介;エメラルド:寺島ひろみ、寺島まゆみ、中村誠;ダイアモンド:西川貴子;

ライオン・ダンス:グリゴリー・バリノフ、江本拓;ドラゴン・ダンス:小笠原一真、末松大輔、アンダーシュ・ハンマル、小口邦明、清水裕三郎、田中俊太郎、原健太、三船元維、エリク・T・クロフォード。

演奏は東京フィルハーモニー交響楽団、指揮はポール・マーフィー(Paul Murphy)

なにせ新作の世界初演だけに客足はどうだろう、と心配していたが、会場に入ってみると、客席は人であふれかえっていた。ずっと上の階の客席にも観客たちの頭が動いているのが見える。


第一幕

前奏曲が始まって幕が開くと、白い紗幕が下りていた。その向こうは闇である。やがて、紗幕に渦巻きのような大きな模様が映し出され、それがぐるぐると旋回した。紗幕の向こうがぼうっと明るくなり、背の高い鍾乳石の上にランプが光っているのが見える。鍾乳石の根元にはアラビア風の衣装を着た男、魔術師マグリブ人(マイレン・トレウバエフ)が立っており、ランプを仰ぎ見ては、盛んに手を伸ばしてランプを手に入れたいという仕草をする。しばらくして紗幕の向こうは再び闇となる。

紗幕が上がると同時に、舞台がまぶしいほどに明るくなる。舞台の奥から両脇いっぱいに、白い漆喰を塗った石造りの背の高い建物が聳え立っている。やがて様々な物売りたちが荷車を押して現れ、街の人々が多く行きかう。人々はある者はアラビア風の、ある者はインド風の、ある者は中国風のデザインの衣装を着ている。東洋らしいということは分かるが、どこの国なのかは分からない。プログラムによると、「アラジン」の原作が中国を舞台としているのには従わず、東洋であるという雰囲気は漂わせつつ、しかし舞台となる国をあえて具体的に設定しない、というのがビントリーの意思だったそうだ。

アラジンの友人たち(江本拓、グリゴリー・バリノフ)が現れる。彼らはどちらかというとアラビア風の衣装を着ている。彼らは往来する人々の間を縫って、飛び跳ねながら軽快に踊り始める。やがて、アラジン(山本隆之)が飛び出してくる。アラジンの衣装を見てびっくり、アラジンは明らかに中国風の衣装を着ている。七分袖の上衣に青色の脛までしかない丈のズボンを身につけ、青い帽子をかぶり、後ろ髪を一本に束ねて垂らしている。そのズボンの膝には継ぎ当てがいくつもある。アラジンはビンボーらしい。

中国服のアラジンとアラビア服の友人たちは一緒に踊り始める。ここの踊りでは、友人たちがアラジンを支えている間に、アラジンが友人たちの腕の中で、身体を斜めにひねらせて反転する動きが面白かった。そして、アラジンのソロとなる。アラジン役の山本隆之は明るい、無邪気でひょうきんな感じの表情をしていて、その踊りの振付も飛び跳ね、回転し、舞台中を駆け回るというものだった。このアラジンのソロがまた長くて、しかも始めから終いまで飛び跳ねてばかりいるのだから、山本隆之はさぞ大変だったろう。彼を観るのは小林紀子バレエ・シアターが上演した『二羽の鳩』での「少年」役以来だ。

山本隆之は悪戯っぽい笑みを浮かべて踊っていた。アラジンはヒーローではなく、ごく普通の、というよりは、お調子者で小ざかしい、やや軽薄なガキらしい。が、山本隆之の踊りは、アラジンという少年のキャラクターほどにはあまり軽快でなかった。

やがてアラジンとそっくり同じ衣装を着た女性(難波美保)が現れる。アラジンの母親である。アラジンの母親はしかめっ面をしてアラジンを叱りつけ、アラジンのほっぺたを引っ張って連れて行こうとする。だがアラジンは調子よく母親をなだめ、その額にキスをする。アラジンの母親はアラジンに追い立てられるように去っていく。

アラジンと友人たちはいかにも金持ちそうな豪華な衣装を着た、でっぷりと太った男に目をつける。アラジンたちはその金持ちの男にまとわりつき、ちょっかいをだしてからかい、男がかぶっていたキンキラキンのターバンを取り上げてしまう。アラジンはふざけて、そのゴージャスなターバンをかぶっておどけてみせる。その様子を、ガウンのような長衣を着て、ターバン風のつばひろの帽子をかぶった、緑色の肌をした目つきの鋭い男(マイレン・トレウバエフ)が見つめている。

この男はマグリブ人の魔術師で、マグリブとはアフリカ北西部を指すそうである。緑色の肌をしているので、『オズの魔法使い』の西の魔女を思い出した。なんてタイムリーな。それにしても、悪い魔法使いは緑色の肌をしている、というのはお約束なのかしらね?

アラジンにターバンを取られた金持ちの男は、宮殿の守衛たちにアラジンを捕まえるよう訴える。アラジンが守衛たちに追いかけられているさなか、魔術師のマグリブ人がゆっくりと歩み出てきて、人々に向けて手をかざす。すると、人々はなぜか眠ったように目を半開きにし、体を大きく左右に波うたせる。守衛たちも足を止めて、同じく半ば眠ったようになってしまう。マグリブ人はアラジンを連れ出す。

舞台から街並みと人々の姿が消え、舞台の奥に真っ赤な円い月が昇っている。その下には先っちょを吊り上げられた白い布の緩い三角形の山。アラジンが風にあおられたように覚束ない足取りでやって来る。そこへ、オレンジの長い衣装を着た女性ダンサーたち(砂漠の風)が次々と現れ、アラジンにまとわりついて踊る。大量の女性ダンサーが一斉にアラジンの腕を支えにして踊り、アラジンが砂漠の砂嵐に翻弄される感じがよく出ていた。

ともに現れたマグリブ人は魔術を使って(本当は黒子を使って)アラジンに豪華な衣装を着せてやる。単純に喜ぶアラジン。マグリブ人はアラジンに頼みごとをする。洞窟の奥に入って、ランプを取ってきてほしいというのである。このへんはマイムで表現していたが、プログラムを事前に読んではじめて意味が分かるもので、『美女と野獣』でのマイムの問題点と同じである。ビントリーはマイムの問題にはよほど頭を悩ませているんだろうな、と感じた。

再び黒子が現れ、アラジンから豪華な衣装を取り去ってしまう。このへんはアラジンが踊っている最中に、黒子とマグリブ人がうまく服や靴を取り去っていく、という演出だった。さりげなく大変な振りもあって、アラジン役の山本隆之が片脚だけで立って静止している間に、マグリブ人役のマイレン・トレウバエフが、山本隆之が後ろに上げたほうの足の靴を脱がせていた。山本隆之、何気にバランス・キープである。

アラジンはマグリブ人の申し出に怖気づいてしまい、その場から逃げようとする。だが、マグリブ人が手をかざすと、アラジンの体はマグリブ人のほうに吸い寄せられてしまって逃げられない。マグリブ人は赤い月を指さしてアラジンに見せる。すると、赤かった月が白く輝き、その中に白い紗の衣装をまとった美しい女性(本島美和)が現れてゆっくりと踊る。アラジンは彼女の美しさに見とれる。やがてその女性の姿が消える。

マグリブ人はアラジンに、あの女性を好きかと尋ねる(胸に手を当てるマイム)。アラジンは夢中になった様子で、激しい仕草で両手を胸に当てる。マグリブ人は洞窟に入ってランプを取ってくれば、あの女性はお前のものだと唆す。それを聞いて、アラジンは恐る恐る洞窟の入り口(月が洞窟の入り口も兼ねている)に入っていく。

月の向こうに消えたアラジンが、やがて月の中から出てくる。すると、月の下から床にかけて、恐竜か鯨のあばら骨の化石を思わせる巨大な白い装置が現れ、同時に白く輝く鍾乳石が無数に天井から降りてきた。この光景は非常に美しく、同時に迫力があって『アラジン』のセットの中では最も印象的だった。プログラムにこのシーンの写真がないのは残念。これは『美女と野獣』でも用いられた演出で、登場人物がドアの向こうに消えると同時に舞台転換が行なわれ、登場人物が再び同じドアから現れると、そこはドアの向こうの場所になっているというものである。

アラジンは恐る恐る、巨大なあばら骨をつたって洞窟の中に下りる。周囲を見渡すと、そこには金銀財宝があちらこちらにあふれている。万年雪の上には金や銀の装飾品が無造作に散らばり、古い木の櫃からは様々な宝石が入りきらずにはみ出ている。アラジンは喜び勇んで、財宝を手に取ってはポケットの中にねじ込む。

すると、やや大きめの白真珠をたくさんつけたチュチュを着た女性たち(高橋有里、さいとう美帆、遠藤睦子)と、黒い仮面をつけ、黒い衣装を着た男性たち(江本拓、グリゴリー・バリノフ、佐々木淳史)が現れて踊る。男性群のほうはオニキス役で、オニキスとは縞瑪瑙のこと。プログラムによると、衣装を担当したスー・ブレインは、チェスの駒をこの「オニキスとパール」の衣装デザインのコンセプトにしたそうだ。

宝石たちの踊りはゴールドとシルバー(川村真樹、丸尾孝子、貝川鐵夫、市川透)、サファイア(湯川麻美子)、ルビー(厚木三杏、陳秀介)、エメラルド(寺島ひろみ、寺島まゆみ、中村誠)、ダイアモンド(西川貴子)と続く。アラジンは洞窟の入り口から続く巨大なあばら骨の下で、これらの宝石たちの踊りを眺めている。

この中で特に印象に残ったのは、振付では、特に男性ダンサーが女性ダンサーをリフトするときの、両者のポーズや動きの美しさ、そしてダンサーでは、ルビーを踊った厚木三杏、エメラルドを踊った中村誠、ダイアモンドを踊った西川貴子だった。

男性ダンサーが女性ダンサーを横抱きにして静止する、またはそのままの姿勢でゆっくりと回転する、というリフトがどの踊りにも多かったような気がする。組んだ2人の手足の角度が絶妙で、まさにツボにはまった美しさ。何度見ても飽きなかった。

ルビー役の厚木三杏は紅の胸当てにハーレム・パンツという衣装を身につけ、体を柔らかにくねらせながら、優美で繊細な動きで踊った。踊りそのものによる表現力がすごいというか、決して派手ではない振付なのに、踊りが洗練されていてしかも艶っぽい。踊りによる表現力という点では、おそらくダイアモンドを踊った西川貴子や、プリンセスを踊った本島美和よりも優れていると思う。

エメラルド役の中村誠は緑色の衣装を着て、おなじく緑色の長い髪のかつらをかぶり、緑色の衣装を着た寺島ひろみ、寺島まゆみとともに踊った。このエメラルドの踊りでの主役は中村誠で、というか寺島ひろみ、寺島まゆみがかすんでしまうほどすばらしい踊りを見せた。女性ダンサーのサポートやリフトの他に、ジャンプや回転などダイナミックな振りが多い踊りだった(と思う)が、一貫して安定した動きで踊っていた。

カットされたダイヤモンドの輝きをイメージさせる、黒と白のダイヤ模様のチュチュを着た女性ダンサーたちが大勢出てきて踊る。その中心で、西川貴子が大技の多い、ジャンプもてんこ盛りな威勢のよいソロを踊った。最後にジャンプしながら舞台を一周していた気がする。この人は、『ラ・バヤデール』でガムザッティを踊った人じゃなかったっけ?テクニカルなダンサーらしい。

ダイヤモンドの踊りが終わると、それまでに踊っていた宝石たちが再び姿を現し、アラジンの帽子の中にそれぞれの宝石の粒を落とし入れる。宝石のプレゼントにアラジンは夢中になる。しかし、ダイヤモンド(西川貴子)が上を指さしてアラジンに注意を促す。アラジンはダイヤモンドが指さす方向を見つめる。すると、高く突き立った鍾乳石の先端にランプが置いてあり、内側から輝いている。

アラジンは鍾乳石をよじ登ってランプを手に取る。いつしか宝石たちは姿を消す。洞窟の入り口にマグリブ人(マイレン・トレウバエフ)が姿を現し、ランプを自分によこすよう催促する。しかし、アラジンは何を思ったのか、ランプを後ろ手に隠し持って、ランプを渡すことを拒む。たぶん、これが魔法のランプだと気づいたのだろう。マグリブ人にすんなり渡すのが惜しくなったのだ。激怒したマグリブ人は洞窟の入り口を塞ぎ、アラジンを洞窟の中に閉じ込めてしまう。

自業自得のくせに、閉じ込められたら閉じ込められたで、アラジンはパニックに陥ってしまう。舞台中を駆け回り、転げまわり、頭を抱えてうずくまり、座り込んで必死に思案する。山本隆之は、ここの演技はもっと生き生きとやってほしかった。だが、アラジンはふと気づいた顔になり、置いてあったランプを手に取るとそれをこする。

するとランプが再び内側から輝き、同時に洞窟の入り口が何者かによって開けられる。いかにも重たげな扉を力強く開ける感じがよく出ていてよかったです吉本泰久(ランプの精ジーン)。アラジンは洞窟の入り口へと上がっていく。

再び街中。建物と建物の間には大きな洗濯物が何枚も吊り下げられている。アラジンの母親(難波美保)が籐の箪笥を引きずりながら現れる。背伸びをしては腰をたたき、しんどそうである。アラジンの母親は箪笥を家の前に置いてその横に座り込み、箪笥の中から取り出した盥と洗濯板を足元に置いて洗濯を始める。

すると、箪笥の中から物音がする。不審そうな顔をするアラジンの母親。その瞬間、アラジンがなんと箪笥の中から疲れ果てた態で出てくる。最初に母親が箪笥を引きずって現れたときには、中に人が入っている重さがあるようには思えなかったので、たぶん箪笥を家の前に横付けして置いたときに、床の下か壁の中からアラジン役の山本君が入り込んだのだろう(無粋ですみません)。

アラジンは洞窟で起きたことを嬉しげに母親に語って聞かせる。ここもマイムで表現していたが、マイムよりも、アラジンがダイヤモンドの踊りを真似してみせたほうがよほど分かりやすかった。山本隆之のナヨった動きの女踊りが笑えた。更に、アラジンは証拠として帽子の中の宝石を母親に見せようとする。しかし、帽子の中には何もない。アラジンの母親は呆れ果てた様子で息子を突き放す。

アラジンはランプをこする。すると、家と家の間に吊るしてあった洗濯物に大きな人影が映る。洗濯物が落ちる。そこには、青い肌をしたランプの精ジーン(吉本泰久)が腕組みをして宙に浮かんでいる。なかなかインパクトのある登場シーンだ。客席から拍手が沸く。吉本泰久はワイヤーで吊るされていた(つくづく無粋ですみません)。ジーンは辮髪のように頭のてっぺんだけに髪があって、それを結わえて垂らしている。衣装はアラビア風のベストとハーレム・パンツ。だが無表情である。

空高く浮かんでいたジーンはゆっくりと地上に下りてくる。それから、ジーンがソロを踊ったかもしれないが、よく覚えてない。踊ったとすれば、複雑な回転とジャンプとを組み合わせたアクロバティックな振付だったと思う。吉本泰久の動きがとても鋭くて、また軽くて弾むようだったような記憶がある。

さまざまな宝石の精たちがまたもや姿を現す。アラジンの言うことが本当だったと知った母親は現金にも喜びまくる。ジーンはアラジンの前に跪き、宝石の精たちを引き連れてアラジンの家の中に駆け込んでいく。

あくる日の昼、街の中。人々が相変わらず行きかっている。アラジンたちもその中にいる。いきなり勇壮な行進曲が響く。同時に、1台の木製の輿が男たちに担がれてやって来る。中は見えない。女たちが輿に向かって花の雨を降らせる。街の人々はあわてて跪き、顔を伏せるか反らすかする。アラジンも同じように跪いて顔を伏せる。だが彼はこっそりと顔を上げ、貴人が座っているはずの輿を見つめる。

やがて、輿の中から白い紗の衣装に身を包んだプリンセス(本島美和)が現れる。街の女の1人が顔を必死に反らしながら、プリンセスに花束を贈る。プリンセスは、自分に対する礼儀とはいえ、誰一人として自分を決して見ようとしないことを悲しんでいるようである。戸惑ったような本島美和の演技がすばらしかった。こういう寓話的なストーリーの作品では、本島美和のようなお約束で分かりやすい演技のほうが向いていると思う。

プリンセスは誰も見ていない中でゆっくりと踊る。アラジンがマグリブ人に見せられた月の中の美しい女性と同じように。本島美和は大きくて切れ長な目を持ち、長身で、手足は長くほっそりとしており、体形は他の女性ダンサーたちの中で圧倒的に群を抜いている。プリマ・バレリーナになれる最終的な要素とは、結局は顔と体形なのだ、とこの人を見ているとつくづく感じる。もちろん、本島美和の動きやポーズ(特にアティチュード)は非常に美しく、身体能力にも恵まれた人なのだろうと思う。

一方、アラジンは体を起こし、プリンセスをガン見している。プリンセスはふと誰かの視線に気づき、後ろを振り返る。プリンセスとアラジンの目が合う。プリンセスはとっさに目を伏せ、反射的にヴェールで自分の顔を隠す。しかしヴェールの陰から、プリンセスもアラジンをじっと見つめる。彼女は臆することなく自分を見つめるアラジンに心惹かれた様子である。やがてプリンセスは再び輿に乗り込んで去ってしまう。

プリンセスの乗った輿を見送ってから正面を向いたアラジンは、もうプリンセスへの恋心でいっぱいである。アラジンは両手のこぶしをにぎり、力強い表情でまっすぐ前を見つめる。第一幕が終わる。

(2008年11月25日)

このページのトップにもどる

第二幕

サルタンの王宮の浴場。舞台の奥に白い大理石の柱が何本も立っている。天井にはモザイク紋様のアーチ状の飾り壁がいくつもあり、柱と柱との間をつないでいる。浴場の中央には、イズミック陶器を思わせる、美しい藍色の草花の模様が入ったタイルでできた温泉がある。温泉の蛇口からは水(←本物)が細く流れ出ている。

温泉の周囲に、裸身に白い布を巻きつけただけの少女たちが戯れている。プリンセス(本島美和)とそのお付きの少女たちである。プリンセスは髪を片側に垂らしていて、白い肩に黒髪がかかっている。プリンセスは明るく笑いながら友人に水をかけてふざけ、お付きの少女たちは追いかけっこをしたりして楽しげである。楽しげなんだけど、ふざけてかけていた水は本物らしかったので、床が水に濡れてしまうじゃないか、踊ると危ないんじゃないか、と心配になった。

このシーンでの女性ダンサーたちは素肌で、本当に裸にバスタオルを巻いただけのように見えた。で、どの子もむきだしの肌がとても白くて、手足が細くて、初々しくて危うい色っぽさみたいなものがあって、同じ女なのについドキッとしてしまった。同時に、今どきの日本人女性ダンサーはこんなにスタイルがいいのね〜、とあらためて実感した。

浴場には男性たちもいて、プリンセスたちの後ろに控えている。宦官たちである。みなちゃんとヒゲがなかった。

やがて、お付きの少女たちがプリンセスの姿を布で覆うように隠す。しばらくして出てきたプリンセスは白い紗のワンピース1枚をまとっている。そのときである。柱の陰にアラジン(山本隆之)の姿が現れる。プリンセスを追ってきたのだ。てか、いくら女に一目ぼれしたからといって、いきなりその女の風呂場に忍び込んでのぞき見するヤツがあるか。これじゃただの変態じゃねえか。

プリンセスはアラジンに気がつく。しかし、なぜかプリンセスは騒がない。アラジンはその後も柱の陰に見え隠れし、そのたびにプリンセスはさりげなくアラジンのいる方を見る。お付きの少女たちはプリンセスの様子がおかしいことに気づく。しかしプリンセスはごまかすような微笑を浮かべ、なんでもない、と首を振る。

お付きの少女たち、宦官たちがみな席を外し、プリンセスは浴場にひとりきりになる。アラジンが柱の陰から飛び出してくる。プリンセスはひらりとドレスの裾を翻して逃げるが、それでも騒ぎはせず、後ろを向いたままアラジンの様子を背中でうかがっている。アラジンはなおもプリンセスに近づき、その手を取ろうとする。プリンセスは戸惑い、アラジンの手から自分の手をするり、と抜く。しかし、やがておずおずとアラジンと手をつなぐ。

ここでアラジンとプリンセスの1回目のパ・ド・ドゥとなる。平凡すぎることなく、奇抜すぎることもなく、自然で美しい振付だった。アラジンとプリンセスは舞台の上を軽やかに駆け回るかのように踊った。プリンセスを踊る本島美和のポーズのきれいさが際立っていた。特にアティチュードのポーズが非常にきれいで、長い手足を形よく、またすっきりと伸ばしていて、後ろに上げた片脚の線が美しかった。

アラジンがプリンセスを体の側面でリフトして振り回す動きが多かったように覚えている。プリンセスも手足を広げたり曲げたりしてポーズをとっているから、振り回されると空間に流れるような線を何本も描く。それがとてもきれいで印象に残った。

プリンセスの衣装が白いワンピースだったからか、ケネス・マクミラン版『ロミオとジュリエット』のバルコニーのパ・ド・ドゥを思い出した。もっとも、アラジンとプリンセスはキスまではいかなかったけど。

ふたりが見つめ合っているところへ、プリンセスの侍女の1人が現れる。アラジンの姿を見たお付きの少女は驚いて人を呼ぶ。守衛たちがなだれこんでくる。プリンセスはアラジンをかばおうとするが、守衛たちの勢いを止められない。守衛たちは一斉にアラジンに槍を突きつけ、アラジンは観念して取り押さえられる。守衛たちはアラジンを引っ立てていく。

サルタンの宮殿。中央に白いきざはしが付いた玉座、その両脇に台座が2つずつ置かれている。やがてでっぷりと太ったサルタンが現れて中央の玉座に座る。両脇の台座にも裁判官たちが着座する。なぜかマグリブ人の魔術師(マイレン・トレウバエフ)が玉座の近くに立っている。プログラムによると、彼は実は首相であるらしい。

アラジンが守衛たちに引っ立てられてやって来る。サルタンは裁判官たちに判決を尋ねる。裁判官たちは一致して斬首という断を下す(片手を首のあたりに当てるベタな仕草)。そこへプリンセスが現れてアラジンの命乞いをする。首相(マグリブ人の魔術師)がサルタンに耳打ちする。サルタンはプリンセスの願いを聞き入れず、やはり斬首の判決を告げる。

執行人がアラジンをひざまずかせ、アラジンの首を断ち切ろうとする。そこへアラジンの母親が駆け込んでくる。アラジンの母親もサルタンにとりすがり、サルタンに宝石(第一幕の最後にランプの精ジーンのおかげで手に入れた)を次々と渡してアラジンの命乞いをする。それでもサルタンは頑として聞き入れない。ところが、サルタンが目を放した隙に、アラジンの母親は嘆き悲しむフリをしながら、アラジンにそっと魔法のランプを手渡す。アラジンは急いでランプをこする。

すると、玉座の奥から、ランプの精のジーン(吉本泰久)がぬっと現れる。同時にどこからともなく大勢の男女が現れて、その場は大混乱に陥る。ジーンを中心に人々が踊り乱れる。この人々はジーンの側近であるそうだ。みな金、銀などのアラビア風衣装をまとっている。

このシーンではランプの精のジーン役である吉本泰久が物凄い超絶技巧で踊った。しかも耐久レースみたいにいつまでも踊り続け、最後までペースを落とさない。舞台中をジャンプして、回転して、ジャンプと回転を織り込んで跳び回る。特につむじ風のように、鋭い回転をいつまでも続けているのがすごかった。群舞の踊りもアクロバティックな技をてんこもりにした豪勢な振付で、ジーンの長いソロと側近たちの群舞が終わったときには観客は大興奮、会場は拍手喝采の嵐となった。

そして、人々の間から、白に金銀の刺繍を施した豪華な衣装(チャイナ服から今度はアラビア風デザイン)に身を包んだ若者が現れる。サルタンをはじめとする宮廷の人々は驚く。それはさっきまでみずぼらしい格好をしていたはずのアラジンだった。ジーンの側近たちが金銀宝石のつまった櫃をサルタンに次々と差し出す。

サルタンはアラジンの罪を許すばかりか、プリンセスとの結婚まで承諾する。サルタンは別に金銀財宝に目がくらんだわけではなく、莫大な財産を持った立派な男だ、と認めてのことらしい。プリンセスは嬉しげにアラジンに駆け寄り、アラジンとプリンセスは手をつなぐ。

アラジンとプリンセスの結婚式が執り行われる。プリンセスは白いドレス、アラジンも白銀の衣装(やっぱりアラビア風デザイン)を身につけている。サルタンは可愛い娘を嫁がせる父親の悲哀を漂わせ、ハンカチで涙をそっとぬぐう。たぶんイギリス的(デヴィッド・ビントリー)には、ここで観客は笑うものだと思われる。でも日本の観客はめったに笑わないから、ビントリーは早くもイギリスと日本の観客の違いを感じただろう。一方、アラジンの母親は悲しむサルタンに能天気に笑いながら寄り添い、超ご機嫌である。

アラジンとプリンセスは一緒に踊り始める。2回目のパ・ド・ドゥである。今度もお約束的で典型に流れすぎた振付でなく、かといって無意味にトリッキーな振付でもない。ゆったりとした、流れるようなきれいな振付である。やはりアラジンがプリンセスを体の側面でキャッチし、支えながらそのまま振り回すリフトが多かった。

振付はいいと思うんだけど、肝心のアラジンとプリンセス、山本隆之と本島美和のタイミングがあまり合っていないことがちょっと気になった。せっかく美しいリフトなのに、少しガタついてスムーズにいかないことが目立った。「踊れる人が踊ればきれいに決まるんだろうな」とちょっと思ってしまった。

この後でアラジンとプリンセスそれぞれのヴァリエーションがあったような気がするが、ここの記憶はすっぽり抜け落ちてまったく覚えていない。よって申し訳ないけどカット。

アラジンとプリンセスの踊りが終わると、いきなり京劇のような音楽が響き、巨大な黄色い獅子(かぶりもの)が現れて、ライオン・ダンスを踊る。てっきり横浜中華街商店街青年会(←こんな組織があるかどうかは知らん)から人材をレンタルしてきたのかと思ったが、自前で調達したらしい。グリゴリー・バリノフと江本拓だそうである。前足に1人、後ろ足に1人いて、獅子が前足を上げて跳びかかる動きでは、後ろ足のダンサーが前足のダンサーをリフトしているらしい。そういう動きが何度もあった。これでもう、来年の旧正月に横浜中華街でバイトできるなグリゴリー・バリノフと江本拓。

人々が楽しげに笑いさざめいて去っていく。王宮の広間は無人となる。が、そこへ首相(マグリブ人の魔術師)が一人で現れる。首相は鋭い目つきで何事かを考え込んでいるようだ。そして、サルタンが座る玉座へのきざはしを登り、なんとサルタンの玉座に腰を下ろして、倣岸不遜な態度で前をじっと見つめる。トレウバエフの目つきや態度が、いかにも悪者で謎めいていてよかった。これから一波乱ありそうな雰囲気を漂わせつつ、第二幕が終わる。

(2008年12月1日)

このページのトップにもどる

第三幕

幕が開くと、舞台の中央に黒檀のような木材で作られた、あずまや風の建物のセットが置かれている。屋根は三角形で中国風なのだが、窓や壁にはアラベスク文様のような細かい透かし彫りが施されている。壁と窓の手前には大きなカウチがあって、その下は白い大理石の台座である。

めでたく夫婦となったアラジン(山本隆之)とプリンセス(本島美和)がカウチの前に座ってチェスを楽しんでいる。だが、アラジンのほうが形勢不利らしく、駒を指すのに四苦八苦しており、なんだかつまらなそうな様子である。頭を使うのが苦手なんですな。

アラジンの友人たち(江本拓、グリゴリー・バリノフ)がやって来る。心なしか、アラジンの出世のおかげか、友人たちの衣装までゴージャスになった気がする。てか明らかに豪華衣装になった。アラジンの周囲の人々は、母親ばかりか友人たちまでちゃっかりしている。友人たちは手に弓矢を持っており、アラジンに狩りに出かけようと誘う。アラジンは勢いよく立ち上がり、喜び勇んで誘いに応じようとする。

しかし、プリンセスはアラジンと一緒にいたいらしい。彼女はちょっと顔を曇らせると、次には優しく微笑みながら、アラジンの手を柔らかく握って引き止める。アラジンはアラビア風の衣装のままで、プリンセスは白いワンピースのドレスを着ている。プリンセスのイメージ・カラーは白らしい。チェスにも弱いが美しい新妻の笑顔にはもっと弱いらしい。アラジンは鼻の下を伸ばしてプリンセスと踊り始める。アラジンとプリンセスの3回目のパ・ド・ドゥである。

プリンセスがアラジンに微笑みかけ、アラジンがプリンセスに引き寄せられていくような踊りだった。本島美和は本当に美人ですね。やはりアラベスクやアティチュードなどのポーズが断然きれい。アラジンはプリンセスを大事そうに支えながら踊る。こうして踊っているうちに、アラジンはチェスに飽きたことなどすっかり忘れ、またもやプリンセスに夢中になったようだ。ただ、ふたりが踊っているうちに、プリンセスのドレスの片方の肩紐が肩からずり落ちてきたので、細かいことだけど衣装を手直ししたほうがよい。

これでアラジンは狩りに行くのをやめるか?と思ったら、プリンセスはアラジンの背中を押して、狩りに出かけるように促す。だがアラジンは首を振ってプリンセスの両手を握り、プリンセスの元に留まろうとする。それでもプリンセスは優しく笑ってアラジンに出かけるよう勧める。アラジンの活発な気性をよく分かっていて、自分がひとりぼっちになることを我慢しても、アラジンの好きにさせてやりたいのだ。優しいお姫様である。

本当はアラジンも外に出かけたかったのだろう。だがアラジンも優しい少年である。プリンセスに寂しい思いをさせたくなかったのだ。アラジンはプリンセスに促されて、「ほんとにいいの!?」というふうに明るく笑い(←山本隆之の子どもっぽい笑顔がよかった)、友人たちと元気よく外に飛び出していく。

残されたプリンセスは、進んでアラジンを送り出したとはいえ、やはり寂しそうである。そこへ、黒マントを頭からすっぽりとかぶった老婆が、腰を曲げて歩いてくる。フードからのぞくその顔は緑色。そう、あのマグリブ人の魔術師が老婆に化けてやってきたのだ。

老婆はプリンセスの前にやって来ると、ピカピカのランプを取り出して見せる。古いランプがあったら交換しよう、というわけだが、ここのマイムは分かりにくかった。プリンセスはアラジンが持っているランプが魔法のランプだとは知らない。それでアラジンに新しいランプを喜んでもらおうと思って、古いランプをマグリブ人の魔術師が化けた老婆に手渡してしまう。

というわけだが、この流れはあらかじめプログラムを読んで、それからマイムを見て、それでようやく理解できるのである。デヴィッド・ビントリーの物語バレエは話が込み入っているので、どうしてもマイムを多用する傾向があるように思う。だけど、プログラムを事前に読んでおかないと分からないマイムでは意味がない。

古いランプを手に入れた老婆はマントをかなぐり捨てる。中から現れたのはあくどい目つきをしたマグリブ人の魔術師である。プリンセスは驚愕する。マグリブ人の魔術師はランプをこする。するとランプが輝き始め、白い煙が周囲に立ち込める。煙の中からランプの精のジーンが現れ、マグリブ人の魔術師の前にひざまずく。

ランプの持ち主=自分の主人、という理屈は分かるし、ジーンには主人を自分で選べず、ただランプの持ち主の言うことを聞くだけ、という事情も分かるが、それでもやはり「コイツには節操とか忠義心とかいうものはないのか」とジーンに対して感じてしまった。踊り的にもストーリー的にも、この作品で最も活躍するランプの精のジーンが無個性で人間味がない(人間じゃないが)、というのは、この作品の最大の弱点というか問題点だと思う。

マグリブ人の魔術師は嫌がるプリンセスの手をつかみ、ジーンに何事かを命ずる。ジーンはひざまずいてうなずく。舞台の前面に紗幕が下ろされ、舞台の中はほの暗くなる。その瞬間、ジーンがマグリブ人の魔術師の手をつかみ、マグリブ人の魔術師はプリンセスの手をつかんで、数珠つなぎになって天井に上っていく。スモークと暗いライトのせいで分かりづらかったが、あれは等身大の人形だな。

紗幕の前に、アラジンがあわてた様子で現れる。紗幕の向こうでは、ジーン、マグリブ人の魔術師、プリンセスが数珠つなぎになった人形が空高く飛んでいく。この数珠つなぎの人形は小さいもので、たぶんそれぞれが1メートル弱くらい?でも、作りが細かくてよくできていた。紗幕のすぐ後ろを飛んでいくのではっきり見えたが、ちゃちい作りだぜ、とか思わなかった。

アラジンは飛んでいく彼らの後を必死で追いかけ、舞台の袖に消える。

舞台が暗転する。舞台の真ん中にプリンセスが倒れている。その後ろには、黒い木の柵が高々とそびえ立っている。この木の柵の感じはどっかで見たことがあるな、と思ったら、中国でよく売っている鳥籠によく似ていた。中国の鳥籠はほとんどが木製で、形は円形で小さなあずまや風のデザインのものが多い。外国人が見るとレトロな感じがする。プリンセスはマグリブ人の魔術師によって、彼のハーレムに閉じ込められてしまったらしい。

プリンセスはよろよろと立ち上がる。すると、白いドレスを着ていたはずだったのに、いつのまにかアラビア風衣装に着替えさせられている。プリンセスは驚く。見てるこっちも驚いた。プリンセスはオレンジ色のマントを頭から垂らし、胸当てを付け、ハーレム・パンツを穿いている。『ラ・バヤデール』のニキヤの衣装(第二幕)そっくりで、見たとたんに「ニキヤ!?」と思ってしまった。

セクシー衣装に戸惑うプリンセスの傍には、ヴェールを頭からかぶった女性たちが何人もいる。彼女らはマグリブ人の魔術師の愛人たちらしい。そこへ、マグリブ人の魔術師が現れる。

マグリブ人の魔術師はプリンセスに近づくと、嫌がるプリンセスの腕をつかまえて無理やりに踊る。プリンセスは必死に腕を突っ張り、身をよじらせるが、マグリブ人の魔術師は彼女の体を抱えて振り回す。マグリブ人の魔術師役のマイレン・トレウバエフは、サポートとリフトが自然かつスムーズで、正直言うとアラジン役の山本隆之より上手だった。

プリンセスは逃れようとするが、ヴェールを頭からすっぽりかぶった不気味な愛人たちにさえぎられる。マグリブ人の魔術師は不敵な笑みを浮かべながら去る。愛人たちもその後に続く。

プリンセスは悲しみに打ちひしがれている。そのとき、一人残った愛人がヴェールを脱ぎ、顔をそっとのぞかせる。なんとそれはアラジンだった。プリンセスは驚くが、アラジンは指を唇に当てて騒がないように、とプリンセスを制し、手に持った小さな薬壷を見せる。アラジンは手真似で、マグリブ人の魔術師に薬を飲ませるように、とプリンセスに告げる。

ここでアラジンとプリンセスが踊ったような気もするのだが、記憶がはっきりしない。ごめんなさい。

マグリブ人の魔術師が戻ってくる。女たちが彼の座にじゅうたんを敷き、飲み物を用意する。プリンセスはマグリブ人の魔術師に背を向けていたが、意を決したように振り返ると、マグリブ人の魔術師に艶っぽく微笑みかける。プリンセスはセクシーな仕草で、マグリブ人の魔術師のために踊り始める。このへんの展開は、フレデリック・アシュトン版『シルヴィア』第二幕に似てるな(シルヴィアがオリオンを酔いつぶすためにわざとしなを作って踊る)。でも、本島美和はセクシーさがちょっと足りない。

プリンセスはマグリブ人の魔術師を誘惑するように微笑み、マグリブ人の魔術師は手に杯を持ったまま、上機嫌でプリンセスに近づく。プリンセスはマグリブ人の魔術師を焦らすように身をかわしては彼を翻弄する。その隙を狙って、ヴェールに身を包んだアラジンが、マグリブ人の魔術師が手に持っている杯の中に、薬をせっせと垂らす。

アラジンがマグリブ人の魔術師の杯の中に薬を垂らそうとしたら、マグリブ人は杯を持った手を動かしてしまって、薬を垂らすのに失敗したり、マグリブ人が杯を持った手を止めた一瞬の隙に、アラジンが薬壷を必死に振って薬を垂らしたりと、このシーンは本来は笑えるシーンだったはずなのである。アラジン役の山本隆之、マグリブ人の魔術師役のマイレン・トレウバエフ、プリンセス役の本島美和、3人とも頑張っていたと思うけど、どうも笑いを取るという点ではあまりうまくいかなかった。日本人観客の感情表現の問題もあると思うが、日本人のダンサーの演技力の問題もあると思う。

プリンセスはマグリブ人の魔術師をうまく促して、杯の酒を一気に飲み干させる。そこで、アラジンがヴェールを脱いで正体をバラす。マグリブ人の魔術師は驚愕し、あわてて魔法のランプを手に取ろうとする。しかし、アラジンがそれをさえぎる。アラジンと争ううちに、マグリブ人の魔術師は徐々に薬が効いてきたようで、足元がふらついてくる。アラジンは魔法のランプを手にとってこする。ランプの精、ジーンが現れ、アラジンとプリンセスたちを守り、マグリブ人の魔術師の前に立ちふさがる。マグリブ人の魔術師はついに力尽きて倒れてしまう。

すると、マグリブ人の魔術師の愛人たちがマグリブ人の魔術師を取り囲み、一斉に殴りつけてボコボコにする。どうやら彼女たちも、閉じ込められて自由を奪われていた身の上だったようだ。ここも笑えるシーンのはずなので、観客の反応が静かだったのはもったいなかった。

マグリブ人の魔術師はほうほうの体で逃げ出す。女たちはヴェールを脱ぎ、明るい笑顔になって去ってゆく。アラジンとプリンセスは笑って抱き合う。アラジンはランプの精のジーンに、自分たちを王宮に戻すよう命じる。ジーンはしばらく考えて、アラジンとプリンセスを、マグリブ人の魔術師が座っていたじゅうたんの上に座らせる。

舞台が真っ暗になり、じゅうたんに座っているアラジンとプリンセスの姿だけが舞台の中に見える。やがて、そのじゅうたんがゆっくりと持ち上がり、アラジンとプリンセスが空中に浮かぶ。じゅうたんは空中に高く浮き、縦横に動いている。客席から大きな拍手が沸いた。見事なイリュージョンだったけど、あれは映画撮影とかで使う、上下・左右・斜めに動かすことができるフォーク・リフトじゃないかな(つくづく無粋でごめん)。

アラジンとプリンセスは王宮に戻る。ランプの精のジーンはアラジンの傍にひざまずいて、次の命令を待つ。だが、アラジンは笑って手を高く上げ、これからおまえは自由の身だ、行きなさい、とジーンに告げる。ジーンはそれを聞くと、はっとした意外な表情になるが、アラジンに深々と一礼してから姿を消す。

サルタン、アラジンの母親、アラジンの友人たち、王宮の人々がみな現れ、アラジンとプリンセスを出迎える。プリンセスは再び白いドレスを身につけている。アラジンとプリンセスは一緒に踊る。

おかしかったのが、サルタンとアラジンの母親が腕を組み、すっかりラブラブな仲になっていたことである。お互いに先に連れ添いを失なった独り身で、いつのまにか意気投合したらしい。

みながにぎやかに踊っていると、威勢のいい太鼓の音と音楽が始まり、第二幕の終わりに引き続いて、今度は蛇踊り(竜の踊り)の列が現れた。ちょうど今日は1月25日、旧暦の大晦日である。明日の1月26日は旧暦の正月、つまり春節だ。竜の踊りは獅子舞と並んで春節の名物である。

竜が元気よくうねり、みなが楽しげに踊る中、幕が下りる。

面白い作品だったけど、正直言って、まだ物語の構成、演出、振付が細かく作り込まれていないかな、という印象を持った。また、新国立劇場のダンサーたちも、充分に役作りができていたとはいい難かったし、踊りもまだこなれていない感じだった。まだ初演だから仕方がないのかもしれない。振付者のデヴィッド・ビントリーが言うとおり、カール・デイヴィスの音楽は確かにとてもよかったので、ぜひまた再演してほしい。再演するときにはもっとよくなっていればいいなあ、と思う。

(2009年1月25日)

このページのトップにもどる