Club Pelican

Diary11

2004年5月14日

今日は前10数列の左右両サイドの席にも客が入っていた。金曜日の夜だからだろうか。まあもうどーでもいいや。

クーパー君、今日の踊りも絶好調だった。ただ歌声の調子は、時に不安定さを感じさせた。歌声がかすれたり、音程が外れたり。歌に関してはスロー・スターターなのか、特に最初の“Questions And Answers”は、いつもハラハラさせられる。“The Heart Is Quicker Than The Eye”あたりになると、もう全然大丈夫なんだけど。でも最後の歌でようやく本調子になられてもねえ・・・。なんか今回の東京公演では、クーパー君、歌声が今ひとつだと感じる。ホームでの公演じゃないプレッシャーやストレスが、こういうところで出るのか。それとも私の気のせいかな。

でも彼自身の踊りは本当に完璧になった。本日のタップ・ダンスも鋭い冴えた音を響かせていた。ただ、サラ・ウィルドー(Sarah Wildor)以外の女性ダンサーを相手に踊るときには、なんか気を使っているのか、ちょっとおとなしいものになる。特にリフト部分。フランキー(Anna-Jane Casey)、ペギー(Gillian Bavan)をリフトするときは、とにかく安全優先、という感じの動きになる。だけどウィルドーに対しては、全然容赦しない。これは良心的な姿勢といえるのかそうでないのか、ちょっと複雑だ。

ヴェラ(Sarah Wildor)がジュニア(Adam Cooper)を誘惑するシーン、ジュニアは片脚を上げたまま逆さの状態になっているヴェラの脚を支えて静止する。ジュニアは目の前にあるヴェラの脚を見つめながら、これをどうしたらいいんだろう?というふうに、空いている片手を上げ困ったような顔をして首を振り、それからえいやっ、とヴェラを逆さのまま力任せに振り回す。

このシーンは、ヴェラがジュニアにバレエを教授(?)しつつ誘惑する場面なんだけど、ジュニアのリフトに対するヴェラのセリフやその口調は、耳で聞くだけだとまさにHシーンでのそれと同じである。“Come on silly boy.”、“Just follow me.”、“Lift me up.”、“Ah!So high! Oh! So high!”、“I'll show you something else.”など。あとヴェラが息を弾ませながらジュニアに“What does it feel like?”と尋ねると、ジュニアもやはり興奮したように“It feels good!”と答える。最後、ヴェラがジュニアに振り回されながら、ジュニアの頭を抱えて“faster! faster! faster! faster! Oh! Oh! Stop! Stop!”と狂ったように絶叫するシーンなんかは、ウィルドーの演技(これがまたスゴい)からいっても、ズバリそーいうイメージが連想されて大いに笑える。

悩殺ポーズでワザとらしくベッドに倒れこんだヴェラを見つめるクーパー君のジュニア、今日はいつもより肩を上下させてハアハアと息を吐き、メガネをばっ、と外した眼はギラギラと輝き、まさにコーフンしてケモノと化したオトコの姿。観客の大爆笑を引き起こしていた。

奴隷の代役に急遽決まったジュニアは、同じ奴隷役で団員のディミトゥリー(Isaac Mullins)に引き合わされる。ディミトゥリーとジュニアの会話の中で、ディミトゥリーは「君がホントに奴隷を踊るワケ?」とばかりに“If you say so?”と訝しげな口調で言う。ジュニアはあわてて“I know the step!”と言い、あの不恰好な「地団駄踏み踊り」をやってみせる。それを見たディミトゥリーは、黙ったまま頭を掻いてため息をつき、あきらめたように再び“If you say so.”とつぶやく。こういう小さな改変だけでも、面白さが倍増する。

“La Princesse Zenobia”の幕が下りた後、今日はマリンズ君を含めた他の3人の奴隷(Francesco D'Astici、Benny Maslov、Isaac Mullins)が、総がかりでジュニアにケリを入れていた。ちょっと本気入ってたりして(笑)。小さな変更がこれだけ頻繁に行われているところをみると、本番前の打ち合わせとかがしつこく設けられていることだろうし。

コンスタンティン(Ivan Cavallari)のウォーミング・アップのシーンは、脚を真横に伸ばした状態での連続ピルエットである。これはオリジナル・キャストであったイレク・ムハメドフのサーヴィス・シーンであった。比べても結局は仕方ないんだが、でもやっぱり比べると、ムハメドフがいかにすごい技術を持っているダンサーなのかが分かるんである。ムハメドフの場合は、ピルエットの後に軽くジャンプして、その瞬間に両脚をすごい速さでさっと小さく開き、更に膝をついて着地してポーズを決めていた。

ちなみに、クーパー君がこのタイプのピルエットをしている姿は、映画「リトル・ダンサー」のエンド・ロールの中で見ることができる(みなさん気づいてた?)。あれから判断する限り、クーパー君、はっきりいって、舞台ではこのタイプのピルエットはやんない方がいい。1回まわるたびに思いっきり軸足の膝を曲げてるから。

話がそれた。今回の東京公演で、コンスタンティンのピルエットは、私が観た公演の中では、一度だけ長時間連続アントルシャになっていた。でも今回の公演の観客層は、長時間連続アントルシャの何がそんなにすごいとされているのか知らない人が多いだろうし、私も正直言って、あんなヘンテコリンな動作を連発されてもどうしてもすばらしいとは思えないから、見た目がハデで分かりやすい右脚真横伸ばし型ピルエットの方がいいと思う。

この“On Your Toes”では、一般に流布しているバレエに対する先入見や偏見に基づくイメージを、またはある程度事実ではあるものの、みなが見て見ぬフリをしているバレエ界のタブーを、ユーモラスに表現するセリフやエピソードが多く登場する。

たとえば、コンスタンティンとヴェラによる、お互いの秘密バクロ合戦は典型的である。「もう2ポンド(1キロ弱)も体重が増えたら、俺はお前をサポートしないからな!」(コンスタンティン)、「それはあなたがあまりにも非力な・・・・・・チビだからよ!私はあなたの靴が上げ底になっているのを見たことがあるのよ。2インチ(5センチ余り)も身長をごまかしてるじゃない!」(ヴェラ)。

また、コンスタンティンが“Slaughter On Tenth Avenue”の拍子に合わせられず、ピアノを弾くシドニーに逆ギレして怒鳴るセリフ「俺の足(の動き)をよく見ろ!優秀な作曲家は、ダンサーに合わせるものだろう!」、それに対するヴェラの反論「私の足の動きはどうでもいいの!?」によって、バレエでは、ダンサーの動きに音楽の方が合わせるのが当たり前になっているらしいことが分かる。ちなみにコンスタンティンが言った“great composer”は、現在では“great conductor”と言いかえてもいいだろう。

同じく、ヴェラがジュニアに対して、コンスタンティンへあてこするようにして言う「音楽についてなーんにも知らないヤツなんて相手にしないで。彼は『白鳥の湖』の拍子にだって合わせられないんだから!」というセリフも、・・・・・・まあ、そういうバレエ・ダンサーも、ひょっとしたらいるのかもしれない。

極めつけなのは、後頭部に砂袋の直撃を受けて気絶したコンスタンティンが、ようやく意識を取り戻したときのペギーとヴェラの会話である。ペギー「彼の具合はどう?」 ヴェラ「彼は大丈夫よ。踊れるわ。頭をやられただけだから(“It's only the head!”)。」 これはスゴい発言だと思うんだけど、ロンドンでは(おそらくバレエ・ファンも含めて)みんなゲラゲラ笑っていた。

このセリフと合わせて、イギリス人ってすげえな、と思ったのだが、アダム・クーパー個人を茶化しているセリフもある。ジュニアが“Slaughter On Tenth Avenue”について、「この音楽に振付を施すことができます」と発言すると、コンスタンティンがそれをあざ笑って「振付!?落ちこぼれの音楽教師が、今度は振付家なんだとよ!」と言う。ロンドン公演の観客はここでも大爆笑していて、このセリフはおそらく、公に認められた振付の実績を大して持っているわけではないアダム・クーパーが、“choreographer”を「自称」していることを皮肉ったものである。

大体、“On Your Toes”におけるジュニアというキャラクター自体が、アダム・クーパー自身のパロディみたいなもんである。

幼い頃からバレエ一筋の英才教育を受けてきたのではないこと、そのことに劣等感を抱き、ロイヤル・バレエ上級学校やロイヤル・バレエでは、そうした自分の前歴を隠していたこと、プリンシパルに昇進してからも輝かしい栄光を手にしたわけでもなく、常に疎外感を抱いていたこと、バレエ界の保守的な人々の怒りを買うのは明らかだった、マシュー・ボーンの「白鳥の湖」に、バレエ・ダンサーとしての身の破滅を覚悟の上で出演する、という大博打をうったこと、そういうクーパー君の身の上と重ね合わせてみても、やっぱりジュニア役はクーパー君が最も適任だったろうな、と思う。

“On Your Toes”で、フランキーが“The dancing crowds look up to some rare male; Like that Astaire male!”と歌ったところで、クーパー君を指さす。クーパー君、意外そうな顔をした後、照れたような笑いを浮かべて首を振る。これは昨日もあった動作だが、Anna-Jane Caseyのアドリブか?いくらクーパー君でも、ここまでゴーマンな考えは持っていないだろう。フランキーは、次の“See the pretty lady top of the crop!”という部分ではペギーを指さす。ペギー、ふざけてお辞儀をする。

バレエ群でアイザック・マリンズ(Isaac Mullins)とペアで踊る女性ダンサーは、マリンズがグラン・ジュテでマネージュをしている間、32回転ではないけど(笑)グラン・フェッテをしている。最後の回転を終えると、かかとをつけずにポワントのままで後ろへ片脚を伸ばし、アティチュードのポーズで静止した。心の中で拍手。

今日は“On Your Toes”が終わると客席から一斉に歓声が飛んでいた。音楽もそういうのだからかもしれないけど、やはり群舞の踊りが抜群に良くなっているからだと思う。

“Slaughter On Tenth Avenue”の開演前、セルゲイ(Russell Dixon)は楽屋口に座って“Quiet Night”を口ずさむ。“Too Good For The Average Man”が省略されてしまったため、彼の歌声を聴くことができるのは、たったここだけ。でも実にシブい低音の美声で、これしか歌わないのはもったいないと思う。

とはいえ、ディクソンのセルゲイは頑固な“White Russian”だが、ユーモラスでお人好しな憎めない人物である。歌は歌わなくても、演技だけで充分に魅力的である。さすが長年にわたる堂々たるキャリアを持つ舞台俳優らしく、すごく存在感があって印象に残るし、各シーンの「間」や「ツボ」を最も見事にとらえて、観客の反応を上手に引き出していたのはこの人であった。観客の反応をよく引き出していたもう一人は、もちろんサラ・ウィルドーである。

“Slaughter On Tenth Avenue”では、群舞の配置のバランスがロンドンよりもよくなった。2人、または3人が組になって踊るのが目立つ。同じ踊りもあれば、それぞれが異なる踊りを踊るときもある。その間で、他のいろいろな人間模様(?)が展開されている。全員がそれぞれ体の向きを変えて同じ踊りをするときもある。この群舞でクーパー君が好きな踊りのタイプが分かる。いちばん目に付くのは、手や脚をまっすぐに伸ばして旋回させたり、脚を思い切り上にあげたりする直線的な動きである。

また、いつかのテレビ番組で、クーパー君がリハーサルでデモンストレーションしてみせていた、頭を片手で抱えるようにして、体をゆっくりと回転させながら身を起こす動きは、この“Slaughter On Tenth Avenue”で出てきた。

2人、または3人が組になって踊るものでは、床すれすれの低めのリフトが目立つ。おカマ役のアイザック・マリンズ(Isaac Mullins)君は、開脚した状態で、彼と同じくらい細身で小柄な男性にリフトされて振り回されていた。

“Slaughter On Tenth Avenue”でのクーパーの踊り。ウィルドーとふたりで並んで、片手と片脚をふわりと上げる動き、女性のウィルドーよりも、男性のクーパーの方が動きがしなやかで柔らかい。この“Slaughter”の振付は、直線的な動きがメインになっているけど、個人的な希望としては、やはりクーパー君独特の、あの柔らかにたわむようなアームズの動きも、もっと見せてほしかったです。

でも両腕をまっすぐに伸ばしたまま、体を何度も回転させる動きでは、彼の長い両腕がまるで空を切り裂くように鋭く旋回し、しかも連続写真を見ているように、白くかすかな円盤状の残像が残ってとても美しい。

この公演はまさに言葉どおり日進月歩というか、私はせいぜい2、3日おきに観てきたけど、観るたびにどんどんどんどん改善されているのが分かる。機械的なルーティン・ワークになっておらず、おそらく各公演の前にミーティングやリハーサルをして、日々改善していっているのだろう。たとえば、必要なセリフを省略していたのが復活したり、またセリフを超特急で読んで展開を急ぎすぎていた感があったのが、「間」や「ため」が効果をもたらす部分では、多少のゆとりを取るようになった。

カーテン・コールは前に書いたように長くなったが、最後にクーパー君一人が出てくるようになった。それからもう1回全員が出てきて挨拶し、手を振りながら舞台袖に消えていく。その後でカーテン・コール用の音楽が演奏されて終わり。なんか去年の「スワン」みたいに、クーパー個人に対する熱狂的な雰囲気を作り上げようとしている気がしないでもない。誰の意向によるものなのかは知らないが。

一人で出てくるときのクーパー君は、なんだかあんまり嬉しそうでない。クーパー君は共演者に非常に気を使う人である。また作品によって、自分が出しゃばってもいい場合と、よくない場合とがあることを区別し、自分が出しゃばるのは適当でない、と判断すれば、自分のファンの心情よりも、共演者の心情の方を重んじる。

個人的には、1週目の短いカーテン・コール(ロンドン公演と同じような)の方がいいと思う。この作品は、昔っぽいほのぼのとした暖かみのあるストーリーのコメディだし、クーパーが舞台に出ずっぱりで舞台を終始専制支配する演目ではない。文字どおり出演者全員の演技、セリフ、歌、踊りで成り立っている演目である。無理に劇的なカーテン・コールにしなくても、無理にスタンディング・オベーションを誘わなくても、あの大きな拍手と歓声だけで充分ではないか。みんな素朴に楽しんだのだから、それでさっさと終わってもいいのではないかと思うのだけど。


2004年5月13日

ゆうぽうと簡易保険ホールは、JR五反田駅西口を出て東急池上線の線路(高架)を左手に眺めながら、ゆうぽうと通り商店街を4、5分も歩いたところにある。「商店街」というと「巣鴨地蔵尊通り商店街」のような、昔ながらの狭くて小さい商店街を彷彿とさせるが、ゆうぽうと通り商店街は、片側2車線ずつある広い道路に沿ってビルが林立する繁華街である。お店は飲食店が圧倒的に多く、しかも安くて大衆的な店がほとんどで、実にベタというか、庶民的な雰囲気に溢れている。

このゆうぽうと通り商店街で、“On Your Toes”はちょっとした話題になっているようだ。つまり、このあたりを歩くと、しょっちゅう耳にするワケだ。商店街の人々が、「オン・ユア・トウズ」とか、「アダム・クーパー」とかいう単語を口にしているのを。

私は今日ちょっと胃が痛かったので(目の奥が痛くて空きっ腹に頭痛薬を飲んだら、今度は胃が気持ち悪くなった)、ゆうぽうとに行く途中で薬局に寄った。その薬局のおっさんがフレンドリーな人で、胃腸薬を飲みつつ世間話をしてたら、おっさんが「ああ、『アダム・クーパー』でしょう」と言ったのである。まさか薬局のオヤジの口から、「アダム・クーパー」なんて語が飛び出すなんて思わなかった。また終演後に、友人と近くの飲食店に寄って食事をしたら、そこの店員の兄ちゃんが「オン・ユア・トウズ」の話をしてくる。「なか卯」(牛丼の有名チェーン店)の前を通りかかったら、いきなり「アダム・クーパーです!」という若い男性の大声が聞こえた(詳細不明)。ゆうぽうと通り商店街は、アダム・クーパーで町おこしでもするつもりなのだろうか。

さて、今日の公演は非常に非常に非常にすばらしい出来であった。よって私はすごくキゲンがよい。嬉しい。なにせ、クーパー君が今まで観た中で最高だった。鋭く澄んだタップの音が遂に復活した。ロンドン公演と同じ、あの耳に心地よい爽やかな音!あのタップの音で、今日のクーパー君の調子がどうなのかはもう予想がついた。身のこなしもキレがよく冴えている。紳士用タップ・シューズでの「一瞬ポワント」も、きれいに膝が曲がり、完璧に静止。見事にキマった。

他の出演者たちも活気に溢れていた。決められた脚本や演出どおりに機械的に動くのではなく、各々が自分の演技や表情、身のこなしをそれぞれ工夫して個性を発揮している。それがとても彼らを生き生きとした魅力ある人物にみせていた。

観客層はますます多様になってきて、特に男性客が多くなってきた。今日は女性用トイレがそんなに混んでいなかった。年齢層も幅広い。それこそ高校生のような若い人からお年寄りまで。拍手や笑い声などの反応がすごく良い。やはりオリジナルのセリフを聴きとって笑っている人がとても多いように思われる。音楽や歌の部分では、手足でリズムをとっている人も周囲に多く見受けられた。ロンドン公演を思い出して懐かしくなった。

“La Princesse Zenobia”の開演前、初めてオペラ・ハウスという高級でゴージャスな場所に足を踏み入れたジュニアは、あんぐりと口を開けたまま周囲を見渡す。おのぼりさんクーパー君。これはこの前まではなかった演出で、口をアゴが外れんばかりに開けたクーパー君のアホ面に、観客は大笑い。それをフランキー(Anna-Jane Casey)が手を当てて閉じさせる。

イヴァン・カヴァラッリ(Ivan Cavallari)は、1週目の公演とはもはや別人である。台詞回しにも抑揚がついてきて、表情の変化もはっきりしてきた。“La Princesse Zenobia”でのヴェラ(Sarah Wildor)とのパ・ド・ドゥでは、物憂げな表情で色っぽいポーズをとっているヴェラの背後で、アラベスクをしてから走り去るついでに、彼女の頭をぱしっ、と叩くタイミングがすごいツボにはまった。それにジュニアとの乱闘で気絶し、目が覚めた後の朦朧としたアホっぽい表情もよかった。ペギーが倒れているコンスタンティンの頭を手でぱたぱた、と扇いでいる。

ところで、また(おそらくは)超下品な話で申し訳ないが、シドニーが“Slaughter On Tenth Avenue”を、ロシア・バレエ団の面々にピアノで弾いて聞かせるシーンの最後で、コンスタンティンがヴェラに対して浮気の言い訳をしようとする。で、激怒したヴェラが“She is a color liar, you are a 2 inch liar!”と怒鳴ると、コンスタンティンはいきなり股間を押さえて「ウー!」と叫ぶ。それを見たヴェラはたじろいでその場から去ってしまう。これはなぜなのだろう。コンスタンティンが“everywhere”な“2 inch liar”であることと何か関係があるんだろうか。

ペギー(Gillian Bavan)がセルゲイ(Russell Dixon)に、“Slaughter On Tenth Avenue”の上演を承諾しないなら資金を回収する、と宣言するシーン、ロンドン公演でペギー役を担当したカスリン・エヴァンスは、相手に有無を言わさないような厳然とした表情を崩さなかった。ビヴァンのペギーは、厳しい脅し文句に慌てふためくセルゲイに背を向けながら、「まったく、頑固で融通の利かない可愛い人ね!」という感じの悪戯っぽい笑みを浮かべている。私の中で、エヴァンスの印象を払拭するのは難しかったが、ビヴァンのペギーも、エヴァンスに負けないくらい魅力的なキャラクターである。役柄の解釈が人によって違う、というのは本当に面白い。

ビヴァンの歌う“You Took Advantage Of Me”も、これまで聴いた中で、今日は最もすさまじい迫力に溢れていた。カスリン・エヴァンスを彷彿とさせる、堂々たる貫禄と技術、声量で見事に歌い上げていた。ロンドンでは会場中の外人が「フーッ」とか「ヒューッ」とかやってたから、私もそれに乗じて歓声を上げられたけど、日本でやるのは恥ずかしいので、せめて力いっぱいの拍手を送りました。決して自分の歌がウケていない、などと思わないで下さい。ビヴァンさん。

“On Your Toes”の冒頭、学生たちの椅子を用いての踊り、ロンドン公演ではなんかダサいな、と思ったけど、ロンドン公演版とは振付が改善されたせいか(よく覚えていない)、またダンサーたちの踊りがよく揃っているせいか、今回初めて、これはいいなあ、と感じた。椅子に座りながら膝を打ってリズムをとり、また音楽に合わせてタップ・シューズを穿いた足を踏み鳴らすところとか、みんなで一斉に斜め座りして両腕をさっ、と上にあげてポーズをとるところとか、縦一列ごとに順に立ち上がって両腕を伸ばしながら回転していくところとか、あとフランキーの後に続いて、“In Sutton Place♪”と全員で歌いながら、両脚を交互に横に出してステップを踏むところとか。

“Slaughter On Tenth Avenue”で、2人のウェイトレスとストリップ・ガールが前に出て踊るところ、私は3人が一瞬後ろを向いて、お尻を小刻みに2回振るところが好きである。あのテンポの速い音楽に合っていて。

ストリップ・ガールとダンサーの踊りは、ロンドン公演版より今回の方がいいと思う。複雑な荒技リフトは前に書いたが、ふたりで同じ動きをするところも音楽に合っていてとても良かった。ふたり並んで左脚を大きく旋回させたり、追いかけるようにシェネをしたり。あと、ふたりが鏡あわせになって、同じ動きをするところも面白かった。ふたりが片腕を上げて軽くジャンプしながら、円を描くように移動していく。あと、音楽が最も劇的になるその一瞬に、ダンサーがストリップ・ガールの腰をがっ、と強く抱きしめ、ストリップ・ガールが上半身をがっくりと後ろに反らせるところなんかは、実に絶妙なタイミングである。

おカマ役のアイザック・マリンズ(Isaac Mullins)君が、ジュニアにフランキーからのメッセージを届けるときの演出が、今までとは変わっていた。メモを読むジュニアに寄り添い、ジュニアの肩を抱いて一緒に舞台左まで行き、ジュニアにコンスタンティンがいることを確認させる。今までは金髪ロン毛ヅラがかぶさって表情がよく見えなかったが、ヅラのかぶり方が上手になり、無理にヘラヘラと笑う表情がはっきり見える。踊れ、とジュニアに促す身振りもよりコミカルになって、以前はここで笑いは起きなかったが、今では観客の間から笑いが起きるようになっている。

ジュニアは舞台の右袖に逃げ込もうとするが、セルゲイがそれを押しとどめる。ジュニアは仕方なく踊るが、自分に銃を向けるコンスタンティンを見てパニックになる。そこで舞台右袖にいるセルゲイが、小さな声で“Again,again!”とジュニアに叫ぶ。それでジュニアも指揮者に“Again!”と指示する、という演出になっていた。

ダンサーの最後のソロでも、クーパー君は絶好調だった。自分が振り付けたんだから、自分が不得手な振りは入れていないと思うけど(たぶん)、なんだかんだいって、クーパー君は踊りがダントツに上手い。最後のソロは短い踊りだけど、横とびジャンプ、回転ジャンプ、ピルエット、シェネなどがぎゅうぎゅうに詰め込まれているが、バランスがぜんぜん崩れないし、常に安定している。特に「斜め回転跳び」は何度見てもすごい。よくケガしないもんだ。

ということで、今日の公演が観られて本当にラッキーであった。本日の同行者は、映画、演劇、ミュージカルについて、シビアな意見もはっきりと口にする人であった。その人は、今回の公演の振付、演出やストーリー展開の進め方については、もっとこうした方がよいのではないか、と感想を言っていたが、今日のクーパー君の踊りや公演の出来そのものについては絶賛していた。二人で「これが来週で終わるなんてもったいないね」と話し合いながら帰途に着いたのである。


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